
英語タイトル:『The Power of Now:A Guide to Spiritual Enlightenment』 Eckhart Tolle 1997
日本語タイトル:『「今、ここ」に生きる智慧―エックハルト・トールが語る「いま」を生きる方法』 エックハルト・トール 1997
目次
- 第一部 意識の変容 / The Transformation of Consciousness
- 第1章 あなたは自分の心ではない / You Are Not Your Mind
- 第2章 意識:苦しみからの脱出 / Consciousness:The Way Out of Pain
- 第3章 今この瞬間に深く入る / Moving Deeply into the Now
- 第4章 心が「今」を回避する方策 / Mind Strategies for Avoiding the Now
- 第5章 臨在の状態 / The State of Presence
- 第6章 内なる身体 / The Inner Body
- 第7章 未顕現界への入り口 / Portals into the Unmanifested
- 第8章 覚醒した関係性 / Enlightened Relationships
- 第9章 幸不幸を超えた平和 / Beyond Happiness and Unhappiness There Is Peace
- 第10章 受け入れることの意味 / The Meaning of Surrender
本書の概要
短い解説:
本書は、個人的な苦しみの根本原因である「心への同一化」から脱し、「今この瞬間」に完全に臨在することで、真の平和と覚醒(エンライトメント)に至る道筋を実践的に示すことを目的としている。苦しみや人間関係の問題に悩む一般読者から、より深い精神的探求を志す人々までを対象とする。
著者について:
著者エックハルト・トールは、長年にわたる深刻な抑うつと不安を経験した後、29歳のある夜に「目覚め」と呼ばれる変容的体験を経て、苦しみから完全に解放された。その後、個人や小規模グループへの指導を通して得た洞察を基に、特定の教義に依存しない普遍的な「いま」の教えを発展させた。その体験に根ざした平明かつ力強い語り口が特徴である。
テーマ解説
- 主要テーマ:時間(過去/未来)からの解放。真の自己(実存)は思考や感情ではない「今」の意識(臨在)そのものであるという認識。
- 新規性:「苦痛の身体」の概念。過去の感情的な苦しみがエネルギー場として身体に蓄積・活性化し、個人の思考や行動を無意識に支配するメカニズムを解明。
- 興味深い知見:内なる身体への気づき。物理的な身体の内側に感じられる生命エネルギーの場(内なる身体)に注意を向けることが、「今」に根ざし、思考の騒音から自由になるための強力な実践法となる。
キーワード解説
- エゴ(自我):過去の思考パターンと同一化することで創り出された、幻の「自己」。常に欠如、抵抗、未来への執着によって維持される。
- 臨在(プレゼンス):思考の停止した状態。純粋な意識が「今この瞬間」に完全に在ること。覚醒の本質。
- 未顕現界(アンマニフェステッド):あらゆる形(物質、思考、時間)の背景にある、形のない永遠の実在。静寂、空間、純粋な存在そのもの。
3分要約
本書の核心的な主張は、人間の苦しみの根源が「心理的時間」、すなわち過去への後悔や未来への不安に心を奪われることにある、という点である。私たちは通常、自分を「思考する心」と同一視している。このエゴ的な心は、アイデンティティを過去の記憶に求め、救済を未来に投影する。その結果、唯一実在する「今この瞬間」から常に離脱し、その不在が空虚感、不安、対立を生み出す。
この悪循環から脱する鍵は、心の働きから意識を引き離し、「観察者」としての純粋な気づきを取り戻すことにある。具体的には、頭の中の思考の声に気づきながらもそれと同一化せず(「思考の観察」)、あるいは身体の内側の生命感覚(「内なる身体」)に注意を集中することで、「今」に深く根ざすことができる。これが「臨在」の状態であり、そこには思考に伴う葛藤や苦しみは存在しない。
「今」に完全に臨在するとき、私たちは思考や感情を超えた「実存」そのもの、永遠の「在ること」とつながる。これは形あるものの背後に広がる「未顕現界」への扉でもある。この次元へのアクセスは、内なる身体への気づき、思考の停止、そして「あるがまま」への完全な受容(サレンダー)など複数の「入り口」を通じて可能となる。
この意識の変容は、人間関係においても決定的な変化をもたらす。多くの関係は、エゴが互いの欠如を埋め合おうとする無意識な依存(中毒的な愛)に基づいており、必然的に対立や苦痛を生む。しかし、パートナーとの関係を「今」において完全に受容する実践(スピリチュアル・プラクティス)とすることで、その関係は真の愛——分離感を超えた「存在」の次元における一体感——へと変容する可能性を開く。
苦しみは、究極的には「今」への抵抗である。病気や災難といった一見ネガティブな状況も、それに抵抗せず完全に受容することを通じて、深い内的平和へと変容させる機会となる。著者は、「十字架の道」、すなわち極度の苦しみを通じた覚醒の古い道筋が今も有効であると認めつつも、痛みを必要とせずに「今」を選択することで、意識的に目覚める新しい道筋が開かれていると示唆する。すべては「今」に意識を集中し、心の支配から自由になるという、一つの単純だが深遠な実践にかかっている。
各章の要約
第一部 意識の変容
第1章 あなたは自分の心ではない
私たちが通常「自分」と考えているのは、思考、感情、過去の記憶で構成された「エゴ」(偽りの自己)にすぎない。真の自己は、この心の働きを背後から観察する「気づき」そのものであり、それは「今この瞬間」においてのみ直接体験できる。覚醒とは、この純粋な意識(存在)と一体となることであり、それは思考の支配からの解放を意味する。心は優れた道具ではあるが、それに同一化し「主人」にさせてしまうことが、すべての苦しみと分離感の根源である。著者はこう述べる。「心から自由になること、これが唯一真の解放である。」
第2章 意識:苦しみからの脱出
苦しみには二つの層がある。一つは「今」への抵抗(非受容)によって新たに作り出される痛み。もう一つは過去の感情的な痛みが蓄積・固化した「苦痛の身体」である。苦痛の身体は一種のエネルギー体として休眠・活性化を繰り返し、活性時には思考や行動を支配してさらなる苦しみを求める。この苦しみの連鎖を断ち切る唯一の方法は、それに「臨在」すること、つまり苦痛の身体を判断せずに観察し、意識の光を当て続けることである。観察者としての気づきが、苦痛との同一化を解き、それをより高い振動数の意識へと変容させる。
第3章 今この瞬間に深く入る
時間(過去と未来)は心が作り出した幻想である。過去は記憶として「今」想起され、未来は「今」想像される。真に存在するのは常に「今」だけである。覚醒への鍵は、この「心理的時間」の幻想を終わらせ、実践的な目的(時計時間)以外では過去や未来から注意を引き、「今」を主要な住処とすることにある。「今」に完全に集中することで、問題はその重みを失う。なぜなら、すべての問題は時間(過去の後悔、未来への恐れ)の中でしか存続できないからである。生命の真の豊かさは、未来の達成ではなく、「今」における存在の喜びの中にある。
第4章 心が「今」を回避する方策
心は「今」を脅威とみなし、さまざまな戦略でそこから逃避しようとする。不平不満を言うこと、目の前の状況を抵抗しながら受け入れること、過去や未来への過度な没頭、待ち続ける状態などがそれである。これらの「普通の無意識」は、低レベルの不満や緊張として持続し、人生の質を低下させる。このパターンから自由になるには、自己観察を通じてそれに気づき、受け入れることが必要である。たとえば、現在の行為への抵抗があるなら、行為をやめるか、状況を変えるか、抵抗なく完全に受け入れるかのいずれかを選択しなければならない。内側の抵抗を手放すことが、外側の変化への真に効果的な行動を可能にする。
第5章 臨在の状態
「臨在」は思考することなく理解されるものではない。それは、次の思考が何かを待ちながら、完全に目覚め静まった状態で「今」に在る体験である。この状態では、心の雑音が止み、周囲の世界の美や神聖さが、思考のフィルターを通さずに直接知覚される。臨在とは、意識がそれ自体に気づくことであり、それは個人を超えた「存在」全体の目覚めの一部である。イエスが言う「キリスト」や仏教の「仏性」とは、この目覚めた意識そのものを指す。真の教師の役割は、この意識の周波数を保持し、他者がそれに同調するのを助けることである。
第6章 内なる身体
身体は、形あるもの(形態)と形なきもの(存在)の境界であり、存在にアクセスするための重要な入口である。思考への同一化から意識を取り戻す強力な方法は、注意を物理的な身体の外側の形態から、内側で感じられる生命エネルギー場(「内なる身体」)へと向けることである。この実践は、単に「今」に根ざすだけでなく、免疫系を強化し、老化を遅らせる効果もある。内なる身体とのつながりを保つことは、外的状況に振り回されない、深く根付いた力強さをもたらす。それは、思考の支配に代わる、新たな生き方の基盤となる。
第7章 未顕現界への入り口
「内なる身体」は、「未顕現界」——形のない永遠の実在、あらゆる創造の源——への主要な入り口の一つである。この次元は、外の世界では「静寂」や「空間」として、内面では「無念」や「臨在」として現れる。深い夢のない睡眠中には無意識に融合しているこの領域に、意識的にアクセスしつながり続けることが、覚醒(エンライトメント)である。これにより、人は顕現界と未顕現界の架け橋となり、形ある世界に関わりながらも、それに縛られない内的自由を生きる。死の瞬間にもこの入り口は開かれるが、生前に意識的にアクセスできていれば、死は単に幻の終わりに過ぎないと悟ることができる。
第8章 覚醒した関係性
多くの恋愛関係は、エゴが内的な欠如感を埋め合わせようとする無意識の欲求(中毒的な愛)に基づいており、必然的に愛と憎しみの極端な揺れ動き(ドラマ)を生む。真の愛は、このようなエゴの需要を超えたところから生じる。それは、パートナーを変えようとせず、あるがままに完全に受け入れる「サレンダー」を通じて可能になる。関係が困難を生むときこそ、互いの無意識のパターンが表面化する機会であり、それを観察し受け入れる「スピリチュアル・プラクティス」とすることで、関係は覚醒の場へと変わる。真の愛には敵対するものはなく、それは分離を超えた「存在」の次元における一体感である。
第9章 幸不幸を超えた平和
「幸福」は外的条件に依存するが、「内的平和」は条件に左右されない。人生の状況には上向きと下向きの循環(周期)があり、成長も衰退も全体の調和の一部である。これに抵抗し、特定の状況に執着することが苦しみを生む。真の平和は、善悪や得失の二元的評価を超え、「今」の現実を完全に受容することから生まれる。たとえ苦痛や損失に直面しても、それに抵抗せず、感情を完全に感じきることで、深い静寂と平安がその底から現れてくる。これは受難を通じた変容、「十字架の道」である。
第10章 受け入れることの意味
「サレンダー」(受容/降伏)とは、外的状況に消極的に従うことではなく、内的な抵抗(「否」)を手放し、「今」の現実をあるがままに受け入れる内的なプロセスである。それは、状況に対する反応的な行動ではなく、洞察に基づいた「応答」を可能にする。抵抗は心のエネルギーに基づくが、サレンダーはより高次の「スピリチュアルなエネルギー」をこの世界にもたらす。病気や極限状況などの苦難も、それに抵抗するのではなく、苦しみそのものに意識的に入り込むことで、深い内的平安へと変容させる機会となる。究極的には、痛みを必要とせずに「今」を選択できるかどうかが問われている。
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