Science and Public Reason
Sheila Jasanoff

本書の要約
シーラ・ジャサノフは、現代民主主義社会における**公共理性**の構築プロセスを25年間にわたる研究を通して分析している。本書は科学技術研究(STS)の手法を用いて、政府が公共の利益のために推論を行う際の実践的なメカニズムを解明する。
著者が提唱する公共理性とは、単に論理的な議論の構築ではなく、現代政府が物理的・政治的・道徳的リスクの時代において正統性を主張するための制度的実践、言説、技術、手段の総体である。この理性は、市民が政府の提供する推論形式を受け入れる条件にも依存している。
本書は3つの主要テーマを軸に構成されている。第一に、国民的理性文化の存在である。ジャサノフは「市民認識論」という概念を用いて、各国が独自の公共知識生産方式を持つことを示す。第二に、制度化された専門知識が新たな政治形態を生み出すメカニズムの分析である。第三に、法が知識社会の政治における生産的な場として機能する重要性である。
著者はアメリカ、イギリス、ドイツの比較分析を通じて、同じ科学的証拠でも国によって異なるリスク評価や政策決定が行われることを実証している。例えば、バイオテクノロジー規制では、アメリカが製品中心、イギリスがプロセス中心、ドイツがプログラム中心のアプローチを採用した。
本書の核心的主張は、理性が達成されるものであって獲得されるものではないという点である。公共理性は文化的に特殊で歴史的に条件付けられた言説の軌道上で展開され、特定の実証様式に調律された聴衆のために繰り返し再演される必要がある。この理性は認識論的達成であると同時に規範的達成でもあり、**共産出**(co-production)の理論的枠組みによって、事実と価値、知識と規範が不可分に絡み合っていることが明らかになる。
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目次
第1章 実践における理性 (Reason in practice)
第2章 製品、プロセス、またはプログラム:3つの文化とバイオテクノロジー規制 (Product, process, or programme: three cultures and the regulation of biotechnology)
第3章 DNAの民主主義において:3つの国家における存在論的不確実性と政治秩序 (In the democracies of DNA: ontological uncertainty and political order in three states)
第4章 理性の回復:因果的物語と政治文化 (Restoring reason: causal narratives and political culture)
第5章 イメージと想像:地球環境意識の形成 (Image and imagination: the formation of global environmental consciousness)
第6章 政策関連科学における論争的境界 (Contested boundaries in policy-relevant science)
第7章 リスクの歌線 (The songlines of risk)
第8章 包囲下の判断:専門家正統性の三体問題 (Judgment under siege: the three-body problem of expert legitimacy)
第9章 謙遜の技術:科学統治への市民参加 (Technologies of humility: citizen participation in governing science)
第10章 裁判官が科学社会学について知るべきこと (What judges should know about the sociology of science)
第11章 シリコンゲル豊胸インプラント訴訟における専門家ゲーム (Expert games in silicone gel breast implant litigation)
第12章 万人の目:シンプソン裁判におけるDNA目撃 (The eye of everyman: witnessing DNA in the Simpson trial)
第13章 憲法的瞬間において:ミレニアムの科学と社会秩序 (In a constitutional moment: science and social order at the millennium)
第14章 あとがき (Afterword)
各章の要約
第1章 実践における理性
Reason in practice
現代民主主義において公共理性は達成されるものであり、普遍的論理の適用によって得られるものではない。21世紀初頭の政治は怒り、皮肉、恐怖、暴力によって特徴づけられ、社会は共同で推論し将来を計画する能力を失ったかのように見える。科学技術の台頭により、科学実証の政治から不確実性とリスクの政治へと転換が生じた。政府は物理的・政治的・道徳的リスクの時代において正統性を主張するため、制度的実践、言説、技術を動員する。この公共理性は市民が政府の推論形式を受け入れる条件にも依存し、各国固有の「市民認識論」によって特徴づけられる。比較分析により、理性の文化的特殊性と歴史的条件付けが明らかになる。(299字)
第2章 製品、プロセス、またはプログラム:3つの文化とバイオテクノロジー規制
Product, process, or programme: three cultures and the regulation of biotechnology
1980年代から1990年代にかけて、アメリカ、イギリス、ドイツは遺伝子組み換え生物の環境放出を異なる方法で概念化した。アメリカは製品中心のアプローチを採用し、遺伝子操作プロセス自体を規制対象から除外した。イギリスはプロセス中心の枠組みを採用し、遺伝子操作技術の特殊性を認めた。ドイツは最も包括的にプログラム全体を検討し、科学技術と国家の関係を全面的に議論した。これらの違いは各国の政治文化と規制スタイルの特徴を反映している。しかし最終的に、文化的に条件付けられた異なるリスク構築にもかかわらず、3カ国すべてがバイオテクノロジーの発展を可能にする方向で収束した。(298字)
第3章 DNAの民主主義において:3つの国家における存在論的不確実性と政治秩序
In the democracies of DNA: ontological uncertainty and political order in three states
バイオテクノロジーは促進時には統一的技術として扱われるが、規制時には製品別に分割される。しかし市民の反応は、メタフィジックス、認識論、倫理の横断的問題を提起する。妊娠中絶、生殖補助、幹細胞、遺伝子組み換え作物の各分野で、アメリカ、イギリス、ドイツは異なる政策選択を行った。アメリカは市場規制型革新を選好し、イギリスは専門家規制型革新、ドイツは法規制型革新を採用した。これらの違いは各国の制度的能力と「怪物」(存在論的に曖昧な生命体)への寛容度を反映している。アメリカは怪物を奨励し、イギリスは許可し、ドイツは禁止する傾向がある。国民的アプローチは不確実性への対処方法と密接に関連している。(297字)
第4章 理性の回復:因果的物語と政治文化
Restoring reason: causal narratives and political culture
人間社会は学習するのかという問いに対し、国家レベルでの災害後の集合的学習プロセスを分析する。インドのボパール化学災害、イギリスのBSE(狂牛病)危機、アメリカの9.11テロ攻撃を比較検討した。各国は異なる「市民認識論」を通じて原因分析と責任追及を行った。インドでは複数の因果説明が並存し続け、道徳的論議が持続した。イギリスでは司法調査により事実についての合意が形成され、制度改革が実現した。アメリカでは超党派委員会が管理的解決策を提示した。これらの違いは、各国の公共知識生産の文化的特徴と、事実的原因と道徳的原因の境界の引き方を反映している。学習は文化的に条件付けられた複雑で曖昧なプロセスである。(296字)
第5章 イメージと想像:地球環境意識の形成
Image and imagination: the formation of global environmental consciousness
アポロ計画により撮影された地球の写真が環境意識に与えた影響を分析する。20世紀後半、分裂と対立のイメージから相互接続のイメージへと転換が生じた。宇宙から見た地球の写真は西洋環境主義の象徴となったが、その受容は複雑な経路をたどった。バックミンスター・フラーの「宇宙船地球号」概念やレイチェル・カーソンの『沈黙の春』など、地球の有限性に関する議論は写真以前から存在した。地球イメージは、リスク、政治、商業、倫理の各領域で選択的に取り込まれた。商業的利用により象徴的地位が確立される一方、道徳的・政治的含意は希薄化した。地球規模の環境ガバナンスへの影響は限定的で、国家主権が優先される場面が多い。(299字)
第6章 政策関連科学における論争的境界
Contested boundaries in policy-relevant science
科学と政策の境界線をめぐる論争が1980年代の規制言説において顕在化した。ワインバーグの「トランス・サイエンス」概念は、科学で問えるが科学では答えられない問題領域を定義した。マッガリティは「科学政策」概念を提唱し、行政法的手続きによる解決を主張した。化学産業は発がん物質規制を「科学」として扱うべきと主張し、環境保護庁(EPA)の一般的政策に反対した。ホルムアルデヒド論争では、科学者が政策原則を科学的合意として再定義した。「リスク評価」と「リスク管理」の分離も試みられたが、両者の境界は曖昧なままだった。「ピアレビュー」概念も政治的利害に応じて異なる意味で使用された。これらの境界画定用語は、科学と政府間の権力配分に関する本質的に論争的な概念である。(298字)
第7章 リスクのソングライン
The songlines of risk
リスク評価は現代工業国の環境規制を組織する中心概念となった。しかしリスクは客観的事実ではなく、歴史、政治、文化によって屈折された社会的構築物である。ブルース・チャトウィンのオーストラリア先住民の「ドリームタイム」の比喩を用いて、形式的リスク評価を現代リスク社会の「ソングライン」として描く。因果関係の線形モデル、非生物的主体への危険の帰属、数学的不確実性の扱いが特徴である。グローバルなリスク管理には文化的差異を認識した新たなアプローチが必要である。(194字)
第8章 包囲下の判断:専門家の正統性の三体問題
Judgment under siege: The three-body problem of expert legitimacy
2004年米大統領選挙で科学界がブッシュ政権を批判した事件から始まる。専門家の正統性は三つの「身体」に関わる:知識体系、専門家個人、助言機関。アメリカは規制査読論争で「良い科学」に執着するが、これは専門知識の混成的性質を無視する。イギリスは個人の判断力を重視し、ドイツは代表的機関構成を優先する。各国の「市民認識論」が専門知識の正統化方法を形作る。民主的責任には専門家を公共の代理人として再概念化し、より広範な説明責任が必要である。(197字)
第9章 謙虚の技術:科学統治における市民参加
Technologies of humility: Citizen participation in governing science
チャールズ・ペローの「正常事故」概念から始まり、現代技術システムの予測制御能力の限界を指摘する。「技術の傲慢」(リスク評価、費用便益分析等)に対抗して「謙虚の技術」が必要である。これは四つの焦点を持つ:フレーミング、脆弱性、分配、学習。市民参加は形式的手続きだけでなく実質的な規範的議論を含むべきである。科学統治の民主化には専門知識と市民知識の統合、技術選択の価値的側面への明示的取り組みが必要である。予測から熟慮へ、制御から反省的学習への転換を促進する。(198字)
第10章 法の社会学について裁判官が知るべきこと
What judges should know about the sociology of science
ダウバート判決後の科学的証拠の評価について、科学社会学の知見を応用する。科学的事実は社会的構築物であり、論争時にその偶発性が露呈する。実験者回帰、境界作業等の概念をDNA指紋判定事例で実証する。対審制度は事実の脱構築には優れるが科学的合意の再構築は困難である。標準化は専門判断を素人にも理解可能にする翻訳装置として機能する。裁判所は科学的事実発見の客観的観察者ではなく積極的参加者である。裁判官は中立的門番ではなく専門知識構築への関与を認識すべきである。(196字)
第11章 専門家ゲームとシリコンゲル豊胸インプラント訴訟
Expert games in silicone gel breast implant litigation
法的専門知識を「ゲーム」として概念化し、四つの象限で分析する:客観性軸(科学的事実化vs脱構築)と経験軸(個人vs職業的知識)。シリコンゲル豊胸インプラント(SGBI)訴訟では、原告と被告が異なる戦略を展開した。ホール裁判とMDL-926の二つの連邦地裁での専門家パネル設置過程を比較分析する。ダウバート基準の解釈は裁判官の裁量に大きく依存し、統一性をもたらすどころか新たな不統一を生んだ。専門知識の信頼性は事前決定されるのではなく訴訟過程で動的に構築される。(197字)
第12章 万人の目:シンプソン裁判でのDNA目撃
The eye of everyman: Witnessing DNA in the Simpson trial
O.J.シンプソン刑事裁判でのDNA証拠の説得力失敗を分析する。血液証拠は物語的に殺人現場からシンプソン邸まで「運ばれた」が、陪審は無罪評決を下した。DNA分子は目に見えないため、その存在を信じるには特別な翻訳過程が必要である。専門家の器械媒介された視覚と素人の直接的目撃の間に緊張関係がある。イト判事の決定(セルマーク社の血液サンプル独占、ビデオ証拠の許可)は視覚的権威の構築に関与した。法廷での専門知識の信頼性は事前に決定されるのではなく、各裁判で動的に構築される。(199字)
第13章 憲法的瞬間における:ミレニアムの科学と社会秩序
In a constitutional moment: Science and social order at the millennium
ミレニアムの変わり目に科学技術がもたらす憲法的規模の変化を分析する。三つの主要領域:自己・アイデンティティ・共同体の再定義、企業権力に対する消費者市民権の主張、グローバル統治のための知識認証システム。遺伝学は新たなアイデンティティ形成の資源となり、情報技術は国境を越えた共同体形成を可能にした。企業は国家的権威を僭称し、市民は消費者として対抗する(モンサントの「ターミネーター遺伝子」反対運動等)。グローバル専門機関の増殖と新しい「地球科学」の出現により、査読と政治参加が融合している。(198字)
第14章 終章
Afterword
現代民主主義の危機と新自由主義の限界を指摘する。科学技術は、我々がどのような人間になりどのような社会に住むかという規範的判断を含むため本質的に政治的である。公的理性は単なる権力配分ではなく、想像された共同体を含む未来の生活形態を構築する創造的プロセスである。法と国家は民主的社会の望ましい未来を明確化する上で中心的役割を維持している。理性を実践として捉えることで継続的な調査、反省、改革が可能になる。この書籍は科学と公的理性を祝福しつつ、その限界を認識した謙虚な公的理性を提唱する。(199字)
