書籍要約『精神の生態学へのステップ:人類学、精神医学、進化、認識論における論文集』グレゴリー・ベイトソン 1972年

ゲーム理論・進化論テクノロジー、技術批判、ラッダイト文明の危機・生態学的危機進化生物学・進化医学

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『精神の生態学へのステップ:人類学、精神医学、進化、認識論における論文集』グレゴリー・ベイトソン 1972年

Steps to an Ecology of Mind: Collected Essays in Anthropology, Psychiatry, Evolution, and Epistemology Gregory Bateson 1972

https://note.com/alzhacker/n/n7cea48a1fc44

目次

第1部:メタローグ – Part I: Metalogues

  • なぜものごとはごちゃごちゃになるのか? – Why Do Things Get in a Muddle?
  • なぜフランス人は? – Why Do Frenchmen?
  • ゲームと真剣さについて – About Games and Being Serious
  • どのくらい知っているか? – How Much Do You Know?
  • なぜものには輪郭があるのか? – Why Do Things Have Outlines?
  • なぜ白鳥なのか? – Why a Swan?
  • 本能とは何か? – What Is an Instinct?

第2部:人類学における形式とパターン – Part II: Form and Pattern in Anthropology

  • 文化接触と分裂生成 – Culture Contact and Schismogenesis
  • 観察された民族学的材料についての思考実験 – Experiments in Thinking about Observed Ethnological Material
  • 士気と国民性 – Morale and National Character
  • バリ:定常状態の価値体系 – Bali: The Value System of a Steady State
  • 原始芸術におけるスタイル、優雅さ、情報 – Style, Grace, and Information in Primitive Art

第3部:コミュニケーション理論における形式とパターン – Part III: Form and Pattern in Communication Theory

  • 第3.1章 精神分裂病理論 – A Theory of Schizophrenia
  • 第3.2章 精神分裂病の病因学における社会問題の概念 – The Social Matrix of Psychiatry
  • 第3.3章 精神分裂病の病因学における家族の役割についての注記 – Toward a Theory of Schizophrenia
  • 第3.4章 アルコール中毒の認識論 – The Cybernetics of “Self”: A Theory of Alcoholism
  • 第3.5章 ダブルバインド、1969年 – Double Bind, 1969
  • 第3.6章 第3部へのコメント – Comment on Part III

第4部 生物学と進化 – Part IV: Biology and Evolution

  • 第5.1章 生物学者と州教育委員会の空虚さについて – On Empty-Headedness Among Biologists and State Boards of Education
  • 第5.2章 進化における体細胞変化の役割 – The Role of Somatic Change in Evolution
  • 第5.3章 鯨類とその他の哺乳類のコミュニケーションの問題 – Problems in Cetacean and Other Mammalian Communication
  • 第5.4章 「ベイトソンの法則」の再検討 – A Re-examination of “Bateson’s Rule”
  • 第5.5章 第4部へのコメント – Comment on Part IV

第5部 認識論と生態学 – Part V: Epistemology and Ecology

  • 第6.1章 サイバネティック説明 – Cybernetic Explanation
  • 第6.2章 冗長性とコーディング – Redundancy and Coding
  • 第6.3章 意識的目的対自然 – Conscious Purpose versus Nature
  • 第6.4章 人間適応における意識的目的の効果 – Effects of Conscious Purpose on Human Adaptation
  • 第6.5章 形式、実体、差異 – Form, Substance, and Difference
  • 第6.6章 第5部へのコメント – Comment on Part V

第6部 精神の生態学の危機 – Part VI: Crisis in the Ecology of Mind

  • 第7.1章 ヴェルサイユからサイバネティクスへ – From Versailles to Cybernetics
  • 第7.2章 認識論の病理 – Pathologies of Epistemology
  • 第7.3章 生態学的危機の根源 – The Roots of Ecological Crisis
  • 第7.4章 都市文明における生態学と柔軟性 – Ecology and Flexibility in Urban Civilization
  • 第7.5章 グレゴリー・ベイトソンの著作一覧 – The Published Work of Gregory Bateson

各章の要約

第1章 メタローグ:なぜものごとはごちゃごちゃになるのか?

父と娘の対話形式で展開される議論。娘が「なぜものは勝手にごちゃごちゃになるのに、整理整頓には努力が必要なのか」と問う。父は確率論的説明を試みる。つまり「整頓された」状態は極めて少数の配置しか許さないが、「ごちゃごちゃ」な状態は無限に近い配置が可能だからだと説明する。この原理は統計力学の第二法則と同じで、エントロピー(無秩序)は自然に増大する傾向があることを示している。対話は科学的思考の本質的な問題を扱いながら、複雑な概念を日常的な疑問から導き出す。

第2章 メタローグ:なぜフランス人は?

フランス人が話すときに手を振る理由について父娘が議論する。身振りと言語の関係、コミュニケーションの非言語的側面について探求する。著者は身振りが言語と同等に重要なコミュニケーション手段であり、単なる言葉では伝達できない情報を含んでいると論じる。文化によって身振りのパターンが異なることで、異文化間のコミュニケーションに問題が生じることも指摘される。言語教育において身振りが軽視されることの問題性も議論される。この対話は人間のコミュニケーションが多層的で複雑な情報交換システムであることを明らかにする。

第3章 メタローグ:ゲームと真剣さについて

父娘の対話が「ゲーム」なのか「真剣な会話」なのかという問いから始まる。ゲームと真剣さの境界の曖昧さ、プレイの創造的機能について議論される。著者は混乱や「でたらめ」な思考が新しいアイデアを生み出すために必要だと主張する。あまりに厳格で論理的な思考は創造性を阻害する一方、完全に無秩序な思考も無意味になる。重要なのは厳密さと柔軟性のバランスであり、このバランスこそが科学的発見と創造的思考の源泉となる。対話自体が探求のプロセスであり、答えよりも問いの質が重要であることが示される。

第4章 メタローグ:どのくらい知っているか?

知識の測定可能性について父娘が議論する。知識は単純に量として測定できるものではなく、相互に関連し合う複雑なネットワークを形成していることが論じられる。情報理論の概念を用いて、「Twenty Questions」ゲームを例に、質問による情報の絞り込み過程が説明される。知識の異なる種類(事実的知識、関係的知識、メタ知識など)は単純に加算できない。むしろ知識は掛け算的に相互作用し、全体として一つの大きな思考体系を形成する。この章は知識の本質的な相互依存性と、学習過程の複雑さを明らかにしている。

第5章 メタローグ:なぜものには輪郭があるのか?

絵を描くときになぜ物に輪郭を描くのかという娘の質問から、知覚と表現の問題が議論される。ウィリアム・ブレイクの「賢人は輪郭を見るから描く」という言葉を引用し、知覚の主観性と客観性について探求する。輪郭は物理的実在というより、認識する主体が世界に秩序を与える方法であることが示される。この議論は科学的思考の明確性と、日常的な「あいまいさ」に対する許容度の問題にも発展する。著者は過度の明確性への固執も、完全な曖昧さも問題があると論じ、バランスの重要性を強調する。

第6章 メタローグ:なぜ白鳥なのか?

バレエで踊り手が白鳥を演じることの意味について議論する。芸術における「ふり」や「見立て」の本質について探求される。人形も白鳥も「ある種の」人間性を表現しているが、それは文字通りの意味ではない。芸術は異なる現実のレベルを統合し、メタファーと実在の境界を曖昧にする。宗教的秘跡との類比も議論され、芸術が単なる比喩を超えた何かを表現する可能性が示される。この章は芸術の本質的な両義性と、表現における複数の意味層の共存について論じている。

第7章 メタローグ:本能とは何か?

本能概念の科学的妥当性について父娘が討論する。「本能」は説明原理であって実際の現象ではないことが指摘される。科学者が複雑な行動を「本能」で説明することの問題点が議論される。学習と本能の境界の曖昧さ、動物行動研究における客観性の限界も扱われる。著者は人間の合理的・客観的側面が動物性を抑圧し、結果として動物行動の理解を歪めることを警告する。この章は科学的概念の構築における人間の認知的偏見の問題を明らかにし、より統合的な理解の必要性を提示している。

第8章 文化接触と分裂生成

異なる文化集団の接触により生じる「分裂生成」(schismogenesis)という現象を分析する。分裂生成には対称型(競争的相互作用)と補完型(支配-従属的相互作用)がある。対称型では互いに同じ行動パターンで応酬し激化する。補完型では支配者がより支配的に、従属者がより従属的になる悪循環が生まれる。両者とも制御機能がなければ関係の破綻に至る。著者は様々な抑制要因(相互依存、外的脅威、交互的行動パターンなど)を検討し、安定した社会関係の維持条件を探る。この理論は文化変化と社会統合の力学を理解する重要な分析枠組みを提供する。

第9章 観察された民族学的材料についての思考実験

著者の思考過程を内省的に分析した論文。ニューギニアのイアトムル族の社会組織分析において、生物学的類推(動物の体節構造)がいかに有効だったかを説明する。イアトムル社会は横断的分節ではなく放射状対称の構造を持つという洞察を得た。このような「大胆な類推」から「厳密な定式化」への思考プロセスが科学的発見の鍵であると論じる。著者は厳密な論理的思考と自由な連想的思考の組み合わせが、新しい科学的概念の創造に不可欠であることを強調する。この章は科学的創造性の方法論的考察として重要な示唆を提供している。

第10章 士気と国民性

国民性概念の科学的有効性を擁護し、西欧諸国間の心理文化的差異を分析する。個人差や下位文化的分化があっても、関係性のパターンという観点から共通の国民的特徴を同定できると論じる。対称的関係(競争的)と補完的関係(階層的)のパターンの違いが各国の特徴を規定する。イギリス・アメリカは対称的パターン、ドイツは補完的パターンが優勢とされる。著者は戦時における士気向上のための具体的提言も行う。アメリカ人には挑戦的な情報提示が効果的だが、過度の悲観主義は避けるべきと提案する。国際理解促進のための心理文化的知識の重要性が強調される。

第11章 バリ:定常状態の価値体系

バリ社会が分裂生成を回避し安定した定常状態を維持するメカニズムを分析する。バリの子育てでは大人が子どもとの相互作用を途中で中断し、累積的な感情の高まりを防ぐ。これにより成人も競争的・支配的行動を避ける性格が形成される。バリ文化は頂点的な感情表現より平坦な持続状態を重視する。空間的・社会的方向感覚への依存、美的完璧性への志向、集団活動への参加喜びなどが特徴的価値となる。著者はこれをゲーム理論的に分析し、単一変数の最大化ではなく全体システムの安定性維持を目指す社会であると結論づける。

第12章 原始芸術におけるスタイル、優雅さ、情報

芸術作品における情報の符号化様式について分析する。芸術の意味は表象内容ではなく、知覚対象の変換規則や表現様式にあると論じる。意識と無意識の関係、一次過程(メタファー的思考)の役割が重要な論点となる。技術的熟練は無意識的知識の蓄積を示し、芸術家はこの無意識的過程について観者とコミュニケーションする。バリ絵画の具体的分析では、動乱と静寂の対比構造が主要テーマとされる。芸術は目的合理的意識の部分的真理を補正し、より統合的な世界認識へ導く機能を持つと結論される。このように芸術は人間精神の生態学的バランス維持に貢献する。

4.1 社会計画と第二次学習の概念

ミード(Margaret Mead)の社会科学論文への批評として、目的手段的思考の危険性を論じる。西洋文明は目的のために手段を正当化する思考パターンに陥りがちだが、これは全体主義につながる。代替案として、行為そのものに価値を見出す「方向性」重視の思考を提案する。学習には単純学習と第二次学習(学習の学習、学習への構えの形成)があり、人格形成の基盤となる。社会科学の応用においては、操作的手段によって人を動かすのではなく、行為の瞬間的価値に注目すべきである。

4.2 遊びと幻想の理論

コミュニケーションは複数の抽象レベルで同時に機能し、メタコミュニケーション(コミュニケーションについてのコミュニケーション)が重要な役割を果たす。動物の「遊び」行動を例に、「これは遊びである」というメッセージが含む論理的矛盾(パラドックス)を分析した。遊びでの行動は戦闘行動に似ているが、実際の戦闘ではない。このような「フレーム」の概念により、現実と幻想、文字通りの意味と比喩的意味を区別する。統合失調症患者はこのフレーム設定に困難を持つ。心理療法もまた、このようなフレームの操作によって機能する。

4.3 統合失調症の疫学

統合失調症を経験的学習の結果として捉え、特定の形式的欠陥に焦点を当てる。患者は「どのような種類のメッセージがメッセージであるか」を識別する信号の解釈に困難を抱える。これは「自我の弱さ」と呼ばれる現象の核心である。患者の母親との相互作用を観察すると、母親は子供のメッセージを継続的に再分類し、その意味を歪曲する傾向がある。このような環境では、子供は自分のメッセージ識別能力に混乱をきたし、現実と幻想、字義通りの意味と比喩的意味を区別することが困難になる。

4.4 統合失調症理論に向けて

ラッセルの論理型理論(Theory of Logical Types)に基づく統合失調症の新理論を提示する。「ダブルバインド」概念を中核とし、矛盾するメッセージレベルに患者が継続的にさらされることで症状が発生すると仮定する。家族内で母親が愛情と拒絶の矛盾したメッセージを同時に送り、子供がこの矛盾についてコメントすることを禁じられる状況が典型例である。患者は「勝つことのできない」状況に置かれ、防御的に偏執的、破瓜病的、または緊張病的な反応を示す。心理療法では治療的ダブルバインドを利用して患者の変化を促進できる。

4.5 統合失調症の集団力学

統合失調症を個人の病理ではなく、家族システム全体の力学として理解する。家族メンバー間の連合形成パターンをフォン・ノイマンのゲーム理論で分析し、不安定な連合が絶えず変化する状況を描写する。この環境では各個人は常に「正しい」判断を下すが、他のメンバーの反応によって結果的に「間違い」であることが証明される。統合失調症患者は家族の無意識的偽善の共犯者となり、親の矛盾を指摘する権利を犠牲にして親との関係を維持する。このシステムでは各メンバーが継続的に自己否定を経験する。

4.6 統合失調症理論の最小要件

学習理論、遺伝学、進化論の相互関係を検討し、ダブルバインド理論が隣接科学に与える影響を論じる。学習を階層的に分類し(ゼロ学習、学習I、学習II、学習III)、各レベル間の不連続性を強調する。統合失調症理論は遺伝学に対して、単純な遺伝子型‐表現型対応ではなく、学習能力の遺伝的決定と環境要因の複雑な相互作用を考慮するよう要求する。さらに進化論に対しては、獲得形質の進化的機能を再考し、個体と環境の生態学的システム全体での適応を重視するよう促す。科学は美しさを目指すべきであり、制御よりも理解を重視すべきである。

4.7 ダブルバインド(1969年)

1969年時点でのダブルバインド理論の再検討を行う。この理論は統合失調症だけでなく、ユーモア、芸術、詩などの「文脈横断的症候群」全般を説明する。重要なのは、心の中にはココナッツやダブルバインドのような「もの」は存在せず、知覚や変換のみが存在するという認識論的問題である。イルカの実験を通じて、文脈の文脈を学習する過程で生じる苦痛と創造性の関係を示す。遺伝的要因は経験的要因よりも抽象的レベルで作用し、両者の相互作用点は高次の抽象レベルにある。

4.8 学習とコミュニケーションの論理カテゴリー

ラッセルの論理型理論を学習概念に適用し、階層的学習分類を確立する。ゼロ学習(特定反応)、学習I(反応の変化)、学習II(学習の仕方を学ぶ)、学習III(学習IIの変化)の4レベルを定義する。各レベルは異なる論理型に属し、不連続である。学習IIは人格形成の基盤となり、「依存性」「攻撃性」などの性格特性は特定の学習文脈での学習IIの結果である。学習IIIは宗教的変換や深い性格変化で稀に起こる。この階層は遺伝学的決定と学習の境界を明確化し、種族によって学習能力の上限が決まることを示唆する。

4.9 「自己」のサイバネティクス:アルコール依存症の理論

アルコール依存症をサイバネティクス理論で分析し、AA(アルコホーリクス・アノニマス)の神学との対応を論じる。依存症者の「しらふ」状態は西洋的なデカルト二元論(心身分離)に基づく誤った認識論を特徴とする。「自己統制」の神話により対称的な「誇り」に陥り、酒との戦いを宣言するが、これは破綻を運命づけられている。酔酒状態は相補的関係への一時的逃避を提供する。AAの12ステップは対称的関係から相補的関係への認識論的転換を促し、より大きなシステムの一部としての自己を認識させることで回復を可能にする。

4.10 第3部への注釈

文脈と行動の関係についての概念的修正を論じる。行動を文脈によって「決定される」従属変数として見るのではなく、行動も文脈を構成する生態学的サブシステムの一部として理解すべきである。馬の進化例を用いて、動物と環境の関係性の恒常性が進化の本質であり、個別の適応は副次的であることを説明する。統合失調症、第二次学習、ダブルバインドは個人心理学の問題ではなく、参加個体の皮膚境界を超えた「心」やシステムにおけるアイデアの生態学の一部として理解されるべきである。

第5.1章 生物学者と州教育委員会の空虚さについて

著者は、カリフォルニア州教育委員会の反進化論的決定に対し、創世記の秩序の問題から出発して議論を展開する。生物学教育では進化の理論背景が軽視されており、学生は問題の本質を理解していない。様々な文化の創造神話(ニューギニアのイアトムル族の話など)を紹介し、これらも秩序の起源という同じ根本問題に取り組んでいることを示す。真の科学教育には、異なる思想体系の比較検討が必要であり、一方的な正誤判断ではなく、思考の豊かなスペクトラムを理解することが重要だと主張する。

第5.2章 進化における体細胞変化の役割

著者は進化論における体細胞変化の重要性を論じる。従来の理論は遺伝的変化のみを重視するが、実際には環境圧力に対する個体の体細胞的適応が進化過程で重要な役割を果たす。体細胞の柔軟性には限界があり、この「柔軟性の経済学」が進化を制約する。長期的生存のためには、体細胞変化によって獲得された特性を遺伝的に固定する「ボールドウィン効果」が必要となる。これにより、体細胞の柔軟性が回復し、新たな適応が可能になる。進化は単なる外的適応ではなく、内部システムの経済性によって導かれるプロセスである。

第5.3章 鯨類とその他の哺乳類のコミュニケーションの問題

著者は哺乳類のコミュニケーション、特にイルカの研究について考察する。哺乳類のコミュニケーションは主に関係性のパターンに関するものであり、環境の具体的事物についてではない。猫が飼い主に「依存、依存」というメッセージを送るように、関係性そのものが伝達内容となる。イルカの場合、海洋適応により表情を失ったため、音声コミュニケーションが発達したと推測される。しかし、これは人間の言語とは根本的に異なるシステムであり、アナログ的コミュニケーションの延長線上にある。真の言語は手を持つ生物にのみ可能だと著者は考える。

第5.4章 「ベイトソンの法則」の再検討

著者は父ウィリアム・ベイトソンが発見した形態学的規則性を、サイバネティクス理論の観点から再検討する。この法則は、非対称な側肢が重複した場合、結果として生じる構造が両側対称になるというものである。著者は情報理論の視点から、対称性の減少(放射状から両側、両側から非対称)には追加情報が必要であり、情報の欠如が対称性への回帰を引き起こすと説明する。甲虫の脚の重複例を詳細に分析し、中心-周辺勾配の消失が分岐と対称性の両方を決定すると仮説を立てる。両生類の実験例との比較も行い、情報損失理論の適用限界を検討する。

第5.5章 第4部へのコメント

第4部の各論文は、主要な議論の異なる地点から分岐した多様な内容を扱っている。体細胞変化に関する論文は精神分裂病理論の発展であり、鯨類コミュニケーションの論文は学習理論の応用である。ベイトソンの法則の再検討は新領域を開拓しつつも、情報統制の概念を形態形成に拡張し、必要な情報の欠如時に何が起こるかを示すことで文脈の重要性を明らかにしている。これらの研究は、情報が文脈から文脈へと移動することを示し、生物システムにおける文脈の役割を浮き彫りにしている。

第6.1章 サイバネティック説明

サイバネティック説明は従来の因果説明とは根本的に異なる。通常の説明が「なぜAがBを引き起こしたか」を問うのに対し、サイバネティック説明は「なぜ他の可能性が実現しなかったか」を問う。自然選択理論がその典型例である。説明は「制約」の概念に基づき、可能性の不平等な確率として理解される。この説明形式は論理的証明の背理法に類似している。また、地図と領域の変換関係が重要で、コミュニケーションシステムでは階層的文脈構造が不可欠である。情報は差異として定義され、確率の逆数の対数で量化される。エネルギーではなく情報が、システムの行動を決定する主要因となる。

第6.2章 冗長性とコーディング

動物と人間のコミュニケーションシステムの進化的関係を考察する。人間の言語は他の動物の運動感覚的・音韻言語的コードから直接派生したものではない。もしそうなら、古いシステムは退化しているはずだが、実際には人間の非言語コミュニケーションは他の動物より複雑に発達している。これは言語が全く異なる機能を担うことを示している。動物コミュニケーションは主に関係性を扱うが、言語は外部環境についての情報伝達を可能にした。コーディングの基本は「部分-全体」関係であり、冗長性と意味は同義である。動物から人間への進化では、関係性についてのコミュニケーションから事物についての命名への転換が重要だった。

第6.3章 意識的目的対自然

現代文明は技術進歩により意識的目的が強力になりすぎた結果、生態系との不調和を生じている。生物システムは本来サイバネティック(自己修正的)システムであり、個体・社会・生態系の三層で作動している。しかし意識は目的指向的サンプリングを行うため、システム全体の相互関係を見失いがちである。その結果、局所的な問題解決が全体システムの破綻を招く。医学が典型例で、個別疾患の治療に集中し、身体全体の統合的理解を欠いている。現代技術の力により、この認識論的エラーが致命的になりつつある。芸術や宗教など、意識を超えた領域での経験が、このシステム的認識の回復に重要である。

第6.4章 人間適応における意識的目的の効果

人間適応における意識の役割を、三つのサイバネティックシステム(個体・社会・生態系)の結合として分析する。これらのシステムは本来ホメオスタティック(恒常性維持)だが、再生的サブシステムを含むため、制御が失われると指数関数的暴走を起こす。意識は目的指向的情報選択を行うため、システムの循環的性質を見落としがちである。その結果、直線的思考による介入が意図せぬ結果を招く。現代の特徴は、人間が環境を変える傾向、技術力の急激な増大、法人格を持つ組織の増加である。これらが組み合わさり、意識的目的が生態系破壊を加速している。愛や芸術など、意識を超えた経験が修正要因として重要である。

第6.5章 形式、実体、差異

知覚の本質について根本的に考え直す必要がある。我々は対象を「見る」のではなく、対象についての情報を統合してイメージを作り出している。地図と領域の関係において、領域から地図に移るのは「差異」である。差異は物理的実体ではなく抽象的概念であり、コミュニケーション世界では差異が効果を生む。カントの美的判断やユングのプレローマ(力の世界)とクレアトゥーラ(差異の世界)の区別が重要である。精神とは、差異を扱う閉回路システムである。この定義により、精神は個人の皮膚に限定されず、環境を含むより大きなシステムに遍在する。進化の単位と精神の単位は同一であり、これが重要な一般化である。

第6.6章 第5部へのコメント

第5部の最終論文「形式、実体、差異」で、これまでの議論が統合される。宇宙には物理的決定論に加えて精神的決定論が存在する。これは超自然的ではなく、生命を含むシステムの本来的特性である。精神的決定論は超越的ではなく内在的である。超越的精神(神)は外部からの情報で行動するとされるが、内在的精神は分離した情報チャネルを持たず、より決定論的である。我々の精神と技術は、より大きな精神の一部であり、我々の矛盾や混乱がシステム全体の狂気を引き起こしうる。単原子に精神性を認める必要はなく、精神は複雑な関係の機能としてのみ存在する。

第7.1章 ヴェルサイユからサイバネティクスへ

20世紀の二大歴史的事件として、ヴェルサイユ条約とサイバネティクスの発見を挙げる。哺乳類は関係性のパターンを重視するため、態度変化の瞬間が歴史的に重要である。第一次大戦末期、ジョージ・クリールの提案による「十四カ条」で軟和的休戦条件を提示したが、実際の条約では過酷な条件を課した。この裏切りがドイツ政治の道徳的退廃を招き、第二次大戦へと続く悲劇の連鎖を生んだ。現在も我々はこの後遺症の中にいる。サイバネティクスは組織化されたシステムの理解を深める科学的突破口だが、ゲーム理論の政治利用など、新たな危険も生んでいる。重要なのは適切な理解と使用である。

第7.2章 認識論の病理

人間の知覚における根本的誤謬を、エイムズの錯視実験を例に説明する。我々は実際には対象を「見て」いないが、日常的にはそう信じて行動している。このような認識論的エラーは即座に罰せられないため持続しやすい。20世紀最重要の発見は精神の本質の解明である。精神とは、差異を扱い、閉回路を持ち、エネルギーを内部から供給し、自己修正機能を持つシステムである。この複雑性があるところに必然的に精神が生じる。しかし西洋文明は間違った生存単位(個体対環境)を設定し、技術力により環境破壊を招いている。正しい単位は「有機体プラス環境」である。東洋哲学や若者文化に正気の片鱗が残っている。

第7.3章 生態学的危機の根源

ハワイ州の環境問題法案への証言として、生態学的危機の根本原因を分析する。DDTの例に見られるように、対症療法的措置は根本原因を放置し、しばしば悪化させる。現在の脅威は三つの根本要因の相互作用による:技術進歩、人口増加、西洋文化の誤った価値観。これらは相互に促進し合う自己触媒的システムを形成している。西洋文明の支配的観念(環境との対立、無限拡張フロンティア、技術万能主義など)は生態学的に誤りであることが実証されている。ハワイの古代文明は異なる価値体系の例である。思考の変化は既に始まっているが、政府・経済・教育・軍事のあらゆる側面に影響する根本的変革が必要である。

第7.4章 都市文明における生態学と柔軟性

健全な人間文明の生態学的定義を提示する。「高度文明」とは必要な技術・教育・宗教制度を持ち、太陽エネルギー収入のみに依存する文明である。「柔軟性」は適応のための未使用潜在能力で、各変数には許容限界がある。限界近くでは「硬直」し、相互連結により硬直が拡散する。社会的柔軟性は石油と同様に貴重な資源として配分されるべきである。アクロバットの比喩で示すように、基本変数は安定させ、表面的変数に柔軟性を配分すべきだが、現代は逆になっている。観念の柔軟性では、頻繁に使用される抽象的観念が硬直化し前提となる。使用されない柔軟性は他の変数に侵食されるため、定期的行使が必要である。

第7.5章 グレゴリー・ベイトソンの著作一覧

ヴァーン・キャロルによって編纂された、グレゴリー・ベイトソンの包括的著作目録。1926年から1971年までの書籍、論文、書評を年代順に整理している。共著者、発表媒体、再版情報も詳細に記載されている。主要著作として『ナヴェン』(1936年、1958年改訂)、『コミュニケーション:精神医学の社会的マトリックス』(ルーシュとの共著、1951年)、『バリ島民の性格』(ミードとの共著、1942年)などが含まれている。論文は人類学、精神医学、サイバネティクス、生態学など多岐にわたる分野をカバーしている。また、バリ島やニューギニアでの文化研究に基づく教育映画シリーズも製作している。アスタリスク付きの論文は本書に収録されている。


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