
『SPIES OF NO COUNTRY:Secret Lives at the Birth of Israel』 Matti Friedman 2019
『 国籍なきスパイたち:イスラエル建国秘話』 マティ・フリードマン 2019年
目次
- 第一部 ハイファ / Part I:Haifa
- 第1章 斥候 / The Scout
- 第2章 キャンプにて / At Camp
- 第3章 ガレージ / The Garage
- 第4章 監視者(1) / The Watcher (1)
- 第5章 虎 / Tiger
- 第6章 イサク / Isaac
- 第7章 作戦 スターリング / Operation Starling
- 第8章 杉 / Cedar
- 第9章 監視者(2) / The Watcher (2)
- 第二部 ベイルート / Part II:Beirut
- 第10章 キム / Kim
- 第11章 特別な機会 / Exceptional Opportunities
- 第12章 イスラエルの陥落 / The Fall of Israel
- 第13章 三日月キオスク / The Three Moons Kiosk
- 第14章 カジノ・メディテラネ / Casino Méditerranée
- 第15章 ヒトラーのヨット / Hitler’s Yacht
- 第16章 破壊工作員 / The Saboteur
- 第17章 絞首台 / The Gallows
- 第18章 ユダヤ人の国 / The Jewish State
- 第19章 ジョルジェット / Georgette
- 第20章 赤毛 / The Redhead
- 第21章 帰郷 / Home
- エピローグ:/ Epilogue
本書の概要
短い解説:
本書は、1948年の第一次中東戦争(イスラエル独立戦争)の激動の中で、アラブ人に扮して諜報活動を行った4人の若いユダヤ人スパイ「アラブ・セクション」に焦点を当てる。諜報の冒険譚を通じて、現在のイスラエルの複雑なアイデンティティと中東におけるその位置づけのルーツを探ることを目的とする。
著者について:
著者マティ・フリードマンは、カナダ・トロント生まれのジャーナリスト・作家である。イスラエルに移住後、AP通信の記者として中東各地で取材を行った。現代イスラエルの成り立ちを、従来の欧州中心のシオニスト物語とは異なる視点から描くことに長けている。本書では、生存者のインタビューと初公開の軍事文書を用いて、物語の影に隠れた歴史を掘り起こす。
テーマ解説
- 主要テーマ:多重アイデンティティと国家の誕生
- 新規性:建国期の諜報活動を、「アラブになる者(ミスタアルビム)」という中東系ユダヤ人の視点から描く
- 興味深い知見:現代イスラエルの社会・文化の基層には、アラブ世界からの追放・移住したユダヤ人たちの経験がある
キーワード解説(5)
- アラブ・セクション / 夜明け部隊:パルマッハ(ユダヤ人地下軍の精鋭部隊)内の特殊諜報部隊。アラブ人に扮して情報収集・破壊工作を行った。
- ミスタアルビム(アラブになる者):アラブ社会に溶け込む能力を持つ、主に中東・イスラム世界出身のユダヤ人諜報員。
- 1948年戦争 / イスラエル独立戦争:/ ナクバ(大災厄):イスラエル建国宣言とそれに反発するアラブ諸国・パレスチナ人勢力との間で起こった戦争。膨大な難民を生んだ。
- パルマッハ:イギリス委任統治領パレスチナ時代のユダヤ人地下軍事組織ハガナーの精鋭突撃部隊。集団農場(キブツ)運動と結びついた社会主義的・エリート意識の強い文化を持った。
- 中東系ユダヤ人(ミズラヒム):イスラム世界出身のユダヤ人。イスラエル建国後、大量に移住したが、欧州系ユダヤ人(アシュケナジム)中心の社会で長く周辺化された。
3分要約
本書は、国家を持たぬユダヤ人組織が、存亡をかけた戦争の中でアラブ人に扮するスパイを送り込む、その危険で孤独な作戦を追う。それは、自らの出自であるアラブ世界から逃れ、ユダヤ人の新国家を夢見てパレスチナに渡った若者たちが、再び「アラブになる」ことを強いられるという、アイロニーに満ちた物語である。
舞台は1948年、イギリス委任統治の終わりとイスラエル建国の前夜から始まる。ダマスカス生まれの知識人ガムリエル(変名ユセフ)は、斥候としてレバノンのベイルートに潜入する。彼の任務は、戦況が悪化する中、将来の拠点を確保することだった。一方、ハイファでは、アレッポの貧しい家庭出身のイサク(変名アブドゥル・カリム)とエルサレムの市場育ちのヤクバ(変名ジャミル)が、アラブ側の車爆弾を先制して破壊する危険な任務を成功させる。同じ頃、イエメンからの移民で穏やかな観察者ハバクク(変名イブラヒム)は、ハイファの港湾労働者に扮し、アラブ社会の内部から戦争の気配を記録していた。
彼らは皆、シリアやイエメンなどアラブ世界のユダヤ人地区で生まれ育ち、迫害や貧困から逃れて「イスラエルの地」に渡った。理想に燃えるシオニスト運動の本流であるパルマッハに入隊するが、その中でも肌の色とアラビア語の能力ゆえに「アラブ・セクション」に集められた。教師サマンに導かれ、イスラムの礼拝作法から市井のアラビア語までを学び、時にキャンプファイアを囲んでアラブの歌を歌いながら、仲間との絆を深めた。
戦争が激化する中、ハイファのアラブ地区を掌握したユダヤ人部隊は、アラブ側の指導者ニムル師の暗殺を決行する(作戦スターリング)。標的の動静を数ヶ月にわたり監視してきたイサクが案内役を務め、師は重傷を負うも生き延び、シリアへ逃れた。1948年5月、アラブ諸国の正規軍が侵攻を開始し、戦争は新たな段階に入る。ユダヤ人部隊はハイファのアラブ地区を制圧し、多くの住民が逃亡した。ハバククはこの陥落をアラブ側の労働者として体験し、その混乱を克明に記録した。
戦況が最も暗かった時期、イサクとハバククは捕虜交換に紛れてベイルートに潜入するという「特別な機会」作戦に志願する。現地で孤立していたガムリエルと合流し、後にヤクバも加わって、イスラエル初の国外諜報拠点が形作られる。彼らは「三日月キオスク」を営み、タクシー運転手をしながら市井の情報を集め、屋上に張ったアンテナから本国と通信した。任務は情報収集だけではない。破壊工作を担うヤクバは、ヒトラーゆかりのヨット「グリル」の爆破など、大胆な作戦を計画・実行する。しかし、仲間の逮捕と処刑、恋人との危険な関係、終わらない孤独と緊張が、彼らの神経をすり減らしていった。
1949年、戦争は休戦へ向かうが、彼らの任務は続く。新たに潜入した赤毛の仲間ボカイがヨルダンで逮捕され、処刑される悲報が届く。彼ら自身も帰国を切望するが、交代要員が準備できるまで待たなければならなかった。ようやく帰国した時、彼らが後に見るイスラエルは、彼らが去った時の「イスラエルの地」とは異なる国へと変貌しつつあった。戦争はアラブ世界のユダヤ人社会の終焉を招き、膨大な数のミズラヒムが新たな国民として流入し、国の容貌と文化を根本から変えようとしていた。
著者は、この「アラブ・セクション」の物語が、欧州中心の建国神話では見えなかった現代イスラエルの本質—その中東的なルーツ、複雑なアイデンティティ、そしてアラブ世界との切っても切れない関係—を浮き彫りにすると論じる。彼らは、国家なき民のスパイとして始まり、新たな国家の最初の諜報員となった。その足跡は、イスラエル諜報機関の原型となり、国家そのものが持つ「仮面」と「本当の顔」のドラマを象徴するのである。
各章の要約
第一部 ハイファ
第1章 斥候
1948年1月、25歳のガムリエル・コーヘンは、偽名ユセフ・エル・ハメドと偽造パスポートを持ち、緊張するアラブ人地区ハイファの街を歩いていた。ユダヤ人とアラブ人の内戦状態の中で、彼のような「変装者」を発見して処刑する動きがアラブ側で起きていた。旅券店までの道中で不審な男に詰め寄られ、コーヒー売りから警告を受けるなど危機一髪の目に遭いながら、ようやく飛行機でレバノンのベイルートへ脱出する。彼は斥候として、将来の諜報活動のための足場作りを命じられていた。しかし、ベイルートで「友人イスマイル」宛に送った手紙は返事がなく、資金も尽き、やむなくパレスチナに戻る。テルアビブでユダヤ人戦闘員にアラブ人のスパイと誤認されて拉致されるが、パルマッハの指揮官に救出され、仲間の待つキャンプに戻った。
第2章 キャンプにて
キャンプには、ガムリエルの他、アレッポ出身のイサク・ショシャン、イエメン出身のハバクク・コーヘン、エルサレム出身のヤクバ・コーヘンらがいた。彼らは皆「コーヘン」という姓だが血縁関係はない。彼らが属するのはパルマッハの「アラブ・セクション」、通称「黒い部隊」だった。中東・イスラム世界出身のユダヤ人で構成され、アラブ人に扮して情報収集を行う特殊部隊である。教師サマンの下、イスラム教の作法やアラビア語方言、市井の振る舞いを学び、時にアラブの市場で実践訓練を積んでいた。しかし1948年初頭、戦争の激化とともに、彼らに課せられる任務は増え、危険度も増していた。ガムリエルはベイルートへの再潜入を命じられ、再び姿を消した。
第3章 ガレージ
1948年2月、イサク(変名アブドゥル・カリム)はハイファのアラブ人地区で、武器修理店を偵察中、不審な救急車を発見する。情報機関の調査で、それはユダヤ人地区の映画館を爆破するための車爆弾であることが判明した。映画館爆破を阻止するため、ヤクバ(変名ジャミル)とイサクは、爆弾を積んだ車でその救急車を破壊する作戦を実行する。車の運転をほとんど知らないイサクが逃走車を担当し、ヤクバが爆弾車を運転してガレージに侵入する。ガレージの作業員に詰め寄られながらもヤクバは起爆装置を作動させ、間一髪で脱出し、2人は大爆発を見届けて逃走に成功した。
第4章 監視者(1)
戦争の影で、ヨーロッパからのユダヤ人難民を密入国させる「非法移民」作戦も続いていた。ヤクバとガムリエルも、難民船「ハンナ・セネシュ」の上陸作戦を支援した。一方、港湾労働者に扮したハバクク(変名イブラヒム)は、ハイファのアラブ人労働者の日常を記録していた。彼は労働者向けスポーツクラブでボクシングを習い、アラブ人民兵組織「ナジャーダ」の建物を偵察し、仲間の労働者たちが戦争への不安と準備について語るのを聞いていた。彼らの多くは、ユダヤ人を「金持ちでアメリカを支配している」と見ており、戦いへの覚悟はあるものの、武器の扱いを知らない者が多かった。
第5章 虎
ハイファのアラブ社会で影響力を持つ過激な説教師、シェイフ・ムハンマド・ニムル・エル・ハティーブ(通称ニムル=虎)は、ユダヤ人に対する聖戦を説き、戦闘員の組織化と武装に奔走していた。アラブ・セクションは以前から彼に注目しており、ガムリエルはその演説をモスクで聞き、過激な内容を報告していた。ユダヤ人指揮部は、ハイファ攻略の重要な一環としてニムル師の暗殺を決断し、「作戦スターリング」が発動される。
第6章 イサク
イサクは、アレッポのユダヤ人地区の貧しい世帯に生まれた。父は学校の用務員だった。16歳の時(実際は18歳だったと後で判明)、シオニストの使者に触発され、密入国業者を使って単身パレスチナに渡る。テルアビブの市場で野菜を売りながら、社会主義青年運動と出会い、集団農場(キブツ)で働き始める。そこで「集団」の理想とヘブライ語の名前(ショシャン)を得た。ある日、パルマッハの使者が訪れ、アラブ語を話す中東系ユダヤ人の協力を求めた。「お前たち一人一人が歩兵大隊一つの価値がある」という言葉に、イサクは志願する。彼らは教師サマンの下で、イスラム教の礼拝作法を含む「アラブになることの教え(トーラット・ハ・ヒスタアルヴート)」を学んだ。それは、逃れてきたアラブ世界に再び没入するという逆説的な訓練だった。キャンプファイアではアラブの歌が歌われ、アラビア語がパルマッハの俗語に流入する通路ともなった。
第7章 作戦 スターリング
ニムル師の暗殺任務を与えられたイサクは、ハイファのアラブ人地区で師の行動を数日間にわたり尾行する。最初の襲撃計画は失敗し、次にシリアからの帰路を狙う自動車襲撃作戦が立てられる。イサクは標的確認役として参加し、ニムル師の乗った車を見つけると合図を送る。待ち伏せていた別の車が師の車に銃撃を加え、師は重傷を負うも一命を取り留め、病院へ運ばれる。師は後に著書でこの襲撃を詳述し、「神の加護」が自分を救ったと記している。彼は戦線を離れ、ベイルートに逃れた。
第8章 杉
ニムル師が逃れたベイルートには、斥候ガムリエル(変名ユセフ・エル・ハメド、コードネーム「杉」)が既に潜入し、婦人服店(後に菓子店)を営みながら孤立した生活を送っていた。彼には通信手段もなく、イスラエルの運命もわからない。アラブの新聞は連日アラブ軍の勝利を伝え、ユダヤ人国家の崩壊を予言していた。ガムリエルは、ダマスカスのユダヤ人地区で育ち、シオニストの理想を抱いてキブツに移ったが、欧州系ユダヤ人中心の社会で疎外感を味わった過去を持つ。アラブ・セクションにスカウトされたのは、彼の「アラブ的なるもの」ゆえだった。ベイルートでは、彼のアラブ人としての仮面は次第に「本当の顔」になりつつあった。
第9章 監視者(2)
1948年4月22日、ハイファの決定的な日が訪れる。ユダヤ人部隊がアラブ人地区に本格的な攻撃を開始し、ハバクク(イブラヒム)はその混乱をアラブ人労働者の視点から体験する。砲撃の中を逃げ惑い、港には脱出を求めるパニック状態の難民が押し寄せた。彼は宿に逃げ帰り、家族とはぐれた老人を助ける。翌日、街はユダヤ人部隊に制圧されていた。ハバククは友人と共に捕虜として連行されるところを、ユダヤ人兵士に変装仲間と気付かれて解放される。彼は直ちに本部に戻り、ハイファ陥落の詳細な報告書を提出した。
第二部 ベイルート
第10章 キム
アラブ・セクションの起源は、第二次世界大戦中の1941年、ナチス・ドイツの中東侵攻の危機にさかのぼる。イギリス特殊作戦執行部(SOE)は、敵地後方で活動するスパイ・破壊工作員の養成学校をハイファ郊外に開設し、パルマッハと協力した。そのモデルとなったのは、キップリングの小説『キム』だった。当時のパルマッハ指揮官たちは、アラブ人に扮する能力を持つ中東系ユダヤ人という「人的資源」の価値に気づき、戦後も部隊を存続させた。教師サマンが指導者となり、イサクやガムリエルら新たな人材を加え、「アラブになる者(ミスタアルビム)」の部隊が形作られていった。
第11章 特別な機会
ハイファ陥落から間もない1948年5月初旬、ユダヤ人指揮部は、アラブ難民の流れに紛れて諜報員を敵国へ送り込む「特別な機会」を指示する。イサク(アブドゥル・カリム)とハバクク(イブラヒム)は、捕虜収容所に数日間入れられた後、わずかな資金と拳銃1丁だけを与えられ、ベイルート行きを命じられる。ハイファの港でバスに乗り込み、アラブ解放軍の検問を「ユダヤ人を何人も殺した」という嘘で切り抜け、レバノンへ入国する。道中では、イスラエルに向かうアラブ諸国の軍用車列を見て、自軍の貧弱さを痛感した。
第12章 イスラエルの陥落
ベイルートに着いた2人は安宿を転々とし、午後に広場でガムリエルと合流するよう指示されていた。街は戦争難民であふれ、「スパイ」への警戒感が高まっていた。ようやくガムリエルと再会し、後に無線機を持ったシモン、ヤクバも加わり、イスラエル初の国外諜報拠点が活動を始める。しかし、彼らには戦況の真実がわからなかった。アラブの新聞は連日アラブ軍の勝利を報じ、エジプト軍がテルアビブを爆撃したというニュースも流れた。5月14日、イギリス委任統治が終了し、ユダヤ人国家「イスラエル」が宣言されたが、彼らはそのことも知らなかった。祖国が滅びるかもしれないという不安に駆られながら、彼らはアラブ人としての生活を続けた。
第13章 三日月キオスク
ベイルートでの活動拠点は、キリスト教系学校「三日月」近くのキオスクだった。イサクとハバククが文房具や軽食を売りながら、ガムリエルが集めた情報をハバククが無線で本国に送信した。情報は、レバノン議会の議論、アラブ指導者の好戦的発言、戦意の潮時、ベイルート港に到着する軍事物資など多岐にわたった。しかし、訓練不足と拙い隠密行動は危険をはらんでいた。仲間同士で頻繁に会い、写真を撮り、無線通信の定型句を使い続けるなど、基本的な諜報員の心得に欠ける点が多かった。本国からは注意が促されるが、最も効果的な警告は、映画館のニュース映像で見た仲間2人(ダウドとエズラ)がエジプト軍に捕らえられ、虐待された姿だった。
第14章 カジノ・メディテラネ
イスラエルに残っていたヤクバは、新たな爆薬の訓練を受けた後、破壊工作の指令を受けてベイルートに潜入する。小型船で夜間に上陸地点へ向かうが、合流に失敗。単独で海岸に残り、武器を埋めた後、タクシーを拾ってバックアップ地点の「カジノ・メディテラネ」へ急行する。そこですでに諜報員たちが帰ろうとしているところに遅れて合流した。ヤクバはすぐに行動を起こし、ベイルートでタクシー運転手として働き始め、後にシリア国境近くの路線も走るようになった。
第15章 ヒトラーのヨット
イスラエル諜報部は、ベイルート港に停泊するヒトラー個人のヨット「アヴィーゾ・グリル」に注目した。元ナチス高官が使用したこの船は、レバノンの実業家が購入し、エジプト国王へ譲渡され武装化される計画との情報があった。イスラエル海軍にとって脅威となるこの船を、アラブ・セクションの協力のもとで破壊する作戦が発動される。破壊工作員リカが潜入し、イサクとヤクバが支援を担当する。リカは港で泳ぎながら船体に機雷を装着するが、1つの信管は不良だった。18日後、ようやく爆発が起こり、船体に大きな穴が開いた。事件の犯行主体はユダヤ人とは疑われず、作戦は成功と見なされた。
第16章 破壊工作員
破壊工作を志向するヤクバと、情報収集・分析を重視するガムリエルの間には、指揮権と作戦方針をめぐる対立が生じていた。ヤクバはレバノン北部トリポリの製油所爆破を計画し、イサクとともに偵察を行う。しかし本国は、レバノンとの関係悪化や現地ユダヤ人への報復を懸念して計画を承認しなかった。一方、ヤクバはベイルートで行われた公開処刑を幾度も見に行った。仲間の死を目の当たりにしていた彼は、いつか自分が絞首台に立つ時、ヘブライ語で叫びたいが仲間を危険にさらすので黙ると心に決めていた。
第17章 絞首台
1948年後半、戦況はイスラエル有利に傾き、休戦協定が模索され始めた。パルマッハを含む旧来の民兵組織は解体され、新生イスラエル国防軍に統合される。アラブ・セクションも「シン・メム18」として軍諜報部に編入され、より組織的な運営へと移行し始めた。しかしベイルートの諜報員たちには、こうした変化はほとんど感じられなかった。彼らは依然としてアラブ人としての生活を送り、本国とのつながりは無線の音だけだった。ヤクバとガムリエルの確執は続き、製油所爆破計画は実現しなかった。
第18章 ユダヤ人の国
休戦が進む1949年、アラブ側は敗北を認めず「第一ラウンドの敗北」と表現し、再戦の機会をうかがう報道が続いた。一方、イスラエルでは日常が戻り始め、何十万人もの新しい移民が流入していた。その多くは、イスラエル建国に反発するアラブ世界で迫害を受けた中東・北アフリカ出身のユダヤ人(ミズラヒム)だった。ガムリエルはシリア系民族主義政党の集会で、アラブ世界のユダヤ人は「民族の使命に同化せず」「我々を裏切る」と非難される演説を聞き、報告した。著者は、このミズラヒムの大量流入と、彼らがイスラエル社会にもたらした中東的な文化・宗教性・世界観が、欧州中心のシオニスト夢想とは異なる「本当のイスラエル」を形作ったと論じる。アラブ・セクションの物語は、この国の複雑なルーツを象徴するのである。
第19章 ジョルジェット
長引く任務の中、諜報員たちにも個人的な生活があった。イサクはビーチバレーの場で出会ったキリスト教徒の娘ジョルジェットと交際を始める。宗教的違いから家族には会えなかったが、映画を見に行くなどして関係を深めた。しかし、ジョルジェットの兄(魚屋で「半殺人」と呼ばれる男)から脅迫され、関係に終止符を打たざるを得なくなった。イサクが任務を終えて突然ベイルートを去った後、ジョルジェットは後任の諜報員に詰め寄り、ネットワーク全体を危険にさらす事態にもなった。諜報員たちは、任務と私生活、そしてアラブ人としての仮面とユダヤ人としての本心の間で、常に緊張を強いられていた。
第20章 赤毛
1949年5月、アラブ・セクションは新たな諜報員2名(エフライムと赤毛のボカイ)を捕虜交換に紛れてヨルダンに送り込む。しかし国境でボカイが拘束され、エフライムは単独でアンマンへ逃れる。ボカイの消息はつかめず、ネットワーク全体が危険にさらされた。ガムリエルとイサクがアンマンへ捜索に向かい、後にエルサレム旧市街(ヨルダン占領下)も訪れる。ユダヤ人地区は廃墟となり、ユダヤ人の立ち入りが禁止された壁の上から、眼下に輝く西エルサレム(イスラエル側)の明かりを眺めた。その光は、彼らが守ろうとしている国が確かに存在することを感じさせた。一方、ボカイはアンマンの刑務所から仲間宛てに手紙を託し、絞首刑の宣告を受けたこと、仲間を裏切っていないこと、救出を懇願することを記した。その手紙がイスラエルに届いたのは、彼が処刑されてから3週間後だった。
第21章 帰郷
赤毛の処刑後、ベイルートの諜報員たちは疲労と帰国願望を強める。キオスクには、ハイファのガレージ爆発で息子2人を失ったアラブ人老人が訪れ、息子たちの死について語った。イサクは何も言えずに聞くしかなかった。1950年春、イサクとハバククは海岸でボートと合流し、ついにイスラエルへ帰還する。港には出迎えもなく、彼らを待っていたのは、彼ら自身も変わったように変わりつつある新しい国だった。ガムリエル、ヤクバ、教師サマンらはその後もイスラエル諜報機関で活躍した。ハバククは帰国後まもなく結婚するが、1951年、国境任務中に接触先に殺害された。彼は24歳だった。
エピローグ
著者は、現代のテルアビブのキオスクから、ベイルートの「三日月キオスク」に思いを馳せる。そして最後に生存者イサク・ショシャン(元アブドゥル・カリム)を訪ねる。イサクはその後も諜報員として活躍し、家族を持った。93歳になった今、彼は幼い頃に亡くした母マザルの顔や、母が自分をどう呼んだかを思い出せないことを気にかけている。彼の物語は、個人の記憶と国家の歴史、仮面と本心、喪失と再生が複雑に絡み合う、イスラエルという国そのものの寓話なのである。
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