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アルツハイマー病・認知症の妄想と幻覚・周辺症状
概要
認知症患者の妄想について調べてみた。認知症患者の妄想だけをあつかった研究というのはそれほどなく、認知症に伴う神経精神症状(NPS)、心理的症状であるBPSDなどの文献は多くある。
しかし認知症患者の妄想や幻覚に困っている介護者、家族の莫大な人口と問題の深刻さを考えれば神経精神症状(振る舞い心理症状であるBPSDも含めて)に関する臨床研究の絶対量も不足しているという印象。妄想症状を中心に調べてみたが、NPS、BPSDも取り上げている。
妄想の原因
妄想と血流低下
アルツハイマー病患者全員に妄想が見られるわけではなく全体の3割程度。
妄想は脳の局所的な血流低下や代謝低下と関連しており、心理学的な問題というよりもより器質的な問題なのかもしれない。妄想が脳の局所的な代謝低下が不均衡に起こること関連していることを指摘した研究がいくつかある。
脳の糖代謝能力の低下
アルツハイマー病患者の妄想は単純な知的障害による反応ではなく、脳の特定領域(左後頭領域の糖代謝低下)における機能不全に起因する。
辺縁系と皮質系のつながりが崩壊することによって妄想が生じる可能性。海馬、下側頭皮質、および内側後頭皮質を含むネットワーク系の機能不全によって説明しうる。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9813789
妄想・幻覚は認知症の進行サイン?
NPSとアルツハイマー病のメタアナリシス
アルツハイマー病患者の妄想の発症率 29.1%
認知症の重症化に伴い妄想が増加する傾向
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29023987
幻覚を見るアルツハイマー病患者は妄想を見るアルツハイマー病患者よりも、より急速な認知機能低下と関連していることを示唆する。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10896689
進行による妄想の低下
認知症が進行するにつれて、神経精神症状(NPS)は消失(燃え尽きる)していく。または介護者にとって大きな問題とならなくなる。
初期中期と後期で異なる対応
精神神経症状を減少させる介入研究の多くが、認知症患者に残された言語機能、認知能力、運動機能に依存しているため、重症度の高い認知症患者では同等に有効であると仮定できない。例 カードゲーム、事前に録音された音楽など。
対照的に重症度の高い認知症患者では、非言語的な多感覚を刺激する方法 multi-sensory stimulation (MSS) からより大きな恩恵を受けた。
精神神経症状の治療の多くが軽度、中度認知症患者に向けてのものであり、研究者は被験者を進行性の認知症と区別する必要がある。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12919265/
妄想の要因
栄養失調
軽度または中等度の認知症を有する高齢者の栄養失調は、入院率の低下、嚥下障害、不眠症、興奮、妄想、幻覚、不動および失禁と関連していた。
少ない水分摂取(一日1.1リットル以下)は栄養失調のスクリーニングツールとなりえる。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26738350
睡眠不足、概日リズムの障害
睡眠に影響をおよぼす薬物療法は認知症の精神神経症状の悪化に寄与しうる。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27476067/
医薬の多剤投与
過剰な多剤併用療法は、認知症高齢者の機能低下に寄与しうる。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22207646/
過剰な医薬の多剤投与では、栄養失調の危険性が31%から50%に上昇、仕事上の支障に48%から74%、認知症の障害の発症が36%から54%に高まった。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21308855/
複合的要因
神経精神症状は、以下の現れであるかもしれない。
- 不快感
- 身体への不満足なケア
- 他者や環境との葛藤(覚醒のアンバランス)
- ストレス反応
これらの症状に対処するためのアプローチは、すくなくとも部分的には原因、病因、症状の意味を特定していくことが必要。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12919265/
妄想への薬物療法
ハーブ・食事
イチョウ葉エキス
認知症患者の精神症状に対するイチョウ葉エキスの効果
平均介護者苦痛スコアは、イチョウ葉エキス投与グループでは21.3から14.7、そして13.5から8.7にそれぞれ低下した。
しかしプラセボ群ではそれぞれ21.6から24.1および13.4から13.9に増加した。(P <0.001)
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17704975
臨床試験で広く用いられるイチョウ葉エキスの結果は否定的な結果がでているが、NPS(認知症患者の神経的心理症状)に焦点をあてたメタアナリシスの知見では認知症患者への利益を示唆している。 240mg/日
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25352453
リンゴジュース
前臨床試験では、リンゴジュースが、中枢神経系酸化損傷の軽減、アルツハイマー病症状の抑制、認知能力の改善、および組織化されたシナプス伝達を含む複数の有益な効果を発揮することが実証されていいる。
中等度〜重度のアルツハイマー病を有する施設内の21人の患者が、毎日2オンスのリンゴジュースを1ヶ月間摂取した。
参加者の認知症評価尺度は変化を示さなかったが、不安、興奮および妄想の変化を示し、認知症に関連する行動および精神病の症状の約27%(P <.01)を改善した。
リンゴジュースはおそらく薬の効果を増強することにより、アルツハイマー病による気分の低下を弱めることのできる有用なツールであり、介護者の負担を軽減することができることを示唆している。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20338990
薬剤
メマンチン
60%のアルツハイマー病患者が激越、妄想、幻覚をもつグループでのメマンチン投与。患者の攻撃性、興奮に対しての認知、機能性など全般的に有意な利益をもたらした。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18294023
ディメボン
抗ヒスタミン剤ディメボン8週間の治療中、後、患者の認知機能およびセルフサービス機能を有意に改善し、精神病症状、不安、うつ病、涙涙および頭痛を大幅に軽減した。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11462798
ドーパミンD2受容体拮抗薬
哺乳動物の記憶の明示、統合または宣言的な信念の決定は、前脳の頭頂 – 側頭 – 後頭部皮質(PTO)の物理的な変化によって行われる。
この信念の決定は下側頭皮質を介して海馬CA1細胞産生が増加することにより最終的に引き起こされる。このCA1出力はドーパミン濃度と直接関係している。
統合失調症で用いられるドーパミンD2阻害薬投与により妄想が劇的に減少するが、これはCA1、ドーパミンD2受容体の機能亢進改善作用によって説明されうる。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1349833?dopt=Abstract
アミスルプリド
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16867031
薬剤耐性
セロトニン(5-HT)受容体5-HT2a102T / C多型(対立遺伝子変異体CC、CTおよびTT)においてTT遺伝子を有するアルツハイマー病患者は、向精神病薬治療に対する耐性をもつ可能性。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19494443
心理的介入
音楽療法
16週間の音楽療法により、中等度、重度の認知症患者のBPSD(妄想、興奮、不安、無感動、過敏性、異常な運動行動、および夜間の障害)が有意に改善した。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18525288
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14764189
症例対照試験 6週間の音楽療法は中程度、重度のアルツハイマー病患者において、活動障害、激越、不安の有意な減少を示した。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16618375/
重度の行動障害を有する30人の老人ホーム居住者を、過去に好まれた音楽のリスニング、園芸に関する読み物の読書、プラセボテープのリスニングのグループに分け比較。
模擬存在療法と音楽療法に対する参加者の反応は大きく異なった。
模擬存在療法と好みの音楽療法は、身体的に混乱した行動の数を減らすのに効果的であった。
音楽なしの模擬存在療法においては言語的に動揺した行動の数が大幅に減少。
プラセボテープは予想より効果的であった。
好みの音楽テープは作成が容易であるのに対し、模擬存在療法で用いられるテープ作成の思い出を想起してまとめることに家族は苦労した。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17293386/
無作為化プラセボ対象試験(無関心の緩和)
無関心の診断基準を満たす32人の中程度から重度の認知症患者へ、交流のある生演奏、事前録音された音楽、無音の3グループに分け、30分間の介入を受けた。
認知症の重症度にかかわらず、プラセボグループと比較して生演奏に関わったグループの大部分が有意義かつ積極的な関与を示した。(12.5% vs 69%)、事前録音された音楽のリスニングは無害であったが明確な影響はなかった。25%
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16805928/
家族の思い出シミュレーション療法
家族のビデオ、共有記憶、会話、ストーリー、好みの音楽などを中程度から重度の認知症患者(ただし言語能力は残っている)へ提示したところ、激しく振る舞う行動が67%減少した。プラセボ群では46%、通常のケアでは59%であった。録画の再生は管理が簡単で、多くの参加者で受け入れが容易であった。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17293386/
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10203120/
イメージ運動療法
イメージを使い物語を伝えることと身体的活動を組み合わせ、多様な認知的刺激を用いる運動プログラム。
認知症患者と実験群の間に差異は認められなかったが、他の活動と比較して積極的な参加が認められた。(18.4% vs 81.6%)
実験群の参加者の61.5%が運動参加後、より幸福感、穏やかさ、親切な様子が観察された。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12955790
ライフスタイル
広い居住環境への変更
12ヶ月のフォローアップにより、高密度の生活環境と比べて低密度の生活環境では、中程度から重度の認知症患者の破壊的挙動が著しく減少した。212平方メートル>409平方メートル
Canadian Journal on Aging. 1998; 17:143-165
明るい光線療法
重度の高齢認知症患者に毎朝45分の明るい光(5000~8000ルクス)を受けてもらった。短時間の明るい光が、重度の認知症の被験者であっても行動症状および活動リズム障害を改善することを示唆する。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15298644/
2週間にわたる朝の明るい光線(5000-8000ルクス)と夜間の暗い昭明(300ルクス)により、血管性認知症患者の夜間活動が治療前と比較して減少した。アルツハイマー型認知症患者ではその影響は見られなかった。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9844752/
アロマセラピー
プラセボ対照試験 重度の認知症患者においてラベンダーオイルによるアロマセラピーはプラセボと比較して激越行動を有意に改善。60%
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11994882/
ラベンダーオイル、タイムオイル、無香のグレープシードオイルグループに分け、認知症患者へ適用。嗅覚的な影響は参加者の間で差が認められなかった。エッセンシャルオイルの適用は皮膚適用が必要かもしれない。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15253846/
クロスオーバーランダム化試験 認知症高齢者への激越行動に対するラベンダー吸入。平均CCMAI総スコアは、24.68から17.77に減少、CNPIスコアは63.17から58.77に変化。中国人の認知症患者の激越行動を緩和する補助療法として有効
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17342790/
感覚刺激
タッチセラピー
タッチセラピーにはマッサージ、ハンドマッサージ、接触治療、頭蓋冠治療などを含む。
6週間の頭蓋仙骨治療により重度の認知症患者の治療開始から治療後の間、身体的、言語的な激越の著しい減少が見られた。
サンプルサイズが非常に小さく、治療には認定されたセラピストでなければならず、NPS治療のためのタッチセラピー使用を裏付ける証拠は不十分。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18350746/
Balancing Arousal Controls Excesses(BACE)
Kovachのセンサースタシス不均衡モデル(MIS)に基づくBACE介入
「感覚刺激」と「感覚刺激による活動」との間に不均衡がある場合に、進行性の認知症における興奮行動が生じるまたは悪化する可能性がある、という仮定に基づいた治療。
通常治療のグループと比較して、BACE介入後のグループでは有意に激越症状が減少した。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15611216/
多感覚刺激療法(MSS)/Snoezelen Therapy
認知症高齢者への多感覚刺激療法は短期的な改善を見せるが、全体としては(カードゲーム、写真を見る、クイズ)などの認知変化を促す活動よりも効果的ではない。
両群間ともセッション実行中は安定していたがセッションが終了しすると悪化を示す。自宅でも同様にセッション中の改善と終了後の悪化を示した。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12919265/
システマティックレビュー
多感覚刺激が介護依存度の高い認知症後期の患者の無関心を軽減するという控えめな証拠がある。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedhealth/PMH0022190/
academic.oup.com/gerontologist/article/58/suppl_1/S88/4816740
ペッソ・ボイデン体感療法
psychomotor theraphy(ペッソ・ボイデン体感療法)は、施設に滞在し介護を要するが可動性を有する潜在的アルツハイマー病患者の攻撃性を緩和させる限られた証拠がある。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedhealth/PMH0022190/
複合的治療プログラム
CBTAC認知行動療法 治療プログラム
軽度アルツハイマー病患者および介護者への認知行動療法 ランダム比較
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26576633
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18520790/
自宅介護者への認知行動療法トレーニングは、アルツハイマー病患者のうつ症状を軽減する限られた証拠がある。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedhealth/PMH0022190/
社会的介入
認知症における心理的症状の社会的精神治療 システマティックレビュー
クロスオーバー試験では、患者の関心とスキルがある活動/レクリエーションが、関心またはスキルのある活動、レクリエーションと比べて中程度の効果がある。
ストレングストレーニング、バランストレーニングおよびストレッチを含む訓練の介入を受けた患者は、歩行群および社会的な会話の対照群よりも有意に効果的。
音楽と感覚刺激への介入試験で、過敏症、うつ病、恐怖感に対して中程度の効果を示した。
回想療法とバリデーション療法(共感して接する療法)はうつ病に対して中程度の有意な影響を示した。
認知症介護者教育介入と注意コントロールの間に統計学的有意差は見られなかった。
少数の研究から、
・介護者教育
・音楽療法
・身体運動
・レクリエーション
・バリデーション療法
が、注意コントロールグループと比較して心理的症状を軽減するのにより有効であるという証拠が存在する。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedhealth/PMH0028794/
認知症患者に対する心理的介入の効果
認知刺激は、通常のケアと比較して、認知症患者の認知機能および、生活の質の向上におそらく寄与する。グループ間の差は、3ヶ月のフォローアップでは有意でなかった。
認識トレーニング、リハビリテーション、回想療法、検証療法は、認知症患者にはほとんどか、まったく効果がないかもしれない。
認知症患者への音楽療法、多感覚刺激の効果は結論を導き出せない。
認知症患者へのチャレンジ行動訓練は、チャレンジ行動、抑うつ、介護者の抑うつにはほとんど、またはまったく影響しないかもしれない。
心理的介入は、おそらくうつ病を軽減し不安を軽減するかもしれないが、認知機能や介護者の抑うつにはほとんど、まったく影響しないかもしれない。
www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29320128