
タイトル
英語タイトル:『IMMUNIZATION: How Vaccines Became Controversial』Stuart Blume 2017
日本語タイトル:『予防接種:ワクチンはいかにして論争の的となったか』スチュアート・ブラム 2017年
目次
- 第1章 ワクチンは何をするのか? / What Do Vaccines Do?
- 第2章 技術:最初のワクチン / Technologies: The First Vaccines
- 第3章 技術:ウイルスの挑戦 / Technologies: Viral Challenges
- 第4章 技術:ワクチンの商品化 / Technologies: The Commodification of Vaccines
- 第5章 政策:躊躇いの始まり / Policies: Hesitant Beginnings
- 第6章 政策:冷戦時代の予防接種 / Policies: Vaccination and the Cold War
- 第7章 政策:グローバル化世界における予防接種 / Policies: Vaccination in a Globalizing World
- 第8章 疑念の根源 / The Roots of Doubt
本書の概要
短い解説:
本書は、ワクチンと予防接種をめぐる社会的・政治的・技術的歴史を辿り、現代におけるワクチン不信の根源を探ることを目的としている。公衆衛生に関心のある一般読者から専門家まで幅広い層を対象に、ワクチンが単なる医療技術ではなく、複雑な社会的意味を持つことを明らかにする。
著者について:
著者スチュアート・ブラムは、科学技術社会論の専門家として長年にわたり医療技術の社会的側面を研究してきた。アムステルダム大学などで教鞭を執り、ワクチン政策の歴史的発展を社会的文脈から分析する独自の視点を提供する。本書では、ワクチンを単なる「進歩の物語」としてではなく、政治的・経済的力が交錯する複雑な技術として捉え直す。
主要キーワードと解説
- 主要テーマ:ワクチンの二重性 – 公衆衛生の道具と利益追求の商品の間の緊張関係
- 新規性:ワクチン不信を「反ワクチン運動」のせいにする単純化を超えた多面的分析
- 興味深い知見:ワクチン政策が国家のイデオロギーや国際関係を反映する政治的プロセスであること
3分要約
本書は、ワクチンと予防接種をめぐる現代の論争を歴史的視点から解き明かす。ワクチンは単なる医療技術ではなく、公衆衛生の道具としての側面と、利益を生む商品としての側面を持つ複雑な存在である。
第1章では、ワクチンが個人と共同体の健康を守る手段としてどのように機能するかを説明する。パンデミック映画『コンテイジョン』の分析を通じて、ワクチンへの期待と恐怖が現代社会にどのように表現されているかを考察する。
技術の発展史(第2-4章)では、ジェンナーの種痘から始まり、パスツールによる細菌学の確立、20世紀半ばのウイルスワクチン開発、そして現代のバイオテクノロジーを利用したワクチンまで、科学的進歩の物語を描く。しかしこの進歩の背後には、公的機関から民間企業への生産の移行、知識の私有化、市場原理の優先といった大きな変化があった。
政策の変遷(第5-7章)では、各国の予防接種政策がその国の政治的伝統やイデオロギーを反映していることを示す。冷戦時代には予防接種が東西ブロックの競争の場となり、現代では国際機関や製薬企業の影響力が強まる中で、国家の政策決定の自律性が損なわれつつある。
最終章では、現代の「ワクチン躊躇い」現象の根源を探る。これは単なる誤情報の問題ではなく、医療制度への不信、製薬企業への疑念、国家権力への抵抗など、より深い社会的要因に根ざしている。ワクチンへの信頼低下は、より広範な社会的信頼の危機の表れなのである。
ブラムは、ワクチンをめぐる現在の状況を理解するためには、技術的進歩の物語を超えて、政治経済的構造と歴史的経緯を考慮する必要があると主張する。ワクチン論争の解決には、公衆衛生の専門家の努力だけでは不十分であり、社会的信頼と説明責任の再構築が不可欠なのである。
各章の要約
第1章 ワクチンは何をするのか?
ワクチンは生物学的製剤であり、特定の疾病に対する能動的獲得免疫を提供する。本章では、パンデミック映画『コンテイジョン』の分析を通じて、現代社会における感染症への恐怖とワクチンへの期待を考察する。ワクチンは個人の免疫システムを刺激して疾病から保護するだけでなく、集団免疫を通じて共同体全体を守る役割も果たす。しかしワクチン接種は単なる医療行為ではなく、強制と自由、個人の権利と共同体の利益の間の倫理的ジレンマを内包する政治的行為でもある。著者はこう述べる。「ワクチンは常に、苦痛の軽減や予防の道具であると同時に、統制の道具であり、潜在的に利益の上がる商品なのである。」
第2章 技術:最初のワクチン
ジェンナーの種痘から始まるワクチンの歴史を辿る。19世紀の都市環境では感染症が蔓延し、公衆衛生が重要な課題となっていた。パスツールは細菌学を発展させ、炭疽菌や狂犬病などのワクチン開発に成功した。この時代のワクチン生産は、パスツール研究所のような公的機関と、ベーリングのような民間企業の両方で行われた。各国は自国の政治的伝統に応じて異なる生産・規制システムを発展させ、ドイツでは国家による厳格な規制が、フランスではパスツール研究所の主導による生産が行われた。ワクチンの有効性を証明するための統計的手法や臨床試験の概念もこの時期に発展した。
第3章 技術:ウイルスの挑戦
20世紀半ば、インフルエンザやポリオなどのウイルス性疾患に対するワクチン開発が進められた。1918年のスペイン風邪パンデミックはウイルス研究の重要性を浮き彫りにした。ポリオワクチンでは、ソークの不活化ワクチンとサビンの生ワクチンの間で激しい論争が起こった。はしか、おたふくかぜ、風疹のワクチンも開発され、後にMMR混合ワクチンとして広く使用されるようになった。この時代のワクチン産業は、公的機関と民間企業の協力関係が特徴的であり、知識やウイルス株の自由な交換が行われていた。
第4章 技術:ワクチンの商品化
1980年代以降、新自由主義的な政策転換とバイオテクノロジーの発展により、ワクチン開発と生産の構造が大きく変化した。知識の私有化が進み、公的機関のワクチン生産能力は低下した。B型肝炎ワクチンの開発を例に、遺伝子組換え技術の導入と知的財産権の重要性の高まりを考察する。ワクチン産業は利益追求を優先するようになり、貧困国で必要なワクチンよりも、富裕国で販売できるワクチンの開発に重点が置かれるようになった。新興感染症への対応や、従来は軽視されていた疾病へのワクチン開発を通じて、ワクチンの商品化がさらに進展した。
第5章 政策:躊躇いの始まり
19世紀から20世紀初頭にかけての予防接種政策の始まりを考察する。各国はその政治的・行政的伝統に応じて異なるアプローチを採用した。ジフテリア血清の使用を例に、治療から予防への転換の難しさを説明する。BCG結核ワクチンの導入では、国によって受容態度が大きく異なり、スカンジナビア諸国では早期に導入されたのに対し、英国や米国では長年にわたり懐疑的であった。この時代の予防接種政策は、国家的特異性と専門家の慎重な態度が特徴的であった。
第6章 政策:冷戦時代の予防接種
冷戦時代、予防接種は東西のイデオロギー競争の場となった。ポリオワクチンの開発と導入をめぐる米ソの協力と競争を分析する。世界保健機関(WHO)の設立と拡大予防接種計画(EPI)の開始により、国際的な予防接種政策が本格化した。天然痘根絶プログラムは米ソ協調の成功例となったが、基礎的医療サービスを重視する「水平的アプローチ」と特定疾病の撲滅を目指す「垂直的アプローチ」の間で激しい論争が起こった。予防接種政策は、国際政治の力学と不可分に結びついていた。
第7章 政策:グローバル化世界における予防接種
新自由主義的政策とグローバル化の進展が予防接種政策に与えた影響を考察する。おたふくかぜや子宮頸癌ワクチンの導入を例に、疾病の「リブランディング」と費用効果分析の重要性の高まりを説明する。ポリオ撲滅キャンペーンの分析を通じて、国際的な目標が国家の保健優先事項を歪める可能性を指摘する。GAVIアライアンスのような官民パートナーシップの台頭により、ワクチン政策の決定プロセスはますます非透明化し、国家の自律性は制約を受けるようになった。
第8章 疑念の根源
現代の「ワクチン躊躇い」現象の複雑な根源を探る。これは単なる「反ワクチン運動」や誤情報の問題ではなく、医療制度への不信、製薬企業への疑念、国家権力への抵抗など、より深い社会的要因に根ざしている。歴史的事例(ナイジェリアのポリオワクチン抵制、ルーマニアのHPVワクチン拒否など)を通じて、予防接種プログラムが過去の不正義や現在の不平等に対する怒りの象徴となることを示す。ワクチンへの信頼低下は、より広範な社会的信頼の危機の表れであり、公衆衛生の専門家の努力だけでは解決できない根本的な問題なのである。
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