
英語タイトル:『Biofilm-Mediated Diseases:Causes and Controls』Rina Rani Ray, Moupriya Nag, Dibyajit Lahiri [2021]
日本語タイトル:『バイオフィルム媒介疾患:原因と制御』リナ・ラニ・レイ、モウプリヤ・ナグ、ディビャジット・ラヒリ [2021]
目次
- 第1章 細菌バイオフィルムと急性感染症の序論 / Introduction to Bacterial Biofilm and Acute Infections
- 第2章 クオラムセンシング / Quorum Sensing
- 第3章 人体内の自然な居住者としての細菌とバイオフィルム / Bacteria and Biofilms as Natural Inhabitants of Our Body
- 第4章 バイオフィルムと急性・慢性感染症 / Biofilms and Acute and Chronic Infections
- 第5章 慢性感染症と院内感染症における細菌とバイオフィルム / Bacteria and Biofilms in Chronic Infections and Nosocomial Diseases
- 第6章 バイオフィルムへの免疫応答 / Immune Response to Biofilm
- 第7章 医療器具上のバイオフィルム / Biofilm on Medical Appliances
- 第8章 バイオフィルムと抗菌薬耐性 / Biofilm and Antimicrobial Resistance
- 第9章 バイオフィルム形成の阻害 / Inhibition of Biofilm Formation
- 第10章 バイオフィルム関連感染症のための新規および将来の治療戦略 / Novel and Future Treatment Strategies for Biofilm-Associated Infections
- 第11章 バイオフィルム:細菌の兵器庫における未知の鎧:事例研究 / Biofilm:The Unknown Armor in the Arsenal of Bacteria:A Case Study
本書の概要
短い解説:
本書は、臨床医および研究者を主な対象として、ヒトの体内や医療器具上に形成される細菌バイオフィルムが引き起こす様々な疾患の原因、病原性、治療戦略について包括的に解説することを目的としている。バイオフィルム関連感染症の深刻な問題である抗菌薬耐性と慢性化のメカニズムに焦点を当て、最新の制御法を探求する。
著者について:
編者であるRina Rani Ray、Moupriya Nag、Dibyajit Lahiriは、インドのバイオテクノロジー分野の研究者である。彼らは微生物学、特にバイオフィルム研究に深く携わっており、基礎研究と臨床応用の架け橋となる実践的な知見を提供する。本書では、バイオフィルムがもたらす健康上の脅威と、それらを克服するための学際的アプローチの重要性を強調している。
テーマ解説
- 主要テーマ:バイオフィルムの構造と病原性 [微生物が分泌する細胞外ポリマー物質(EPS)マトリックス内で形成される共同体としてのバイオフィルムが、如何に難治性感染症を引き起こすか]
- 新規性:急性感染症から慢性感染症へのパラダイムシフト [従来のプランクトン形(遊泳単細胞)に焦点を当てた感染症研究から、バイオフィルム形成菌による慢性感染症の理解へと重点が移行している]
- 興味深い知見:免疫系回避と耐性獲得 [バイオフィルムは抗生物質と宿主免疫の両方に対する「鎧」として機能する]
キーワード解説(1~3つ)
- 細胞外ポリマー物質(EPS):バイオフィルムの構造的基盤を形成する、細菌が自己分泌する多糖類、タンパク質、核酸からなるゲル状の基質。
- クオラムセンシング:細菌が分泌するシグナル分子を介して集団の密度を感知し、バイオフィルム形成を含む協調的行動を制御する細胞間コミュニケーション機構。
- 抗菌薬耐性:バイオフィルムの物理的障壁、代謝の多様性、遺伝子発現の変化など、複数のメカニズムが重なり合うことで発現する、抗生物質に対する極度の抵抗性。
3分要約
本書「バイオフィルム媒介疾患:原因と制御」は、微生物が群体を形成して作るバイオフィルムが、如何に多くの難治性疾患の根底にあるかを明らかにする。従来、感染症研究の主流は、抗生物質が比較的効果を示す遊泳状態のプランクトン菌による急性感染症であった。しかし、近年、多くの感染症が、微生物が固形表面に付着して形成するバイオフィルムに起因する慢性感染症であることが認識されるようになった。バイオフィルムは、細菌自身が分泌する細胞外ポリマー物質(EPS)のマトリックスに守られた微生物の集合体である。この構造は、抗生物質の浸透を阻み、内部の細菌の代謝状態を変化させ、宿主の免疫攻撃から逃れることを可能にする。その結果、バイオフィルム関連感染症は、全ての感染症の65〜80%を占め、現代医療における深刻な課題となっている。
本書はまず、バイオフィルムの基本的な構成要素と、その形成を指揮する細胞間コミュニケーションシステムである「クオラムセンシング」のメカニズムを詳述する。さらに、人体の正常細菌叢(マイクロバイオータ)や常在菌もバイオフィルムを形成することを指摘し、これらが病原性を発現する条件について論じる。特に、人工弁やカテーテルなどの医療器具に付着したバイオフィルムは、術後感染症の主要因であり、その予防と管理の重要性が強調される。
バイオフィルムの最大の特徴はその驚異的な抗菌薬耐性である。本書は、耐性獲得の多面的なメカニズム(物理化学的障壁、 persister細胞の存在、遺伝子水平伝播など)を解き明かし、従来の抗菌薬療法が無力化される理由を説明する。同時に、変化した免疫応答、時にバイオフィルム形成を促進さえする免疫系との相互作用についても言及する。
最終部では、この難敵に対抗するための新たな戦略が提示される。クオラムセンシング阻害(抗バイオフィルム剤)、植物由来薬剤、ナノ医薬品、ファージ療法、酵素を用いたEPS分解など、従来の抗菌薬とは異なるアプローチが詳しく論じられる。最後の事例研究では、中心静脈カテーテルから分離されたバイオフィルム形成菌の具体例を通して、臨床現場で直面する現実の課題を浮き彫りにする。本書は、バイオフィルムという複雑な生命現象を理解し、それを制御するための学際的な知識を提供することを目指している。
各章の要約
第1章 細菌バイオフィルムと急性感染症の序論
バイオフィルムは、 abiotic(非生物)または biotic(生物)表面に付着した、自己分泌の細胞外ポリマー物質(EPS)マトリックス内に埋め込まれた微生物の固着性共同体である。この章では、プランクトン(単独遊泳)形と固着性のバイオフィルム形という、細菌の二つの生活環を対比させる。バイオフィルム形成は、抗菌薬や宿主免疫といった環境ストレスからの生存戦略として進化した。急性感染症は主にプランクトン菌によって引き起こされ治療が比較的容易であるのに対し、バイオフィルムが関与すると感染症は慢性化し、治療が極めて困難になる。著者はこう述べる。「バイオフィルム関連感染症は、全ての感染症の65〜80%を占める深刻な健康問題を表している。」
第2章 クオラムセンシング
クオラムセンシング(QS)は、細菌が特定のシグナル分子の濃度を感知して集団密度を認識し、遺伝子発現を協調的に調節する細胞間コミュニケーションシステムである。この章では、グラム陽性菌と陰性菌における主要なQS分子(アシル化ホモセリンラクトン、AI-2など)とそのシグナル伝達経路を詳細に解説する。QSは、バイオフィルム形成、病原性因子の発現、抗菌薬耐性など、多くの病原性関連形質のマスター調節因子として機能する。したがって、QS経路を妨害すること(クオラムセンシング阻害、QSI)は、バイオフィルム関連感染症を制御する有望な戦略となる。
第3章 人体内の自然な居住者としての細菌とバイオフィルム
ヒトの体は、皮膚、口腔、腸管など、多くの部位に多様な微生物叢(マイクロバイオータ)を宿主としている。この章では、これらの正常細菌叢が、しばしばバイオフィルムとして存在し、健康維持に重要な役割を果たしていることを論じる。例えば、口腔内のバイオフィルムは歯垢として存在し、腸内細菌叢は複雑なバイオフィルム生態系を形成する。しかし、宿主と微生物の均衡が崩れると、これらの常在菌由来のバイオフィルムが病原性を発現し、様々な疾患(歯周病、感染性心内膜炎など)を引き起こす可能性がある。
第4章 バイオフィルムと急性・慢性感染症
この章は、バイオフィルムが関与する具体的な感染症に焦点を当てる。慢性中耳炎、慢性前立腺炎、嚢胞性線維症患者の肺感染症、慢性創傷感染などが代表例として詳述される。これらの感染症では、バイオフィルム内部の細菌が代謝を変化させ、抗生物質に対する感受性を低下させ、持続感染の原因となる。急性感染症がプランクトン菌による一過性の激しい症状であるのに対し、慢性感染症はバイオフィルムによる持続的で再発性の炎症反応が特徴である。
第5章 慢性感染症と院内感染症における細菌とバイオフィルム
院内感染症(Nosocomial infections)は、医療現場で患者が新たに獲得する感染症であり、高い罹病率と死亡率の原因となっている。この章では、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などの多剤耐性菌が、カテーテルや人工呼吸器などの医療環境でバイオフィルムを形成することが、これらの感染症の蔓延と持続に大きく寄与していることを明らかにする。バイオフィルムの存在が、消毒や滅菌の困難さを増大させている。
第6章 バイオフィルムへの免疫応答
宿主の免疫系は、バイオフィルムを排除しようとするが、多くの場合、その試みは失敗に終わる。この章では、好中球、マクロファージなどの食細胞や補体系が、バイオフィルムに対して如何に応答するかを説明する。バイオフィルムのEPSマトリックスは物理的な障壁として機能し、食細胞の貪食や活性化を阻害する。さらに驚くべきことに、バイオフィルムは免疫応答を巧みに操作し、時に慢性炎症を引き起こすことで組織損傷を促進し、自身の持続に有利に働く環境を作り出すことがある。
第7章 医療器具上のバイオフィルム
人工関節、心臓弁、中心静脈カテーテル、尿道カテーテルなどの医療器具やインプラントは、細菌の付着とバイオフィルム形成の好適な表面を提供する。この章では、これらの「異物」関連感染症の病因を詳述する。器具表面に形成されたバイオフィルムは、血流を介した播種の原因となり、しばしば器具の除去という外科的処置を必要とする。インプラント手術の成功を脅かす最大の障害の一つである。
第8章 バイオフィルムと抗菌薬耐性
この章は、バイオフィルムが示す多剤耐性の多因子性メカニズムに焦点を当てる。そのメカニズムには、(1) EPSマトリックスによる抗生物質の拡散と浸透の妨害、(2) バイオフィルム内部の酸素や栄養勾配による代謝不活性細胞( persister細胞)の出現、(3) 耐性遺伝子の水平伝播の促進、などが含まれる。この多層防御システムが、標準的な抗菌薬療法を無力化する根本原因である。
第9章 バイオフィルム形成の阻害
バイオフィルム関連感染症と戦うための従来型ではないアプローチがこの章で議論される。主な戦略は、バイオフィルム形成の鍵であるクオラムセンシングを特異的に阻害する「抗病原性療法」である。他にも、細菌の付着阻害、EPS分解酵素(ディスパーサーゼBなど)の利用、天然化合物(漢方薬など)の抗バイオフィルム活性の探索などが、抗菌薬に代わる、あるいは補助する方法として提案される。
第10章 バイオフィルム関連感染症のための新規および将来の治療戦略
この章では、より先進的で未来的な治療法が展望される。ナノ粒子を用いた薬剤の標的送達、ファージ(バクテリオファージ)とその酵素(エンドリシン)を用いた細菌溶解、光力学療法、バイオフィルム特異的ワクチン開発など、多岐にわたる新規戦略が紹介される。これらのアプローチは、バイオフィルムの複雑さを考慮し、従来の殺菌ではなく、バイオフィルムの構造破壊や機能不全を誘導することを目的としている。
第11章 バイオフィルム:細菌の兵器庫における未知の鎧:事例研究
最終章は、臨床現場からの具体的な事例研究を提示する。中心静脈カテーテルに関連した敗血症の患者から、バイオフィルムを形成する細菌(例:Staphylococcus epidermidis)を分離・同定した過程が詳細に記述される。このケーススタディは、バイオフィルムが臨床的にどのように検出され、その存在が如何に治療選択肢を制限し、患者の予後を複雑にするかを如実に示している。バイオフィルムが細菌に与える「鎧」としての役割を実証する。
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