
本書の要約
本書「Autonomy Is in Our Hearts(わたしたちの心の中にある自治)」はディラン・エルドレッジ・フィツウォーターによる著作で、メキシコのチアパス州で活動するサパティスタ民族解放軍(EZLN)の自治政府システムの実践について詳細に分析している。著者は自身のサパティスタ・エスクエリータ(小さな学校)での経験とツォツィル語の学習を通じて、自治の実践的な意味を探求する。
本書の中心的な概念は「パスコップ(pask’op)」というツォツィル語の言葉で、「言葉を作る」という意味を持ち、サパティスタにとっての政治的闘争を表現している。また「イチバイル・タ・ムク(ichbail ta muk’)」という概念は「互いを偉大さへと導く」という意味で、民主主義と相互尊重を基礎とした統治のあり方を示している。
著者はサパティスタの「命令に従う統治」という7つの原則が実践される様子を描写し、共同体が様々なレベルの自治政府においてどのように意思決定を行うかを説明している。カラコレス(蝸牛の殻)と呼ばれる5つの地域センターにおける良き政府評議会の機能、輪番制、説明責任の仕組み、経済的自立への取り組みなどが詳細に記述されている。
本書はサパティスタ運動がどのように植民地時代からの搾取と支配の構造に対抗し、共同体の自己決定に基づく新しい社会的関係を築いているかを示している。最終的に著者は、サパティスタの経験から学び、私たち自身の文脈における民主的自治の形を想像するよう読者に促している。
目次
- 第1章 サパティスタの政治的願望の系譜:プロレタリアート独裁から闘争する人々の自己決定へ
- 第2章 サパティスタの秘密組織:集合的心(オーン)と集合的可能性(チュレル)の創造
- 第3章 カラコレスの創造:集合的心における差異の関係(コーンティク、コーンクティク)
- 第4章 「共同体が最終決定権を持つ」:集会と統治の集合的作業(アムテル)
- 第5章 労働の脱植民地化:サパティスタの集合的労働(アムテル)と絶望-依存-強制移住(カナル)の体制に対する闘争
- 第6章 集合的統治の作業(アムテル)における課題:権力の制限、説明責任の創出、女性の参加
- 終章 もう一つの世界は可能だ
第1章 サパティスタの政治的願望の系譜:プロレタリアート独裁から闘争する人々の自己決定へ
(A Genealogy of Zapatista Political Aspirations: From the Dictatorship of the Proletariat to the Self-Determination of Peoples in Struggle)
サパティスタ運動の政治的願望の変遷を追跡し、元々のFLN(民族解放軍)の中央集権的社会主義国家構想からEZLNの地域民主主義に基づく自治へと変化した過程を考察する。FLNの1980年規約とEZLNの1994年革命法の比較から、国家権力掌握から地域自治への転換が明らかになる。革命法では各共同体の民主的に選出された民間当局が全ての重要な経済的・政治的決定の最終権限を持つとしている。この変化は、先住民コミュニティがEZLNに加わったことによる「先住民化」の結果である。(249字)
第2章 サパティスタの秘密組織:集合的心(オーン)と集合的可能性(チュレル)の創造
(The Zapatista Clandestine Organization: The Creation of a Collective Heart (O’on) and Collective Potentiality (Ch’ulel))
ツォツィル語の概念を通してサパティスタの組織化プロセスを分析する。「オーン(o’on)」は集合的心、「チュレル(ch’ulel)」は可能性を意味し、これらが共に「イチバイル・タ・ムク(ichbail ta muk’)」という民主的プロセスを形成する。サパティスタの秘密組織化は、共通の悲しみと搾取の認識から始まり、共同体集会へと発展した。女性の参加も重要で、女性たちは共同体内の不平等に対抗するため協同組合を形成した。この組織化は共同体間の繋がりを築き、集会やお祭りを通じて集合的心を強化した。地理的な距離を超えて共同体同士が結びつく様子が描かれている。(232字)
第3章 カラコレスの創造:集合的心における差異の関係(コーンティク、コーンクティク)
(The Creation of the Caracoles: Relationships of Difference in the Collective Heart (Ko’ontik, Ko’onkutik))
ツォツィル語の二つの「私たち」の形式を通じて民主的意思決定の複雑さを解説する。「コーンティク(ko’ontik)」は包括的な「私たち」、「コーンクティク(ko’onkutik)」は排他的な「私たち」を表し、これらが地域的多様性と集団的一致を共存させる。章では1994年以降の自治政府の発展と2003年のカラコレス創設に至るプロセスを描く。EZLN軍事組織の権力集中、NGO支援の不均衡、自治体間調整の欠如といった問題が浮上し、これを解決するため良き政府評議会が設立された。全てのシステムは「命令に従う統治」の原則に基づいており、共同体の合意が最高権威となる。(244字)
第4章 「共同体が最終決定権を持つ」:集会と統治の集合的作業(アムテル)
(”The Community Has the Final Say”: The Assembly and the Collective Work of Governance (A’mtel))
サパティスタの自治政府の中心は、共同体が集まり合意に達する集会である。ツォツィル語の「アムテル(a’mtel)」は集合的生存のための労働を意味し、統治の仕事もこの一部と見なされる。統治当局は決定を下すのではなく、共同体の合意を見守り、提案するだけである。各カラコレスでは、地域の全共同体が集まり重要な決定を行う定期的な集会があり、当局はこれを組織する責任を持つ。例としてラ・レアリダードのBANPAZ(サパティスタ民衆自治銀行)の創設過程が紹介され、健康問題向けの低金利融資を提供する仕組みが説明されている。また、自治政府は正義の管理も担当し、対立の解決を強制ではなく説得の原則に基づいて行っている。(242字)
第5章 労働の脱植民地化:サパティスタの集合的労働(アムテル)と絶望-依存-強制移住(カナル)の体制に対する闘争
(Decolonizing Work: Zapatista Collective Work (A’mtel) and the Struggle against Systems of Desperation-Dependence-Displacement (Kanal))
サパティスタの集合的労働(アムテル)は、搾取的賃金労働(カナル)に対抗する概念として示される。カナルはフィンカ(大農園)システムから現代の政府の反乱鎮圧戦略に至るまで、先住民共同体を絶望→依存→強制移住のサイクルに閉じ込める。政府の「社会プログラム」は実際には先住民の土地を奪い、依存関係を作る手段となっている。これに対し、サパティスタは共同体による民主的に運営される「トラバホス・コレクティボス(集合的事業)」を創設した。牛の飼育、コーヒー生産、小売店など、五つのカラコレスで様々な事業が進められているが、オベンティク・カラコレスでは土地不足により困難に直面している。これらの活動は自治組織の経済的自立と脱植民地化を目指している。(269字)
第6章 集合的統治の作業(アムテル)における課題:権力の制限、説明責任の創出、女性の参加
(Challenges in the Work of Collective Governance (A’mtel): Circumscribing Power, Creating Accountability, and Women’s Participation)
サパティスタの自治政府が直面する三つの主要な課題を探る。第一に、当局者が権力を集中させないよう、給与の廃止や輪番制の導入といった方策がとられている。第二に、「警戒委員会(コミシオン・デ・ビヒランシア)」などの説明責任構造を通じて、当局者の腐敗を防ぐシステムが各カラコレスで機能している。第三に、女性の政治参加における障壁とそれを乗り越える取り組みを分析する。家事労働の不平等な分担や夫の嫉妬、女性の経済的依存などが障害となり、「良き政府評議会」の半数を女性にするという合意があるものの、実際の達成度はカラコレスによって異なる。共同労働や新たな文化の創造によって状況は徐々に変化している。(247字)
終章 もう一つの世界は可能だ(Another World Is Possible)
サパティスタの経験から学ぶべき教訓として、政治的教義ではなく自己決定のプロセスの重要性を強調する。サパティスタの「命令に従う統治」は各共同体の多様な民主的実践を尊重し、権力の集中を防ぐ具体的な仕組みを備えている。給与なしでの統治、輪番制、説明責任のシステムなどが、新たなエリート層の形成を防ぐ。「アムテル」という集合的労働の概念は、経済的自立と脱植民地化の鍵となる。著者はサパティスタの10の原則を提示し、一見理想主義的に見えるこれらの原則が実際に機能していることを示す。サパティスタの闘争は完璧な世界を作ることではなく、自分たち自身の間違いを犯し、それを共に解決する権利のためのものであり、「もう一つの世界は可能だ」という希望を示している。(263字)
目次
- 謝辞
- 序文:ジョン・P・クラーク
- はじめに
- 「これが私たちの仕事だ エスクエリータとサパティスタの自治政府体験
- ツォツィルにおける社会運動の研究 パスコップ
- 第1部 自治政府の歴史
- 第1章 サパティスタの政治的願望の系譜: プロレタリアートの独裁から闘争する民族の自決へ
- サパティスタの解放形態
- 民族解放の闘争
- 革命の中の革命 サパティスタ女性の闘い
- EZLNの軍事ヒエラルキーの危険性
- おわりに
- 第2章 サパティスタの秘密組織: 集団の心(オオン)と集団の可能性(チュレル)の創造
- 集団の心(オオン)と潜在性(チュレル)についてのツォツィル理解
- 秘密の組織化 EZLNの集団の心の創造
- 集団の心の組織への女性の参加
- コミュニティ間の組織における集団の心の強化
- 結論
- 第3章 カラコレスの創造 集団の心における差異の関係(コオンティック、コオンクティック)
- ツォツィルにおける集団性の二重感覚
- 従うことによって統治する 自治政府の誕生
- おわりに
- 第2部 自治政府の実践
- 第4章 「共同体が最終決定権を持つ」: 議会と統治(アムテル)の共同作業
- アムテル 集団生存のための仕事としての政府
- 集団の心の創造と再生 ゾーンの集合体
- ゾーンの集会と集団的労働の創造: ラ・リアリダの例
- サパティスタの正義
- 結論
- 第5章 仕事を脱植民地化する: サパティスタの集団労働(アムテル)と絶望-依存-居場所(カナル)システムとの闘い
- 絶望-依存-置換のサイクル: フィンカのカナールとその現代的再生産
- NGO援助の矛盾
- トラバホス・コレクティーボのアムテル
- 5つのカラコレスにおけるトラバホス・コレクティーボの進展と自立した牛の重要性
- トラバホス・コレクティーボの発展における不平等とカラコル2世オベンティックの闘い
- 結論
- 第6章 集団統治(アムテル)の課題: 権力の包摂、説明責任の創出、女性の参加
- 議会を通じた選挙とサパティスタ当局の義務
- 政治的・経済的エリートの形成を防ぐ
- 政府とコミュニティは一体である: 5つのカラコレスにおける輪番制
- 自治政府を見守る: 5つのカラコレスにおける説明責任の構造
- 5つのカラコレスにおける女性の自治政府参加の現状
- 「トルティーヤの作り方を知らない仲間がいて、どうやって私たちは変われるのか?」 女性の自治政府参加を阻む障壁
- おわりに
- エピローグ もうひとつの世界は可能だ
- 注釈
- 参考文献
- 索引
- 著者について
アルツハッカーは100%読者の支援を受けています。
会員限定記事
新サービスのお知らせ 2025年9月1日よりブログの閲覧方法について
当ブログでは、さまざまなトピックに関する記事を公開しています。2025年より、一部の詳細な考察・分析記事は有料コンテンツとして提供していますが、記事の要約と核心部分はほぼ無料で公開しており、無料でも十分に役立つ情報を得ていただけます。 さらに深く掘り下げて知りたい方や、詳細な分析に興味のある方は、有料コンテンツをご購読いただくことで、より専門的で深い内容をお読みいただけます。パスワード保護有料記事の閲覧方法
パスワード保護された記事は以下の手順でご利用できます:- Noteのサポーター・コアサポーター会員に加入します。
- Noteサポーター掲示板、テレグラムにて、「当月のパスワード」を事前にお知らせします。
- 会員限定記事において、投稿月に対応する共通パスワードを入力すると、その月に投稿したすべての会員記事をお読みいただけます。
サポーター会員の募集
- サポーター会員の案内についての案内や料金プランについては、こちらまで。
- 登録手続きについては、Noteの公式サイト(オルタナ図書館)をご確認ください。
