
英語タイトル:Democracy Incorporated:Managed Democracy and the Specter of Inverted Totalitarianism 著者名:Sheldon S. Wolin 出版年:2008年
日本語タイトル:『民主主義株式会社:マネージド・デモクラシーと逆転した全体主義の亡霊』 著者名:シェルドン・S・ウォーリン 出版年:2008年
目次
- 序文:ペーパーバック版への序文 / Preface to the Paperback Edition
- 序文 / Preface
- 謝辞:/ Acknowledgments
- プレビュー:/ Preview
- 第1章 作られつつある神話 / Myth in the Making
- 第2章 全体主義の逆転:恒久的な世界戦争という想像力の始まり / Totalitarianism’s Inversion:Beginnings of the Imaginary of a Permanent Global War
- 第3章 全体主義の逆転、民主主義の歪み / Totalitarianism’s Inversion, Democracy’s Perversion
- 第4章 テロの新世界 / The New World of Terror
- 第5章 超大国のユートピア理論:公式の見解 / The Utopian Theory of Superpower:The Official Version
- 第6章 変容の力学 / The Dynamics of Transformation
- 第7章 古風なるものの力学 / The Dynamics of the Archaic
- 第8章 超大国の政治:マネージド・デモクラシー / The Politics of Superpower:Managed Democracy
- 第9章 民主主義に反対する知的エリート / Intellectual Elites against Democracy
- 第10章 超大国と帝国の時代における国内政治 / Domestic Politics in the Era of Superpower and Empire
- 第11章 逆転した全体主義:先行事象と先例 / Inverted Totalitarianism:Antecedents and Precedents
- 第12章 民衆的な瞬間 / Demotic Moments
- 第13章 民主主義の見通し:振り返ってみて / Democracy’s Prospects:Looking Backwards
本書の概要
短い解説:
本書は、現代アメリカの政治システムが、民主主義の本質を蝕みつつある「逆転した全体主義」へと向かう危険な傾向を分析・警告することを目的としている。政治学者、一般の関心ある読者に向けて、民主主義の危機を理解するための理論的枠組みを提供する。
著者について:
著者シェルドン・S・ウォーリン(1922-2015)は、アメリカを代表する政治理論家の一人である。プリンストン大学などで長く教鞭を執り、民主主義論や政治思想史の分野で多くの影響力ある著作を残した。本書では、彼の長年の民主主義研究と、冷戦後のアメリカ政治に対する深い憂慮に基づき、「超大国」化するアメリカの内部で進む反民主主義的変容を鋭く批判する。
テーマ解説
- 主要テーマ:民主主義から「逆転した全体主義」への変容のプロセスと、その内実。
- 新規性:ナチズムなど「古典的全体主義」と異なり、国家が社会を一元的に支配・動員するのではなく、国家と巨大企業が融合し、消費主義と政治的無関心を培養しながら市民を「管理」する新たな全体主義像を提示した。
- 興味深い知見:戦争(特に「テロとの戦争」)と帝国主義的膨張が、国内の民主主義を空洞化させる逆説的な力学に注目する。
キーワード解説(1~3つ)
- 逆転した全体主義:国家と巨大企業の権力が融合し、軍事的・経済的拡大を追及しながら、世論操作、消費主義、政治的無関心を通じて市民を「管理」する新たな全体主義体制。
- マネージド・デモクラシー:選挙や形式的な制度は残しつつも、実質的にはエリートによって操作・管理され、民主的な意思決定や市民の真の政治参加が阻害される政治形態。
- 超大国:憲法的制約や国際法を軽視し、地球規模での軍事力行使と支配を可能にし、追求する権力形態。国内民主主義とは対立する。
3分要約
シェルドン・S・ウォーリンは、現代アメリカが「逆転した全体主義」へと向かう危険な傾向にあると警告する。これは、ナチス・ドイツのような「古典的全体主義」とは異なる。古典的全体主義が国家が革命運動を通じて社会全体を掌握・動員する「上から」の体制であったのに対し、逆転した全体主義は「下から」、すなわち市民社会の内部から、ほとんど意識されることなく進行する。
その核心は、国家権力と巨大企業(コーポレート・パワー)の「共生関係」である。両者は一体化し、経済的利益と政治的影響力を互いに増幅させ合う。この「民主主義株式会社」とも呼ぶべき体制は、国内では「マネージド・デモクラシー」を確立する。選挙は形式的に行われるが、政治過程は広告技術や世論操作、巨大な政治資金によって管理され、市民は消費者としての役割に押し込まれ、政治的な無力感と無関心を植え付けられる。真の民主主義に必要な公共圏や市民の活発な討議は萎縮する。
この体制を支え、正当化するのが、対外的な「超大国」としての振る舞いである。「テロとの戦争」という終わりの見えない危機と、世界支配を追求する帝国主義的プロジェクトは、国内に対して「愛国心」と「国家安全保障」の名の下に批判を封じ、大統領権限の拡大、監視社会の進行、基本的人権の制限(拷問の容認など)を許容させる。戦争状態は、民主主義の原則(法の支配、権力の抑制、透明性)を蝕む永続的な環境を作り出す。
ウォーリンは、この傾向がブッシュ政権下で顕著になったと指摘するが、それはより長期的な歴史的趨勢の結果である。ニューディール期に萌芽が見られた「社会民主主義」的な国家と市民の連帯は、冷戦とそれに伴う「国家安全保障国家」の成立、そして新自由主義的な規制緩和の流れの中で後退した。代わって台頭したのが、グローバルに活動し、国境を軽視する企業権力と、それと癒着した国家権力であった。
しかしウォーリンは完全な絶望に陥るわけではない。民主主義の本質は、制度として定着するというよりも、市民が権力に対して自らの力を行使する「民衆的な瞬間」にこそ現れる、と彼は考える。本書は、そのような民主的な再生の可能性を探るための、現状に対する厳しい診断書なのである。
各章の要約
プレビュー
本書の核心的な問いを提示する。民主主義は、その内部からどのようにして非民主的な体制に変質しうるのか。従来の政治理論が予想したような、無秩序から生まれる「専制」ではなく、現代アメリカでは、管理された秩序と政治的無関心の中から、「逆転した全体主義」が生まれつつあるのではないか。この仮説を検証することが本書の目的である。
第1章 作られつつある神話
アメリカ社会が「変化」への執着と「伝統」へのノスタルジーという矛盾した衝動に駆られていることを論じる。特に新保守主義は、神話化された建国の理念や宗教的価値を掲げつつ、実際には大企業の利益に奉仕する経済政策を推進する「逆説的変化」を遂行した。このイデオロギー操作が、民主主義の空洞化を覆い隠す「神話」を作り出している。
第2章 全体主義の逆転:恒久的な世界戦争という想像力の始まり
「テロとの戦争」が、従来の戦争概念を変質させたことを論じる。これは特定の国家との戦争ではなく、時間的・空間的に無限に広がる可能性を持つ「想像上の戦争」である。この永続的な「非常事態」が、行政権力の肥大化、憲法上の制約の無視、国内における監視と統制を正当化する基盤となる。超大国としての行動様式が、民主的な統治の基盤を侵食し始める。
第3章 全体主義の逆転、民主主義の歪み
「古典的全体主義」と「逆転した全体主義」の構造的な違いを明確にする。前者が国家による社会の全面的な掌握と動員を特徴とするのに対し、後者は国家が企業権力と融合し、市民を消費者として受動的に「管理」する体制である。民主主義の形式(選挙など)は残るが、その実質(市民の主権、平等な参加)は失われる。これが「民主主義の歪み」である。
第4章 テロの新世界
「テロリズム」というあいまいで遍在的な敵の構築が、政治的プロセスに与える影響を分析する。恐怖政治の道具として機能し、国民の批判的思考を麻痺させ、政府のあらゆる行動(先制攻撃、拷問、秘密主義)を「国家安全保障」の名の下に正当化する。民主主義が依拠する公共的な議論と透明性は、「テロとの戦争」という枠組みの中で深刻な打撃を受ける。
第5章 超大国のユートピア理論:公式の見解
ブッシュ政権の国家安全保障戦略などに示された「超大国」の公式イデオロギーを検討する。それは、アメリカの圧倒的軍事力によって世界に民主主義と自由市場をもたらすという「ユートピア的」使命を掲げる。しかし、この自己正当化の物語は、実際には帝国主義的膨張と、国内民主主義の抑制を隠蔽する役割を果たしている。
第6章 変容の力学
アメリカ政治が「逆転した全体主義」へと変容してきた歴史的・制度的な力学を追う。冷戦期の「国家安全保障国家」の成立、大統領権限の拡大、軍事・産業複合体の台頭が、国家と企業の権力融合を促進した。このプロセスは、民主的なチェック・アンド・バランスを弱体化させてきた。
第7章 古風なるものの力学
変化の激しい現代において、民主主義の基盤となる「古風な」要素(憲法への敬意、公共心、市民的徳)が失われつつあることを論じる。技術的革新と消費主義がもたらす「永続的な現在」は、歴史的連続性や政治的帰属意識を希薄にし、市民を政治的には受動的な存在へと変える。
第8章 超大国の政治:マネージド・デモクラシー
国内政治が「マネージド・デモクラシー」として機能するメカニズムを詳述する。政治は専門家やエリートによって管理される技術的プロセスと化し、有権者はマーケティングの対象として扱われる。巨大な政治資金とメディア支配が、真の政策論争を阻み、二大政党は体制内で似通った路線を競い合うに過ぎなくなる。
第9章 民主主義に反対する知的エリート
知識人や専門家が、民主主義の敵となりうることを指摘する。社会科学の「科学化」、政策決定の専門家依存、シンクタンクの台頭は、政治を市民の手から離し、非民主的な技術統治(テクノクラシー)へと近づける。彼らはしばしば、企業や国家権力に奉仕する「体制内知識人」となる。
第10章 超大国と帝国の時代における国内政治
対外的な帝国主義的プロジェクトが、国内政治をどのように変質させるかを論じる。膨大な軍事費が社会福祉を圧迫し、軍事的価値観(服従、秘密主義、階層性)が社会に浸透する。「愛国心」が批判を封じる道具として使われ、民主主義に不可欠な異論と対立が抑圧される。
第11章 逆転した全体主義:先行事象と先例
「逆転した全体主義」という概念を、政治理論の歴史的文脈に位置づける。それは、トクヴィルの「柔和な専制」や、オーウェルの『1984年』、ハンナ・アーレントの全体主義論などとの対比を通じて、その特異性と現代性を浮き彫りにする。国家と企業の融合が生み出す管理社会が、新たな全体主義の形態であると結論づける。
第12章 民衆的な瞬間
希望の可能性として「民衆的な瞬間」を提示する。民主主義は、制度化された安定したシステムとして存在するだけではない。それは、抑圧されたり周縁化されたりした人々が、集合的に立ち上がり、既存の権力構造に異議を唱え、自らを政治的主体として主張する、断続的で革命的とも言える「瞬間」にこそ現れる。アメリカ史における公民権運動などがその例である。
第13章 民主主義の見通し:振り返ってみて
結論として、民主主義の未来は暗いが絶望的ではないと述べる。「逆転した全体主義」の傾向は強力であるが、それはまだ完全に実現した事実ではない。市民が受動的な消費者・対象としての自己認識を脱し、主権者としての権利と責任を再発見し、「民衆的な瞬間」を創造するかどうかに、民主主義再生の可能性はかかっている。本書は、そのための覚醒を促す警告の書である。
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