複雑な多因子疾患を治すには

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「おまえはホント、自分のうまさにつまずくタイプやろね。得意なものにつまずくからなぁ、全員。」

明石家さんま

認知症はみんなが得意分野にこだわった結果生まれた病魔

あらゆる治療法が可能性をもつことの意味

アルツハイマー病の文献を網羅的にあたっていると、古今東西のあらゆる健康法やサプリメント・医薬がアルツハイマー病と関連付けれて研究されており、治療効果の可能性が報告されていることに気がつきます。

当然、研究者の研究報告ですので、治療効果だけではなく、なぜこの化合物が効果を発揮するのか、様々な機序(メカニズム)がまことしやかに書かれています。アミロイドやタウと直接的に関わるものもあれば、そうでないものもあります。

決定打となる治療法がまるでないにもかかわらず、可能性のレベルを探ると今度は極端に「あらゆるものが認知症に効果があるかもしれない」といった話しになるわけです。

あらゆる危険因子が想定されては消えていくことの意味

これは治療可能性ではなく、アルツハイマー病の発症に寄与する因子についても言えます。

アルツハイマー病の原因がアルミニウムだ、ウイルスだ、水銀だとか、過去にいろんなことがいわれ続けてきた一方で、疫学的、統計的には否定されてきたりもしました。

しかし、それらの分析はすべてアルツハイマー病発症リスクが個別的要因と複数の代謝障害によって生じる複雑性の疾患であるということが、そもそも前提となっていないわけです。

効果の及ぶ期間が長ければ長いほど、影響を与える因子(交絡因子)が多ければ多いほど、影響を与える因子が広範囲に均一に広がって比較対象が難しいほど、低用量毒性であればあるほど、因果関係は見えにくくなります。

医療研究の限界

5年10年ともなると直感どころか、臨床試験でさえも追えません。市販後の追跡調査にしても疫学調査にしても今度は様々な影響(交絡因子)が多く入り込むため、作用機序の推察で直線的な因果関係をもつもの以外は、おそらくこうだろうといったことしか言えません。

アルツハイマー病が36以上の要因が複雑に相互作用することで発症し、しかもその発症要因の影響度が個体差によっても異なる疾患なのであれば、多重解析などを用いたとしても有意な因果関係を引き出すことは実質不可能でしょう。

※36の要因は、それぞれが単純に認知症の発症リスクに小さな影響を与えるとは限らず、Aという障害がある時にのみBという障害のリスクが増大するといった要因のつながりも存在します。そのため、36の屋根の穴の例は正確には階層的に穴が開いていると考えたほうが適切です。

これはアルツハイマーが単一の原因をもつ病気ではなく、多くの病因を含んだ代謝障害、ネットワーク障害だと考えれば、少なくともひとつの辻褄のあう解釈にはならないでしょうか。

単一標的型治療の必然的な失敗

繰り返しになりますが、もしそれが事実だとするなら、世の中のほぼすべてのアルツハイマー病回復を目指した単一標的型の治療研究は必然的に失敗に終わることになります。

それは、彼らがまったく問題構造を理解していないからです。

一つの法律で世の中の犯罪をなくそうとか、一つのアイディアで温暖化を解決しようと企ているようなものです。

今治験を受けられている患者さんは犠牲者でさえありません。

治験の結果を次の患者へとほとんど役立てることもできないという意味で、文字通り無駄死にです!

単一標的治療だけにこだわる愚かさ

正直いって、アルツハイマー病の代謝障害がこれだけ多岐にわたっている事実がありながら(これはわたしの個人的見解などではなく多くの研究者が合意に達している事実です)、単一の薬剤での治療にこだわることに何の論理性も実践性も見いだせません!

何十万kmも走って動きがおかしくなった車を、一つの工具と一つの部品で修理しようとしているようなものです。

多因子標的は単一標的を包摂する

たとえ病因としての多因子説の証明自体がむずかしいとしても、そのことから単一の薬剤での治療回復が可能であるという結論にはつながりません。

100万歩譲って、単一標的、単一薬剤による治療回復が仮に可能であるとしても、そのことから多標的治療が有効ではないという結論は論理的に導き出せないだけではなく、選択肢としてあってはならない理由も見当たりません!

これは、「アミロイド仮説」が正しいかどうか、という以前の議論です。

それは防犯カメラによって犯罪抑止が可能になったからといって、犯罪者の更生プログラムや被害者支援が不要とはならないのと同じことです。

なんで、こんな単純なロジックが通じないのか……

このことが事実かどうかの差は、途方もない人的、経済的犠牲をもつため、(もうすでに生じてしまっていますが、、)少なくともそういう可能性について議論されるべきだと思いますが、いまだ議題にさえほとんど上がっていないことに絶望感さえ感じています。。

治療ボトルネック

また私個人の推察ですが、おそらくほとんどすべての人は、得意分野を探求しても解決の鍵を得られません。

えてして、われわれは自分の得意な分野だけにこだわって、問題の解決を図ろうとしたりします。

アルツハイマー病の裾野が広いことが災いして、医療の研究者だけでなく、代替療法にこだわっている方、企業、一般の方、だれもが自分の専門分野、専門業界、特異分野にこだわって勝負をしようとしています。

事態は逆です。ここは直感ですが、専門外の分野がボトルネックとなっている可能性が高く、むしろ努力すべきエリアは自分が苦手だったり、不得意とするところにあることが多い、そういうケースをいくつか見てきています。

それは私の仕事ではないと言い訳して待っていても、エキスパートのあなたが動かなければ、他の誰も動いてそのボトルネックを解消してくれたりはしません。あなたが他の専門分野に口出ししたくないように、他の専門家も口出ししたくないからです。

そうやって誰もが自分の殻に閉じこもって自分のテリトリーだけは守り批判を避けてきた結果、専門家でも医療者でもないわたしが、このような行動をしなければならないところまで追い込まれてしまった。

そのように思い立って活動を始めたわけではありませんが、他に行き場がなくなった患者さんからの相談を受けたとき、そういう気持ちになることがあります。。

リコード法以外のアプローチに未来はあるのか?

アルツハイマー病治療を総括できる専門家は存在しない

今現在行われている治験段階の薬剤だけでも100を超えるので、さすがにすべてには目を通せませんが、(研究者も全てに目を通していないことに留意すべきですが)現在あちこちの大学や研究所で開発研究されている薬など、そのほとんどが実質上アミロイドかタウをターゲットとしたものです。

第一相、第二相試験あたりまでは代謝障害をターゲットとした研究が多いのですが、結局は36以上ある認知症原因の良くて2つか3つを埋めるものばかりで、認知症代謝障害の複雑さを顧みた時、「やってることが正気の沙汰ではない」と思うほどです。

多数の働きをもつひとつの化合物

また、認知症の改善が高く期待されている単一の薬剤、または天然物などの作用機序をよくよく探ると、実は多因子的な作用を有していたということが少なくありません。

しかし臨床試験では単一の化合物であることを要求されるため、(結果的に)複数の作用機序をもつ一つの化合物探しといった、患者からするとバカバカしい創薬研究が始まるわけです。

多因子疾患であることを示唆する証拠は至るところに見出せれるにもかかわらず、それらを拾い集める人間がまるでいない現況は一体なんなのか?

「みな何か悪い夢に包まれているのでは」としか思えません。。

多因子説のまともな議論が見当たらない

多因子説が多少なりとも検討されたうえで、合理的な理由から棄却されているのならまだ納得もできますが、あるのは多因子説に対する従来型の実証性に関しての批判だけで、アルツハイマー病という病気の本質から考えられた内在的な批判は自分が知るかぎり皆無です。

予防治療はまだ少しだけ望みがある

認知症発症以前の予防的な措置であれば36の穴も小さく、(それでも抗アミロイド薬のような単剤では厳しいと思います)数種類の薬剤で全体を引き戻してくれるといった可能性もあるかもしれません。実際、今の認知症治療研究は早期発見予防治療の方向に向かっています。

現在行われている遺伝子治療、幹細胞治療にも期待していますし、ApoE4遺伝子のみならず、(実現可能かどうかは別として)複数のアルツハイマー病リスク遺伝子を標的にすれば、予防治療はまだ大きく進展を見せる可能性があると思っています。(この点はブレデセン博士と自分では若干見解が異なるかもしれません。)

しかし認知症発症後、つまりいくつもの代謝や因子のネットワークがこじれてしまった後になってから、単一標的型の薬をいくら投与してみたところで、根治回復にまでいたるとはとうてい思えないのです。

シンギュラリティー時代の認知症治療

SFテクノロジーを必要とする認知症治療

ただし、科学のみならず様々な面で今のこの指数関数爆発的な進化を遂げている時代に、より遠い未来においてまで認知症の改善が起こりえないとまでは思っていません。

20~30年先のシンギュラリティー、本格的なナノボット医療、遺伝子解析後の複数の遺伝子治療の実用化などを含めるとさすがにわかりません。

またイーロン・マスクが行っている、脳に人工知能を埋め込むというような技術が実現すれば、治癒どころか人間の定義ごとひっくり返るでしょう。[R]

しかし、リコード法を超える認知症治療のブレイクスルーがあるとすれば、そういったSFレベルのイノベーションになってくるだろうと推定しています。

シンギュラリティーが眉唾ものだと考える方もまだ多いと思います。そうだとすれば、未来の認知症治療の実現も同様に眉唾ものだと言えます。

最先端技術とリコード法の組み合わせによる現実案

もっとも現実的な案はリコード法と、すでに過去に使われている医療技術、そして幹細胞治療、遺伝子治療などの最先端技術、かつこれらの機能的な組み合わせです。

リコード法単独でも早期予防において実施できるならほとんどの方は発症を逃れますが、この組み合わせ戦略であれば予防、未発症段階のアルツハイマー病、上手く行けばアルツハイマー病初期の発症も防げると言っていいレベルの改善率が想像できます。

結局は社会制度・医療制度の問題に

しかしそういった最先端技術策の組み合わせも、結局は治療技術そのもののよりも、社会構造、医療の仕組み、制度、我々の医療倫理などをどうやって変えていくかの影響が大きくなります。

これらは草の根医療が不可能なので、現実的にとなるとリコード法よりも実施がむずかしいように思います。。

検査と実行率が命運を決める

症状逆転の閾値を意識する

シナプス新生と退縮の恒常性を回復させるためには、どれだけ多くのアルツハイマー病発症因子(≒シナプトクラスティック因子)を同時に抑制していくかが、認知症治療において大きな鍵となってきます。

日常改善策を最大限発揮させようとするのはなかなか難しい、という話しをしましたが、一方で全ての日常改善策を完全にこなさなければいけない、というわけでもありません。

これは、その人の障害要因がどこにあるのかによっても違ってくるのですが、屋根に開いた穴は相互に影響をおよぼし合っているため、全ての穴(障害要因)をきれいに埋めなくても、一度一定の閾値に達してしまえば、シナプス恒常性機能全体が正常化し、アルツハイマー病の症状が逆転していきます。

実行の数に単純比例しない

これは、検査の後、改善策を一定数こなすことが重要であり、次善の策、中途半端な実行ではそれほど期待できる改善は見せないかもしれないということを意味します。

数字はあくまで比喩ですが、例えば、仮に20の改善策によって10の回復が得られるとした場合、10の改善策でその半分の5の回復が望めるかというとそうとは限らず、2か3の効果しかないかもしれません。

一方で倍の40の改善策により2倍の回復を見せるだろうと期待しても、実際には1.3~1.4倍程度の回復度合いしかないかもしれません。

以下のグラフのように、実行率と改善度合いの関係は直線的ではなくゆるいS字曲線を描きます。

(個人的な経験では治療効果のプラトーと打破が繰り返され、もっと細かいS字が何段もあるような印象をもっています)

この一定数というのは、患者さんの病状の進行状況や、代謝障害の穴がどれだけあるかなどで左右されます。

散弾銃で圧倒する

現時点ではどれだけ行えば回復に至るかを正確に知る簡単な方法はないため、検査の後に実行すべき項目を絞った後は、それらの改善策をできるだけ広範囲に試行するというアプローチが安全な方法です。

生命に関わる事柄に対して、効果があるぎりぎりの実行量を狙うのは賢い方法とは言えません。

検査は治療方法を選択するためだけでなく、多すぎる治療アプローチを絞っていくという引き算の役割もあります。

社会通念がかえって危険

すべてに医学的な洞察が存在する

ブレデセンプロトコル(リコード法)の中にひとつとして、「認知症になんとなく良さそうなので取り入れてみた」というような治療法は含まれていません。

リコード法の個々の治療には、研究成果や臨床経験をベースにした科学的な理論があります。(ただし機序的な効果の確実性や、アーユルヴェーダなど伝統的に使われてきた薬も利用するなど、証拠の信頼性は必ずしも均一ではありません。)

わかっていない「運動は大切」という言葉

運動や食事、睡眠が重要だということは世間的にも常々語られているため、「重要」という言葉だけが重複してしまってかえってその定量的な度合が(おそらく定性的にも)誤解を招きます。

ブレデセンプロトコル(リコード法)を見た方の100人中99人が「なんだ結局運動しろか」とか「食事で治るなら苦労しないよ」と片付けてしまいます。

「990万回 NOです!」(1000万人に対して)

運動や食事は散弾銃

サプリメントや投薬はたしかに簡単ですが、基本一つの栄養素は一つか2つの穴を埋める効果しかありません。

例えば運動は確かにサプリメントのような簡便さはありませんが、きちんと行えば同時に10個ぐらいの穴をそこそこ埋めてくれるので、見方によってはとてもお得なのです。(ジョギングの費用ゼロ)

また、食事や運動、睡眠はそれぞれ相乗的に効果を高め合いコンボポイントがつくため、それらをしっかり行えば無数に空いた小さい穴はほとんどカバーすることができます。(深い穴は別途手当が必要なことがあります)

優先度の高いものだけ

ブレデセンプロトコル(リコード法)を見ていると、管理人的には他にもまだ有効な治療法はあるだろうと思うこともあるのですが、そうやってあれもこれも取り入れていると本当に実行不可能なプログラム量になるため、個々の治療内容も相当に厳選(取捨選択)されています。

そのため、リコード法においては、単純に効果があるかないかよりも、検査と組み合わせた治療全体のマネジメントがより重要となってきます。

テレビ健康法とは異なるリコード法

ここで、運動や食事が大事という世間的な感覚に安易に重ねてしまうと、「まあ今日は掃除と皿洗いをしたから」とか、「毎日三食ちゃんと野菜と玄米を食べてるし」といった治療レベルに達さない形で十分だと見なしてしまう方を、何人も見てきています。

10人中10人が、ためして◯ッテンなどで語られるレベルで運動や食事の重要性を捉えてしまっており、ここは意識改革といっていいようなものが必要になってくると思います。それができればリコード法の課題の半分以上は解決します。

次の記事

すでに何度か述べていますが、治療は早ければ早いほど良く、認知症の症状が現れる時期は実際(病理学的)には初期ではなく末期です。そのことが知られていないこともあって治療が手遅れになります。

早ければ早いほど回復も治療も簡単
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