ネットワーク理論・権力のネットワーク・自由度ヨチャイ・ベンクラー ハーバード・ロー・スクール
Networks of Power, Degrees of Freedom
Yochai Benkler (2011)
https://ijoc.org/index.php/ijoc/article/view/1093
目次
- 序文 / Introduction
- 定義:システムとしてのネットワーク;完全性と開放性 / Networks as Systems; Completeness and Openness
- 権力と自由:/ Power and Freedom
- ホーフェルドの法的関係からネットワークにおける権力と自由の定義へ / From Hohfeld’s Jural Relations to Defining Power and Freedom in Networks
- 枠組みを用いた、インターネットの「民主化」効果やより大きな自由の実現に関する主張の評価 / Using the Framework to Evaluate Claims About the Internet’s “Democratizing” Effects, or its Enabling Greater Freedom
- 結論 / Conclusion
本書の概要
短い解説:
本論文は、複数の重なり合うシステムにおける人間の行為を記述するための概念的枠組みを提供する。その目的は、ネットワーク化された情報社会における「権力」と「自由」の関係を、実証的に観察・検証可能な形で定義し、分析するための理論的基礎を構築することにある。対象読者は、ネットワーク社会論、メディア研究、法学、政治理論などの分野の研究者および実践家である。
著者について:
著者ヨチャイ・ベンクラーは、ハーバード・ロー・スクールの教授であり、ネットワーク社会と情報の経済・政治・社会的影響に関する研究で知られる。特に『ネットワーク・ウェルス』(2006年)では、社会的生産(social production)が市場と自由を変容させる道筋を描いた。本論文では、システム理論、法的分析、ネットワーク科学を融合させ、権力の流れと自由の度合いを多次元的・構造的に捉えようとする実践的な方法論に焦点を当てている。

テーマ解説
- 主要テーマ:権力と自由の関係を、複数の重なり合うシステム(ネットワーク)における影響力と非感受性として再定義し分析する枠組みの構築。
- 新規性:法的権利関係の分析で知られるホーフェルドの枠組みを一般化し、技術的・社会的・法的・経済的システムを含む多次元ネットワークにおける権力・自由・感受性・無力を統一的に記述する。
- 興味深い知見:個人や組織の自由度は、単一のシステム内部での「完全性」と、システム間を移動する「開放性」という二つの次元によって特徴づけられる。
キーワード解説(2~7)
- 権力 (Power):ある主体が、特定のシステムを通じて、他者の行動・結果・システムの構成を、自らの望む方向へと確率を高めて変化させる能力。
- 自由 (Freedom):ある主体が、特定のシステム内において、他者の権力に対する感受性を持たず、自らの行動・結果・構成に影響を与えられる状態。権力の欠如(no-power)に対応する。
- 感受性 (Susceptibility):ある主体が、特定のシステム内で他者の権力の行使の対象となりうる状態。
- 完全性 (Completeness):あるシステム(ネットワーク)内部での、権力行使による結果の決定論的度合い。システムの「緊密な結合」の程度。
- 開放性 (Openness):主体があるシステムの影響下から別のシステムへと行動や帰結をシフトできる度合い。システム間の「開放/閉鎖」の程度。
- 構成 (Configuration):権力が流れるシステム内部の経路、システムの完全性、システム間の開放性という三つの要素からなる、システムそのものの構造的性質。
- 対抗権力 (Counter-power):支配の対象とされる主体たちが、支配のメカニズムそのものを混乱させるために行使する権力の一形態。
3分要約
本論文は、ネットワーク化社会における権力と自由を分析するための理論的・方法的枠組みを提示する。権力と自由は、個人や組織が複数の重なり合うシステム(技術的、法的、社会的、経済的など)に同時に組み込まれることで生じる、多次元的な関係として捉えられる。権力とは、ある主体(アクター)が、特定のシステムを通じて、他者の認識・選好・行動・結果、さらにはシステムの構成そのものに影響を及ぼし、自らの望む方向へと確率を高める能力である。自由とは、そうした他者の権力に対する非感受性であり、自らの行動や結果を決定する能力である。
この関係を分析するためには、二つの重要なシステム特性を考慮する必要がある。第一は「完全性」であり、これはシステム内部での権力行使が結果をどの程度決定論的に導くかを示す。第二は「開放性」であり、主体が一つのシステムの影響から逃れ、別のシステムの影響下に自らを移すことができる度合いを示す。現代のネットワーク化社会は、デジタル技術によって、システム間を移動する「開放性」と、システム内部の決定論を弱める「不完全性」の両方を増大させる傾向がある。その結果、従来の権力構造(政府、大企業、マスメディア)に対する新たな「対抗権力」の経路が生まれ、個人や小規模な集合体による情報発信や動員が可能となっている。
論文はこの枠組みを、ウィキリークスによる米軍ヘリコプター攻撃ビデオ公開事件や、ファンによる動画二次創作をめぐる歴史的変遷(1970年代から2010年まで)に適用することで具体化する。例えば、ウィキリークスのケースでは、検閲耐性のあるオンラインプラットフォーム(新たな技術システム)が、従来の報道システム(法的・組織的システム)と組み合わさることで、政府の情報管理権力に対する「対抗権力」が発揮された。ファンビデオのケースでは、技術進化(8mmフィルム→VHS→デジタル編集→インターネット共有)が、著作権者(映画スタジオ)の権力行使システム(法的、技術的保護、市場システム)に対するファンの自由を、複数のシステム間の綱引きの中で拡大していくプロセスが描かれる。
結論として、著者は自由と権力は単一の理想的な均衡点を持つものではなく、我々は絶え間なく複数の競合するシステム間を「縫い進み」、様々な次元の自由を行使し、権力を及ぼしまた受けながら、動的なバランスを取って生きていると述べる。したがって、政策や社会運動においては、権力と自由の多次元的・システム的な性質を理解し、特定の一つの自由(例えば表現の自由や市場の自由)の追求が、他の次元での権力構造を強化する可能性にも目を向ける必要がある。
各章の要約
序文
ウィキリークスによる2007年の米軍アパッチヘリコプター攻撃ビデオ公開事件を事例に、インターネットが新たな種類の権力と自由を生み出していることを示す。20年前であれば、そのような映像が政治的影響力を持つためには、限られた数の主流メディア組織を経由する必要があり、組織内部の編集権力や政府との関係に左右された。しかし、ウィキリークスという少数のボランティアからなる国際的・検閲耐性のプラットフォームは、情報を入手した兵士や、米軍の軍事行動を批判する人々に、情報の発見・公開・世論動員の新たな経路と形態を提供した。これは必ずしも完璧な権力ではなく、実際の交戦規定の変更には至らなかったが、従来とは異なる制御可能性を持つ新たな権力行使の回路を明らかにした。ネットワーク社会に関する楽観論(民主化、個人の自由の拡大)と悲観論(監視社会、公共圏の分断)が存在する中、本論文の意図は、人間の行為をシステム内で記述し、誰がどのような自由を持ち、誰がどのような権力を行使するかを具体的に主張し、実証的に検証可能な枠組みを提供することにある。
定義:システムとしてのネットワーク;完全性と開放性
「ネットワーク」は、個別の実体(個人、組織、技術物=行為者)とそれらの間の関係を明示的に強調するシステム記述の一形態である。ある実体がネットワーク「内」にあるとは、その行動、結果、構成がそのシステムの力学によって影響を受けることを意味する(形式的成員以上に効果に基づく)。ネットワークは「完全性(緊密な結合)」と「開放性」によって特徴づけられる。完全性とは、そのシステムの効果のみを考慮した場合、そのシステム内にあるということが、実体の行動・結果・構成をどの程度決定するかを指す。開放性とは、実体がその行動・結果などをあるシステムの影響下から別のシステムの影響下へと移行できる度合い、つまりシステム間を移動できる自由度を指す。完全性はネットワーク内部の権力と自由の度合いを、開放性はネットワーク間の権力と自由の度合いを測る指標となる。
権力と自由
権力は、ある主体(A1)が、特定のネットワークを通じて、別の主体(A2)がA1の望む行動・結果・構成をとる確率を高める能力として定義される。その測定には、権力行使前のA2自身の選好状態(認識・選好・政策・原則=Ps)と、権力行使後の実際の状態との差を、他の要因を差し引いて評価する必要がある。選好形成(P-shaping)それ自体も権力の一形態であるが、共感的観察者の視点から見て真正な選好の変化とみなされる場合は、規範的に受容可能な「正当な権力」と区別される可能性がある。支配とは、ある関係性において権力の存在が確固たる期待として機能するような、反復的で予測可能な権力行使のパターンを指す。対抗権力は、支配の対象とされる主体たちが、支配のメカニズムそのものを混乱させるために行使する権力の一サブセットである。
自由は、主体が自らの行動、構成、結果の確率に影響を与える能力であり、他者の権力に対する非感受性である。自由度は、可能的行動と効果の特定可能な次元として、連続的な値を持つ。著者はこう述べる。「自由と権力は、対象となる相互作用において関連する行為者の望ましい行動・構成・結果からの実際の逸脱の程度を反映する、連続的な値を取る。」
ホーフェルドの法的関係からネットワークにおける権力と自由の定義へ
法学者ウェスリー・ホーフェルドが提唱した8つの「法的関係」(権利-義務、特権-無権利、権能-責任、免除-無能力)は、システムがその成員に提供する制約と可能性(affordances and constraints)を、他者への権力行使(権利、権能)と他者からの影響からの自由(特権、免除)に区分し、さらに行動・結果に関するものと、システム構成そのものを変更するものとに区分した点で、一般的な権力・自由分析の優れたテンプレートとなる。これを一般化し、表1に示すように、権力・感受性・自由・無力を、行動(Psと行動)、結果、構成(システム内経路、完全性、開放性)の各次元に沿って分析する枠組みを構築する。この枠組みによれば、ある関係性を理解するためには、関係主体間の権力の流れの次元と経路、および他者の権力を回避したり自らの権力を行使したりするための利用可能な経路を特定する必要がある。権力と自由は、単なる可能性(affordances)ではなく、文脈における諸実体間の関係を記述するものである。
枠組みを用いた、インターネットの「民主化」効果やより大きな自由の実現に関する主張の評価
構築した枠組みを具体例に適用するため、映画やテレビ番組のファンによる二次創作ビデオをめぐる権力関係の変遷(1970年代~2010年)を、4つの図を用いて分析する。この分析では、技術、法、文化的表現の伝達、承認・評価の表明、非難の表明、マーケティング、競争、政治的ロビー活動、企業買収、標準設定プロセスといった複数のシステムが色分けされ、各システム内での権力(実線矢印)と自由(点線矢印)、および可能性の提供(細点線矢印)の流れが描かれる。
1970年頃(図1)は、技術的に複製・編集が困難なフィルム媒体が支配的で、映画スタジオと放送局が文化的表現の流通をほぼ独占し、ファンの創造行為は8mmフィルムや再演に限定され、そのコミュニティも稀薄だった。1975-90年(図2)にビデオレコーダー(VCR)とケーブルテレビが登場すると、ソニー対ユニバーサル裁判で私的録画が認められ、消費者向け機器メーカーが新たな主体として台頭。ファンは録画とVHSテープによる配布で創造的自由を拡大し、ファンコミュニティも形成され始める。1995-2003年(図3)、デジタル化と初期インターネットにより、素材のリミックスが容易になる。映画スタジオはDMCA法制定やDVDの暗号化(CSS)で技術的・法的権力を強化するが、ハッカーらによる解読ツール(DeCSS)の開発と、インターネットユーザーコミュニティからの承認・評価が結びつき、「対抗権力」として機能する。2004-10年(図4)には、YouTubeなどの動画共有サイト、ソーシャルネットワーク、無料ソフトウェアの普及により、ファンの表現経路は飛躍的に拡大。法的には、非営利のマッシュアップがDMCAの回避禁止の例外と認められるなど、スタジオの権力は後退する。しかし同時に、アップルのiPod/iPhoneのように、魅力的なマーケティングで普及したがゆえに、その閉鎖的な技術プラットフォームを通じてユーザーに対する新たな権力経路を生み出す主体も現れる。
この事例は、単一のシステム(例えば法)での権力関係の変化だけではなく、複数のシステム間での権力と自由の綱引きの結果として、全体としてファンの自由度が増大する一方で、権力の源泉と経路が多様化・分散化していることを示す。技術的affordancesが自由拡大の基盤となっているが、それは文化的実践や社会的承認のネットワークと相互に支え合っている。
結論
ウィキリークスが今度は大量の機密文書を、『ニューヨーク・タイムズ』『ガーディアン』『デア・シュピーゲル』という三つの主流メディアに同時に提供した事例は、ネットワークシステムと伝統的システムの利点を組み合わせた巧妙な権力行使を示している。この組み合わせは、各国の市場競争と国際的な法執行の困難さを利用し、情報公開を確実なものとし、アフガン戦争に関する公的議論に大きな影響を与えた。このような離散的な事例は、ネットワーク社会が従来の権力行使の経路を撹乱し、新たな権力の次元と自由度を生み出していることを鮮明に示す。
我々は個人としてシステムの中に生きており、我々の選好、認識、行動、そしてシステムの構成そのものは、我々が組み込まれる複数のシステムによって形成され、影響を受ける。ネットワーク分析は、システムの構造と個人の選択の両方を反映する分析形式として、また、情報技術の普及という歴史的変化を捉えるものとして、二重の重要性を持つ。本論文が定義した権力と自由の多次元的枠組みは、誰が誰に対して、どのシステムを通じて、どのような権力(自由)を持ち、それが他のシステムの権力・自由とどう相互作用するかを具体化し、観察と検証を可能にするためのものである。
この理解は、政策、政治、社会運動にとって極めて重要である。例えば、企業の政治献金規制を表現の自由の観点から撤廃する判断は、権力と自由の多次元性を適切に概念化できていない自己損傷的な結果をもたらしうる。自由と権力が複数の重なり合うシステムによって創られる多次元的な社会的現実であると理解することは、一つの自由の次元(表現の自由、市場の自由、国家的保障など)の盲目的追求が、他の次元での望ましくない権力構造を強化する可能性を明らかにする。著者はこう述べる。「自転車に乗る者のように、我々は一方のペダルを踏み、次にもう一方のペダルを踏む。…我々はシステム間を縫い進み、権力を行使し、また権力に服し、多くの次元にわたる多様な自由を行使する。それらはどれも完璧ではなく、どれも支配的ではない。」
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