
英語タイトル: 『The Illusion of Evidence-Based Medicine: Exposing the Crisis of Credibility in Clinical Research』Jon Jureidini & Leemon B. McHenry, 2020
日本語タイトル: 『根拠に基づく医療という幻想:臨床研究における信頼性の危機を暴く』ジョン・ジュレイディニ&リーモン・B・マクヘンリー、2020年
https://note.com/alzhacker/n/n4effcac5de5d
目次
- 前書き / Preface
- 第1章 臨床研究における信頼性の危機 / The Crisis of Credibility in Clinical Research
- 第2章 臨床研究の腐敗:Study 329とStudy CIT-MD-18 / The Corruption of Clinical Research: Study 329 and Study CIT-MD-18
- 第3章 医学における科学の厳密な概念 / A Rigorous Conception of Science in Medicine
- 第4章 科学的知見の伝達 / Communication of Scientific Findings
- 第5章 学術界と企業化した大学 / Academics and the Corporate University
- 第6章 歪められた研究優先順位 / Distorted Research Priorities
- 第7章 規制当局とガバナンス / Regulators and Governance
- 第8章 解決策 / Solutions
- 付録 / Appendices
本書の概要
短い解説
本書は、製薬産業と学術医療の癒着により根拠に基づく医療(EBM)が腐敗している実態を、具体的な臨床試験の徹底的な解体分析を通じて明らかにし、医学研究の科学的誠実性を回復するための抜本的な改革を提案する。
著者について
著者ジョン・ジュレイディニは南オーストラリア大学の精神医学・小児科教授、リーモン・B・マクヘンリーはカリフォルニア州立大学ノースリッジ校の哲学名誉教授。両者は2007年から製薬産業による臨床試験の不正を暴露する専門家証人として訴訟に関与し、機密文書へのアクセスを通じて業界の組織的腐敗を解明してきた。本書は二人の長年の協働研究の集大成である。
テーマ解説
- 主要テーマ:製薬産業による科学の腐敗 – 利益動機が医学研究の誠実性を根本的に損なっている構造的問題を暴露
- 新規性:訴訟文書に基づく実証的解体 – 通常は機密とされる社内文書を用いた臨床試験報告の系統的解体分析という独自の方法論
- 興味深い知見:ゴーストライティングの実態 – 医学論文の大量生産システムと学術雑誌の共謀という「知識のマネーロンダリング」
キーワード解説
- ゴーストライティング: 製薬企業が医療コミュニケーション会社に論文執筆を委託し、有名研究者の名前を借りて発表するシステム。科学的客観性の外観を維持しながら、実質的にはマーケティング文書として機能する
- キーオピニオンリーダー(KOL): 製薬企業が多額の報酬で雇う影響力ある学術医師。独立した専門家として振る舞いながら、実際には「製品の擁護者」として機能し、処方行動に影響を与える
- 反証可能性: 哲学者カール・ポパーが提唱した科学の基準。真の科学的検証は仮説が誤りであることを示す可能性を含むが、製薬産業は否定的結果を隠蔽することで科学を擬似科学に堕落させている
3分要約
本書は製薬産業による医学研究の組織的腐敗を告発する。著者らは訴訟の証拠開示手続きで入手した機密文書を用いて、小児うつ病に対するSSRI抗うつ薬の臨床試験(Study 329とCIT-MD-18)を徹底的に解体分析した。両試験とも実際には有効性を示せなかったにもかかわらず、主要評価項目の恣意的変更、有害事象の隠蔽、ゴーストライターによる論文作成を通じて「陽性」結果として発表された。
製薬企業は医療コミュニケーション会社に論文執筆を外注し、著名な学術医師を「名誉著者」として配置する。これら「キーオピニオンリーダー」は製薬企業の諮問委員会や講演者として高額の報酬を受け取り、独立性の外観を保ちながら「製品の擁護者」として機能する。医学雑誌は製薬広告と別刷収入に依存しており、不正な論文の撤回を拒否する。継続医学教育や診療ガイドライン作成も業界利益に歪められている。
大学は臨床試験収入に依存し、不正を調査する動機を欠く。1980年のバイ・ドール法以降、知識の私有化が加速し、利益相反が常態化した。規制当局FDAは業界から審査手数料を受け取る「顧客関係」に陥り、厳密な評価より迅速な承認を優先する。「回転ドア」現象により規制当局者が退職後に製薬企業に再就職することも規制capture(捕獲)を促進している。
著者らは哲学者カール・ポパーの批判的合理主義に基づき、真の科学は反証を真剣に受け止めなければならないと主張する。製薬産業は否定的結果を隠蔽し、仮説を守ることを優先するため、科学ではなくイデオロギーである。ポパーが指摘したように、科学の進歩には政治的保護が不可欠だが、現状は民主主義の仮面をかぶった企業寡頭制である。
解決策として著者らは、臨床試験を製薬企業の管理から完全に切り離し、政府・大学主導で実施することを提案する。企業は分子開発と特許保持に専念し、臨床試験は製薬産業への課税で賄う独立機関が実施すべきである。医学雑誌は製薬産業との財政的関係を断ち、業界スポンサー研究の掲載を拒否すべきである。現行の透明性向上や試験登録などの漸進的改革は、根本問題に対処しないため無効である。
本書が暴露するのは個別の不正事例ではなく、資本主義経済において利益動機が科学的誠実性を体系的に損なう構造である。医療における科学の基盤を回復するには、政治的意志による抜本的制度改革が必要である。さもなければ、根拠に基づく医療は幻想のままであり続ける。
各章の要約
前書き
著者らは製薬産業による医学の腐敗を暴露する。根拠に基づく医療は現代医学の偉大な成果とされるが、製薬企業によるデータ操作により幻想と化している。著者らの協働は2007年、SSRIの小児うつ病試験(Study 329とCIT-MD-18)の専門家証人として始まった。両試験とも有効性と安全性のデータを歪曲し、適応外処方を促進した。本書は訴訟で公開された業界文書を主要証拠とする。製薬企業は試験のデザイン、実施、分析、論文作成のすべてを管理し、都合の良い結果のみを発表する。学術医師は「キーオピニオンリーダー」として第三者の権威を与え、医療コミュニケーション会社がゴーストライティングを行う。査読は「情報洗浄」に堕している。著者らは主流学術出版社ではなく独立系出版社から刊行することを選択した。
第1章 臨床研究における信頼性の危機
根拠に基づく医療は「最良のエビデンスに基づく患者ケア」を標榜するが、製薬産業によるデータ操作により幻想と化している。企業は自社製品の試験を管理し、否定的結果を隠蔽する。CRO(開発業務受託機関)が試験を実施し、医療コミュニケーション会社がゴーストライティングを行い、学術医師は「キーオピニオンリーダー」として「製品の擁護者」になる。試験デザインは微妙な操作で自社薬を有利にし(競合薬との不適切な用量比較、プラセボ反応者の事前除外など)、都合の悪い結果は出版されない。査読システムは製薬広告と別刷販売に依存する雑誌により機能不全に陥っている。疾患喧伝キャンペーンは正常な状態を病気と再定義し市場を拡大する。本章ではrofecoxib、gabapentin、fenfluramine/phentermineなど9つの薬剤の不正事例を提示する。
第2章 臨床研究の腐敗:Study 329とStudy CIT-MD-18
Study 329: SmithKline Beechamの小児うつ病に対するparoxetine試験は、事前に設定した2つの主要評価項目でプラセボに勝てなかったが、論文(Keller et al. 2001)は8つの「うつ病関連変数」を提示し、4つが陽性であったことから有効と結論づけた。主要評価項目の一つ「反応」(HAM-D≤8または50%以上減少)と事後的評価項目「寛解」(HAM-D≤8)を意図的に混同し、陽性の寛解結果を主要評価項目であるかのように報告した。重篤有害事象はparoxetine群11例、プラセボ群2例だったが、「概ね忍容性良好」と報告された。自殺関連事象は「情緒不安定」という婉曲表現で隠蔽された。RIAT再解析により、paroxetine群の自殺関連行動が大幅に過小報告されていたことが判明した。
Study CIT-MD-18: Forestのcitalopram試験は、8名の盲検化違反患者を含めることで統計的有意差を捏造した(除外するとp=0.052)。Forestは社内メールで「傑作の婉曲表現」を用いてFDAを欺いたことを認めている。Wagner et al.(2004)論文はゴーストライターが執筆し、否定的な副次評価項目を報告せず、事後的評価項目を主要評価項目であるかのように提示した。両試験とも製薬企業の出版計画の一環として医療コミュニケーション会社が論文を作成し、雑誌編集者は撤回要請を拒否し続けている。
第3章 医学における科学の厳密な概念
カール・ポパーの批判的合理主義は医学の科学的基盤を守る哲学的枠組みを提供する。ポパーは『開かれた社会とその敵』で、合理的思考は自由で批判的な討論を価値とする政治構造に依存すると論じた。科学は自己修正的であり、誤りを積極的に探求すべきである。仮説は反証可能性が高いほど科学的価値が高く、イデオロギーは批判を不忠とみなすが、科学は批判を通じて真理に近づく。製薬産業は「ロビンソン・クルーソーの科学」であり、相互主観的批判を欠く。Richard Feynmanの「カーゴカルト科学」のように、科学の形式だけを模倣する。業界スポンサー試験は組織的にデザインを操作し(競合薬の不適切な用量、プラセボ反応者の除外、主要評価項目の事後的変更など)、有害事象を隠蔽する。ポパーの理論には限界もある。医療は確率的であり「反証」は決定的でない。しかしDeborah Mayoの「厳密な検証」概念が示すように、方法論が欠陥を発見する能力を持つことが不可欠である。
第4章 科学的知見の伝達
製薬産業は現代の詭弁家である。医学雑誌、継続医学教育、学会発表、診療ガイドラインのすべてがマーケティングに侵食されている。ゴーストライティングは1960年代のサリドマイド災害から始まり、1980年代にタバコ産業の「疑念の製造」手法を模倣して大量生産化された。医療コミュニケーション会社は「科学文献の開発」を専門とし、製薬企業のマーケティング部門の指揮下で論文を作成する。出版計画は薬剤発売の前・中・後の各段階で「キーメッセージ」を浸透させる。学術医師は「著者TBD(決定待ち)」として後から割り当てられる。Pfizerは2年間で55本のsertraline論文を発表させた。「名誉著者」は経歴に箔をつけ、製薬企業は大学の威信で製品にブランド価値を付与する。雑誌編集者は法的脅威を恐れて批判的論文の掲載を拒否する。継続医学教育は「制限のない教育助成金」という名目で製薬マーケティングに奉仕する。診療ガイドライン作成委員会の委員の87%が業界と関係を持つ。
第5章 学術界と企業化した大学
大学の企業化は学問の美徳を商業の悪徳に晒した。Derek Bokが警告したように、大学は「魂を売る」ファウスト的取引に陥っている。1980年のバイ・ドール法は連邦資金による研究成果の大学所有を認め、技術移転を加速したが、副作用として秘密主義と利益相反を蔓延させた。制度的利益相反は個人的利益相反より影響が大きい。Yale大学がオピオイド危機の元凶Sackler家から資金を受け入れた例が示すように、大学管理者は収入確保を最優先する。「キーオピニオンリーダー」は製薬企業が影響力ある医師を選抜し、諮問委員会、講演者、ゴーストライティング論文の「著者」として育成するシステムである。ForestのIntraMed社による「影響力マッピング」は、7500名の小児精神科医から300名のKOLを特定する計画を示す。学術起業家は大学の威信を製品ブランディングに提供する。大学は臨床試験収入に依存し不正を追及しない。批判者David HealyやNancy Olivieriは業界に不利な研究結果を公表しようとして報復を受けた。学術の自由は製薬産業により侵害されている。
第6章 歪められた研究優先順位
ポパーが「ビッグサイエンス」の危険性を警告したように、製薬産業は「あまりに多くのドルがあまりに少ないアイデアを追いかける」状態である。本来の優先順位である必須医薬品(マラリア、結核など途上国の疾患治療薬)は利益が少ないため開発されない。1975-2004年の新薬1556種のうち、最も放置された疾患向けはわずか21種(1%)だった。一方で疾患喧伝により正常な状態が病気と再定義される。Henry Gadsdenが「健康な人に薬を売る」夢を語ったように、製薬産業は不安と科学信仰を悪用する。DSM診断基準の拡大(1952年の106カテゴリーから2013年には380へ)は製薬企業資金と密接に関連する。「化学的不均衡」理論はマーケティング戦略であり科学的根拠を欠く。社会不安障害、小児双極性障害、月経前不快気分障害などが創出された。小児うつ病は製薬産業と精神医学の提携により過剰診断・過剰処方された。スクリーニングも疾患喧伝の道具である。TeenScreenは偽陽性率96%だったが、KOLのDavid Shafferが推進した。自然回復の力(vis medicatrix naturae)が製薬マーケティングに悪用されている。
第7章 規制当局とガバナンス
政府の規制失敗が現状を生んだ。理想的には規制当局は厳格な試験基準を課し、市販後の安全性を監視し、危険な薬剤を迅速に撤去すべきだが、実際には製薬産業に奉仕している。1997年FDA近代化法は小児試験実施企業に特許延長(年間売上20億ドルの薬なら10億ドルの利益)を与えたが、有効性の証明は不要とした。Study 329の3試験はすべて失敗したがGSKは特許延長を獲得した。CIT-MD-18ではForestが盲検化違反を「潜在的バイアス」という「傑作の婉曲表現」で隠蔽しFDAを欺いた。元FDA審査官Ronald Kavanaghは「我々は薬を承認するのが仕事であり、疑問を持つなと明確に告げられた」と証言する。1992年の処方薬ユーザーフィー法により、FDAは審査手数料を製薬企業から受け取る「顧客関係」に陥った。2020年予算の45%が業界手数料である。「回転ドア」により規制当局者は退職後に高給で製薬企業に再就職する。承認基準は「何もないよりまし」という低さで、安全性より迅速承認が優先される。直接消費者広告(米国とニュージーランドのみ許可)は誇大宣伝を拡散するがFDAの警告は遅く効果がない。臨床試験参加者は企業の知的財産権により裏切られている。
第8章 解決策
従来の改革(透明性向上、試験登録、AllTrials、Cochrane、マーケティング規制、政府調査、訴訟)はすべて最小限の効果しかない。透明性開示は利益相反を正当化するだけである。撤回は業界の圧力で機能しない。RIAT(放棄された試験の復元)は有望だが企業がデータ提供を拒否する。試験登録は査読者が確認しない。AllTrialsは個人レベルデータへのアクセスを求めていない。Cochraneは利益相反を許容し、統計的有意性を臨床的意義と混同し、有害事象を軽視する。抜本的解決策は臨床試験を製薬企業の管理から完全に切り離すことである。KrimskyとAngellが提案したように、政府・大学主導の独立機関が製薬産業への課税で試験を実施すべきである。企業は分子開発と第I相試験にとどめ、第II相以降は競争的資金による独立評価とする。医学雑誌は業界資金を断ち、業界スポンサー研究の掲載を拒否すべきである。社会構成主義者Sismondoは業界科学を「新しい企業様式の科学」と呼ぶが誤りである。ポパーが示すように、反証を拒否する活動は科学ではなくイデオロギーである。真の科学は社会的構築物であっても、現実との衝突により客観性を獲得する。医学の科学的基盤を回復するには政治的意志による制度改革が不可欠である。
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