書籍要約『暗黙知の次元』 マイケル・ポランニー 1966年

科学哲学、医学研究・不正複雑系・還元主義・創発・自己組織化非合理性、生態学的合理性、愚行主義、異端

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英語タイトル:『THE TACIT DIMENSION』

Michael Polanyi 1966

日本語タイトル:『暗黙知の次元』

マイケル・ポランニー 1966年

目次

  • 第1章 暗黙知 / Tacit Knowing
  • 第2章 創発 / Emergence
  • 第3章 探求者の社会 / A Society of Explorers

本書の概要

短い解説:

本書は、科学や人間のあらゆる知において、言葉や数式では表現しきれない「暗黙知」が核心的な役割を果たしていることを論証し、その構造を解明することを目的とする。科学哲学、認識論、生物学、倫理学にまたがる視野から、近代の機械的・客観主義的知識観を再考するための土台を提供する。

著者について:

著者マイケル・ポランニー(1891-1976)は、ハンガリー出身の物理化学者であり、後に科学哲学・社会科学の分野で活躍した。自然科学者としての経験を踏まえ、科学の実践と創造的プロセスに「個人の関与」や「暗黙の了解」が不可欠であることを洞察。本書は、その思想のエッセンスをまとめたものである。

テーマ解説

  • 主要テーマ:暗黙知の構造と機能われわれが「知っている」ものの多くは、明示的に語ることができない「暗黙知」に支えられている。
  • 新規性:知識における「~から~へ」の構造暗黙知は、「部分」(近位項)に依存しつつ「全体」(遠位項)へと向かう「~から~へ」の構造を持つ統合的行為である。
  • 興味深い知見:暗黙知と客観主義科学観の対立全てを明示化・客観化しようとする近代科学の理想は、暗黙知の不可欠性によって、自己矛盾に陥る。

キーワード解説

  • 暗黙知 (Tacit Knowing):統合的行為を通じて全体を把握するが、その構成部分(近位項)を特定できない知の形態。
  • ~から~へ (From-To):暗黙知の構造。近位項(道具、感覚、細部)に「依拠して(From)」、遠位項(対象、意味、全体)に「向かう(To)」。
  • 内住 (Indwelling):暗黙知を働かせる行為。対象の内部に住み込むようにして、その意味を理解すること。
  • 創発 (Emergence):下位の層の法則からは説明できない、新しい階層や秩序が現れる過程。暗黙的統合の一形態。
  • 探求者の社会 (Society of Explorers):伝統に依拠しつつ、個人の創造的責任と相互統制を通じて真理を探求する自由な知的共同体。

3分要約

本書は、われわれが「語ることができる以上のこと」を知っているという自明の事実──例えば顔を見分ける能力──を出発点とする。ポランニーはこの「暗黙知」を分析し、それが「部分(近位項)に依拠しながら、全体(遠位項)へと注意を向ける」という「~から~へ」の構造を持つことを明らかにする。顔の特徴(近位項)に依拠して顔そのもの(遠位項)を知るように、道具の手触りに依拠して先端の対象を知り、科学理論に依拠して自然現象を知る。この構造において、近位項は通常、意識の焦点になく、特定できない。暗黙知は、知覚から技能、科学の発見に至るまで、あらゆる知的・実践的行為の根底にある。

この暗黙知の構造は、世界の存在構造を理解する鍵でもある。第2章では、生物学における「階層」の概念を考察する。生体は、物理化学の法則に支配される要素から成りながら、それだけでは説明できない「生命」という新たな原理(例えば形態形成の調節)によって統御されている。このように、上位の階層は下位の階層に依拠しつつ、その境界条件を制御するという「創発」の論理は、暗黙知の「~から~へ」の構造と対応する。進化や個体発生は、この創発の連鎖として理解される。

最終章では、暗黙知の認識論が社会と倫理に与える含意を論じる。客観主義的・懐疑主義的な近代科学観は、伝統や権威を否定し、個人の無限の自己決定を要求する。これは、絶対的懐疑と完全主義の危険な結合(実存主義や全体主義的イデオロギー)をもたらした。ポランニーはこれに対し、科学の実践そのものが、権威(先人の業績)への依拠と、伝統の内部からの創造的革新の両立によって成り立っていることを示す。科学者は「隠れた現実」へのコミットメントに導かれつつ、伝統的な知識の体系(科学そのもの)のごく一部を担い、相互に批判し合う「探求者の社会」を形成する。このモデルは、自由で責任ある知的共同体の基盤を、暗黙知の構造と創発の宇宙論の中に位置づける。

各章の要約

第1章 暗黙知

われわれは、顔を認識するがその特徴を特定できないなど、「語ることができる以上のこと」を知っている。この「暗黙知」の構造を、ポランニーは「~から~へ」の関係として分析する。近位項(顔の特徴、道具の手触り、ショック音節)に「依拠して(from)」、注意を遠位項(顔そのもの、探っている対象、電気ショックの予期)に「向ける(to)」行為である。この過程で、近位項は焦点から外れ、特定できないまま意味(遠位項)の担い手となる。この構造は知覚(身体内部の過程に依拠して外部対象を知る)から科学の発見(問題という未規定の全体を予感する)にまで貫かれている。プラトンの『メノン』のパラドックス(知らないものをどう探求できるか)の解決は、暗黙知によって可能となる。発見とは、暗黙裡に予感された隠れた現実へのコミットメントの結果である。

第2章 創発

暗黙知の「~から~へ」の構造は、現実の階層的構造に対応する。例えば、発話行為は、音声→単語→文→文体→作品という階層からなり、上位の層(単語)は下位の層(音声)の法則に依拠しつつ、その境界条件(音の組み合わせ)を独自の原理(語彙)で制御する。同様に、生命現象は物理化学の法則に従う物質から成るが、その法則だけでは説明できない「生命」という原理(機械的機能と有機的調節)によって統御されている。このように、下位の層からは論理的に導出できない新しい原理が現れる過程を「創発」と呼ぶ。個体発生や進化は、この創発の連鎖である。下位の層に依拠しつつもそこからは説明できないという論理は、暗黙知の構造そのものであり、生命の階層的複雑さと、その頂点に立つ人間の知的・道徳的能力を理解する枠組みを提供する。

第3章 探求者の社会

近代は、科学的懐疑と道徳的完全主義が結びつき、伝統的権威の否定と絶対的な自己決定の要求という危険な傾向を生んだ。ポランニーは、科学の実践そのものがこの傾向に対する反証であると論じる。科学は、観察可能な事実の集合ではなく、科学者たちが「隠れた現実」への信念を共有し、膨大な先人の成果(伝統)を暗黙裡に受け入れ、相互に評価し合う(相互統制)ことで成り立つ「探求者の社会」である。科学者は、この伝統的枠組みに内住しながら、その一部に対して創造的責任を負い、問題を発見し解決する。この行為は、あらかじめ定められた解決へと導かれる責任ある判断であり、無限の自己決定を求める実存主義的選択とは異なる。暗黙知と創発の連鎖の中に位置づけられるこの「探求者の社会」のモデルは、自由で動的な社会において、個人の創造性と共同体的規律が両立するための哲学的基盤を示している。


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