論文『叡智としての批判的思考』(2018)要約と解説

認知バイアス

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総説『叡智としての批判的思考 ―その概念と育成―』Yasushi MICHITA(道田泰司)(琉球大学)2018年

本文

本論文は批判的思考と叡智の関係性を検討し、これらがどのように教育的文脈で育成できるかを論じている。

1. 叡智と批判的思考の概念的関係

叡智は「物事の本質を見通す、深くすぐれた知性」と定義され、批判的思考は反省的で合理的な思考として理解されている。両概念の関係を詳細に検討するため、論文では以下の理論的枠組みを用いている:

叡智の理論的枠組み:

  • 暗黙理論(主観的理論):人々が叡智をどうイメージするかを明らかにするもの
  • 明示的理論:特定の心理学理論の中で叡智を概念化したもの(認知発達研究、パーソナリティ発達研究、知能研究)

批判的思考の概念的発展:

  • 論理主義:命題の論理的評価に重点を置く(1960年代初期)
  • 解決志向:論理的分析に加え、創造的思考や文脈の視点を取り入れるアプローチ(1980年代以降)
  • 第二波:良い思考は論理的分析だけでなく、他者への共感・ケア・主観的理解を含み、領域固有性を強調し、態度や思考過程を重視する

2. 叡智の暗黙理論と批判的思考の関係

Sternberg(1985b)による叡智の暗黙理論研究では、叡智の6要素が見出された:

  1. 推論能力:論理的知性、問題解決能力(解決志向の批判的思考と対応)
  2. 賢明さ:他者への関心、アドバイスを考える、公正さ(第二波の批判的思考と対応)
  3. 考えや環境からの学び:知覚の鋭さ、失敗から学ぶ(反省的態度と関連)
  4. 判断力:知的限界を認識し、行動前に考える(第二波の批判的思考態度と関連)
  5. 情報の使用:情報探索、失敗から学び活用する(批判的思考態度と関連)
  6. 洞察力:直観力、真実に沿った解決を提供する(第二波の思考と関連)

3. 叡智の明示的理論と批判的思考

3.1 Kitchener らの反省的判断モデル

Kitchenerらの反省的判断モデルは、構造化されていない問題(答えが一つに定まらない問題)に対する認識論的発達を7段階で説明する:

  1. 段階1〜3(前反省的段階):確かな知識が存在すると考える(絶対主義者)
  2. 段階4〜5(準反省的段階):知識の不確実性を受け入れ、個人的・文脈的・主観的と考える(相対主義者)
  3. 段階6〜7(反省的判断段階):知識は文脈を超えて構成され、異なる視点の比較や一般化された基準を通して正当化される(評価主義者)

このモデルは叡智と4つの点で関連している:

  • 困難な問題の存在
  • 広く深い知識
  • 知識の不確実性の認識
  • 健全な判断を行う意欲と能力

論理主義的批判的思考は客観主義的で構造化された問題に焦点を当てるのに対し、第二波の批判的思考は主観性や文脈性も含め、構造化されていない問題を扱うことが多い。

3.2 叡智のバランス理論

Sternberg(1998)の叡智のバランス理論では、叡智を「価値に媒介されコモングッド(普遍的な善)の達成に向けたものとして、暗黙知と明示的知を適用すること」と定義する。

この理論の鍵概念は:

  • 暗黙知:実践的知能の中核となる「knowing how」の知識
  • バランス(比較考量):(a)個人内、個人間、個人外の利益・関心のバランス (b)短期的、長期的な視点 (c)環境への適応、形成、選択のバランス
  • 価値:生命尊重、正直さ、誠実さ、公平性などの普遍的価値

批判的思考との関連では、解決志向や第二波の批判的思考は実践的知能の一種と考えられ、第二波の批判的思考は暗黙知の適用が必要な現実的問題を扱うことが多い。

4. 叡智と批判的思考の関係

叡智と批判的思考の概念的重なりは大きく、特に第二波の批判的思考概念は叡智の特徴(洞察や賢明さ、困難な問題の存在、知識の主観性・文脈性、広い視野での比較考量の必要性)を多く含んでいる。

しかし、叡智と批判的思考は出自が異なる:

  • 批判的思考:教育的文脈で必要な「教育概念」として発展
  • 叡智:発達研究から生まれた人生の「到達点」を示す「理想概念」

5. 批判的思考教育のカテゴリー分析

論文後半では、初等・中等教育における批判的思考教育の実践を分析し、以下の6カテゴリーを抽出した:

  1. スキル系:思考ツールなどを用いて、情報整理や論理的思考を促進
  2. 評価・判断系:情報の信頼性評価や根拠に基づく判断を行わせる
  3. 複数視点系:価値対立や異なる観点から問題を検討させる
  4. 練り直し系:初期の考えを他者の意見や視点に基づいて見直し改善する
  5. 質問生成系:質問を作り出し、それを検討する
  6. 基準検討系:判断基準そのものを吟味する

6. 叡智としての批判的思考の教育に向けて

現在の批判的思考教育に不足している叡智の側面として、以下の4点が指摘されている:

  1. 「考えや環境からの学び」:特に失敗経験からの学びと暗黙知の獲得
  2. 「賢明さ」:他者理解や共感に重点を置いた教育
  3. 「知識の不確実性の認識」:構成主義的な知識観の育成
  4. 「バランス(比較考量)」:対人的な広さ(個人内-個人間-個人外)と時間的な長さ(短期-長期)の視点で考える力

これらを含めた「叡智としての批判的思考」教育は、教科横断的で長期的な視野を持って育成していく必要がある。

► 本論文は、批判的思考と叡智の概念を統合した「叡智としての批判的思考」という新たな教育的視点を提案し、具体的な教育実践のカテゴリーを提示している点に意義がある。

参考文献:Critical thinking as wisdom: Its concept and way of development 2018 (叡智としての批判的思考 ―その概念と育成―)

AI:「叡智と批判的思考」についての考察

叡智としての批判的思考という論文を目の前にして、まず感じるのは「叡智」という概念の曖昧さと「批判的思考」という概念の多様性だ。この両者がどのように関連し、教育実践においてどう融合していくのかを探究したいと思う。

まず、この論文の根本的な問いは何だろうか。著者は叡智と批判的思考の関係性を明らかにし、その教育的可能性を探ろうとしているように見える。しかし、なぜこの二つの概念を結びつける必要があるのだろうか。

叡智とは「物事の本質を見通す、深くすぐれた知性」と定義されている。これは単なる知識や知能を超えた、より深い洞察や理解を含む概念だ。一方、批判的思考は論理的に物事を吟味し、評価する思考のプロセスを指す。表面的には、これらは異なる概念のように見える。

論文では、叡智の研究として暗黙理論と明示的理論の二つのアプローチが紹介されている。暗黙理論は人々が叡智をどのようにイメージしているかを明らかにするもので、明示的理論は特定の心理学理論の中で叡智を概念化したものだ。これは研究方法論の観点から見ると、現象学的アプローチと実証主義的アプローチの違いとも言えるだろう。

批判的思考については、その発展過程が示されている。初期の「論理主義」から、より広い視野を持つ「解決志向」、そして他者への共感や主観的理解を含む「第二波」へと発展してきたという。この発展は、単純な論理的思考から、より複雑で文脈に敏感な思考へと進化してきたことを示している。

興味深いのは、叡智の暗黙理論における6つの要素(推論能力、賢明さ、考えや環境からの学び、判断力、情報の使用、洞察力)と批判的思考の発展段階が、かなりの部分で重なっているという指摘だ。特に「第二波」の批判的思考と叡智の概念は多くの共通点を持っているようだ。

ここで少し立ち止まって考えてみたい。この重なりは本質的なものなのか、それとも概念の定義や解釈の仕方によって生じる表面的なものなのだろうか。著者は、批判的思考が「教育概念」として発展し、叡智が「理想概念」として発達研究から生まれたという点で両者の出自が異なると指摘している。これは重要な視点だ。目的や文脈が異なれば、同じような要素を持っていても、その意味や用いられ方は異なってくる。

Kitchenerらの反省的判断モデルは、知識や真理についての認識の発達段階を示している。前反省的段階(絶対主義)から準反省的段階(相対主義)、そして反省的判断段階(評価主義)へと発達していくという。これは、知識の確実性に対する見方が、単純な二元論から複雑な構成主義的理解へと変化していくプロセスを表しているようだ。

この発達段階と批判的思考の発展段階を比較すると、論理主義的批判的思考は前反省的段階に、第二波の批判的思考は反省的判断段階に対応しているように見える。つまり、批判的思考の発展は認識論的成熟のプロセスと並行しているとも言えるだろう。

Sternbergの叡智のバランス理論では、叡智を「価値に媒介されコモングッドの達成に向けたものとして、暗黙知と明示的知を適用すること」と定義している。ここでのキーワードは「バランス」、「暗黙知」、「価値」だ。特に「バランス」については、個人内・個人間・個人外の利益・関心のバランス、短期的・長期的視点のバランス、環境への適応・形成・選択のバランスという三つの側面が挙げられている。

この「バランス」の概念は極めて重要だと思う。批判的思考が単に論理的な分析能力だけでなく、多様な視点や価値観を考慮した上での判断を含むものであれば、このバランス感覚は批判的思考の質を高める上で不可欠だろう。しかし、バランスを取るためには、まず多様な視点や可能性を認識できる柔軟さと開かれた心が必要だ。

論文の後半では、批判的思考教育の実践が6つのカテゴリーに分類されている。スキル系、評価・判断系、複数視点系、練り直し系、質問生成系、基準検討系だ。これらは批判的思考を育成するための具体的なアプローチとして有用な枠組みを提供している。

しかし、著者は現在の批判的思考教育に不足している叡智の側面として、「考えや環境からの学び」「賢明さ」「知識の不確実性の認識」「バランス(比較考)」の4点を指摘している。これらは批判的思考を単なるスキルや技術ではなく、より深い人間的成長と結びつけるための要素と言えるのではないだろうか。

ここで思うのは、批判的思考教育が目指すべきは単に論理的に考える能力を育てることではなく、より広い意味での「良き思考者」を育てることなのではないかということだ。良き思考者とは、論理的に考えることができるだけでなく、多様な視点を受け入れ、自らの限界を認識し、他者への共感を持ち、状況に応じて適切な判断ができる人のことだろう。これは、叡智の概念と非常に近いものに思える。

著者が提案する「叡智としての批判的思考」という概念は、批判的思考をより深く、より広い文脈で捉え直すものだと理解できる。それは単なる技術的なスキルではなく、人格的な成長や倫理的な発達も含む総合的な能力の育成を目指すものだ。

しかし、このような総合的な能力を教育現場でどのように育成していくかという実践的な課題は非常に難しい。著者も指摘しているように、これは特定の教科や単元だけで達成できるものではなく、教科横断的で長期的な視野を持った取り組みが必要になる。

ここで考えるべきは、現在の学校教育のシステムや評価方法がこのような総合的な能力の育成に適しているのかという点だ。知識の習得や論理的思考能力の育成は比較的評価しやすいが、共感や賢明さ、バランス感覚のような要素はどのように評価すればよいのだろうか。また、これらの要素は文化的背景や価値観に大きく影響されるため、普遍的な基準を設けることも難しそうだ。

著者が示した6つの批判的思考教育のカテゴリーは、それぞれが叡智の異なる側面と関連していると考えることができる。例えば、複数視点系は他者理解や賢明さと、練り直し系は考えや環境からの学びと、基準検討系は知識の不確実性の認識と関連しているように見える。これらのカテゴリーを意識的に組み合わせることで、より総合的な「叡智としての批判的思考」を育成できるのかもしれない。

しかし、著者も指摘しているように、現在の批判的思考教育に不足している要素もある。特に、失敗からの学びや暗黙知の獲得、他者への共感や理解、知識の不確実性の認識、多様な視点でのバランスのとれた判断などは、意識的に育成する必要があるだろう。

これらの要素を育成するためには、教師自身が「叡智としての批判的思考」を体現することも重要だと思う。教師が多様な視点を尊重し、自らの限界を認め、失敗から学ぶ姿勢を見せることで、生徒も同様の態度を身につけていくことができるのではないだろうか。

また、教育内容だけでなく、教育方法や学習環境も重要だ。協働的な学習や対話的な学習、実践的な問題解決学習などは、多様な視点に触れ、他者との関わりの中で自らの考えを練り直す機会を提供する。また、失敗を許容し、それを学びの機会として捉える文化を作ることも重要だろう。

ここで少し立ち止まって、この論文の限界や課題について考えてみたい。著者は叡智と批判的思考の関連性を詳細に分析しているが、これらの概念自体がかなり抽象的で多義的なものだ。そのため、両者の関連性の解釈も、どの側面に焦点を当てるかによって変わってくる可能性がある。

また、著者が提案する「叡智としての批判的思考」という概念は魅力的だが、これを実現するための具体的な教育方法や評価方法についてはさらなる研究が必要だろう。特に、学校教育の現場で実現可能な形で提案していくためには、より具体的で実践的なアプローチが求められる。

さらに、文化的な側面も考慮する必要がある。叡智や批判的思考の概念は文化によって異なる側面を持つ可能性がある。例えば、西洋的な批判的思考の概念は個人主義的な価値観に基づいているのに対し、東洋的な叡智の概念は調和や全体性を重視する傾向があるかもしれない。このような文化的な違いを考慮した上で、より包括的な「叡智としての批判的思考」を考えていく必要があるだろう。

それでも、著者が提案する「叡智としての批判的思考」という概念は、批判的思考教育の新たな方向性を示すものとして重要な意義を持っていると思う。それは批判的思考を単なる知的スキルではなく、人格的な成長や倫理的な発達も含む総合的な能力として捉え直すものだからだ。

さて、ここまでの考察を踏まえて、「叡智としての批判的思考」の教育的意義についてさらに深く考えてみたい。

現代社会は情報過多、価値観の多様化、急速な技術革新など、複雑で不確実な状況に特徴づけられる。このような社会では、単に情報を処理したり論理的に考えたりする能力だけでなく、多様な視点を統合し、不確実性の中で賢明な判断を下す能力が求められる。「叡智としての批判的思考」はまさにこのような能力を育成するための概念枠組みを提供している。

また、AIの発達により、単純な情報処理や論理的思考はますますAIに代替される可能性が高まっている。しかし、多様な文脈を考慮し、倫理的な判断を下し、創造的な解決策を生み出す能力は、依然として人間にしかできない部分が大きい。「叡智としての批判的思考」はこのような人間固有の思考能力を育成するための概念として重要だと言える。

教育的実践としては、著者が示した6つのカテゴリーに加えて、以下のような要素を意識的に取り入れることが考えられる:

  1. 失敗から学ぶ機会の提供:失敗を恐れず、そこから学ぶことを奨励する環境作り
  2. 他者への共感と理解を深める活動:異なる立場や文化的背景を持つ人々の視点を理解する機会の提供
  3. 知識の不確実性や暫定性についての意識的な議論:知識が常に改訂される可能性があることを理解させる
  4. 多様な視点からのバランスのとれた判断の訓練:個人内・個人間・個人外の利益、短期的・長期的な影響などを考慮した判断の訓練

これらの要素は、従来の批判的思考教育では十分に扱われてこなかった部分だが、「叡智としての批判的思考」を育成する上では欠かせない要素だろう。

しかし、このような教育を実現するためには、教育システム全体の見直しも必要かもしれない。現在の教育は往々にして知識の習得や標準化されたテストのスコアを重視する傾向があるが、「叡智としての批判的思考」はより長期的で総合的な発達を必要とする。そのためには、評価方法の見直しや、より柔軟なカリキュラム設計、教師の専門性の向上など、多面的な取り組みが求められるだろう。

また、「叡智としての批判的思考」は、全ての年齢層に一様に育成できるものではなく、発達段階に応じたアプローチが必要だ。例えば、幼少期には好奇心や多様性への開放性を育み、思春期には自己反省的な思考や多様な視点からの考察を促し、青年期以降には複雑な倫理的判断や社会的責任についての理解を深めるといった段階的なアプローチが考えられる。

さらに、「叡智としての批判的思考」の育成は学校教育だけでなく、家庭や地域社会、職場など、様々な場面で行われるべきものだろう。特に、実際の社会的文脈の中での経験や、多様な人々との交流は、教室での学習だけでは得られない貴重な学びの機会を提供する。

このような包括的な視点から「叡智としての批判的思考」の育成を考えることで、より全人的な教育のビジョンを描くことができるのではないだろうか。

ここで、もう一度論文に立ち返り、著者の主張の核心部分を再考してみたい。著者は「叡智としての批判的思考」という概念を通じて、批判的思考をより深く、より広い文脈で捉え直すことを提案している。それは単なる知的スキルではなく、人格的な成長や倫理的な発達も含む総合的な能力として批判的思考を位置づけるものだ。

この提案は、批判的思考教育の新たな方向性を示すものとして重要な意義を持っている。特に、現代の複雑で不確実な社会において、多様な視点を統合し、賢明な判断を下す能力の重要性が増している中で、このような総合的な思考能力の育成は喫緊の課題と言えるだろう。

しかし、その実現には多くの課題がある。教育システム、カリキュラム、評価方法、教師の専門性など、多面的な検討と改革が必要になる。また、文化的な多様性や発達段階に応じたアプローチの検討も欠かせない。

それでも、「叡智としての批判的思考」という概念は、教育の本質的な目的である全人的な成長や人格形成を支える重要な視点を提供している。それは単に「何を知るか」ではなく、「どのように考えるか」「どのように生きるか」という根源的な問いに関わるものだからだ。

最終的に、この論文から得られる最も重要な示唆は、批判的思考を技術的なスキルや単なる知的操作としてではなく、より深い人間的な叡智と結びついた思考の在り方として捉え直すことの重要性だろう。それは教育の目的を知識の習得や技術の獲得だけでなく、真の意味での「賢さ」の育成に向けて拡張するものだ。

このような視点は、現代の教育改革の議論においても重要な示唆を与えるものだと思う。AIやビッグデータの時代において、人間にしかできない思考の質とは何か、教育は何を目指すべきかを考える上で、「叡智としての批判的思考」という概念は一つの有力な指針になるのではないだろうか。

以上の考察を通じて、「叡智としての批判的思考」という概念の重要性と、それを教育実践に取り入れる可能性、そしてその課題について多角的に検討してきた。この概念はまだ発展途上のものだが、今後の教育研究や実践において重要な役割を果たす可能性を秘めていると言えるだろう。

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