
『Pornland:How Porn Has Hijacked Our Sexuality』Gail Dines 2010
『ポルノランド:ポルノがいかにして私たちのセクシュアリティを乗っ取ったか』ゲイル・ダインズ 2010年
目次
- 序文 / Preface
- イントロダクション:セックスの産業化 / Introduction:Porn and the Industrialization of Sex
- 第1章 『プレイボーイ』、『ペントハウス』、『ハスラー』:今日のポルノ産業への道を拓く / Chapter 1. Playboy, Penthouse, and Hustler:Paving the Way for Today’s Porn Industry
- 第2章 ポップ・カルチャー化するポルノ:主流への浸透 / Chapter 2. Pop Goes the Porn Culture:Mainstreaming Porn
- 第3章 場末からウォール街へ:巨大ビジネスとしてのポルノ / Chapter 3. From the Backstreet to Wall Street:The Big Business of Porn
- 第4章 ゴンゾへのグルーミング:ポルノ文化の中で男になること / Chapter 4. Grooming for Gonzo:Becoming a Man in a Porn Culture
- 第5章 漏れ出すイメージ:ポルノがいかに男性の人生に浸透するか / Chapter 5. Leaky Images:How Porn Seeps into Men’s Lives
- 第6章 見える化、あるいは不可視化:ポルノ文化の中で少女から女性へ / Chapter 6. Visible or Invisible:Growing Up Female in a Porn Culture
- 第7章 刺激的なセックス、セクシーなレイシズム:ポルノのダークサイド / Chapter 7. Racy Sex, Sexy Racism:Porn from the Dark Side
- 第8章 子供たち:最後のタブー / Chapter 8. Children:The Final Taboo
- 結論:戦いを挑む / Conclusion. Fighting Back
本書の概要
短い解説:
本書は、過激化するポルノ産業の実態を暴き、そのイメージが文化、男性性、女性性、そして親密な関係性をいかに破壊的に再形成しているかを、フェミニストの視点から分析する。
著者について:
著者ゲイル・ダインズは、20年以上にわたりポルノ産業とその文化的影響を研究してきた社会学者、フェミニスト活動家である。本書では、産業としてのポルノの構造と、それが個人や社会に与える壊滅的な影響を批判的に描き出す。
テーマ解説
- 主要テーマ:ポルノの産業化とその社会的影響:ポルノが単なる性的表現ではなく、利益追求のために女性を客体化・暴力の対象とすることを常態化させる巨大産業であることを暴く。
- 新規性:「ゴンゾ・ポルノ」の核心的批判:インターネット隆盛後に主流となった、過激で暴力的な「ゴンゾ・ポルノ」に焦点を当て、その内容と有害性を詳細に分析する。
- 興味深い知見:男性の「グルーミング」と加害性:ポルノがいかに男性のセクシュアリティを形成し、女性への共感を削ぎ、現実の性関係に悪影響を及ぼすか、男性自身の証言をもとに描き出す。
キーワード解説
- ゴンゾ・ポルノ:低予算で制作される、プロットのない過激な性行為の連続。女性への身体的・言語的虐待を特徴とし、現在のポルノ市場を支配する主要ジャンル。
- 疑似児童ポルノ:18歳以上の女性を幼い服装や小道具で子供のように見せかけ、性行為に参加させるジャンル。消費者の児童への性的関心を呼び起こし、常態化させる危険性を指摘。
- 産業化されたセックス:ポルノ産業が、資本主義の論理に従い、消費者の飽きを防ぐために絶えずより過激な商品を生み出す構造。個人の創造的な性ではなく、画一的な「ポルノのセックス」を広める。
- ポップ・カルチャーへの浸透:『ガールズ・ゴーン・ワイルド』やジェナ・ジェイムソンのような存在が、ポルノを「クールで楽しい」ものとして主流文化に持ち込み、その有害性を覆い隠している現状。
3分要約
本書『ポルノランド』は、社会学者ゲイル・ダインズが、現代のポルノ産業とそれが文化や個人のセクシュアリティに及ぼす壊滅的な影響を描き出す。ダインズは、序文で、ポルノがもはや周縁的なものではなく、主流文化の一部として不可視化している現状を指摘する。彼女は、ポルノとセックスを同一視する風潮を批判し、自身の批判の対象はあくまで利益を追求する「産業としてのポルノ」、特に女性への虐待を特徴とする「ゴンゾ・ポルノ」であると明確にする。本書は、巨大な社会実験の只中にいる我々に警鐘を鳴らす。
第1章から第3章では、ポルノ産業の歴史と現状を分析する。『プレイボーイ』、『ペントハウス』、『ハスラー』といった雑誌が、互いに競い合いながら表現の限界を押し広げ、今日の過激なポルノへの道を拓いたことを示す。さらに、『ガールズ・ゴーン・ワイルド』やジェナ・ジェイムソンのような存在が、ポルノを「クールでファンキーな」ものとして主流文化に浸透させた役割を批判的に検証する。そして、ポルノ産業は今や巨大なビジネスであり、ホテル、ケーブルテレビ、銀行など様々な主流企業と結びつき、市場拡大のために常に新たな過激な商品を開発する構造を持つことを明らかにする。
第4章と第5章では、ポルノが男性のセクシュアリティに与える影響に焦点を当てる。ダインズは、男性が文化的に「男らしさ」を強要される過程で、感情を切り離し、支配的なセックスを求めるようになる「グルーミング」のプロセスを説明する。ポルノ、特にゴンゾは、女性を「クズ女」「雌犬」と呼び、苦痛に悶える姿を性的に描くことで、男性の女性への共感を削ぎ、加害的欲求を増幅させる。多くの男性が、ポルノのイメージが現実の性的関係に侵入し、パートナーとの親密さを損ない、さらには依存症に陥るという深刻な影響を語る。
第6章から第8章では、ポルノ文化が女性、人種的マイノリティ、子供たちに与える影響を分析する。女性は、ポルノスターのような外見や性的パフォーマンスを強要され、自己肯定感を損なう。ポルノはまた、黒人男性を「超男性的な野蛮人」、アジア人女性を「従順な性的対象」として描くことで、古くからの人種的ステレオタイプを性欲と結びつけ、再生産する。最も憂慮すべきは、18歳以上の女性を子供のように見せかける「疑似児童ポルノ」の蔓延である。これは消費者の児童への性的関心を喚起・常態化させ、実際の児童虐待につながる危険な「架け橋」となる。
結論でダインズは、ポルノ文化への抵抗を呼びかける。個人レベルでの抵抗に加え、彼女自身が設立に関わった「ストップ・ポルノ・カルチャー」のような集団的な教育活動の重要性を訴える。真の解決は、ポルノが描く支配と従属の関係ではなく、平等と尊厳に基づいた新たなセクシュアリティのビジョンを社会運動として打ち立てることにあると主張する。
各章の要約
序文
著者は、ポルノが現代文化に不可欠な一部として不可視化している現状に警鐘を鳴らす。ポルノを批判することは「アンチ・セックス」とレッテル貼りされる風潮を批判し、自らの批判対象はあくまで利益を追求する「産業としてのポルノ」、特に女性を貶める「ゴンゾ・ポルノ」であると明確にする。若者たちの証言から、ポルノが彼らのセクシュアリティを蝕んでいる実態を提示し、本書の目的はこの「巨大な社会実験」の実態を暴くことだと述べる。
イントロダクション:セックスの産業化
ラスベガスのポルノ見本市の描写から、ポルノが単なる性的空想ではなく、利益追求のための冷酷なビジネスであることを浮き彫りにする。ゴンゾ・ポルノの具体的かつ過激な描写(複数挿入、窒息、嘔吐など)を紹介し、それがいかに女性を「穴の集合体」として描き、男性の支配と女性の貶めをセックスと同一視しているかを分析する。著者は、このようなポルノが男女の関係性や親密さを破壊する危険な物語を広めていると主張する。
第1章 『プレイボーイ』、『ペントハウス』、『ハスラー』:今日のポルノ産業への道を拓く
1950年代から70年代にかけて、これら3つの雑誌がしのぎを削りながら、いかにしてポルノの表現の限界を押し広げ、今日の過激なポルノ産業の基盤を築いたかを分析する。『プレイボーイ』は高級ライフスタイル誌としての体裁を整え、『ペントハウス』はより露骨な写真で対抗、『ハスラー』は広告収入を度外視した徹底的な悪趣味路線で、女性蔑視を商品化した。これらの競争が、現在のハードコアなポルノが受け入れられる文化的・法的土壌を作り出したと論じる。
第2章 ポップ・カルチャー化するポルノ:主流への浸透
ポルノ産業が、製品の「汚らしさ」を払拭し、クールで楽しいエンターテインメントとして主流文化に浸透させる戦略を描く。『ガールズ・ゴーン・ワイルド』のジョー・フランシスは、飲んだくれの女子大生を「リアル」な商品として売り出すことで、ポルノとポップ・カルチャーの架け橋となった。また、ジェナ・ジェイムソンはポルノスターでありながら、その虐待的な生い立ちや業界の過酷な現実を覆い隠し、成功とエンパワーメントの象徴としてメディアに消費される。ヴィヴィッド・エンターテインメントのようなメジャー・スタジオは、高品質な映画を制作することで業界のイメージを向上させた。
第3章 場末からウォール街へ:巨大ビジネスとしてのポルノ
ポルノ産業が、年間13000本以上の作品をリリースし、ホテル、ケーブルテレビ、銀行など様々な主流企業と結びついた巨大ビジネスである実態を暴く。インターネットはポルノの消費を爆発的に拡大させると同時に、市場競争を激化させ、より過激なコンテンツへの移行を促進した。ポルノ産業は新しいテクノロジーやビジネスモデルの開発を主導し、ロビー活動を通じて法規制にも影響力を及ぼしている。この章は、ポルノが単なる表現ではなく、我々の経済システムに深く組み込まれた一大産業であることを浮き彫りにする。
第4章 ゴンゾへのグルーミング:ポルノ文化の中で男になること
男性がいかにしてポルノ、特に女性虐待を特徴とするゴンゾ・ポルノを受容するようになるかを、「男らしさ」の社会化という観点から分析する。男性は文化的に感情を切り離し、支配的であることを強要される。ポルノは、女性を「クズ女」「雌犬」と呼び、苦痛に悶える姿を性的に描くことで、男性の女性への共感を削ぎ、加害的欲求を増幅させる。消費者は、パフォーマーが自ら進んで過激な行為を楽しんでいると信じることで、自らの加害性から目を背ける。著者は、このプロセスを「グルーミング」と呼び、それが男性のセクシュアリティを歪めると警告する。
第5章 漏れ出すイメージ:ポルノがいかに男性の人生に浸透するか
ポルノが単なる「空想」にとどまらず、男性の現実の性的関係に深刻な影響を及ぼすことを、男性自身の証言をもとに描き出す。多くの男性が、ポルノのイメージが頭から離れず、パートナーとのセックスに集中できない、比較して不満を感じる、ポルノのような過激な行為を強要するなどの問題を抱えている。さらに、ポルノへの依存症に陥り、より過激な画像を求め、場合によっては児童ポルノへと移行する危険性も指摘する。著者は、ポルノが作り出す「レイプ神話」が、女性への暴力を正常化し、レイプ文化を醸成していると結論づける。
第6章 見える化、あるいは不可視化:ポルノ文化の中で少女から女性へ
ポルノ文化が女性の自己認識とセクシュアリティに与える影響を分析する。女性は、ポルノスターのような外見(ワキの処理、痩せた体形)や性的パフォーマンスを強要され、それに従わなければ「見えない存在」になるというジレンマに陥る。『コスモポリタン』のような女性誌は、それを「自由な選択」として称賛するが、それは男性の欲望に従属する疑似エンパワーメントに過ぎない。さらに、感情的なつながりのない「フックアップ・セックス」が常態化し、女性は自らの性的境界線を引きにくくなり、レイプのリスクや「ビッチ」というレッテルに怯えることになると論じる。
第7章 刺激的なセックス、セクシーなレイシズム:ポルノのダークサイド
ポルノ産業が、いかに古くからの人種的ステレオタイプを性欲と結びつけ、搾取しているかを暴く。黒人男性は「超男性的な野蛮人」として、アジア人女性は「従順で幼い性的対象」として描かれ、それらのイメージは白人の性的幻想を満たすために商品化される。インターラジアル・ポルノは、黒人男性のペニスを誇張し、白人女性を「汚す」存在として描くことで、白人の罪悪感や支配欲を満たす構図を持つ。著者は、このような人種化されたポルノが、社会的な人種差別を強化・再生産していると主張する。
第8章 子供たち:最後のタブー
18歳以上の女性を子供のように見せかける「疑似児童ポルノ」の蔓延を、最も深刻な問題として取り上げる。連邦最高裁判決により、こうしたジャンルが法的に可能となり、『ベアリー・リーガル』のようなサイトが急増した。これらのサイトは、幼い服装や小道具、処女喪失の物語などを通じて、少女の性的客体化を促進する。著者は、このようなイメージが、消費者の児童への性的関心を喚起・常態化させ、実際の児童ポルノや児童虐待への「架け橋」となる危険性を指摘する。
結論:戦いを挑む
ポルノ文化に抵抗するための具体的なアクションを提示する。個人レベルでの拒否やメディア・リテラシー教育に加え、著者自身が設立に関わった「ストップ・ポルノ・カルチャー」のような集団的な教育・啓発活動の重要性を訴える。真の解決は、ポルノが描く支配と従属の関係ではなく、平等と尊厳に基づいた新たなセクシュアリティのビジョンを社会運動として打ち立てることにあると結論づける。
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