
英語タイトル:『Surveillance Valley: The Secret Military History of the Internet』Yasha Levine 2018
日本語タイトル:『監視の谷:軍事・デジタル複合体の台頭』ヤーシャ・レヴィーン 2018
目次
- 第一部 失われた歴史 / Lost History
- 第1章 新たな戦争 / A New Kind of War
- 第2章 指揮・統制・対反乱 / Command, Control, and Counterinsurgency
- 第3章 アメリカ人をスパイ / Spying on Americans
- 第二部 偽りの約束 / False Promises
- 第4章 ユートピアと民営化 / Utopia and Privatization
- 第5章 監視株式会社 / Surveillance Inc.
- 第6章 エドワード・スノーデンの軍拡競争 / Edward Snowden’s Arms Race
- 第7章 スパイが資金提供するインターネットプライバシー / Internet Privacy, Funded by Spies
- エピローグ マウトハウゼン、オーストリア:/ Mauthausen, Austria
本書の概要
短い解説:
本書は、インターネットの起源が「核戦争生存」や「自由主義的ユートピア」ではなく、対反乱(COIN)戦略と社会の予測・制御を目的とした米軍・情報機関の監視・指揮統制研究にあったことを明らかにする。現代のインターネットが軍事・監視の技術として設計され、今日もその本質が変わらないことを論じ、シリコンバレーと国家権力の密接な関係を告発する。
著者について:
著者ヤーシャ・レヴィーンは、ロシア生まれの米国人調査報道記者。『The eXiled』の共同創設者であり、『Pando Daily』等でシリコンバレーの権力構造を追及してきた。本書では、解禁された政府文書、内部資料、関係者へのインタビューをもとに、インターネットの公式な歴史では抹消された軍事・監視の側面を掘り起こす。
テーマ解説
- 主要テーマ:インターネットの軍事起源:インターネットの原型であるARPANETが、ベトナム戦争における対反乱作戦と社会科学研究を統合・効率化する「指揮統制システム」として開発された過程。
- 新規性:失われた歴史の回復:1970年代初頭にARPANETが米陸軍による国内反体制派の監視データベースとして実際に使用された事実を、当時の報道や議会証言から再構築。
- 興味深い知見:監視谷 (Surveillance Valley):シリコンバレーが「自由と解放」のイメージを販売しながら、そのビジネスモデル(データ収集・プロファイリング)と製品が、軍・情報機関と不可分に結びついている現状。
キーワード解説(1~3つ)
- 対反乱 (Counterinsurgency):ゲリラや地域蜂起を鎮圧するための軍事・政治戦略。ARPAは社会科学とコンピュータ技術を組み合わせてこれを「科学的」にしようとした。
- 二元利用 (Dual Use):軍事目的で開発された技術(コンピュータネットワーク、データマイニング)が、民間で応用され、逆に民間技術が軍に利用される性質。
- プライバシー・アームズレース:政府監視への反発から生まれた暗号化・匿名化ツール(Tor、Signal)の多くが、実は政府資金(国務省、BBG)によって開発・推進され、逆説的に監視対象を特定しやすくする「ハニーポット」として機能している構造。
3分要約
本書は、インターネットがその誕生時から「監視の武器」として設計され、現在もその本質を変えていないことを実証する。その起源は、核戦争生存のためではなく、ベトナム戦争における対反乱作戦と現地社会の監視・分析・予測を効率化するため、国防総省高等研究計画局(ARPA)が推進した「指揮統制研究」にある。
ARPAは「プロジェクト・アジャイル」により、枯葉剤の使用から電子センサー柵「イグルー・ホワイト」まで、ハイテク対反乱兵器を開発した。同時に、社会科学者を動員してベトナムやタイの村落を「研究」し、反乱要因のデータを収集した。この膨大なデータを処理・分析・共有するためのコンピュータネットワークが必要となり、J.C.R.リックライダーらが構想した「人間と機械の共生」を目指すネットワーク、ARPANETが生まれた。
1970年代初頭、このARPANETは米陸軍が国内の反戦・公民権活動家を対象に違法に収集した大量の監視ファイルを、MIT等の施設に転送・保管するために使用された。当時のNBC報道や上院公聴会がこの事実を暴いたが、この歴史は後の「インターネット解放神話」によって抹消された。
1990年代、NSFNETの民営化により商用インターネットが誕生したが、その基盤は政府資金で築かれた。同時に、スチュワート・ブランドらにより、コンピュータ文化は軍事研究から「反体制的で自由なヒッピー文化」へと巧妙にリブランディングされた。この「偽りの約束」のもと、Googleを筆頭とするシリコンバレー企業は、「自由」のイメージを販売しながら、ユーザーの行動を徹底的に追跡・プロファイリングするビジネスモデルを確立した。
そして、これらの企業のプラットフォームと収集したデータは、国家の監視装置と直結している。Googleは国防総省やCIAと多数の契約を結び、地理空間情報からクラウドサービスまでを提供している。エドワード・スノーデンの暴露はNSAの監視を明らかにしたが、彼が推奨するTorなどの「プライバシーツール」の多くは、実は国務省やその関連団体(BBG)の資金で開発された「インターネットの自由」プロジェクトの産物である。これらのツールは、反体制派を惹きつける「ハニーポット」として機能し、真のプライバシー保護にはならず、民間企業による監視ビジネスには無力だ。
インターネットは政治的に中立な技術ではない。それは開発され、使用される社会の権力構造を反映する。現代のインターネットが「監視谷」と化しているのは、軍事・情報機関と巨大テック企業が複合体を形成し、監視と管理の能力を独占しているからである。著者は、この技術の民主的なコントロールを求め、そのための歴史的理解の重要性を訴える。
各章の要約
第一部 失われた歴史
第1章 新たな戦争
スプートニク・ショック後の1958年、国防総省高等研究計画局(ARPA)が設立された。初期の重要人物ウィリアム・ゴーデルは、フランスのベトナム戦略の失敗を分析し、非核・地域紛争に対処する「対反乱」戦略の必要性を確信していた。ケネディ政権はこの考えに共鳴し、ARPA内にハイテク対反乱研究プログラム「プロジェクト・アジャイル」を発足させた。これはベトナムで枯葉剤(エージェント・オレンジ)散布を開始し、電子センサーによるジャングル監視網「イグルー・ホワイト」を開発するなど、非道な作戦を「科学的」に推進した。同時に、ランド研究所などの社会学者を動員し、ベトナムやタイの村落を研究して反乱の社会的要因を分析・予測しようとした。プロジェクト・アジャイルは、データに基づく対反乱の「人々操作」技術を追求し、後のコンピュータネットワークの基盤となる要求を生み出した。
第2章 指揮・統制・対反乱
ARPAの「指揮統制研究」部門の責任者に就任したJ.C.R.リックライダーは、人間とコンピュータがシームレスに協調する「共生」を夢見る計算機科学者だった。彼の構想は、分散したコンピュータを高速ネットワークで結び、誰もがどこからでもリアルタイムで情報にアクセス・処理できる「大銀河間ネットワーク」だった。この研究は、SAGE防空システムの開発経験やノーバート・ウィーナーのサイバネティクス思想に影響を受けていた。リックライダーは全米の大学に資金を投入し、タイムシェアリング、グラフィカルインターフェース、マウスなど、現代コンピューティングの基礎技術を開発させた。これらの研究は学術的側面を持ちつつも、ベトナムで収集される対反乱データの処理・分析、つまり「指揮統制」のための汎用プラットフォーム構築という明確な軍事目的と不可分だった。彼の後任らにより構築されたARPANETは、まさにこの目的を実現する「相互接続された思考センター」となるはずだった。
第3章 アメリカ人をスパイ
1960年代末、米陸軍は国内の反戦・公民権活動を「対反乱」の対象と見なし、数千人の諜報員を動員してCONUS Intelという大規模な国内監視プログラムを実行した。1970年、内部告発によりこのプログラムが暴露され、上院(サーヴィン委員会)による調査が始まった。その過程で、陸軍が収集した数百万に及ぶ違法な監視ファイルが、新興のコンピュータネットワークARPANETを通じて、MITの「ケンブリッジ・プロジェクト」などに転送・保管され、分析されていた事実が1975年のNBC報道などで明らかになった。当時、ARPANETは軍とインテリジェンスコミュニティの実運用ネットワークとして機能し始めており、その最初の大規模な「成功」の一つが自国民へのスパイ活動への貢献だった。これは、学生活動家らがケンブリッジ・プロジェクトに反対した理由(「コンピュータ化された人々操作」)が正しかったことを証明した。しかし、この歴史的事実は後のインターネット神話の中で完全に忘却された。
第二部 偽りの約束
第4章 ユートピアと民営化
1970年代、ヒッピー・コミューンの夢が崩壊したスチュワート・ブランドは、コンピュータとネットワークに新たなユートピアの可能性を見いだし、そのイメージを「反体制的で自由なもの」へとリブランディングした。1980年代、彼の影響を受けた『Wired』誌などが、インターネットを政府や軍隊を無力化する「自由のテクノロジー」として祭り上げた。しかし現実では、軍事ネットワークARPANETは老朽化し、国家科学財団(NSF)による後継ネットワークNSFNETへと移行していた。NSFNETの責任者スティーブン・ウルフは、この公共ネットワークをIBMやMCIなどの私企業コンソーシアムに運営委託し、最終的に完全民営化するという「輝かしい」計画を推進した。1995年、NSFNETは公式に退役し、インターネットの基盤は一握りの通信企業に引き継がれた。こうして、軍事目的で開発され、公的資金で育まれた人類史上最も重要な通信技術は、ほとんど公の議論もなく民間企業に譲渡されたのである。
第5章 監視株式会社
スタンフォード大学のDARPA資金による「デジタル図書館イニシアチブ」の研究から生まれたGoogleは、その革新的な検索アルゴリズム(PageRank)で急速に成長した。真の革新は、検索ログなどからユーザーの意図や属性を推定する「行動データマイニング」をビジネスモデルの中核に据えた点にある。Gmailではメール内容をスキャンして広告を配信し、ユーザープロファイルを作成した。この私的監視モデルは、アマゾン、フェイスブック、ウーバーなどシリコンバレー企業の標準となった。一方、GoogleはCIA系ベンチャーキャピタルIn-Q-Telが出資するKeyhole社を買収し、Google Earthとして軍・情報機関に提供するなど、積極的に政府調達市場に参入した。Googleは現在、NSAとの秘密協定を含め、国防総省、CIA、警察などあらゆる政府機関と契約を結び、そのテクノロジーを提供している。シリコンバレーは「世界を良くする」というイメージを維持しながら、その実態は軍産複合体の新たな中核として、民間と国家の監視能力を一体化させている。
第6章 エドワード・スノーデンの軍拡競争
エドワード・スノーデンによるNSA暴露は、国家によるインターネット監視の実態を明らかにしたが、それはインターネットが元来備えていた機能の延長線上にあった。NSAは、Googleやフェイスブックなどのプラットフォームに直接接続するPRISMプログラムなどを運用し、シリコンバレー企業の協力の下で膨大なデータを収集していた。スノーデンは国家監視を激しく批判したが、その解決策として政治改革ではなく暗号技術(特にTor)の普及を唱えた。彼の信奉するサイファーパンク思想は、強力な暗号化が政府権力を無力化すると信じるものだった。しかし、Torの開発元であるTorプロジェクトは、米海軍研究所とDARPAの研究から生まれ、その後も国務省や放送理事会(BBG)から多額の資金援助を受け続けていた。スノーデンの支持は、この政府系ツールに絶大な信頼性を与え、監視反対運動のシンボルに祭り上げた。
第7章 スパイが資金提供するインターネットプライバシー
Torプロジェクトの内部文書を分析すると、その活動の本質が明らかになる。Torは元々、米政府のスパイや兵士がインターネット上で身元を隠すために開発された。その有効性を高めるためには、一般ユーザー、活動家、犯罪者など多様な人々が使う「カモフラージュ」が必要だった。そこでARPAの元請け研究者が非営利組織を設立し、電子フロンティア財団(EFF)などの協力を得て「独立したプライバシー団体」として宣伝した。2000年代半ばから、Torは冷戦時代のCIAのプロパガンダ放送網を引き継いだ連邦機関「放送理事会(BBG)」から主要な資金を得るようになった。BBGは中国など「敵対的」国家への情報浸透・政情不安あおりを目的とする「インターネットの自由」政策の一環として、Torを反体制活動家へのトレーニングと共に配布した。ジャコブ・アッペルバウムのようなカリスマ的活動家を前面に立て、WikiLeaksとの関係をアピールすることで、Torの「反体制」イメージは強化された。スノーデン暴露後、政府資金による「オープン・テクノロジー・ファンド」はSignalなどの暗号化アプリにも巨額を投じ、それらはスノーデン自らも推奨した。これらのツールは、反体制派を惹きつける「ハニーポット」として機能し、NSAなどの実際のハッキング能力の前では不十分であると同時に、シリコンバレー企業による私的監視には全く無力だった。監視に対する真の解決策は技術ではなく政治にあるが、この「プライバシー・アームズレース」は、人々の目を民間監視ビジネスからそらし、問題を技術的解決に矮小化する役割を果たしている。
エピローグ マウトハウゼン、オーストリア
オーストリアのマウトハウゼン強制収容所は、IBMのパンチカード式集計機がナチスの奴隷労働管理とホロコーストの効率化に使用された地である。この歴史は、コンピュータ技術そのものに善悪はなく、それを開発し使用する社会の政治的・文化的価値観と権力関係がその利用法を決定することを示している。インターネットも同様で、それは「世界の一片」であり、世界の良き部分も悪しき部分も反映する。現代のインターネットが「監視谷」と化しているのは、軍事・情報機関と巨大テック企業が複合体を形成し、監視と管理の能力を独占している現在の権力構造の反映である。この技術を民主的な目的で使用するためには、まずその誕生から続く軍事的・監視的な本質を直視し、政治的にコントロールする必要がある。著者はこう述べる。「監視と管理は、それ自体が問題なのではない。それらがどのように使われるかは、私たちの政治と政治文化にかかっている。」
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