ネプリライシン
概要
ペプチドホメオスタシスの調節酵素
ネプリライシンはメタロプロテアーゼ13(M13)ファミリーの亜鉛メタロプロテアーゼのメンバー。
ネプリライシンは細胞外酵素であり、細胞外の多くの神経系、心血管系、免疫系、炎症系の代謝経路に関連するペプチド(30程度のアミノ酸)を切断して不活性化することによりペプチドホメオスタシスの維持に貢献する。
ネプリライシンの多彩な作用
アルツハイマー病に関与する酵素として知られているが、記憶、運動機能、シナプス可塑性、概日リズム、運動、睡眠、不安、痛み、血液脳関門(BBB)完全性、痛覚過敏を含む脳内の様々な機能にも関与する。
また、疲労、体液の恒常性(ウォーターホメオスタシス)、神経炎症、腎臓癌、前立腺癌、肺がんを含むいくつかの癌の進行においてもネプリライシンの関与が報告されている[R][R][R]
アルツハイマー病
ネプリライシンは、アミロイドβのモノマー、毒性オリゴマーの両方を分解することができる。
ネプリライシンはアミロイドβペプチド外にも、エンケファリン、サブスタンスP、タキキニン、ニューロペプチド-Y、ブラジキニンのような神経ペプチドも分解する。
ネプリライシンとネプリライシン2
ネプリライシン2(NEP2)もNEPと同様M13ファミリーに属する亜鉛メタロエンドペプチダーゼ、ネプリライシン2はアミロイドβに対してより選択的である可能性がある[R]
アミロイドβの平衡バランスを担うネプリライシン
ネプリライシンは、アミロイドβペプチド分解酵素であり、健康な人の脳内では、ネプリライシンによりアミロイドβの平衡状態が保たれている。
ネプリライシンの過剰発現は脳にアミロイドβペプチドの蓄積を妨げ、アミロイドβのクリアランスを加速させることでアルツハイマー病の発症を遅らせる可能性がある。[R]
海馬と側頭葉で低下するネプリライシン
アルツハイマー病の前段階の海馬および側頭葉で、ネプリライシンの発現量およびタンパク量が50%近く低下していることが知られている。
アミロイド病理に抵抗性を示す小脳ではネプリライシンの発現量は海馬や側頭葉に比較して高く、ネプリライシンの発現低下も認められない。
アミロイド病理が進んだ剖検脳ではネプリライシンレベル低下はさらに強まって、対照群の70%まで激減することが示されている。
ネプリライシンの抗認知症効果
記憶障害を50%低下
ADマウスモデルの実験ではネプリライシンの過剰発現により、アミロイドβペプチドレベルの減少、アミロイドβの負荷、酸化ストレス、炎症の緩和、そして空間的な認知機能を改善させ、記憶障害を50%低下させた。
アルツハイマー病の初期段階では、ネプリライシンレベルの回復が、疾患の進行または予防を軽減するための有効な戦略であることを示唆している。[R][R]
ネプリライシンを増やす
ハーブ
クルクミン
クルクミン類似体であるジヒドロキシル化クルクミン、モノヒドロキシル化デメトキシクルクミン、モノヒドロキシル化ビスメトキシクルクミンは、ネプリライシン活性を増加させた。(クルクミンでは増加しなかった。)[R]
レスベラトロール
レスベラトロールのADマウスへの投与は、エストラジオールとネプリライシンのレベル両方を有意に増加させることができた。
エストラジオールのアップレギュレーションは、脳内のネプリライシンのレベルの上昇との関連が示唆される。[R]
緑茶抽出物
緑茶抽出物は肥満マウスのネプリライシンをアップレギュレーションすることにより、体脂肪を減少させた。[R][R]
慢性腎疾患によるネプリライシンの阻害[R]
ノビレチン
ノビレチンは、用量依存的にネプリライシンタンパク質および遺伝子の両方の活性を増強し、アミロイドβのクリアランスを促進する。[R]
ジンセノサイドRg1、Rg3
ジンセノシドRg3はネプリライシンおよびIDEの増加を促進することによりアミロイドβ分解を促進した。[R]
ジンセノシドRg1は、PPARγをアップレギュレートさせることによりIDE発現を増加させADマウスのアミロイドβレベルを低下させる。[R]
薬剤・化合物
バルプロ酸
バルプロ酸ナトリウムの投与は、低酸素症ラットのネプリライシン活性のアップレギュレーションを示し、記憶障害を回復させた。[R]
エストロゲン
エストロゲンは、ネプリライシン発現の調節によりアミロイドβの分解を促進させアルツハイマー病リスクを軽減する。[R]
テストステロン
トリコスタチン
トリコスタチンAは、クラスⅠ、ⅡのHDACファミリー酵素を選択的に阻害する抗真菌抗生物質[R]
トリコスタチンの投与はヒストンH3およびネプリライシンプロモーターの活性増加により有意にネプリライシン発現を促進する。[R]
GW742(PPARデルタアゴニスト)
GW472は、ネプリライシンおよびIDE発現の増加を促進する。PPARデルタアゴニストであるGW472が、アミロイドクリアランスおよびアミロイド負荷を軽減させること可能性があることを示唆する。[R]
キヌレン酸
キヌレニン経路の主要な代謝産物の一つであるキヌレン酸は、試験管モデルにおいてネプリライシンの活性および神経保護を誘導した。[R]
ソマトスタチン
視床下部、膵臓、消化管から分泌する、他の多くのホルモンの分泌を抑制するペプチドホルモン。神経ペプチドであるソマトスタチンがネプリライシン活性させる。[R]
ネプリライシンの阻害
ケタミン
ケタミンはp38、MAPK媒介経路の活性を低下させることによりラットのネプリライシンを分解し、アミロイドβの分解を減少させる。IDEは減少させなかった。[R]
銅(Cu2+)
銅はネプリライシンタンパク質を分解の調節を介してネプリライシンの抑制を引き起こす。[R]
鉛
鉛はネプリライシンの抑制とアミロイドβの過剰発現の両方を引き起こし、アミロイドβの蓄積をもたらす。[R]
レプチン
レプチンはERKシグナル伝達カスケードの活性化を介して、時間と濃度依存的にネプリライシンを有意に減少させる。[R]
低酸素・脳虚血
低酸素が試験管モデルにおいて、ニューロン細胞のネプリライシンの活性を有意に低下させる。[R]
ネプリライシン遺伝子変異
NEP遺伝子変異によるアミロイドβの増加
ネプリライシンをコードする対立遺伝子変異は、アミロイドβ40-42レベルを2倍に増加させる。[R]
メタアナリシスによりネプリライシン(rs989692およびrs3736187)とアルツハイマー病との間の関連が同定されている。
rs3736187(A / G)多型は、アルツハイマー病に有益な一塩基多型(SNP)であり、アルツハイマー病進行リスクの低下と関連していることが浮かび上がってきている。[R]
ネプリライシン阻害薬
ネプリライシンは、ブラジキニンおよびアドレノメデュリンなどの血管作用物質を分解する。
これらの血管作用物質が心不全の全身過敏反応を生じさせる可能性があることから、ネプリライシンの阻害は心不全のためのより効果的な治療法となる可能性がある。[R]