書籍『クラウドマネー:現金、カード、暗号、そして私たちの財布をめぐる戦い』ブレット・スコット 2022年

抵抗戦略・市民運動

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『Cloudmoney: Cash, Cards, Crypto, and the War for our Wallets』 Brett Scott 2022年

『クラウドマネー:現金、カード、暗号、そして私たちの財布をめぐる戦い』 ブレット・スコット 2022年

目次

  • はじめに / Introduction
  • 第一部 現金とクラウドマネーの間 / Between Cash and Cloudmoney
  • 第1章 神経系としてのマネー / The Nervous System
  • 第2章 現金への攻撃 / The War on Cash
  • 第3章 山の中の巨人 / The Giant in the Mountain
  • 第4章 デジタルチップ / Digital Chips
  • 第5章 銀行チップ社会 / The Bank-Chip Society
  • 第6章 ビッグ・ブラザー、ビッグ・バウンサー、ビッグ・バトラー / Big Brother. Big Bouncer. Big Butler
  • 第7章 「急速に変化する世界」の不自然な進歩 / The Unnatural Progress of a ‘Rapidly Changing World’
  • 第8章 脱皮と外観の変更 / Shedding and Re-skinning
  • 第9章 シャーロック・ホームズとデータゴーストの奇妙な事件 / Sherlock Holmes and the Strange Case of the Data Ghost
  • 第二部 暗号化された迷宮 / The Crypto Labyrinth
  • 第10章 巨大権力同士の衝突 / Clash of the Leviathans
  • 第11章 ビットコインの亡霊への超常現象研究家ガイド / A Paranormalist’s Guide to the Spectre of Bitcoin
  • 第12章 サイバー九龍の政治的部族 / The Political Tribes of Cyber-Kowloon
  • 第13章 襲撃者たちへの襲撃 / Raiding the Raiders
  • 結論 / Conclusion

本書の概要

短い解説:

本書は、ビッグファイナンスとビッグテックの融合が進む「キャッシュレス社会」の実態を批判的に検証し、現金の重要性とデジタルマネーがもたらす監視、検閲、排除の危険性を一般読者に向けて明らかにすることを目的としている。

著者について:

著者ブレット・スコットは、元デリバティブブローカーであり経済人類学者である。金融部門の内部で働いた経験と、世界中の多様なコミュニティ(左派活動家から中央銀行関係者まで)との協働を通じて、金融システムと通貨の複雑な力学を深く理解している。本書では、この実践的な経験に基づき、支配的な「デジタル化は不可避な進歩」という物語に異を唱える。

テーマ解説

  • 主要テーマ:ビッグファイナンスとビッグテックの融合による「クラウドマネー」支配と、それに対する現金の抵抗
  • 新規性:現金とデジタル銀行マネー(銀行預金)を、国家発行の貨幣と銀行発行の「デジタルチップ」として明確に区別して分析する視点
  • 興味深い知見:キャッシュレス社会への移行は「自然な進歩」ではなく、銀行、決済会社、政府などの権力機関による組織的な「現金への攻撃」の結果である

キーワード解説(1~3つ)

  • クラウドマネー:データセンターに記録され、銀行や決済会社によって遠隔管理されるデジタルマネー。現金の物理性や自律性と対比される。
  • 銀行マネー(銀行預金):銀行が顧客に発行する「デジタルチップ」(IOU)。私たちが銀行口座で見ている数字は、銀行に対する「銀行発行の貨幣」への請求権である。
  • 現金への攻撃:銀行、決済会社、フィンテック企業、国家などが、自らの利益のために、現金を不便で時代遅れのものとして体系的に貶め、使用を減らそうとする活動。

3分要約

本書『クラウドマネー』は、私たちの貨幣システムが、国家が発行する物理的な「現金」と、銀行が発行する「デジタルチップ(銀行預金)」から成る二重構造であることを明らかにする。この理解を出発点に、ビッグファイナンスとビッグテックが如何にして手を組み、「キャッシュレス社会」という名の「銀行チップ社会」の実現を推し進めているかを暴く。

著者ブレット・スコットは、キャッシュレス化が「消費者の利便性追求」という自然な進歩の結果であるという支配的な物語を強く否定する。その背後には、銀行(自らのコスト削減と収益源確保のため)、VisaやMastercardに代表される決済会社(現金という競合の排除のため)、そして自動化とデータ収集を求めるAmazonを筆頭とするテック巨人たちの強力な推進がある。国家もまた、監視能力の強化や税務調査の容易さから、この動きを後押しする場合が多い。

「現金への攻撃」は、現金を不便で、不衛生で、犯罪と結びつく時代遅れのものと描く広告キャンペーンから、ATMや銀行支店の閉鎖、高額現金取引の制限といった具体的な措置まで多岐にわたる。この攻撃が成功すれば、私たちは貨幣を使うすべての取引において、銀行と決済ネットワークに完全に依存せざるを得なくなる。

その帰結は深刻だ。第一に、すべての取引がデータとして記録され、金融機関や国家による「ビッグ・ブラザー」的監視が可能となる。第二に、これらの機関が取引を「検閲」し、アカウントを凍結する能力を手にする(「ビッグ・バウンサー」)。第三に、収集されたデータはAIによって分析され、私たちの行動を予測・誘導する「ビッグ・バトラー」として機能する。現金は、こうした監視と管理から私たちを保護する最後の砦なのである。

こうした状況に対する反動として登場したのがビットコインに代表される暗号通貨(クリプト)だった。それは国家や銀行に依存しない分散型の貨幣システムを夢見た。しかしスコットは、ビットコインが「数学に支えられたデジタルゴールド」という物語に依存する限定的なコレクタブル商品に過ぎず、真の貨幣システムとして機能していないと指摘する。さらに、その基盤技術であるブロックチェーンは、むしろ銀行や大企業によって「私有化」され、既存の寡占体制を強化する「分散型台帳技術(DLT)」として流用されている。

そして最終的に、フェイスブックの「Libra(Diem)」や中央銀行デジタル通貨(CBDC)のような新たな動きは、この金融とテクノロジーの融合を完成させ、かつてない規模での管理と監視を可能にするものである。スコットは、この「テック・ファイナンス複合体」の支配に対抗するためには、現金を保護し、その使用を政治的表明として堅持することが不可欠であると結論づける。現金は、非効率的であっても、私たちにプライバシー、回復力、そして人間らしい触覚性をもたらす、抑制と均衡の重要な手段なのである。

各章の要約

はじめに

本書は、ビッグファイナンスとビッグテックの融合がもたらす、前例のない規模の権力集中を描く。「キャッシュレス社会」は、私たちの取引能力を銀行セクターに外部委頼する世界であり、その利便性の裏側には、監視、データ収集、排除、操作への途方もない可能性が潜んでいる。この動きは「不可避な進歩」として語られるが、それは非常に偏った物語である。著者は、現金の保護と、暗号通貨を含む代替案の矛盾を探る旅に読者を誘う。

第一部 現金とクラウドマネーの間

第1章 神経系としてのマネー

貨幣システムは、経済全体に埋め込まれた「神経系」のようなものであり、人々を動員するための「刺激」を送る。この神経系は、大企業と金融セクターが支配する「中核」と、一般の人々が現金を使用する「周辺」に分けられる。企業資本主義が完全に自動化され、私たちの生活に深く食い込むためには、貨幣がデジタル化され、スマートフォンを介して標準化されたアプリに接続される必要がある。現金は、この過程における「障害」なのである。

第2章 現金への攻撃

「現金かカードか?」という問いは、国家発行の貨幣を使うか、銀行発行のデジタルチップを使うかの選択である。デジタル決済は、Visaのような「貨幣仲介業者」をすべての取引に介入させ、監視と検閲の可能性を開く。現金の使用は衰えておらず、むしろ退蔵需要は増加しているにもかかわらず、「現金の終焉」が声高に叫ばれるのは、銀行、決済会社、フィンテック企業、そして時として国家が、現金を貶め、デジタル決済を促進する大規模なロビー活動と広告キャンペーンを展開しているからである。

第3章 山の中の巨人

貨幣を理解するには、「貨幣発行者」の視点に立つ必要がある。主要な発行者は国家であり、その発行する不換紙幣(フィアットマネー)は、「国家があなたに(税などの)義務からの自由を約束する」というIOUである。この貨幣は、国家が商品やサービスと交換することで経済に投入され、人々の間で流通する。現金はこの国家IOUの物理的形態であり、中央銀行のデータセンターに記録される「準備預金」はそのデジタル形態である。

第4章 デジタルチップ

銀行預金は、銀行が私たちに発行する「デジタルチップ」である。カジノで現金と引き換えにチップを得るように、私たちが銀行に現金を「預ける」とき、銀行はその現金の所有権を得て、代わりに自らが発行するデジタルIOU(銀行預金)を私たちに与える。ATMで現金を引き出すことは、このチップを「キャッシュアウト」することである。銀行は、このチップを「信用創造」によって、保有する現金(準備預金)よりもはるかに多く発行できる。私たちが日常的に「お金」と思っているものの大部分は、実はこの銀行発行のデジタルチップなのである。

第5章 銀行チップ社会

「キャッシュレス社会」とは、銀行チップが唯一の選択肢となる社会の婉曲表現である。銀行は、採算の合わないATMや支店を閉鎖することで、現金へのアクセスを意図的に困難にし、人々を自らのシステムに閉じ込めようとしている。これは「自らを実現する予言」であり、デジタル決済産業はこれを「自然な進歩」として包装する。しかし、現金は包括的で、災害や銀行危機の際にも強靭であり、社会的に疎外された人々の生命線である。デジタル決済への移行は、 gentrification(都市の高級化)や「ストックホルム症候群」的な依存と表裏一体なのである。

第6章 ビッグ・ブラザー、ビッグ・バウンサー、ビッグ・バトラー

デジタル銀行決済は、私たちの購買行動に関する詳細なデータを生成する。このデータは、金融機関(「ビッグ・ブラザー」)や国家によって収集され、監視、税務調査、法執行に利用される。さらに、このデータは、AIを用いて、人々へのアクセスを許可・拒否する「ビッグ・バウンサー」(与信審査など)や、人々の行動を誘導する「ビッグ・バウンサー」(ターゲット広告など)を生み出す。現金は、このような微細な監視から私たちを守る重要なプライバシーの盾なのである。

第7章 「急速に変化する世界」の不自然な進歩

キャッシュレス化が「消費者の選択」によるものだという物語は誤りである。それは、絶え間ない拡大を要求する企業資本主義というシステムそのものの力学によって引き起こされている。大企業と寡占企業が「メニュー」を設定し、私たちはその中で「選択」しているに過ぎない。デジタル決済は、グローバル経済の「重力」のように作用し、抵抗するよりもそれに「沈み込む」方が容易なのである。この動きは、グローバル都市から地方へ、そしてインフォーマル経済へと、「gentrification of payments(決済の高級化)」として広がっている。

第8章 脱皮と外観の変更

銀行は、コストのかかる人間を介した接点(支店)を「脱皮」し、シリコンバレーから輸入されたデジタルインターフェース(アプリ、チャットボット)で「外観を変更」している。フィンテック産業は、この「革命」を先導しているように見えるが、その多くは既存の金融「オペレーティングシステム」に寄生する「皮」に過ぎない。真の目的は、顧客サービスを「セルフサービス」に置き換え、コストを削減し、データを収集し、標準化と直接的な管理を実現することである。この過程で、銀行とビッグテックは自然に融合し、相互運用可能なクラスターを形成している。

第9章 シャーロック・ホームズとデータゴーストの奇妙な事件

銀行が収集する膨大な顧客データを処理するため、AIシステムが導入されている。これらの「ロボ銀行家」は、人間の融資担当者や詐欺調査官の役割を自動化し、利益追求の規模を拡大する。しかし、これらのシステムは、バイアスを持ち、説明が困難で、誤った分類(ミスカテゴライゼーション)を引き起こす可能性がある。「金融包摂」の名の下に、貧しい人々の信用力を評価するために、彼らのスマートフォンからの非伝統的なデータ(ソーシャルメディア活動、連絡先リストなど)を監視することさえ行われている。私たちは、私たちのデータに「憑依」した「データゴースト」によって追跡され、分類され、操られる危険にさらされている。

第二部 暗号化された迷宮

第10章 巨大権力同士の衝突

現代資本主義は、国家という「リヴァイアサン」と、銀行やテック企業といった「テクノ・リヴァイアサン」からなる複合体によって支配されている。これらの権力は、インフォーマルでピアツーピアな経済関係を溶解し、自らの管理下にある大規模なデジタルネットワークに人々を組み込もうと競争・協力する。この監視資本主義の拡大に対する反動として、暗号パンク(Cypherpunk)運動が登場し、国家や企業からの独立を目指す匿名のデジタルマネーの構想を生み出した。

第11章 ビットコインの亡霊への超常現象研究家ガイド

サトシ・ナカモトによって創られたビットコインは、銀行を介さずに分散型ネットワークでデジタルトークンを移動させる画期的なシステムである。その核心は、互いに信頼しない「技術者クラーク(マイナー)」たちが、トークンの移動履歴を「ブロックチェーン」という同期されたデジタル彫刻に記録し、合意形成するメカニズムにある。しかし、ビットコイントークンは、単にブロックチェーンに刻まれた「数字」に過ぎず、「デジタルゴールド」という物語によって覆われたコレクタブル商品である。それらは貨幣として機能するのではなく、米ドル建ての価格に基づいて他の商品と「バーター取引(対抗貿易)」されるに過ぎない。

第12章 サイバー九龍の政治的部族

ビットコインコミュニティは政治的には多様だが、市場原理主義的なリバタリアニズムの影響が強い。ビットコインは国家からの脱出と自由な市場の夢を体現するとされたが、そのトークンは投機的对象となり、本来の「貨幣」としての役割から外れた。イーサリアムのようなより洗練されたプラットフォームは、「スマートコントラクト」を用いて分散型自律組織(DAO)を構築する可能性を開いた。しかし、この領域もまた、欺瞞的なプロジェクト(ICO)、政治的極端主義、そして企業による接収に悩まされている。

第13章 襲撃者たちへの襲撃

暗号コミュニティの理想主義にもかかわらず、その技術は既存の権力によって「襲撃」されている。銀行や大企業は、ブロックチェーン技術を「分散型台帳技術(DLT)」として流用し、自らの寡占体制の内部調整を自動化している。さらに、フェイスブックの「Libra(Diem)」のような「ステーブルコイン」(実際の通貨に裏付けられた暗号トークン)や、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の動きは、金融とテクノロジーの融合をさらに推し進めるものである。これらの動きは、監視と管理を強化する一方で、銀行システムの不安定化や地政学的な緊張を引き起こす可能性を秘めている。

結論

ビッグファイナンスとビッグテックの融合は、かつてない規模での企業権力の集中をもたらしつつある。この「テック・ファイナンス複合体」は、効率と拡大を追求するあまり、人間らしい触覚性、プライバシー、地域コミュニティ、生態系への配慮を犠牲にする。暗号通貨は当初、この流れに対する反抗として登場したが、その多くは既存システムに取り込まれ、あるいは機能不全に陥っている。こうした状況において、現金は、この巨大なシステムに対する抑制と均衡として、そして私たちの自由と回復力の最後の砦として、その重要性を増している。現金を使い続けることは、単なるノスタルジーではなく、管理的で非人間的な未来に対する政治的表明なのである。


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