書籍『測定の専制:なぜメトリクス固着は失敗するのか』ジェリー・Z・ミュラー (2018)

複雑系・還元主義・創発・自己組織化

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日本語タイトル:『測定の専制:なぜメトリクス固着は失敗するのか』ジェリー・Z・ミュラー (2018)

英語タイトル:『The Tyranny of Metrics』Jerry Z. Muller (2018)

目次

第I部:論証

  • 第1章 論証の要点 – The Argument in a Nutshell
  • 第2章 繰り返される欠陥 – Recurring Flaws

第II部:背景

  • 第3章 業績測定と成果報酬の起源 – The Origins of Measuring and Paying for Performance
  • 第4章 メトリクスが普及した理由 – Why Metrics Became So Popular
  • 第5章 プリンシパル、エージェント、動機 – Principals, Agents, and Motivation
  • 第6章 哲学的批判 – Philosophical Critiques

第III部:あらゆるものの誤測定?ケーススタディ

  • 第7章 大学・カレッジ – Colleges and Universities
  • 第8章 学校 – Schools
  • 第9章 医療 – Medicine
  • 第10章 警察 – Policing
  • 第11章 軍事 – The Military
  • 第12章 ビジネス・金融 – Business and Finance
  • 第13章 慈善事業・海外援助 – Philanthropy and Foreign Aid

補論

  • 第14章 透明性が業績の敵となるとき – When Transparency Is the Enemy of Performance

第IV部:結論

  • 第15章 意図しないが予測可能な負の結果 – Unintended but Predictable Negative Consequences
  • 第16章 メトリクスをいつ、どのように使うか – When and How to Use Metrics

全体の要約

本書は現代社会に蔓延する「メトリクス固着」の問題を包括的に分析した作品である。メトリクス固着とは、測定可能な業績指標による評価・報酬システムへの過度な依存を指し、著者はこれが多くの組織で逆効果をもたらしていると論じている。

HBO『ザ・ワイヤ』の描写から始まる導入部は、警察や学校における統計操作の実態を示す。犯罪率を下げるために重大事件を軽犯罪として記録したり、テスト対策に特化した「教育」により本来の教育目標が歪められる現象が描かれる。これらは数値目標の達成が組織本来の目的を歪める典型例である。

著者は19世紀イギリスの教育制度改革から現代まで、業績測定システムの歴史的発展を追跡する。ロバート・ローの「結果による支払い」制度や、フレデリック・テイラーの科学的管理法、ロバート・マクナマラのベトナム戦争における「ボディカウント」など、測定に基づく管理手法の系譜を明らかにする。

メトリクス固着の普及要因として、専門家への不信の高まり、新公共管理論の影響、情報技術の発達などを挙げる。特に民主主義社会における社会移動性の高さが、客観的に見える数値への依存を強めたと分析する。しかし、この客観性は幻想であり、測定プロセス自体が主観的判断に依存することが見過ごされている。

各分野のケーススタディでは、メトリクス固着の弊害が詳細に検証される。高等教育では大学ランキング競争が教育の本質を歪め、K-12教育では標準テストが「テストのための教育」を生み出す。医療分野では成果報酬制度が医師のリスク回避行動を促し、より困難な患者の治療を困難にする。警察では犯罪統計の操作が横行し、軍事作戦では現地の複雑な状況を無視した標準化指標が戦略を誤らせる。

ビジネス分野でも同様の問題が発生する。マイランのエピペン価格高騰やウェルズファーゴの不正口座開設事件は、狭い業績指標に基づく報酬制度が企業の長期的利益を損なう典型例である。金融危機の一因も、判断力に代わって標準化された測定基準への過度な依存にあったと分析される。

著者は透明性の限界についても論じる。すべての情報公開が組織の機能向上につながるわけではなく、政治、外交、諜報活動などでは一定の不透明性が効果的な機能を支えることを指摘する。ウィキリークスやスノーデン事件は、過度な透明性要求の弊害を示している。

メトリクス固着の負の結果として、目標置換、短期主義の促進、職員の時間コスト増大、効用逓減、規則の連鎖、運への報酬、リスク回避の奨励、イノベーションの阻害、協力精神の破壊、仕事の劣化、生産性への悪影響を列挙する。

最終章では適切な測定の指針を提示する。測定対象の性質、情報の有用性、測定コスト、目的と透明性の範囲、指標開発プロセスなど10項目のチェックリストを提供する。測定は判断の代替ではなく判断を情報として支援するツールであり、測定可能なことと重要なことは必ずしも一致しないことを強調する。

本書は単なる測定批判ではなく、適切な測定の条件を明示することで、現代組織が直面する根本的課題に対する実践的な解決策を提供している。

各章の要約

第1章 論証の要点

メトリクス固着は経験に基づく判断を標準化された測定指標で置き換えようとする文化的パターンである。重要でないが測定可能なことに注意が向き、重要だが測定困難なことが軽視される。キャンベルの法則(社会指標が意思決定に使われるほど腐敗しやすくなる)とグッドハートの法則(統制に使われる測定は信頼できなくなる)が示すように、測定できるものは必ず操作される。測定への固着は革新性や創造性を阻害し、短期目標を長期目的より優先させる。

第2章 繰り返される欠陥

メトリクスの典型的欠陥を分類する。情報歪曲の問題として、最も測定しやすいものの測定、複雑な結果を単純に測定、結果ではなく投入の測定、標準化による情報品質の劣化がある。測定操作の手法には、クリーミング(易しい対象の選択)、基準引き下げによる数値改善、データの省略や歪曲、直接的な不正がある。これらの欠陥パターンを理解することで、測定システム導入時の予測可能な問題を認識できる。

第3章 業績測定と成果報酬の起源

1862年、イギリスのロバート・ローが「結果による支払い」制度を学校に導入したのが近代的業績測定の始まりである。マシュー・アーノルドはこの制度が狭い技能習得に偏り、一般的知的教養を軽視すると批判した。20世紀初頭のフレデリック・テイラーの科学的管理法は、労働者の暗黙知を管理者の明示的規則で置き換えようとした。ロバート・マクナマラはこの思想を軍事に適用し、ベトナム戦争で「ボディカウント」を重視したが、測定不可能な戦略的要素を軽視する結果となった。

第4章 メトリクスが普及した理由

メトリクス普及の要因として、判断への不信、専門職への批判、消費者選択イデオロギー、コスト病、組織の複雑化、情報技術の発達がある。民主的で社会移動性の高い社会では、既存エリートへの不信から客観的に見える数値への依存が強まる。1960年代以降の権威への懐疑が左右両派のメトリクス支持を生み出した。公的部門には「底辺」がないため説明責任が困難とされ、数値による代替的底辺の創出が求められた。情報技術の発達により数値操作が容易になったことも普及を後押しした。

第5章 プリンシパル、エージェント、動機

プリンシパル・エージェント理論は、所有者(プリンシパル)と経営者(エージェント)の利害対立問題に注目し、測定可能な業績による報酬システムを提唱した。この理論は新公共管理論として政府機関や非営利組織にも適用された。しかし人間の動機は外発的報酬だけでなく内発的報酬にも依存する。使命志向組織では外発的報酬制度が内発的動機を「押し出し」、専門職倫理への侮辱として受け取られる可能性がある。1990年代末には経済学者も業績報酬制度の限界を認識し始めた。

第6章 哲学的批判

保守派・古典的自由主義思想家による測定主義批判を検討する。マイケル・オークショットは抽象的技術知識と実践的暗黙知識を区別し、「合理主義者」が公式や技術知識のみで人間事象を処理しようとする誤りを指摘した。フリードリヒ・ハイエクは「知識の僭越」を批判し、複雑な社会で計画者がすべての関連情報を知ることは不可能だと論じた。メトリクス固着は計算可能なものを想像力の敵とし、起業家精神や革新を阻害する。エリー・ケドゥーリはサッチャー政権の大学政策を批判し、効率性は具体的目的に相対的であり、大学は企業ではないと主張した。

第7章 大学・カレッジ

「全員大学進学」政策は位置財としての教育の性質を無視している。大学卒業者が増えれば学位の価値は下がり、高校卒業で十分だった職業にも学士号が要求される位置的軍拡競争が生じる。準備不足の学生増加により基準引き下げ圧力が高まる。イギリスの研究評価制度(RAE)は膨大な管理コストを生み出し、短期的出版に偏重させる。大学ランキング競争は宣伝費用の浪費と統計操作を招く。学術生産性の測定は出版数重視により質的意義を軽視させる。政府の大学成績表は収益性のみで教育を評価し、人生の豊かさをもたらす教養教育を軽視する傾向がある。

第8章 学校

「落ちこぼれゼロ法」は説明責任と測定によって教育格差解消を目指したが、十年以上経過しても格差は縮小していない。高Stakes(利害関係)テストは教師によるテスト対策教育偏重、統計操作、直接的不正を生み出した。「頂点への競争」は教師の付加価値評価を導入したが、成果報酬実験は効果を示さなかった。達成格差は学校外要因(家庭の社会・経済・教育水準)に大きく依存し、学校教育による解決には限界がある。測定重視は他教科軽視、創造的遊びや芸術活動の削減、優秀生徒への資源転換阻害などの副作用を生む。

第9章 医療

医療費増大圧力と電子健康記録普及により医療分野でメトリクス普及が加速した。WHO健康ランキングでアメリカが37位となったが、この評価の50%は平等主義的基準であり、実際の健康アウトカムは25%のみであった。クリーブランド・クリニックやガイジンガー・ヘルス・システム、ケイストーン・プロジェクトなど成功例もあるが、これらは専門職が開発・評価に参加し、職業倫理と一致する文脈で機能している。しかし広範囲の成果報酬制度や公開ランキングは効果が限定的で、リスク回避行動や統計操作を招く。30日以内再入院削減政策は部分的成功を収めたが、「観察状態」への分類変更による操作も発生した。

第10章 警察

コンプスタット(犯罪統計システム)は情報・診断メトリクスとして有効で、犯罪減少に寄与した。しかし政治家が警察幹部に数値改善を圧迫し、それが下級職員に伝わると統計操作の誘因となる。重大犯罪の軽犯罪への格下げ、事件の未届け化などにより見かけ上の犯罪率低下が演出される。逮捕統計重視は容易な事件への資源集中を招き、薬物売人の大量逮捕は行うが薬物組織のボス摘発という困難だが効果的な捜査は軽視される傾向がある。イギリスでも同様の問題が報告されており、測定が報酬・処罰の基準となると信頼性が損なわれることを示している。

第11章 軍事

対反乱作戦(COIN)における測定の教訓から、複雑で動的な環境では標準化指標が欺瞞的になりやすいことが判明した。デイビッド・キルカレンは現地経験に基づく判断の重要性を強調し、「重要活動」件数や「投入メトリクス」(敵殺害数、訓練兵士数など)の限界を指摘する。有効な指標開発には現地知識への深い理解が必要で、「異国野菜の市場価格」のような意外な指標が住民の安全感を示す場合もある。ランド研究所のベン・コナブルは、複雑なCOIN環境は中央集権的評価プロセスで明確に解釈できず、対反乱作戦は「科学というより芸術」であると結論づけた。

第12章 ビジネス・金融

成果報酬は反復的で創造性を要さず、標準化された個人作業において最も効果的である。しかし現代の多くの仕事は創造性、チームワーク、メンタリングなど測定困難な要素を含む。マイラン社のエピペン価格高騰やウェルズファーゴの不正口座開設は、狭い業績指標による報酬制度が企業の長期利益を損なう典型例である。2008年金融危機の一因は、地域知識に基づく判断を標準化指標で置き換えたことにある。短期主義は四半期収益重視により長期投資を阻害する。測定主義は革新を抑制し、起業家精神に必要な「測定不可能な不確実性」を軽視する傾向がある。

第13章 慈善事業・海外援助

慈善組織の評価において間接費比率が効率性指標として使用されるが、これは有能職員の雇用や適切なインフラ投資を阻害する。組織指導者は統計操作により間接費を隠す傾向があり、資金提供者の期待を強化する悪循環を生む。海外援助分野では「強迫的測定障害」により、量的測定可能なプログラムが重視され、最も変革的だが測定困難な能力構築プログラム(公務員制度や司法制度の改善)が軽視される。USAID職員は効果測定の困難さから、ワークショップ開催数や訓練参加者数など投入指標の測定に頼る状況が生まれている。

第14章 透明性が業績の敵となるとき

透明性と業績は常に正の相関を持つわけではない。個人レベルでは、思考の不透明性が自己確立と親密性を可能にする。政治では、妥協案策定に必要な「創造的な譲歩」は非公開交渉でのみ可能である。政府のインプット(内部審議)とアウトプット(政策結果)を区別すべきで、前者の透明性要求は率直な議論を阻害する。外交と諜報活動では機密性が不可欠で、ウィキリークスやスノーデン事件は過度な透明性要求の弊害を示す。健全な政体は結婚と同様、一部事項を影に留める必要があり、完全な透明性は麻痺を招く危険性がある。

第15章 意図しないが予測可能な負の結果

メトリクス固着の負の結果を体系化する。目標置換(測定対象への努力集中による他の重要目標の軽視)、短期主義の促進、職員時間コスト(報告書作成時間の増大)、効用逓減(初期効果後の限界コスト超過)、規則の連鎖(不正防止ための規則増加による効率低下)、運への報酬(統制不可能結果への報酬)、リスク回避の奨励(革新や長期投資の阻害)、協力精神の破壊(個人競争重視による組織共同体意識の損失)、仕事の劣化(精神的刺激や起業家精神の抑制)、生産性への悪影響などが挙げられる。これらは予測可能であり、適切な設計により回避可能である。

第16章 メトリクスをいつ、どのように使うか

適切な業績測定のための10項目チェックリストを提示する。1)測定対象の性質(人間活動ほど測定困難)、2)情報の有用性(測定容易性と重要性は反比例することが多い)、3)追加測定の効用(限界効用逓減の認識)、4)標準化測定に依存しないことのコスト、5)測定目的と透明性の範囲(内部診断か外部評価か)、6)測定取得コスト(機会費用の考慮)、7)上層部の測定要求理由、8)測定基準開発プロセス(現場関与の重要性)、9)腐敗や目標転換の可能性、10)問題解決可能性の限界認識。測定は判断の代替ではなく判断を支援する情報であることを強調する。


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