
Network Propaganda
英語タイトル:『Network Propaganda:Manipulation, Disinformation, and Radicalization in American Politics』Yochai Benkler, Robert Faris, Hal Roberts 2018
日本語タイトル:『ネットワーク・プロパガンダ:米国政治における操作、偽情報、過激化』ヨハイ・ベンクラー、ロバート・ファリス、ハル・ロバーツ 2018年
目次
- 第一部 混乱の地図作成 / Mapping Disorder
- 第1章 認識論的危機 / Epistemic Crisis
- 第2章 我々の不満の構造 / The Architecture of Our Discontent
- 第3章 プロパガンダ・フィードバック・ループ / The Propaganda Feedback Loop
- 第二部 ネットワーク・プロパガンダの力学 / Dynamics of Network Propaganda
- 第4章 移民とイスラムフォビア:ブライトバートとトランプ党 / Immigration and Islamophobia:Breitbart and the Trump Party
- 第5章 フォックス・ダイエット / The Fox Diet
- 第6章 プロパガンダが蔓延する環境における主流メディアの失敗モードと自己修復 / Mainstream Media Failure Modes and Self-Healing in a Propaganda-Rich Environment
- 第三部 いつもの容疑者たち / The Usual Suspects
- 第7章 プロパガンダ・パイプライン:周縁部から核心をハッキングする / The Propaganda Pipeline:Hacking the Core from the Periphery
- 第8章 ロシア人は来るのか? / Are the Russians Coming?
- 第9章 マモンのアルゴリズム:フェイスブック上のマーケティング、操作、クリックベイト / Mammon’s Algorithm:Marketing, Manipulation, and Clickbait on Facebook
- 第四部 民主主義はインターネットに耐えられるか? / Can Democracy Survive the Internet?
- 第10章 アメリカ政治における分極化 / Polarization in American Politics
- 第11章 非対称性の起源 / The Origins of Asymmetry
- 第12章 インターネットは民主主義に耐えられるか? / Can the Internet Survive Democracy?
- 第13章 このような無謀な憎しみに対して人間は何ができるか? / What Can Men Do Against Such Reckless Hate?
- 第14章 結論 / Conclusion
本書の概要:
短い解説:
本書は、2016年米国大統領選挙を中心に、デジタルメディア環境におけるプロパガンダ、偽情報、政治的過激化のメカニズムを大規模なネットワーク分析によって実証的に解明することを目的とした学術著作である。主に政治学、メディア研究、法学の研究者や専門家、高度な関心を持つ一般読者を対象としている。
著者について:
著者ヨハイ・ベンクラーはハーバード大学ロースクール教授であり、ネットワーク社会論の第一人者として知られる。共同著者のロバート・ファリスとハル・ロバーツはハーバード大学バークマン・クライン・インターネット&社会センターの研究員である。三者は、膨大なオンラインデータを収集・分析する「メディア・クラウド」などの分析ツールを駆使し、政治的情報環境の構造を可視化する先駆的な研究を行ってきた。本書はその集大成であり、データ駆動型の分析に基づき、従来のメディア批評を超えた実証的根拠を提示する。
テーマ解説
- 主要テーマ:ネットワーク化されたプロパガンダの構造とその民主主義への影響。
- 新規性:右派メディア生態系の「権威主義的共鳴室」としての機能を大規模データで実証。
- 興味深い知見:米国のメディア分極化は「非対称的」であり、保守系メディア生態系に特有の構造的問題がある。
キーワード解説(2~7)
- プロパガンダ・フィードバック・ループ:政治的アクター、メディア、視聴者/読者が相互に強化し合い、検証されない主張や陰謀論が増幅される循環的な構造。
- 非対称的メディア分極化:アメリカでは、左派/リベラル側と右派/保守側のメディア生態系が質的に異なる構造を持ち、後者に特に閉鎖的でプロパガンダに脆弱な特徴が見られるという主張。
- 権威主義的共鳴室:フォックス・ニュースやブライトバートなどに代表される右派メディアネットワークが形成する、内部で意見が増幅され外部からの批判や事実検証が遮断される空間。
- マモンのアルゴリズム:経済的利益(広告収入)の最大化を目的としたソーシャルメディアプラットフォームのアルゴリズムが、感情的で分極的なコンテンツを拡散させ、プロパガンダの流通を助長するメカニズム。
- エピステミック・クライシス(認識論的危機):社会において信頼できる事実や知識を共有する基盤が崩壊し、異なる政治的陣営が全く異なる「現実」を生きる状態。
3分要約
本書『ネットワーク・プロパガンダ』は、2016年米国大統領選挙前後のメディア環境を大規模データ分析により解釈し、現代の民主主義が直面する情報的危機の核心を「ネットワーク化されたプロパガンダ」という概念で捉える。
その分析は、米国の政治メディア環境が「非対称的に分極化」しているという洞察から始まる。左派・リベラル側と主流メディアは依然として「広範な注意力の経済圏」を形成し、事実検証の規範が比較的機能しているのに対し、右派・保守側はフォックス・ニュース、ラジオ、ブライトバートなどを中核とする「権威主義的共鳴室」とも呼ぶべき独自のメディア生態系を発達させた。
この右派メディア生態系の内部では、「プロパガンダ・フィードバック・ループ」が作動する。政治家(特にドナルド・トランプ)がメディアに対して検証不可能な主張や陰謀論を供給し、メディアはそれを忠実に報道・増幅する。それを消費する視聴者・読者は、その主張を支持する世論として政治家にフィードバックし、政治家はさらに過激な主張をする権限を得る。このループ内では、外部からの事実検証は「党派的な攻撃」として退けられ、内部の結束が強固になる。
この動力学を、本書は移民問題とイスラムフォビアを扱った第4章、フォックス・ニュースの役割を分析した第5章、主流メディアの失敗と適応を論じた第6章で詳細に追跡する。例えば、ブライトバートは単なる過激サイトではなく、トランプ陣営と人的にも思想的にも深く結びつき、主流保守層への「プロパガンダ・パイプライン」として機能した。
第三部では、この危機の原因をめぐる通説(ロシアの干渉、ソーシャルメディアのクリックベイト経済等)を検証する。著者らは、ロシアの偽情報作戦やフェイスブックのアルゴリズム(「マモンのアルゴリズム」)が分極化を助長した事実は認めつつも、それらは「増幅剤」に過ぎず、根本原因はアメリカ右派内部に形成されたプロパガンダ生態系そのものにあると論じる。アメリカの分極化は、テクノロジーが必然的に引き起こす現象ではなく、歴史上形成された特定の政治・メディア文化の所産なのである。
最終部では、この「非対称的分極化」の歴史的・制度的起源(ニューヨーク・タイムズ対ウォールストリート・ジャーナルの編集方針、規制緩和と保守系メディアの台頭など)を探り、民主主義とインターネットの未来への含意を考察する。解決策として、著者らは単純な技術修正や規制ではなく、健全な公共圏を支えるジャーナリズムと市民社会の制度的基盤の再構築の必要性を訴える。民主主義の存続は、開かれた事実に基づく議論を取り戻すことができるかどうかにかかっている。
各章の要約
第一部 混乱の地図作成
第1章 認識論的危機
2016年米国大統領選挙は、社会が共有する事実認識の基盤(エピステミック・ベース)が崩壊した「認識論的危機」を露呈した。民主党支持者と共和党支持者は、移民、気候変動、経済状況など基本的な事実についてさえ対立する「現実」を信じるようになった。この危機は単なる意見の相違を超えており、民主主義的な意思形成そのものを危うくする。本章は、この危機を理解するための分析枠組みとして、ネットワーク化されたプロパガンダの構造を提示する序論となる。
第2章 我々の不満の構造
現代のメディア環境を理解するには、個々のメディアではなく、「メディア生態系」全体のネットワーク構造を見る必要がある。著者らは、「メディア・クラウド」プロジェクトによって収集した数百万のオンライン記事とソーシャルメディア共有データを分析し、政治的コンテンツが流れる経路と注意力のパターンをマッピングする。その結果、アメリカのメディア環境は均一に分極化しているのではなく、「非対称的」であることが明らかになる。左派/リベラルと主流メディアは相互にリンクし参照し合う「広範な注意力の経済圏」を形成する一方で、右派/保守メディアは内向きで密に結合した独自の生態系を構成している。
第3章 プロパガンダ・フィードバック・ループ
右派メディア生態系の内部動態を特徴づけるのが「プロパガンダ・フィードバック・ループ」である。これは、政治的エリート(トランプなど)、メディア機関(フォックス・ニュース、ブライトバートなど)、そして視聴者/読者/有権者が相互作用する閉じたシステムである。政治家が検証不可能な主張や陰謀論を発信すると、メディアはそれを批判検証せずに増幅し、視聴者はそれを真実として受け入れ支持を示す。その支持が政治家の立場を強化し、次のサイクルへとつながる。このループ内では、外部からの事実検証は敵対的な「バイアス」として排除され、内部の物語は自己強化され続ける。
第二部 ネットワーク・プロパガンダの力学
第4章 移民とイスラムフォビア:ブライトバートとトランプ党
2016年選挙における核心的テーマである移民とイスラム恐怖症を事例に、プロパガンダ・フィードバック・ループの具体的作用を分析する。ブライトバートは、単なる過激な意見サイトではなく、スティーブ・バノンらを通じてトランプ陣営と人的・思想的に一体化していた。同サイトは、移民を犯罪者やテロリストと結びつける扇情的な物語を継続的に生産し、それが右派メディア生態系内で流通して世論を形成した。そして、その世論を背景にトランプは「メキシコからの犯罪者」や「ムスリム禁止令」などの過激な政策を掲げることができた。ブライトバートは、周縁的な極右思想を保守主義の主流へと流し込む「パイプライン」の役割を果たしたのである。
第5章 フォックス・ダイエット
右派メディア生態系の中心的ハブであるフォックス・ニュースの役割に焦点を当てる。フォックスは、単に保守的な視点を提供するだけでなく、視聴者に特定の「情報ダイエット」を提供する。それは、主流メディアを「リベラルで偏っている」として敵視し、自らの報道を「真実を語る唯一の声」として位置づけることにより、視聴者を外部の情報源から隔離する。トランプ登場後、フォックスは彼に対する批判をほぼ排し、その主張を無批判に伝える「トランプ・カメレオン」と化した。この「フォックス・ダイエット」は、視聴者をプロパガンダ・フィードバック・ループに閉じ込め、分極化を深化させるメカニズムとして機能した。
第6章 プロパガンダが蔓延する環境における主流メディアの失敗モードと自己修復
左派・主流メディア生態系は、プロパガンダに対してより抵抗力があるが、完全に免れているわけではない。ヒラリー・クリントンの電子メール問題のようなスキャンダルに対して、ニューヨーク・タイムズなどの主流メディアは「両側主義(both-sideism)」の罠に陥り、事実上根拠の薄い噂を正当な争点として扱ってしまった。これはプロパガンダに「ハイジャック」された失敗モードである。しかし、主流メディア生態系には、事実検証、内部からの批判、専門家コミュニティの反論などによる「自己修復」メカニズムも存在する。この非対称性(一方では増幅、他方では修復)が、二つのメディア生態系の決定的な違いである。
第三部 いつもの容疑者たち
第7章 プロパガンダ・パイプライン:周縁部から核心をハッキングする
アメリカ右派におけるプロパガンダの流通経路を詳細に追跡する。インフォウォーズのような陰謀論サイトや、宗教右派メディアなど、より周縁的なメディアが生産する極端な主張が、ブライトバートやドラッジ・レポートなどの「橋渡し」サイトを経由して、フォックス・ニュースやウォールストリート・ジャーナル編集版などの「核心」的な保守メディアに流れ込む経路が存在する。この「プロパガンダ・パイプライン」により、かつてはタブー視されていた人種主義的や陰謀論的な考えが、保守主義のディスカッション内で次第に「普通」のものとして受け入れられるようになる。
第8章 ロシア人は来るのか?
2016年選挙へのロシアの干渉、特にインターネット・リサーチ・エージェンシーによるソーシャルメディアでの偽情報作戦の影響を評価する。確かに、ロシアは分極化したテーマについて双方を煽るコンテンツを流布し、社会の対立を悪化させようとした。しかし、著者らのデータ分析によれば、ロシア発のコンテンツの直接的到達範囲と影響力は、国内の右派メディア生態系が生み出すプロパガンダの量と比べて限定的だった。ロシアの役割は、既存の分極化とプロパガンダの構造を「利用し、増幅した」ことであり、その構造そのものを一から作り出したわけではない。
第9章 マモンのアルゴリズム:フェイスブック上のマーケティング、操作、クリックベイト
ソーシャルメディアプラットフォーム、特にフェイスブックのビジネスモデルとアルゴリズムがプロパガンダの拡散に与えた影響を検討する。フェイスブックのニュースフィードを決定するアルゴリズムは、ユーザーの関心を引きつけて広告収入を最大化するよう設計されている(「マモンのアルゴリズム」)。このアルゴリズムは、感情的で、党派的な、しばしば虚偽のコンテンツが拡散されることを結果的に促進した。しかし、本書の分析は、フェイスブックが分極化の「根本原因」であるという見方を退ける。むしろ、そのアルゴリズムは、既存の右派プロパガンダ生態系の効率的な「流通システム」として機能し、その影響力を増幅したのである。
第四部 民主主義はインターネットに耐えられるか?
第10章 アメリカ政治における分極化
アメリカの政治的分極化は新しい現象ではないが、その質とメディアとの関係が変化した。かつての分極化は政策をめぐるものであったが、現在は社会文化的アイデンティティと結びつき、「 affective polarization (感情的分極化)」として、他方を敵視する性格を強めている。この感情的分極化は、非対称的メディア分極化、特に右派メディア生態系のプロパガンダ的性質によって煽られ、深化している。
第11章 非対称性の起源
なぜアメリカのメディア分極化は非対称的なのか。その歴史的・制度的起源を探る。重要な要因として、保守運動が「リベラル・メディア支配」への対抗として独自のメディア機関(フォックス・ニュース、ラジオ、雑誌など)を意識的に構築したこと、規制緩和(フェアネス・ドクトリン廃止など)がその成長を可能にしたこと、そして主流保守メディア(ウォールストリート・ジャーナル編集版など)が「両側主義」を放棄し、党派的な擁護へと傾斜していったことが挙げられる。これに対し、左派にはこれに匹敵する独立したメディア生態系は形成されず、既存の主流メディアを批判的に利用する形となった。
第12章 インターネットは民主主義に耐えられるか?
インターネットは必然的に分極化やプロパガンダをもたらす「破壊的技術」なのかという問いに答える。著者らは、他の民主主義国のメディア環境を比較検討し、アメリカのような非対称的分極化が普遍的ではないことを指摘する。例えば、ドイツや英国では、社会的規範や制度的枠組み(公共放送の存在、強い政党組織など)が、オンラインの偽情報の蔓延を一定程度抑制している。問題はテクノロジーそのものではなく、そのテクノロジーが導入される特定の政治文化と制度的文脈にある。
第13章 このような無謀な憎しみに対して人間は何ができるか?
ネットワーク化されたプロパガンダの脅威に対する解決策を考察する。著者らは、技術的解決策(アルゴリズムの修正、ファクトチェックの強化)や政府規制だけでは不十分であり、むしろ副作用のリスクがあると論じる。代わりに、健全な公共圏を支える「社会的・制度的基盤」の再構築が不可欠である。それは、質の高いジャーナリズムへの持続的な公的・私的支援、メディア・リテラシー教育の拡充、市民社会組織の強化など多角的な取り組みを含む。著者はこう述べる。「民主主義は、共通の事実の基盤なくしては機能しない。」
第14章 結論
本書の分析を総括し、民主主義の未来について展望する。2016年の経験は、民主主義が単なる手続きではなく、開かれた事実に基づく議論を可能にする「認識論的制度」の集合体であることを痛感させた。現在の危機は、その制度的基盤の一部が侵食された結果である。回復の道は、プロパガンダ・フィードバック・ループを断ち切り、異なる立場の人々が対話可能な共通の現実認識の場を取り戻す努力にかかっている。それは容易ではないが、本書が提供する実証的分析が、そのための出発点となることを著者らは願う。
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