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Limits to Medicine:Medical Nemesis – The Expropriation of Health
イヴァン・イリイチ
医療の宿敵:
健康の収奪
著者による新しい序文
マリオン・ボイヤーズ
ロンドン-ニューヨーク
目次
- タイトルページ
- 序文
- はじめに
- 第1部 臨床的イアトロジェネシス
- 1.:現代医学の伝染病
- 医師の有効性-幻想
- 役に立たない医療
- 医師による傷害
- 無防備な患者
- 1.:現代医学の伝染病
- 第2部 社会的イアトロジェネシス
- 2.:生命の医療化
- イアトロジェネシス疾患の政治的伝播
- 社会的イアトロジェネシス
- 医療の独占
- 価値なき治療?
- 予算の医療化
- 医薬品の侵略
- 診断帝国主義
- 予防的スティグマ
- 終末の儀式
- ブラックマジック
- 患者の多数派
- 2.:生命の医療化
- 第3部 文化的イアトロジェネシス
-
- はじめに
- 3.:痛みを殺す
- 4.:病気の発明と撲滅
- 5.:死に対する死
- 商品としての死
- 死者の献身的な踊り
- マカブルの踊り
- ブルジョワの死
- 臨床的死
- 自然死に対する労働組合の主張
- 集中治療下の死
-
- 第4部 健康の政治学
- 6.:具体的な反生産性
- 7.:政治的対策
- 中毒者に対する消費者保護
- 不法行為への平等なアクセス
- プロフェッショナル・マフィアに対する公的規制
- 生命の科学的組織化
- プラスチック子宮のための工学
- 8.:健康の回復
- 産業化された宿敵
- 継承される神話から尊重される手続きへ
- 健康への権利
- 美徳としての健康
- 主題索引
- 人名索引
- 著者について
- 同じ著者による
- 著作権について
『LIMITS TO MEDICINE:Medical Nemesis:The Expropriation of Health』Ivan Illich 1976
『医療の限界:医学ネメシス──健康の収奪』イヴァン・イリイチ 1976年
目次
- 第一部 臨床的医原病 / Part I. Clinical Iatrogenesis
- 第1章 近代医学の疫病 / The Epidemics of Modern Medicine
- 第二部 社会的医原病 / Part II. Social Iatrogenesis
- 第2章 生活の医療化 / The Medicalization of Life
- 第三部 文化的医原病 / Part III. Cultural Iatrogenesis
- 第3章 痛みの殺戮 / The Killing of Pain
- 第4章 疾病の発明と排除 / The Invention and Elimination of Disease
- 第5章 死に対する死 / Death Against Death
- 第四部 健康の政治学 / Part IV. The Politics of Health
- 第6章 特殊的逆機能 / Specific Counterproductivity
- 第7章 政治的対策 / Political Countermeasures
- 第8章 健康の回復 / The Recovery of Health
本書の概要:
短い解説:
本書は、近代医療システムそのものが人々の健康を脅かす「医原病」を生み出していると批判する。医療の専門家支配と過剰な医療化が、人々の自律的な健康管理能力を奪い、社会全体を不健康にしていることを明らかにすることを目的とする。医療関係者だけでなく、広く市民に向けた警鐘の書である。
著者について:
著者イヴァン・イリイチは、オーストリア生まれの哲学者、社会批評家。カトリック司祭としての経歴を持ち、メキシコで研究センターを主宰。教育、運輸、医療など近代の主要制度を鋭く批判し、『脱学校の社会』などで知られる。本書では、医療の産業化と専門家支配がもたらす弊害を歴史的・文化的視点から分析する。
テーマ解説
- 主要テーマ:医原病(医療が引き起こす害)の三段階 [臨床的・社会的・文化的な医療の害]
- 新規性:医療の「逆機能」概念 [医療が提供すればするほど、かえって健康レベルが低下する逆説]
- 興味深い知見:健康の収奪 [専門家による健康管理の独占が、人々の自己治癒能力を奪う過程]
キーワード解説
- 医原病:医療行為そのものが原因で生じる疾病や障害
- 医療化:本来は医療の対象ではなかった生活領域(出生、老い、死など)が医療の管理下に置かれる過程
- 医学ネメシス:医療の傲慢がもたらす必然的な破滅というギリシャ神話的な概念
3分要約
イリイチは、近代医療システムが「健康の敵」となったと宣言する。医療の拡大は、直接的害(臨床的医原病)、社会制度による害(社会的医原病)、文化の破壊(文化的医原病)という三重の病を生み出している。
第一部では、医療行為そのものが引き起こす害を検証する。薬害、医療事故、不必要な手術など、治療が新たな疾病を生む現実を暴く。医学の進歩が死亡率低下に貢献したという通説に疑問を投げかけ、公衆衛生や栄養改善などの要因を無視できないことを示す。
第二部では、医療の社会的拡大がもたらす弊害を分析する。医療が生活のあらゆる領域に侵入し、人々の自己決定権を奪っている。健康の管理が専門家に委ねられることで、人々は自らの身体に対するコントロールを失い、依存症的な患者へと変えられていく。
第三部では、医療化が文化に与える打撃を論じる。痛み、病気、死といった人間の根本的経験が、技術的管理の対象とされる。これにより、苦悩に対処する個人の能力や、共同体の支え合いが損なわれる。死は病院で管理される技術的プロセスとなり、人間的な尊厳を失う。
第四部では、この医療ネメシスからの脱却道を探る。消費者の保護や医療アクセスの平等化といった表面的な改革では不十分であり、医療専門職の独占を打破し、人々の自律的な健康管理能力(自己治癒力)を取り戻すことが必要だと主張する。健康とは、専門家によるサービスではなく、個人と共同体が環境と調和しながら生きる能力なのである。
各章の要約
第一部 臨床的医原病
第1章 近代医学の疫病
医学の進歩が死亡率低下や疾病撲滅に貢献したという神話を解体する。歴史的データは、感染症の減少の主因が医学的介入ではなく、生活環境や栄養状態の改善にあることを示す。一方で、医療行為そのものが新たな疾病を生む「医原病」が蔓延している。薬物の副作用、医療過誤、不必要な検査や手術が、患者に甚大な害をもたらしている。医師の有効性は幻想であり、医療の拡大は逆説的に健康を損なう結果を生んでいる。
第二部 社会的医原病
第2章 生活の医療化
医療が社会的制度として肥大化し、人々の生活を支配するに至った過程を分析する。出生から死に至るまで、あらゆる人生の段階が医療の管理下に置かれる。医師は道徳的権威を獲得し、何が病気であり、誰が病人であるかを決定する独占権を握った。この「医療化」は、医薬品産業の市場拡大と結びつき、人々を恒常的な患者へと変える。健康は個人が自律的に管理するものから、専門家に依存して消費する商品へと変質した。
第三部 文化的医原病
第3章 痛みの殺戮
痛みに対する人間の対応が、医療化によって根本的に歪められたことを論じる。伝統的に、痛みは文化的文脈の中で意味づけられ、個人の忍耐や共同体の支えによって耐えられるものだった。しかし、医学は痛みを技術的に除去すべき信号と見なし、鎮痛剤の投与へと向かう。これにより、痛みを通じて現実と向き合い、成長する機会が失われる。痛みの経験そのものが、管理的な対象となり、人間の尊厳が損なわれる。
第4章 疾病の発明と排除
「疾病」という概念そのものが、近代医学の産物であることを示す。病院と臨床医学の発展が、客観的な「疾病実体」という考え方を生み出した。医師は患者の主観的な苦悩ではなく、測定可能な疾病を治療対象とする。このパラダイムは、ますます多くの人間状態を「異常」として医学的介入の対象とすることを可能にし、人々を無限の患者候補へと変える。健康の基準が専門家によって設定されることで、自己評価の能力は衰退する。
第5章 死に対する死
死のイメージと経験が、歴史的にどのように医療化されてきたかをたどる。中世の「死の舞踏」では、死は人生の内なるものとして描かれた。近代に入り、死は克服すべき敵となり、医師はその代理人となった。現代では、死は病院で管理される技術的プロセスとなり、個人の手から離れた。集中治療室での延命処置は、自然な死の過程を歪め、人間の尊厳を奪う。死はもはや個人的な通過儀礼ではなく、医療システムによる管理の最終段階となった。
第四部 健康の政治学
第6章 特殊的逆機能
医療の拡大がもたらす「逆機能」を、他の産業分野(教育、運輸など)との類似性において論じる。産業的生産が一定の閾値を超えると、それ自体が目的化し、かえって人々の自律的な活動(自己治癒、相互扶助)を阻害し始める。医療サービスが増大すればするほど、人々は自己管理能力を失い、真の健康レベルは低下する。これは医療に特有の現象ではなく、過度に産業化された社会全体に共通する病理である。
第7章 政治的対策
医原病に対処するために提案される五つの政治的対策(消費者保護、公平なアクセス、専門職統制、科学化、環境工学)を検討し、その不十分さを指摘する。これらの対策はいずれも、医療システムのさらなる拡大と専門家支配を強化するだけである。医療への依存構造そのものを変えずに、システム内部で改良を図っても、根本的な解決にはならない。
第8章 健康の回復
医療ネメシスからの脱却には、専門家への依存から個人と共同体の自律性の回復が不可欠であると主張する。健康とは、環境の変化に適応し、苦悩や死と向き合う個人的な能力である。この能力を育むためには、医療専門職の独占を打破し、人々が自らの健康を管理する権利と力を取り戻す政治的プロセスが必要である。医療の役割は、自律的な健康管理を補完するものに縮小されなければならない。真の健康は、管理的な医療サービスからではなく、自律的な生の営みから生まれる。
1995年版への序文
病原体、免疫、そして公衆衛生の質
1994年6月13日、ペンシルバニア州ハーシーで開催された質的健康研究会議での講演。1994年6月13日
ジャニス・モース教授
私は、ヘルスケアの質に関する学識ある番人として活動するために組織された看護師たちの第2回会合にお招きいただき、講演をさせていただくことを光栄に思う。私は、20年ほど前に出版された『医学の限界-医学の宿命』の著者として招かれた。私は看護師ではないし、はっきり言って健康には関心がない。私は友情の歴史と苦悩の芸術の歴史について教えている。
私は中世の歴史家であり、哲学者でもある。私がここに来たのは、カール・ミッチャム教授に勧められたからだ。私たちは、技術の象徴的効果に関する研究をしている。技術が何をするかではなく、技術が何を語るかを研究しているのだ。この協会の第2回会合で、あなた方が直面している苦境は、私たち二人にとって、私たちのテーマに関連しているように思える。
あなたは医療の質を研究している。サービスの提供なのか、メッセージなのか。私は、より多くの人々のために、より多く、より良く、より安く、より劣化の少ないサービスを望む人々と、医療儀式の資金調達や組織化から生じる病原性の神話や確信について研究したい人々を区別したい。このデリケートな課題を達成するために、私自身の話をしよう。『メディカル・ネメシス』を超えた私の知的成長について、教訓的な物語としてお話ししよう。
この機会に、あの本を書いたときに私がしてしまったことを公に償いたい。私は『メディカル・ネメシス』を、私たちの基本的な確信を形作る現代の技術に内在する象徴的な力を考察する4つのエッセイの1つとして書いた。それぞれのエッセイで、私は異なる方法を用いて4つの主要な制度を検証し、それぞれが私の観察を投影するスクリーンとなった。『ネメシス』では、1970年代の医療を取り上げ、不均衡な手法に内在する逆説的な逆効果を実証する手法で研究した。臨床的、社会的、文化的なイアトロジェネシス、すなわち複数の不幸を生み出すことを明らかにする私の記述によって、私は医療の権威を改革の対象にはしなかった。私は医療を、人間の状態を一変させることを約束するあらゆる巨大技術のパラダイムとして使い、技術的に操作された幸福の追求によって、事実上、苦しみの芸術の必要性を廃絶すると主張するあらゆる企業のモデルとして検討した。私は医療の「発展」を、教育、交通、人間のガレージなどと並行して分析し、制度化された衛生の場合、幸福の追求が「健康」の追求に変換されることを意識した。
四半世紀近く経った今でも、私は『ネメシス』の内容とレトリックに満足している。この本は、反生産性とニーズの歴史に関する議論を切り開いた。医学を哲学の領域に引き戻したのである。私が苦悩の文化に焦点を当てたことは、生命倫理の新たな流行に対する適切な解毒剤となった。一人ひとりの人間を「生命」に還元することで、生命倫理は、今やシステムに変容した人間の総合的な管理を防ぐことはできない。
しかし、私は今、このアプローチに重大な欠陥があることに気づいた。私はその時、健康とは「自律的対処能力の強さ」であると考えた。そう書いたとき、私はシステム分析的思考がやがて認識や概念にもたらす腐敗作用に気づいていなかった。このような自己言及的なサイバネティックなやり方で健康を解釈することによって、私は知らず知らずのうちに、苦しんでいる人が肉体との接触からさらに遠ざかっていくような世界観の素地を整えていたのだ。機能、フィードバック、その調節を意味する言葉で幸福が表現されるようになったとき、私は身体と魂の経験の変容を無視していた。バーバラ・ドゥーデンとの10年にわたる経験身体の歴史に関する研究、そしてヴィッセンシャフツ大学(ベルリン)、マールブルク、ペンシルバニア州立大学でのジェンダー的自己の歴史に関する数回のセミナーは、まだ私の前に横たわっている。
現在、『医学の限界』(数カ国語版)の売れ行きのほとんどが医学部からの大量注文であることを心配しているのはそのためである。この本は、いかにケーキを食べながらそれを手に入れることができるかを示すものとして読まれている。自分自身を、責任ある管理を必要とする自己制御的で自己構築的なシステムとして考えることによって、過去の経験的な感覚的身体を消し去り、この実体のない状態にもかかわらず、苦悩の芸術と死の芸術の伝統の中に立っていると主張することができる。『ネメシス』を書いたのは、医療システムの言うことを説明するためだったが、私たちの反応をパターン化し、私たちをサブシステムに変えてしまう、その微妙な構造を十分に強調しなかった。
質的研究
あなた方は、私の話を聞き、訓話として理解するのに最適な聴衆である。あなた方のほとんどは、大学院を卒業した看護師である。朝食を共にした人たちや昼食を共にした人たちは、私に大きな感銘を与えた。看護師として求められることに衝撃を受けた彼らは、このシステムを何とかしようと大学院に進んだ。彼らは民族学、社会学、人類学、心理学の研究を終えた。80年代後半、あなたは組織を結成した。医療制度との出会いの経験に関する研究を相互支援するためだ。医療界では、あなたのイニシアチブはあまり歓迎されなかった。とはいえ、数年間は実り多い日々を送り、制度面でも確かな影響を与えた。
しかし、これは変わるしかない。私は、あなた方が共倒れになりそうな気配を感じている。米国医師会は現在、米国のほとんどの産業よりも多くの広報費を費やしている。『タイム』誌や『ニューズウィーク』誌の見開き10ページのカラー広告を見ればわかる。このような広報活動で競争すれば、圧倒的に勝てる。この会議で発表された330の論文に対する助成金は、それが真実であろうとなかろうと、ケアを提供する専門家が実際にクライアントをケアしていることを証明するものであるからだ。
ここで知り合った皆さんは、ケア提供に善意で油を注ぐことに人生を費やすために実際の看護の現場を離れたり、クライエントが感じる効用をより高い割合で生み出すより単純な方法について工学的な研究をしたりする人ばかりではないことを知った。私は、ケアシステムが私たちに叩き込むメロディーを解読したい人たちに出会った。組織化された健康の追求は、尊厳のある、意味のある、忍耐強い、愛に満ちた、美しい、諦観に満ちた、さらには喜びに満ちた体現として経験される苦痛の主要な障害となっている。
最初のリミナリティに守られている限り、私たちのケアシステムを、病原性のある健康追求の制度的構造として思い描くことは可能だった。私のホストがペンシルバニア州立大学で行っている、健康に関する言葉や概念の歴史に関するセミナーが良い例だ。しかし、ひとたび制度の中で専門家としての地位を得ると、この自由の多くを失うことになる。そうなると、ポストモダンの健康についてではなく、私たちの文化における苦悩の芸術について研究したいと思う人は、ますます困難な時間を過ごすことになるだろう。そのような人たちこそ、私が特に話をしたい相手なのだ。彼らこそ、私が医療財閥の象徴的機能についての研究を懇願したい相手なのだ。私たちがどれだけ健康を追求しているかということよりも、むしろ、私たちが何者であるかということについて、それは何を物語っているのだろうか。
医療の宿敵
『医療への限界』の冒頭の一文は、「医療体制は健康にとって大きな脅威となっている」という告発だった。1975年当時、この一文が衝撃と怒りを与えたことは、今となっては奇妙に思える。今となっては陳腐だ。私は、『現在のイアトロジェネシス流行を食い止める潜在的な視点と有効な力を持つのは、医師ではなく一般人である』と主張した。今、クリントン夫妻は、私が『より公にされた利益に対して、進歩の汚い面を評価するための概念的枠組み』と呼んだものを探している。超大型加速器の研究に従事していた2300人の物理学者を事実上解雇したのと同じ議会が、今度は私が主張したことを実行する。医学的認識、分類、意思決定に対する自らのコントロールを取り戻す』のである。では、今私が後悔していることは何だろう?
苦悩と死の芸術に関する重要かつ首尾一貫した声明を、還元主義的な身体離脱に適したカテゴリーで定式化してしまったことを悔やんでいるのだ。医学の限界-医学の宿命』の中で私は、今日の根本的な病原体は、後期産業社会で文化的に定義されるようになった健康の追求であると主張した。私は、システム管理の時代には、この病原体としての健康の追求が普遍的に押しつけられるようになるとは理解していなかった。私は健康について、個人の自律性という観点から、また「対処能力の強さ」という観点から自由に語ることができると感じていた。私は健康について、「集団の遺伝的構成、歴史、環境に適応した文化的規範」によって支配される「社会的台本における責任あるパフォーマンス」と考えた。しかし、私はまだグレゴリー・ベイトソンの影響下にあり、フィードバック、ポグロム、検死、情報といった概念は、抜け目なく使えば問題を明確にできると信じていた。私は苦しみを自分自身のバランス管理と同一視できると考えていた。私は間違っていた。苦しみを対処と理解するやいなや、決定的な一歩を踏み出すことになる。自分の肉体に耐えることから、システムとして考えられた自己の感情、知覚、状態を管理することに向かうのだ。
コーピング
コーピングという英語が使われるようになったのは、ごく最近のことである。これは、昨年秋に開催された第1回医療史研究者国際会議で指摘されたことである。近代以前の時代に「病気への対処」について語るのは、乱用か恣意的な先取りである。病気は、痛み、障害、疲労、恐怖と同様に、苦しみ、耐え、共有し、緩和し、恐れ、あるいは治すものであった。それぞれの言語には、災い、不快、拷問、そしてあらゆる種類の発作を扱うための、豊かで正確な語彙がある。偉大な伝統は、この人間状態の暗黒面に対処するための一連の概念と実践を通じて、互いに根本的に異なっている。それぞれの伝統の中で、不快感や苦悩の解釈は時代とともに変化し、通常は社会階級に特有のものである。コーピングと呼ぶことで、苦しみに関するこの豊かな文化的構成を一つの網で捕らえようとする試みは、極めて現代的な概念を押し付けることによる過去の植民地化である。
15世紀以来、「対処する」という動詞は証明されており、「誰かと殴り合う」という意味である。17世紀末には、この動詞は穏やかになっていた。QEDは、バイロン卿の例として、「女性と対処するには、やはり爽やかな自信が一番だ」を挙げている。第二次世界大戦後、この言葉は俗語になり、子供たちは恋愛に対処するようになった。人々は、夫、仕事、治療、失業、インフルエンザに対処することを学んだ。しかし1967年、アメリカン・ヘリテージ誌の用法委員会は、スラングとまでは言わないまでも、カジュアルな文章では許される一種のニュースピークであると考えていた。ベイトソンは人類学にシステム論を導入するためにこの言葉を取り上げた。彼はポピュラーな慣用句を聞き分ける耳を持っていた。ちょうどその頃、少なくともカリフォルニアでは、「対処する」が自動詞として使われ始めた。この言葉は、伝統的な言語にはないほど新しい存在のあり方を示している。この単語は、「一般的な混乱という説明の空白を埋めてくれたので歓迎された」–使用法パネルのメンバーの一人、音楽学者の判断である。
コーピングは、この認識論的空白の中で栄える。広範な無秩序を認識することで、私自身の明晰さが増していくのを記録することができる。この空白の中で、言葉や図が、今や自己を象徴するエンブレム、新しい種類のブラックボックスを作り出したのである。
倫理的儀式か、それとも認識論的儀式か?
辛うじて50歳を過ぎた頃、私が健康を「自律的な対処能力の強さ」と定義したのは、「徳の後」の時代に道徳的な「自我」を指す現代的な方法を求めてのことだった。しかし、私は知らず知らずのうちに、責任、オートポイエーシス、自己認識を自我の許容範囲と免責範囲という観点から示唆していた。かつてブラックボックスとして考えられていた人間が、どのように振る舞うかを語るのに、これ以上の普通の動詞はない。
70歳を間近に控えた今、私は脱構築に汚染された環境の中で自分のトラクトを読み直した。私は、自分の人生に対処するという新しい内在的な活動が意味するシステム分析の枠組みの中では、伝統的な生きる術は追求できないことを痛感した。システム用語による自己認識は、享楽の芸術(晴れやかな局面)と苦悩の芸術(陰の面)のどちらかを実践できるような肉体を溶解してしまうのだ。『メディカル・ネメシス』は、進歩、快適さ、ケア、保険によって形作られた文化の中でさえも、生きる芸術、楽しみと苦しみの芸術を正当化しようとする試みであった。危険な医療化、社会的に無力化するプロフェッショナリズム、そして健忘、麻酔、死という神話を生み出す衰弱させる儀式主義が、この本の3つのセクションのテーマであった。この本が書かれたのは、予防とネオ・ウィッチクラフトが本格的に普及する前のことで、現在の禁煙ルールの容認も、収監中の薬物中毒者に対する鍼治療の公的融資も、当時の議題ではなかった。歴史的な観点から、私は文化の腐敗を告発し、究極の倫理問題を提起した。
今、私たちが直面している問題は、真実の問題である。私は、医療を萎縮させるものではなく、虚無主義的な機関として告発したい。今日の医療制度に関わるすべての決定的な結果は、認識論的なもの、つまり自我の再構築である。T細胞検査から安全なセックスまで、尿検査から禅道まで、健康を追求するために行われることは、自己の解釈としてブーメランを放つ。1994年、これらのルーチンのそれぞれが、免疫システムとしての自己の対処能力を強化した。
私の証拠は逸話的なもの:一人は髪が抜けたから、二人目はニキビができたから、三人目はどんな症状だったか忘れた。ツィンマーマン医師は、医師が形成される過程についてこう振り返った。1850年のプロテスタント系ドイツでは、男性はマスターベーション、女性はヒステリーが第一位だった。今、彼女は、セルフケア雑誌の購読こそが、システム・イデオロギーを伝達するものだと考えている。
時間割、大学案内、コンピューターゲームもそうだが、医療もまたそうである。免疫システムとしてのエゴは非常に複雑で、どう感じるべきかは検査でしかわからない。腫瘍医がジムの化学療法を断念したとき、私は彼に彼の気持ちを尋ねた。彼は翌日、検査結果が出る午前11時以降に電話するように言った。オルフィックスの『汝自身を知れ』にはこうある:自分のシステムがどのように対処しているかをチェックする』。
1972年以前の生物学の教科書の索引には、「免疫系」という言葉はひとつも出てこない。それから10年後、免疫を扱った学術論文で、この用語を使用していないものを見つけるのは難しい。80年代初頭には、市場、文化単位、家族の精神的体質を扱う教科書にこの概念が登場するようになる。ドナ・ハラウェイは、このものを「信念、知識、実践の強力な多形的対象……西洋の生物政治における自己の認識と誤認の手引き」と呼んでいる。
実際、接合子は人間の主体としての法的地位を獲得する方向にある。ローマ教皇と憲法学者たちが、そのゲノムと細胞質は「他者」、この場合は母親を認識することによって自己へと発展する可能性があると暗示しているためでもある。生物を免疫システムとして考えることは、人間を倫理委員会が判断を下すことのできる「生命」に還元するという擬似的な正当性を提供する。システムで構成された世界では、免疫システムが、かつて個人あるいは人間と呼ばれていたものに取って代わる。20世紀初頭は、ホモ・エコノミクスを自然の事実として受け入れることでアニミズムを実践し、乏しい酸素をめぐってバクテリアが「競争」しているのを見ることを正当化したが、20世紀後半は、システム概念に実体を与え、苦しみと喜びのために生まれた人間を暫定的に自立した情報ループに還元することで、死霊術を実践しているのである。
この会議の準備のために読んでいただいた『医学の限界-医学の宿命』を書いたとき、私はこのようなことを知らなかった。
イヴァン・イリイチ
医学の限界
謝辞
医療機関に関する私の考え方は、ロスリン・リンドハイムやジョン・マクナイトとの定期的な対話の中で、数年にわたって形成されていった。カリフォルニア大学バークレー校の建築学教授であるリンドハイム女史は間もなく『空間のホスピタリゼーション(The Hospitalization of Space)』を出版する予定で、ノースウェスタン大学の都市研究部長であるジョン・マクナイト氏は『サービス社会(The Serviced Society)』に取り組んでいる。この2人の友人からの挑戦がなければ、ポール・グッドマンとの最後の会話をこの本に発展させる勇気はなかっただろう。
他にも何人かが、このテキストの成長に深く関わってくれた:ジャン・ロベールとジャン・P・デュピュイは、本書で述べられている経済学的テーゼを、時間を汚染し空間を歪める交通システムの例で説明してくれた。アンドレ・ゴルツは、健康の政治学において私の主要な指導者である。彼ら、そして私の批評家や助力者たち、とりわけ貴重な読書へと導いてくれた人々に、私は深い感謝の念を抱いている。
ヴァレンティーナ・ボレマンスがいなければ、本書は決して書けなかっただろう。彼女は本書のベースとなる資料を辛抱強く集め、常に批判を加えながら私の判断を洗練させ、言葉を慎んでくれた。死の工業化に関する章は、彼女が死の顔の歴史に関する自著のためにまとめたメモの要約である。
イヴァン・イリイチ
メキシコ、クエルナバカ
1976年1月
著者ノート
『Ideas In Progress』シリーズ用の草稿として『Medical Nemesis』を書き、並行シリーズである『Techno-Critique』用にフランス語で、また『Rowohlt Verlag』用にドイツ語で書き直した。その他、イタリア語、スペイン語、オランダ語、スウェーデン語、ノルウェー語、セルビア語でも翻訳された。
私の草稿が回覧された結果、いただいた批評、助言、資料のおかげで本書を完成させることができた。批評家たちに感謝の意を込めて捧げる。
IVAN ILLICH
1976年2月27日
はじめに
医療体制は健康にとって大きな脅威となっている。医療に対する専門家の支配がもたらす無力化の影響は、伝染病の規模に達している。この新たな伝染病の名称である「イアトロジェネシス」は、ギリシャ語で「医師」を意味する「イアトロス」と、「起源」を意味する「ジェネシス」に由来する。医学の進歩がもたらす病についての議論が医学会議の議題として取り上げられるようになり、研究者たちは診断と治療が病気を作り出す力に集中し、病気の治療が引き起こす逆説的な損害についての報告が医学ドープシートのスペースを占めるようになっている。医療専門家たちは、前例のない大掃除の瀬戸際に立たされている。ギリシャの「医者の島」にちなんで名づけられた「コス・クラブ」があちこちに誕生し、ローマ・クラブがフォード、フィアット、フォルクスワーゲンの庇護のもとに「アナリスト」を集めたように、医師、見栄を張った薬屋、産業界のスポンサーを集めている。医療サービスの提供者たちは、他分野の同業者たちの例に倣い、より望ましい自動車や治療法というニンジンに「成長の限界」という棒を加えている。専門家による医療の限界は、急速に高まっている政治問題である。それは、現状維持の専門家の権力に挑戦する政治的行動のために組織された人々か、それとも独占をさらに拡大しようとする医療専門家たちかである。
一般大衆は、衛生管理者の中で最も優秀な人々の当惑と不確実性に警鐘を鳴らしている。新聞は、医学界の指導者たちの手のひらを返したような虚偽の報道で溢れている。昨日のいわゆるブレークスルーの先駆者たちは、自分たちが発明したばかりの奇跡の治療法の危険性を患者に警告している。ロシア、スウェーデン、イギリスの社会化医療モデルの模倣を提案してきた政治家たちは、最近の出来事から、資本主義医療と同じような病原性、つまり病気になるような治療やケアを、資本主義医療が、平等なアクセスではないとはいえ、非常に効率的に生み出していることがわかり、困惑している。現代医療に対する信頼の危機が迫っているのだ。それを主張するだけでは、自己成就的予言やパニックを助長することになる。
本書は、パニックは適切ではないと主張する。イアトロジェネシスパンデミックに関する思慮深い公開討論は、あらゆる医学的事項の非神秘化を主張することから始まるが、コモンウェルにとって危険なことではない。実際、危険なのは、表面的な医学的大掃除に頼るようになった受動的な大衆である。医学の危機は、素人が医学的認識、分類、意思決定に対する自らの支配権を効果的に取り戻すことを可能にするかもしれない。アエスキュラピア寺院の神聖化は、左派から右派に至るまで、産業社会が現在信奉している現代医学の基本的な宗教的信条を委縮させることにつながる可能性がある。
私の主張は、医師ではなく一般人が、現在のイアトロジェネシス流行を食い止める潜在的な視点と有効な力を持っているということである。本書は、一般読者に対して、進歩がもたらす利益と裏腹の汚い側面を評価するための概念的枠組みを提供するものである。本書では、技術進歩の社会的評価モデルを用いている。このモデルは、私が以前別の場所で説明し、教育2や交通3にも適用したものであり、現在は、高度な工業化のために組織化されたすべての国で蔓延している、医療における専門家の独占と科学主義への批判に適用している。私の考えでは、医療の衛生化は、本書の第4部が扱う社会経済的逆転の一部であり、その一部である。
脚注は本書の性格を反映している。私は、学術界がページ下部のすべての小さな活字を独占してきたことを打破する権利を主張する。いくつかの脚注は、最適に制限された医療に対する私自身の先入観的なパラダイムを推敲し、検証するために使用した情報を記録したものであり、対応するデータを収集した人物の頭の中には必ずしもなかった視点である。時折、専門家である著者が偶発的に提供した目撃談としてのみ出典を引用することがあるが、その一方で、伝聞であり、したがって関連する公的決定に影響を及ぼすべきではないという理由で、著者の言うことを専門家の証言として受け入れることは拒否している。
さらに多くの脚注が読者に、私が部外者として初めて医療というテーマを掘り下げ、医療の有効性を政治的に評価する能力を身につけようとしたときに、ありがたかったであろう文献案内を提供している。これらのノートは、私が何年にもわたり一人で探求を続ける中で、そのありがたさを知った図書館のツールや参考文献を紹介している。また、技術的なモノグラフから小説に至るまで、私にとって役立った読み物もリストアップしている。
最後に、本文に書いてしまうと読者の気が散ってしまうような、私自身の親書的、補足的、余談的な提案や疑問を、脚注で扱った。本書が書かれた医学の素人は、医学が医療に与える影響を評価する能力を身につけなければならない。現代のあらゆる専門家の中で、医師はこの緊急に必要とされる追求のために最高レベルの専門的能力を訓練された人々である。
社会全体のイアトロジェネシス疾患からの回復は、専門家ではなく政治的な課題である。治療の市民的自由と公平な医療を受ける市民的権利のバランスに関する草の根のコンセンサスに基づいていなければならない。過去何世代にもわたり、医療をめぐる医療独占は歯止めなく拡大し、私たちの身体に関する自由を侵害してきた。社会は、何が病気であるか、誰が病気であるか、あるいは病気になる可能性があるか、そしてそのような人々に何をなすべきかを決定する排他的権利を医師に移譲した。今や逸脱は、それが医学的解釈や介入に値するものであり、最終的に正当化される場合にのみ「正当」である。医療システムからほぼ無制限のアウトプットをすべての国民に提供するという社会的コミットメントは、人々が常に自律的に癒しのある生活を送るために必要な環境的・文化的条件を破壊する恐れがある。この傾向を認識し、最終的には逆転させなければならない。
医療の限界とは、専門家による自己制限以外のものでなければならない。私は、医療ギルドが、医療そのものを治すという独自の資格を主張していることが、幻想に基づいていることを証明する。専門職の権力は、今世紀に大学教育を受けたブルジョワジーの他の部門によって制定された、保健医療職への自律的権限の政治的委譲の結果である。医療制度の自己治療が失敗することは避けられない。血なまぐさい暴露によってパニックに陥った国民が、医療生産における専門家への管理強化を支持するように誘導されたとしても、それは病的な医療を激化させるだけである。医療を病人製造企業に変えたのは、人間の生存を生物の性能から技術的操作の結果に変換した工学的努力の激しさそのものであることを、今こそ理解しなければならない。
結局のところ、「健康」とは、個人が自分の内的状態と環境条件に対処する強度を示すために使われる日常的な言葉にすぎない。ホモ・サピエンスにとって「健康」とは、倫理的・政治的行動を修飾する形容詞である。少なくとも部分的には、集団の健康は、政治的行動が環境を整え、すべての人(特に弱い人)の自立、自律、尊厳を促すような状況を作り出すかどうかにかかっている。その結果、健康水準が最適になるのは、環境が個人の自律的で責任ある対処能力を引き出すときである。健康水準が低下するのは、生存が一定以上、生物のホメオスタシスの異律的(他律的)調節に依存するようになったときだけである。その強度が臨界レベルを超えると、制度的な医療は、それが治療、予防、環境工学のいずれの形態をとるにせよ、組織的な健康の否定に等しくなる。
現在の医療が集団の健康に与える脅威は、交通量と交通強度が移動に与える脅威、教育とメディアが学習に与える脅威、都市化が主婦業の能力に与える脅威に類似している。いずれの場合も、制度上の大きな努力が逆効果になっている。時間を浪費する交通渋滞、騒々しく混乱したコミュニケーション、より高度な技術的能力と専門化された一般的無能を養成する教育:これらはすべて、医学がイアトロジェネシス疾患を生み出すのと並行する現象である。いずれの場合も、主要な制度部門が、その部門が創設され、技術的に機器化された特定の目的から社会を遠ざけている。
イアトロジェネシスは、具体的な逆生産性の具体的な医学的現れと見なさない限り、理解することはできない。特定の、あるいは逆説的な逆生産性は、それを生み出すシステムの中に閉じこもったままの不経済に対する、否定的な社会的指標である。それは、ニュース・メディアによってもたらされる混乱や、教育者たちによって助長される無能さ、あるいは、よりパワフルな車によってもたらされる時間損失の尺度である。具体的な反生産性とは、制度的なアウトプットを増大させることによる望ましくない副作用であり、具体的な価値を生み出したシステムの内部にとどまるものである。客観的なフラストレーションに対する社会的な尺度である。この病原性医学の研究は、現段階の産業社会のあらゆる主要部門で観察される反生産性のさまざまな側面を、医療分野で説明するために行われた。同様の分析は他の産業生産分野でも可能であるが、伝統的に敬愛され、自己満足的なサービス業である医療の分野での緊急性は特に大きい。
内蔵されたイアトロジェネシスは、今やあらゆる社会関係に影響を及ぼしている。それは、豊かさによる自由の植民地化が内面化した結果である。豊かな国々では、医療による植民地化が病的なまでに進んでいる。(貧しい国々はすぐにそれに追随している(救急車のサイレンひとつで、チリの町全体のサマリア人の態度が破壊されることもある)。私が「生命の医療化」と呼ぶこのプロセスは、明確な政治的認識に値する。医療は、産業社会の逆転を目指す政治的行動の主要なターゲットになりうる。相互セルフケアの能力を回復し、それを現代技術の応用への依存と組み合わせることを学んだ人々だけが、他の主要な分野でも産業的生産様式を制限する準備ができるだろう。
それは、潜在的な利益を上回る臨床的損害をもたらすこと、社会を不健康にする政治的状況をあいまいにしながらも、それを強化すること、そして、個人が自己を癒し、環境を形成する力を神秘化し、収奪する傾向があることである。現代の医療制度は、こうした許容範囲を超えている。衛生的な方法論と技術を独占する医学と準医学は、個人の成長よりもむしろ産業の強化のために科学的成果を政治的に悪用している顕著な例である。このような医療は、社会にうんざりしている人々に、病気であり、無力であり、技術的な修理が必要なのは自分たちだと信じ込ませるための装置でしかない。私は本書の最初の3部で、これら3つのレベルの病める医療への影響を扱うことにする。
医療技術の成果のバランスシートは第1章で描かれる。多くの人々はすでに医師や病院、製薬業界に対して不安を抱いており、その不安を立証するためのデータが必要なだけである。医師たちはすでに、現在一般的となっている多くの治療法を正式に違法とするよう要求することで、自分たちの信頼性を高める必要性を感じている。専門家が必須と考えるようになった医療行為の制限は、多くの場合、政治家の大多数には受け入れられないほど急進的なものである。高コストでリスクの高い医療が有効でないことは、現在広く議論されている事実であり、そこから出発したのであって、重要な問題ではない。
第2部では、医療の社会的組織が直接的に健康を否定する影響を扱い、第3部では、医療イデオロギーが個人の体力に与える無力化の影響を扱う。3つの個別の見出しのもと、痛み、障害、死が個人的な課題から技術的な問題へと変容していく様子を述べる。
第4部では、健康を否定する医療を、過剰産業化文明の反生産性の典型として解釈し、戦術的には有用な救済策を構成するが、戦略的にはすべて無益である5つのタイプの政治的対応を分析する。本書は、人が環境に関係し適応する2つの様式、すなわち自律的な(すなわち自治的な)対処と、非自律的な(すなわち管理された)維持・管理を区別する。本書は、健康の専門家による管理を制限することを目的とした政治的プログラムのみが、人々が健康管理のための力を回復することを可能にすること、そしてそのようなプログラムは、産業的生産様式に対する社会全体の批判と抑制と一体であることを実証することで結ばれている。
- 1 Tools for Conviviality (London:Calder & Boyars, 1973).
- 2 Deschooling Society, Ruth N. Anshen, ed. (London:Calder & Boyars, 1971).
- 3 Energy and Equity (London:Calder & Boyars, 1974).
医療権力の起源:救済から管理へ――イリイチの「イアトロジェネシス三層論」が暴く現代健康システムの病理 AI考察
by Claude Sonnet 4.5
医療はいつから「健康を生産する産業」になったのか
医療が社会に対して行使する権力とは何か。イヴァン・イリイチの『脱病院化社会』は、この根本的な問いに対して、通常の医療批判とは全く異なる次元から挑みかかる。本書が1975年に刊行された当時、医療の問題は主に「費用」「アクセス」「質」といった技術的・経済的枠組みで議論されていた。しかしイリイチは、これらすべてを表層的な症状と見なし、その根底に横たわる構造的病理を「イアトロジェネシス」という概念で暴き出す。
イアトロジェネシスとは、ギリシャ語の「医師(iatros)」と「起源(genesis)」を組み合わせた造語で、「医原病」と訳される。だが本書におけるイアトロジェネシスは、単なる医療過誤や薬害を指すのではない。それは「臨床的」「社会的」「文化的」という三つの層で展開される、医療システムそのものが生み出す病理の総体である。
この三層構造を理解することが、本書を読み解く鍵となる。臨床的イアトロジェネシスは、医療行為そのものが直接的に引き起こす身体的損傷である。社会的イアトロジェネシスは、医療制度が社会組織全体を「病者製造装置」へと変質させるプロセスを指す。そして文化的イアトロジェネシスは、医療が人間の「苦しむ能力」そのものを奪い去る現象を意味する。
この三層が相互に強化し合うとき、医療は単なる治療技術ではなく、人間存在の自律性を剥奪する「制度的ネメシス」へと転化する。イリイチはこの転化のプロセスを、中世から現代に至る死のイメージの変遷、疼痛の医療化、疾病概念の発明といった具体的な歴史分析を通じて描き出す。彼の診断によれば、現代医療は「健康」を守るどころか、人々を終身的な患者として囲い込み、生老病死という人間的営みを技術的問題へと還元することで、かえって社会全体の健康を蝕んでいる。
本稿では、イリイチの三層構造分析を軸に、医療権力がいかにして形成され、いかにして人間の自律性を侵食するかを検討する。そしてこの分析が、現代日本の医療システムが直面する問題――過剰診断、終末期医療の延命至上主義、予防医学の拡大による健常者の患者化――を理解するための批判的視座を提供することを示したい。
臨床的イアトロジェネシス:治療が病を生む逆説
イリイチの分析は、まず最も目に見えやすい層から始まる。臨床的イアトロジェネシスとは、医療行為そのものが直接的に引き起こす身体的・精神的損傷である。これには三つのカテゴリーがある。一つ目は医師の過失や無能による明白な医療過誤。二つ目は、医学的に正当とされる処置が持つ副作用や合併症。三つ目は、患者を無力化し依存させる医療システムの構造的暴力である。
本書が提示するデータは衝撃的だ。1971年のアメリカでは入院患者の7%が「補償に値する損傷」を被り、そのうち1/30が死に至った。大学病院では入院患者の20%が医原性の疾患を獲得し、その半数は薬物療法の結果だった。診断手技そのものが10%の患者に医原性疾患をもたらしていた。イリイチはこれを「医師が患者に与える損傷は、他のどの産業事故よりも高い」と断じる。
だがイリイチが問題視するのは、単なる事故率の高さではない。彼が指摘するのは、医療行為の「有効性」そのものが神話に過ぎないという事実である。過去3世代における疾病パターンの劇的変化――ポリオ、ジフテリア、結核の消滅、老齢疾患の増加――は、医療介入の成果として語られる。しかし疫学的証拠は、これらの変化が医療の進歩とは無関係であることを示している。
結核を例にとろう。ニューヨークでは1812年に死亡率が10,000人あたり700を超えていたが、1882年にコッホが結核菌を発見した時点で既に370に低下していた。最初のサナトリウムが開設された1910年には180まで下がっていた。抗生物質が普及する以前に、結核は既に主要な死因ではなくなっていたのだ。猩紅熱、ジフテリア、百日咳、麻疹による15歳以下の児童死亡率は、抗生物質とワクチンの普及以前に90%減少していた。
では何が健康状態を改善したのか。イリイチの答えは明確だ。栄養状態の向上、住環境の改善、水道と下水道の整備、石鹸と清潔法の普及――つまり、医師の処方箋を必要としない社会的・環境的変化である。医療の「功績」とされるものの大半は、実は医療外的要因の成果なのだ。
この歴史的分析から導かれる結論は重い。現代医療の膨大な費用と技術投入は、人々の健康水準にほとんど寄与していない。それどころか、有害である可能性が高い。イリイチは「医療サービスの圧倒的多数は、その効果が疑わしいか、あるいは明らかに有害である」と断言する。
しかし臨床的イアトロジェネシスの真の問題は、個々の医療過誤や無効な治療を超えたところにある。それは医療システムが「自己強化的なネメシス・ループ」を形成する点にある。医療介入が新たな疾病を生み出し、その疾病がさらなる医療介入を正当化する。薬物療法の副作用が新たな薬物を必要とし、診断手技そのものが新たな疾患カテゴリーを発見し、予防医療が健康な人々を「リスク保有者」として患者化する。このループは臨床的レベルに留まらず、社会構造そのものを変容させていく。
社会的イアトロジェネシス:病者役割の普遍化と管理社会の到来
イリイチの分析は、臨床の領域を超えて社会構造へと向かう。社会的イアトロジェネシスとは、医療の社会組織が、社会全体を「病原的」な構造へと変質させる過程を指す。ここで問題となるのは、個々の医療行為ではなく、医療が社会に及ぼす権力効果である。
この権力の核心にあるのは「診断の独占」である。現代社会において、誰が病んでおり、誰が健康であるかを決定する権限は、医療専門職が排他的に掌握している。病気休暇、障害年金、兵役免除、精神病院への収容、運転免許の可否――これらすべての判断において、医師の診断書が絶対的な権威を持つ。かつて法律家、聖職者、軍人がそれぞれの領域で逸脱者を分類したように、今日では医師がすべての逸脱を「医学的診断名」によって分類し、統制する。
この診断権力の特異性は、それが「価値中立的な科学」という装いの下で行使される点にある。法的判決は明らかに価値判断であり、宗教的裁きは信仰に基づく。しかし医学的診断は、生物学的事実の客観的記述として提示される。だがイリイチはこの「客観性」を徹底的に脱構築する。病気の定義は常に社会的・政治的に構築されたものであり、医学は表面上の科学性の下で道徳的・政治的機能を果たしているのだ。
この権力の拡大は、三つの方向で進行する。第一に「予防医学の膨張」である。かつて医療は病んだ者を治すことに限定されていた。しかし現代では「リスク」という概念を通じて、健康な人々もまた医療的監視の対象となる。血圧測定、コレステロール値、遺伝子検査――これらの検査技術は、誰もが潜在的患者であるという前提の下で、生涯にわたる医療介入を正当化する。予防という名目で、健康な人々が薬物療法の対象とされる。
第二に「病気カテゴリーの増殖」である。イリイチは、疾病分類が単なる自然の発見ではなく、社会的発明であることを示す。「多動性障害」「学習障害」「社会不安障害」――これらの診断名は、かつては個性や性格の範疇にあった行動パターンを、医療介入を要する「障害」へと再定義する。DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)の版を重ねるごとに診断カテゴリーが増殖していく現象は、医療権力の拡張を象徴している。
第三に「終身的患者化」である。高齢者、慢性疾患患者、障害者――これらの人々は、かつては家族や地域共同体の中で暮らしていた。しかし医療化された社会では、彼らは専門的ケアを要する「患者」として、施設や在宅医療サービスへと囲い込まれる。老いることそのものが「治療を要する状態」と見なされ、終末期は「集中治療室での延命」というプロトコルに従属させられる。
この社会的イアトロジェネシスが生み出すのは「治療的文化」である。イリイチによれば、治療的文化とは、人生のあらゆる困難――貧困、失業、教育の失敗、犯罪、精神的苦痛――を個人の「治療を要する問題」として再定義する文化である。この文化においては、社会的・政治的問題が個人の病理へと還元され、構造的変革の要求は治療的介入への依存へと転化する。
この転化の政治的帰結は重大である。人々は自らの苦境を、不正な社会構造の産物ではなく、自己の「健康問題」として経験するよう訓練される。労働条件の過酷さは「ストレス管理」の問題となり、貧困は「健康格差」の問題となり、政治的無力感は「抑うつ」の問題となる。こうして医療は、既存の権力構造を維持する装置として機能する。病んだ社会を健康な社会へと変革するのではなく、病んだ社会に適応できない個人を「治療」することで、システムの安定を図るのだ。
さらにイリイチは、医療予算の膨張が「逆進的な富の移転」をもたらすことを指摘する。医療費の大部分は、少数の重症患者の高度医療に費やされる。この高度医療へのアクセスは、富裕層や権力者に偏る。結果として、貧困層が納めた税金が、富裕層の延命治療に使われるという逆説が生じる。これは単なる不平等ではなく、医療制度を通じた構造的搾取である。
疼痛の医療化:苦しむ能力の収奪
文化的イアトロジェネシスは、イリイチの分析の中で最も深遠かつ論争的な層である。ここで問題となるのは、医療が個々の患者に及ぼす直接的影響でも、医療制度が社会構造に及ぼす影響でもない。それは医療文明が、人間の「苦しむ能力」そのものを破壊する過程である。
イリイチにとって、健康とは単に「病気がない状態」ではない。それは「自律的に対処する能力」、すなわち痛み、障害、老い、死といった避けがたい現実に、自らの文化的資源を用いて意味を与え、耐え、統合していく能力である。この能力は生得的ではなく、文化によって育まれる。各文化は、苦痛に名前を与え、病を解釈する物語を提供し、死を儀礼化する方法を通じて、人々が人間的に苦しむための枠組みを提供してきた。
しかし医療化された社会では、この文化的能力が系統的に破壊される。イリイチは「疼痛の殺害」という過激な表現を用いて、この過程を描く。痛みは、単なる神経刺激ではなく、常に文化的に形作られた経験である。同じ神経刺激でも、それをどう経験し、どう表現し、どう意味づけるかは、文化によって全く異なる。ある文化では勇敢さの証として耐えられる痛みが、別の文化では医療介入を要する苦痛と見なされる。
伝統的文化は、痛みを人間存在の不可避な一部として統合するための豊かな語彙と実践を持っていた。イリイチが引用する中世やルネサンスの例では、痛みには数十もの異なる名称があり、それぞれが異なる対処法と意味を持っていた。痛みは悪魔の仕業かもしれず、神の試練かもしれず、罪の報いかもしれず、魂の浄化かもしれなかった。この多様な解釈の枠組みが、人々に痛みを「耐える」のではなく「生きる」手段を与えていた。
だが医療化は、この豊かな語彙を「痛み(pain)」という単一の生物医学的カテゴリーへと還元する。痛みは神経系の誤作動であり、治療によって「除去されるべき」対象となる。この還元は一見、人間に優しいように見える。なぜ不必要に苦しまねばならないのか。科学が苦痛を軽減できるなら、それは歓迎すべきではないか。
しかしイリイチの洞察は、ここから始まる。痛みの医療化は、痛みそのものを消すのではなく、痛みを「苦しむ能力」から切り離す。麻酔によって意識を失わせること、向精神薬によって感情を鈍麻させること、終末期鎮静によって死の過程から意識を切断すること――これらはすべて、人間が自らの経験の主体であることを奪う。痛みを感じることは、生きていることの証であり、自己と世界との関係を知覚する手段である。この知覚が薬理学的に遮断されるとき、人は自己の身体から疎外される。
さらに重大なのは、痛みの除去が新たな、より耐え難い苦痛を生み出すという逆説である。イリイチが引用する広島の被爆生存者の事例は象徴的だ。爆心地近くで奇跡的に生き延びた人々の多くは、当時の記憶に「感覚の麻痺」を報告した。周囲の人々が死んでいく中で、彼らは何も感じなかった。この麻痺こそが、その後何十年も続く罪悪感と心的外傷の源泉となった。痛みを感じなかったこと自体が、最も深い痛みとなったのだ。
この洞察は現代医療の核心を突く。集中治療室で意識を失った状態で延命される患者、向精神薬によって感情を平板化された精神病患者、終末期鎮静によって死の過程から排除された末期癌患者――彼らは痛みから「解放」されたのではなく、痛みを経験する主体性を奪われたのである。イリイチはこれを「人工的無痛の恐怖」と呼ぶ。それは苦痛の不在ではなく、苦しむことすらできない存在へと縮減されることの恐怖である。
文化的イアトロジェネシスの第二の側面は「死の収奪」である。イリイチは死のイメージの歴史的変遷を詳細に追う。15世紀の「死の舞踏」では、死は各人が鏡像として抱える自己の一部だった。16世紀には死は独立した力、骸骨の男として現れた。18世紀には「自然死」という観念が登場し、健康で老いた状態で死ぬことが理想化された。だが20世紀に至り、死は「医療的に管理される出来事」へと変質した。
この変質の帰結は、死の「場所」の変化に表れる。かつて人は家で、家族に囲まれて、自らの意志で死の受容を決めた。イリイチが描く中世の死には、明確な「段階」があった。死にゆく者は、死が近いことを悟り、家族を呼び集め、財産を分配し、許しを請い、祈りを受け、そして静かに息を引き取った。これは個人の自律的な行為だった。
だが現代では、死は病院で、医師の管理下で、機械に繋がれた状態で訪れる。アメリカでは1950年から1975年の間に、病院死の割合が33%増加した。死は個人の行為ではなく、「治療の失敗」という医療的出来事となった。人は「死ぬ」のではなく、「脳死状態に陥る」「心肺停止する」「蘇生術に反応しなくなる」。死の決定権は、本人から医師へと移譲された。
この収奪の政治的意味は深刻である。イリイチによれば、死をどう迎えるかは、その社会における自律性の最終的な試金石である。自らの死をコントロールできない社会では、生もまたコントロールできない。終末期医療の延命至上主義は、単なる医療技術の問題ではなく、個人の自己決定権を制度的に剥奪する権力装置なのだ。
制度的ネメシス:産業文明の自己破壊的構造
イリイチの分析は、医療に固有の問題を超えて、産業文明全体の構造的病理へと拡張される。彼が「制度的ネメシス」と呼ぶ現象は、医療だけでなく、教育、交通、住宅、エネルギーなど、すべての制度化された生産様式に共通する逆説的帰結である。
ネメシスとは、ギリシャ神話における「神の復讐」を意味する。英雄プロメテウスが火を盗んだ報いとして、コーカサスの岩に縛られ、永遠に肝臓を鷲についばまれる刑罰を受けた。この神話において、ネメシスは「人間の限界を超える傲慢(ヒュブリス)」に対する必然的な報復だった。だが古代においては、この限界超越を試みるのは一握りの英雄だけであり、普通の人々は神話が設定する境界の内側で安全に暮らすことができた。
しかし産業文明においては、ヒュブリスが普遍化した。経済成長、技術進歩、生活水準の向上――これらはもはや一部のエリートの野心ではなく、すべての市民の当然の権利と見なされる。そして制度的ネメシスもまた普遍化した。もはやそれは神話上の英雄の個人的悲劇ではなく、産業社会全体を蝕む構造的自己破壊である。
イリイチはこのネメシスを「特殊的逆生産性(specific counterproductivity)」という概念で定式化する。ある制度的生産が一定の閾値を超えると、その制度はもともと提供すると約束していたものを、逆に奪い始める。教育システムは一定規模を超えると学習を阻害し、交通システムは一定速度を超えると移動を非効率化し、医療システムは一定強度を超えると健康を破壊する。これは単なる「収穫逓減」や「外部不経済」ではない。それは制度の本質的機能そのものが反転する現象である。
医療における特殊的逆生産性は、三つの次元で顕在化する。第一に「治療の逆転」――医療介入が病気を治すのではなく、新たな病気を生み出す。第二に「アクセスの逆転」――医療システムの拡大が、自己治癒力を破壊し、医療なしでは生きられない人々を大量生産する。第三に「意味の逆転」――苦しむこと、老いること、死ぬことの人間的意味が剥奪され、それらが単なる技術的不全として経験される。
この逆生産性は、個々の医師や政策の失敗によるものではない。それは産業的生産様式そのものに内在する構造である。イリイチによれば、いかなる財やサービスも、工業的に生産される割合が一定の閾値を超えると、自律的な使用価値の生産を麻痺させる。人々は学校で教えられることを学習するが、自力で学ぶ能力を失う。自動車で速く移動できるが、自分の足で歩く自由を失う。医師に健康を管理してもらうが、自分で健康を守る能力を失う。
この構造が生み出すのは「近代化された貧困」である。伝統的貧困は物質的欠乏を意味したが、近代的貧困は「専門的サービスへの依存」を意味する。貧しい農民は医者なしで生きられたが、豊かな都市住民は医者なしでは生きられない。前者は物質的に貧しいが自律的であり、後者は物質的に豊かだが依存的である。そしてイリイチにとって、後者の方がより深刻な貧困なのだ。
この洞察は日本の文脈で特に鋭い。戦後日本は、欧米型医療システムを急速に導入し、国民皆保険制度によって「平等な医療アクセス」を実現した。これは疑いなく重要な社会的達成だった。しかし同時に、それは伝統的な養生法、民間療法、家庭内ケアの体系を急速に解体した。祖母の知恵、漢方の経験知、地域の相互扶助――これらは「非科学的」として周縁化され、すべての健康問題が医療システムへと吸い上げられた。
その結果、日本は世界最高水準の医療技術と医療アクセスを持ちながら、同時に世界最高水準の医療依存社会となった。高齢者は平均で複数の慢性疾患の診断を受け、複数の医療機関を受診し、大量の薬剤を服用する。終末期医療費は医療費全体の相当部分を占め、その大半は最後の数ヶ月の延命治療に費やされる。そして多くの人々が、医療介入なしでは一日も生きられないという確信を内面化している。
イリイチならば、これを成功ではなく失敗と見るだろう。健康の目標は「より多くの医療を、より多くの人に」ではなく、「医療を必要としない生活を、すべての人に」であるべきだからだ。
病院の誕生:隔離から展示へ、そして実験室へ
イリイチの歴史分析は、医療権力の形成過程を、特に「病院」という制度の変容を通じて描き出す。この分析は、フーコーの『臨床医学の誕生』と共鳴しながらも、独自の視点を提供する。
中世から近世にかけて、病院は「治療の場」ではなかった。それは巡礼者、浮浪者、貧困者、病者を一時的に収容する慈善施設だった。そこでは外科的切断が廊下で行われ、あらゆる年齢・性別・疾患の人々が雑居していた。医師は時折慈善訪問をしたが、病院の主要機能は治療ではなく、社会の周縁に追いやられた人々への最低限の庇護だった。18世紀まで、病院への入院は事実上の死刑宣告に等しかった。
この状況が劇的に変化するのは、18世紀末から19世紀初頭、フランス革命の前後である。イリイチが描くように、この時期に二つの重要な転換が起こった。第一に、病院が「臨床の場」として再組織化された。疾病が分類学的に整理され、病院は「疾病博物館」として、同じ病気を持つ患者を集積し、医学生に展示する空間となった。第二に、死体解剖が合法化され、病院は「病理解剖学の実験室」として、生きた病体と死んだ病体を対照する研究施設となった。
この転換の意味は深遠である。それ以前、病人は「病んでいる人」、つまり固有の人格と歴史を持つ個人だった。しかし臨床的まなざしの下では、病人は「ケース」、すなわち疾病カテゴリーの具体例へと還元される。医師は「この人」を診るのではなく、「この症例」を観察する。患者の主観的苦痛は、客観的に測定可能な「症状」へと翻訳されなければならない。
この客観化は、一面では医学の科学化を可能にした。系統的な臨床観察と病理解剖学の照合によって、疾病の自然史が解明され、診断の精度が向上した。だがそれは同時に、患者の「非人格化」でもあった。病院は、人が病む場所から、病気が観察される場所へと変質した。
19世紀後半、この非人格化はさらに進行する。病院は治療の場、そして最終的には「生産施設」へと転化した。細菌学の発展、麻酔法の確立、無菌手術の導入により、病院は初めて「治る場所」となった。だがこの治療可能性の増大は、医療権力の増大と表裏一体だった。治療が可能である以上、治療を受けることは義務となる。病院への入院は、慈善の受容から、社会的責任の履行へと意味を変えた。
20世紀に入ると、病院は「健康生産のための資本集約的工場」となる。イリイチが強調するのは、この工場化が単なる規模の拡大ではなく、質的転換だという点である。病院は疾病を治すための施設から、健康を「製造」すると称する施設へと変わった。そしてこの製造は、ますます高価で、ますます技術集約的で、ますます非人格的なものとなった。
現代の病院における死は、この転換の極限を示す。イリイチが詳述するように、人は「死ぬ」のではなく、「維持不能になる」。心拍は人工ペースメーカーで、呼吸は人工呼吸器で、栄養は経管栄養で、感染は抗生物質で、それぞれ管理される。そして「脳死」という新しい死の定義が、この管理の限界を画定する。死は、本人の意識的経験ではなく、機械の測定値によって宣告される。
この歴史的変遷が示すのは、医療権力が段階的に拡大し、ついには「生の全体」を管轄するに至ったという事実である。かつて医師は病者だけを扱った。今日、医師は胎児から死体まで、健康な者から末期患者まで、身体から心理まで、すべてを管轄する。この全面的管轄の確立こそが、制度的ネメシスの条件なのだ。
自然死という神話:ブルジョワ階級による死の私有化
イリイチの最も挑発的な議論の一つは、「自然死」という観念そのものが歴史的に構築されたイデオロギーだという主張である。私たちは「自然死」を、老衰による穏やかな死として、暴力や事故による死と対比して理解する。だがイリイチによれば、この対比自体が18世紀ブルジョワジーによって発明されたものなのだ。
中世において、死は「神の召命」だった。それは自然現象ではなく、神学的出来事だった。人は若かろうと老いていようと、健康であろうと病んでいようと、神の意志によって死んだ。したがって「良い死」とは、年齢や健康状態ではなく、死への霊的準備の程度によって判断された。『アルス・モリエンディ(往生術)』のような指南書が15世紀に大量に出版されたのは、まさに死が技法を要する実践と見なされたからである。
17世紀のデカルト的転回が、この状況を変える。身体が機械として概念化されたとき、死は「機械の故障」として理解可能になった。パラケルススは「人間は自然によって定められた寿命を持つ」と述べた。死はもはや神の介入ではなく、自然法則の帰結となった。そしてこの自然化は、死を医学的管理の対象へと開いた。
だが「自然死」が真に特権化されるのは、18世紀末のブルジョワ階級の台頭とともにである。イリイチが鋭く観察するように、この階級にとって「自然死」とは、老齢まで現役で働き、机に向かったまま息を引き取ることを意味した。これは明らかに階級特有の理想だった。農民は畑仕事の最中に倒れることを恐れたし、貴族は寝室で大往生することを望んだ。だが新興ブルジョワジーは、資本蓄積の途上で死ぬことを忌避した。彼らは「一度だけもう一度、資本が倍増するのを見届ける」ために、医師を雇って延命を図った。
この延命願望が、医療の新たな市場を創出した。17世紀まで、王侯貴族だけが専属医師を持った。しかしその目的は延命ではなく、毒殺の予防と定期的な瀉血・浣腸だった。これに対し、18世紀の「健康老人」を自称するブルジョワは、医師に「自然死まで生きる」ことを期待した。そして医師は、この期待に応えると称して、新たな職業的権威を確立した。
イリイチはここに、医療市場の本質的構造を見る。「自然死」という理想は、達成不可能であるがゆえに、無限の需要を生み出す。なぜなら、何が「自然な」老衰で、何が「異常な」疾患かを判定する権限は、医師が独占するからだ。そして医師は常に、もう少し治療すれば「自然死」に近づけると約束する。この約束は決して完全には果たされず、したがって需要は決して満たされない。
この構造は、19世紀を通じて他の階級へと拡散した。労働組合運動は「ブルジョワと同じ死の権利」を要求した。退職後の医療保障、終末期医療へのアクセス、尊厳ある死――これらはすべて、もともとはブルジョワ特権だった「自然死」の民主化要求だった。だが社会民主主義によるこの民主化は、逆説的にも、すべての階級を医療依存へと巻き込む結果となった。
現代において「自然死」は、最も非自然的で、最も技術媒介的な死となった。集中治療室で、複数の機械に接続され、複数の専門医によって管理され、延命治療の中止をめぐる倫理委員会の判断を待つ――これが今日の「自然死」である。イリイチはこの倒錯を、制度的ネメシスの完成形と見る。人々は「自然に」死ぬ権利を求めて医療システムに依存し、その結果、最も非人間的な死を強いられる。
この分析は日本において特に重要である。日本の終末期医療は、世界でも類を見ないほど延命措置が常態化している。胃瘻造設、気管切開、人工栄養、抗生物質投与――これらはしばしば、本人の意思確認なしに、「標準的医療」として実施される。その結果、多くの高齢者が、意識のない状態で数ヶ月から数年を「生かされる」。これは「自然死」の理想の実現ではなく、その完全な否定である。しかしまさにこの否定が、「自然死」という理念の名の下で正当化されるのだ。
疾病の発明:診断権力と病者役割の拡張
イリイチの分析で最も社会学的に洗練されているのは、疾病カテゴリーの社会的構築に関する議論である。彼はここで、病気が単に「発見される」のではなく、特定の社会的・経済的・政治的文脈において「発明される」ことを示す。
この議論の出発点は、疾病分類学の歴史である。古代ギリシャの医学は、疾病を独立した実体としては扱わなかった。病いは身体の「不均衡」であり、個人ごとに異なる体質と環境の相互作用だった。したがって診断は、普遍的カテゴリーへの分類ではなく、個別的状況の評価だった。
この状況が変わるのは、デカルト以降である。身体が機械として概念化されたとき、病気は「機械的故障のタイプ」として分類可能になった。そして臨床医学の発展により、この分類は客観的観察に基づく科学的営みと見なされるようになった。
だがイリイチが暴くのは、この「客観性」の虚構である。彼が引用する研究によれば、同じX線写真を同じ放射線科医に異なる機会に見せると、判定が20%変わる。同じ患者を異なる医師が診察すると、「咳」「喀痰」「腹痛」といった基本的症状の有無について、報告が2~3倍も変動する。臨床検査の結果も、同じサンプルを異なる検査室で測定すると、4分の1のケースで深刻な不一致が生じる。
この変動性が示すのは、診断が単純な「発見」ではないということだ。それは複雑な「解釈」であり、その解釈は医師の訓練、医療機関の文化、そして広く社会的期待によって形成される。そしてこの解釈の柔軟性が、医療権力の拡張を可能にする。
イリイチが特に注目するのは、診断の「バイアス」である。医師は、病気を見逃すよりも、病気を「発見」する方向に偏る傾向がある。1934年の古典的実験では、1000人の11歳児を扁桃腺除去の適応について検査した。61%が既に手術済みだった。残る39%のうち、第一次検査で45%が手術適応と判定された。その残りを再検査すると、さらに46%が適応と判定された。さらにその残りを検査すると、またしても同様の割合が適応とされた。最終的に、三回の検査を経ても手術不要とされたのは、わずか65人だった。
この実験が示すのは、医師が「健康」よりも「疾病」を見出すよう訓練されているということだ。これは経済的動機だけでは説明できない(この実験は無料診療所で行われた)。それは医療職の「職業的使命」に内在するバイアスである。医師は「何かをする」ように訓練され、「何もしない」ことを正当化するのは困難である。その結果、グレーゾーンのケースは系統的に「治療必要」側に判定される。
この診断バイアスと相まって、疾病カテゴリー自体が歴史的に増殖してきた。イリイチが指摘するように、19世紀初頭の医学は数十の疾患を認識していたが、現代の国際疾病分類(ICD)は数万の診断コードを含む。この増殖は単なる医学知識の進歩ではない。それは、人間行動と身体状態のますます広い範囲が、医学的介入の対象として再定義されてきた過程を反映する。
「多動性障害」の事例は象徴的である。1960年代まで、教室で落ち着きのない子どもは単に「やんちゃ」と見なされた。1970年代に「微細脳機能障害」という診断が登場し、1980年代に「注意欠陥多動性障害(ADHD)」として確立された。今日、アメリカでは学齢児の10%以上がこの診断を受け、覚醒剤系の薬物を処方されている。この疾患は「発見」されたのか、それとも「発明」されたのか。
イリイチの答えは明確だ。ADHDは発明された。それは特定の社会的文脈――標準化された学校教育、核家族化、両親の長時間労働――において、標準から逸脱する行動を医療問題として再定義することで生じた。そしてこの再定義は、製薬会社、精神医学界、教育システム、そして「問題児」の親という、複数の利害関係者の連携によって推進された。
日本では、この構造が特に「メタボリックシンドローム」の事例に表れている。2008年の特定健診制度導入により、腹囲と血液検査値の組み合わせで「メタボ」が定義され、該当者は「特定保健指導」の対象とされた。この基準により、40~74歳の約半数が何らかの介入対象となった。だがこの基準に医学的根拠があるのか。腹囲の基準値(男性85cm、女性90cm)は、大規模な疫学研究に基づくというより、行政的便宜によって設定された。そしてこの「診断」により、数千万人が新たに「病人」となり、医療・保健産業の市場が劇的に拡大した。
イリイチならば、これを疾病の産業的生産と呼ぶだろう。資本主義経済が常に新しい商品を必要とするように、医療産業は常に新しい疾患を必要とする。そして診断権力の独占により、医療専門職は文字通り、疾患を「製造」する権限を持つのだ。
予防医学の罠:リスク社会における全面的患者化
イリイチの分析が現代において最も予言的だったのは、予防医学批判においてである。1975年の時点で、彼は予防医学の拡大が、最終的にすべての市民を終身患者へと転化させると警告した。今日、この予言は現実となっている。
予防医学の論理は一見、自明で善意に満ちている。病気になってから治療するより、病気を予防する方が、個人にとっても社会にとっても望ましい。だがイリイチは、この論理に潜む権力装置を暴く。予防医学は、疾病の定義を「現在の病理」から「将来のリスク」へと拡張する。そしてこの拡張により、すべての人が潜在的患者となる。
「リスク」という概念が鍵である。統計的リスクは、集団レベルの確率である。「高血圧の人は心血管疾患のリスクが2倍」という言明は、統計的には意味を持つ。しかし個人に適用されたとき、それは根本的に異なる意味を持つ。私の血圧が高いという事実は、私が心筋梗塞で死ぬという予測ではない。それは単に、私が高血圧者の集団に属するということだ。だがリスク言説は、この統計的事実を個人の「運命」へと転換する。
この転換により、医療介入の正当性が逆転する。従来、医療介入は症状の存在によって正当化された。私が苦しんでいるから治療を求める。だがリスクベースの医学では、症状の不在が介入を正当化する。私は何も苦しんでいないが、リスクを持つがゆえに治療される。イリイチが「予防的烙印(preventive stigma)」と呼ぶのは、まさにこの状況である。
高血圧の事例は典型的である。20世紀初頭、血圧の「正常値」は年齢+100と考えられていた。1950年代に140/90という基準が設定された。その後、この基準は段階的に引き下げられ、現在では130/80が推奨される。この基準変更により、数千万人が「高血圧患者」となり、降圧薬の対象とされた。だが軽度高血圧に対する薬物療法の有効性は、実は極めて限定的である。大規模臨床試験によれば、軽度高血圧者1000人を5年間治療して、心血管イベントを予防できるのは数人程度である。つまり、大多数の人は何の利益も得ないまま、副作用のリスクと医療費負担を強いられる。
さらに問題なのは、この介入が終生続くことである。高血圧は「治る」病気ではなく、「管理される」状態である。一度診断されれば、その人は生涯にわたり患者役割を引き受けることになる。定期的な受診、血圧測定、薬剤服用、そして自己の身体への不断の監視――これらが日常の一部となる。
イリイチが警告したのは、この構造がすべてのリスク因子に拡張されるということだった。コレステロール、血糖値、骨密度、前立腺特異抗原(PSA)、乳癌の遺伝子変異――それぞれの「異常値」や「リスク」が、新たな患者集団を創出する。そして遺伝子検査技術の発展により、この論理は究極の形態に到達する。遺伝的リスクを持つというだけで、まだ何の症状もない人が、予防的治療(乳房切除、大腸切除など)の対象とされる。
日本における特定健診・特定保健指導は、この構造の制度化である。40歳以上のすべての被保険者が健診を受け、リスク保有者は階層化され、「動機付け支援」や「積極的支援」の対象とされる。この制度により、働く世代の大半が、何らかのリスクカテゴリーに割り振られ、生活習慣の「指導」を受ける。ここには明白な権力関係がある。国家が、保険者を通じて、市民の身体と生活習慣を管理する権限を行使するのだ。
イリイチの視点から見れば、これは健康増進ではなく健康の収奪である。人々は自分の身体感覚に基づいて健康を判断する能力を奪われ、検査数値に依存するよう訓練される。「自分は健康だ」という主観的確信は、「あなたはリスクを持つ」という専門家の判定によって無効化される。そして人々は、専門家が定義する健康規範に、自己を絶え間なく適合させることを要求される。
この適合の要求は、単なる医学的勧告に留まらない。それは道徳的規範となる。「健康的な生活習慣」を守ることは義務となり、その違反は非難の対象となる。肥満、喫煙、運動不足――これらは個人の選択ではなく、社会的逸脱と見なされる。そして医療費抑制の論理がこれに加わるとき、「不健康な生活習慣」を持つ者は、社会に負担をかける寄生者として非難される。
イリイチはこの道徳化を、文化的イアトロジェネシスの核心と見る。人間の多様性、脆弱性、有限性が、道徳的欠陥として扱われる社会では、誰もが罪悪感と不安の中で生きることになる。そして皮肉なことに、この不安こそが最大の健康リスクとなる。
脱専門職化への道:イリイチの構想とその困難
イリイチの診断が正しいとして、処方箋は何か。彼の提案は「脱専門職化(deprofessionalization)」という概念に集約される。だがこの提案は、しばしば誤解される。それは医療の廃止ではなく、医療権力の制限である。イリイチは無政府主義者ではなく(あるいは、特定の意味では無政府主義者だが)、原始主義者ではない。彼は技術そのものを否定しない。彼が批判するのは、技術が専門職の独占下に置かれ、人々の自律を侵食する制度的配置である。
イリイチの構想は、三つの原則に基づく。第一に「技術へのアクセスの平等」。有効な医療技術は、専門家を介さずに、市民が直接アクセスできるべきである。イリイチによれば、真に有効な医療介入の大半は、驚くほど単純で安価である。基本的な衛生措置、予防接種、抗生物質、簡単な外科処置、鎮痛薬――これらは高度な専門知識を要しない。したがって、これらの技術と知識を広く共有し、人々が相互に、あるいは自己に対して適用できるようにすべきである。
第二に「専門職特権の制限」。医師の診断と処方を法的に独占的なものとする免許制度を、根本的に見直すべきである。イリイチは医師資格そのものの廃止を提唱するわけではないが、医師でなければできない行為の範囲を、厳密に限定すべきだと主張する。診断の権威、薬剤へのアクセス、医療記録の所有権――これらを専門職から市民へと移譲することが必要である。
第三に「医療予算の制限と再配分」。社会が医療に投入する資源の総量には、健康に対して逆効果となる閾値がある。この閾値を超えた医療支出は、削減されるべきである。そして節約された資源は、医療ではなく、健康を支える社会的条件――住環境、労働条件、食料生産、地域共同体――へと再投資されるべきである。
これらの原則は、一見すると急進的で非現実的に思える。だがイリイチは、それらが実は既に部分的に実現されている例を挙げる。1970年代の中国における「赤脚医生(barefoot doctor)」制度は、まさに技術の脱専門職化の試みだった。基礎的な医療訓練を受けた農民が、農作業と医療の両方を担い、村落レベルで基本的な健康管理を行った。この制度は、低コストで広範な人口カバーを実現し、中国の乳児死亡率と平均寿命を劇的に改善した。
西洋においても、1970年代にはセルフケア運動、女性健康運動、コミュニティ・クリニック運動など、医療の脱専門職化を目指す実践が広がった。『Our Bodies, Ourselves(私たちの身体、私たち自身)』のような書籍は、医学知識を平易な言葉で女性に伝え、婦人科診療における権力関係を問い直した。
だがこれらの運動は、1980年代以降、大きく後退した。中国では赤脚医生制度は廃止され、西洋型の病院中心医療が拡大した。西洋では新自由主義的医療改革により、医療はますます市場化・企業化され、専門職権力は維持されたまま、営利企業の論理が加わった。
なぜ脱専門職化は挫折したのか。イリイチ自身は晩年、この問いに悩んだ。彼の分析によれば、専門職権力は単なる経済的利益や制度的慣性によって維持されるのではない。それは近代人の「存在論的不安」と深く結びついている。産業社会において、人々は伝統的共同体、宗教的世界観、世代継承の確実性を失った。この喪失が生み出す不安を埋めるのが、専門家への依存である。教師が子どもの発達を保証し、医師が健康を保証し、年金制度が老後を保証する――これらの保証は幻想だが、この幻想なしには、近代人は実存的不安に耐えられない。
したがって脱専門職化は、単なる制度改革では実現しない。それは文化的・実存的変革を要求する。人々が、不確実性、脆弱性、有限性を、専門家の管理ではなく、相互扶助と個人的徳によって引き受ける文化が必要である。だがこの文化は、産業文明の根幹と矛盾する。産業文明は、無限の成長、技術による問題解決、専門家による管理を前提とする。この前提を放棄することは、文明そのものの転換を意味する。
イリイチは晩年、この転換の困難さをますます痛感した。彼の提案は、単なる医療改革を超えて、産業文明の根本的批判となった。それゆえ彼の思想は、政策立案者からは非現実的として退けられ、医療専門職からは反知性主義として非難された。だが同時に、彼の診断の正しさは、時を追うごとに明白になってきた。医療費の増大、医原病の蔓延、終末期医療の非人間化――これらはすべて、イリイチが予言した制度的ネメシスの徴候である。
日本の文脈における示唆:皆保険制度と「患者の国民化」
イリイチの分析を日本の文脈に適用するとき、独特の様相が浮かび上がる。日本は、イリイチが警告した医療化の極限形態を、独自の文化的・制度的形式で実現した社会である。
日本の国民皆保険制度(1961年確立)は、世界的に見ても例外的な達成である。ほぼすべての国民が何らかの公的医療保険に加入し、比較的安価に医療サービスを受けられる。この制度は、医療アクセスの平等性において、アメリカの市場ベース・システムや、イギリスの国営システムよりも優れていると評価されてきた。
だがイリイチの視点から見れば、この「成功」は両義的である。皆保険制度は、医療アクセスを民主化したが、同時に医療依存を普遍化した。すべての国民が患者になる権利を得たことは、すべての国民が潜在的患者として統治される体制の確立を意味した。
この統治は、複数の水準で作動する。第一に、フリーアクセス制度により、医療機関への受診が極めて容易になった。患者は紹介状なしで、複数の医療機関を自由に受診できる。この「自由」は、実際には医療への依存を深める。些細な症状でも医療機関を受診する習慣が形成され、自己治癒や家庭内ケアの能力が衰退する。
第二に、出来高払い制度(fee-for-service)により、医療提供者は診療行為の量を増やすインセンティブを持つ。その結果、日本の医療は「薬漬け」「検査漬け」として知られるようになった。高齢者が10種類以上の薬剤を服用することは珍しくなく、その多くは相互作用や有害事象のリスクを高める。
第三に、診療報酬制度を通じた国家の微細な管理がある。どの診療行為にいくら支払うかを国が決定することで、医療実践の細部まで標準化される。この標準化は、医療の質の均一化という利点を持つが、同時に、個別的判断の余地を狭める。医師は診療報酬点数表に従って診療し、点数表に記載されない行為(たとえば患者との長時間の対話)は経済的に成り立たなくなる。
最も重要なのは、この制度が「健康の医療化」という文化変容を促進したことである。戦前の日本には、養生、薬草、鍼灸、按摩など、多様な健康実践があった。これらの多くは家庭や地域で伝承され、人々は自律的に健康を管理した。しかし戦後、特に高度成長期以降、これらの実践は「非科学的」として周縁化された。医師法と薬事法により、医療行為と薬剤の使用は厳格に医師に限定された。その結果、日本人の健康観は急速に医療化された。
この医療化の帰結は、高齢化社会において顕著である。日本の高齢者の医療機関受診率は、国際的に見ても突出して高い。その多くは慢性疾患の「管理」のための定期受診である。だがこの管理が、高齢者の生活の質を高めているのか、それとも医療依存を強化しているだけなのかは、疑問である。
イリイチならば、日本の皆保険制度を、社会的イアトロジェネシスの完成形と評するだろう。それは医療を権利として保障することで、市民を終身的患者として統治する装置である。そしてこの装置は、高齢者の増加と医療費の膨張により、財政的に持続不可能になりつつある。だが問題は財政ではなく、文化である。日本社会は、医療なしでは生きられないと信じる人々で満たされている。この信念こそが、最大の文化的イアトロジェネシスなのだ。
結語:健康の奪還は可能か――イリイチの遺産と現代的課題
イヴァン・イリイチの『脱病院化社会』から半世紀が経過した。その間、医療技術は飛躍的に進歩した。ゲノム編集、再生医療、AIによる診断支援――これらは1975年には想像もできなかった領域である。だがイリイチの中心的洞察は、今日においてこそ、より切実な意味を持つ。
彼の洞察とは、医療の問題は技術の問題ではなく権力の問題だということである。いかに技術が進歩しようとも、それが専門職の独占下に置かれ、人々の自律を侵食する限り、健康は失われる。そして技術が高度化すればするほど、この侵食は深刻化する。なぜなら、高度な技術はより高度な専門知識を要求し、より強固な専門職権力を正当化するからである。
イリイチが提示した三層のイアトロジェネシス――臨床的、社会的、文化的――は、今日すべて悪化している。臨床的イアトロジェネシスは、薬剤の複雑化、医療の細分化、過剰診断と過剰治療により、拡大している。社会的イアトロジェネシスは、予防医学の拡大、リスク言説の浸透、患者役割の普遍化により、深化している。文化的イアトロジェネシスは、終末期医療の延命至上主義、疼痛管理の薬理学化、死の医療的管理により、完成に近づいている。
だがイリイチの思想は、単なる批判に留まらない。それは別の可能性を示唆する。健康が、商品ではなく、自律的実践であるような社会。人々が、専門家への依存ではなく、相互扶助と個人的徳によって、病い、老い、死に向き合う文化。技術が、人を支配するのではなく、人の自由を拡張するツールとして使われる社会。
この可能性は、ユートピア的夢想ではない。それは歴史の中に、そして現代の周縁に、実際に存在する。江戸時代の養生文化、アーミッシュのコミュニティ医療、ホスピス運動の一部、コビビアリティ(共愉性)の技術――これらは、医療の脱専門職化と健康の自律的実践が、実現可能であることを示している。
だがこれらの実践を、産業社会全体の規模で実現することは、容易ではない。それは単なる医療改革ではなく、生産様式、労働組織、都市構造、教育システム、そして何よりも、人々の存在論的前提の変革を要求する。産業文明が約束する「無限の成長と技術による問題解決」という夢を放棄し、「有限性の中での共生と相互扶助」という、より古く、より人間的な知恵へと回帰することが必要である。
イリイチは、この転換が起こるかどうかについて、楽観的でも悲観的でもなかった。彼は預言者ではなく、診断者だった。彼が提示したのは、一つの可能性としての未来ではなく、現在の構造分析である。そしてこの分析が示すのは、私たちが岐路に立っているということだ。一方の道は、医療管理の完全化、予防医学の全面化、遺伝子操作による「健康の製造」へと続く。この道の先にあるのは、誰もが生涯にわたり患者であり、誰もが自己の身体から疎外され、誰もが専門家の管理下に置かれる社会である。
もう一方の道は、医療権力の制限、技術へのアクセスの民主化、そして何よりも、苦しむこと、老いること、死ぬことの自律性の回復へと続く。この道は困難だが、人間的である。イリイチの遺産は、この第二の道の可能性を、私たちに思い起こさせることにある。
現代日本は、まさにこの岐路に立っている。世界最高水準の医療技術と医療アクセス、そして世界最速の高齢化。この組み合わせは、医療化の極限を生み出しつつある。しかし同時に、その限界も明らかになりつつある。医療費の増大、終末期医療の非人間化、ケア労働者の疲弊――これらは、イリイチが予言した制度的ネメシスの徴候である。
日本社会がこの危機にどう応答するかは、まだ決まっていない。より強力な医療管理、より厳格な費用統制、より効率的な医療提供体制――これらは一つの方向である。だが別の方向もある。それは、医療の役割を再定義し、専門職権力を制限し、人々の自律的健康実践を支援する方向である。
イリイチの思想は、この第二の方向のための、批判的羅針盤を提供する。彼の診断は、四十年以上を経た今も、驚くべき予見性と洞察力を保っている。そして彼が提起した問い――健康とは誰のものか、技術は誰に仕えるのか、専門職の権力はどこまで正当か――は、今日においてこそ、真剣に問われるべき問いである。医療の未来は、技術革新によってではなく、これらの問いに対する私たちの集合的応答によって決まるだろう。
