書籍要約『メディアの地質学』 ユッシ・パリッカ 2015

メディア、ジャーナリズム

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A Geology of Media:[None]Jussi Parikka 2015

『メディアの地質学』:[副題なし] ユッシ・パリッカ 2015

目次

  • 第1章 物質性:メディアと文化の基盤 / Materiality:Grounds of Media and Culture
  • 第2章 メディアのもう一つの深い時間 / An Alternative Deep Time of the Media
  • 第3章 テクノロジーの心理地球物理学 / Psychogeophysics of Technology
  • 第4章 塵と疲弊した生 / Dust and the Exhausted Life
  • 第5章 化石の未来 / Fossil Futures
  • 後書き いわゆる「自然」について:/ So-Called Nature
  • 付録 ゾンビメディア:サーキット・ベンディングを芸術方法論としてのメディア考古学へと発展させる / Zombie Media:Circuit Bending Media Archaeology into an Art Method

本書の概要

短い解説:

本書は、メディア技術をその素材(鉱物、金属、化学物質)と地球物理学的な環境(地殻、エネルギー、廃棄物)から捉え直す「メディアの地質学」を提唱する。メディア研究、テクノロジー研究、現代アートに関心のある読者を主な対象としている。

著者について:

ユッシ・パリッカは、サウサンプトン大学ウィンチェスター美術学部の技術文化と美学の教授である。メディア考古学、デジタル文化、テクノロジーと生態の関係を専門とし、『昆虫メディア』や『メディア考古学とは何か』など、メディア理論の分野で影響力のある著作を多数発表している。本書では、従来のメディア理論を批判的に継承しつつ、物質性と環境問題を結びつける独自の視点を提示する。

テーマ解説

メディア文化を、その基盤となる地球の資源、労働、廃棄物のネットワークとして捉える唯物論的視座を提供する。

キーワード解説

  • メディアの地質学:メディア技術を、地下資源の採掘から電子廃棄物に至るまで、地球の物質的プロセスの中で分析する視点。
  • アントロポシーン:人間活動が地球の地質や生態系に深刻な影響を与えている現代の地質時代。本書ではその「わいせつな」側面を「アントロブシーン」と呼ぶ。
  • メディア自然 (Medianatures):テクノロジーと自然が切り離せない関係にあることを示す概念。ハラウェイの「自然文化 (naturecultures)」をメディア論に応用したもの。
  • 深い時間:人間の歴史の尺度を超えた、地質学的な時間スケール。メディアの歴史をこのスケールで捉え直すことが本書の中心的課題である。
  • 心理地球物理学:状況主義国際の「心理地理学」を拡張し、都市空間ではなく地球物理学的な力と主体の関係を探求する芸術実践の方法論。
  • ゾンビメディア:使用を終えても完全には消失せず、有毒な廃棄物や改造されたアート作品として「生き返る」メディア技術の状態。

3分要約

本書『メディアの地質学』において、ユッシ・パリッカは、従来のメディア理論が「物質性」と呼んできたもののさらに深層へと掘り下げることを提案する。それは、ハードウェアや回路そのものではなく、それらを構成する鉱物、金属、化学物質、そしてそれらを駆動するエネルギーへと目を向けることである。この視点は、現代のデジタル文化が、コルタンやリチウムといった希少鉱物の採掘や、化石燃料への依存なしには成り立たないという、地政学的かつ環境的な現実を露わにする。

パリッカは、ジークフリート・ツィリンスキの「深い時間」概念をさらに急進化させ、メディアの歴史を数十億年単位の地球の歴史と接合する。それは、銅やケイ素といった元素の発見と精錬のプロセスこそが、情報ネットワークやコンピューティングを可能にしたという物質史の視点である。同時に、この視点は、使い捨てられた電子機器の山や、その製造過程で生じる有害な塵や化学物質といった、メディア文化の「残渣」に焦点を当てる。

第三の章で展開される「心理地球物理学」は、この地質学的な物質性を芸術実践の方法論として採用する。それは、都市の権力構造を読み解く状況主義の「心理地理学」を、プレートテクトニクスや電磁場といった地球規模の力へと拡張する試みである。パリッカは、マーティン・ハウゼやトレヴァー・パグレンといった現代アーティストの作品を参照しつつ、土壌からコンピュータを起動させたり、軌道上の衛星を新たな地質学的層として捉える実践を紹介する。

さらに本書は、情報産業の「軽さ」という神話を、労働と環境汚染の観点から解体する。第四章では、洗練されたiPadの筐体を磨く過程で発生するアルミニウムの塵が、労働者の肺にどのような被害をもたらすかという「肺の政治経済学」が論じられる。ここでは、認知的資本主義の議論に身体的な疲弊と物質的な残渣という視点が導入される。

最終章では、現代の電子機器の廃棄物が未来の「化石」となるという観点から、時間性の問題が議論される。パグレンの『ラスト・ピクチャーズ』のように、幾万年も宇宙を漂う人工物は、もはや単なる「メディア」ではなく、人類の活動の痕跡を地球の地層に刻み込む「メディア=太古の化石 (media-arche-fossil)」である。結論としてパリッカは、メディア理論が「いわゆる人間」だけでなく、「いわゆる自然」をもその分析の中心に据えるべきだと主張する。メディアとは、地球の資源から生まれ、その廃棄物として地球に戻っていく、地質学的なプロセスそのものなのである。

各章の要約

第1章 物質性:メディアと文化の基盤

本章は、本書全体の理論的導入であり、「メディアの地質学」の基本コンセプトを提示する。従来のメディア唯物論(キットラーなど)を批判的に継承しつつ、それが見過ごしてきた「地政学的」ではなく「地球物理学的」な次元を導入する必要があると論じる。そのために、ドナ・ハラウェイの「自然文化 (naturecultures)」を援用した「メディア自然 (medianatures)」という概念を提案し、技術と自然が切り離せない二重の束縛状態にあることを示す。さらに、アントロポシーン(またはそのわいせつな側面を強調したアントロブシーン)という概念を用いて、現代のメディア技術が地球規模の地質学的変化を引き起こす主体であることを明らかにする。

第2章 メディアのもう一つの深い時間

本章では、ジークフリート・ツィリンスキがメディア芸術史に導入した「深い時間」概念を、より文字通りの地質学的な時間として捉え直すことを試みる。ツィリンスキの「変異学」的な歴史観を評価しつつも、それだけでは現代のメディア文化を支える鉱物、金属、エネルギー資源の政治経済学を捉えきれないと批判する。そこで、銅やレアアースといった物質の採掘から精錬、そして廃棄に至るまでのプロセスを、「メディアの物質史」として再構築する必要を説く。この視点から、中国における電子廃棄物の処理や、チリ硝石をめぐる第一次世界大戦の戦略など、具体的な事例を分析する。

第3章 テクノロジーの心理地球物理学

本章は、状況主義国際の「心理地理学」を拡張した「心理地球物理学」という概念を軸に、地質学的な力を探求する芸術実践を分析する。都市空間における歩行者の感覚を問題にした従来の心理地理学に対し、心理地球物理学は地震、電磁場、地殻変動といった非人間的なスケールの力と主体の関係を問う。ロンドン・サイコジオフィジックス・サミットのマニフェストを参照しつつ、マーティン・ハウゼの『アースコード』のように土壌をコンピュータの基板として扱う作品や、ジョナサン・ケンプらの『クリスタル・ワールド』のように電子機器の鉱物的な起源を可視化する試みを紹介する。これらの実践は、テクノロジーを地球の「基層 (substrate)」から再考することを促す。

第4章 塵と疲弊した生

本章では、微細な粒子である「塵」を手がかりに、デジタル文化の労働と環境負荷の物質性を解明する。洗練された電子機器の裏側で、工場労働者の肺に蓄積されるアルミニウムやケイ素の塵、あるいは石炭の粉塵といった「残渣」に焦点を当てる。パリッカは、フランコ・ベラルディの「認知労働者 (cognitariat)」の疲弊という概念を参照しつつ、それが精神的な問題に還元されず、まさに呼吸する身体の物質的な疲労として現れていると論じる。グラハム・ハーウッドらのアートプロジェクト『石炭で動くコンピュータ』を例に、クラウドコンピューティングが依然として石炭火力に依存し、鉱夫の塵肺という歴史を現在において再生産している実態を明らかにする。

第5章 化石の未来

最終章は、時間のスケールを未来へと反転させ、現在生産されている電子廃棄物が未来の地質層において「化石」となるという観点から議論を展開する。ウォルター・ベンヤミンがパサージュを「恐竜の化石」に例えた比喩を現代的な文脈で捉え直し、シリコンバレーの土壌汚染から中国・深圳の電子機器製造現場までを「未来の化石」の生産地として描き出す。さらに、グレゴリー・シャトンスキーの『テロフォシル』やトレヴァー・パグレンの『ラスト・ピクチャーズ』といった作品分析を通じて、人間のいない未来の考古学者が発見するであろう「メディア=太古の化石 (media-arche-fossil)」の概念を提示する。そこでは、静止軌道上の人工衛星の墓場さえもが、人類の新しい地質学的遺産として捉えられている。

後書き いわゆる「自然」について

結論として、本書の中心的論点を再確認する。キットラーがメディア技術の産物として「いわゆる人間」を問題にしたのと同様に、現代のメディア理論は「いわゆる自然」をその分析の中核に据えるべきである。コンピュータやネットワークは、石炭や銅といった地質学的資源の結晶であり、そのプロセスは採掘から廃棄に至るまで地球規模の環境変動を引き起こしている。メディアの物質性を真に追求することは、テクノロジーを自然から切り離して語ることをやめ、両者が深く絡み合った「アントロブシーン」の現実に向き合うことである。

付録 ゾンビメディア:サーキット・ベンディングを芸術方法論としてのメディア考古学へと発展させる

付録は、ブルース・スターリングの「デッドメディア」概念を批判的に発展させた「ゾンビメディア」概念を、ガーネット・ハーツとの共著で論じる。計画的な陳腐化によって廃棄された電子機器は単に「死ぬ」のではなく、有毒な残留物として環境中に残存するか、あるいはサーキット・ベンディング(回路改造)などのアート実践によって「ゾンビ」のように蘇る。本章は、メディア考古学を単なる歴史的な発掘方法ではなく、これらのゾンビメディアを素材とした創造的な芸術方法論として再定義することを提案する。ブラックボックス化された電子機器を物理的に開き、その回路を短絡させる行為は、消費社会の隠された物質的基層を暴き出す政治的な実践でもある。


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