
英語タイトル:『Satanism:A Social History』Massimo Introvigne 2016
日本語タイトル:『サタニズム:その社会史』マッシモ・イントロヴィーニェ 2016
目次
- 第1部 17-18世紀における原初的サタニズム / Proto-Satanism, 17th and 18th Centuries
- 第1章 フランス:法廷に現れたサタン / France: Satan in the Courtroom
- 第2章 スウェーデン:追いはぎサタン / Sweden: Satan the Highway Robber
- 第3章 イタリア:修道士サタン / Italy: Satan the Friar
- 第4章 イングランド:国会議員サタン / England: Satan the Member of Parliament
- 第5章 ロシア:翻訳家サタン / Russia: Satan the Translator
- 第2部 古典的サタニズム、1821–1952 / Classical Satanism, 1821–1952
- 第6章 反サタニズムの蔓延、1821–1870 / An Epidemic of Anti-Satanism, 1821–1870
- 第7章 ユイスマンスをめぐって、1870–1891 / Around Huysmans, 1870–1891
- 第8章 フリーメイソンのサタン:レオ・タクシルの偽情報工作、1891–1897 / Satan the Freemason: The Mystification of Léo Taxil, 1891–1897
- 第9章 サタンの地下活動、1897–1952 / A Satanic Underground, 1897–1952
- 第3部 現代の悪魔崇拝、1952–2016 / Modern Satanism, 1952–2016
- 第10章 現代悪魔崇拝の起源、1952–1980 / The Origins of Modern Satanism, 1952–1980
- 第11章 大いなるサタニズム・スケア、1980–1994 / The Great Satanism Scare, 1980–1994
- 第12章 サタンの司祭:ジョルジョ・ゴヴォーニ神父の悲しい物語 / Satan’s Priest: The Sad Story of Father Giorgio Govoni
- 第13章 サタンの音楽家:ブラック・メタルとサタニズム / Satan’s Musicians: Black Metal and Satanism
- 第14章 20世紀から21世紀へ、1994–2016 / From the Twentieth to the Twenty-First Century, 1994–2016
本書の概要:
短い解説:
本書は、17世紀から21世紀初頭に至る「サタニズム」という社会現象を、組織的悪魔崇拝ではなく、社会が生成し反応する「言説」として捉え、その歴史的変遷を社会史的に描き出すことを目的としている。学術的関心を持つ読者や、現代のオカルト・サブカルチャーに興味のある読者を対象とする。
著者について:
著者マッシモ・イントロヴィーニェは、イタリアの宗教社会学者・弁護士であり、新宗教運動やオカルティズムに関する多数の著作を持つ。ヨーロッパの視点から、豊富な一次史料(司法記録、オカルト文献、新聞記事など)を駆使し、サタニズムを巡る社会の幻想と現実の相互作用を、冷静かつ詳細に分析している。
テーマ解説
- 主要テーマ:「サタニズム」と「反サタニズム」の弁証法的関係 [歴史的に、サタニズムへの恐怖がサタニズム像を生み、それがさらなる恐怖を呼ぶ循環構造が繰り返されてきた]
- 新規性:「原初的サタニズム」「古典的サタニズム」「現代サタニズム」の三段階モデル [組織的教義が存在しない17-18世紀から、文学・陰謀論で構築された19世紀、ラヴェイ以後の制度化された20世紀後半へと区分する]
- 興味深い視点:サタニズムの「実在性」問題へのアプローチ [実在する悪魔崇拝団体の証拠探しではなく、社会がいかにして「サタニスト」というカテゴリーを作り出し、それに人々が反応したかを追う]
キーワード解説(2~7)
- 原初的サタニズム:17-18世紀に見られる、組織化された教義や共同体を欠き、主に物質的利益や犯罪成功を目的とした、個人レベルの悪魔的言説や模倣儀礼。
- 反サタニズム:社会の混乱や敵対集団(啓蒙思想家、フリーメイソン、特定の宗教など)を、悪魔の陰謀として解釈・告発する言説。
- 古典的サタニズム:19世紀から20世紀半ばにかけて、文学(ユイスマンス)や偽情報工作(タクシル)によって構築された、儀式的で陰謀的なサタニズム像。現実の小規模な実践も含まれる。
- 現代サタニズム:アントン・ラヴェイの「悪魔の教会」(1966年)設立以降に組織化・可視化された潮流。合理主義的・象徴的サタニズムと、有神論的・実在論的サタニズムに大別される。
- サタニズム・スケア:1980-90年代に米国を中心に広がった、悪魔崇拝カルトによる組織的児童虐待(儀的虐待)のパニック。証拠に乏しい「回復記憶」に基づき、多くの冤罪を生んだ。
- ブラック・メタル:1980年代に始まるヘヴィ・メタルのサブジャンル。挑発的サタニズムから出発し、1990年代ノルウェーでは有神論的サタニズムと教会放火・殺人事件を伴う過激化を見せた。
- 振り子理論:著者が提示する歴史解釈。サタニズムへの恐怖(反サタニズム)が高まるとサタニズムは抑圧されるが、その恐怖が行き過ぎて信用を失うと、サタニズムが再び表舞台に現れるという循環。
3分要約
本書は、サタニズムを実在する組織的悪魔崇拝団体の歴史としてではなく、社会が「サタニスト」というカテゴリーを構築し、それに対峙あるいは利用してきた「言説」と「現象」の社会史として描き出す。その歴史は、「サタニズム」とそれを糾弾する「反サタニズム」とが相互に生成し合う弁証法的な循環、すなわち「振り子」の動きとして展開してきた。
17世紀から18世紀にかけての「原初的サタニズム」の時代には、現代的な意味での教団は存在しなかった。フランスの宮廷スキャンダル「毒薬事件」における黒ミサ、スウェーデンの追いはぎたちの悪魔契約、イタリアの異端司祭の儀式模倣など、司法記録に残る事例はいずれも、永続的な組織ではなく、個人の物質的利益や犯罪成功、あるいは権威への挑戦といった世俗的目的に沿ったものであった。イングランドの「ヘルファイア・クラブ」は、実際には快楽主義的な社交クラブに過ぎなかったが、後世の文学によって悪魔崇拝の神話として定着させられた。ロシアでは、ミルトンの『失楽園』翻訳を通じて流入した英雄的サタン像が、文化的・政治的抵抗のシンボルとして機能し始めた。この時代の特徴は、サタンが実体的な崇拝対象というよりも、何らかの目的を達成するための「機能」として言説の中で現れた点にある。
19世紀に入ると状況が変わる。フランス革命後の社会混乱に直面したカトリック知識人たちの間で、社会変動を悪魔の陰謀として解釈する「反サタニズム」が流行する。彼らは啓蒙思想家、フリーメイソン、スピリティズムなどを悪魔の手下と断じ、膨大な文献でその脅威を説いた。この反サタニズムの言説が、逆説的に「古典的サタニズム」の具体的なイメージを形成する土壌となった。小説家ユイスマンスは、実際のオカルト界潜入と異端司祭らの文書に基づいて『彼方』を執筆し、黒ミサなどの儀式的悪魔崇拝を鮮烈に描写した。文学と現実の探求が融合し、悪魔崇拝の詳細なイメージが広く共有されるようになる。そしてその頂点が、レオ・タクシルによる世紀の偽情報工作であった。彼はフリーメイソン内部に悪魔崇拝結社「パラディウム」が存在するとでっち上げ、カトリック界を熱狂と混乱に陥れた後、全てが嘘であったと告白した。この事件は、反サタニズムの恐怖が、いかに虚構に満ちたサタニズム像を産み出し得るかを如実に示した。
タクシル暴露後、悪魔崇拝は表舞台から消え、20世紀前半は「地下活動」の時代となる。しかし、ベン・カドシュ、スタニスワフ・プシビシェフスキ、アレイスター・クロウリー、マリア・ド・ナグロフスカら、様々な思想家や魔術師たちが、悪魔的イメージや儀式形式を発展させ、思想的素材を蓄積していった。クロウリーは無神論的魔術師であったが、その性魔術の体系は後のサタニズムに決定的な影響を与えることになる。
現代サタニズムは、1966年のアントン・ラヴェイによる「悪魔の教会」創設によって幕を開ける。ラヴェイは合理主義的個人主義と社会ダーウィニズムを掲げ、サタンを人間の欲望と個人性の象徴と位置づけた。その派手なパフォーマンスと『悪魔の聖書』はメディアの注目を集め、サタニズムを大衆文化の前面に押し出した。しかし、サタンを実在の知的存在として崇拝すべきだとするマイケル・アクイノらとの対立から1975年に分裂が起こり、アクイノは有神論的「セトの神殿」を設立した。この分裂は、現代サタニズム内部の根本的な分岐点(象徴的 vs. 実在論的)を示している。
1980年代から90年代前半にかけて、米国を中心に「大いなるサタニズム・スケア」が社会を襲った。反カルト運動と結びついたセラピストたちが、患者の「回復記憶」から悪魔崇拝カルトによる組織的児童虐待(儀的虐待)の大規模な陰謀を「発見」し、メディアと司法を巻き込んだパニックが発生した。マクマーチン・プリスクール事件に代表される一連の裁判では、誘導尋問による虚偽の記憶形成が問題となり、物的証拠はほとんど見つからなかった。1994年の英米政府報告書は組織的虐待の証拠なしと結論し、このスケアは終息した。この事件は、反サタニズムの恐怖がいかに社会的ヒステリーと冤罪を生み出すかを示す悲劇的な一例であった。イタリアで起きたゴヴォーニ神父冤罪事件も同様の構図を持っていた。
一方、1990年代にはノルウェーを震源地とするブラック・メタルの「第二波」が、文化的・時には暴力的な形でサタニズムを表現した。彼らはラヴェイの合理主義を拒絶し、キリスト教と社会への憎悪に基づく「有神論的」サタニズムを掲げ、教会放火や殺人事件を引き起こした。音楽シーンは、悪魔崇拝のイデオロギーと美学を伝播する媒体としての役割を強めた。
21世紀に入ると、インターネットはサタニズムの表現と組織化をさらに多様化させた。ラヴェイの系譜を引く合理主義的サタニズムは「サタニック・テンプル」のような政治的行動集団として進化し、政教分離を求める活動を展開した。他方で、有神論的サタニズムもオンラインで新たな団体を生み出している。また、犯罪と結びついた原始的なサタニズムの事件も散発的に続いている。
著者は、サタニズムの歴史が「振り子」のように揺れ動くものであると結論付ける。反サタニズムの恐怖が高まればサタニズムは抑圧されるが、その恐怖が行き過ぎて虚構が暴かれると、サタニズムは再び表舞台に現れる。サタニズムは大宗教となる可能性は低いが、近代社会に対する恐怖や反抗の表れとして、また反サタニズムが生み出す魅力的な「陰謀」のイメージを糧として、この振り子運動の中で小さくとも存続し続けるだろう。本書は、サタニズムそのものよりも、それを巡って社会がいかに幻想と現実を織り交ぜてきたかを描くことによって、宗教と社会の関係の一つの深層を照らし出している。
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