書籍要約『プラットフォーム資本主義』2017年

ビッグテック・SNS全体主義・監視資本主義抵抗戦略・市民運動

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要約:『プラットフォーム・キャピタリズム』

英語タイトル:

『Platform Capitalism』Nick Srnicek 2017

日本語タイトル:

『プラットフォーム資本主義』ニック・スルニチェク 2017

目次

  • 序論 / Introduction
  • 第1章 長期的な景気後退 / The Long Downturn
  • 第2章 プラットフォーム資本主義 / Platform Capitalism
  • 第3章 大いなるプラットフォーム戦争 / Great Platform Wars
  • 参考文献:/ References

本書の概要

短い解説:

本書は、現代のデジタル経済を「プラットフォーム」という新しいビジネスモデルの台頭として捉え、その歴史的背景、類型、そして資本主義における将来的な帰結を分析する。

著者について:

著者ニック・スルニチェクは、ロンドン大学ゴールドスミス校を拠点とするカナダ出身の政治経済学者・哲学者。デジタル経済とポスト資本主義の可能性について精力的に執筆しており、アレックス・ウィリアムズとの共著『 Inventing the Future 』で知られる。

テーマ解説

  • 主要テーマ:プラットフォーム資本主義の経済史的分析 [現代のテクノロジー企業を、文化的・政治的主体ではなく、資本主義的な利潤追求を行う経済的主体として分析する視点を提示する。]
  • 新規性:プラットフォームの5類型化 [広告、クラウド、産業、製品、リーンの5つにプラットフォームを分類し、それぞれのビジネスモデルとデータ収集メカニズムの違いを明確化する。]
  • 興味深い知見:データは21世紀の資本主義にとっての原油である [データを、抽出・精製・利用される「原材料」と定義し、プラットフォームがその収奪のための装置であると論じる。]

キーワード解説

  • プラットフォーム:異なるユーザーグループ(例:利用者と広告主)を仲介するデジタル基盤。データ収集に最適化された新しい企業形態である。
  • ネットワーク効果:利用者が増えれば増えるほど、プラットフォームの価値が全員にとって高まる現象。これにより、プラットフォームは自然と独占へと向かう傾向を持つ。
  • クロスサブシディ:あるサービスを無料または低価格で提供し、別の有料サービスで収益を上げる戦略。利用者をプラットフォームに引き付けるために用いられる。
  • 長期低迷:1970年代以降、先進国の製造業が過剰生産能力と低収益に悩まされ続けている時代。本書は、この文脈の中でプラットフォーム資本主義を位置づける。
  • データ収奪:プラットフォームが利用者の活動や産業プロセスからデータを「原材料」として収集・分析し、競争優位や広告収入に転換する中核的な活動。

3分要約

現代の「共有経済」や「ギグエコノミー」と呼ばれる現象は、しばしば技術的な革新や起業家精神の賜物として語られる。しかし本書は、これらの現象を、1970年代以降続く資本主義の長期的な構造危機への対応として捉え直すことを目的とする。単に新しいテクノロジー企業を分析するのではなく、それらを利潤追求を強いられる資本主義的な経済主体として見ることで、その本質を浮き彫りにする。

序論で著者は、デジタル経済を理解する鍵は、テクノロジーセクターそのものではなく、データを中核的な資源とする新たなビジネスモデル、すなわち「プラットフォーム」の台頭にあると主張する。プラットフォームは、異なる利用者グループを仲介するデジタル基盤であり、その構造上、データの収集と独占に極めて適している。本書の目的は、このプラットフォームを経済史の中に位置づけ、その利潤創出メカニズムと、それが資本主義全体に及ぼす影響を明らかにすることである。

第1章では、現在のプラットフォーム資本主義を可能にした歴史的コンテクストが描かれる。1970年代の製造業の利潤率低下(長期低迷)に対し、資本は労働攻勢と「リーン生産方式」の導入で対抗した。1990年代のドットコムバブルは、過剰な資本が通信インフラに大量投資されることで、今日のデジタル経済の基盤を築いた。そして2008年の金融危機後、政府は財政出動に代わり超低金利政策(量的緩和)で経済を支え、巨額の余剰資本が生み出された。この低金利環境と企業の内部留保の増大が、収益を求める資金をリスクの高いテクノロジー分野へと向かわせ、今日のプラットフォーム企業の隆盛を支えている。

第2章では、プラットフォームを5つの類型に分類し、それぞれのビジネスモデルを詳解する。(1) 広告プラットフォーム(Google、Facebook)は、利用者のデータを抽出・分析し、広告主に販売する。(2) クラウドプラットフォーム(AWS)は、デジタルビジネスに必要なインフラを貸し出し、データを収集する。(3) 産業プラットフォーム(GE、Siemens)は、工場や設備をインターネットに接続し、生産プロセスを最適化する。(4) 製品プラットフォーム(Spotify、Rolls Royce)は、製品をサービス化(モノ売りからコト売り)し、利用料とデータを得る。(5) リーンプラットフォーム(Uber、Airbnb)は、資産所有を極限まで削減し、労働者を外部化することでコスト削減を図る。これらの類型は、いずれもデータを中核的な競争力の源泉としており、その収奪のための装置としてプラットフォームが機能していることを示す。

最終章である第3章では、プラットフォーム間の競争がもたらす傾向と、その限界、そして未来像が描かれる。プラットフォームはネットワーク効果により独占化する傾向を持つが、同時に生き残りをかけて熾烈な競争を繰り広げる。この競争は、(a) より多くのデータを得るための活動領域の拡大、(b) エコシステムにおける戦略的な位置(ゲートキーパー)の確保、(c) 競合他社を排除するためのデータやサービスの囲い込み、という3つの傾向を生み出す。しかし、このプラットフォーム資本主義には限界も多い。特にリーンプラットフォームの多くは、低金政策に支えられた投機的な資本に依存しており、未だに収益性を証明できていない。広告プラットフォームも広告収入への依存度が高く、景気後退やアドブロックの普及に対して脆弱である。本書は、このような限界から、将来的には広告依存から直接課金(レント)モデルへの移行が進み、プラットフォーム間の寡占化と格差の拡大が進むと予測する。そして、こうした現状に対抗するためには、規制だけでなく、公共的なプラットフォームの創設が不可欠だと提言する。

各章の要約

序論

本書は、シリコンバレーの「共有経済」や「ギグエコノミー」といった華々しい物語に対し、経済史の視点からアプローチする。著者は、テクノロジー企業を単なる文化的・政治的主体ではなく、利潤を追求せざるを得ない資本主義的な経済主体として捉える。その上で、デジタル経済の本質は、新たなビジネスモデルである「プラットフォーム」の台頭にあり、それは長期的な資本主義の危機への対応として出現したと論じる。本書の目的は、このプラットフォームを、1970年代以降の経済史的文脈に位置づけ、そのメカニズムと未来を分析することである。

第1章 長期的な景気後退

現代のプラットフォーム資本主義は、3つの歴史的瞬間の産物である。第一に、1970年代の製造業の利潤率低下(長期低迷)である。これに対し資本は労働攻勢と「リーン生産方式」で対抗し、アウトソーシングや非正規雇用の潮流を生んだ。第二に、1990年代のドットコムバブルである。過剰な金融資本が情報通信インフラに大量投資し、今日のデジタル経済の基盤を築いた。第三に、2008年の金融危機である。政府は財政出動の代わりに超低金利政策と量的緩和で経済を支え、巨額の余剰資本を生み出した。この余剰資本が、利回りを求めてテクノロジー分野に流れ込み、今日のプラットフォーム企業の資金源となっている。

第2章 プラットフォーム資本主義

21世紀の資本主義は、データという新たな原材料を収奪する方向へとシフトした。このデータ収奪に最適化された企業形態が「プラットフォーム」である。プラットフォームは、異なる利用者グループを仲介するデジタル基盤であり、ネットワーク効果によって独占化する傾向を持つ。著者はプラットフォームを5つに分類する。

  • (1) 広告プラットフォーム(Google, Facebook)は利用者データを広告主に販売する。
  • (2) クラウドプラットフォーム(AWS)はデジタルインフラを貸し出し、データを収集する。
  • (3) 産業プラットフォーム(GE, Siemens)は工場をネット接続し、生産を最適化する。
  • (4) 製品プラットフォーム(Spotify, Rolls Royce)は製品をサービス化し、利用料とデータを得る。
  • (5) リーンプラットフォーム(Uber, Airbnb)は資産所有を極限まで削減し、労働者を外部化する。

いずれのモデルも、データこそが中核的な競争力の源泉であり、プラットフォームはその収奪装置として機能している。

第3章 大いなるプラットフォーム戦争

プラットフォーム間の競争は、3つの傾向を生み出す。(a) データ収集のための活動領域の拡大、(b) エコシステム内での戦略的ポジション(ゲートキーパー)の確保、(c) 囲い込みによるデータの独占である。しかし、この新たな資本主義には限界もある。リーンプラットフォームの多くは、低金利政策に支えられた投機的資本に依存しており、未だに収益性を証明できていない。広告プラットフォームも、広告収入への依存度が高く、景気変動やアドブロックに脆弱である。本書は、将来的には広告依存から直接課金(レント)モデルへの移行が進み、プラットフォーム間の寡占化と格差の拡大が進むと予測する。そして、このような現状に対抗するためには、規制だけでなく、公共的なプラットフォームの創設が不可欠であると提言する。


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未来

では、未来には何が待ち受けているのだろうか? 本書で述べた傾向が続くとすれば、ある特定の未来が予想される。 プラットフォームは経済全体に拡大し続け、競争によってますます囲い込みが進む。 広告収入に依存するプラットフォームは、より直接的な支払いビジネスへと移行せざるを得なくなる。 一方、アウトソーシング費用やベンチャーキャピタルの寛大な支援に依存するスリムなプラットフォームは、倒産するか、製品プラットフォームへと移行する(Uberが自動運転車で行おうとしているように)。結局のところ、プラットフォーム資本主義には、サービス(クラウドプラットフォーム、インフラプラットフォーム、製品プラットフォームなどの形態)の提供を通じてレントを抽出する傾向が組み込まれているように見える。収益性という観点では、AmazonはGoogle、Facebook、Uberよりも未来志向である。このシナリオでは、インターネットの多くの公開インフラを支える相互補助は終わり、既存の所得と富の不平等がアクセスにおける不平等として再現されることになるだろう。さらに、これらのプラットフォームは、それらに依存する企業から生産プロセスに大量の資本を吸い上げるようになるだろう。

一部では、協同組合的なプラットフォームを構築することで、こうした独占的な傾向に対抗できるのではないかという意見もある。62 しかし、プラットフォームの独占的な性質、ネットワーク効果の優位性、そしてこれらの企業が持つ莫大なリソースによって、協同組合の伝統的な問題(例えば、資本主義的社会関係における自発的搾取の必要性)はさらに悪化する。たとえそのソフトウェアがすべてオープンソース化されたとしても、Facebookのようなプラットフォームは、既存のデータ、ネットワーク効果、そして財源という強みを活かして、協同組合のライバルを撃退することができるだろう。

それに対して、国家にはプラットフォームをコントロールする力がある。独占禁止法の適用により独占を阻止したり、地域規制によって搾取的なリーン・プラットフォームを妨害したり、場合によっては禁止したりすることも可能である。また、政府機関が新たなプライバシー規制を課したり、租税回避に対する協調行動によって資本を公の手に戻したりすることもできる。これらの行動はすべて必要かもしれないが、想像力に乏しく、最小限にとどまっていることは認めざるを得ない。また、プラットフォームの台頭に影響を及ぼす構造的条件を無視している。製造業が長期にわたって低迷する中、プラットフォームは、データを採掘する比較的活発な部門に資本を吸い上げる手段として登場した。

企業によるプラットフォームを規制するだけでなく、公共のプラットフォーム、すなわち人々によって所有・管理されるプラットフォームを創出する努力も可能である。(そして重要なのは、監視国家の機構から独立していることだ)これは、国家の膨大な資源をこれらのプラットフォームを支えるために必要なテクノロジーに投資し、公共事業として提供することを意味する。さらに根本的には、これらのプラットフォームによって収集されたデータを活用し、資源を分配し、民主的な参加を可能にし、さらなる技術開発を生み出すような、ポスト資本主義的なプラットフォームを推進することができる。おそらく今日、私たちはプラットフォームを集合化しなければならない。

しかし、私たちの状況を変えるためのあらゆる取り組みは、プラットフォームの存在を考慮に入れなければならない。現在の状況を正しく理解することは、私たちの時代にふさわしい戦略と戦術を構築するために不可欠である。プラットフォームは長引く不況の根本的な状況を克服するようには見えないが、莫大な富を集めることで、その手中に独占力を固めているように見える。

彼らがデジタルインフラにますます深く手を伸ばし、社会がますます彼らに依存するようになるにつれ、私たちは彼らの機能と、何ができるかを理解することが重要である。より良い未来を築くためには、それが必要である。

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データという「石油」を握る者が世界を支配する——プラットフォーム資本主義の解剖

by Claude Sonnet 4.6

ニック・スルニチェク『プラットフォーム資本主義』(Platform Capitalism, 2017)が問うもの

まず素直な疑問から始めよう。ウーバーはなぜタクシーを一台も持たずに最大のタクシー会社になれたのか。エアビーアンドビーはなぜ不動産を一件も所有せずに最大の宿泊業者になれたのか。これは単なるビジネスの奇術ではない。何か根本的な変化が起きているはずだ。

ニック・スルニチェク(Nick Srnicek)はこの変化を「プラットフォーム資本主義」と呼ぶ。そしてその核心に、ある主張を置く——「21世紀の資本主義は、データという新しい原材料を採掘することを中心に再編された」と。

これは比喩ではなく、構造的な分析だ。

1970年代の「長期低迷」から読み解く必然の流れ

話は意外にも1970年代に遡る。戦後の黄金期——アメリカのフォーディズム的大量生産、安定雇用、トレードユニオンによる賃金上昇——が崩壊した時代だ。

日本とドイツの製造業が復興し、アメリカの製造業の市場シェアを食い侵した。世界規模の「過剰生産・過剰設備」が発生し、製造業の利益率が恒常的に低下した。これがスルニチェクの言う「長期低迷(Long Downturn)」の始まりだ。

資本はどこかに逃げ場を求めた。1990年代にはインターネット・バブルとして現れ、インフラとしての光ファイバー網やサーバーが大量に敷設された。バブルが弾けても、この「土台」だけは残った。次に、2000年代前半の住宅バブルとして現れ、2008年に崩壊した。

2008年の危機後、各国中央銀行は前例のない量的緩和と超低金利政策を取った。これによって「行き場のない過剰資本」が大量に生まれた。この資本が流れ込んだのが、テック・スタートアップだ。ウーバーが毎年10億ドル(約1,500億円)の赤字を出しても生き続けられたのはなぜか——それは、低金利環境下で高いリターンを求める「過剰資本の福祉」があったからだ、とスルニチェクは断言する。

プラットフォームは時代の子として自然発生したのではなく、資本主義の構造的矛盾が生み出した特定の解決策なのだ。

データは「石油」——しかし誰が採掘しているのか

「データは新しい石油だ」というフレーズはもはや使い古されている。だがスルニチェクの分析が鋭いのは、その採掘構造を精密に描いた点にある。

石油と同じく、データも「原材料」だ。採掘され、精製され、様々な用途に使われる。グーグルは検索履歴という「鉱脈」を持ち、フェイスブックは社会的関係性という「鉱脈」を持つ。ウーバーは移動パターンという「鉱脈」を持つ。

重要なのは、この採掘の主体と客体の関係だ。採掘されているのはユーザーの活動そのものだ。私たちが検索し、「いいね」を押し、移動するたびに、データという原材料が生産される。しかしスルニチェクはここで興味深い留保を置く。これは「無償労働(free labor)」なのか、という問いに対して彼は「否」と答える。

なぜか。マルクス経済学的な意味での「労働」には、競争圧力による「社会的必要労働時間」の概念が必要だ。友人へのメッセージに「もっと効率よく書け」という競争圧力はない。むしろ、ユーザーの活動は「原材料」として「収奪(appropriated)」されるのだ。この区別は細かいようで重要だ——もし無償労働なら、プラットフォームは資本主義に巨大な「新大陸」を開拓したことになる。しかし収奪なら、プラットフォームは他の価値生産産業から富を「吸い上げる」寄生的存在だということになる。停滞する世界経済を見れば、後者の解釈が現実に近い、と彼は示唆する。

5種類のプラットフォームを解剖する

スルニチェクは現代のプラットフォームを5類型に整理する。これが本書の最も実用的な部分だ。

広告プラットフォーム(グーグル、フェイスブック)——ユーザーデータを収集・分析し、広告主に「ターゲティング」という商品を売る。グーグルの収益の89%、フェイスブックの96.6%が広告由来だという脆弱な構造を持つ。

クラウドプラットフォーム(AWS、セールスフォース)——デジタル経済の「インフラ」を企業に貸し出す。アマゾンがウェブサービスを内部ツールとして開発し、やがて外部に貸し出した経緯は示唆的だ。あらゆる産業の「電力会社」になることで、圧倒的な位置を占める。AWSの利益率は約30%に達し、アマゾンのコア小売業より収益性が高い。

産業プラットフォーム(GE、シーメンス)——製造業にIoTセンサーを組み込み、「産業インターネット」を構築する。GEの「Predix」やシーメンスの「MindSphere」がその代表だ。「誰もが製造のプラットフォームを制した者が総取りする(winner takes all)」と言われる分野だ。

製品プラットフォーム(ロールスロイス、スポティファイ)——所有から「サービスとしての利用」へのシフト。ロールスロイスがジェットエンジンを売るのではなく「推力時間」を売るモデルは、整備データを独占することで競合他社を締め出す戦略だ。

リーンプラットフォーム(ウーバー、エアビーアンドビー)——資産を持たず、コストをすべて外部化する。しかしこれは持続不可能だとスルニチェクは見ている。利益がなく、ベンチャーキャピタルの「福祉」に依存する「1990年代ドットコム・バブルの再来」に過ぎないと。

ネットワーク効果という「独占の磁石」

プラットフォームの本質的な特徴として、スルニチェクが繰り返し強調するのが「ネットワーク効果」だ。

フェイスブックのユーザーが多ければ多いほど、フェイスブックはより価値を持つ。グーグルの検索ユーザーが多ければ多いほど、アルゴリズムが精度を増す。この「正のフィードバック・ループ」が独占を磁石のように引き寄せる。

しかもこの独占は、従来の独占とは異なる性質を持つ。価格競争ではなく、「データの量と質」「アルゴリズムの精度」「エコシステムの囲い込み」が競争軸となる。グーグルの検索エンジンに対抗するためには、資本だけでは不十分だ——すでに蓄積された膨大なデータ、確立されたネットワーク効果、パスdependency(経路依存性)という三重の壁がある。

そして「収斂(convergence)」という傾向が生まれる。グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフト、アリババ、ウーバー、GEは、一見異なる業界にいるが、実は同じデータ領域に向かって収斂していく競合他社だ。自動運転車、医療データ、決済システム、人工知能——すべての主要プラットフォームが同じ「フロンティア」を目指している。

「囲い込み」という現代の第二次エンクロージャー

フェイスブックの「Free Basics」プログラムはこの傾向の極端な例だ。インドなどの国々にインターネット接続を「無料で」提供するが、フェイスブックのサービスは無料でアクセスでき、他のサービスはフェイスブックを経由しなければならない。インターネット全体をマーク・ザッカーバーグの「サイロ(孤立した囲い)」に封じ込める試みだ(インドでは却下されたが、37カ国で展開されている)。

これはかつてのイギリスの「第一次エンクロージャー(囲い込み)」——共有地を私有化した歴史的事件——と構造が似ている。公共の知的インフラとしてのインターネットが、段階的に私有プラットフォームの「囲い込まれた空間」に転換されつつある。

スルニチェクが指摘する重要な点は、このプロセスがプライバシーへの攻撃として理解されるだけでは不十分だということだ。「監視資本主義」という概念は正確だが、プライバシーの要求は的外れかもしれない。「サーベイランス資本主義者にプライバシーを求めるのは、ヘンリー・フォードにT型フォードを一台一台手作りで作れと求めるようなものだ」——プライバシーの抑圧は、このビジネスモデルの中核にあるのだから。

リーン・プラットフォームの「虚構」——ギグ・エコノミーの解剖

「シェアリング・エコノミー」という言葉は意図的に欺瞞的だ。実態は「ハイパー・アウトソーシング」だ。

ウーバーが労働者を「独立請負業者(independent contractor)」と分類することで、労働コストの約30%を削減できる——給付金、残業代、病欠手当、研修費をすべて外部化できるからだ。

ウーバーが損失を出し続けながら生き続けられるのは、過剰資本の流入があるからだ。2016年には年間10億ドルの赤字を出しながら中国での戦いを続けていた。「2社の不採算企業の戦いが資本主義の先端を体現しているとは考えにくい」とスルニチェクは皮肉る。

より深刻なのは労働市場への影響だ。2005年から2015年の間、アメリカで増加した雇用940万件のほぼすべてが「代替的雇用形態(alternative arrangements)」——フリーランス、オンコール、請負——だった。ギグ・エコノミーはこの長期的トレンドの最新形に過ぎない。

そしてタスクラビットで働く人々の70%が学士号を持ち、5%が博士号を持つという事実は何を示すか。健全な経済であれば彼らに適切な職があったはずだ——ギグ・ワークは「解放」ではなく、経済的追い詰めからの「強制」なのだ。

公共プラットフォームという対抗軸

スルニチェクはユートピア的な解決策を避けながらも、いくつかの対抗可能性を示す。

協同組合型プラットフォームについては懐疑的だ。ネットワーク効果と既存の膨大なデータの壁を前に、コープ型の対抗プラットフォームは致命的に不利だ。

反独占規制、プライバシー規制、タックス・ヘイブンへの課税——これらは必要だが「非想像的(unimaginative)で最小限」だと評する。

より根本的な提案は「公共プラットフォーム」だ。国家の資源を投じて、監視国家から独立したプラットフォームを公共財として構築する。さらに踏み込めば、これらのプラットフォームが収集するデータを資源の分配、民主的参加、技術開発のために活用する「ポスト資本主義的プラットフォーム」の可能性を示唆して本書は終わる。

この分析を読んで何が残るか

スルニチェクの議論で最も価値があるのは、テクノロジー企業を「文化的アクター」や「価値のアクター」としてではなく、「資本主義的な経済アクター」として分析した点だ。グーグルが「情報の整理」を使命とし、フェイスブックが「世界をつなぐ」と言う時、それは誠実な自己記述かもしれないが、経済的な現実を覆い隠す「言説」でもある。

日本の文脈で考えると、AWSの上に多くの日本企業がサービスを構築し、グーグルやアマゾンの検索・物流プラットフォームへの依存が深まる中で、日本はデータ採掘の「植民地的フロンティア」になりつつあるのではないか——という問いが頭をよぎる。

もちろん批判もできる。2017年出版の本は、その後の中国プラットフォーム(テンセント、バイトダンス)の台頭、あるいはAIの構造的変化を十分に予見できていない。また、国家とプラットフォームの共犯関係——「検閲産業複合体」的側面——の分析は手薄だ。

しかし「プラットフォーム」という言葉が単なるテクノロジーの新奇性ではなく、資本主義の長期的な利益率低下への構造的な応答として理解できること——この視点だけでも、本書を読む十分な価値がある。

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