ブログの経緯 ― 脱中央集権・分散化社会に向けて 2023年

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投稿日:2023年10月19日 改定日:2023年12月9日

はじめに

サイト管理人のアルハカです。2006年に自身が希少難病に、続いて2009年には母が若年性アルツハイマー病と診断されました。以来、医学論文を読むことが日課となり2015年に世界初のアルツハイマー病逆転症例研究を見つけます。再利用医薬品ホリスティックなアプローチによって母の進行抑制を目の当たりにし、認知症には治療方法があるということを知ってもらうため、2017年、当サイトを開設しました。

コロナパンデミックにおいても、大量の医療論文を読み続け、多くの関連情報を発信してきました。mRNAワクチン技術開発者であるマローン博士イベルメクチン治療を訴えたFLCCCのコリー博士COVID-19早期治療基金を運営するスティーブ・カーシュ氏世界初のCOVID早期治療査読論文を発表したマッカロー博士WCHのテス博士大衆形成のデスメット博士など、多くのCOVIDヒーローを日本で最初に紹介できたことは密かな誇りです。

情報収集と配信

初めて訪れた方には、非主流の科学(特に医療)に関する内容も多分に含まれるため、サイトの信頼性に疑問を感じる方もいるかもしれません。この手の誤解を説くことのできる論拠はあまり余るほどサイトに載せていますが、「科学とは何か」という問いから始まり、還元主義実証主義企業科学EBMなど、思想的背景や多くの社会的、技術的問題が込み入っており、見かけ以上に簡単に答えられないことにストレスを感じることもあります。

私が試みていることは、該当分野の査読論文と専門書を大量に読み、疑似科学やフェイクニュース、陰謀論と呼ばれるものがどこまで実証的に考察できることが可能なのか?と問いながら探求することにあります。その上で、得られた情報の信頼度を基に、一般的な記事や専門家の意見も参照し、複数の仮説に確率を割り当て、反復検証を行い現実的、妥当な解を見つけ出そうとしています。

一流の知性のテストは、二つの相反する考えを同時に心に抱き、なおかつ機能する能力を保持することである

-F・スコット・フィッツジェラルド The Crack-Up (1936)

ブログやソーシャルメディアにおいては、事実関係を淡々と紹介し、自らの意見は控えるか、あるいは示唆する程度に留め、受け取り方は読者に委ねています。言い換えれば、このブログの主なテーマは「読者に信任されること」でもなければ、「真実はここにあり!」でもありません。むしろ、市民が普段接する機会が失われていると考えられる重要な仮説的情報へのアクセスを容易にし、読者が読み、考え、議論し、自らの判断を下すための触媒となることを目的としています。

世界情勢の混乱を反映してカオスと化した感のあるブログですが^^;、このアプローチが成功していれば、それはこのブログの価値を形作るものです。

そのようにして、当初は明らかに異端視されていた(今でも?)イベルメクチンヒドロキシクロロキンはじめとする再利用医薬品(オフラベル医薬品)に関する有効性、早期治療ワクチンに関する情報共有を行い、奇妙な運命ながら、、ウクライナ-ロシア戦争、最近ではイスラエル-パレスチナ紛争など、新たな役割を意識する機会にもなりました。

パンデミックと報道統制

このブログが紆余曲折を経て、日本がゆっくりと崩壊する様を観察する活動となってしまったことは、愉快なものではありません…。COVID-19ワクチンと20万人の超過死亡関連性に疑問がもたれており、世界全体では1700万人の死亡との間に因果関係があることを証明したとする論文も先日出されたばかりです。政府、メディア、著名人の沈黙(または無能)は常体化しており、私だけではなく、多くの人々が主流メディアの報道統制計画性を感じ始めています。

日本で、世界で、このようなパラレルワールドに住むことになるとは一体、誰が想像したでしょうか?

人は、無力感を感じたり、大切な信念と矛盾したり、より大きな問題への自らの加担を示唆したり、そうでなければ不快に感じたりする知識を否定したり、目を背けたりします。そのため私たちの社会には、非倫理的な行為を薄々知っていながら矛盾に目をつむるという盲目点があります。

サンゼルスの黒人、ロドニー・キングが高速カーチェイスの余波で警官に殴打された映像が残っている。地元の黒人コミュニティや他の多くのアメリカ人の反応は憤怒だった。しかし、4人の警官が警察の残虐行為の罪で裁判にかけられたとき、法廷で繰り返しビデオを見たほとんどが白人の陪審員たちは、キング牧師に同情的な人物を見出すことはなかった。むしろ、キング牧師を「支配」しようとする白人警官たちの努力と苦境に共感したのである。最終的に警官が無罪となったことは、一般に、53人の死者と2000人以上の負傷者を出した1992年のロサンゼルス暴動の主な引き金とみなされている。

『The WikiLeaks Paradigm Paradoxes and Revelations』

例えば、途上国での企業の搾取による私たちの快適な生活、実験動物の使用によって作られた治療薬紛争鉱物によって作られるスマートフォン養豚のストール飼育による肉食、米国の戦争犯罪を見過ごすことで得ている日本の安全保障や経済活動といったものです。

私は国民の多くが、ワクチン被害者に対しても薦めた自分たちが罪悪感を感じたくない、認めたくない心理のあまり、このような心理現象(ケイフェイブに移行しているのではないかと恐れています。(故意の盲目意図的な盲目とも呼ばれています)

意図的な盲目は必ずしも悲惨な結果を招くとは限らない。シルクのネクタイのシミ、恋人のニキビ、隣人の不潔さなどに気づかないことは、社交の歯車に油を注ぐことになる。政治的な相違を無視することは、職場の平穏に貢献するかもしれない。国家の非常時には、盲目であることが積極的に役立つことがある。電撃戦の最中、ロンドンの士気は、恐ろしい未来を認識するよりも、ダンスやパーティに参加することで維持された。ウィラード・パーカー病院の子供たちと同じように、私たちは日々自分の死と向き合わないからこそ、楽観的で勢いのある状態を保つことができる。

『故意の盲目:なぜ私たちは危険を冒してまで明白なことを無視するのか?』

ケイフェイブは単純に間違いを正しいものとして信じてしまう集団心理よりも危険かもしれません。欺瞞を単に間違って信じていたのだとすれば、その欺瞞が明るみになり真実が伝わることで、理論的には集団心理は瓦解します。しかし、ケイフェイブはそうではありません。プロレスの観客に「あれは八百長だ」と主張してみてください。その告発者は良くて単に無視され、おそらく、多くのプロレスファンを巻き込んだ関係者によって叩き出されるでしょう。それでも告発を続ければ、熱烈なファンによって、殴り殺されるかもしれません。。

真実をめぐって人々の分断と対立が囁かれますが、私たちが真に経験しているのは、長年にわたるプロパガンダの露呈であり、欺瞞社会の末期症状なのだろうと思う今日このごろです。

「もし私が、あなたを傷つけるかもしれない効果のないワクチンを強制的に摂取させたとしたら、私は決してそれを認めることはできない。 認めるわけにはいかない。もし認めてしまったら、私はその結果に苦しむことになるからだ」

– タッカー・カールソン

政治的計画?

パンデミックに初期の段階から、生命倫理、国際法、人権、経済的慣行、文化的な習慣、様々な従来の慣行や原則が破棄されていることを目撃してきましたが、このような状況では仕方がないと考える方も多かったと思います。私自身も、初期の頃には、パンデミックのような未曾有の事態であれば、多少のトラブルは致し方ないと、(腐敗を知る医療分野を除いては)多くの人が信じる世界観の元に理解しようと努めていました。

しかし、ある時点から困惑に変化します。人工ウイルスの疑い、繰り返される医療倫理の重大違反、いたるところでのメディア・プロパガンダの形跡、組織的な隠蔽工作など、多くの直接、間接的証拠からパンデミックやmRNA予防接種の惨事が人の偶発的な「愚かさ・無知」システムに内在する「腐敗・利害関係」といった常識的世界観からでは整合的な説明がつかなくなってしまったことです。

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2020年の生活はこんな感じだった。 「はい、みなさんは間違っています」

認知症ブログからパンデミック情報ブログへ

実際には、計画性のある政治的行為、いわゆる陰謀的な可能性の存在が、2021-22年頃には複数の独立した専門家によって文書化されていました[R][R][R][R]。これらを読んですぐさま「これは陰謀だ」と考えたわけではありません。とはいえ、大学教授や、当該分野の専門家が豊富な引用に基づいて論理的な推論を行っているもので、熟読していただければ、陰謀論として片付けられるような情報源ではないことがわかります。少なくともこれだけ世界を震撼させた出来事であれば、広く市民が、または関係者が知り検討するに値する重要な情報であることが理解できるはずです。(読まれた後で政治的計画性など、ないと主張する人を私はひとりとして知りません)

しかし、このような文書や証拠が日本で取り上げられる気配は一向になく、ある時点で、利害関係や制約条件の低い自分のようなアウトサイダー(変わり者)でなければ、この情報は取り上ないだろうということにも気が付きました。その頃から、使命感をもってと言うには過言かもしれませんが、認知症改善ブログとしての活動を、パンデミックひいては、政治、社会問題にまで拡張していくことになります。

社会の変わり者(権利を奪われた)要素は、多数派の意見を持つ人よりも多数派の意見の変化に敏感であるため、(5GWにおいて)何かが起きていることに気づく可能性はかなり高い。 「5GW(第5世代戦争)ハンドブック」

…そして、気がつけば3年が経過し、4年目に入ろうとしています。「途方もない主張には、途方もない証拠が必要だ」というカール・セーガンの基準は満たされたのではないかと思います。しかし、日本においてアカデミアのみならず、政治的にも行政でも司法の場でも、すべての証拠文書が明示的に語られることはありません。その「語られなさの統一性と継続性」が、(例えば、政府や官僚の無能さだけに原因を帰するといったような)他の穏健な解釈を棄却し、残された解釈はまさに問題の根深さを物語るものでした。

知のネットワーク

そもそも、そういったこと以前に、パンデミックの度重なる倫理違反に対して、三権分立が機能していないと言うべきかもしれません。このことだけでも十分驚くべきことなのですが、さらに不可解なことは、メディアアカデミア、医療団体、人権団体倫理学者、憲法学者、警察、テック企業、ごく一部を除く地方自治体、市民団体、NGO、独立系ジャーナリスト、クラファン、etc..、といった独裁的な支配や権力の乱用を防ぐための組織、システム、チェック&バランスが最も必要な時期に、ほとんど機能していないように見えたことです。

これは世界がひっくり返るほどの衝撃でした。多くの人々がいまだ、マスクやワクチンを信じたままであるのも無理はないと思います。大多数の人々は、メッセージの実際の良し悪しを考慮するのではなく、発信者の学歴や専門性、魅力的かどうか、信頼できる報道機関、政府機関、そしてそのような発信者全体の占める割合や制度によってメッセージの正当性を確認するからです。

専門家も例外ではありません。私たちの信念は、私たちに代わって観察や調査を行った人々への信頼によって保証されます。つまり私たちは、そのような知識をもたらしてくれた制度や方法を信頼しています。科学における制度や方法とは、科学出版、入念な査読プロセス、専門家の評判、大学の認定などのメカニズムを含みます。

専門家も含め、ほとんどの人は意識的、または無意識的にこのような「知の社会的なネットワーク」を頼りに真偽を判断しています。人は情報を処理する能力や時間に限界があるため、ある意味このようなショートカットする認識の仕方には一定の合理性と生産性があります(もちろん、ネットワークの健全性が保たれている限りにおいて)。

お叱りを受けるかもしれませんが、ワクチンやマスクに疑問を呈している人でさえ、この世界の逆転現象、つまり知のネットワーク構造の信頼性が大きく失われたことに十分に「驚くプロセス」が欠落しているように感じています。カルト宗教や北朝鮮の組織内部で、あの幹部は性格が悪いとか、税金をとりすぎだ、言っているように聞こえるのです。ここは、何度も強調する必要がありますが、それはメディア報道や名の知られた専門家が語る「批判的な意見」のことではありません。それよりも、一段か二段深いところで起こっている構造的な現象です。

空気で判断される真実

一次情報に近いデータを観察して異常を見つけ出し判断のできる人々は限られています。そしてそのような人々は、他の人々も同じように理解できるはずだと考え、「ほら、多くの人が死んでいる、このデータは矛盾している、なぜ気づかないんだ!」と咆哮し、一部の人々は理解しようとしない相手を嘲笑し、空回りしているようにも見えるが多々あります。

このようにある種の直感力や先見の明はあるものの、相手の立場に立って、またはより広い視野に立って眺めることができないために、常識的世界観に住む人々との認識論的なギャップを埋めることができず、メッセージが相手の心に届いていないのでは?と思ってしまうのは私だけでしょうか?誰それが悪いという善悪の主張をしているわけではありませが、このことはグループの分断化の一要因になっているのかもしれません。

メディアの報道統制と検閲

さて、パンデミックから3年が経過し、その間に蓄積されたすべての証拠は、当初言われていた陰謀的仮説の妥当性を十分に裏付けるものでした。当サイトで翻訳を載せている査読論分や学術誌だけに絞ったとしても立証できるレベルにあると思います。この時点でなお、社会全体で特定の出来事で沈黙が続いていることは、一体何を意味するのかと疑問に思わざるを得ません。

省略バイアス

世の中には人々が理解できる量をはるかに上回る情報があり、メディア関係者は報道をする際に何を選ぶかについての編集上の大きな裁量があることから、結果として第三者の影響を受けやすいという傾向が知られています。

特定の情報を無視する(omission bias)ことは、報道における明確な規約違反とはならないことからも、政治的、経済的圧力、広告主の影響、メディア特有の思想や価値観、文化的、社会的偏見がそのような選択に影響を与えることがあります。

DALL-E:「Elephant in the room」周囲にはさまざまなメディア関係者がいる。彼らは取材やインタビュー、撮影をしているが、象の存在をまるで無視するかのようなあからさまな態度を見せている。

しかし、ここで述べているのは、一般的に知られているレベルの選択的報道(省略)ではありません。繰り返しになりますが、明らかに社会の根幹に関わる重要な問題でありながら、すべてのメディアが高い一貫性をもって報道しない奇妙な盲点についてです。

過去においても、イラク戦争での大量破壊兵器の存在主張、福島第一原子力発電所事故後のメルトダウン隠蔽など、報道の恣意的な抑制の例は多数存在します。金融危機、パナマ文書、ウィキリークスなど振り返れば、これらは目新しいことでも珍しいことでもありません。また上記の例は事後的に報道されているため、多少の問題はあれど報道機関は概ね機能しているといったように見えると言う方もいるかもしれません。

重要なのは、全体として、この公衆衛生緊急事態が、事実上、国際的な軍事作戦を隠す口実として利用されていることです。-サーシャ・ラティポワ

しかし、現在目にしている報道統制は、その世界的な規模、そして時間としても過去のそれを大きく超えるレベルにあります。リミテッドハングアウトと呼ばれる、疑惑やスキャンダルに直面した際、関与者が限定的な情報を意図的に公開し、より深刻な事実の発覚を防ぐ戦術と疑われるものは時折見受けられますが、3年経過しても報道の統制そのものが衰える兆しは見られず、第二次世界大戦のプロパガンダに匹敵すると言っても過言ではありません。

情報過多のジレンマ

政治的計画犯罪についての疑いは、もはや何百という間接的、直接的な証拠によって確定しています。しかし、なぜそうなのか?ここには大きなキャッチ22(ジレンマ)が存在します。一般の人々との認識のギャップが大きく、具体的な証拠や歴史的経緯に基づいて実証的に説明しようとすれば、その情報量の多さによって拒絶されてしまい、「グローバリスト」や「支配」といった言葉で簡潔に伝えようとすると陰謀論と拒否されるというものです。

また、同じ言葉の繰り返しによる拒絶または麻痺反応を示すという状況、意味飽和」(Semantic satiation)が続き、2つのグループの理解の断絶を促進しているようにも見えます。問題の深刻さに気づいた人々が警告を発する際に、「ディープステートが!」「ジェノサイドだ!」「奴隷制度だ!」といった表現が、誤った呼称でも誇張でもないとしても、相手にとっては過激に聞こえるからでしょう。

エリートの歴史

さて、アタオカ(頭がおかしい人)扱いされるリスクを覚悟したとしても、「第二次世界大戦が起こったのはなぜか」という理由を簡単に説明するのが難しいように、このことを一言で説明するのはほとんど不可能にも思えます。

無理を承知で一言にするなら、現在も継続中の「階級闘争」であり、10文字以内では「エリートの暴走」(彼らの頭の中ではクーデター)、一文で表現するなら、「新マルサス主義を背景にグローバリストが中央集権的な支配強化を目論んだ人類史上最大の詐欺事件(権力闘争)」と言うでしょう(笑)。実際は、笑い事ではないのですが。。

歴史を振り返ることは常に有用です。というよりも、そこから始めなければ今回の事件について全体像を見ることは不可能でしょう。そして、それは権力、そしてエリートの理解から始まるのかもしれません。

社会的なヒエラルキーと穀物の蓄財を可能にした農耕との間には密接な関係があり、権力とエリートの始まりも、農耕社会が始まってからの古代文明まで遡ることができます。古代エジプト、メソポタミア、インダス文明、中国、ギリシャ、ローマなど、初期の文明においては、支配階級や貴族がエリートの役割を果たしていました。中世ヨーロッパにおいては、貴族や封建領主が土地とともに人々を支配し、また、教会の高位聖職者もエリートとしての地位を有していました。

 

ルネサンスと啓蒙時代には、知識と教養を重んじる価値観が高まり、学者や哲学者、芸術家などが新たな形のエリートとして登場しました。このように、歴史的に、権力者が支配力を高め、富を蓄積するための仕組みを作ってきたということは、多くの歴史学者によって記録されています。

明確にエリートという概念が定義されたのは近代に入ってからです。そして、産業革命以降、資本主義、民主主義の台頭により、支配は権利ではなく同意によるものとなり、少数の力ではなく多数の意思に基づくものとなりました。少なくとも表向きはです。

一方、社会的分化(分業化)は、一極集中したエリートによる権力の強化を阻害し、企業エリート、国家エリート、国際エリートなど複数のエリートや様々なエリートの成長をもたらしました。

寡頭制の鉄則

エリート研究で有名なアメリカの社会学者C. ライト・ミルズは、アメリカの権力構造は3つのレベルで特徴付けられると主張しました。

  • 企業、軍、経営幹部からなるパワーエリート、
  • 労働者、地域・地方エリート、議会議員、その他の組織集団からなる中間層
  • 無組織大衆

軍事、国家、産業が三位一体となった権力は一種の上流階級カーストであり、構成員は、出自、立場上の利害、相互依存を共有しているため、権力を強固なものにするために行動しました。アメリカにおいては例外主義という長い伝統の上に立って、エリートの問題はより深刻になっていったと報告しています。[R]

ほとんどの研究がエリートの密度が非常に高いことを明らかにしており、なぜエリートはそれほど強固な集団に見えるのかと疑問に思うかもしれない。それは、「弱い絆」のテーゼが間違っているのではなく、エリートは他の集団とは異なる社会的プロセスによって支配されているのではないかということである。

The Sociology of Elites』

現代ではグローバリゼーションの元に、多国籍企業、国際組織、金融市場などが形成され、エリートが多様化しただけではなく、国家を超越した「グローバルエリート」の存在が明確になりました。2000年代以降、デジタル経済の台頭と財政資本の集中により、エリートの中のさらに一部のエリートが極端な影響力をもつようになったことも広く社会学者、政治学者、国際関係学者に受け入れられています。

「GIANTS」グローバル・パワーエリート
Giants: The Global Power Elite 我々は皆、「彼ら」が世界を、あるいはその大部分を動かしていることを知っている。そして、彼らの唯一の目的が自分たちをさらに豊かにすることであることも、この強迫的な事業が、貧困を広げ、終わりなき戦争を引き起こし、地球を末永

非常に簡単に言ってしまえば、このような(パワーエリートと呼ばれる)エリートの支配プロセスが、パンデミックにおいてクライマックスに達したというのが、私が見ている世界です。

近代になってからのエリートは、科学技術(デジタル技術)、資本主義、グローバリゼーションという変質要因によって権力構造を比類のない代物に変化させているのですが、不思議と?こういったことは大衆に知られる機会がほとんどありません。(私自身もその一人でした、、)

社会構造が複雑化し、エリートの定義が多様化したことが要因と考えられていますが、民主主義社会、平等社会の台頭から、エリート集団による支配という考え方が批判されるようになったこととも関係しているようです。

エリートの社会学

さて、現代のエリートの権力構造とはどのようなものでしょうか。それはすでに単一の支配者が存在するという陰謀論的イメージに反して、中心的なグローバル企業、シンクタンク、国際金融機関といった多国籍資本家階級の相互作用によってもたらされる無定形の集団モデルに近いのでしょう(コアとなるメンバーがいるとしても)。

エリートは全能であるどころか、歴史的な力としての一貫性を欠くほど散在していると考えられている。彼らの不可視性は、秘密の不可視性ではなく、多数の不可視性である。それは、平坦で瞬間的な「状況」ではなく、段階的で耐久性のある構造なのだ。そして、その頂点に立つ者が全能ではないとしても、無力でもない。

『パワー・エリート』

検閲産業複合体

グローバルパワーエリートの公共政策への影響力が大衆のそれを凌駕することは、社会学、国際政治経済学、世界システム理論の研究者によって記録され、偏った多元主義として論文で実証されています。

さらに、民主主義の基盤を破壊するほどの統率された弾圧や巧妙な検閲が可能である「検閲産業複合体」の存在がパンデミックでは明らかになりました。どの組織が関わり、どのような指示系統で、どのような目的の元に行われたのか、当然疑問としてでてきます。これがトップダウンではなく、様々な権力組織が協力関係にあるとしたら、明らかに異なる目標をもつ様々な権力組織が、なぜ、利害をこれほどまでに一致させることができたのかという異なる疑問が生じます。

上の図を作成したジャーナリストのマット・タイブビは、「連邦政府の兵器化」議会公聴会で証言した日に奇妙な訪問を受けた。訪問者は国税庁からだった。

陰謀論的な単一の支配者を想定しないのであれば、何らかの共通する(または類似する)イデオロギー、そしてそれらを結びつける権力のネットワークがあると想像することは不合理な推論ではないでしょう。権力組織、エリート同士の力学関係は、熱帯雨林の生態系でも見ているかのうような複雑なものですが、最終的には、事実上、エリートの社会学と呼ばれるものによって、私たちの生活がすでに支配的な状況に置かれていることに気づくことになります。

現代エリートに関して多くの解説や良書がありますが、ここで公開して紹介できるもの(著者がオープンにしているため)としては、イアン・デイビスが公開している「新世界秩序」についての記事があります。20世紀以降のグローバルエリート関する流れを実証的に紹介しており、私たちが知らされている歴史が、必ずしもそうではないことを説得的に論じています。

新世界秩序 イアン・デイヴィス
注:原著の引用リンクは含まれていません。 第1章 「新世界秩序」の簡単な歴史 「新世界秩序」(NWO)という言葉を口にすると、人々は感覚を失ったかのような顔をする傾向がある。なぜなら、いわゆるエリート・グローバリスト(正確にはパラサイト・クラスと呼ばれる)の隠れたカルテルが世界経

認知されにくいエリートの権力

しかし、この権力構造がもつと考えられている社会的影響力、政治的影響力、行政や司法への影響力、軍事、メディアなどについて学んでいくと、大衆への誤解が生じやすい要因が少なくとも2つか3つあることに気づきます。

ひとつは、まず一般人と社会学者の間でまず権力構造に対する認識の大きなギャップがあることです。実際、民主主義体制において、(自由や権利が名目上保障されていることから)、権力の働きが目に見えにくい形で存在していることは、政治学や社会学の議論の中でしばしば指摘されており、大衆にとって権力とうものの現実感がないという問題がCOVID-19パンデミックの前からありました。

さらに踏み込んでいくと、後で詳しく述べますが、権力構造の研究が多岐にわたるため、これらの分野もサイロ化しており、一般の社会学者や政治学者から強く認識されていない権力の影響力を示す領域があることです。このことへ研究者に対する弾圧やプロパガンダ、つまり専門家が理解していながら見知らぬふりをするという問題も加わり、一般の人への理解への道筋は何重にも混沌としたものなっています。

ここまでを簡単にまとめると、現実にはグローバルエリートの政治的計画を示す確たる証拠が数多く観察されているにもかかわらず、歴史認識のギャップ、民主主義の構造的問題、権力構造に関する研究の限界、そして検閲産業複合体の存在により、この問題を一般の人々に伝えることがひどく難しくなっています。

パンデミックとは何だったのか

権力構造による現実の解釈として、イデオロギーは常に、最終的には権力の利益に従属する。したがって、イデオロギーは現実から切り離され、見かけの世界を作り出し、儀式化する自然な傾向がある。権力に対する公的競争があり、それゆえその権力を公的に統制する社会では、権力がそれ自身をイデオロギー的に正当化する方法に対する公的統制もごく自然に存在する。その結果、そのような条件下では、イデオロギーが現実を完全に放棄するのを効果的に防ぐ、ある種の修正手段が常に存在する。

しかし、全体主義のもとでは、こうした是正措置は消滅してしまう。したがって、イデオロギーが現実からますます離れていき、全体主義以後の体制ですでにそうなってしまったもの、すなわち、見かけの世界、単なる儀式、現実との意味的接触を奪われ、現実を擬似的な現実に置き換える儀式的記号の体系に変質した形式化された言語へと、次第に変質していくのを防ぐものは何もないのである。

『The Power of the Powerless』- Václav Havel

さて、パンデミックで起こった一連の出来事、そして3年経過した今でも続いていることをエリートと関連付けて理解するにはどうすれば良いのでしょうか。

冒頭で、「エリートの暴走」と述べましたが、グローバルな権力組織や個人が関わっていることは証拠からすでに明確です。様々な組織が、お金、資源、支配の維持、地政学的利益、といった権益を求めて動いているといったことも、特に驚くような意見ではないでしょう。

おそらく、理解が最も難しいパートが、エリート思想やエリート支配と関連する「思想・イデオロギー・社会理論」の領域です。簡単な見取り図として、短い解説を加えてみました。

  1. 政治的科学主義
    1. 官僚主義:公的機関や組織が厳格な階層制度、規則、手続きに基づいて運営されるシステム。予測可能性と強い実証性に基づいて行動し、しばしば保守的であり新しいアイデアや革新的なアプローチを採用することに消極的。WHO、NIH、FDAなどの公衆衛生機関において見られるように、腐敗と利権主義の温床となりやすい。イベルメクチン、ビタミンDが採用されなかった理由の一部はこれらの欠陥によって説明できる。
    2. テクノクラシー:専門家や技術者による統治を提唱するシステム。大規模な機械システムの制御は、WEFを始めとするごく少数のエリートに委ねられ、技術の向上により大衆をコントロールできるようになる。[R]
  2. 社会ダーウィニズム:自然選択と「適者生存」の概念を社会に適用し、強者の生存と優位を正当化する思想。競争と自然な階層を強調する。強い者の生存を正当化することで、ゲイツやソロスなど社会的、経済的エリートによる支配を擁護する根拠として利用されることがある。
  3. ヘゲモニー
  4. 思弁的実在論・新しい唯物論:ポスト構造主義的な言語中心主義を批判し、人間の認識から独立した実在の探求を目指すもの。
  5. ポストモダニズム:感染状況をめぐるデータの恣意的な解釈や、ワクチンの効果をめぐる言説は、客観的な真理の不在を示すものだったと言えるでしょう。また、パンデミック下で顕在化した社会的な分断は、ポストモダニズムが指摘してきた差異の政治の帰結であるという見方があります。エリートによるパンデミック対策が、しばしば権力の行使として批判されたのも、ポストモダニズム的な権力論の文脈で理解することができます。こうしたポストモダニズム的な相対主義が、科学的な知見の軽視につながったことも事実です。
  6. メタモダニズム:ポストモダニズム的なアイロニーを超えて、真摯さや感情性を取り戻そうとする芸術的・文化的な動向。[R]
  7. 黄金の10億:1970年代初頭に登場した新マルサス原理主義的な新自由主義概念。すべての人に十分な資源はない。したがって、世界的な生産と市場システムを再構築し、この世界市場のために個々の国の天然資源の開放を保証する世界政府を形成する必要があるというコンセプト。そして地球全体の資源は、20の先進国(10億人)が自由に使えるようになる。自由貿易の「黄金の三角形」が形成される:アメリカ-西ヨーロッパ-日本、そしてそれ以外の国、地球の貧しい人口は、資源の消費が増加しないような状況に置かれる。さらに、貧困人口の急激な増加に対する大衆心理から、貧困人口を制限するだけでなく、減少させるという考えも生まれた。[R]
  8. ニーチェの超人思想:フリードリヒ・ニーチェによる哲学的概念。ニーチェの「力への意志」は、権力を追求することが人間の基本的な動機の一つであるという考え方を提供した。ナチス・ドイツが、ニーチェの概念を自己のイデオロギーの正当化に用いたことは有名な話。ナチスの子孫は、現在もなお影響力を持ち続けている。[R]。ニーチェは「人間は克服されるべきものだ」と宣言した。彼はテクノロジーに役割を見いだしたわけではないが、彼の大胆な言葉は、現代のトランスヒューマニストたちにインスピレーションを与えている。(More 2013)
  9. 寡頭政治(オリガルヒー):少数の支配者(しばしば富裕層や特権階級)によって支配される政治システム。権力が限られた人々に集中する。エリート層の支配が明確に表れる政治形態。
  10. 縁故資本主義
  11. マルサス主義:トーマス・マルサスの人口理論。人口増加が資源を上回ると社会問題が生じるとし、人口制御の重要性を強調する。人口抑制を目的としたワクチン接種の疑いが指摘されている。[R][R]
    1. 新マルサス主義:人口増加による食料不足だけではなく資源消費と枯渇の影響の視点も加わる。人口の増加を抑制するために、産児制限、避妊などの対策を積極的に推奨する言説。進歩的なイデオロギーや政策とつながり、マーガレット・サンガーらによって世界的に普及。
    2. 環境新マルサス主義:ポール・エーリックの『人口爆弾』出版によって、資源の枯渇、環境汚染などと関連付けられれ広く普及。過激な環境保護主義者として、植民地主義、資本主義、貧弱な政府、地域の搾取といった原因を軽視し、単純な人口要因に還元し貧困者に原因があるとした。新マルサス主義の発展形であるこのイデオロギーは、ローマクラブ、WEF、ゲイツ、環境保護グループへと受け継がれる[R]。環境保護・新マルサス主義的言説の根底には、人間嫌い、人権の軽視、管理主義があり、グレートリセットのアジェンダ、SDGs、「持続可能な開発」はこのような倫理に根ざしている。[R][R]
  12. 優生学:遺伝的「優位性」を追求する考え方は、過去にエリート主義や人種差別的な政策と結びついていた。システムにとって無用となる大衆は、負の優生学(人口削減)によって絶滅させる対象となるかもしれない[R][R]。新優生学(Neo-eugenics)は、現代の遺伝学と生殖技術の進歩を背景に発展した、優生学の現代的な形態。認知強化によって、例えばIQ200を超える社会集団が生まれれば、認知強化を行わない人々との間に深刻な社会的不平等が生じるだろう。
  13. 加速主義(e/acc):技術的、社会的変化の加速を支持し、これによって根本的な社会的変革を促進する思想。WHO、WEF、ラリーフィンク、グローバリストのシンクタンクとそれを形成する人々の戦略計画には加速主義が浸透しており、人口統制のための破壊的な戦術として利用されている[R]。一部の加速主義者は、AIが人間の限界を超える進化をもたらし、人類の問題を解決するため、人類の代替や絶滅を支持している。
  14. 人類存亡リスクとビッグブラザー:人類存亡リスクに対するニック・ボストロムの解決策が、一つの世界全体主義政府を作ることにある。一方、イーロン・マスクが提案する解決策は、「全脳インターフェース」を作ることである。
  15. サイバネティックス(制御理論):サイバネティックスの父として知られるノルベルト・ウィーナーは、私たちの社会が巨大な時計仕掛けのように制御され、あらゆる企業や個人の活動が、社会を最適な方法で運営するための巨大な計画によって調整されることを想像していた[R]。サイバネティックスはシステムと情報のコントロールを通じて、技術的エリートが影響力を行使する方法として見ることができる[R]。ビッグデータとAIを組み合わせることで、経済の管理、市場の形成、生産チェーンの最適化、資源供給のコントロールなど、多くのことが可能になるという。それは時に「テクノユーティリティズム」とも呼ばれる概念で、従来の意思決定システムに取って代わるかもしれない。[R]
  16. データ主義
  17. シミュラークル
  18. ポストマルクス:
    1. CTマルクス:
    2. 文化的マルクス主義
  19. TESCREAL:トランスヒューマニズム、エクストロピアニズム、シンギュラリティ主義、宇宙主義、合理主義、効果的利他主義、長期主義の頭文字を組み合わせた言葉。これらの思想グループはシリコンバレーを支配している。彼らに共通するのは未来志向であり、未来の人口、AI、文明の利益を最大化させることに焦点が当たっており、トレードオフから現在生きている人類に対する倫理や価値観を軽視する傾向にある。中には生物学的な基盤をもつ人間を否定的に見るポストヒューマン志向のグループや、極端な功利主義的視点から、現在の人類の価値を著しく低く見積もるグループも存在する。[R]
    1. ポストヒューマニズム:人間中心主義を批判し、人間と非人間(動物、機械、環境)の関係を再考する思想。技術との統合や多様な主体性を探求し、倫理とアイデンティティの新たな視点を提供する。
    2. 長期主義:自分たちの行動が数十億年先、数兆年先というはるかな未来の人類の生活を改善することが私たちの道義的責任であるという主張。そして今後100年、1000年にわたる影響でさえ単純に無視するという考えが含まれる。何よりも生き残ることを優先させることからディストピア的な主張が正当化される。例えば、文明を壊滅させるためのテロ攻撃を防ぐために犯罪を犯していない人々を予防的に取締まることや、グローバルで侵襲的な監視システムを真剣に検討すべきだと、長期主義者のニック・ボストロムは主張している。[R]。全体功利主義、宇宙拡大主義、トランスヒューマニズムとも密接なつながりがある。
    3. トランスヒューマニズム:人間の生物学的限界を超える技術的ユートピアを目指す思想。マルサス的な人口抑制が資源効率の高いトランスヒューマニズムによって補完されるべきであるという考え方と、種の意識的な進化はトランスヒューマニズムによって達成されるという優生学的な考え方を包摂している[R]。現在、トランスヒューマニズムが中心的な指導的役割を果たすシュワブの『第4次産業革命』が、グローバル企業の政策と政治統治を形成している[R]。遺伝子操作、認知能力の強化、不老不死技術は、一度実行されると、最終的に人間の感情や、何が「自然」で「人間らしい」かについてのアイデンティティや尊厳を破壊する可能性が高い。
    4. 功利主義:「最大多数の最大幸福」を目指す倫理理論。行為の結果がもたらす幸福や快楽を最大化することを最も重要な目標とする。対置する義務論(生命倫理)は無視され、ワクチン接種による(偽の)防御と被害を単純な損得勘定で肯定されてしまった。
      功利主義の徹底は、長期主義的な考え方を肯定的に見ることにつながる。データ主義、反炭素主義が組み合わさると、デジタルシミュレーションで暮らす無数のマインドアップロードやAIロボットを幸福にすることの費用対効果の高さから、彼らを優先する倫理に帰結する。

彼らの正体や動機を表す際に「権力と支配」という表現がよく使われており、この記事でも多用しています。中心的な言葉として間違っていないでしょうし、人々が理解するために、または運動論としても必要な言葉ですが、その背景を観察すると、より複雑なピクチャーが見えてきます。誤解を恐れずに言えば権力や支配関係がイデオロギーに基づいた目的を追求するための目的となっているエリートらがいることも確かです。この言葉を最初に使いすぎると、多彩なエリートの問題意識や複雑な構造的理解を掴みそこねてしまう危険性もあります。

また、ますます迷宮に入り込みそうですが、イデオロギーだけではなく、合成生物学、デジタル検閲とプロパガンダ、CBDC、ビッグナッジング、身体のインターネット(IoB)、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、複合現実(MR)..といった「科学技術」「ビッグデジタル」の課題があります。これらは、特にシュワブの提唱する第4次産業革命(4-IR)の文脈において、全体主義的な監視社会つまり、支配を強化するツールとしての役割を果たすことから、それぞれの専門分野をある程度理解して警戒していく必要があります。 ( ´Д`)=3

人間と社会に対するデジタルの脅威
Digital Threats to Humans and Society 2022年6月29日 私たちは、デジタル技術が(健康や持続可能性に関連する問題を含む)世界的な大問題の解決に大きく貢献する可能性を秘めていることを認める。また、イノベーションと新たな経済セクターを促進する

つまり、この問題を掘り下げていくと、エリートという用語は広範囲にわたるグループを指し、彼らの目的や動機は多岐にわたり、経済的エリート、政治的エリート、知的エリートなど、異なる形態のエリートが原則的には異なる目的で行動しており、私達庶民が暮らす世界とは異なる価値観、社会構造や力学が存在することが見通せます。

エリートがパンデミックにおいて具体的にどのような犯罪を犯したのかについては、サイト全体を通じて紹介していますが、まだすべてのパズルのピースは揃っていないのが現状であるため、エリア特化的な陰謀的発想が生じる下地があるとも言えます。

代替説明

多くの代替的説明があることも承知しています。例えば、ある時代状況における集団心理現象(大衆形成)として理解する方法、医療と製薬会社の腐敗、もしくは、政府機関のバイオテロへの対応の失敗などといったように。

博士号をもつ生物学者であれば誰でも自宅の倉庫で生物兵器を合成できる時代に私達はいます。バイオテロの驚異は確かに妥当な懸念であり、実際に製薬会社を含めた政府組織が犯罪的行為を実行する正当化の根拠として使われたことは間違いないでしょう[R]。問題はそれさえも詐欺だったのか?その先にさらなる陰謀があったのか?(二重の陰謀)、もしくは異なる複数の目的、意図的なものと自然発生的なものが混じり合い大きく影響していたのか?

複雑性バイアス

このように、分野ごとに観察していけば、100の業界ごとの100の説明が成り立つかもしれません。パンデミックに関連する学問領域も多岐にわたり、それぞれが要因を説明する研究を提供しています。これらの説明は排他的ではなく、複数の要因が互いに関連しあっている可能性があります。個人的にはこのような複雑で構造的な説明方法を好みます。

しかし、複雑な説明方法は現実のニュアンスを描写するには適しているかもしれませんが、直近の問題解決に際しては必ずしも最適解ではありません。何日も徹夜して疲労困憊した人に対し、栄養不足や運動不足を事細かく指摘するよりも、まず必要なのは休息であり、「早く寝ろ」という言葉です。

誰もが騙される

集団心理

集団心理は補助的な要因としては大きなものとして考えられますが、集団心理から覚めるだけで問題が大きく解決するというのはあまりにもナイーブな考えです。もしこの問題がより意図的に引き起こされたのだと仮定できるのであれば、人々が目を覚ましても、操る側は新たな手法を開発し、コントロールを続けるだけからです。

また、賢くなれば騙されないという考え方は大きな誤解で、「賢さ」は騙されやすさと関係ないことが、多くの金融詐欺や欺瞞に関する心理学研究で示されています。高度に訓練を受けた医療の専門家が不正確な情報や研究結果に騙されることは、パンデミックで多くの人に知られるようになりましたが、このことは何十年も前から、医療不正に関する論文等で指摘されていたことです。

ウォール街に精通した投資家は、市場初心者と同じように詐欺に引っかかる可能性が高いと金融詐欺の研究者が報告しています。米国史上最大の金融詐欺を働いた、バニー・マドフの詐欺は20年間発見されませんでしたが、一般の投資家のみならず、被害者のリストには金融機関や金融のプロの名前が並んでいました。

バニー・マドフ

有名な例では、トランス脂肪酸を含むマーガリンや加工食品が、天然のバターや動物性脂肪より健康的であると推奨されてきましたが、後の研究でトランス脂肪酸が心臓病のリスクを高めることが明らかになり、食品業界や公衆衛生の指針が変更されました。政府機関、専門家、メディアによって長期間推奨されてきたのもです。20~30年という長い期間、彼らは単に無知だったのでしょうか?それとも騙されていたのでしょうか?

明確に欺く(隠す)意図があった例では、第二次世界大戦中の極秘の原子爆弾開発計画であるマンハッタン計画が思い浮かびます。私が驚いたのは、このプロジェクトに13万人もの関係者(科学者、技術者、労働者、軍人、行政職員)関わる長期計画でありながら、秘密保持が可能だったことです。

現代のような情報社会では、それだけの人数の陰謀を隠し通すことは無理だろうと考える方もいるかもしれません。そして、アメリカ合衆国の元国家安全保障局(NSA)および中央情報局(CIA)の職員であり、大規模な監視プログラムに関する機密情報を公開したことで知られているエドワード・スノーデンを思い浮かぶ人もいるかもしれません。NSAは組織として3万人を民間企業の6万人と合わせて9万人を雇用していました[R]。9万人もの人間が監視プログラムに関わっていながら、世間に知れ渡った告発者がスノーデン彼一人だけだったことは、ある意味、驚きではないでしょうか?この比率は例えば数千人程度が関与する陰謀計画であれば、組織として隠密な行動が可能であることを示唆しています。(ちなみにCIA職員はおよそ2万人、三極委員会は300~350人です)。今日では第二のスノーデンが現れないよう、情報機関が費用のかかる「内部脅威」プログラムに投資するようになり、従業員をスパイするようになったことも付け加えておかなければなりません。

医療も例外ではありません。医療統計学の大御所であるスタンフォード大学のジョン・P・A・ヨアニディス教授が、「生物医学、遺伝学、疫学を含むほとんどの研究分野において、発表された研究結果のほとんどは虚偽である」という主旨の研究論文を2006年に発表し、多くの研究者にショックを与えたことは有名な話です。

これらは現在、私たちが経験している巨大な詐欺事件(人類史上最大と私が呼ぶ)とは比べ物になりませんが、いずれの例も「政府機関」「行政」「司法」「専門家」「メディア」といった一般的に「賢いと考えられている集団組織」が一致して長期間にわたり欺かれること(欺くこと)が十分に可能であることを史実は示しています。

多数派 vs 少数派

結局のところ欺瞞が成功するのは、それが大衆だからでなければ、大衆が愚かだからでもなく、大衆が多数派であるから、つまり、多数派が騙される対象として「標的化される」からでしょう。

特に民主主義社会においては多数派の投票が力をもつため、これは理にかなっています。また、多数派は欺瞞を働きかける効率性、費用対効果とも深く関係しています。テレビメディアは依然として多くの人々に情報を提供する主要な手段であり、特定の情報を選択し、特定の方法でフレーム化させ影響を与えることの一人あたりのコストの低さは驚異的です。メディアの所有権が少数の大企業に集中していながら、これほどのプロパガンダに最適なツールがその目的に利用されていないとしたら驚きです。

この目に見えない社会の仕組みを操る者たちが、目に見えない政府を構成しているのだ。われわれは支配され、われわれの心は形成され、われわれの好みは形成され、われわれの考えは提案される。これは、民主主義社会が組織化された論理的な結果である。円滑に機能する社会として共に生きていくためには、膨大な数の人間がこのように協力しなければならない

– エドワード・バーネイズ『プロパガンダ』

または大衆の欺瞞を見抜く能力に多様性がない、情報を得る方法や考え方がパターン化している)、といった理由もあるのかもしれません。多数派の平均的なプロファイルや知能に応じて欺瞞の戦略が作られているため、大衆が今より賢く、自分で物を考えるようになったとしても、最終的には欺瞞戦略はそれに適応し機能するでしょう。

今回の多数派は「大衆」だけではないことが特徴的です。コビッドパンデミックで名だたる多数派の「専門家」が騙された(一部の専門家は騙した)ことも、そのことを証拠づけています。これだけ賢くなれば騙されないという閾値の存在は、詐欺や欺瞞に関する研究からは支持されていません。[R][R]。

欺瞞の境界線問題

興味深いことですが、ヒトや動物の社会では、少なからずある程度の「欺瞞」があることによって機能するように形作られています。[R]「欺瞞」と「真実」には、ある種の共生関係(軍拡競争)があります。[R][R][R][R]。これは欺瞞が倫理的に許されることを意味するものではありません。しかし、人、文化、時代によって許される欺瞞とそうでない欺瞞の境界線は必ずしもはっきりとしたものではありません。

選挙公約の不履行は許されない欺瞞ですが、一部の政治家は許されると内心では考えています。スキャンダルや不祥事も許されないと考える選挙民もいれば、ある程度は許容されると考える有権者も存在します。

時として、私の目から真実追求運動が失敗してしまっていると見える背景には、欺瞞を受け入れている側が欺瞞にまったく気づいていないわけではなく、欺瞞を社会的に許容される範囲のものとして判断してしまっていることにあり、許されないと考える有権者が「真実」を掲げて欺瞞を追求するためではないかと思うこともあります。あの政治家が~という嘘をついた!という主張があったとしても、その政治家を支持する有権者からは「まあそうだが、方便なのだろう」と思われることを見越して欺瞞的政治行為を行っているというものです。

さらに、これが繰り返されると、本来なら許されない欺瞞も機能してしまうという現象が起こっているのかもしれません。欺瞞の境界線は、人によって受け取り方が異なることもしばしばで、サポーターや当事者ほどその境界線は身内に甘いものとなり、「汚い手」として合理的に解釈しようとします。このような境界線は時間の経過によってますます許されるようになり、絶対権力は絶対に腐敗すると言われるように、欺瞞がある種の必要悪として滑りやすい坂を転がっていくのかもしれません。

しかし、そのようにして欺瞞が真実を超えて増大した状態が続けば、生物であれ社会であれエコシステムのバランスは崩れます。しかし、人間文化の可塑性は非常に高いため欺瞞の種類によっては、それが常体化する可能性もあります。人工甘味料、加工食品、デジタルコミュニケーション、二次元のアイドル、結婚指輪のダイヤモンドといったように。

真実はそれほど強くない

この点において私はマローン博士と意見を異にするかもしれませんが、「平和」が人の社会に適応的(自然状態)ではないように、「真実」もまた適応的ではありません(そして自由も)。ライオンのように、ただ真実を野に解き放てば欺瞞を駆逐してくれるとは限りません。捕食者を欺くための欺瞞の戦略は多岐にわたり、実際のライオンも準絶滅の危機に瀕しています。。

同時に賢くなる努力をすることはもちろん重要ですが、人々が今より賢くなり合理的に判断をできるようになったとしても「欺瞞」というものが駆逐され社会が正常化するとは思えません。長期的には、単に賢くなろうとするのだけではなく、賢さに必ずしも依存しない戦略的なスキームが求められます。このことについては後半でもう少し詳しく述べたいと思います。

対症療法的説明

医療や製薬会社の腐敗を解決したとしても、その背後にある権力や支配の意図は変わらず、他の方法で問題が再燃する可能性があります。つまり、非常に大きなピクチャーの元では、医療という巨大な問題でさえ解決されたとしても対症療法に過ぎないという視点がありうるのです。

この可能性への気づきは、認知症ブログを運営する立場としてもいささかショックを受けるものでした。今の認知症治療(慢性疾患・精神疾患も含め)がなぜこれほど進展しないのか、複雑な疾患メカニズムの問題もありますが、製薬企業の腐敗、官僚主義的な医療制度、還元論・実証主義的な考え方(金、中央集権システム、イデオロギー)この3つが主要な原因であると考えていたところへ、4つ目の想像すらしなかった医療が機能しないことにインセンティブの生じる歴史的要因(マルサス主義)が突如として候補に加わったからです。

結論として、エリートとその代理人の計画的犯罪は、広範な視点から見た現象を説明できる可能性があり、問題の本質的な解決には権力構造からの説明が必要である、という提案をしています。これは権力構造が唯一の真実だという主張なのではなく、緊急性のある問題に対して実践的な真実が必要であるという意味合いをもつものです。

理解を阻む要因

理解を妨げる感情バイアス

政治的計画という理解の最大の障壁は、「そんな無茶苦茶なことをするのだろうか」という感情的な障壁かもしれません。平たく言えば、市民は日常的な人間関係において、小さな嘘を見抜く能力を発達させており、大きな嘘(Große Lüge)を見抜くことは苦手です。

心の理論:理論説

ナチス・ドイツがその盲点をプロパガンダの戦略として利用したことは有名な話です。物事や他者の心を理解するとき、人々は情報をそのまま受け入れるだけでなく、一般的な知識や偏見のレンズを通してそれを捉えるため、枠組みに合わない非人道的な行動は認識しづらいことが知られています(心の理論:理論説)。

たとえば、オウム真理教の危険性が事件が明るみに出るまで長期間認識されなかった一因は、それが「殺人集団」ではなく、「人々を救う宗教」という枠組みで認知されていたためです。

心の理論:シミュレーション説

さらに、人々が他者を感情的に理解しようとするとき、彼らは自分をその人の立場に置いてみることをシミュレーションします(心の理論:シミュレーション説)。そして、サイコパスや、性的虐待者のように道徳が極端に欠如している個人をシミュレーションすることは、平均的な善良な人にとって困難であり、そのような行動の可能性を常識から照らし合わせてありえないと却下することにつながります。

有名人のスキャンダルに対する一般の人々の衝撃は、「あの人がそんなことをするなんて信じられない」という反応が非常に一般的であり、これを裏付ける例は数多く存在します。最近の例では、ジャニー喜多川にまつわる騒動が挙げられるでしょう。

この「心の理論」は欺瞞を見抜こうとする対象物が、過度に人物に当てられてしまい、システムやアルゴリズム、または組織が有機的に振る舞う欺瞞を見逃してしまう問題も示しています。

世界一難しい社会学?

さて、この議論の基礎として、権力の力学を真に理解している人間が地球上に存在するのだろうか?と探求する上で個人的に感じた疑問についても少し触れておきたいと思います。

この権力と支配に関わる研究分野について、漠然と最初に調べてみようとしたところ、政治学、国際関係、経済学、歴史、社会学、心理学、法律、地政学、文化研究、軍事科学、環境科学、倫理学、情報科学… 非常に多くの学問領域が関連していることにまず気が付きました。

権力構造、その動態、権力を行使するメカニズム、権力関係の影響といったテーマは複雑であり、継続的に発展し続ける概念です。そのため、医療の専門家が全ての医学の分野に精通するのが不可能なように、権力のあらゆる側面に通じた専門家というものが存在しません。

加えて、権力に関する理論や理解は、新たな社会的、経済的、技術的な発展によって常に進化しているため、研究者は最新の知見を追い続ける必要があります。最新の情報は教科書に書かれていないという点は、どの分野でも共通する話だと思いますが、権力に関しては特にその傾向が強いと言えます。。

権力構造の研究は、自然科学のような実証科学でもなく(明確な尺度が存在しない)、入手可能なデータも不完全で、権力がどのように行使されているかを観察することもしばしば困難であり、専門家であっても主観性や選択バイアスなどが必然的に入り込むという、この分野特有の課題があります。権力に限りませんが主観性が入り込みやすい学問の領域では、一定レベルのインテリジェンスを満たすエリート層が、権力の乱用についての主張を目にしても、主観的な誤差の範囲内として見なされてしまう逆のバイアスの可能性があります。

独裁国家の中で独裁に関する批判的研究を行うことが難しいように、支配関係が本物であれば、その中で行う研究者・専門家が限られてしまうことにもなり、このことがさらに輪をかけて権力の支配的影響について評価することを難しくしています。

様々な人々が様々な意見を述べているのを見聞きするとき、散在する不完全な情報を拾い集めた結果、「独自理論」を形成したのでは?と思うことも少なくありませんが、ことの性質上主観的視点を完全に避けることはできないのかもしれません。

ちなみに、もう少し複雑なバージョンに、例えばゴシップ記事だけの情報を鵜呑みにしてディープステートに操られている!と主張するような「誤った推論からの正しい結論」(The Fallacy Fallacy)も非常に多く、推論過程を批判することでその結論を間違っている印象を与える手法も一般化しています。

また私の個人的な印象では、陰謀があることを主張する人の半数で、真実だけではなく微妙な誤謬や、断定的で強すぎる推論(間違っているとは限らない)も含まれています。このように、高度に混乱を誘発する環境があるため、一般の人々だけではなく、知的レベルの高い人であっても蓋然性のある事実を見極めることは、見かけ以上に難しいものとなっています。

ノーム・チョムスキー

権力構造に関する第一人者として知られるノーム・チョムスキーの著作を読むと、彼の提供するフレームワークでさえ、現在目にしている権力構造を理解するには明らかに不十分であることに気がつきます!例えば、デジタルプラットフォーム、検閲産業複合体、ネオマルサス思想、国際金融資本、国際機関、情報機関…についての言及は、現在示されている多大な犯罪的証拠と比べた際、過小評価していると強く感じるのは私だけではないようです。[R]

ちなみに、「プロパガンダ」を解明したチョムスキー自身が「コビッドワクチンを接種」し、かつ「ワクチンの非接種者を非難する」、つまり、(意図的でないと信じるなら)彼自身がプロパガンダの餌食になったことも、この問題がいかに根深く理解の難しい問題であるかを強く示す事件でした。

COVID-19ワクチンを摂取した賢い人々

他にも、(公表されている事実が本当であれば)COVID-19ワクチンを接種した著名人で、権力と深く関わり、機密的な情報へのアクセスに特権をもっていることが予想され、高いIQ、問題解決能力、学習能力、洞察力などが顕著に高いと見なされている人物のリストは錚々たるものです。

イーロン・マスク、アンゲラ・メルケル(ドイツの元首相)、サンディール・ジャー(グーグルCEO)、クリスティーナ・ラガーデ(欧州中央銀行の総裁)、スティーブン・ピンカー(応用心理学者)、ユヴァル・ノア・ハラリ(歴史学者)、ナシム・ニコラス・タレブ(リスク、不確実性の研究者)、マイケル・サンデル(ハーバードの政治哲学者)、ジョーダン・ピーターソン(臨床心理学者)、この賢い接種者リストは、100倍にも1000倍にもすることができるでしょう。あえて名前は出しませんが、日本も例外ではありませんでした。

このことは、「知性とは一体何なのか?」という疑問を投げかけるものです。「彼らは医療の専門家ではないからだ」という声もあるかもしれませんが、そうであれば専門であるはず医師や医療研究者の拒否率は高いはずです。しかし、彼らの接種率は一般と同じか、むしろより高かったというデータもあります。また専門でもなければ科学的データの読み方の訓練を受けたわけでもない多くの一般人がワクチンの危険性を見抜き、拒否してきたことからも、専門性はワクチン接種率の抑制に影響を与えなかったか、むしろ負の影響があったと言えるでしょう。

もしくは、この後で述べるように、私たちは「知性」というものの役割や地位を過大評価しすぎているという気がしてなりません。私たちが世界をどのように認識するか、実質的に上記のような見識があると見なされる人物や、専門家の意見で占められていることを考えると、このことは非常に重要な問題を提起してはいないでしょうか。

「知性」という評価軸の限界

受験勉強ができるタイプの狭い意味での知性をネガティブに捉える言説はよく目にします。しかし、例えばイーロン・マスクを受験勉強型の賢さをもつ人物として言及する人はいませんが、彼のように幅広い意味での知的能力(論理的推論、オープンマインド、流動性知性)が優れていれば、それはほとんど無条件に素晴らしいことで、きっと真相を見抜くことができるはずだという漠然とした直感も、私たちは同様に持っています。

私の意見は、少なくとも今回の「真相の探求」に関して、あるレベルの知的能力を満たすことは重要だが、まったくもって必要十分条件ではないというものです。

推論の感度

与えられた制約的条件の中で、深刻な問題を判断する際、推論の感度を高めることが生存率に関わることがあります。森の中を歩きながら、棒とヘビを見分けようとするところを想像してみてください。棒である可能性が高いにもかかわらず、ヘビに偏った信念を持つことは、進化的に生き残る可能性が高かったと考えることができます。

エラー管理理論(EMT)は、ノイズの多い環境では、意思決定時に情報を偏らせることが最適になりうると予測するものです。例えば、火災が発生していないのに警報を鳴らすのは迷惑ですが、火災が発生しているのに警報を鳴らさないのは致命的です。したがって、完全な感知器がない場合、感知器を高感度に偏らせた方が有利と言えます。[R]

火災警報器が誤って警報を鳴らした際もコストはゼロではなく、心理的に驚く、現場へかけつけるなど一定のコストを支払う必要がありますが、家が一軒全焼する可能性を考えればそれは微々たるものです。このようにコストが高いか低いかは損失との比較によって計られるものです。

このような例は世の中に多く存在します。2016年11月22日に発生した福島県沖を震源とする地震(マグニチュード7.4)の際、津波警報が発令されたにも関わらず、多くの住民が避難しませんでした。中には、正しく津波のリスクを理解していたとうよりは、単に強い不安を感じて、小高い丘へ向かって走って避難した方もいたでしょう。結果としてこのときの地震では津波は観察されませんでした。結果主義からも、心理学的にも合理的な要素は見当たらないにもかかわらず、避難した人々の予想と行動を間違っていると決めつけることはできません。

そして、2011年3月11日に発生した東日本大震災の際、津波警報が発令されたにも関わらず、多くの人が避難しなかったこと、その結果、多くの方が巻き込まれたことは多くの方がご存知だと思います。

私は 2020年初頭に掲載された、有名出版社の見出しを今でも覚えている。

「反ワクチン陰謀論者は、COVID-19が『ワクチンパスポート』の導入につながると示唆している」

権力(陰謀)の探求に置き換えると、不確実性や情報の不完全性がある中で、権力者や陰謀の存在を過剰に推定する傾向が生じる可能性があります。たとえば、政治的な動きや経済的な変動がある場合、それらが一定のグループや個人による意図的な操作の結果であると見なすことが、何もないと考えるよりも合理的な選択となることがあります。[R]

ただし、このような推測が誤っている場合、社会的な不信やパラノイアを引き起こすリスクがあるのかもしれません。私の見立てでは、地球平説のような、あまりにも不合理と思える仮説は(陰謀論)は除外するとしても、世の中にはすでに多くの不信やパラノイアが広まっていながらも社会は機能しており、合理的な範囲にある仮説が、薬害が野放しにされるリスクや、権力組織が支配するオーウェルのような世界が成立するリスクと比べて、どれほど厳しく糾弾されなければならないのかと強く疑問に思うこともあります。

遡ること90年代後半、デビッド・アイクは、われわれは大衆監視とデジタル通貨によって電子管理グリッドに押し込まれると警告していた。1999年1月、彼は漠然とではあるが、「2000年から2002年にかけて、アメリカは大都市で大規模な攻撃を受けるだろう」と書いている。
ファクトチェック: 真実だ。

9.11の翌日、ツインタワーが自らの足跡の中に崩れ落ちたとき、アレックス・ジョーンズは、それが海外での征服と国内での警察国家の正当化に使われると視聴者に警告した。
ファクトチェック: 事実だ。

『Dark Aeon: Transhumanism and the War Against Humanity Kindle Edition by Joe Allen』

元アメリカ国家安全保障局(NSA)職員であるエドワード・スノーデンは、大規模な監視プログラムの存在を暴露した際、裏切り者、奇人、陰謀論者であると見なされていました。ウィキリークスの創設者であるジュリアン・アサンジは、機密情報の公開を通じて政府や企業の秘密行動を暴露しましたが、法的な追求が行われ、一部からやはりおかしな人物であると見なされました。プロパガンダの標的としてです。プロパガンダと知らずに賛同した多く人々は、「そのとき陰謀論だと考えたことは正しい判断だった」と言うのでしょうか?

コストが、それが仮に事実であった場合のリスクと比較して許容されるのかどうか、一律的に陰謀論を否定する人々によって慎重に精査された形跡は見当たりません。このような先例がありながらです。

陰謀論 進化した機能と心理的メカニズム

陰謀を過剰に認識するコストは、様々な社会的パラメータに依存するため複雑である。一方、定義によれば実際の陰謀は、例えば資源や女性の窃盗、搾取、略奪、殺害、極端な場合は大量虐殺など、人々に危害を加えることを密かに計画する。そのため陰謀を過小評価すると被害者個人や集団に大きな犠牲を強いることになりかねない。

陰謀を過剰または過小に認識することの間のトレードオフを考慮して、特に危険な陰謀が遍在する環境では、エラー管理理論により、誤検出の可能性が高くても陰謀の可能性を疑うという人間の適応的素因が予想される。

つまり、人は、敵対的な陰謀の可能性を素早く計算することによって、連合体の危険性を過剰に認識し、警戒する側に回るのである。 陰謀論は祖先の人類が、頻繁に繰り返される連合体の危険性に特徴づけられる社会世界を航海するために、直接的に適応的であったと仮定している。[R]

しばしばスティーブ・カーシュのような非専門家が専門家を凌いで問題を見つけ出したり、創造的な解決策を提示することに私たちは遭遇してきました。専門家ではない人々はエラーのコストの相対的な低さを直感しており(私もその一人でしょう笑)、積極的に問題にコミットすることができるだけではなく、伝統的な専門知識や既存のパラダイムに縛られず、通常の思考の枠を超えて、異なる視点や新しいアプローチを提供することができる優位性をもっているのかもしれません。(このブログもそうであってほしいと願いつつ)

内輪もめ

また、エラー管理理論(EMT)の妥当性、つまり、ある事象を真実だと考える感度の高さが事象だけではなく、他者に対しても過度に疑心暗鬼を起こしやすいと考えることができるのだとすれば、、内紛が起こりやすいことを説明する理由のひとつになるかもしれません。(内紛を引き起こして分断を謀るエージェント最小限の努力で報われるでしょう)

支配権力を探求する研究者は、様々な偽陽性の穴に落ち込まないよう、推論能力だけではなく高度な論理性と実証性(そして紛争に巻き込まれたり、弱点につけ込まれない誠実性)が要求されるようです。ロバート・F・ケネディ Jr.の大著「アンソニーファウチの正体」ですが、この陰謀論?を解き明かす本が、緻密な調査のもとに、1000を超える文献に基づいて高度に実証的な形式で書かれており、100万部を超えるベストセラーでありながら、日本で取り上げる気配はなく、公式の場で誰一人反論する者が見当たりません。今では、アメリカの次期大統領の有力候補として一番人気を博しているにもかかわらずです!

このことの裏側には、このような特殊な環境があることに気づく人もいるかもしれません。陰謀の独立した研究者であるイアン・デイビスジェームズ・コルベットも、このような実証的な考察を進めていることがよく伝わります。一般人である私たちは、彼らの助けを借りながら、近似解を求めていくのが現実的な落としどころでしょう。

少々余談ですが、「誰が言うのかではなく何を言うかだ」という意見を時々目にしますが、私はこれは誤った二元論だと考えています。誰の発言であるかは、複数の判断材料がある中で一関数として有効なものです。「ジョージおじさんはあそこでワニに食べられた、あそこで泳いではいけない」と誰かが言えば、私はその発言の真偽を確かめるために試行錯誤しようとするよりも、それを言った人間の信頼性で判断するでしょう。

関数にどれだけ重みを与えるかは、文脈、個人の能力や時間的制約が関与するため、人によって異なってくるのは当然で、誰が発言したかという正当性は、発言者のスタンス、受け取り手、時間軸、文脈によって変動するものであるという理解が有用な考え方ではないでしょうか。(ある人の意見を盲目的に信じてしまうことのデメリットと同時に社会的機能性も認めつつ)

合理的選択理論

合理的選択理論は、経済学や政治学、心理学などの分野で用いられる理論で、個人が自己の利益を最大化するために合理的な選択を行うという前提に基づいています。この前提に基づくと、権力者は個人の選択を予測しやすくなり、それに応じて政策や戦略を調整することができると考えられます。

例えば、権力者が経済的インセンティブや制裁を用いて個人の行動を誘導する場合、合理的選択理論に基づくと、人々は自己の利益を最大化するためにこれらのインセンティブに応じる傾向があると予測されます。言い換えれば人々が合理的に行動を取り始めるようになれば、権力者側にとってはコントロールが容易に映るかもしれません。

もし、エドワード・スノーデンが、自己の利益を最大化するという観点から合理的に行動する人物であったら、彼は個人的に多大なリスクを負う告発をしていただろうか?と考えることがあります。私たちは暗にバイアスを批難したり、合理的な行動や判断を人々に求めることがありますが、合理性について、もう一歩下がって考えてみることも時として必要ではないでしょうか?

真相の探求に必要な条件

また、彼らのように、真相を探求する能力の高い人物を観察すると、

  • 学習時間
  • 経済的自由
  • 独立心、反骨精神
  • 利害関係の低さ
  • オープンな対話環境
  • 仲間との連携能力(集合知の形勢)
  • 技術的ツールの利用
  • 倫理的常識
  • 知的謙虚さ
  • 誠実さ
  • 好奇心
  • 持続力
  • 自己効力感
  • 勇気
  • 社会的ヒロイズム
  • 自己の認知的不協和に向き合う能力
  • 仮説検証時の確証バイアス
  • 悲観バイアスと楽観バイアスのバランス
  • 独自のインセンティブ構造を持つ(または自ら設計できる)
  • ある種の狂気..

などなど、純粋な知的能力とは必ずしも言えない気質や環境的条件の高さや満たず数の多さが、解へ近づくことを可能にしているように見えることがあります。

パンデミック・テスト

幸い、何十という偽情報と本当の答えを知った私たちにとって、どの研究者や専門家がいつ、どのような証拠を元に何を語っていたか答え合わせにより、そのパフォーマンスを測定することが残酷なほど容易になっています。パンデミック・テストに合格した識者らは、まさに生きるエビデンスであり、彼らが将来に向けて、どのような警告を発しているのか、その声に耳を傾けることは、生きる知恵でしょう。

紙面がいくらあっても足りないため、ここでは詳細に立ち入りませんが、関心がある方は、資本主義・国際金融資本新世界秩序・多極化CIA・ネオコン・DS・情報機関/米国の犯罪プロパガンダ・全体主義、あたりをアクセスしてみてください。

記事のすべてを丁寧に検証しているわけでもなく、記事の信頼性にはばらつきがあり、憶測的な主張も含むため、初心者が学ぶガイドラインとしては不適切かもしれませんが、関連する情報の貯蔵庫としては日本トップクラスを誇ると思います。

いずれにしても、パンデミックの背後にある問題がワクチン、医療・公衆衛生の領域だけで理解できることでもなければ、それらの解決によって再び惨事を防ぐことができるという合理的な根拠も見当たりません。私たちは目の前で起こっていることの本当の意味を考えていく必要があります。

ポスト・パンデミック

さて、私たちにとって重要なのは、何よりこれからのことであり、「パンデミックは本当に終わったのか?」という問いでもあるでしょう。偶発的に起こったものだとするなら、関係者が誠意をもって対応すれば再発を防ぐことができるはずだと、仮定の上では信じることができるかもしれません。

あらためてパンデミックを振り返ってみると、ロックダウンでは民主的な声は反映されず、mRNAワクチンでは専門知識を盲信し、インフォームドコンセントでは生命倫理が平然と無視され、治療薬ではビタミンDや再利用薬の妨害など企業の利益が優先されました。

これらは意図的失敗(意図者にとっては成功)のごく一部に過ぎません。何十という嘘と失敗は責任をとることもなければ反省されることもなく、それどころか未だ大多数の国民に認識されてさえおらず、(予想通り)国民の選択だったと責任を押しつけ、内輪もめに終始するという無法ぶりです。。

残念ながら、今回のパンデミックは始まりに過ぎないことを示唆する様々な情報証言を、目にしています。一方で、再び起こらないと信じることのできる理由はひとつとして見当たりません。もし、これが支配関係の強化や人口問題と言った、隠されたアジェンダの元に実行されたのであればなおさらです。

技術的リスク

支配的な意図はともかくとしても、今回、最新の技術(mRNA注射)が利用されたことは誰もが認める事実です。ごく近い将来人工汎用知能、遺伝子工学、、神経技術などの技術が、mRNA技術同様に広く普及するだろうと予想されています。同時にこれらの基盤技術は全監視技術、思考犯罪の検出、世論工作行動制御ビッグナッジングトランスヒューマニズムといった支配を容易にする技術を促進していく可能性があるとも専門家から問題提起されています。

また、最高の専門知識と意図がありながらも大惨事の事故を起こしたチャレンジャー号の事故、工学的にしっかりと確立され、よく理解された理論原理に基づいて作られた原子炉であったはずのチェルノブイリ、福島原発の事故は、新しい技術のリスクが悪意や競争圧力を想定しなくとも成立しうることを予期させるものです。生物学のようなより複雑な事象を扱うのであればなおさらではないでしょうか。

ターンキー全体主義

「ターンキー全体主義」という監視社会における学術的議論の中で使われる用語があります。全体主義システムのための監視インフラが私たちの周りに構築されているが、まだスイッチが入っていないというコンセプトです。

現代社会において、監視カメラ、データ収集、通信の傍受、顔認識技術、バイオメトリクス、ビッグデータ分析などの監視技術が広範囲にわたって展開されているという事実があります。これらの技術は、犯罪の防止やテロ対策の目的で使用されるとされていますが、政治的な意志さえあればいつでも非民主的な監視社会が実現可能であるという警告です。

政治的意志はすでにテクノクラシーによって示されています。私たちはこの3年間のパンデミックで十分すぎるほど、その意志を確認しただけではなく、半世紀を超える歴史的資料によって十分に裏付けされています。

これまで巧妙にわからないように進められていたもの(監視資本主義)が、今回は、加速化によって市民にも顕在化してしまったかのようにも見えます。20世紀の初期から中頃にかけて、このような全体主義社会を予測し警鐘を鳴らしたオーウェルとハクスリーですが、まさに彼らの思想がブレンドされた形で実現しつつあるのでしょう。

人工知能によるプロパガンダ

さて、「誰もが騙される」で欺瞞を回避する戦略として一歩賢い少数派に回るというニッチ戦略が有効であると書きましたしかし、残念ながら将来的には少数派に強く依存した戦略は難しくなると予想しています。多数派を対象にしたマスメディアはすでに凋落を迎え、パーソナライズドメディア、ターゲットメディアが主流になろうとしているからです。

すでにパーソナライズドされたビジネス詐欺メールは登場していますが、近い将来、チューリングテストに合格した人工知能(AI)が個別化プロパガンダとして利用されるでしょう。(おそらく試験運用はすでに実行されているでしょう)

スケーラビリティ

規模を想像してみてください。フェイスブックのコメントは毎分51万件、グーグル検索は毎分70万件、ツイッターの投稿は毎日5億ツイートです。プロパガンダ組織が10人、20人の優秀なプロパガンダ要員を投入しても、集団への影響に大きな変化をつけることは難しいと思われます。

例えば、Dappi事件のような大型アカウントでは、それがプロパガンダだとわかった場合に自民党がそうであったように、信用を大きく失うリスクがあります。小規模のアカウントを複数運用するとそのリスクは低減できますが、プロのプロパガンダ要因を雇う費用はスキルによって月額数十万円から数百万円にも及ぶことがあります。

人間の操作による偽アカウントの数には限界があり、これまで大きなコスト面と、SNS利用者の規模によって私たちは守られていました。しかし、AIチャットボットが本格的に運用されるようになれば、運用コストは劇的に下がります。AIプロパガンダはスケールの経済が働くため、一人のプロが数多くのAIチャットボットを運用することが理にかなっています。

私の想像では小規模のグループの反対派を混乱させ分断させるために必要なカオスエージェントは、優秀な人物であれば数人もいれば十分であると感じています。数人のプロが操作する1000台から1万台のAIボットがプロパガンダの学習と最適化を休むことなく繰り返した環境を想像してみてください。。AIボットの計算された協調行動を見抜くのは至難の技でしょう。仮に見抜いたとしても、瞬時にその発見に適応して欺瞞のレベルを引き上げるでしょう。

SNSの崩壊

プラットフォーム側が保護措置をとることができなければ、SNSのエコシステムが崩壊するのは時間の問題です。残念ながら匿名のプラットフォームは一時的にAIボットによって盛り上がるかもしれませんが、いずれ衰退していくと思います。現在私たちが経験している検閲がいかに原始的であったかと、一部の人は古き良き時代として思い知ることになるでしょう。そして、ほとんどの人は騙されていると最初から気づかず現実が操作されていくことになります。

影響は分断や対立、政治的操作、マインドコントロールだけではありません。利害関係の異なるAIチャットボット同士がプロパガンダ合戦を始めれば、偽の現実が作られます。それを多くの人が信じた後に嘘だと知ることで、その他のあらゆるSNS上での交流に対して疑心暗鬼を引き起こし、社会の信頼(ソーシャル・キャピタル)が崩壊してしまう悪魔のシナリオもありえます。

おそらく、未来のSNSではこのようなAIボットを排除するために、リアルかどうかが確認できない完全匿名アカウントの排除を余儀なくされるでしょう。私たちにとっても、リアルのつながりが精神的な意味合いだけではなく、欺瞞に対抗し人間の健全性を保つ上で重要な意味合いを帯びてきます。

権力と倫理に関する不自然な無知

この問題がなぜ人類の行く末を問うものとして社会的に議論されることがないのか、以前は単なる無知だと考えていましたが、様々な歴史的文書に触れた後では、「情報の非対称性」が少なくとも、ある程度作られたものであると確信しています。

隠された歴史や政策があるという主張は、陰謀論的な主張に聞こえるでしょうか?プロパガンダの歴史以外にも、人口問題、通貨発行権、優生学、人体実験、トランスヒューマニズム、資源の支配、同意の製造など積極的に知らされていない歴史的タブー、最近ではウィキリークス、NSAの監視プログラム、気候変動、ウクライナ問題、経済ヒットマン、WHOのIHR改正などがあります。

しかし、ここでの主張は単に公平に報道されていないという主張よりも、もっと強いものです。世間に流布している怪しい陰謀論を一般的に信じない人であっても、単に学校で習わなかったり報道されない闇歴史や政治的な裏話が多少はあるだろうという認識を持つ人も少なくないと思います。

私もそういったタイプの一人でしたが、学術レベルの一次情報に限ったとしても、想像していたよりも語られていない歴史や政治の世界の濃淡の差が強いものでした。特定の歴史、思想、政治的な出来事について、その強さと一貫性から明確な意志が感じられるというものです。そして、これらのタブーは、いずれも「権力・支配構造」「非倫理的活動」と密接に関連していることが特徴的です。

誰が私たちの貨幣を発行することになるかをめぐる戦いは、米国の歴史を通して極めて重要な問題であった。それをめぐって戦争が行われる。それを獲得するために不況が引き起こされる。しかし、第一次世界大戦後、この戦いが新聞や歴史書で言及されることはほとんどなかった。なぜか?第一次世界大戦までに、圧倒的な富を持つマネーチェンジャーが、国の報道のほとんどを掌握していたからだ。

『The Money Masters:How International Bankers Gained Control of America』

私はこの言葉が汚染されすぎているため、使うことを好まないのですが、これはたしかに世間的で言われるところの「陰謀論」という概念に近いものです。しかし、完全に隠されているわけではなく、世界経済フォーラムの活動を見てもわかるように、負の側面は隠しつつ積極的に開示されている部分も多く、必ずしも陰謀の隠された組織的計画という概念に完全に合致するわけではありません。

企業の隠れた不正は陰謀か?

この点において、消費者に対する企業の宣伝活動に例えたほうが受け入れやすい人もいるかもしれません。企業が消費者に購買行動を促進するために製品の質を高め顧客の満足度を高めるというのは理想的かつ倫理的なものですが、一方でよく知られていない方法、誇大広告や隠れたコストの導入、耐久性を意図的に低下させるなどの戦術も数多く存在することが知られています。

他にもステルスマーケティング、ネイティブ広告、人工的希少性、心理的トリガー、計画的陳腐化、データマイニングとターゲティング、文化的圧力、クレジット&ローンといったものがあります。これらは世間的に十分知られているとは言い難いですが、それ以外にもマーケティングの教科書にさえ書かれてない組織による秘密の計画が無いと主張する人がいるとは思えません。これは隠密に行われる集団行動という陰謀のミニマルな定義にあてはまりますが、企業でありえることが、国際政治や公衆衛生の世界ではないと考えることのできる思考回路も私にはよく理解できません。

有名なマジシャンはこう言っている。「もし、あなたに選択肢が与えられたら、あなたは自分が自由に行動したと信じるだろう」これは心理的な秘密の中でも最も暗いものの1つである。

企業が非倫理的な宣伝活動を行っていると消費者に直接伝えることがありえないように、私が権力者だとして「デジタル監視社会を作ろう」「新しい全体主義国家を作ろう」と国民に直接訴えることはありません。代わりに、「完全なキャッシュレス化、デジタル化で何が悪いのか?決済の効率が上がり、時間が短縮される」と良い部分だけを強調するでしょう。もう少し巧妙な方法としては、道具中立主義的な立場を装いながら、利点を強調する一方で、限定的な負の面を比較するという方法もあるでしょう。特に負の側面は、専門家であっても無知と無理解、そして意図的なものが混在しているようであり、大衆が問題を見抜くことは困難かもしれません。

人類最後の階級闘争?

大仰に聞こえてほしくないのですが、この縁故資本主義に根ざしたグローバリズムとの闘争は、市民最後の階級闘争になると予想しています。(異なる集団間の階級闘争は続くでしょう)

パンデミックの異常性を示す証拠を合理的に強く疑える証拠が閾値に届いた時点で(私の考えでは2021年中頃です)、声をあげた日本人医師が1000人に一人にも満たなかったことを思い起こしてください。国内の医師数を34万人の100人に1人でも声をあげていれば、3000人の反対する医師がいたという計算になりますが、明らかにそのような数を観察することはありませんでした。

これは単純なフェルミ推定です。2021年の中頃の時点で、ツイッター上で包括的な証拠を元に遺伝子ワクチンに反対していた日本人医師は一桁か、せいぜい二桁だったと思います。反対の声をあげる医師の全員がツイッターをするわけではありませんが、当時、人々に広く訴えることのできる手段はツイッターぐらいしか存在しなかったとを考えれば、(他のSNSはよりひどい検閲下にあったため)全体の1-2割がツイッターを利用したと見積もることは不当な推定ではないでしょう。

このことから、抵抗の声をあげることのできた医師が1000人に1人以下であったという見積もりになります。これは好意的に見た場合であって、例えば医師が医師生命をかけてより積極的に活動していたかどうかで考えるなら、当時、1万人に1人もいなかったのではないでしょうか。実質的にゼロだったという人もいるかもしれません。

民主主義の顔をした全体主義国家

この異常に低い数字は、現代の医療システムが、異端の声を抑制する仕組みとなっていることは言うまでもありません。しかし、関係者が告発することで職務上の立場を失ったり、資格や雇用を解除されたことも多く報告さていることから、単に自然にこのようなシステムが出来上がっただけではなく、抑圧できるようデザインされていた可能性を考えるべきでしょう。

これから全体主義国家になっていくのではないかと心配する声が最近よく聞こえます。しかし、この1000人に1人以下という数字を素直に受け取るなら、私の目にはすでに全体主義国家はシステムとして実現していたとしか見えません。他のパンデミックと関連する分野の専門家においても反対の声がほとんど聞こえなかったことは、このコントロールの仕組みが、査読システム、科研費、企業融資が関わるその他の科学分野全般でも同様のことが起こっていたのではないでしょうか。

技術がもたらすディストピア

技術の進歩が抵抗者に味方してくれる可能性があるのは、原則的に支配と抵抗のゲームが均衡状態にある環境においてのみです。暗号通貨、エンド・ツー・エンド暗号化、Tor、VPN、ブロックチェーン、マストドン、Nostr等、民衆が手に取ることできる潜在的な武器は多くありますが、実際にそれ利用する人々がどれぐらいいるのか?医師のケースと同様に0.1%前後の数字でしょう。

利用者の少なさに加え、これらのツールは技術的なハードルがあり、社会全体が一眼となって抵抗する上で実効性が乏しいと言わざるを得ません。スケールの問題は重要です。非暴力抵抗戦略の動的モデルにおいては、抵抗者が成功を高めるためには、ある閾値(4%)を満たす必要があるという研究もあります。

おかしいと感じる人が今、一時的に増えていることも、あまり安心材料にはなりません。歴史を見ればわかるように人はすぐに忘れるものであり(サリドマイド薬害、