書籍要約『サバルタンは語ることができるか?』ガヤトリ・C・スピヴァク 1988年

抵抗運動・抵抗思想(オルタナ派)政治・思想

サイトのご利用には利用規約への同意が必要です

『Can the Subaltern Speak?』1988

目次

  • 西洋の主体批判とその隠された主体:/ The Critique of the Western Subject and its Concealed Subject
  • マルクスにおける代行と再現:/ Vertretung and Darstellung in Marx
  • 植民地的他者の構築と認識的暴力:/ The Construction of the Colonial Other and Epistemic Violence
  • サバルタンは語ることができるか?:/ Can the Subaltern Speak?
  • サティ(寡婦殉死)をめぐる言説と女性主体:/ The Discourse on Sati and the Female Subject

本書の概要:

短い解説:

本稿は、西洋の急進的知識人の言説に潜む認識論的暴力を批判し、真に周縁化された主体、とりわけ第三世界の女性が「語る」ことの不可能性を、植民地インドの寡婦殉死(サティ)の事例を通して論証する。

著者について:

著者ガヤトリ・C・スピヴァクは、ポストコロニアル批評、フェミニズム、マルクス主義、脱構築を横断する理論家である。本稿では、自身の特権的な知識人の立場を常に問い直しながら、西洋の理論と第三世界の現実の複雑な関係を分析する。

テーマ解説

西洋の急進的思想が無意識のうちに主体の地位を確保するメカニズムを暴露し、抑圧された者が自らを語るという行為そのものに潜む困難を浮き彫りにする。

キーワード解説

  • サバルタン:Gramsciに由来する概念で、社会において政治的・文化的に従属し、声を上げることが構造的に封じられた集団を指す。スピヴァクは特に、この中でも最も周縁化された「女性」に焦点を当てる。
  • 表象/代理:ドイツ語の「Vertreten(政治的代表/代行)」と「Darstellen(芸術的/哲学的な再現)」の区別に基づく。前者は政治的な代理権を、後者は記号や形象としての表現を意味し、この二つを混同することの危険性を論じる。
  • 認識的暴力:西洋の言説が、植民地の法や教育制度を通じて、非西洋世界の知識体系や自己認識のあり方を破壊し、自らの枠組みで再構成する力を指す。
  • サティ/スッティー:サンスクリット語で「貞淑な妻」を意味する「サティー」が、寡婦殉死の儀式自体を指す英語「スッティー」へと誤用・転用された事例。言語的・認識論的暴力の具体例として分析される。
  • 本質主義:被抑圧者の「真の声」や「純粋な意識」が存在するという前提への批判。スピヴァクは、戦略的に本質主義を用いる可能性を認めつつも、無自覚な本質主義が西洋の主体を再生産することに警鐘を鳴らす。

3分要約

本稿は、ミシェル・フーコーとジル・ドゥルーズによる対談「知識人と権力」を批判的に検証することから始まる。スピヴァクは、彼らの画期的な理論、すなわち権力の微視的構造や他者の語りの重視が、無意識のうちに西洋の主体を特権化していると主張する。彼らがマルクス主義的なイデオロギー論を軽視し、被抑圧者が「完全に知っており」「語ることができる」と前提することで、自らの知識人としての立場や国際的な分業体制を不可視化してしまう点を鋭く批判する。この批判を展開するために、スピヴァクはマルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』に立ち返り、「表象」を意味する二つのドイツ語、政治的代理を意味する「Vertreten」と芸術的再現を意味する「Darstellen」の重要な差異を浮き彫りにする。マルクスは小農民が自らの階級利益を「代理」される過程を分析する中で、主体は決して自己同一的ではなく、その「意識」も複雑に構成されることを示していた。フーコーとドゥルーズはこの区別を無視し、両方の「表象」を超えたところに被抑圧者自身の語りを置くことで、かえって透明な主体という幻想を復活させていると論じる。

続いてスピヴァクは、この理論的批判を具体化するために、イギリス領インド帝国における「認識的暴力」の事例を検討する。イギリスによるヒンドゥー法の成文化は、多様で流動的な慣習法を西洋の法的枠組みで固定化し、支配に都合の良い「アーリア人」としてのインドの伝統を創出するプロセスだった。この暴力は、サンスクリット語研究や教育制度の確立を通じて、インドの知識人自身の自己認識にも深く刻み込まれる。このような状況下で、サバルタン研究グループが試みるような、被抑圧者自身の「意識」の回復というプロジェクトは、記録やアーカイブの不在、そして植民地的言説による主体そのものの変容によって、極めて困難なものとなる。特に、国際分業の最底辺に位置する都市のサブプロレタリアートや部族民などは、単純に「語る」ことを許される存在ではない。そして、この「語ることの不可能性」は、女性の場合、性的差異という問題が加わることで、二重に深まることになる。

最後に、スピヴァクはこの理論的な問いを、19世紀初頭のイギリスによる寡婦殉死(サティ)の禁止をめぐる言説分析に適用する。この事件は、「褐色の女性を褐色の男性から救う白人の男性」という帝国主義的なナラティブと、「女性は自ら進んで死を望んだ」という土着家父長制的なナラティブが対峙する場となった。しかし、実際に火の中に消えていった寡婦たち自身の「声」は、どちらの言説においても完全に欠落している。スピヴァクは、ヒンドゥー教の聖典におけるサティの位置づけや、財産権をめぐる社会的文脈を詳細に分析し、女性の主体が「自由意志」という名の下に、いかにして家父長制的イデオロギーの中に組み込まれていくかを暴き出す。そして最後に、自身の親族にまつわる独立運動家の女性の自殺の事例を提示する。彼女は政治的な暗殺任務を引き受けられず、なおかつ自殺を私的な情愛によるものと誤認されないために、月経が始まるのを待って命を絶った。この行為は、サティという社会的テクストを書き換える介入的な実践とも読めるが、その声は最終的には「不法な恋愛」という解釈に回収されてしまう。ここに、いかなる代行や再現の回路を経ても、決して直接には届かない「サバルタン女性」の位置が浮かび上がる。スピヴァクは、知識人は彼女たちに「語らせる」という幻想を抱くのではなく、自らの言説が無意識に行う排除の構造を絶えず批判する責務を負うと結論づける。

各章の要約

第1章:西洋の主体批判とその隠された主体

スピヴァクはまず、フーコーとドゥルーズの対談を精読する。彼らの理論は、主体の批判、権力の微視的・多様な分析、そして社会の他者の知を開示することを重視する点で革新的である。しかし、彼らが「マオイスト」や「労働者の闘争」といった匿名の主体を無批判に持ち出し、自らの知識人としての位置性や国際的な分業体制を不可視化する点を批判する。欲望を無媒介に称揚し、イデオロギー概念を拒否することで、彼らの言説は無意識のうちに、透明で普遍的な西洋の主体を再び中心に据えてしまう。被抑圧者が「完全に知っており」「語ることができる」という前提は、知識人の代行機能を無化し、かえってその権力を隠蔽する結果となると論じる。

第2章:マルクスにおける代行と再現

フーコーとドゥルーズが無視した「表象」の複雑性を解明するため、スピヴァクはマルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』に注目する。マルクスは小農民が「彼ら自身を代表することができない。代表されねばならない」と述べるが、ここで使われる「代表する(vertreten)」は政治的代理を意味する。一方、商品の価値が交換過程で「身を表す(sich darstellen)」という場合の「表す(darstellen)」は、芸術的・哲学的な再現や形象化を指す。マルクスは階級意識の形成を、単純な利害の一致ではなく、この二つの異なる「表象」の複雑な媒介として描いていた。フーコーとドゥルーズがこの区別を無視し、欲望や権力といった概念で主体を一元化することは、結果的にマルクスが批判した主体の幻想を復活させることになると論じる。

第3章:植民地的他者の構築と認識的暴力

理論的枠組みを具体化するため、スピヴァクはイギリスによるインド統治下での「認識的暴力」を分析する。イギリスは、多様で流動的なヒンドゥー法を西洋の法体系で成文化する過程で、インド社会の複雑な現実を単純化・固定化した。このプロセスは、サンスクリット研究や教育制度の確立を通じて、インド人知識人の自己認識をも変容させ、植民地支配に協力的なエリート層を形成した。このような状況下で、サバルタン研究グループが試みる、被抑圧者の「意識」の回復というプロジェクトは、歴史的記録の不在や、主体そのものが支配の言説によって構成されているという困難に直面する。特に、国際分業の最底辺に位置する女性たちは、二重に周縁化され、その声は決して直接には届かない存在となる。

第4章:サティ(寡婦殉死)をめぐる言説と女性主体

最終章でスピヴァクは、イギリスによる寡婦殉死(サティ)禁止令をめぐる言説分析を行う。この事件は「白人が褐色の女性を救う」という帝国主義的物語と、「女性は自ら死を望んだ」という土着家父長制的物語が対立する場となったが、肝心の寡婦たちの声は記録されていない。スピヴァクはヒンドゥー教の聖典におけるサティの位置づけを詳細に分析し、女性の「自由意志」がいかに家父長制的イデオロギーの中に巧妙に組み込まれているかを暴く。そして、独立運動に関わった曾祖母の自殺を事例に挙げる。彼女は政治的な任務を遂行できず、なおかつ私的な情愛による死と誤解されないために月経の開始を待って自殺したが、その声は「不法な恋愛」という解釈に回収された。ここに、いかなる代行や再現をもってしても捉えきれない、サバルタン女性の「語ることの不可能性」が露呈する。

「サバルタンは語れるか」——沈黙させられた声の構造を問う

by Claude Sonnet 4.6

スピヴァクが挑んだ問いの核心

まず、この論文が何を問うているのかを掴もうとした瞬間、すでに困難に直面する。「サバルタン」という言葉自体、翻訳不可能な重さを持っている。グラムシが使ったこの言葉——被支配者、従属者、社会の底辺——をガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak)は植民地主義批判の文脈に移植する。そしてタイトルが問う。「サバルタンは語れるか?」

直感的には「語れるはずだ」と思う。人は皆、声を持つ。だがスピヴァクが言っているのはそこではない。問いの核心は——語ることと、その語りが「聴かれる」こと、「意味ある言説として登録される」ことは別の話だ、という点にある。

これは抽象的な哲学の話ではなく、権力と表象(representation)の構造についての話だ。

フーコーとドゥルーズの「善意の欺瞞」

論文の第一部で、スピヴァクはフーコーとドゥルーズの対話を解剖する。二人は「被抑圧者が自ら語れるようにすべきだ」と主張する。知識人は透明な媒介者として、抑圧された者に語らせればいい、と。

これを読んで、「ああ、これは現代でも至る所にある言説だ」と気づく。「当事者の声を聞け」「マイノリティに語らせろ」という主張の構造と同じだ。一見、進歩的に見える。

だがスピヴァクはここに巧妙な欺瞞を見出す。フーコーとドゥルーズは「もはや表象はない、行動だけがある」と言う。ところが、誰が「現実」を定義するのか?ドゥルーズは言う——「現実とは工場で、学校で、刑務所で、警察署で実際に起きていることだ」と。この「現実」を認識し、言語化し、理論として提示しているのは誰か?知識人自身だ。「被抑圧者が自ら語る」と言いながら、その語りの条件、枠組み、受容の構造は知識人が握ったままだ。

「透明な媒介者」を自称することで、知識人は自分自身の権力的位置を不可視化する——これがスピヴァクの告発だ。

マルクスの「vertreten」と「darstellen」の区別

ここがこの論文の最も精緻な部分だと思う。マルクスは「代表する」という概念に二つの動詞を使い分けた。vertreten(政治的代理、誰かの代わりに立つ)とdarstellen(哲学的・芸術的表象、再現・描写する)だ。

フーコーとドゥルーズはこの区別を意図的に曖昧にする、とスピヴァクは指摘する。「もはや表象はない」と言うことで、政治的代理(vertreten)の問題を消去し、知識人が「被抑圧者を代理していない」と宣言できる。だが実際には描写(darstellen)を通じて他者を表象し続けている。この二つの表象概念を混同することで、知識人の権力的位置が隠蔽される。

これは日本の文脈でも考えられる。「当事者の声を届ける」と言うメディアや活動家が、どのような声を選び、どのように編集し、どの文脈に置くかによって、「当事者の声」は実際には媒介者の表象になる。

植民地的認識論暴力——ヒンドゥー法典化の事例

第二部で、スピヴァクはイギリスによるインドのヒンドゥー法典化を「認識論的暴力(epistemic violence)」の例として挙げる。

イギリスは「ヒンドゥー法を保護・体系化する」という名目で、それまで多元的で流動的だった法的実践を固定化し、均質化した。この過程で何が起きたか——「本当のヒンドゥー法」がイギリスの解釈によって定義され、インドの知識エリートもその定義を内面化し再生産するようになった。

植民地的認識論暴力とは、単なる物理的支配ではなく、認識の枠組みそのものを書き換える暴力だ。「何が知識か」「誰の知識が有効か」「どのような言説が真実として認められるか」——これらの基準を設定する権力こそが最も深い支配だ。

パンデミック期に、「科学的コンセンサス」という名のもとで特定の見解だけが「有効な知識」として扱われ、異論を唱える専門家が排除されていった構造と、これは重なって見える。認識論的権力は、誰かを「非科学的」「陰謀論者」とラベリングすることで機能する。

「白人男性が褐色の女性を褐色の男性から救う」

論文の核心部分で、スピヴァクはサティ(寡婦焚身)をめぐる言説を分析する。

1829年にイギリスはサティを廃止した。これは「文明化の使命」の輝かしい事例として提示されてきた——「白人男性が褐色の女性を褐色の男性から救う」という物語として。

一方、インド・ナショナリスト側の主張は「女性たちは本当に死を望んでいた」というものだった。

スピヴァクは問う——この二つの物語の間に、実際にその女性たちの声はあるか?

答えは否だ。植民地当局の記録には犠牲となった寡婦たちの名前が記されている(しかも誤記だらけで、カーストを「部族」と誤記するほど無関心に)。だが彼女たちの証言は存在しない。「女性は死を望んでいた」という言説はヒンドゥーのパトリアーキーが生産したものだし、「女性を救った」という言説はイギリスの帝国主義的正当化だ。女性の主体はどちらの物語にも存在しない——「二重の影」の中に置かれている。

スピヴァクはダルマシャーストラ(ヒンドゥー聖典法学)の分析を通じて示す。そもそもサティを「禁じられた自殺の例外」として規定した聖典解釈自体が、曖昧なリグ・ヴェーダの詩節の誤読に基づいている。「agre」(最初に)という語が「agne」(おお、火よ)と誤読され、それが権威的テキストとして確立された——つまり寡婦の死を正当化する「聖典的根拠」が誤読の上に成立していた。

ブヴァネシュワリ・バドゥリの死——書き換えられた抵抗

論文の最も衝撃的な結末がこれだ。1926年、16〜17歳のブヴァネシュワリ・バドゥリ(Bhuvaneswari Bhaduri)が北カルカッタで首を吊って死んだ。

彼女はインド独立運動の武装グループのメンバーで、政治的暗殺を委託されていた。その任務を遂行できないと悟り、しかし組織への信頼を裏切れないと考え、自殺を選んだ。

だが彼女は一つのことを計算していた——月経中に死ぬことで、「不義の妊娠による自殺」という解釈を封じようとした。彼女の死は、サティの論理(正当化された自殺)を転倒させ、政治的行為として読まれることを意図していた。

ほぼ10年後に真実が発覚した。だが家族の反応は?「姪たちに聞いたところ、不義の恋の話だったらしい」と。

スピヴァクの結論は冷酷だ。「サバルタンは語れない」——ブヴァネシュワリは自らの身体を使って精緻なメッセージを書き込もうとした。しかしそのメッセージは解読されなかった。「不義の恋」という既成の物語が、彼女の意図した語りを上書きした。

この問いが開く現代的射程

スピヴァクの論文は1988年に書かれたが、この問いの射程は今も有効だ——むしろ拡張されている。

「語る」ことと「聴かれる」ことの非対称性は、デジタル時代にむしろ深化している。SNSは誰でも発信できるようにしたが、誰の声がアルゴリズムによって増幅され、誰の声が「誤情報」としてサプレスされるかは、プラットフォーム企業が決める。ファクトチェックという制度も、「何が真実として登録されるか」を決める認識論的権力の一形態だ。

「当事者の声を聞け」という言説も同様だ。どの当事者の、どの声を、誰が選び、どう文脈化するかによって、「当事者の声」は生産された表象になる。

スピヴァクが指摘したフーコーとドゥルーズの「透明な媒介者」という幻想——「私は語らない、彼らに語らせる」という身振り——は現代の様々な場所で反復されている。

最終的にスピヴァクが求めているのは、「サバルタンに語らせること」ではなく、知識人や研究者が自分自身の認識論的位置と権力的関与を徹底的に問い直すことだ。「沈黙を測定すること」——語られなかったこと、語れなかったこと、語られても聴かれなかったことの構造を可視化すること。それが彼女の提案する批判的実践だ。

「サバルタンは語れない」という結論は、絶望ではない。それは、既存の表象の枠組みそのものを問い直さなければ、どれほど「声を届けようとしても」同じ構造を再生産することになる、という警告だ。

「いいね」を参考に記事を作成しています。
いいね記事一覧はこちら

備考:機械翻訳に伴う誤訳・文章省略があります。下線、太字強調、改行、注釈、AIによる解説(青枠)、画像の挿入、代替リンクなどの編集を独自に行っていることがあります。使用翻訳ソフト:DeepL,LLM: Claude 3, Grok 2 文字起こしソフト:Otter.ai
alzhacker.com をフォロー