10. 今しかない認知症社会問題の根本的解決方法

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社会全体の思い込みと逃避

見知らぬ悪魔より知ってる悪魔

「物事ってものは、みんなとてもあいまいなものよ。まさにそのことがわたしを安心させるんだけれどもね」

おしゃまさん「ムーミン谷の冬」

個人的にニュースを見てていつも思うのは、人は、テロなど目先の新しい恐怖に反応はするけれども、どこにでも起こっている当たり前の、そしてもっと恐ろしい地獄には、そこまで気を留めないでいられるという性質があるのかな、と思ったりもします。(わたしもその一人です。自覚的ではありたいと思っていますが…)

交通事故で人が毎日死んでも誰も気にしないように、テロが毎日当たり前のように起こるようになれば、人は麻痺してテロを問題と感じなくなる気もします。

北朝鮮のミサイル発射に国民が驚かなくなってきているように。。

自然現象への警戒心は低い

「やってくるこの毎日が人生だと知っていたら!」

スウェーデンのことわざ

わたしは、認知症の本当の危険性は、

「もう歳もとったし、誰にでも起きていることなのだから」

と、どこかで思っている無意識的な慣れではなかろうか、という気もしています。

介護うつ

「毎日徘徊に付き添い、夜もトイレ介助に3,4回起こされ、もう自分が死ぬか、相手が死ぬかしか考えられない日々でした。自分の人生に価値を感じたら、介護は続きません」

30代で祖父・父・母を介護をした女性

もちろん本当に慣れてしまえば、それでもかまわないのかもしれません。

しかし現実を見れば、1300万人の介護者が存在し、4人に一人が介護うつ(つまり介護のうつ患者は300万人以上)にかかっているというのが今の状況です。

うつの兆候を示す人たちを含めるなら、介護者の半数近く(650万人)が介護うつに該当するとも言われています。

介護うつ 介護うつの現状と介護うつにならないために大切な考え方

介護自殺 毎日新聞 自殺者数 介護疲れ動機が増加

社会全体の見て見ぬふり

日常生活に支障をきたしている認知症患者だけに限っても約345万人(2015年)、徘徊や失禁などの重い症状に至っている方は200万人もいながら、彼らが、テレビはもちろんのこと学校教育にも政治の場にも、けして公共の世界に出てくることはありません。

初めて特別養護老人ホームに行った時、我々が親しんでいる日常とは全く異なる世界が存在することに衝撃を受けました。しかし、それ以上に驚いたのは、マイノリティーでも悪でもない彼らが、社会全体から完全に見て見ぬふりをされていることでした……

深刻さの欠落

テレビで特集とか組んでるじゃないかとか思う方もいらっしゃるかもしれませんが、圧倒的に深刻さと頻度が足りないのです。

メディアの問題を嘘か本当かで捉える方が多いのですが、メディアの真の問題は大衆との相互作用による情報の増幅装置となっていることであり、そのことが小さな問題を過剰に強調し、大事な問題を過小評価していること、そして致命的なのはそうであるという認識がお互いにほとんど欠けていることです。

人間はこの地球がどうなろうと、ちっともかまわないと思っているということだ。

わたしには、みんなそろって、その日暮らしのアル中のようだとしか思えない。あと数日生きられれば、 それで十分だと言わんばかりだ。

自分の孫の世代が暮らす世界を夢見ている人など、私の周りには数人しかいない。

カート・ヴォネガット

認知症患者の誕生サイクル

いずれにしてもこの悲惨さのオブラートは社会の優しさなのか、我々が臭いものにフタをしたい感情があるからなのかわかりませんが、リコード法を知った後となっては、そこで認知症問題に人が強く目を向けない → 認知症になる人が生まれる、といったことが繰り返されているようにも見えます。

ブレデセンプロトコル(リコード法)に基づいた認知症予防策が徹底されれば、少なくとも現在の潜在的な認知症予備軍の半分以上は救われます。

待つという愚策

そして、このことをこれまでの医療の証明方法では実証が難しいからと、(しかもその問題の性質さえも議論もしないまま)10年、20年とただ月日が流れるのを待ち続けるのか?

津波が目前に迫っているときに、その橋を渡れば逃げれるかもしれないのに、橋の工事関係者も通行許可を出す人間も、協力しないどころか閉ざしたままでいる。

いやさらに言えばその橋があることさえ伝えようとしない…

数千人がすでに渡っているのを目前にしながら、関係者はみな黙ったまま、、他に逃げる場所もなく、必死の覚悟で聞けば、答えはきまって「いや、あの橋は安全検査を行ってないから」です…

中にはそういう人もいる、とかではなく、日本人ほぼ全員です。。もう何かが狂っているとしか思えません。

リコード法の障害は複雑さではなく社会制度

リコード法(MENDプログラム)の前身とも言える、食事療法、運動、認知トレーニング等を取り入れた認知機能低下予防研究があります。(FINGER研究)

2年間での脱落者は12%です!

www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25771249

ブレデセンプロトコル(リコード法)の実行がむずかしいと言っても、そのむずしさの多くはブレデセンプロトコル(リコード法)を支える社会基盤、医療基盤が整っていないことから生じるのであり、社会が真摯に向き合えば十分に実現可能な話です。

認知症社会を受け入れようとする叡智と行動力をわれわれはすでにもっており、その中の数割をそのまま認知症回復のためのリソースに割り振るだけで十分です。

社会や人が死を取り扱う時、客観的な事象として扱うか、情緒的に扱うかのどちらかで、死に備わる底なしの恐怖そのものが直視されることはめったにありません。

その恐怖心の回避が、そのまま痴呆やボケに目をむけないことにつながっているというふうに見えることもあります。

認知症先進国日本

「僕は人類全体の苦痛の前に頭を下げたのだ」  ドストエフスキー

10人に1人が認知症の国家

「dementia population japan」の画像検索結果

認知症はあらゆる病気の中で、社会的にもっともコストのかかる病気であり、年間14兆円が失われ患者数は460万人を超えます。

※ちなみに東京オリンピックの開催費用は3兆円、自衛隊の予算は5兆円、教育を保育から大学まですべて無償化しても8兆円です。

誤解をまねく460万人という数字

この460万人という数字はある意味、誤解を招く人数です。

これは診断された人の数であり、症状がなく診断の定義としては未病である一定数の人たちも、目に見えないだけですでに神経学的な悪化をきたしているからです!

現状の認知症治療への取り組み方が続けば、彼らは将来、認知症を発病することがほぼ約束されています。

1000万人の認知症患者

その数は、現在の発症率12~15%が続くなら、認知症の症状が発症していないだけで、神経学的な悪化のある人たちがすでに1000万人以上になります!

1000万人の認知症患者は、未来の数字ではなく、すでに存在しているのです!

そして日本人人口がこのまま減少していけば、10人に一人が認知症を発症している社会が誕生します。

国民の10人に1人の認知機能がおかしくなった社会、国家というものは、歴史上存在したことがありません!

また10人中4人は他の高齢者や子供などの非労働力人口です。彼らにもいくらかの手助けが必要であり、残りの5人で彼らを支えていかなくてはなりません。

そうなるとどういうことが起きるか? 活動できる少ない人数でより効率よく介護を迫られるようになるため、リコード法のような手間のかかる治療法がますます敬遠されることになります。

まるで、社会全体が認知症にかかっているようです。。

未来にやってくるのは認知症社会だけではない

医療機関・福祉施設の争奪戦

ご存知の方も多いと思いますが、2024年には3人に1人が65歳以上の高齢者となります。高齢者人口が増えると、地域によっては医療機関や福祉施設が足りないため奪い合いが始まる可能性があります。

介護スタッフも必要な人に対して38万人不足すると予測されています。これは端的に介護サービスを受けることができない人が増加するか、介護サービスの質が劣化するかのどちらかしかありません。

AI、ロボット化の導入などによって補っていくという意見もありますが、5年後に介護人員不足が起こることを考えると、技術的にはともかく普及に至るには厳しいのではないかと思います。

救急車がやってこない

近年すでに救急コールの増加とそれに対応する救急隊員の不足から、救急車がかけつけるまでの時間(2000年 6分 → 2016年 8.5分)、病院へ搬送する時間(2000年 27分 → 2016年 39分)いずれも増加しています。

このままだ救急車呼ぶよりも自分で病院へ行くのが当たり前になる時代がくるかもしれません。

輸血できない

また、若者のが少なくなり献血する数も減少することから、輸血用血液不足で病院に行っても助からないという事態も危ぶまれています。

生産年齢人口の急落

高齢者に占める認知症患者さんの割合は現在の6人に1人(18%)から2030年代には4人に1人(23~25%)に増加します。

認知症高齢者の割合が増えるということは、少子高齢化だけではなくより多くの介護者を必要とするため労働人口は奪われ生産年齢人口は下がり続けます。

現在の試算では、2030年には都道府県の80%が生産力不足となるそうです。。

地方自治の終焉・地方の廃墟化

生産力不足により、当然、所得税、法人税、地方税収も不足し、地方自治体が地方交付税への依存度を高めるため、地域格差が拡大し地方自治体の自立は夢で潰えます。

2033年には、全国の住宅の3戸に1戸が空き家となり、それらを維持管理する人間も減っていくため景観の悪化、犯罪の誘発、住民の流出へとつながるのではと考えられています。

「認知症を受け入れる社会」と「認知症を治す社会」

興味深いのは、認知症を改善させるための情報や社会的な仕組みはまったくないといっていいに等しいのですが、問題に十分対応できているとは言えないものの、発症後の生活支援、訪問介護、地域包括ケアなど、国、専門家、地域の多くの方がセーフティーネット作りに真剣に取り組まれています。

こういった社会のケアシステムは、ケアを受ける立場からみてよくできているなあと素直に感心したり、社会という仕組みのありがたさを感じることもあります。

…ただ一言加えさせてください、、そこには発症前、MCI、診断直後の治療に向けての取り組みがごっそりと抜け落ちています、、

「認知症を治す社会」の黙殺

「認知症を受け入れる社会」を否定しているわけではありません。そうではなく取り組む順番が逆ではないかという問いかけです。

ごく論理的に考えて「認知症を治す社会」がまず先で、そしてそれが駄目なら「認知症を受け入れる社会」が準備されるものではないでしょうか。

繰り返しますが、ここで「大規模な臨床研究結果が欠けている」などと教科書的に証拠不足の問題をあげつらうことしかしない人は、すでに述べてきた承認制度の抱える原理的諸問題(特にアルツハイマー病と関連して)の解決方法についてまず意見をください。

そして、そこから「われわれに他に一体何ができるのか?」についての具体的な方法を教えてください!

欠けている問題規模の認識

個人レベルだけの話ではないのです、システムそのものが崩壊しかけているというのに機能不全な医療システムを守っていくべきだというのは本末転倒もいいところです。

個人が大怪我をして車で病院にかけつける時に、おまわりさんが「交通ルールを守ろう」と建前上言うのは、まだぎりぎりわからなくもないです。

しかし津波で街が飲み込まれるときに「でも信号を守るのはルールだからね」というのは、国民性や愚直さとして表現するようなものではなく端的に狂っています。

「認知症を治す社会」という概念の欠落

まずは社会的にも実質封殺されている「認知症を治す社会」が合理的な理由とともに存在するべきだということに目を向けてほしい。

そして、「認知症を受け入れる社会」に注がれている人的、経済的資源の1割でいいので(本当は5割と言いたいのですが、)を「認知症を治す社会」に割り振ってほしい。

十分に棲み分けは可能だと思います。

認知症治療は医療研究者と製薬会社だけが行うことができるというドグマが信じられているからなのだとは思いますが、それらを疑う能力を有する(+行動に移せる人)が知識階級の人間においてさえほとんどいないこと(非多様性社会の脆弱性)の怖さも今回実感しています。。

日本は認知症問題のフロントランナー

そして、もうひとつ、世界の多くの先進国が少子高齢化という未だかつて経験したことのない未曾有の世界に突入しようとしていますが、日本はその先頭をフロントランナーとして走っています。

高齢化社会をどう乗り切るのか、または乗り越えられず没落していくのか、世界中から注目されています。

AIやロボット技術で乗り切ろうとする動きもありますが、認知症はそもそもそういった技術でなんとかなるような疾患ではありません。多少工面できたとしてもそれは初期までの話です。

そういった技術開発自体はもちろんあっていいと思いますが、そんなことよりもリコード法のコンプライアンスを高めることに技術を投資するほうがはるかにコストエフェクティブであり、患者さん本人の真の利益にもなります。

しかも、それほど大きな技術はいりません。ポケモンGOのようなゲーミフィケーションを取り入れたエクササイズプログラム、脳トレであったり、認知症治療のSNSグループ、シェアリングを利用したパーソナルトレーナーなど、いくらでもすでにあるローテクと言ってもいい技術を振り向けるだけでいいのです。

このあたりも、技術信奉というか、勘違いしている人が多いように思います。。

情報のすき間を悪徳業者が埋める

怪しい健康情報に飛びついて業者のカモとなってしまっている消費者をバカにする人たちがいますが、中間を埋めるまともな情報が出回っていないわけですから、認知症と宣告された人たちにとっては飛びつくしかないわけです。

どんなにそのサプリメントが詐欺としか見えないにしても、希望という名の心理的な行動理由を見れば筋が通っているわけです。

業者のほんと儲けることだけしか考えていない製品作りはわたしも嫌悪をおぼえますが、今の資本主義社会でそこだけ批判してもあまり生産性は無いように思うのです。

本当に批判すべきは、「中間的証拠の医療情報を体系的、合理的に提供するシステム」が社会の側に存在しないことじゃないでしょうか。

混合診療禁止が医療格差を生む

混合診療とは保険診療と自費診療を一つの病気に対して行うことであり、日本では混ぜて診療することが禁止されています。理由としては混合診療を認めると貧富によって受けることができる医療に差が生じやすくなるため、また効果の定まらない医療が行われる可能性もあるから、とされています。

一方で混合診療の禁止は一般の保険診療で行っている病院、クリニックがリコード法を治療の一環として取り入れたいと思っていてもむずかしくなります。

その結果、リコード法のような新しい治療方法は、その他の治療も含め100%自費診療で良いという患者さんだけが検査や治療を受けることができるため、貧富による医療格差、または出費の格差が混合診療によって反対に大きく生じてしまっています。

混合診療解禁は医療リテラシーを向上させる

効果の定まらない医療がはびこる可能性ですが、昔と違って患者さんも知識武装が可能であり、お医者さんと対等にやり取りすることが可能な時代に身を置いています。

そしてそのような個人個人の医療リテラシーはこれから不可避的に高まっていますし、医療資源が少なくなっていく中で高めていく必要もあります。

ごく一部ではたしかに暴利を貪るお医者さんがいることも事実ですが、それらは混合診療の可否とはほとんど関係ありません。

混合診療の解禁は認知症治療の広がりが大きく変わるだけではなく、お医者さんも治療について学習していく必要が生まれるため、お医者さん患者さん両者の医療知識の上昇、医療イノベーションの増加も見込まれます。

認知症患者の人口予測

一日2000人を超える認知症患者と3000人の家族

「1000 people」の画像検索結果

年間に90万人の方が認知症と診断されます。これは1日あたり2465人です。

要介護者の平均世帯人員2.5人であり、患者・同居家族を含めると、たった1日で5~6000人の人生に影響をおよぼします。

経済的な負担は 一日リコード法が遅れるごとに約510億円の社会的コスト(将来のコストを含める)一年で19兆円です。(2000人×382万円×6.7年間)

700万人という予測に欠ける死者への眼差し

認知症問題はすでに大きな問題となっていますが、2025年後には700万人、2030年には800万人に増加します。

700万人という数字はよく認知症の社会問題として取り上げられるものの、その数字には「死にゆく者への眼差し」が感じられません。。

2025年には単純に現在の500万人に200万人が足されて700万人に増えるわけではないからです。

年間約60万人の方が亡くなられており、大きく上回る約90万人の方が認知症と診断されます。2025年までに概算で360万人の方が亡くなられ、それを増量補充するかのように560万人もの方が認知症と診断されるわけです。

2030年の認知症患者800万人を200万人にする方法

この560万人のほとんどの方は、現在は未発症、SCI・MCIのステージです。

認知症初期の段階であれば、その多くを占める超高齢者であっても改善事例、認知症発症の進行を防ぐことが報告されています。今彼らへ介入すれば理論的には100%に近いレベルで進行を抑制することが可能です。

現実的な理論的上限値は国民全体という規模でいうと、70~80%程度あたりでしょう。

今、国や市民が怒涛の勢いで意識改革を行い全力で取り組めば、2025年でも100万人単位で減らすことは可能であり、2030年後には認知症患者さんは800万人の予定から400万人に減少できます!

2030年の800万人予想では、その全員が現在は未発症であるため、75%の改善割合を維持できるなら200万人、仮に50%だとしても400万人です。

社会としても早く取りくむことが著効となる

ここで大事なポイントは、例え上記のような改善率が見込めなかったとしても、早く取り組めば取り組むほど、社会としても改善のデータを集め、実際に取り組む上での知恵も蓄積していくため、それを利用して未来の認知症患者さんを減らしていくことができるということです!

深刻さに気づかれない認知症問題

経済的にも個々人の問題としても、ここまでインパクトのある社会問題は他にはそうそうなく、ガンやエイズ、原発の停止(1.3兆円)TPPの廃止(3兆円)などでさえ、認知症問題の深さには及びません!

費用(医療経済)で語らなければ通じない人がいるため数字で書いていますが、人道的社会を掲げるならば同コストであっても優先的に取り組むべき問題ではないでしょうか。

ギャップが激しい認知症の問題意識

一人の死は悲劇だ。しかし100万人の死は統計上の数字に過ぎない

スターリン

認知症ほど、世間の心配の程度と、その問題の本当の深刻さに、ギャップがある問題もないんじゃないでしょうか。

テロ事件と認知症問題を扱った総放送時間を死者数で割って比べてください。

問題の性質が違うという人がよくいるのですが、テロの日本人死者が(海外で)数人であるのに対して認知症患者は60万人です。この10万倍という数の違いを無視してもいいほどに、認知症問題は(テロなどと比べて)話題性を必要としない問題なのでしょうか?

誰も本当の意味で深刻さに気づいていない

これはテレビや新聞は嘘をついているとか、騙そうとしているとかいったレベルの批判ではありません。現在のニュース、報道が持つ最初からもっている原理的な自己矛盾に根ざしているのです。

間違っているとかいう話ではなく、われわれの感情の仕組みは現代社会の複雑さに応答することができないにもかかわらず、権利だけは与えられてしまっているという主権問題であり、そのミスマッチに多くの人が気づいていないということです。

問題が大きくなればなるほど、人々の関心は小さくなる

アメリカの同時多発テロでは5000人の方が亡くなって3000億円の寄付が集まり、マラリアではその6万倍の3億人が亡くなり未だに続いていますが、集まった寄付1000億円以下です。

行動経済学によると、マラリア、エイズに寄付が集まらない、関心が寄せられない理由は、

寄付が誰をすくうのかわからない」

「聞きすぎて鈍感になっている。」

「ニュースにならない。」

「感情にはピークがある。」

「イメージが思い浮かばない」

ということがマラリア治療への関心の低さとなっているそうですが、これはそのまま認知症に対する世間の関心の低い理由とも一致します。

一人の行動が大きな意味をもつ時期

この地上で過ごせる時間には限りがあります。

本当に大事なことを本当に一生懸命できる機会は、

二つか三つくらいしかないのです。

スティーブ・ジョブズ

経過報告

ブレデセンプロトコル臨床試験 239名の被験者

2017年8月

・SCI(主観的認知障害) MCI(軽度認知障害)患者のほぼ全員が改善

・初期アルツハイマー病患者の50~88%認知機能を改善

・中期~後期アルツハイマー病患者 いくつか反応あり、プログラムの遂行能力が課題

※ブレデセン博士曰く、プログラムが実行さえされるなら100%改善するとのこと

参加者の75%が辞めざるをえなかった仕事に復帰

※情報元 ACNEMブレインカンファレンス (英語) (Youtube)

最新経過報告

2018年8月

認知機能低下の逆転 100名の症例研究

www.omicsonline.org/open-access/reversal-of-cognitive-decline-100-patients-2161-0460-1000450.pdf

歴史的な医療の転換点

気候変動に対する投資はパスカルの賭けと同じだ。

気候変動があると信じて、それに従って行動したほうが、たとえそれが間違っていたとわかっても、ましなのである。

ティム・オライリー

今この記事を読んでいる方が、例えば奮起してリコード法を3人の方に広めてくれたとします。

そしてその方たちが2ヶ月経過して改善を実感し再び3人の方に広めてくれるということが、2ヶ月のスパンで継続してくれれば、1年後には729人の人に伝わります。

1年半後には19600人、2年後には53万人、2年半後には1400万人です。

その中でアルツハイマー病患者さんのたった1%の方が実行するだけでも、改善率が3割しかなかったとしても、国内で16200人の人生とその家族の生活が地獄から逃れられます。

より重要なのは、この改善率は将来にわたって引き継がれるため、この人数はさらに数十倍に達する可能性があるということです。

この数字はもちろん実現しないかもしれません。私のただの妄想かもしれません。

しかし、確実に言えることは、実行しなければそこから始まるチャンスもゼロで終わります。

実存的問題

どのみち死なねばならぬなら、 私は、なっとくして死にたいのだ

梅崎 春生

埋もれてしまう個人の生

お金や社会的な損害の話しばかりしてしまいましたが、「何万人が!」とか言われても、ある意味そういう大きな話というものは、かえってピンとこない、自分たち個人の実存的な生というものが見えにくくなったりもします。

また、認知症は、えてして悲惨さばかりがクローズアップがされ、またその反動でか「家族はともかく、本人はそれほど不幸でもないよ、」といった意見も時々目にしたりします。

幸福の過度な強調

わたし自身はというと、実はどちらの意見にも組みしておらず、今の世の中、幸せという観点ばかりが強調されすぎているのではないか、とも感じています。

当然、幸福の定義を広げれば、すべての問題は幸福かどうかだけになってしまいますが、幸福というのはみなさんが思われているほど、人生の価値を決める万能な物差しではありません。

たまたま現代が、絶対的な価値観を失った相対主義的な時代であるため、人々が幸福を基準に考えてしまいがちだというだけのことではないでしょうか。

認知症の本質的な問題はその悲惨さもさることながら、「人が人生をどう終えるのか」つまり世界の終焉という究極的な実存問題であり、通俗的な幸福の問題を超えているのではないかと思うのです。

こういった人生の最期をどう考えるかは、とうぜん、その人の人生観にもよるでしょう。映画のようなハッピーエンディングを望む人も多いと思います。

わたし自身、病気の経験があるため特別にそう考えるのかもしれませんが、認知症になるということは

「人生最期の時期に、自分自身に対して生きることへの問いかけができる最も重要な瞬間を逃してしまっている」

と感じており、ある光のもとでは、それが全てだとも感じています。

長いあいさつが、ますます収集つかなくなりそうなので、また別の機会に譲らしてもらえればと思います(汗)

最後に

死ぬだけよ、あんた死ぬだけよ、

―なんとかしようとしなければ、あんたは死ぬだけよ

小説「大麦入りのチキンスープ」

多くの人にとってリコード法は、たしかに簡単とは言えません。

その広範囲さえゆえに、必ず苦手分野が存在し、それらの克服も必要となってきます。

すべき事柄の多さもですが、その前に、二極化しているトンデモ健康情報と、現代医療の非実践性、どちらの不合理、非効率な側面にも気が付いて常識感を変えていく必要もあります。

実際にはじめて見て「するんじゃなかった」と後悔することもあるかもしれませんし、逆に認知症治療への奮闘が他の方への救いになるかもしれません。

やってみようという決心は自分の意志で行うより他ありませんが、残りを闘病者として一緒に歩みたいと思います。

アルハカ

断片的な情報はツイッターで発信していく予定です。

あいさつ 目次

  • はじめまして

2. 見通せない認知症の行く先

  • 介護殺人
  • 新薬を待つという偽の希望
  • 認知症という病気の異質さ
  • 医学的根拠の問題
  • 進行抑制の本当の理由
  • 進行が穏やかに進む要因
  • 開発者ブレデセン博士の記事・経歴
  • アミロイドβとは何のか
  • アルツハイマー病 3つのタイプ
  • 書籍の紹介
  • ブレデセンプロトコル(リコード法)の特徴
  • アルツハイマー病 36の要因
  • ブレデセンプロトコル(リコード法)への批判
  • ブレデセンプロトコル(リコード法)の課題
  • 個人で行う治療の内在的な課題
  • 組み合わせ治療の原理的な実証不可能性
  • アルハカ改善策
  • 日常の改善策
  • すでにあるアルツハイマー病治療薬
  • 伝統療法について
  • 検査では本当の進行はわからない
  • 認知症トラップ
  • 回復を遠のかせる4つの障壁
  • キーパーソンが鍵をにぎる

9. 趣旨説明

  • 注意事項とお願い
  • 理解は信頼を超越する
  • 認知症に対抗できる唯一の手札

10.今しかない認知症社会問題の根本的解決方法

  • 社会全体の現実逃避
  • 認知症先進国ジャパン
  • 実存的問題
あいさつ補足