
『The Disorder of Things:Metaphysical Foundations of the Disunity of Science』John Dupre 1993
『物事の無秩序:科学の非統一性の形而上学的基礎』ジョン・デュプレ 1993年
目次
- 序論:科学と形而上学 / Introduction:Science and Metaphysics
- 第一部 本質主義の論駁 / Part I:The Refutation of Essentialism
- 第1章 自然種と本質主義 / Natural Kinds and Essentialism
- 第2章 種 / Species
- 第3章 本質 / Essences
- 第二部 還元主義 / Part II:Reductionism
- 第4章 還元主義と唯物論 / Reductionism and Materialism
- 第5章 生物学における還元主義 1:生態学 / Reductionism in Biology 1:Ecology
- 第6章 生物学における還元主義 2:遺伝学 / Reductionism in Biology 2:Genetics
- 第7章 還元主義と心的現象 / Reductionism and the Mental
- 第三部 因果性の限界 / Part III:The Limits of Causality
- 第8章 決定論 / Determinism
- 第9章 確率的因果性 / Probabilistic Causality
- 第四部 無秩序から生じるいくつかの結果 / Part IV:Some Consequences of Disorder
- 第10章 科学の非統一性 / The Disunity of Science
- 第11章 科学と価値 / Science and Values
本書の概要:
短い解説:
本書は、科学が単一で統一されたプロジェクトであるという見解を強く否定し、世界の根本的な多元性と複雑性を主張する。生物学を主要な例としながら、本質主義、還元主義、決定論という「宇宙的秩序」を支える三つの哲学的教義を批判し、科学の非統一性とそれに伴う認識論的・政治的含意を論じることを目的とする。哲学、科学、政治に関心を持つ広範な読者を対象としている。
著者について:
著者ジョン・デュプレは、スタンフォード大学の哲学教授であり、生物学の哲学、科学哲学を専門とする。彼は従来の機械論的・還元主義的世界観に強く反対し、生物学的実在の多元性と科学実践の多元性を擁護する立場「放埓な実在論」を提唱する。本書では、現代科学の形而上学的基盤を詳細に分析し、その秩序への固執を批判する。
テーマ解説
- 主要テーマ:科学的秩序の形而上学批判。科学が世界を秩序立てて説明するという前提そのものに疑問を投げかけ、その前提から生じる本質主義、還元主義、決定論の三つの教義を体系的に論駁する。
- 新規性:放埓な実在論。世界には多種多様で相互に重なり合う無数の種類のものが実在し、その分類は人間の目的によって相対的に決定されるという、強力な多元論的実在論の立場。
- 興味深い知見:分類の人間中心性。日常言語の分類と科学的分類の間には、単なる近似ではなく、人間の多様な関心に根ざした機能的な違いがある。この違いは、世界の「切り目」が事前に決まっているという想定を否定する。
キーワード解説(抜粋)
- 放埓な実在論:世界には多様なレベルの実在が真に存在し、それらを分類する際に唯一の正しい方法は存在しないという立場。科学的カテゴリーと日常的カテゴリーの両方を等しく正当な実在の捉え方と認める。
- 本質主義:ある種類の成員がすべて共有する必要十分な特性(本質)によってその種類が定義されるという考え。著者は生物学的種や性別の概念において、この考えが成り立たないことを示す。
- 還元主義:複雑なレベルの現象や理論が、より単純な構成要素のレベルから完全に導出できるという主張。著者は生態学や遺伝学の事例を用いて、この主張が実際の科学実践と整合しないと論じる。
- 因果的完全性:すべての出来事について、完全な因果的説明が存在するという想定。著者はこの想定が決定論だけでなく、確率的な因果観にも潜んでおり、それ自体が批判に値すると主張する。
- 科学的統一性:すべての科学は最終的に一つの統一された理論体系に収束するという考え。著者はこれは世界観ではなく、社会的権威にすぎない「科学主義」に依拠すると批判する。
3分要約
本書『物事の無秩序』は、科学的知識の権威の根底にある哲学的教義に対する根本的な挑戦である。世界は単一の秩序だった階層構造を持つ機械ではなく、多様で相互に重なり合い、時に混乱した「物事」の集合であり、そのため科学も決して一つの統一されたプロジェクトたりえないと主張する。この主張は、伝統的な形而上学の三つの柱——本質主義、還元主義、決定論——を批判的に検討することで展開される。
第一部では、生物学的分類の事例を用いて本質主義を論駁する。「種」などの自然種を決定づける普遍的な「本質」は存在しない。むしろ、世界を分類する方法は、探求の目的に応じて無数にあり、そのどれもが世界の実在の一面を捉えている(放埓な実在論)。例えば、日常言語の「ライリー」と植物学上の分類は一致せず、どちらも特定の関心に基づく正当な分類である。
第二部では、還元主義の限界を明らかにする。例えば、生態学の個体数変動モデルは、構成要素である個々の生物の生理学的性質からは導出できない。また、分子遺伝学の知見は、古典的なメンデル遺伝学や進化を扱う集団遺伝学の問題のすべてを解決するわけではない。心的現象についても、神経生物学への「還元」という構想は、信念や言語の社会的・意味論的側面を見落とす。
第三部では、決定論、そして因果的完全性の想定そのものを批判する。決定論は経験的根拠を欠き、量子力学を含む現代科学の成功した理論はむしろ確率的である。しかし、確率的因果性についても、すべての要因を考慮すれば厳密な確率法則が存在するという「確率的均一論」は、その必要性も可能性も示されていない。因果的秩序の程度は領域によって異なり、完全な因果的物語という理想は放棄すべきである。
最終第四部では、これらの哲学的批判の帰結を論じる。科学の統一性は神話であり、科学は家族類似概念として捉えるべきである。科学の認識論的権威を保証する唯一の方法論も存在しない。むしろ、科学は社会的実践であり、その理論選択や研究対象の設定には政治的価値観が不可避的に影響する。したがって、科学を評価する基準も多元的であるべきであり、その社会的有用性や民主的な説明責任が問われねばならない。科学主義——科学的権威の盲目的崇拝——は、現状を自然で不可避なものと正当化する保守的な政治に奉仕する危険性をはらんでいる。
各章の要約
序論:科学と形而上学
著者は、科学が単一で統一されたプロジェクトであるという考え(科学の統一性)と、世界が究極的には均質で秩序だった存在から構成されているという考え(形而上学的秩序)を結びつけ、後者の誤りが前者の不可能性を示すと主張する。本書の批判対象は、機械論的宇宙観に由来する三つの教義——本質主義、還元主義、決定論——である。生物学を主要な例とし、科学の成果自体がこれらの教義を支持しないことを示す。さらに、科学の非統一性とその多元的実在論は、科学的権威の独占(科学主義)に異議を唱え、より民主的で価値を自覚した科学実践を求める政治的含意を持つ。
第一部 本質主義の論駁
第1章 自然種と本質主義
分類とは世界に秩序を見いだす営みである。伝統的な見解では、正しい分類は唯一であり、対象の本質に基づくべきだとされる。これに対し著者は、生物の分類を例に、日常言語のカテゴリーと科学的カテゴリーは必ずしも一致せず、それは人間の多様な関心と目的に基づく正当な違いであると論じる。プットナムの「本質主義的意味論」は、種のような生物学的分類には適用できない。例えば「ライリー」という日常語は植物学上の特定の分類群と一致しない。こうした「交差分類」の可能性を認める立場こそが、世界の多様性を捉えるのであり、著者はこれを「放埓な実在論」と呼ぶ。
第2章 種
生物学における「種」の概念そのものが、本質主義の反証となる。種の成員を定義する唯一の基準(形態的、生物学的、系統発生的)は存在せず、分類の目的(進化の研究か生態学か)によって適切な基準は異なる。種は文脈によって「個物」としても「種類」としても扱われ得る。この多元論は、世界に事前に刻まれた唯一の「切り目」がないことを示している。著者はこう述べる。「ダーウィンは、唯一の構造を持たない自然をわれわれに遺したのである。」
第3章 本質
本質主義のより一般的な批判として、著者は「範疇的経験主義」を提唱する。ある種類が存在することと、その成員が普遍的で精密な法則に従うことは別問題である。例えば「性別」という重要な生物学的区別には、ごく大まかな法則(配偶子の大きさの違い)しか存在せず、それ以上の行動的・形態的差異は進化系統ごとに大きく異なる。人間の「ジェンダー」の多様性は、性差に基づく普遍的・本質的な行動特性という想定がいかに誤りかを示す。種類の発見は、本質の発見ではなく、その成員に共有される性質の相関関係を経験的に探求する出発点にすぎない。
第二部 還元主義
第4章 還元主義と唯物論
還元主義には様々な形態があるが、著者の焦点は「古典的還元主義」(高次の法則を低次の法則と「橋渡し原理」から導出する)である。この還元主義を支持する強力な論拠は「因果的完全性」の想定——すべての出来事は微視的レベルで完全に因果説明できる——に基づく。しかし、著者はまず、単なる構成的唯物論(万物は物理的実体から構成される)は弱すぎて還元主義を導かず、強い還元主義的唯物論は根拠が薄いと論じる。還元の可能性は経験的問題であり、事前に保証されるものではない。
第5章 生物学における還元主義 1:生態学
生態学の個体数動態モデル(例えば捕食者-被食者モデル)を例に、還元主義の限界を示す。モデルで想定される理想化された個体(平均的な被食傾向を持つ「オオヤマネコ」)と、生理学が記述する理想化された個体は異なる。前者の性質(捕獲確率)は個体の性質ではなく、個体群レベルの平均的性質である。したがって、個体レベルの記述から個体群レベルの法則を導出することは不可能である。微視的理解は、マクロ現象の「ありうる姿」や「可能性の条件」を教えるが、その実際の振る舞いを決定づけるものではない。
第6章 生物学における還元主義 2:遺伝学
分子遺伝学の成功は還元主義の典型と見られがちだが、詳細に検討すればその見方は誤りである。分子レベルで定義される「遺伝子」、古典遺伝学の「遺伝子」、集団遺伝学の「遺伝子」は同じものを指していない。また、集団遺伝学の基礎概念である「遺伝子適応度」は、遺伝的背景や環境に強く依存し、安定した性質ではない。進化の主要な因果プロセスは個体(表現型)レベルで生じ、遺伝子頻度の変化はそれに「引きずられて」起こる結果である場合が多い。還元主義はこの分野の限定的な説明戦略にすぎない。
第7章 還元主義と心的現象
心的現象に関する物理主義も、還元主義的偏見に基づく。パトリシア・チャーチランドらの「排除的唯物論」は、民俗心理学は誤った理論であり、将来的には神経生物学に取って代わられると主張する。しかし、心的状態(信念、痛みなど)の同一性は、その内的実現ではなく、社会的・言語的文脈における機能的な役割によってこそ決定される。心的概念は「外側(社会)を見る」のであり、内的構造への還元を拒む。また、デイヴィドソンの「トークン物理主義」を支持する因果的議論も、因果関係の誤った分析に基づいており、成り立たない。
第三部 因果性の限界
第8章 決定論
因果的秩序には、決定論、確率的均一論、確率的激変論、無秩序という階梯がある。著者はまず、決定論が経験的根拠を欠くことを論じる。予測可能性とは異なる形而上学的教義としての決定論も、ニュートン力学を含む多くの領域で実は成り立っておらず、量子力学や複雑系の理論は確率的記述を支持する。さらに、マッキーらの分析が示すように、日常的因果主張を厳密な決定論的法則に基づかせようとすると、無限の「妨害条件の不在」リストが必要となり非現実的である。我々は少なくとも確率的均一論まで「降下」せざるを得ない。
第9章 確率的因果性
しかし、確率的均一論も、決定論の亡霊である「因果的完全性」を保持している。確率的因果関係の標準的分析(文脈的一意性の要件)は、すべての関連要因を考慮すれば原因は結果の確率を一意的に上げると主張する。これは、未知の要因が無限に存在しうる現実を無視し、制御実験という現実的な科学的方法論と整合しない。著者は代わりに、因果的「能力」を基礎概念とし、統計的規則性は特定の集団におけるそれらの能力の発現と見なす立場を提唱する。能力の強度や現れ方は安定的とは限らず、完全な因果的物語は存在しない。自由意志の問題も、人間が稀な「因果的能力の密集」であると見ることで解決できる。
第四部 無秩序から生じるいくつかの結果
第10章 科学の非統一性
科学的統一性は、還元主義以外にも、方法論的統一性や科学を進歩させる社会過程の統一性(ハルの進化論的認識論)として主張される。しかし、いずれも成り立たない。クワイン=デュエムのテーゼは普遍的方法論の不可能性を示し、ハルの提案は「科学」の範囲を事前に定義できない。科学は、経験的適応性、理論的一貫性、批判への公開性など、多様な「認識論的美徳」を様々に備えた実践の集合として捉えるべき家族類似概念である。この多元的認識論こそが、疑似科学からの区別を可能にする。
第11章 科学と価値
科学は価値から中立ではない。研究課題の選択、背景仮定、データの解釈には、政治的・社会的価値観が入り込む。ボイルとホッブズの空気ポンプ論争の分析は、科学的「事実」の生産様式そのものが政治的選択であることを示す。本質主義、還元主義、決定論という本書で批判した哲学的教義は、いずれも現状を「自然的」で「不可避的」なものとして正当化し、社会変革のプロジェクトを妨げる保守的政治に奉仕しがちである。経済学における「家計」「労働」の定義のように、科学は秩序を「発見」するだけでなく、特定の価値観に沿って秩序を「創造」する活動でもある。したがって、科学を評価する最終的な基準は、それがいかにしてこの宇宙の知覚ある存在たちの繁栄に寄与するかという点に置かれるべきである。
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