書籍『貨幣が死ぬとき:ワイマール・ドイツにおける赤字支出、通貨切り下げ、ハイパーインフレーションの悪夢』アダム・ファーガソン、1975年

物々交換金融危機・金融崩壊・インフレ

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英語タイトル:『When Money Dies: The Nightmare of Deficit Spending, Devaluation, and Hyperinflation in Weimar Germany』Adam Fergusson, 1975

日本語タイトル:『貨幣が死ぬとき:ワイマール・ドイツにおける赤字支出、通貨切り下げ、ハイパーインフレーションの悪夢』アダム・ファーガソン、1975年

目次

  • プロローグ / Prologue
  • 第1章 金を鉄に / Gold for Iron
  • 第2章 喜びなき街路 / Joyless Streets
  • 第3章 請求書の提示 / The Bill Presented
  • 第4章 何兆マルクの狂乱 / Delirium of Milliards
  • 第5章 ハイパーインフレーションへの滑落 / The Slide to Hyperinflation
  • 第6章 1922年の夏 / Summer of ’22
  • 第7章 ハプスブルクの遺産 / The Hapsburg Inheritance
  • 第8章 秋の紙幣追跡 / Autumn Paper-chase
  • 第9章 ルール闘争 / Ruhrkampf
  • 第10章 1923年の夏 / Summer of ’23
  • 第11章 ハーフェンシュタイン / Havenstein
  • 第12章 深淵の底 / The Bottom of the Abyss
  • 第13章 シャハト / Schacht
  • 第14章 失業の勃発 / Unemployment Breaks Out
  • 第15章 傷口が露わに / The Wounds are Bared
  • エピローグ / Epilogue

本書の概要

短い解説

本書は、第一次世界大戦後のドイツ、オーストリア、ハンガリーにおけるハイパーインフレーションが、社会と人々の生活をどのように破壊したかを詳細に記録した歴史書である。

著者について

著者アダム・ファーガソンは、イギリス外務省の記録文書や当時の証言を基に、インフレーションが単なる経済現象ではなく、道徳、倫理、社会秩序を崩壊させる過程であったことを実証的に描いている。1975年の初版刊行以来、インフレーションの危険性を警告する古典として読み継がれている。

主要キーワードと解説

  • 主要テーマ:ハイパーインフレーションの社会的影響 – 通貨価値の崩壊が、中産階級の破綻、道徳の崩壊、政治的過激化を招いた過程
  • 新規性:人間的側面からの分析 – 経済統計だけでなく、個人の日記や証言を通じて、インフレーションが人々の生活と心理に与えた具体的影響を描写
  • 興味深い知見:紙幣印刷の加速 – ライヒスバンク総裁ハーフェンシュタインが、貨幣供給と価値下落の因果関係を理解せず、通貨不足解消のため印刷を加速させた無知と頑迷さ
  • 重要な教訓:政治的臆病 – インフレーション抑制の技術的可能性は常に存在したが、失業と社会不安を恐れた政治家が「容易な選択」を繰り返し、破局を招いた

3分要約

第一次世界大戦前、ドイツ・マルク、オーストリア・クローネ、ハンガリー・コロナは安定した通貨だった。1923年末までに、マルクは戦前価値の1兆分の1に下落し、通貨として機能しなくなった。この破局は10年かけて進行した。

戦時中、ドイツは戦費調達を増税ではなく戦時公債発行と紙幣印刷で賄った。ヘルフェリヒ蔵相の下で、ライヒスバンクは金兌換を停止し、短期国庫証券の割引を無制限に行った。戦争は1,640億マルクを費やしたが、税収は微々たるものだった。敗戦とヴェルサイユ条約の賠償義務が、すでに損傷していた財政システムに致命的打撃を与えた。

1919年から1922年にかけて、マルクは段階的に下落した。当初、物価上昇は戦争と連合国の封鎖の結果と考えられ、通貨供給との関連は理解されなかった。ライヒスバンク総裁ハーフェンシュタインは、紙幣印刷が通貨下落の原因ではなく、通貨不足を解消する義務だと信じていた。政府は失業を恐れ、産業界は輸出競争力維持のため、インフレーション政策を支持した。

1922年、外相ラーテナウの暗殺後、マルクは急落した。賠償支払いと国内補助金の財源は紙幣印刷のみとなり、悪循環が加速した。農民は紙幣での農産物販売を拒否し、都市部で飢餓が広がった。中産階級は貯蓄と年金を失い、困窮した。投機家と産業家は外貨を蓄え、資産を買い漁った。道徳は崩壊し、汚職、窃盗、売春が蔓延した。

1923年1月、フランスとベルギーがルール地方を占領し、ドイツは受動的抵抗で対抗した。この闘争の資金も紙幣印刷で賄われ、インフレーションは制御不能となった。8月、マルクは1ポンド=500億マルクに達した。11月には1兆2,000億マルクとなり、通貨は完全に崩壊した。食料不足、暴動、政治的混乱が国を覆った。ヒトラーがミュンヘンでクーデターを試みたのもこの時期である。

11月15日、レンテンマルクが導入され、1レンテンマルク=1兆マルクのレートで安定化が図られた。これは農地と産業資産を担保とした紙幣だったが、実質的価値は疑わしかった。しかし国民はこの「新しい通貨」を信じ、流通速度が低下し、安定化が実現した。シャハト通貨委員の厳格な信用統制と、国庫証券割引の停止が、奇跡的成功を支えた。

だが安定化は新たな苦難をもたらした。信用収縮により企業倒産と失業が激増し、1926年には登録失業者が200万人を超えた。中産階級の多くは困窮したままで、戦時公債や貯蓄を失った人々への補償はわずかだった。富の再分配は残酷で不公平だった。

インフレーションは道徳的・社会的腐敗を広げた。脱税、買い占め、投機、贈収賄が常態化し、かつて高潔だった官僚機構も腐敗した。反ユダヤ主義が激化し、民主主義への信頼は失墜した。1920年代後半の見かけの繁栄は、外国からの借入に依存した脆弱なものだった。

インフレーションがヒトラーを生んだとは言えないが、ヒトラーを可能にした。1930年代初頭の大量失業が最終的にナチスに権力を与えたが、その失業もインフレーション期の過剰拡大の帰結だった。ワイマール共和国の悲劇は、金融的無知、産業界の貪欲、そして政治的臆病が、技術的には回避可能だった破局を招いたことにある。安定化が可能だった時期は常に存在したが、政府は失業と社会不安を恐れ、「容易な選択」を繰り返した。最終的に、想像を絶する混乱の後にしか、安定は訪れなかった。


各章の要約

プロローグ / Prologue

ワイマール共和国の大インフレーションは、経済史上最も破壊的な出来事の一つだが、その人的側面は十分に理解されていない。1913年、マルク、シリング、フラン、リラはほぼ同価値だった。1923年末までにマルクは100万分の1に下落し、貨幣として機能しなくなった。この過程は10年近くかかった。インフレーションは人々に何をもたらすのか。それは貪欲、暴力、不幸、憎悪を解き放ち、社会を傷つけ、変容させる。本書は経済研究ではなく、インフレーションが人々と国家にもたらした影響の記録である。

第1章 金を鉄に / Gold for Iron

第一次世界大戦前、ドイツは金本位制を採用し、安定した通貨を維持していた。戦争勃発とともに金兌換は停止され、戦費は増税ではなく戦時公債と紙幣発行で賄われた。ヘルフェリヒ蔵相の下、ライヒスバンクは短期国庫証券の無制限割引を開始した。1918年末までに、紙幣流通量は戦前の10倍に達した。ドイツの戦時財政政策は、将来の賠償金で賄うという楽観的前提に基づいていたが、敗戦により破綻した。ヴェルサイユ条約は領土、資源、人口の喪失をもたらし、1,320億金マルクの賠償義務を課した。この時点で、ドイツの通貨と財政システムは既に深刻な損傷を受けていた。

第2章 喜びなき街路 / Joyless Streets

オーストリアとハンガリーは、ドイツ以上に悲惨な状況に陥った。ハプスブルク帝国の解体により、ウィーンは巨大な首都でありながら十分な後背地を失った。食糧不足は深刻で、1918年末には小麦粉の価格が戦前の50倍になった。クローネは急落し、1922年5月には1ポンド=35,000クローネに達した。中産階級の女性アンナ・アイゼンメンガーの日記は、貯蓄の消滅、食料の入手困難、道徳の崩壊を生々しく記録している。彼女は戦時公債に投資していた資産が紙くずになるのを目撃した。農民は紙幣を拒否し、物々交換が常態化した。ウィーンでは1922年12月、食料価格高騰に抗議する暴動が発生し、店舗が略奪された。

第3章 請求書の提示 / The Bill Presented

1920年、ドイツでは政治的不安定が続いた。カップ一揆は失敗したが、右翼と左翼の対立は激化した。生活費は1914年比で12倍に上昇し、労働者階級は苦境に立たされた。一方で産業は比較的好調で、輸出競争力を維持していた。しかし中産階級、特に固定収入層は困窮した。1921年、ロンドン会議で賠償総額が1,320億金マルクと確定され、ドイツは年20億金マルクと輸出額の26%の支払いを義務づけられた。この負担は財政をさらに圧迫し、マルクは下落を続けた。税収は支出に追いつかず、政府は紙幣印刷に依存した。

第4章 何兆マルクの狂乱 / Delirium of Milliards

1921年夏以降、マルクの下落は加速した。ラーテナウ復興相は「何兆マルクの狂乱」という言葉で、数字の巨大化が現実感覚を麻痺させる状況を表現した。8月、マンハイマーがライヒスバンクの指示で外貨を無制限に買い入れたことが、マルク暴落の引き金となった。投機が蔓延し、外貨保有が常態化した。1921年末、マルクは1ポンド=1,000マルクを突破した。生活費は急上昇し、労働者の賃金は物価に追いつかなくなった。食料不足が深刻化し、農民は紙幣での販売を拒否した。右翼の暴力も激化し、エルツベルガー蔵相が暗殺された。

第5章 ハイパーインフレーションへの滑落 / The Slide to Hyperinflation

1922年前半、マルクは比較的安定していたが、夏以降再び急落した。6月のラーテナウ暗殺後、マルクは1ポンド=2,000マルクに下落した。ライヒスバンク総裁ハーフェンシュタインは、紙幣印刷を加速し、8月には1日26億マルクを発行した。しかし彼は、通貨供給増加が価値下落の原因であることを理解しなかった。物価は週単位で上昇し、賃金調整は追いつかなかった。緊急通貨(ノートゲルト)が地方自治体や企業によって発行され、混乱はさらに深まった。外国人観光客はマルク安を利用してドイツで買い物を楽しんだが、ドイツ国民は困窮した。ヘミングウェイの記事は、安価な食事と飢える老人の対比を描いている。

第6章 1922年の夏 / Summer of ’22

1922年夏、物価上昇はさらに激化した。卵1個の価格は4月の3.6マルクから9月には22マルクになった。賃金は物価に追いつかず、労働者の困窮は深刻化した。中産階級はさらに悲惨で、年金生活者や固定収入層は飢餓線上に追いやられた。農民は紙幣を拒否し続け、都市部への食料供給は途絶えた。投機と腐敗が蔓延し、道徳的退廃が進んだ。ハーフェンシュタインは通貨不足解消のため印刷を加速させたが、これが事態を悪化させた。ロンドン会議は何の解決ももたらさず、年末までにマルクは1ポンド=34,000マルクに下落した。

第7章 ハプスブルクの遺産 / The Hapsburg Inheritance

オーストリアでは1922年、クローネの崩壊が極限に達した。8月末には1ポンド=350,000クローネとなり、国家破綻は目前だった。ゼーペル首相はヨーロッパ各国に支援を求め、最終的に国際連盟に救済を要請した。9月、ジュネーヴ議定書が調印され、国際管理の下での財政再建が開始された。ツィマーマン財務総監の厳格な管理により、クローネは安定したが、代償は大量失業と公務員の大量解雇だった。ハンガリーも同様の危機に直面し、1923年末に国際連盟の支援を受けた。両国とも、安定化は国民の大きな犠牲の上に達成された。

第8章 秋の紙幣追跡 / Autumn Paper-chase

1922年秋、ドイツでは物価と紙幣流通量が急増した。9月、ライヒスバンクは週に4,500億マルクを新規発行した。賃金は毎日支払われるようになったが、それでも購入力は追いつかなかった。食料不足は深刻化し、農民は紙幣を「ベルリンのユダヤ人紙吹雪」と呼んで拒否した。投機が全階層に広がり、株式市場は異常な活況を呈した。しかし実質的には、企業価値は戦前の数分の一に下落していた。失業は少なかったが、それは政府が紙幣印刷で雇用を維持していたためだった。年末、マルクは1ポンド=48,000マルクとなり、1923年の破局に向けて加速していった。

第9章 ルール闘争 / Ruhrkampf

1923年1月11日、フランスとベルギーがルール地方を占領した。ドイツは受動的抵抗で対抗し、労働者はストライキに入った。政府はルール地方の200万労働者と600万住民を支援するため、紙幣印刷を加速した。ルール闘争の費用は1日500億マルクに達した。マルクは1月末に1ポンド=227,500マルクに暴落した。ライヒスバンクは初の10万マルク紙幣を発行した。受動的抵抗は国民統合をもたらしたが、経済的には破滅的だった。ルールの石炭と鉄鋼の喪失により、ドイツ経済は麻痺した。占領軍と抵抗運動の衝突で376人が死亡し、147,000人が追放された。

第10章 1923年の夏 / Summer of ’23

1923年夏、インフレーションは制御不能となった。7月末、マルクは1ポンド=50億マルクに達した。ハーフェンシュタインは8月17日の演説で、1日460億マルクの紙幣発行を誇らしげに発表したが、これが更なる暴落を招いた。D’Abernon大使は「史上最大の愚行」と評した。食料不足は深刻化し、ベルリンで食料暴動が発生した。賃金は毎日支払われたが、数時間後には価値を失った。緊急通貨が乱発され、貨幣システムは崩壊した。8月末、マルクは1ポンド=120億マルクとなった。最初の5億マルク紙幣が発行された。道徳的退廃はさらに進み、窃盗、売春、汚職が蔓延した。

第11章 ハーフェンシュタイン / Havenstein

ハーフェンシュタインは、通貨供給と価値下落の因果関係を最後まで理解しなかった。彼は通貨不足を解消することが使命だと信じ、印刷を加速させた。8月、シュトレーゼマンが首相となり、非常事態宣言を発令した。9月26日、受動的抵抗は終了したが、マルクの暴落は止まらなかった。10月、1ポンド=310億マルクに達した。失業が急増し、食料不足はさらに悪化した。ミュンヘンでヒトラーがクーデターを試みたが失敗した。11月15日、レンテンマルクが導入され、1レンテンマルク=1兆マルクのレートで安定化が図られた。ハーフェンシュタインは11月20日に死去した。

第12章 深淵の底 / The Bottom of the Abyss

1923年11月、ドイツは深淵の底に達した。マルクは1ポンド=1兆2,000億マルクとなり、完全に機能を停止した。食料不足、暴動、政治的混乱が国を覆った。共産主義者の蜂起がハンブルクとザクセンで発生したが鎮圧された。バイエルンでは分離主義運動が台頭した。ラインラント分離主義者はフランスの支援を受けて共和国樹立を宣言したが失敗した。失業は150万人を超え、さらに数百万人が短時間労働を強いられた。貧困は極限に達し、人々は飢餓線上にあった。しかしレンテンマルクの導入により、奇跡的に安定化が始まった。

第13章 シャハト / Schacht

11月13日、シャハトが通貨委員に任命された。彼は厳格な信用統制を実施し、国庫証券の割引を停止させた。レンテンマルクは農地と産業資産を担保としていたが、実質的価値は疑わしかった。しかし国民は「新しい通貨」を信じ、流通速度が低下した。投機家は損失を被り、外貨がライヒスバンクに還流した。安定化は成功したが、代償は大きかった。信用収縮により企業倒産が急増し、失業は200万人に達した。食料は市場に戻り始めたが、多くの人々はそれを買う金がなかった。道徳的腐敗の証拠として、バルマート・クティスカー汚職事件が発覚し、高官が大量に逮捕された。

第14章 失業の勃発 / Unemployment Breaks Out

1924年、安定化は新たな苦難をもたらした。失業は4月に半減したが、シャハトの信用引き締めにより再び増加した。ドーズ案の採択により外国資本が流入し、一時的に状況は改善した。しかし1925年、シュティンネス帝国が崩壊し、産業再編が始まった。多くの企業が倒産し、失業は急増した。1926年には登録失業者が200万人を超え、実際にはさらに多くが職を失った。インフレーション期に過剰拡張した産業構造が、安定化後に清算を迫られた。中産階級の多くは困窮したままで、戦時公債や貯蓄を失った人々への補償はわずかだった。富の再分配は残酷で不公平だった。

第15章 傷口が露わに / The Wounds are Bared

インフレーションは深い心理的傷跡を残した。道徳的退廃は広範囲に及び、脱税、買い占め、投機、贈収賄が常態化した。かつて高潔だったドイツ官僚機構も腐敗した。反ユダヤ主義が激化し、ユダヤ人が投機で利益を得たことへの憎悪が広がった。バルマート・クティスカー汚職事件は、高官の広範な腐敗を露呈した。民主主義への信頼は失墜し、強権的指導者への渇望が生まれた。1920年代後半の見かけの繁栄は、外国からの借入に依存した脆弱なものだった。放漫財政の習慣は、インフレーションの遺産として残った。ドイツは道徳的にも経済的にも深く傷ついていた。

エピローグ / Epilogue

インフレーションがヒトラーを直接生んだとは言えないが、ヒトラーを可能にした。1930年代初頭の大量失業が最終的にナチスに権力を与えたが、その失業もインフレーション期の過剰拡大の帰結だった。ドイツが意図的にインフレーションを選択したという証拠はない。むしろ金融的無知、産業界の貪欲、そして政治的臆病が破局を招いた。技術的には、安定化は常に可能だったが、政府は失業と社会不安を恐れ、「容易な選択」を繰り返した。結局、想像を絶する混乱の後にしか、安定は訪れなかった。インフレーションは、購買力の尺度を破壊し、人間の価値を動物的価値に還元した。貨幣が死ぬとき、社会も死ぬのである。


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