書籍要約『プレカリアス・ジャパン—漂流化する日本:変容する日本社会における不安定と希望』2013年

新自由主義日本社会

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Precarious Japan

プレカリアス・ジャパン:変容する日本社会における不安定と希望

『Precarious Japan』は、長引く経済停滞と構造改革がもたらした日本社会の深い変容を、人間の生と死、社会的絆、希望をめぐる問いを通して描き出す文化人類学的考察である。著者は、かつての「終身雇用」「企業中心社会」から「液体化」した不安定社会へと移行した日本において、多くの人々が「生活」(生を立てる基盤)と「希望」を喪失する「日常的な難民状態」に置かれていると指摘する。本書は、社会学者やエコノミストだけでなく、現代日本の生きづらさを感じる一般読者にも、その背景と可能性を考える材料を提供する。

著者について

著者のアン・アリソン(Anne Allison)は、アメリカの文化人類学者で、日本社会の家族、労働、ポップカルチャーを長年研究してきた。『 Permitted and Prohibited Desires 』や『Millennial Monsters』などの著作でも知られる。日本社会に対する深い理解と、外部から内部を鋭く観察する人類学的視点を活かし、本書では統計データや理論分析だけでなく、人々の生活実感に寄り添ったフィールドワークの記録とインタビューを豊富に交えながら、日本社会の「不安定化」の実態を生々しく描き出している。

テーマ解説

  • 主要テーマ:社会的包摂の崩壊と「生きにくさ」:かつての日本を特徴づけた企業家族主義や地域共同体といった「包摂のシステム」が崩壊し、個人が「社会体」(Social Body)から切り離され、生きる基盤を失う過程を追う。
  • 新規性:「日常的難民状態(Ordinary Refugeeism)」の概念:戦争や災害の難民ではなく、自国内で生活の安定、未来への希望、社会的な居場所を失い、漂流する膨大な数の人々の状態を「難民」と捉え直した点。
  • 興味深い知見:死の不安定性:生の不安定さ(生きにくさ)が、死に方の不安定さ(葬儀を出せない、墓がない「無縁死」)と密接に連動しているという指摘。

キーワード解説

  • プレカリティ(不安定):雇用、生活、人間関係における持続性や確実性の欠如。単なる貧困ではなく、将来への見通しが立たず、社会的な絆からも切り離された状態。
  • 社会的孤立(無縁社会):家族、職場、地域など、伝統的なつながりが弱体化し、個人が孤独に取り残される社会状態。孤独死や無縁死が象徴する。
  • ホープ(希望):単なる未来の楽観ではなく、他者とつながり、社会の一部として認められ、生きることに意味を見いだせる状態。著者はこれを「ホーム」の感覚と結びつけて論じる。

目次

  • 序章:生きにくい人生 / Precarious Lives
  • 第1章:終身から液体化した日本へ / From Lifelong to Liquid Japan
  • 第2章:日常的難民状態:貧困、不安定、若者 / Ordinary Refugeeism:Poverty, Precariousness, Youth
  • 第3章:ホームとホープ / Home and Hope
  • 第4章:生と死における社会体 / The Social Body—In Life and Death
  • 第5章:縁辺から畑を耕す / Cultivating Fields from the Edges
  • 第6章:泥の中で / In the Mud

3分要約

本書『Precarious Japan』は、1990年代以降の長期経済停滞(失われたxx年)と新自由主義的な構造改革が、日本の社会構造と人々の日常を根本から変質させた過程を、文化人類学的視点から描き出す。かつて「企業中心社会」や「終身雇用」に象徴された安定した「社会体」(Social Body)――個人を包摂し、生と死に意味を与える制度的枠組み――が崩壊し、社会は「液状化」した。その結果、正規雇用から締め出された若者をはじめ、多くの人々が雇用、生活基盤、未来への希望を失う「プレカリティ」(不安定)の状態に陥った。

著者はこの状態を「日常的難民状態(Ordinary Refugeeism)」と呼ぶ。家も仕事も将来への見通しも持てず、社会的な絆からも切り離され、漂流する人々が大量に生み出されている。彼らは物理的な難民营にいるわけではないが、社会の中で「ホーム」(帰属感のある居場所)を失った「難民」なのである。この生の不安定さは、死の不安定さ(「無縁死」や「墓がない」という問題)と直結している。かつて企業や家族が担っていた葬儀や墓の管理が困難になり、死んでも社会体に再統合されない「行き場のない死」が増加している。

しかし本書は、単なる暗い現状報告に終始しない。後半では、このような「縁辺」に追いやられた人々や、従来のシステムに違和感を覚える人々が、新たなつながりや共同体、「ホーム」を作り出そうとする動きに光を当てる。ホームレス支援、地域コミュニティの再構築、新しい形の共同墓所づくりなど、多様な実践が「泥の中」で試行錯誤されている。それらは既存の秩序を単純に回復するのではなく、より柔軟で包摂的な「社会体」の可能性を模索する試みである。

著者は、希望(ホープ)を、単なる楽観ではなく、「ホーム」の感覚、すなわち他者とつながり、ケアしケアされ、そこに自分の居場所があると感じられる状態の中に見いだす。不安定化した日本社会が直面している課題は、このような新しい「ホーム」を、どのように構築し、持続可能なものにしていくかという点にある。本書は、日本の「生きにくさ」の根源をえぐり出すと同時に、その裂け目から芽吹きつつある新たな共生の形を探る旅なのである。

各章の要約

序章:生きにくい人生

本書は、現代日本が「生きにくい」社会になったという認識から出発する。かつての日本は、終身雇用と企業福祉、強固な家族モデルによって、人々の生に一定の安定と予測可能性をもたらしていた。しかし、バブル崩壊後の経済停滞と新自由主義改革は、この「社会契約」を破壊した。その結果、多くの人々が雇用、収入、社会的地位、将来への見通しにおいて「不安定(プレカリティ)」に直面するようになった。このプレカリティは単なる経済的困窮ではなく、他者との絆や社会の中での居場所、つまり「ホーム」を喪失するという、存在論的な不安をもたらす。著者は、この状態を理解するための人類学的枠組みを提示し、フィールドワークとインタビューを通じて人々の生の実態に迫ることを本書の目的とする。

第1章:終身から液体化した日本へ

この章では、戦後日本社会の特徴であった「終身」のシステムが、どのように「液状化」したかを概観する。戦後日本は、「企業中心社会」を基盤としていた。大企業の正社員は、終身雇用、年功序列、企業内福祉により、生活のあらゆる面が保障された。このシステムは、従業員とその家族を「企業家族」として包摂し、生老病死にわたるセーフティネットを提供していた。著者はこれを、個人を「社会体」に統合する強固な装置と見る。

しかし、1990年代以降のグローバル経済の圧力と国内の構造改革(規制緩和、労働市場の流動化)は、このシステムを解体した。非正規雇用の拡大は、労働者を「使い捨て」可能な存在に変え、企業福祉は後退した。社会は、ジグムント・バウマンの言葉を借りれば、「固体」から「液体」へと変化した。確固たる形や持続性を持たず、流動的で不安定な社会へと変容したのである。この「液状化」が、その後のプレカリティと社会的孤立を生み出す土壌となった。

第2章:日常的難民状態:貧困、不安定、若者

第1章で描いた構造的変化が、人々の生活にどのような具体的な影響を与えているかを、特に若年層に焦点を当てて掘り下げる。フリーター、ニート、ネットカフェ難民、ワーキングプアといった存在は、正規の「社会体」から排除され、安定した生活基盤を奪われた人々である。著者は彼らの状態を「日常的難民状態(Ordinary Refugeeism)」と名付ける。

彼らは、家を失い、安定した収入がなく、将来の見通しが立たず、家族や地域からの支援も得られない。それは、戦争や災害で故郷を追われた難民が直面する問題と本質的に類似している。この章では、そうした「難民」たちへのインタビューを通じて、彼らが日々の生存(住む場所、食べ物、わずかな収入)にいかに汲々としているか、そして社会への帰属意識や希望をいかに失っているかを生々しく伝える。彼らは、社会から「見えない」存在として扱われ、自己責任論によって追い詰められている。著者はこう述べる。「ホームレスであることは、単に家がないということではない。それは、世の中に自分の場所がないということだ。」

第3章:ホームとホープ

「ホーム」の喪失がもたらすものと、その再生の可能性を探る章である。著者は「ホーム」を、物理的な住居だけでなく、安心して帰属できる場所、他者からケアされ、またケアする関係性が存在する場所、そして自分が社会の意味ある一部であると感じられる場所として定義する。第2章の「難民」たちは、この「ホーム」を完全に失っている。

では、「ホーム」はどのようにして再構築できるのか。著者はここで「希望(ホープ)」の概念を、「ホーム」と結びつけて論じる。楽観的な未来予測としての希望ではなく、今ここに、他者と共にあることから生まれる実感としての希望である。この章では、いくつかの萌芽的な事例を紹介する。例えば、社会的排除に苦しむ人々を受け入れる小さな共同体(宗教団体やNPOによるシェアハウスなど)では、物質的には貧しくとも、相互扶助と承認の関係が「ホーム」の感覚を生み出し、そこに希望の灯りが見える。これらの試みは、かつての企業家族のような画一的な包摂ではなく、もっと自由で多様なつながりに基づく「ホーム」の可能性を示唆している。

第4章:生と死における社会体

プレカリティが、人々の「死」のあり方にも深く影を落としていることを論じる章である。伝統的に日本では、死は個人の消滅ではなく、祖先となり、家族や共同体の記憶の中に生き続けることで、「社会体」に再統合されるプロセスであった。葬儀や墓は、そのための重要な儀礼的・空間的装置だった。

しかし、家族形態の変容(核家族化、未婚化)と、個人を支えてきた企業や地域共同体の弱体化は、このシステムを機能不全に陥らせた。誰も葬儀を出してくれない「無縁死」、墓の継承者がいない「無縁墓」、さらには遺骨の引き取り手すらない「行き場のない死」が社会問題となっている。生において「社会体」から切り離された者は、死んでもなお、その「社会体」に受け入れられない。

この「死のプレカリティ」は、生の不安定さの究極的な帰結であり、社会の包摂機能がどれほど損なわれたかを示すシンボルである。同時に、この問題に取り組む動き(後述)は、新しい形での社会的つながりや共同性を模索する場ともなっている。

第5章:縁辺から畑を耕す

第4章で提示された「死のプレカリティ」に対して、人々がどのように応答し、新たな「社会体」の形を模索しているかを、主に「墓」と「葬送」をめぐる実践から描く。寺院が経営する共同墓「合葬墓」、個人の宗教や家系を問わない新しいタイプの墓地、「樹木葬」などの自然葬が広がっている。また、「葬儀を出せない」孤独死に対する支援や、見知らぬ人の遺骨を引き取り供養する市民団体の活動も生まれている。

著者はこれらの動きを、「縁辺から畑を耕す」営みと評する。それは、中心(かつての家制度や企業社会)がもはや機能しない中で、社会の周縁や隙間にいる人々が、新しい共同性の「畑」を少しずつ耕し始めている様子を表している。これらの実践は、血縁や地縁、企業帰属に代わる、選択的で柔軟なつながりに基づく「新しい縁」を形成しようとする試みである。死を通じて、逆説的ではあるが、新たな生のつながりが生み出されようとしている。

第6章:泥の中で

最終章では、これまで描いてきたプレカリティと、それに対する人々の応答を総括し、「希望」のありかを考える。著者は現代日本を「泥の中」にあると比喻する。それは、確固たる足場がなく、動きにくく、前景が不透明な状態である。かつての「固体」の社会は確かに安定していたが、同時に(特に女性や非正規労働者にとって)抑圧的でもあった。現在の「液体」あるいは「泥」の状態は、確かに不安で生きにくいが、そこから新しいもの、より包摂的で多様性を認める社会の形が生まれる可能性も秘めている。

「泥の中で」人々は、もがき、試行錯誤しながら、小さな「ホーム」を作り、新しい「縁」を紡ごうとしている。それは壮大な設計図に基づくものではなく、目の前の他者との具体的な関わり、ケアの実践から始まるものである。著者は結論として、このような「泥の中」での地道な実践こそが、プレカリティに満ちた日本社会に、新しい「社会体」と「ホーム」、ひいては「希望」を築いていく唯一の道ではないかと示唆する。未来は保証されていないが、人々が互いに関わり、ケアしようとするその行為そのものの中に、希望の種は宿っている。


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