<投稿動画> 認知症を患った人たちとその家族(一部翻訳)

<投稿動画の紹介>認知症・アルツハイマー病患者、介護者、家族、症状

87歳のアルツハイマー病の母を看護する娘の苦しい想い

「辛い、とても辛いわ… 同じ人なのにまったく違う人を見るというのは」

「他の人が母を見る時、彼らは彼女を今の見たままの人として見るでしょう。でも私が彼女を見る時、私の知っている過去の元気な母の姿を思い見てしまうの。」

「まるで毎日喪に服しているかのようだわ、、だって、毎日母を見る度に、母の小さな何かが死んでいく、少しずつ奪われるのよ。」

「自分をもっとも深く知る人が消えようとしている、自分が生まれる前から自分のことを知っていた人が…  その人と自分のつながりが失くなるというのは、娘である私が死んでしまうことでもあるの」

「失うのは本当に辛い… 目の前に存在する人と、つながりを感じることができないのは」


娘「私が誰だかわかる?」

父「わからない」

娘「顔をあげて私を見て」「私は誰?」

父「眼鏡がどこにいったかわからない」

娘「ほら、私が近づくから、まっすぐ私を見て、私の手を見てみて、私は誰?」

「指を噛まないで、噛まないでお父さん、お父さん」

「私が誰だかわかる?」

父「わからない」

娘「あなたには娘がいる?」

父「私に娘がいる?私には娘がいたか、いないと思う」

娘「いないの?」

父「本当にわからない。どうして覚えているんだ?わからないんだ。」

「なんて名前なんだ」

娘「キャリアン」

父「キャリアン?」

娘「そう、思い出した?」

父「そういう意味じゃないんだ」

娘「わからない?」

父「わからない…」

娘「私がキャリアンなの」

父「……」

娘「聞いてる?」

父「キャリアン…」

娘「そう、私がキャリアンなの、私の名前はキャリアン、あなたの娘よ」

父「わからない…、でもそれはいいことだ」


若年性アルツハイマー病のビデオ

”アルツハイマー病は「長い別れ」として知られている。”

”私たちの人生を一緒に共有してください。”

”私たちは1990年11月14日にニューヨークのレストランで出会いました。”

”1992年12月にロックフェラー・プラザのアイススケート場で、私は彼女にプロポーズをしました。”

”そして、ニューヨークからポートランドへ引越ししました。”

”彼女は「はい」と言ってくれて、1993年に私たちは結婚しました。”

”私たちは3人一緒に人生をスタートしました。”

”神が一緒になることを祝福してくれたのです。”

テレビのインタビュー

インタビューアー

「アルツハイマー病だと伝えられた時のことを覚えていますか?43歳の時だったと聞いていますが、何があなたの心に起こりましたか?どうそれに対応しようとしましたか?」

クリス

「私は常に闘う人でした。なので私の性格が大きく助けてくれたと思います。難しい仕事をいくつも抱えていたので、仕事をある時期までこなしていました。」

インタビューアー

「あなたの母も妹もアルツハイマー病だったのですよね?48歳で亡くなられた?」

クリス

「…いえ、彼女が亡くなったのは、、49歳」

靴を履く

クリスは何かがおかしいと気づきだすが、それが何だかわからない。

彼女は反対のシューズを履こうとする。

キッチンにて

夫   「ジュース飲みたい?」

クリス 「ええ」

夫   「注いでくれない?」

クリス 「ええ」

夫   「ジュースを一杯くれる?」

クリス 「ええ」キッチンの戸棚を開けようとする。

”クリスの新しい家”

”彼女と彼女の人生の情報”

”彼女の最後のダンス”

”単に忘れるのではなく、多くの行動が変わってしまう。

例えば、彼女は毎日家の中を靴を履かずに16kmも歩く。”

ハグを忘れる

”この病気の驚くべきことは短い記憶を失ってしまうことにある。

クリスはぼくとハグした後に歩いて離れていく、そしてたった数秒後、ぼくがここにいることに驚く。”

鏡の前で

夫   「何をしているんだい」

クリス 「ビビビラビ、ビビビブブブラ、ワゥェーイ、ワゥェーイ」

夫   「いい日をすごしているかい」

クリス 「ええ、今がそうよ」

”一年経たないうちに…歩くのに手伝いが必要になってくる。”

夫「ハグしてもいい?」

クリス「ええ」

夫「僕が誰だかわかる?」

クリス「……」

夫「今日はこれぐらいで… 愛してるよ」

クリス「愛してる、愛してる」

夫「良かった。」


認知症を生きるということ (4人の認知症当事者)

・バリー

「毎日起きて ”今日は何が起きるのか” ”どんな間違いが起きるのか” と感じてしまって、外に出るのが怖いんだ。

生きていると言葉が心に浮かんでしまうんだ。

「おまえは何をしてしまったんだ」

「おまえは何を壊したんだ」

「おまえは何を失くしたんだ」

「おまえは誰にとってもいやなやつだ」

「なぜおまえはここにいるんだ」

そういうことばかりだ」

・オリーブ

「同じことを繰り返すからみんなと話したくないけど、そういうことがとても辛いわ…」

「まるで自分が世界に存在していないような感覚なの、少なくとも私はそう、私は世界の一部として存在しているというふうに感じることができないの」

「つらいわ、ぞっとする、だって認知症はあなたが最も愛している人を傷つけるのよ。」

・ジュディー

「外に出て…買い物に行ったりすることができない。私は死にたい…でも死ねない」

「楽しい日々を過ごしていたのに…」

「もっと生きたい…」

・ボブ

「昔は大丈夫だった、でも年を追うごとに少しずつむずかしくなってくる。きみもいつかはこんなふうになるんだ」


アルツハイマー病中期のステージに進行した父の振る舞い

10分の間に起きたこと

息子

「ゴミをトイレに捨てたらだめだよ、ゴミはここ」

「(猫のトイレ砂)手で触らないで、病気になるよ」

「石鹸を使ったら手を水で流して」

「もう片方の手も洗い流して、反対の手も水で洗い流さないと、お願いだから」

「何を探しているの」

「落ち着いて、むこうにいってテレビを見よう」

「何かベッドに問題がある?」


アルツハイマー病の父の週末 自宅での15分間

この15分間はとてもベストな状態だった。

この日の朝、父は自分のベッドの上で用を足した。


アルツハイマー病、母、私

“母はほとんどいつも歯ぎしりをしている。”

“母の握る力は驚くほど強い…”

“母への訪問はこういう感じで何年もたつ…”

“時々私は彼女の歯ぎしり”活動”に我慢ができなくなる。”

“今日は…我慢ができた…”

“母の歯は文字通り歯ぎしりで壊れている。”

“顎と歯を守る医療的な予防処置は役にたたなかった。”

“時々私は母のことを「ジョアン」と呼んだり、別のときには「お母さん」と呼んだりする。どちらかの名前で呼ぶことで母から反応をもらえることがある。”

“会話は意味をなさない。”

“母が60代の時にすべては始まった。”

“私は母のことを理解したふりをする。”

“彼女はまだ「ジョアン」だわ。”

“そしてまだ「私の母」…”

“私は本当に母を愛している。”

“…そして、母はそのことをまだわかっていると思う。”


コーラを飲む若年性アルツハイマー病の母


アルツハイマー病の母

彼女は飲み込むことを忘れてしまい、食べ物を食べることができなくなっている。

胃ろうで栄養を投与するか、このまま自然に任せて餓死させるか家族は迫られている。


いつも元気で、正直で愛情深かったおばあちゃん。

アルツハイマー病のおばあちゃんへ、最後のさようならを言う。

おばあちゃん

「もう何も欲しくない、もう何も欲しくない、もう何も欲しくない!」

「家に帰りたい」

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