
『We Are Electric:The New Science of Our Body’s Electrome』Sally Adee (2023)
『私たちは電気である:身体のエレクトロームをめぐる新たな科学』サリー・アデイ (2023)
目次
- 第一部 バイオエレクトリシティの始まり / Bioelectricity in the Beginning
- 第1章 人工 vs 動物:ガルヴァーニ、ヴォルタ、電気をめぐる闘い / Artificial vs. Animal:Galvani, Volta, and the battle for electricity
- 第2章 壮観な疑似科学:バイオエレクトリシティの衰退と復活 / Spectacular pseudoscience:The fall and rise of bioelectricity
- 第二部 バイオエレクトリシティとエレクトローム / Bioelectricity and the Electrome
- 第3章 エレクトロームとバイオエレクトリック・コード:身体の電気的言語を理解する方法 / The electrome and the bioelectric code:How to understand our body’s electrical language
- 第三部 脳と身体におけるバイオエレクトリシティ / Bioelectricity in the Brain and Body
- 第4章 心臓を電気で動かす:電気信号から有用なパターンを見つける方法 / Electrifying the heart:How we found useful patterns in our electrical signals
- 第5章 人工記憶と感覚インプラント:神経コードを求めて / Artificial memories and sensory implants:The hunt for the neural code
- 第6章 治癒の火花:脊髄再生の謎 / The healing spark:The mystery of spinal regeneration
- 第四部 誕生と死におけるバイオエレクトリシティ / Bioelectricity in Birth and Death
- 第7章 始まりにおいて:あなたを構築し再構築する電気 / In the beginning:The electricity that builds and rebuilds you
- 第8章 終わりにおいて:あなたを分解する電気 / At the end:The electricity that breaks you back down
- 第五部 未来におけるバイオエレクトリシティ / Bioelectricity in the Future
- 第9章 シリコンからイカへ:バイオエレクトロニクスに「生物」を組み込む / Swapping silicon for squids:Putting the bio into bioelectronics
- 第10章 電気で自分をより良くする:電気化学を通じた新しい脳と身体 / Electrifying ourselves better:New brains and bodies through electrochemistry
本書の概要
短い解説:
本書は、私たちの身体を流れる「バイオエレクトリシティ(生物電気)」の科学を一般読者向けに解説する。脳や神経だけでなく、すべての細胞が発する電気信号が、生命の形成から死までをどのように制御しているかを明らかにし、医療の未来を変える可能性を示す。
著者について:
著者サリー・アデイは、科学ジャーナリストとして『New Scientist』などで長年にわたり先端科学を取材してきた。自身も脳への電気刺激(tDCS)を体験し、その劇的な効果からバイオエレクトリシティの探求に没頭。10年に及ぶ調査の成果を本書にまとめた。
テーマ解説
- 主要テーマ:生命の電気的側面「エレクトローム」の解明
- 新規性:神経系以外の細胞も電気信号で情報をやり取りする「バイオエレクトリック・コード」の概念
- 興味深い知見:電気信号を操作することで、がんの転移抑制や組織再生が可能になる
キーワード解説(1~3つ)
- エレクトローム:生体の電気的性質全体を指す概念。ゲノム、エピゲノムに続く生命理解の新たな枠組み。
- バイオエレクトリック・コード:細胞の膜電位のパターンが、組織の形成や細胞の運命を決定する「情報コード」。
- イオンチャネル:細胞膜にあるタンパク質の通路。特定のイオンを通し、細胞の電気的性質を生み出す。
3分要約
私たちの身体は電気で動いている。脳の神経伝達だけでなく、心臓の鼓動、傷の治癒、胎児の形成、さらにはがん細胞の転移に至るまで、あらゆる生命活動は「バイオエレクトリシティ」によって制御されている。これは電池のような電子の流れではなく、ナトリウムやカリウムなどのイオンが細胞膜を出入りすることで生じる生体固有の電流である。
本書は、このバイオエレクトリシティ研究の歴史から最新の知見までを網羅する。18世紀、ガルヴァーニとヴォルタの論争は「動物電気」の存在をめぐる科学史上の大論争だった。ガルヴァーニはカエルの脚の実験で生物が自ら電気を生み出すことを示したが、ヴォルタは金属が生み出す電流だとして否定。ヴォルタの電池の発明が評価される中、ガルヴァーニの業績は忘れ去られた。
しかし20世紀後半、イオンチャネルの発見により、すべての細胞が微小な電池のように振る舞うことが明らかになる。細胞内外の電位差(膜電位)は、細胞の種類や状態を決定する「バイオエレクトリック・コード」として機能する。例えば、発生過程の細胞は特定の電位パターンを示し、それが目や手足が正しい位置に形成されるための設計図となる。このコードを人為的に書き換えることで、カエルのお腹に目を成長させたり、切断された四肢を再生させたりする実験が成功している。
同様に、がん細胞は健康な細胞とは異なる膜電位を示し、転移能力と相関する。この電気的シグナルを遮断したり正常化したりすることで、がんの進行を抑制できる可能性がある。脊髄損傷の治療では、微弱な電場によって神経の再生を促す装置(OFS)が開発されたが、科学界の懐疑や規制の壁に阻まれた。
現在、バイオエレクトリシティ研究は新たな段階を迎えている。従来の金属製インプラントに代わり、イカの甲やキチンなど生体材料を用いた「バイオエレクトロニクス」が開発され、身体との親和性が高められている。脳への電気刺激(tDCS)は認知機能の向上やうつ病治療への応用が期待されるが、効果の個人差や倫理的課題も浮き彫りにしている。
私たちの身体は、40兆個の細胞が発する電気的な交信によって維持される極めて精巧なシステムである。その言語を解読し、制御する技術は、再生医療から神経疾患治療まで、医学にパラダイムシフトをもたらす可能性を秘めている。
各章の要約
第一部 バイオエレクトリシティの始まり
第1章 人工 vs 動物:ガルヴァーニ、ヴォルタ、電気をめぐる闘い
18世紀後半、イタリアの解剖学者ルイージ・ガルヴァーニは、カエルの脚を用いた実験で「動物電気」の存在を提唱した。死んだカエルの脚が金属に触れると痙攣する現象を、生物が内在する電気の証拠と解釈したのである。これに対し、物理学者アレッサンドロ・ヴォルタは、電気は異なる金属の接触によって生じるものであり、動物は単なる導体に過ぎないと反論。両者の論争は科学界を二分した。ヴォルタが電池(ボルタ電堆)を発明したことで彼の説が支持され、ガルヴァーニの業績は一時忘れ去られる。しかしこの論争が、生物学と物理学の分断を促進し、バイオエレクトリシティ研究の遅れを招く一因となった。
第2章 壮観な疑似科学:バイオエレクトリシティの衰退と復活
ガルヴァーニの甥ジョヴァンニ・アルディーニは、叔父の説を証明するために死刑囚の遺体で公開実験を行い、電気刺激で筋肉を動かすショーを展開した。しかしこうした過激な演示は、バイオエレクトリシティ研究を疑似科学と見なす風潮を強めた。同時期、電気治療を謳うペリキン式牵引器などのインチキ医療機器が流行し、科学としての信用を失墜させる。19世紀半ば、マッテウッチやデュ・ボワ・レイモンらの研究により、神経や筋肉の活動電位が測定され、ようやく「動物電気」が正当な科学として認められるようになった。バイオエレクトリシティ研究は、科学とペテンの狭間で苦難の道を歩んだのである。
第二部 バイオエレクトリシティとエレクトローム
第3章 エレクトロームとバイオエレクトリック・コード:身体の電気的言語を理解する方法
私たちの身体を構成する40兆個の細胞は、それぞれが微小な電池として機能している。細胞膜を隔てたイオンの濃度差により、通常-70mVの膜電位が維持される。この電位は、イオンチャネルと呼ばれるタンパク質の通路がイオンを選択的に通過させることで制御されている。神経の活動電位は、ナトリウムイオンの流入による脱分極とカリウムイオンの流出による再分極の連鎖である。近年、この電気的シグナルが神経系以外の細胞間通信にも利用されていることが明らかになった。発生や組織修復において、細胞集団は膜電位のパターンによって情報を交換し、形態形成を調整する。この「バイオエレクトリック・コード」を解読できれば、がんや先天異常を電気的に治療できる可能性がある。
第三部 脳と身体におけるバイオエレクトリシティ
第4章 心臓を電気で動かす:電気信号から有用なパターンを見つける方法
心臓の拍動は、洞結節で発生した電気的刺激が心筋細胞に伝わることで生じる。20世紀初頭、ウォーラーとアイントーフェンは体表面から心臓の電気活動を記録する心電図(ECG)を開発し、不整脈などの診断を可能にした。心拍のリズム異常を修正するため、心臓ペースメーカーが開発される。これは、電極で心筋を直接刺激し、正常なリズムを強制する装置である。心臓ペースメーカーの成功は、電気刺激による治療の有効性を示し、後に脳や脊髄への応用へと発展する礎となった。
第5章 人工記憶と感覚インプラント:神経コードを求めて
脳の活動は、無数の神経細胞の発火パターン(神経コード)として符号化されている。このコードを解読し、人為的に書き換えることで、記憶の強化や感覚の復元が可能になるかもしれない。脳インプラント(BrainGateなど)を用いた研究では、麻痺患者が思考だけでロボットアームを操作できるようになった。さらに、脳の運動野から読み取った信号を腕の筋肉に伝える「神経バイパス」技術により、自身の手を動かすことにも成功している。しかし、神経コードは非常に複雑であり、多数の神経を同時に記録・刺激する技術的課題は大きい。脳インプラントの実用化には、生体親和性の高い材料の開発や長期使用における安全性の確保が不可欠である。
第6章 治癒の火花:脊髄再生の謎
脊髄損傷は、一度断裂した神経が再生しないため、麻痺が永続する。しかし、イモリなどの生物は脊髄を再生する能力を持つ。パデュー大学のリチャード・ボーゲンスは、損傷部位に微弱な交流電場を印加する装置(OFS)を開発し、脊髄再生の促進を試みた。動物実験では、犬の脊髄損傷が改善し、歩行能力を回復する例も見られた。臨床試験では10名の患者のうち2名が下肢の機能をある程度取り戻したが、治験の混乱や資金難から開発は頓挫した。ボーゲンスの研究は、電気刺激が神経再生を促す可能性を示した先駆的な業績であったが、その可能性は十分に検証されないまま今日に至っている。
第四部 誕生と死におけるバイオエレクトリシティ
第7章 始まりにおいて:あなたを構築し再構築する電気
発生過程では、細胞の膜電位が組織の形態形成を指令する。タフツ大学のマイケル・レヴィンらは、カエルの胚において、将来の目や口が形成される位置を、特定の膜電位パターンが事前に「予告」することを発見した。この電気的な設計図を人為的に乱すと、奇形が生じる。逆に、電位を操作することで、カエルのお腹や尾に目を形成させることもできる。さらに、通常は再生しないカエルの脚を、イオンチャネル薬剤を用いて膜電位を変化させることで再生させる実験にも成功している。これらの成果は、遺伝子に加えて電気的シグナルが形態形成を制御する「バイオエレクトリック・コード」の存在を示唆する。再生医療において、幹細胞の分化を電気的に誘導する技術が開発されれば、器官の再生が可能になるかもしれない。
第8章 終わりにおいて:あなたを分解する電気
がん細胞は、健康な細胞とは異なる膜電位を示す。特に、転移能の高いがん細胞では、電位依存性ナトリウムチャネルが異常に活性化し、神経細胞のような活動電位を発生させる。インペリアル・カレッジ・ロンドンのムスタファ・ジャムゴズは、このチャネルががんの転移に重要な役割を果たしていることを発見した。チャネルを阻害する薬剤(例:抗てんかん薬)により、転移を抑制できる可能性がある。一方、レヴィンの研究室では、がん細胞の膜電位を人為的に正常化することで、腫瘍を良性の組織に戻す実験に成功している。がんは、細胞社会の電気的コミュニケーションが破綻した状態と捉えることができる。電気的シグナルを修復するアプローチは、がん治療の新たな戦略となるかもしれない。
第五部 未来におけるバイオエレクトリシティ
第9章 シリコンからイカへ:バイオエレクトロニクスに「生物」を組み込む
従来の金属やシリコン製インプラントは、生体との親和性が低く、免疫反応や信号の劣化を引き起こす。この問題を解決するため、生体材料を用いた「バイオエレクトロニクス」の研究が進んでいる。例えば、イカの甲から抽出したキトサンはプロトン(水素イオン)を伝導し、生体適合性の高いトランジスタとして機能する。レヴィンらは、カエルの細胞からなる自己組織化的な生体ロボット「ゼノボット」を作製した。これらは脳や神経を持たないが、集合的に運動し、環境に適応する能力を示す。将来的には、生体材料で作られたデバイスが、体内で薬剤を放出したり、組織修復を促進したりするプラットフォームとなる可能性がある。
第10章 電気で自分をより良くする:電気化学を通じた新しい脳と身体
経頭蓋直流刺激(tDCS)などの非侵襲的脳刺激法は、認知機能の向上や精神疾患の治療への応用が期待される。著者自身、tDCSを体験し、集中力の劇的向上と否定的な内面語の消失を実感した。しかし、tDCSの効果には個人差が大きく、再現性の低さが問題となっている。同様に、迷走神経刺激(VNS)も、関節炎やてんかんの治療に有効とされるが、効果が不確実である。電気治療の実用化には、大規模で厳密な臨床試験が必要である。また、神経インプラントの治験に参加する患者の権利保護や、電気的增強技術の倫理的規制も重要な課題となる。私たちは、身体の電気的性質に対する理解を深め、それを尊重する形で医療技術を発展させるべきである。
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