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加齢性難聴の予防と治療・補聴器以外の改善方法
目が見えないことは人と物を切り離す。
耳が聞こえないことは人と人を切り離す
イマヌエル・カント
概要
加齢性難聴・老人性難聴(Presbycusis)
加齢性難聴(老人性難聴)は、難聴の最も一般的な原因であり、難聴者の半数以上が70歳以上になることが示されている。また加齢性難聴は、独立して認知機能低下、認知症、うつ病、および孤独と関連付けられている。
多因子性である加齢性難聴
加齢性難聴は、明白に内因性の因子と外因性の因子による多因子によって発症する。
加齢性難聴には遺伝が役割を果たしていることは実証されているが、生涯を通じて蓄積された環境曝露も高齢者の聴覚に重要な影響を及ぼす。
老化の影響と内耳の多くの変化には関連があるが、すべての高齢者が加齢性難聴を経験するわけではない。その他の併存疾患は、老人性難聴の発症または重症度にさらに影響を与える可能性があある。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5915820
難聴とアルツハイマー病
難聴は、認知症とアルツハイマー病の潜在的な危険因子であり、可逆性があると考えられている。補聴器と人工内耳の使用は、認知機能の低下を阻害することが実証されている。
そのため患者の難聴を早期に特定し、聴覚リハビリテーションを導入することによって難聴による認知機能への悪影響を軽減できる。
ただし、そのメカニズムや、最適な介入時期についてはいくつかの仮説があるものの明確にはわかっていない。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25686757/
聴覚障害者の加齢に伴うシナプス変化
聴覚障害のある人々では、いくつかの神経の変化が報告されている。加齢に伴う難聴は、末梢、中枢神経系のシナプスおよび神経解剖学が加齢とともに変化をきたし、加齢の加速をもたらす可能性がある。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25733358
難聴が認知症を引き起こすメカニズム
過剰な認知負荷
聴覚障害者の前頭皮質脳部位の活性
軽度から中程度の難聴の成人は、正常な聴取者と比較して、聴覚障害者の側頭皮質の活性化の減少と前頭皮質領域の活性化の増加が明らかとなった。
皮質リソースの割当が変化しており、認知負荷が増加する。その結果、記憶や実行機能などの認知プロセスが悪影響を受ける可能性がある。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24478637
聞こえる音韻と音韻の意味の間に不一致がある場合、会話内容を推測し再構築するために、ワーキングメモリが常に呼び出される。このことによる認知的負荷は、個人のワーキングメモリの容量に依存する。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20871181
脳全体と局所的な縮小の加速
MRIスキャンによる高齢者の研究では、末梢聴覚障害が、脳全体の脳萎縮の加速と、右側頭葉に集中した局所体積の加速は独立して関連していることを示す。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24412398
孤独感とADLの低下
重度の難聴は社会的な孤立のリスクと関連している。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25760329
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29424766
さらに社会的孤立やうつ病は、認知機能障害を悪化させることが見いだされている。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29325565
認知障害に加え、視覚と聴覚両方の障害が加わる患者では、認知障害だけの患者よりも、孤独感を報告し、社会的関与が低下し、日常生活活動(ADL)と道具的ADL(IADL)の独立性の低下を経験する可能性が最も高く、コミュニケーションの難しさがより一般的であった。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29447253
社会的交流ではなく自己効力感
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29424766
補聴器の使用は認知能力の改善と関連していたが、聴力の改善による社会的孤立や抑うつの悪影響の低減が認知能力にプラスの効果をもたらしていた可能性は低い。
補聴器の使用が認知に及ぼすプラスの効果は、聴力の改善または、それに伴う自己効力感の増加によるものと思われる。
または補聴器を使用する人では、補聴器を探して使用する能力があることがプラスの効果に関連している可能性があり、因果関係の判断にはさらなる研究が必要である。
難聴の要因
騒音
騒音暴露による難聴は、難聴の全症例の約半分の原因を占める。世界人口の5%で騒音と関連する問題を引き起こしている。
blogs.cdc.gov/niosh-science-blog/2015/03/25/hl-impact-story/
日常生活の騒音
多くの人々は、有害なレベルでの環境音の存在、または音が有害になるレベルを認識していない。有害なレベルのノイズの一般的な要因には、カーステレオ、子供のおもちゃ、自動車、群衆、芝生とメンテナンス機器、電動工具、銃の使用、楽器、さらにはヘアドライヤーが含まれる。
累積的なダメージ
騒音による損傷は累積的であり、リスクを評価するには、すべての損傷源を考慮する必要がある。高レベルまたは長時間(85 dB A以上)大きな音(音楽を含む)にさらされると、難聴が生じる。
音の強さ(音エネルギー、または耳に損傷を与える傾向)は、逆二乗の法則に従い、音の発生源に近づくと劇的に増加する。音までの距離を半分にすると、音の強さは4倍になる。
en.wikipedia.org/wiki/Hearing_loss
加齢性難聴
Framingham Heart Studyの男性の大規模コホートからのレトロスペクティブ臨床研究では、過去の騒音曝露による蝸牛損傷が推定される個人では、加齢性難聴のその後の進行が「元の難聴を誘発した騒音以外の周波数」で悪化することが観察された。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10713509/
長期間にわたって短期間音(1時間/ 110 dB SPL)を繰り返し曝露すると、非曝露ラットと比較した場合、Wistarラットでは加齢性難聴の早期発症(生後6ヵ月)が引き起こされた。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30872984
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24634657
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/13974856
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3784745
薬剤性難聴
薬物、喫煙、アルコール乱用などの環境リスク要因の加齢性難聴への影響はあまり明確ではなく、議論を呼んでいる。
高齢者の難聴に対する耳毒性薬の疫学研究では、性別、喫煙、肥満度指数。ループ利尿薬は、10年間の難聴発症率と関連があった。
非ステロイド系抗炎症薬、ループ利尿薬は、10年間にわたる進行性難聴のリスクと関連していた。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31282945
- フロセミドやブメタニドなどのループ利尿薬
- 非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)
- 市販薬(アスピリン、イブプロフェン、ナプロキセン)
- 処方薬(セレコキシブ、ジクロフェナクなど)
- パラセタモール、キニーネ
- マクロライド系抗生物質
- PDE5阻害薬[R]
特にイブプロフェンを週に2日以上服用している女性でより、リスクが高まる傾向にある。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22933387
化学物質
溶剤
トルエン、スチレン、キシレン、Nヘキサン、酢酸エチル、ベンゼン、ホワイトスピリット/ストッダード、二硫化炭素、ジェット燃料、ペルクロロエチレン、トリクロロエチレン、Pキシレン
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21783525
窒息性ガス
一酸化炭素、シアン化水素
重金属
鉛、水銀、カドミウム、ヒ素、スズ炭化水素化合物(トリメチルスズ)
農薬・除草剤
除草剤と難聴の関連性に関する証拠は弱い。聴力損失は、殺虫剤への継続的な暴露による可能性がある。
パラコート、有機リン酸塩
www.cdc.gov/niosh/docs/2018-124/pdfs/2018-124.pdf
難聴を改善する
補聴器
補聴器は認知能力の向上に関連する。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25760329
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25733358
補聴器と記憶力の相関
高齢アメリカ人の補聴器使用と認知機能との関係
補聴器の使用は、一時的な記憶スコアと正の相関があり、補聴器は、後年の認知機能低下に緩和効果をもたらす可能性がある。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29637544
社会的コミュニケーションのアルツハイマー病へのリスク
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29325565
拡張音響環境(AAE)
augmented acoustic environment
通常の静かな環境で老化したコントロールと比較して、拡張音響環境で飼育された動物は聴覚性脳幹反応(ABR)の閾値シフトを減らし、中枢聴覚機能の強化を発見した。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15983726
マウスの難聴発症前の拡張音響環境(AAE)による夜間12時間にわたる治療。
低周波を除外した拡張音響環境(70 dBの音圧レベル、20 kHzを中心とする半オクターブノイズバンド)の繰り返しバーストで構成。AAE処理マウスの蝸牛に対する、有益な効果を示した。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16497456
www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2868117/
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15065130/
「遊び」がもたらす12の認知機能増強作用 (環境エンリッチメント)
抗酸化物質
抗酸化物質および、または抗酸化酵素が欠乏する動物では、難聴の悪化が見いだされている。SOD1の減少は加齢性難聴に影響を与えなかったが、SOD1の完全な喪失は、マウスの重度のらせん神経節細胞喪失と線条サイズの縮小を伴う加齢性難聴の加速につながることが示された。
このことは、体の抗酸化能力を超えて抗酸化物質を補給しても追加的な利益はない可能性示唆する。適切な抗酸化/酸化ストレスのバランスを維持することが、加齢性難聴にとって極めて重要であると考えられる。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16055286
ビタミンC・ビタミンE・メラトニン・αリポ酸
F344 / NHsdラットの加齢性難聴を予防するために、さまざまな抗酸化治療を使用したところ、ビタミンC、ビタミンE、およびメラトニンで有意な保護効果が発見された。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10807352
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22154190
ビタミンC、E、マグネシウム
ゲンタマイシンによって引き起こされた耳毒性に対する、食事性栄養の保護効果。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4010593/
レシチン・ホスファチジルコリン
ホスファチジルコリンは、活性酸素種(ROS)による損傷から細胞膜を保護する重要な抗酸化物質であるスーパーオキシドジスムターゼやグルタチオンなど、多くの膜に位置する酵素の活性化において律速の役割を果たす。
レシチンがラットの蝸牛のミトコンドリア機能を維持し、加齢に伴う難聴を保護することが発見された。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12297801
アセチル-L-カルニチン
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10733178
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12352659
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18620587
カロリー制限
カロリー制限は、高音域の難聴を発症するC57BL / 6J(B6)マウスの加齢に伴う難聴を遅らせることができた。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8575990
CBA / Jマウスの、中年から死ぬまでの間の食餌制限は、対照動物と比較してABR閾値の低下を示し難聴を防いだ。中年までの食事制限は保護効果をを示さなかった。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3240128
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10807352
Sirt3・グルタチオン
ミトコンドリアSirt3が、マウスの加齢性難聴に対するカロリー制限の抗老化効果を媒介することを示した。
SIRT3またはグルタチオンレダクターゼの活性化を誘発する化合物、またはミトコンドリアのグルタチオンレベルを増加させる化合物は、ヒト内耳細胞におけるカロリー制限の抗加齢効果を模倣することにより良好な聴力を維持する可能性があります。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23454634
オートファジー
ウルソデオキシコール酸
老齢蝸牛細胞miR-34aのアップレギュレーションは、ファゴフォアの蓄積とオートファゴソーム-リソソーム融合の障害を伴うオートファジーフラックスの障害を伴っている。
ウルソデオキシコール酸は、オートファジー活性を回復することにより、miR-34aが誘発するHEI-OC1細胞死を有意に救済した。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28981097
運動
運動したマウスでは、対照と比較して、特定の聴力閾値の遅延低下、有毛細胞の生存の延長、およびらせん神経節ニューロン密度の増加を示した。さらに、運動は蝸牛の頂端部の毛細血管の数が多いことに関連していた。
遺伝子発現研究は、運動に伴ういくつかの炎症性遺伝子の発現の有意な減少を実証し、微小血管構造の変化と長期的な組織学的変化をもたらす慢性炎症との重要なリンクを示唆する。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27807171
レスベラトロール
カロリー制限を模倣すると考えられているレスベラトロールは、F344 / NHsdラットモデルにおいて、騒音による聴力損失の効果的な低減が示された。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14595267/
レスベラトロールの多彩な神経保護効果(認知症・アルツハイマー病)
アスピリン(サリチル酸)の悪影響と保護特性
サリチル酸の悪影響・耳毒性
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2029065
サリチル酸塩の急性中毒と長期投与は、可逆的な耳鳴りと難聴に関連している。聴覚微小血管系における局所的な薬物蓄積と血管収縮は、これらの薬剤の抗プロスタグランジン活性によって媒介される可能性がある。耳毒性は、生命を脅かすものではないが、サリチル酸塩またはNSAIDの服用は患者の罹患率を増加させる可能性がある。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8397891
大量のサリチル酸塩の摂取後にヒト被験者によって耳鳴り、絶対的な音響感度の喪失、知覚される音の変化の三つの聴覚変化が報告されている。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10880852
サリチル酸の保護特性
アスピリンは、急性感染症に対してゲンタマイシンを投与された患者のゲンタマイシン誘発性難聴のリスクを大幅に軽減することができる。ランダム化比較試験
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16844331
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16641409
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11033253
エストロゲン
ホルモン補充療法を受けている閉経期の女性は、そうでない女性よりもわずかに聴力が優れている。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16308248/
閉経前のCBA雌マウスは中年の雄と比較してより健康な蝸牛外有毛細胞を持っているが、この利点は閉経後に失われる。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15157966
臨床的および実験的証拠は、エストロゲンが加齢性難聴に対して保護的な役割を果たす可能性があることを示唆する。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7019248/
漢方・ハーブ
- adix astragali(黄耆)
- Radix puerariae(プエラリン)
- Radix salviae miltiorrhizae(セージ・丹参)
- Rhizoma drynariae
www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6936738/