
『Psychopolitics:Neoliberalism and New Technologies of Power』 Byung-Chul Han 2017
『精神政治学:新自由主義と新たな権力の技術』 ビョンチョル・ハン 2017年
https://note.com/alzhacker/n/n06ee446cadc9
目次
- 第1章 自由の危機 / The Crisis of Freedom
- 第2章 スマート・パワー / Smart Power
- 第3章 モグラとヘビ / The Mole and the Snake
- 第4章 生政治 / Biopolitics
- 第5章 フーコーのジレンマ / Foucault’s Dilemma
- 第6章 殺すこととしての癒し / Healing as Killing
- 第7章 ショック / Shock
- 第8章 フレンドリーなビッグ・ブラザー / Friendly Big Brother
- 第9章 感情資本主義 / Emotional Capitalism
- 第10章 ゲーミフィケーション / Gamification
- 第11章 ビッグデータ / Big Data
- 第12章 主体を超えて / Beyond the Subject
- 第13章 イディオティズム / Idiotism
本書の概要
短い解説:
本書は、デジタル化された新自由主義社会において、従来の抑圧的な権力から、より巧妙で見えにくい「精神政治学」的権力が人々の内面に浸透するメカニズムを批判的に分析する。現代社会のあらゆる領域に介入する新たな支配技術の危険性を明らかにし、その抵抗の可能性を探る。
著者について:
著者ビョンチョル・ハンは、韓国生まれでドイツで活躍する哲学者・文化理論家である。ベルリン芸術大学教授を経て、現代社会の病理を鋭く批判する著作を多数発表している。本書では、フーコーの生政治論を発展させ、デジタル監視資本主義時代の新たな権力形態を「精神政治学」として概念化する。
テーマ解説
- 主要テーマ:精神政治学 – デジタル技術を通じて人々の無意識レベルにまで介入する新自由主義的権力の分析
- 新規性:フーコーの生政治を超える「精神政治」概念の提唱
- 興味深い知見:自由そのものが支配の手段へと転化される逆説的メカニズム
キーワード解説(1~3つ)
- 精神政治学:デジタル監視と心理的操作を通じて人々の内面を管理・制御する新たな権力技術
- 新自由主義:市場原理の拡大と自己責任の強調により、主体を自発的に支配に従わせるイデオロギー
- デジタル監視:ビッグデータとアルゴリズムによる全面的な行動・心理の追跡と予測システム
3分要約
現代の新自由主義社会は、デジタル技術を駆使した新たな権力形態である「精神政治学」によって特徴づけられる。これはフーコーが分析した「生政治」を超え、人々の心理や無意識レベルにまで介入する支配技術である。
従来の規律社会が監獄や施設による外部からの身体規律を特徴としたのに対し、現代の「達成社会」では人々は自ら進んで自己管理と効率化を追求する。自由そのものが支配の手段へと転化され、私たちは自発的に監視とデータ収集に参加する。
スマートフォンやソーシャルメディアは「フレンドリーなビッグ・ブラザー」として機能し、私たちの行動、嗜好、感情までも絶えず記録・分析する。この「感情資本主義」のもとでは、私的な感情さえも経済的価値へと変換される。
「ゲーミフィケーション」は、労働や消費をゲームのように楽しい活動に見せかけることで、人々をより深く管理システムに組み込む技術である。また、「ビッグデータ」を用いた予測分析は、私たちの未来の行動や欲望までも支配の対象とする。
このような精神政治学的支配は、外部からの抑圧ではなく、内面からの自己搾取として現れる。私たちは自ら進んでより多く働き、より多く消費し、より多く自己啓発する。この「肯定的な暴力」は、抑圧的な権力よりもはるかに効率的で持続可能な支配を実現する。
ハンは、この見えにくい支配に対する抵抗の可能性を探る。それは単なる拒否や反抗ではなく、新しい形態の「愚かさ」や「非生産性」の中に見いだされるかもしれない。最終的に、精神政治学の時代における真の自由とは、常に接続され、可視化され、利用可能であることからの解放を意味する。
各章の要約
第1章 自由の危機
新自由主義社会における自由は、支配の手段そのものへと転化されている。従来の権力が抑圧と禁止を通じて機能したのに対し、現代の権力は主体の自由を利用し、自己決定と自己実装の形をとる。この自由の利用こそが、精神政治学の核心である。人々は自ら進んで監視に参加し、データを提供し、自己を最適化しようとする。この自発的服従のメカニズムが、現代の支配をかつてないほど効率的なものにしている。
第2章 スマート・パワー
現代の権力は「スマート」である。それは強制せず、誘導する。抑圧せず、動機づける。監視せず、奨励する。このスマート・パワーは、主体の内面に浸透し、欲望や動機を操作する。それは主体に「自分自身でありたい」と願わせながら、実際には支配の論理に従わせる。スマート・パワーの最大の特徴は、抵抗を生み出さないことである。主体は自分が自由に決定していると信じているからこそ、権力の網の目から逃れようとしない。
第3章 モグラとヘビ
ハンは、デリダの比喩を借りて、従来の権力と現代の権力の違いを説明する。規律社会の権力は「モグラ」のように地下に潜り、固定された境界線を引く。それに対し、精神政治学的権力は「ヘビ」のように柔軟で流動的である。それは固定的な境界を持たず、データの流れに沿って移動する。ヘビのような権力は、主体を外部から規律するのではなく、その動きに合わせて適応し、予測し、先回りする。
第4章 生政治
フーコーの生政治概念は、人口の管理と生命の統治を指す。国家は統計や保険、公衆衛生を通じて国民の生命を管理する。しかし、ハンはこの生政治が今日、より微細なレベルへと発展したと論じる。現代の精神政治学は、個人の心理や無意識までも管理の対象とする。生政治が「生きる」ことを管理対象としたのに対し、精神政治学は「生きることにどう意味を見いだすか」までも管理しようとする。
第5章 フーコーのジレンマ
フーコーは権力の分析において重要なジレンマに直面していた。一方で権力は主体を従属させるが、他方で主体は権力の前提条件でもある。このジレンマは精神政治学の時代においてさらに先鋭化する。なぜなら、現代の権力は主体の自由と創造性を直接的に利用するからである。新自由主義的権力は主体を破壊するのではなく、生産的に利用する。このことが、権力と自由の関係をこれまで以上に複雑なものにしている。
第6章 殺すこととしての癒し
現代社会では、治療や自己啓発さえも支配の手段となりうる。心理学や自己啓発産業は、一見すると個人の成長を支援するが、実際には新自由主義的な要求に個人を適応させる機能を果たしている。うつ病や燃え尽き症候群などの心理的病いは、個人の適応失敗として扱われる。この文脈において、「癒し」は社会の要求への適応を意味し、それに抵抗する可能性を「殺す」ことと同義となる。
第7章 ショック
現代社会は絶え間ない「ショック」に曝されている。情報の過多、コミュニケーションの加速、労働の流動化は、私たちの注意持続時間を破壊する。このショックの連続は、深い思考や反省を不可能にし、反射的な反応だけを残す。精神政治学的権力はこの状態を利用する。なぜなら、ショックを受けた主体は批判的思考能力を失い、操作に対してより脆弱になるからである。
第8章 フレンドリーなビッグ・ブラザー
オーウェルのビッグ・ブラザーは恐怖によって支配したが、現代のビッグ・ブラザーは「フレンドリー」である。GoogleやFacebookのようなデジタルプラットフォームは、私たちの友人のように振る舞い、親しみやすく、役立つサービスを提供する。しかし、この友好さの背後には、徹底的なデータ収集と監視が存在する。私たちは進んでこのフレンドリーなビッグ・ブラザーに個人情報を提供し、それによって支配の共犯者となる。
第9章 感情資本主義
現代資本主義は感情までも商品化する。ソーシャルメディア上の「いいね!」や共有は、感情の経済的価値を示している。企業は私たちの感情データを収集し、マーケティングや商品開発に利用する。この「感情資本主義」においては、私的な感情の表現さえも経済的価値の生産へと組み込まれる。私たちは自らの感情を管理・最適化し、社会的承認を得ようとする。この過程で、感情そのものが商品へと変容する。
第10章 ゲーミフィケーション
ゲーミフィケーションは、ゲームデザインの要素をゲーム以外の領域に応用する技術である。労働、教育、健康管理などあらゆる活動がゲームのようにデザインされ、人々の参与と動機づけを高める。しかし、この一見無害な技術は、精神政治学的支配の重要な手段でもある。ゲーミフィケーションは、監視と評価を楽しい活動に変え、人々を自発的に管理システムへと組み込む。それは「楽しみながら従順になる」というパラドックスを実現する。
第11章 ビッグデータ
ビッグデータとアルゴリズムは、精神政治学の技術的基盤である。私たちのオンライン行動、購買履歴、移動パターン、社会的関係はすべてデータとして収集・分析される。このデータに基づいて、アルゴリズムは私たちの未来の行動や欲望までも予測する。ビッグデータ時代の権力は、私たちが何者であるかだけでなく、私たちが何者になりうるかをも管理対象とする。この予測的支配は、自由意志そのものの概念を根本から問い直す。
第12章 主体を超えて
精神政治学的支配は、近代的主体概念そのものを変容させる。主体はもはや自律的で合理的な存在ではなく、データの集合体、アルゴリズム的な構成物へと変わる。デジタルプロファイリングは、私たち自身についての新たな「真理」を生成する。このプロセスにおいて、主体は自己理解の権威を失い、アルゴリズムによる評価に依存するようになる。ハンは、この主体の溶解がもたらす哲学的・政治的帰結を考察する。
第13章 イディオティズム
ハンは、精神政治学的支配に対する抵抗の可能性を「イディオティズム」の中に見いだす。ここでのイディオット(愚者)とは、非生産的で、コミュニケーションを拒否し、システムから脱出する存在を指す。絶え間ない接続と可視化を強いる現代社会において、時には「愚か」であること、非生産的であること、コミュニケーションを断つこと自体が抵抗となりうる。真の自由とは、常に利用可能であることからの解放、つまり「接続されない権利」の中にある。
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