
英語タイトル:『Values and Vaccine Refusal: Hard Questions in Ethics, Epistemology, and Health Care』Mark Navin 2016
日本語タイトル:『価値観とワクチン拒否:倫理学、認識論、医療における難問』マーク・ナヴィン 2016
目次
- 序章
- 第1章 ジェンダー、ワクチン否定論、そして抵抗的な認識共同体
- 第2章 バイアスとワクチン否定論の「非合理性」
- 第3章 純粋性、嫌悪、「安全でない」ワクチン
- 第4章 親の特権と予防接種の道徳
- 第5章 強制的な予防接種
- 第6章 ワクチン免除
- 結論
本書の概要:
短い解説:
本書は、ワクチン拒否という現象を、医学的専門知と市民の関わり合いをめぐる広範な物語の中に位置づけ、倫理学と社会認識論の観点から初めて本格的に哲学的検討を加える。主に学生や研究者を対象とする。
著者について:
著者マーク・ナヴィンは、オークランド大学の哲学准教授である。法律や公共政策における倫理的問題を研究の焦点としており、ワクチン拒否に加えて、人権、不平等、良心的拒否、国際開発援助、社会的分離、食の公正など多岐にわたるテーマについて発表している。本書では、専門家やエリートへの警戒心、公共プロジェクトからの撤退、自分で調べ実践するモデルによって特徴づけられる、教育を受けた公衆と医療・社会との関係を考察する。
主要キーワードと解説
- 主要テーマ:ワクチン拒否の背景にある価値観と社会的文脈
- 新規性:ワクチン拒否に対する初の本格的な哲学的アプローチ
- 興味深い知見:専門家への不信と「自分で調べる」実践が生み出す認識的・道德的環境
3分要約
本書『価値観とワクチン拒否』は、現代社会において顕著となったワクチン拒否という現象を、単なる医学的無知や非合理主義の結果としてではなく、医療専門知と市民の関係性の変化という、より広い文脈の中で理解しようとする哲学的試みである。著者マーク・ナヴィンは、この現象の背後には、専門家やエリートへの不信、公共プロジェクトへの参加からの撤退、そして「自分で調べ、実践する」という認識的・実践的モデルへの傾倒があると論じる。
序章では、ワクチン拒否が単純な「事実の誤認」の問題ではなく、深い価値観の相違に根ざしていることが提示される。本書の目的は、この価値観の次元を倫理学と社会認識論の観点から解明することにある。
第1章では、ワクチン拒否の実践が、特に母親たちの間で、医療機関という「権威」に対する抵抗の一形態として形成される「抵抗的な認識共同体」において、どのように構築され、維持されているかを探る。ジェンダー化された育児の役割が、このような共同体の形成にどのように寄与しているかが分析される。
第2章では、ワクチン拒否が往々にして「非合理的」であると烙印を押されることに対し、認識論的な観点から批判的検討が加えられる。いわゆる「合理的」な側も含め、すべての立場が何らかの認知的バイアスの影響下にあることが指摘され、単純な二項対立(合理対非合理)では現象を捉えきれないことが論じられる。
第3章では、ワクチン拒否の議論においてしばしば表出する「純粋性」と「嫌悪」の感情に焦点が当てられる。ワクチン成分に対する「不自然なもの」への拒絶反応が、身体の純粋性を守りたいという道徳的直観と結びついている可能性が示唆される。
第4章からは、議論の焦点が倫理的側面に移る。第4章では、予防接種に関する親の決定権の範囲が検討される。親の自律性と子どもの福祉、さらには社会の利益が衝突する場面において、親の裁量はどこまで認められるべきかという難問が取り上げられる。
第5章では、国家による強制的な予防接種政策の是非が論じられる。公衆衛生上の重大な脅威に対処するための強制が、個人の自由や身体の統合権とどのように両立しうるか、その倫理的正当性が探求される。
第6章は、強制政策が存在する場合に認められるべき免除(医学的、宗教的、哲学的免除)の条件と限界について詳述する。どのような場合に例外が認められるべきか、また、免除制度そのものが集団免疫の脆弱化を招くというジレンマが考察される。
結論では、これらの多角的な考察を総合し、ワクチン拒否をめぐる対立の本質が、単なる知識の差ではなく、根本的に異なる価値観と世界の見方の衝突にあることが再確認される。専門家と公衆、個人と共同体の間の信頼関係を再構築する道筋についての示唆がなされる。
各章の要約
序章
ワクチン拒否は、医学的事実についての無知や誤解というよりも、人々の価値観や、専門知識への信頼、個人と共同体の関係についての深い信念に根差している。本書はこの問題を、倫理学、認識論、政治哲学の観点から初めて体系的に検討する。その目的は、ワクチン拒否を単なる非合理な行動として退けるのではなく、それが生じる社会的・認識的文脈を理解し、より生産的な対話の可能性を探ることにある。著者は、専門家への不信と個人の自己決定への欲求が特徴的な現代社会において、この問題が特に先鋭化していると論じる。
第1章 ジェンダー、ワクチン否定論、そして抵抗的な認識共同体
ワクチン拒否の実践は、孤立した個人の選択ではなく、特にインターネット上で形成される「抵抗的な認識共同体」の中で社会的に構築されることが多い。これらの共同体は、主流の医学的権威に対して懐疑的であり、代替的な情報源と独自の認識規範を共有する。そしてこの現象は強くジェンダー化されている。多くの社会において育児、特に子どもの健康に関する意思決定は母親の役割と見なされており、ワクチン拒否は時に、制度的権威に対する抵抗として、また「良き母親」であることの独自の理解として機能する。したがって、ワクチン拒否を理解するためには、それを支える社会的ネットワークと、そこで強化されるジェンダー化されたアイデンティティを考慮する必要がある。
第2章 バイアスとワクチン否定論の「非合理性」
ワクチン拒否者はしばしば、証拠を無視し非合理的であると非難される。しかし、この章では、いわゆる「合理的」な立場にある人々を含む、すべての人間が多様な認知的バイアス(確証バイアス、利用可能性ヒューリスティックなど)の影響を受けやすいことが指摘される。ワクチン推進派も、リスクを過小評価するなどのバイアスを持ちうる。重要なのは、非合理のレッテルを貼ることではなく、異なる立場の人々がどのようにして異なる「理性的」結論に至るのかを理解することである。その背景には、リスクの受け入れ方、政府や製薬会社への信頼の度合い、個人の自由と集合的利益の重みづけなど、根本的に異なる価値観や前提の違いが横たわっている。
第3章 純粋性、嫌悪、「安全でない」ワクチン
ワクチン拒否の議論には、身体の「純粋性」や「自然さ」に関する道徳的直観がしばしば関わっている。ワクチンに含まれる化学物質や、動物細胞株、胎児組織(実際には使用されていないが、そうした誤解が流布している)などの成分に対して、人々は「不純物」や「汚染」として強い嫌悪感を抱くことがある。この感情的・直観的反応は、しばしば合理的なリスク計算よりも強力に作用する。ワクチンが身体の境界を破り、「不自然な」ものを注入するという行為そのものが、道徳的違反として感知されるのである。ワクチンに関する意思決定が、科学的リスク評価だけでなく、文化的・象徴的意味に基づく価値判断を含んでいることを理解する必要がある。
第4章 親の特権と予防接種の道徳
この章では、予防接種に関する意思決定における親の権限の道德的範囲が検討される。親には通常、子どもの福祉を促進するために広い裁量権が認められているが、それは無制限なものではない。予防接種は、子ども自身の健康を守るだけでなく、集団免疫を通じて共同体の最も脆弱な成員を保護するという公共の利益も伴う。したがって、親がワクチンを拒否する権利は、子どもの最善の利益と社会の利益の両方によって制限されうる。著者は、親の自律性を尊重しつつも、子どもの重大な利益が危険にさらされる場合、または社会に重大な害が及ぶ場合には、親の決定に対して社会が干渉する正当性が生じうると論じる。
第5章 強制的な予防接種
公衆衛生上の重大な脅威に対処するために、国家が予防接種を義務づける(例えば、学校入学の条件とする)ことの倫理的正当性がこの章の主題である。このような強制は、個人の身体的統合権や選択の自由を侵害する。その正当化は、他者への危害の防止(ミル的危害原理)や、集団免疫という公共の利益の維持に求められることが多い。しかし、強制が正当化されるためには、その政策が有効であること、必要性があること、そして可能な限り個人の自由を侵害しないものであること(比例性)などの条件を満たす必要がある。著者は、強制が最後の手段であるべきであり、教育とアクセスの改善などの自発的アプローチがまず追求されるべきだと論じる。
第6章 ワクチン免除
予防接種義務化政策が存在する場合、そこには通常、何らかの形での免除規定が設けられている。この章では、医学的免除(アレルギー等の正当な医学的理由に基づく)、宗教的免除、そして哲学的/個人的信念に基づく免除の三つが検討される。医学的免除は比較的争いが少ないが、宗教的・哲学的免除は、その信憑性の判断や、濫用による集団免疫の脆弱化という深刻な問題をはらむ。著者は、免除制度を設計する上での難問を提示する。すなわち、信教の自由や良心的信念の尊重と、児童の福祉および公衆衛生の保護という、相反する価値観の間でいかにバランスを取るかという問題である。免除を認める場合でも、その手続きを厳格化するなどの方策が検討される。
結論
本書全体の議論を振り返り、ワクチン拒否をめぐる対立は、単に「科学対無知」という構図ではなく、異なる価値観、信頼のパターン、個人と共同体の関係についての根本的に異なる理解に起因することを改めて強調する。専門家への不信が広がる現代社会において、この対立を克服するためには、専門家の透明性と誠実さの向上、公衆との相互敬愛に基づく対話の促進、そして市民のエージェンシー(主体性)を尊重する政策が必要である。最終的に、ワクチン拒否という難問に対する解決策は、強制と説得という二分法ではなく、信頼と協働の新たな関係を構築する努力の中に見出されなければならない。
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