
『The Crisis of Narration』 Byung-Chul Han 2024
『ナレーションの危機』 ビョン=チュル・ハン 2024年
目次
- 前書き / Preface
- 第1章 ナレーションから情報へ / From Narration to Information
- 第2章 経験の貧困 / The Poverty of Experience
- 第3章 語られる生 / The Narrated Life
- 第4章 剥き出しの生 / Bare Life
- 第5章 世界の脱魔術化 / The Disenchantment of the World
- 第6章 ショックから「いいね!」へ / From Shocks to Likes
- 第7章 物語としての理論 / Theory as Narrative
- 第8章 癒しとしてのナレーション / Narration as Healing
- 第9章 物語の共同体 / Narrative Community
- 第10章 ストーリーセリング / Storyselling
本書の概要:
短い解説:
本書は、現代社会における「物語を語る能力」の危機的状況を哲学的に分析する。デジタル化と情報化が進む社会で、人々がどのように物語を失い、その結果として意味や共同体、癒しまでも失いつつあるかを論じる。現代思想に関心のある読者に向けて書かれた文明批評である。
著者について:
著者ビョン=チュル・ハンは、韓国生まれでドイツで活躍する哲学者・文化理論家である。デジタル資本主義、透明性社会、疲労社会など現代社会の病理を独自の視点で分析することで知られる。本書では、ウォルター・ベンヤミンやハイデガーなどの哲学を援用しつつ、現代のナレーション危機の根源を探る。
テーマ解説
- 主要テーマ:ナレーションの危機 [現代社会における物語の機能不全とその社会的影響]
- 新規性:ストーリーテリングと真のナレーションの区別 [商業化された物語と本来の物語の本質的差異]
- 興味深い知見:情報社会の時間性 [情報が時間を断片化し、物語的時間を破壊する過程]
キーワード解説(1~3つ)
- ナレーション:経験を意味ある連続性として組織化し、共同体を形成する物語行為
- 情報:瞬間的で脈絡のないデータの断片。物語の対極にある
- ストーリーテリング:商業目的で利用される物語技法。本来のナレーションの商品化形態
3分要約
現代社会は「ナラティブ(物語)」という言葉が氾濫する一方で、真のナレーション(物語を語る行為)は危機に瀕している。このパラドックスが本書の出発点である。著者は、物語のインフレ現象そのものが、実は深い次元での物語の機能不全を示していると指摘する。
宗教的物語が人々の生に意味と方向性を与え、共同体を形成してきた時代とは異なり、現代はポストナラティブ(物語以後)の時代である。現代の物語は内面的真実性を失い、交換可能で偶発的なものとなった。カレンダーから物語的意味が消え、仕事と余暇という機能的な区別だけが残されている。
この危機の根本的原因は、ナレーションから情報への移行にある。情報は瞬間的で累積的であり、意味や方向性を持たない。それに対し、物語は偶然を必然に変え、時間的連続性を生み出す。現代人は十分に情報化されているが、方向性を見失っている。
デジタル化はこの危機を加速させる。スマートフォンの技術的デュスポジチフ(配置)そのものが物語の障壁となる。タイピングやスワイプは物語的身振りではなく、情報の加速された交換を可能にするだけである。ソーシャルメディア上の「ストーリー」は真の物語ではなく、自己呈示のポルノグラフィックな形態に過ぎない。
資本主義はストーリーテリングを通じて物語を収用し、消費に従属させる。ストーリーは商品を感情で充填し、独自の体験を約束する。私たちは物語を買い、売り、消費する。ストーリーテリングはストーリーセリング(物語販売)なのである。
真のナレーションは癒しの力を持ち、共同体を形成する。しかし、商業化された物語は消費者の一時的な集合しか生み出さない。ネオリベラルなパフォーマンスの物語は個人を分断し、連帯と共感を破壊する。現代社会が不安定なのは、十分に強力な共同体的物語を欠いているからである。
著者は、物語の危機が経験の貧困、時間の萎縮、世界の脱魔術化をもたらし、私たちを「剥き出しの生」に追いやっていると論じる。しかし同時に、ベンヤミンやハンデケの著作を手がかりに、物語の回復可能性も探求する。物語の危機に対する解決策は、情報の洪水の中で新たな物語的実践を創造することにある。
各章の要約
前書き
現代社会における「ナラティブ」という言葉の氾濫は、逆説的に物語の危機を示している。物語のインフレ現象の中心には、意味と方向性の欠如という物語的真空が存在する。宗教的物語のように人々を存在に定位させてきた本来のナレーションは失われ、交換可能で偶発的な「マイクロナラティブ」が蔓延している。デジタル社会における情報の津波はこの危機を加速させ、私たちは意味やアイデンティティを求めて物語のアンカーを探すが、ソーシャルメディア上の「ストーリー」は真の物語ではなく、自己呈示のポルノグラフィックな形態に過ぎない。
第1章 ナレーションから情報へ
ウォルター・ベンヤミンの議論を発展させつつ、ナレーションと情報の本質的差異を論じる。物語は「遠方から来る」もので距離を特徴とするが、情報は近接性と利用可能性の表現である。情報は瞬間的に消費され尽くすが、物語は時間的広がりを持ち、そのエネルギーを長期間保持する。現代の情報社会では、説明の余地のない神秘的な出来事は周縁化され、物語の精神は情報の洪水によって窒息させられている。デジタル化は情報を新たな存在形式へと変え、スマートな支配形態を生み出している。
第2章 経験の貧困
ベンヤミンの「経験と貧困」を参照し、現代における経験の衰退を論じる。経験は伝統と連続性を前提とし、世代間で物語として継承されることで生命を安定化させる。しかし現代では経験の価値が低下し、生命は単なる生存に退化している。近代には未来へのビジョンや革命の精神があったが、後期近代には「始まりの感覚」が欠如している。情報の津波は時間を断片化し、私たちを現在の瞬間の連続に閉じ込める。物語だけが未来を開き、希望を与えるのである。
第3章 語られる生
プルーストとハイデガーを手がかりに、時間的連続性としての生の構想を探る。人間の存在は生と死の「間」全体を含む時間的広がりを持つ。しかしデジタル化は時間の萎縮を強め、現実は瞬間的にのみ関連性を持つ情報へと分解される。ソーシャルメディア上の「ストーリー」は真の物語ではなく、物語的持続性を持たない瞬間的印象の連続である。デジタル・プラットフォームは生命の完全な記録を目指し、データセットへの変換を促進するが、自己認識は物語を通じてのみ生成され得る。
第4章 剥き出きの生
サルトルの『嘔吐』を題材に、物語の欠如がもたらす生の剥き出しの状態を論じる。物語がないとき、世界は純粋な事実性、偶然性、無意味さとして現れる。生命は単なる付加的な連続に退化し、モンダエ、火曜日、水曜日…という無意味な追加となる。デジタル化された後期近代における生は完全に剥き出しであり、物語的想像力を欠いている。自己の内面の空虚さに直面して、自我は絶えず自己を再生産する。情報と透明性の社会では、剥き出し性はポルノグラフィックな obscenity へと intensified する。
第5章 世界の脱魔術化
パウル・マールの子供向け物語を導入に、世界の脱魔術化が物語の可能性を破壊する過程を論じる。物語は説明のつかない神秘的な出来事を必要とするが、脱魔術化された世界は因果関係に還元され、事実の列挙しか残らない。ベンヤミンが指摘するように、子供たちは魔術的世界の最後の住民であったが、現代の子供たちは情報を狩る世俗的存在となった。情報化は世界をデータと情報へ溶解させ、物語に不可欠な秘密と魔術を破壊する。透明性の地獄において、私たちは盲目であることを夢見るしかない。
第6章 ショックから「いいね!」へ
ベンヤミンのボードレール論を継承しつつ、現代の知覚様式の変容を分析する。近代の都市体験はショックとして特徴づけられ、ボードレールの詩学はこのショック経験を中心に構成されていた。しかし現代では、デジタルスクリーンが現実を遮蔽し、ショック体験は「いいね!」へと置き換えられる。スマートフォンは現実のまなざしを除去する効率的な道具であり、ナルシスティックな知覚を促進する。現代を代表する藝術家はボードレールではなくジェフ・クーンズであり、その藝術の合言葉は「コミュニケーション」、つまり「いいね!」なのである。

ジェフ・クーンズ
第7章 物語としての理論
クリス・アンダーソンの「理論の終焉」論を批判し、理論の本質的物語性を論じる。ビッグデータは相関関係を明らかにするが、なぜ物事がそのように相関するのかを説明することはできない。理論は物語として事物の秩序を設計し、概念的文脈を展開する。フロイトの精神分析もプラトンの対話篇も、物語的構造を持つ。哲学が科学であることを主張し始めると、その本来の物語的性格を否定し、言語を失う。思考とは最終的には、物語的ステップで進行する物語行為なのである。
第8章 癒しとしてのナレーション
ベンヤミンの「治療としての物語」を発展させ、物語の治癒力を論じる。母親が病気の子供に物語を語る原初的場景は、深いリラクセーションと原初的信頼を創出する。物語を語る手もまた治癒力を持ち、緊張やブロックを解放する。フロイトの精神分析も、語ることのできないものを言語的表現へともたらすことで患者を解放する。しかし現代の医療現場では、効率性の論理が物語の精神と相容れない。ソーシャルメディア上の「ストーリー」は癒しをもたらすどころか、人々を分離させる。
第9章 物語の共同体
ナーダシュ・ペーテルの描く野生梨の木の下での物語共同体を手がかりに、物語の共同体的機能を論じる。物語は社会的結束を創出し、意味を提供し、共同体を形成する価値を担う。しかしネオリベラルなパフォーマンスの物語は個人を分断し、連帯と共感を破壊する。カントの永遠平和論やノヴァーリスの詩的共同体のような包括的物語とは異なり、現代の私的物語は共同体を侵食する。共有された物語なくして、政治的行動は不可能である。
第10章 ストーリーセリング
現代流行のストーリーテリングが、本来のナレーションの商品化形態であることを論じる。ストーリーテリングは効率的なコミュニケーション技術として確立され、多くの場合操作的で下心を持ったものとなっている。物語は生の前反射的レベルに作用し、意識的な防御反応を迂回する。マーケティングでは、無用な物さえも物語を通じて価値ある商品へと変える。政治の領域でも、物語は議論より効果的な注意獲得の手段として利用される。しかしストーリーセリングとしての物語は、世界を変革する力を失っている。
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