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『Pharma: Greed, Lies, and the Poisoning of America』Gerald Posner 2020
『ファーマ: 製薬産業の貪欲、嘘、そしてアメリカへの毒害』ジェラルド・ポズナー 2020
目次:
- 第1部 序章 / Prologue
- 第1章 患者ゼロ / Patient Zero
- 第2部 産業の誕生と規制の始まり / The Birth of an Industry and the Dawn of Regulation
- 第2章 毒物班 / The Poison Squad
- 第3章 連邦政府の登場 / Enter the Feds
- 第4章 奇跡の薬 / The Wonder Drug
- 第5章 「太陽に特許は取れるのか?」 / “Could You Patent the Sun?”
- 第6章 ありそうもない三人組 / An Unlikely Trio
- 第7章 一原子の違い / A One-Atom Difference
- 第3部 サックラー帝国の台頭 / The Rise of the Sackler Empire
- 第8章 「ブルックリン出身のユダヤ人の子」 / A “Jewish Kid From Brooklyn”
- 第9章 メディシン・アベニュー / Medicine Avenue
- 第10章 ハードセールの猛攻 / The Hard Sell Blitz
- 第11章 共産主義者の避難所 / A Haven for Communists
- 第12章 糸引き人 / The Puppet Master
- 第13章 偽の医者 / Fake Doctors
- 第4部 調査と規制 / Investigation and Regulation
- 第14章 「サックラー帝国」 / A “Sackler Empire”
- 第15章 「ハッピー」ピル / “Be Happy” Pills
- 第16章 「治療のジャングル」 / “The Therapeutic Jungle”
- 第17章 「最悪の絵を描け」 / “Paint the Worst Possible Picture”
- 第18章 サリドマイドが救う / Thalidomide to the Rescue
- 第19章 1億ドルの薬 / The $100 Million Drug
- 第20章 合法的だがどこか「ずるい」 / Legal But Somehow “Shifty”
- 第21章 女性をターゲットに / Targeting Women
- 第22章 尊厳ある死 / Death With Dignity
- 第23章 「ゴーゴー・ゴダード」 / “Go-Go Goddard”
- 第24章 「さあ、この根を食べなさい」 / “Here, Eat This Root”
- 第25章 「彼女たちは自分で檻を掃除する」 / “They Clean Their Own Cages”
- 第26章 「スプラッシュダウン!」 / “Splashdown!”
- 第27章 「弁護士からの電話だと伝えてくれ」 / “Tell Him His Lawyer Is Calling”
- 第28章 ブロックバスターの新定義 / A New Definition of Blockbuster
- 第29章 「指輪にキスをする」 / “Kiss the Ring”
- 第30章 デンドゥール神殿 / The Temple of Dendur
- 第31章 「バリウム狂騒」 / “VALIUMANIA”
- 第32章 豚インフルエンザ / Swine Flu
- 第33章 「黒い川」 / “Black River”
- 第34章 「すべて乱用される可能性がある」 / “Everything Can Be Abused”
- 第35章 バイオテクノロジーの時代 / The Age of Biotech
- 第36章 「ゲイ・ガン」 / “A Gay Cancer”
- 第37章 「公衆の知ったことか」 / “None of the Public’s Damned Business”
- 第38章 疼痛管理革命 / A Pain Management Revolution
- 第39章 ジェネリック医薬品の参入 / Enter Generics
- 第40章 心と精神を売り込む / Selling Hearts and Minds
- 第41章 「汚れた洗濯物を公の場で晒すのは誰も好きじゃない」 / “No One Likes Airing Dirty Laundry in Public”
- 第42章 「ステロイドを投与された営業部門」 / “THE SALES DEPARTMENT ON STEROIDS”
- 第43章 「$$$$$$$$$$$$$ 近所でボーナスタイム!」 / “$$$$$$$$$$$$$ IT’S BONUS TIME IN THE NEIGHBORHOOD!”
- 第44章 話す胃と死んだ大統領たち / TALKING STOMACHS AND DEAD PRESIDENTS
- 第45章 「乱用者を叩かなければならない」 / “WE HAVE TO HAMMER ON THE ABUSERS”
- 第46章 「パーデューに自由通行証を与えた」 / “GIVING PURDUE A FREE PASS”
- 第47章 「あなたは間違った母親をいじめた」 / “YOU MESSED WITH THE WRONG MOTHER”
- 第48章 利益と死体 / PROFITS AND CORPSES
- 第49章 制度の悪用 / GAMING THE SYSTEM
- 第50章 10億ドルのオーファンドラッグ / BILLION-DOLLAR ORPHANS
- 第51章 到来するパンデミック / THE COMING PANDEMIC
- 第52章 「本質的には犯罪一家」 / “ESSENTIALLY A CRIME FAMILY”
本書の概要:
短い解説:
本書は、アメリカの製薬産業(ビッグファーマ)の誕生から現代に至るまでの歴史を、貪欲、欺瞞、公衆衛生への危害という視点から描いた暴露的なノンフィクションである。著者のジェラルド・ポズナーは、精密な調査に基づき、産業が利益を最優先し、時に法や倫理の境界線を越えてきた過程を克明に記録する。対象読者は、医療政策、ビジネス倫理、現代社会の問題に関心を持つ一般読者から専門家まで幅広い。特に、アヘン系鎮痛剤オキシコンチンの蔓延を招いたサックラー一族とその企業ネットワークの台頭と戦略を、本書の重要な軸の一つとして追っている。産業の光と影、すなわち画期的な医薬品の開発という貢献と、その背後で繰り広げられたマーケティング、ロビイング、規制回避の実態を明らかにすることを目的としている。
各章の要約
第1部 序章
第1章 患者ゼロ
2016年、ネバダ州であらゆる抗生物質が効かない「超細菌」CREに感染した女性が死亡した。この「患者ゼロ」の症例は、抗生物質耐性という現代医学の危機的な課題を浮き彫りにした。同じ時期、オピオイド系鎮痛薬の過剰摂取による死亡者数も過去最高を記録しており、これは製薬産業が生み出したもう一つの公衆衛生上の危機であった。著者は、これらの問題の根源を探るため、19世紀の「特許薬」の時代にまで遡り、製薬産業の歴史を検証する必要性を説く。産業はその起源において、アヘン、コカイン、ヘロインなどの依存性の高い薬物を販売することで莫大な利益を上げてきたのである。
第2部 産業の誕生と規制の始まり
第2章 毒物班
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、アメリカの製薬産業は、メルク、ファイザー、イーライリリーなどの企業が創業し、モルヒネやコカインなどの薬物を製造・販売していた。しかし、無規制の「特許薬」市場ははるかに大きく、誇大広告と有害な成分を含む怪しげな「万能薬」が蔓延っていた。農務省の化学局長ハーヴェイ・ワイリーは、食品添加物の危険性を実証するために「毒物班」と呼ばれる人体実験を行い、世論の関心を集めた。彼の努力は、1906年の「純正食品・薬品法」の制定につながったが、製薬業界の激しいロビイングにより、薬品に関する規制は大幅に弱められた。
第3章 連邦政府の登場
1906年の「純正食品・薬品法」は表示の正統性を求める画期的な法律であったが、薬の治療効果に関する虚偽の主張を取り締まる力は弱かった。特許薬業界は巧みに法の抜け穴を利用し、むしろ「法の下で保証済み」と表示することで信頼を得ようとした。ワイリー自身も、カフェインを危険視してコカ・コーラを訴えるなど、食品関連の戦いに注力し、薬品規制には十分なリソースを割かなかった。その結果、ヘロインやコカインを含む薬物は引き続き容易に入手可能であり、依存症患者数は増加の一途をたどった。
第4章 奇跡の薬
1928年、アレクサンダー・フレミングによってペニシリンが偶然発見された。しかし、その精製と大量生産には困難が伴い、実用化には至らなかった。第二次世界大戦の勃発が転機となる。連合国軍は感染症対策としてペニシリンの大量生産を国家的プロジェクトと位置づけ、米国政府はファイザー、メルクなどの製薬会社に巨額の資金を投入し、共同研究を促した。戦争という国家的危機が、産官学の協力を促し、世界初の本当の意味での「奇跡の薬」を世に送り出す原動力となったのである。
第5章 「太陽に特許は取れるのか?」
戦後、ペニシリンの共同研究に参加したアメリカの製薬各社は、その製造プロセスに関する特許を取得し、莫大な利益を上げ始めた。次の画期的な抗生物質であるストレプトマイシンを巡っては、「自然界の産物」に特許は取得できるかという根本的な問いが提起された。発明者セルマン・ワクスマンとアルバート・シャッツに特許が付与されたことは、製薬産業のビジネスモデルを一変させる先例となった。研究所で発見された微生物から開発された薬も、特許によって独占的に販売できる「商品」となったのである。ジョナス・ソークがポリオワクチンの特許を取得しなかったことと対照的であった。
第6章 ありそうもない三人組
次のブロードスペクトラム抗生物質、オーレオマイシンを発見したのは、大手ではなく小規模なレダリーラボであった。その発見を支えたのは、インド出身で差別と戦った生理学者のY・サバロー、定年退職後に雇われた植物生理学者のベンジャミン・ダガー、そして人種の壁を打ち破ったアフリカ系アメリカ人外科医のルイス・トンプキンス・ライトという、当時としては異色の三人組であった。彼らの成功は、大手企業の独占的な研究環境以外からも画期的な発見が生まれる可能性を示した。
第7章 一原子の違い
オーレオマイシンの成功に刺激されたファイザーの会長ジョン・マッキーンは、自社の抗生物質テラマイシンの開発を急ぎ、その市場投入において画期的なマーケティング戦略を採用した。彼が頼ったのは、医師でありながら広告業界で頭角を現していたアーサー・サックラーであった。サックラーは、医学雑誌への派手な広告掲載、医師への直接郵送、そして「詳細担当員」による訪問販売を組み合わせた、これまでにない積極的な販売促進キャンペーンを展開した。テラマイシンの成功は、製薬産業が「ハードセール」の時代に突入したことを告げるものであった。
第3部 サックラー帝国の台頭
第8章 「ブルックリン出身のユダヤ人の子」
アーサー・サックラーはブルックリンでユダヤ人移民の子として生まれた。聡明で野心に満ちた彼は、医師免許を取得すると同時に、製薬広告の世界に身を投じた。当時のマディソンアベニューには反ユダヤ主義の風潮が残っており、サックラーはそのような環境の中で、並外れた才能と勤勉さで這い上がっていった。彼はドイツ系の広告デザイナー、ルートヴィヒ・”ビル”・フローリッヒと出会い、生涯にわたる友情とビジネスパートナーシップを築く。二人は、製薬マーケティングという新興分野で、互いの能力を補完し合いながら勢力を拡大していった。
第9章 メディシン・アベニュー
サックラーはウィリアム・ダグラス・マクアダムス広告代理社を買収し、フローリッヒとともに「メディシン・アベニュー」を支配する。彼は医師向けの広告だけでなく、一般向けの出版物にニュースとして薬情報を流す「マット」と呼ばれる手法を開発し、FDAの消費者向け広告規制を巧みにかわした。また、中国美術への情熱を抱き、収集家としての顔も持つようになる。その収集癖と並外れた野心は、彼のビジネス手法にも表れていた。
第10章 ハードセールの猛攻
サックラーはファイザーのテラマイシンに続き、同じくファイザーの抗生物質テトラサイクリン(テトラシン)のマーケティングでも驚異的な成功を収めた。彼は医師の処方データを収集する会社を密かに立ち上げ、ターゲットを絞った販売戦略を可能にした。また、ビジネスパートナーのフェリックス・マルティ=イバニェスと共に医学雑誌を買収・創刊し、そこに自らが手がける薬の広告を掲載し、好意的な記事を掲載させることで、客観的な科学情報のように見せかけた。こうして、研究、出版、広告、データ分析を結びつけた「完全に統合された」ビジネス帝国の基盤が築かれた。
第11章 共産主義者の避難所
サックラー兄弟、特にレイモンドとその妻ビバリーは、米国共産党の党員であった。FBIは彼らの政治活動を調査し、アーサー・サックラーの会社がマッカーシズムの時代に職を失った共産主義系のジャーナリストたちの避難所となっていることを突き止めた。しかし、FBIはより重大な国家安全保障上の案件にリソースを割く必要があり、サックラー家に対する本格的な調査には至らなかった。この間、サックラー兄弟は、複数の会社を複雑に絡み合わせ、所有関係を秘匿する手法を確立していった。
第12章 糸引き人
アーサー・サックラーは、自身の広告代理社、フローリッヒの代理店、マルティ=イバニェスの出版会社、そして兄弟が買収した小規模な製薬会社パーデュー・フレデリックなど、数多くの企業群を「糸引き人」として巧みに操った。彼はこれらの企業群を利用して、医薬品の臨床試験、有利な結果の出版、大規模な広告キャンペーン、そして医師への販売促進を一貫して管理する体制を構築した。その所有関係は極秘とされ、複雑な企業ネットワークの背後でサックラー一族の支配が及んでいた。
第13章 偽の医者
サックラー兄弟は、脳の代謝を改善すると謳った栄養補助食品L-グルタバイトを購入し、大々的に販売キャンペーンを展開した。彼らが支配する医学雑誌に自社製品の臨床試験結果を掲載し、それを根拠に製薬会社への高額な売却に成功する。しかし、その臨床試験は彼ら自身が関与する施設で行われ、結果が改竄された疑いがもたれた。また、ファイザーの抗生物質シグママイシンの広告では、効果を絶賛する「医師」たちの名前と住所がでっち上げられていることが発覚し、サックラーとファイザーは世間の非難を浴びた。このスキャンダルは、上院議員エステス・キーフォーヴァーによる製薬産業全体への調査の引き金となった。
第4部 調査と規制
第14章 「サックラー帝国」
エステス・キーフォーヴァー上院議員は、製薬産業の独占的体質と薬価の高騰を調査する公聴会を開始した。調査スタッフは、サックラー兄弟の複雑に絡み合ったビジネス網に着目し、「完全に統合された事業」を行う「サックラー帝国」の存在を内部文書で明らかにした。彼らは、薬の開発から臨床試験、有利な結果の出版、大規模な広告キャンペーンまでを自らのネットワーク内で完結させる仕組みを構築していた。さらに、FDA抗生物質部門の責任者ヘンリー・ウェルチが、サックラーらと共に運営する医学雑誌から多額の印税を得ていたスキャンダルが発覚し、ウェルチは辞任に追い込まれた。
第15章 「ハッピー」ピル
経口避妊薬「ピル」の承認は、病気の治療ではない「ライフスタイル薬」という新たなカテゴリーを創出した。アーサー・サックラーは、次のブロックバスターとして「精神に作用する薬」、特に不安やストレスを和らげる「マインド・ドラッグ」に着目した。当初はミルトン(メプロバメート)などの「軽い精神安定剤」が人気を博したが、依存性や副作用の問題が表面化し始めた。サックラーは、より優れた薬の登場を待ち望んでいた。
第16章 「治療のジャングル」
キーフォーヴァー委員会は、製薬産業に関する最終報告書をまとめた。その内容は、薬価が不当に高く、特許による独占がその原因であること、そして「治療のジャングル」と称されるほど過剰で誤解を招く広告が医師と患者を混乱させていることを厳しく非難するものだった。報告書は、医師宛ての広告の半数以上が信頼できず、副作用に関する情報が意図的に軽視または無視されている実態を明らかにした。この報告書は、薬業界に対する抜本的な規制立法の必要性を訴えた。
第17章 「最悪の絵を描け」
キーフォーヴァー委員会は、医療広告の実態調査の一環として、アーサー・サックラーを証人喚問した。委員会は、サックラーが手がけたアップジョンの副腎皮質ホルモン剤メドロールと、メレル社のコレステロール剤MER/29の広告が、虚偽かつ誤解を招くものであったと追及した。サックラーは、質問に対し、頑なに自らの非を認めず、医師向け広告の規制強化に反対する姿勢を貫いた。その傲慢な態度にもかかわらず、委員会の追求を巧みにかわす見事なパフォーマンスを見せた。
第18章 サリドマイドが救う
キーフォーヴァー議員の規制強化法案は、製薬業界の激しいロビイングにより廃案の危機に瀕していた。しかし、睡眠薬サリドマイドによる胎児奇形事件が世界中で発覚する。アメリカでは、FDA審査官のフランシス・ケルシーがメレル社の強い圧力にもかかわらず承認を拒否し続けたため、大惨事を免れていた。この「サリドマイド危機」が世論を動かし、薬事法改正(キーフォーヴァー改正)への支持が一気に高まった。安全性に加え、「有効性の実証」を新薬承認の条件とすることが盛り込まれ、FDAの権限は大幅に強化された。
第19章 1億ドルの薬
スイスの製薬会社ロシュは、ベンゾジアゼピン系と呼ばれる新たな精神安定剤リブriumを開発した。アーサー・サックラーはそのマーケティングを担当し、前代未聞の大キャンペーンを展開する。野生動物や囚人を落ち着かせたという極端な臨床試験結果を「ニュース」として一般誌に流し、FDAの消費者向け広告規制を巧妙に迂回した。リブriumは、不安や緊張から筋肉痛まで、あらゆる症状に効く「万能薬」として売り出され、史上初の年間1億ドル売り上げる薬となった。それは、病気ではなく「生きづらさ」自体を治療対象とする、新時代の薬の到来を告げるものだった。
第20章 合法的だがどこか「ずるい」
アーサー・サックラーは、ニューヨークのメトロポリタン美術館に対し、中国美術ギャラリーの改修資金として15万ドルを寄付する代わりに、ギャラリーへの命名権と、美術館が所蔵する貴重な中国美術品数点を「原価」で購入し、それを「寄贈」として再び美術館に戻すという異例の取引を持ちかけた。この取引により、サックラーは作品の時価に基づく多額の税額控除を受けることができた。メトロポリタン美術館内の関係者からは、法的には問題なくとも、「ずる賢い」手法だとする批判の声も上がった。
第21章 女性をターゲットに
FDA長官ジェームズ・ゴダードは、製薬産業の広告が女性を不当にターゲットにしている問題に着目した。ロシュの精神安定剤リブriumとバリウムの販売戦略は、アーサー・サックラーの手により、性別に基づく固定観念を巧みに利用していた。男性には「エグゼクティブ・ニューローシス」としてのストレス対策を、女性には月経前や更年期の「情緒不安定」や「ヒステリー」に対する処方箋をアピールした。一方、ロバート・ウィルソン博士は、製薬会社の資金提供を受けた著書『永遠に女性的に』で、更年期を「病気」と位置づけ、エストロゲン剤プレマリンを「若さの泉」として宣伝し、ホルモン補充療法ブームを巻き起こした。
第22章 尊厳ある死
イギリスでシセリー・ソーンダース医師が、終末期患者のためのホスピス運動を始めていた。彼女は、末期癌の患者の耐え難い痛みを和らげるため、ヘロイン(ジアモルヒネ)を定期的に投与する「痛みの継続的管理」を提唱した。当時の医師たちはオピオイドの依存性を恐れ、痛みがぶり返すまで鎮痛剤を投与しなかったが、ソーンダースは、痛みこそが患者の苦しみの根源であり、それを取り除くことが「尊厳ある死」につながると主張した。彼女の研究は、より優れた鎮痛剤の開発を求める声を高め、後にサックラー兄弟が買収したイギリスの製薬会社ナップ・ファーマシューティカルに引き継がれていく。
第23章 「ゴーゴー・ゴダード」
FDAの新長官ジェームズ・ゴダードは、「ゴーゴー・ゴダード」とあだ名されるほどの積極的な改革を推進した。製薬業界を前にして「あまりにも多くの製薬メーカーが、産業の本来の使命…人々を健康にすること…を見失っている」と公然と批判し、ずさんな新薬申請や不正なマーケティングを徹底的に取り締まる姿勢を示した。彼は、キーフォーヴァー改正で義務付けられた、1962年以前に承認された数千もの薬の有効性再評価という巨大なプロジェクトを、米国科学アカデミーに委託して開始した。その結果、多くの薬、特に複合抗生物質の多くが「無効」と判定されることになる。
第24章 「さあ、この根を食べなさい」
FDAは、キーフォーヴァー改正に基づく有効性再評価の結果、アップジョンの複合抗生物質パナルバをはじめとする多くの薬の市場撤去を命じた。製薬会社は激しく抵抗し、訴訟にまで発展したが、連邦最高裁はFDAの権限を全面的に支持する判決を下した。この一連の過程で見過ごされていた重大な問題が、抗生物質の乱用による「耐性菌」の出現であった。戦後、抗生物質が無差別に処方され続けた結果、1960年代のアメリカで耐性菌の「中核」となる菌株が発生し、それが世界に広まっていった。人類と細菌の終わりなき軍拡競争の幕が切って落とされたのである。
第4部 薬害と規制の狭間で / Between Drug Harms and Regulation
第25章 「彼女たちは自分で檻を掃除する」 / “They Clean Their Own Cages”
経口避妊薬「ピル」は1960年代に女性の生殖の自由を大きく前進させたが、その安全性は長く疑問視されていた。製薬会社は血栓やがんリスクなどの深刻な副作用の報告を軽視・隠蔽し、医師や規制当局も十分な警告を行わなかった。1970年に始まる上院公聴会では、女性たちが「無償のモルモット」として扱われた実態が暴露され、医師たちが副作用情報を患者に伝えていなかったことに怒りが爆発した。FDAは警告文の挿入を命じるが、医師団体や製薬業界の反対で骨抜きにされた。著者は、製薬業界の利益優先と規制の失敗が、何百万人もの女性の健康を危険に晒したと指摘する。
第26章 「スプラッシュダウン!」 / “Splashdown!”
サックラー兄弟の会社パーデュー・フレデリックは、消毒剤ベタジンの販売で画期的な成功を収めた。アポロ11号の月面着帰還時にNASAが宇宙からの未知の微生物汚染を防ぐためベタジンを採用したことを、アーサー・サックラーは巧みにマーケティングに利用したのである。一方、アーサーはWHOのタスクフォースを率いるなど科学者としての活動も続け、騒音とストレスが高血圧のラットに与える影響などの研究を行い、メディアの注目を集めた。兄弟はまた、将来の鎮痛薬オキシコンチンの基盤となる、持続放出技術の特許をスイスのムンディファーマに割り当てるなど、事業の国際的展開と将来への布石を着々と進めていた。
第27章 「弁護士からの電話だと伝えてくれ」 / “Tell Him His Lawyer Is Calling”
ニクソン政権下で連邦の薬物法の抜本的改革を担当した若き司法省弁護士、マイケル・ゾネンライヒは、ロシュの鎮静剤バリウムとリブリウムの規制を巡り、同社の顧問弁護士であるアーサー・サックラーと激しく対立した。ゾネンライヒが起草した規制物質法は、乱用の危険性と医療的有用性のバランスで薬物を分類する画期的なものだったが、ロシュの激しいロビイングの結果、ベンゾジアゼピン系薬物は最も規制の緩いスケジュールに分類されることになった。大マリファナ委員会の事務局長として期待されたゾネンライヒだったが、政権の意向に反して大麻の非犯罪化を勧告したことで失脚し、サックラーから「私の弁護士になってほしい」という誘いとともに小切手を受け取り、彼の右腕として働くことになる。
第28章 ブロックバスターの新定義 / A New Definition of Blockbuster
1970年代、がん研究への連邦資金の投入や遺伝子組み換え技術の登場により、医薬品産業は新たな局面を迎えた。スミスクラインのH2ブロッカー「タガメット」は、潰瘍の原因となる胃酸の分泌を抑制する初の受容体標的薬として、史上初の年間10億ドル売上を達成する「ブロックバスター」薬となった。一方、スタンフォード大学のコーエンとボイヤーによる遺伝子組み換え技術の開発は、バイオテクノロジー産業の幕開けを告げるものだった。ジェネンテックはこの技術を用いて世界初の組換えヒトインスリンの開発に成功し、製薬会社イーライリリーとライセンス契約を結ぶという新しいビジネスモデルを確立した。サックラー兄弟もこれらの動向を見据え、将来の投資機会を探っていた。
第29章 「指輪にキスをする」 / “Kiss the Ring”
マイケル・ゾネンライヒはサックラーの法律顧問として、アーサーが築き上げた複雑なビジネス帝国の再編と効率化に着手した。彼はメディカル・トリビューン紙の経営合理化や、ビル・フローリック死後の広告代理店やIMSの資産処理などを精力的に進めた。ゾネンライヒは、母親の死後に対立が深まったサックラー兄弟の関係を「アーサーは常に指輪にキスすることを求める年長の兄」と評している。また、彼は兄弟に対し、慈善活動において名前を冠することは「慈善事業ではなくビジネス取引である」と率直に助言し、彼らの名を後世に残す戦略を推進した。
第30章 デンドゥール神殿 / The Temple of Dendur
サックラー兄弟は、ニューヨークのメトロポリタン美術館への巨額の寄付により、その名を芸術界に刻み込んだ。メトロポリタン美術館がエジプト政府から寄贈されたデンドゥール神殿を収容する新翼の建設資金に窮していた時、アーサーは350万ドル(当時)の寄付を申し出た。見返りとして、新翼は「サックラー翼」と命名され、兄弟それぞれの名前を冠したギャラリーが設けられた。この取引は20年分割での支払いを認めるなど、サックラー家に有利な条件でまとめられた。しかし、アーサーはメトロポリタンの理事会入りを果たせず、その後はスミソニアン協会のアーサー・M・サックラー美術館やハーバード大学のサックラー美術館など、他の機関への寄付へと軸足を移していった。
第31章 「バリウム狂騒」 / “VALIUMANIA”
ロシュの鎮静剤バリウムは1970年代半ばにピークを迎え、アメリカの成人女性の5人に1人が常用するほどになった。しかし、長期使用による依存症や離脱症状の報告が相次ぎ、マスメディアが「バリウム狂騒」と題してその危険性を報じ始める。消費者団体のラルフ・ネーダーや依存症専門家のマリー・ナイスワンダー博士らが激しく非難した結果、バリウムは規制物質法のスケジュールIVに指定され、連邦政府による規制が強化された。これにより処方数は減少に転じたが、アップジョン社がパニック障害への適応を取得した新たなベンゾジアゼピン系薬「ザナックス」が登場し、バリウムに代わる新たなブロックバスターとなっていった。
第32章 豚インフルエンザ / Swine Flu
1976年、米軍基地で豚インフルエンザウイルスが発見され、1918年のスペイン風邪のようなパンデミックの再来が懸念された。フォード大統領は全米民を対象とした予防接種プログラムを開始した。しかし、ワクチン接種開始後、重篤な神経障害(ギラン・バレー症候群)との関連が疑われる症例が相次ぎ、プログラムは中止された。結局、豚インフルエンザの流行は起こらず、ワクチン接種による死者の方が多くなるという結果に終わった。この「失態」は政府と製薬業界への信頼を大きく損ない、後の予防接種プログラムや、HIV/AIDS流行初期の政府の慎重な対応に影を落とすことになった。
第33章 「黒い川」 / “Black River”
1976年、コンゴ(現コンゴ民主共和国)の村落で、高熱と内臓の液化を伴う正体不明の致死性ウイルスが発生し、多くの死者を出した。研究者らはこのウイルスを発生地に近い川の名前にちなんで「エボラ」と名付けた。一方で、欧米では免疫力の低下と珍しい感染症を併発する患者が散見され始め、後にエイズ(後天性免疫不全症候群)と命名される病気の最初の症例となっていた。この感染症の拡大には、貧困層から採血された血漿をプールして製造される血液製剤が大きな役割を果たした。特にハイチの採血センター「ヘモカリビアン」は不衛生な環境で針の再利用を繰り返し、米国の製薬会社に血漿を供給していたが、規制当局の監督は不十分だった。
第34章 「すべて乱用される可能性がある」 / “Everything Can Be Abused”
バリウムの売り上げが陰りを見せ始めたロシュは、アーサー・サックラーの助言のもと、新たなベンゾジアゼピン系薬「クロノピン」の販売に乗り出すが、決定的な後継薬とはならなかった。代わって台頭したのが、アップジョン社の「ザナックス」である。アップジョンは精神疾患の診断基準(DSM)に新たに追加された「パニック障害」への適応を取得し、これが「アップジョン病」と揶揄されるほど販売戦略に大きく貢献した。バリウムの危険性を告発する声が高まる中、その発明者レオ・シュテルンバッハは「すべてのものは乱用されうる」と述べ、薬物そのものよりも乱用者に責任があるとする立場をとった。
第35章 バイオテクノロジーの時代 / The Age of Biotech
遺伝子組み換え技術の自主的な研究中断期間を経て、NIHがガイドラインを策定したことで、バイオテクノロジー産業は本格的に幕を開けた。ベンチャーキャピタルのロバート・スワンソンと科学者のハーバート・ボイヤーが創設したジェネンテックは、組換えDNA技術を用いて世界初の人工ヒトインスリン開発に成功し、製薬会社イーライリリーと画期的なライセンス契約を結んだ。1980年のジェネンテックのIPOは大成功を収め、その後、セタスを筆頭に数百ものバイオテクベンチャーが設立されるブームを引き起こした。研究開発コストが膨れ上がる中、大手製薬会社はバイオテク企業の買収に活路を見出し、産業の再編が進んでいった。
第36章 「ゲイ・ガン」 / “A Gay Cancer”
1980年代初頭、サンフランシスコやニューヨークなどで、健康だった若いゲイ男性たちが、カポジ肉腫やニューモシスチス肺炎などの珍しい疾患で次々と倒れ始めた。当初は「ゲイ関連免疫不全(GRID)」などと呼ばれたこの病気は、後にエイズ(後天性免疫不全症候群)と命名され、その原因ウイルスはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)と同定された。レーガン政権はこの新興感染症を「特定のマイノリティの病気」と軽視し、初動対応が大きく遅れた。NIHの研究者サミュエル・ブロダーらは治療薬開発に奔走し、バロウズ・ウェルカム社の旧薬AZTに効果を見出したが、同社は承認後、政府の支援を受けて開発したにもかかわらず、患者にとっては法外な価格で販売し、巨額の利益を上げた。
第37章 「公衆の知ったことか」 / “None of the Public’s Damned Business”
アーサー・サックラーは、自身の膨大な中国美術コレクションの寄付先を巡り、メトロポリタン美術館の新館長フィリップ・ド・モンテベロと対立を深めていた。そんな中、メトロポリタンがサックラーのコレクションを無償で保管し多額の費用を負担している事実がスクープされ、ニューヨーク州司法長官の調査対象となる。このスキャンダルもあり、アーサーはメトロポリタンとの関係を断ち、スミソニアン協会へのコレクション寄付と「アーサー・M・サックラー美術館」の建設という形で、その遺産を確立する道を選んだ。
第38章 疼痛管理革命 / A Pain Management Revolution
1980年代半ばから、疼痛を単なる症状ではなく独立した疾患として捉え、積極的に治療すべきだとする「疼痛管理革命」が起きた。そのきっかけとなったのは、ボストン大学病院の患者記録を分析したジャックとポーターの『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』への短い投稿だった。彼らは「入院患者における麻薬性鎮痛薬の依存症発症は稀である」と結論付けたが、この限定的な知見が、外来患者への長期投与を含む広範な文脈で誤って引用され、オピオイドの安全性を過大に評価する根拠として滥用されていった。疼痛治療の専門家であるラッセル・ポートノイらは、オピオイドの依存リスクは低く、慢性疼痛治療に有用であると主張し、疼痛を「第五のバイタルサイン」と位置付ける運動を推進した。
第39章 ジェネリック医薬品の参入 / Enter Generics
1984年のハッチ・ワックスマン法は、ジェネリック医薬品の承認プロセスを大幅に簡素化し、現代のジェネリック産業の基礎を築いた。ブランド薬の特許が切れると、ジェネリックメーカーは大規模な臨床試験を行わず、生物学的同等性を示すだけで承認を得られるようになった。見返りとして、ブランド薬メーカーには規制審査による特許期間の実質的な損失を補填する「特許期間回復」が認められた。この法律は医薬品価格の低下をもたらしたが、特許切れを目前にしたブランド薬メーカーは、「使い方の特許」や製剤改良による「エバーグリーニング」と呼ばれる戦略で独占期間を延ばすようになり、パーデューもMSコンチンの後継薬開発に迫られていた。
第40章 心と精神を売り込む / Selling Hearts and Minds
1980年代、メルク社のロイ・バゲロスは科学者出身CEOとして、研究開発を重視する経営で同社を業界トップに押し上げた。画期的なコレステロール降下薬「メバコール」や「ゾコール」を次々と生み出し、また、開発した河川盲目症治療薬「メクチザン」を必要とする国々に無償提供するなど、利益と公共性を両立させた。一方、医療費抑制のため、HMO(健康維持機構)を中心とした管理医療が台頭し、薬剤調剤を管理するPBM(薬事管理業者)が強大な力を持つようになった。PBMは製薬会社から値引きを引き出し、フォーミュラリー(保険適用薬リスト)を通じて医師の処方行動に大きな影響を与え始める。
第41章 「汚れた洗濯物を公の場で晒すのは誰も好きじゃない」 / “No One Likes Airing Dirty Laundry in Public”
パーデューはMSコンチンの後継となる、オキシコドンを用いた持続性鎮痛薬の開発を進めていた。リチャード・サックラーは、より広い市場を狙うため、モルヒネに比べて「末期患者の薬」というスティグマの少ないオキシコドンを主成分とすることを主張した。しかし、1987年5月、会社の将来を左右するその開発計画の最中、アーサー・サックラーが心臓発作で急逝する。彼の死は、複雑に絡み合ったサックラー一族の資産とビジネスを巡る、数十年に及ぶ骨肉の争いの始まりとなった。
第42章 「ステロイドを投与された営業部門」
オキシコンチンの発売前、パーデュー・ファーマは医師への積極的な販売戦略を展開した。IMSのデータを利用して多量に処方する医師を特定し、営業担当者が集中的に訪問した。臨床試験では12時間の鎮痛効果が約55%の患者にしか確認されなかったが、FDAの承認を得て、これを強調して販売した。依存症リスクが1%未満と謳い、自社で資金提供した研究を根拠にしたが、独立した研究でははるかに高い依存率が示されていた。また、疼痛管理団体や大学への多額の寄付を通じて、オピオイド処方の正当化を図った。著者は、パーデューの販売手法が「ステロイドを投与された」ように強化され、医師への影響力を最大化したと述べる。
第43章 「$$$$$$$$$$$$$ 近所でボーナスタイム!」
オキシコンチン発売後、パーデューは営業担当者の報酬を処方量の金額ベースで支払い、高用量・長期処方を促進した。高用量の薬は製造コストが同じにもかかわらず、はるかに高く販売され、会社と営業担当者の双方に大きな利益をもたらした。営業担当者は医師に「用量の個別化」を訴え、初期から中~高用量の処方を奨励した。FDAは広告審査が追い付かず、違反があっても罰則はほとんどなかった。また、初回処方を割引する貯蓄カードを導入し、患者の継続使用を促した。著者は、リチャード・サックラーが「処方の吹雪で競合を埋め尽くす」と豪語したように、会社が記録的な売上と利益を追求したことを明らかにする。
第44章 話す胃と死んだ大統領たち
1997年、FDAが直接消費者向け広告(DTCA)の規制を緩和したことで、製薬業界のマーケティングが大きく変化した。これ以前は医師向け広告が主だったが、規制緩和後、テレビなどを通じた消費者への直接アピールが急増した。セレブリティを起用した印象的な広告が多く作られ、医師に相談するよう促す「Ask your doctor」が流行語となった。しかし、広告の正確性を検証する仕組みは不十分で、リスク情報が軽視されるケースもあった。著者は、この規制緩和が製薬会社の販売拡大に大きく寄与し、消費者への情報提供と過剰処方のバランスが課題となったと指摘する。
第45章 「乱用者を叩かなければならない」
オキシコンチンの乱用と過剰摂取による死亡が1999年頃から報告され始めた。パーデューは当初、問題を地域限定と見なしたが、メイン州の検事による医師への警告書をきっかけに危機感を強めた。会社は表面上、法執行機関と協力する姿勢を見せたが、内部では乱用を患者や医師の責任とする見解を堅持した。リチャード・サックラーは「乱用者をあらゆる方法で叩くべきだ」とするメールを送信している。2001年、ニューヨーク・タイムズがオキシコンチンの乱用を報じ、全国的な問題として認知されるようになった。著者は、パーデューが問題の本質から目を背け、責任を転嫁しようとした実態を描く。
第46章 「パーデューに自由通行証を与えた」
DEAとFDAがパーデューに対処する中、政府内でも意見の不一致があった。DEAはオキシコンチンに関連する死亡事例のデータを提示し、規制強化を求めたが、FDAはデータの解釈に慎重な姿勢を示し、事実上パーデューを擁護するような発言をした。このため、連邦政府の対応は後手に回った。バージニア州のアメリカ合衆国弁護士ジョン・ブラウンローはパーデューに対する刑事調査を開始した。パーデューはルディ・ジュリアーニを顧問に迎え、政治的な影響力を利用して規制を回避しようとした。著者は、政府内の不一致がパーデューに「自由通行証」を与える結果となったと批判する。
第47章 「あなたは間違った母親をいじめた」
ジャイル・スコレックの娘ジルはオキシコンチンの過剰摂取で死亡した。母マリアンヌは娘の死の真相を追及し、パーデューに対する告発運動を開始した。彼女はFDAへの手紙、メディアへの働きかけ、被害者家族の支援を通じて、会社の不正なマーケティングを暴露した。パーデューの広報担当者はジルが薬物乱用者であったとほのめかすが、マリアンヌはこれに屈せず、「あなたは間違った母親をいじめた」と反撃した。彼女の活動は司法省の調査官との連携につながり、後のパーデューに対する刑事訴追の一因となった。著者は、一人の母親の執念が巨大企業に対峙する力となったことを示す。
第48章 利益と死体
2007年にパーデューが刑事罰を受けた後も、会社の行動は変わらなかった。サックラー家は記録的な利益を配当として受け取り、営業部隊を拡大して高用量・長期処方を推進し続けた。会社は乱用の危険性を示す内部報告を無視し、疑わしい大量処方医への販売を止めなかった。2010年には改変防止コーティングを施した「新改良版」オキシコンチンを発売し、乱用リスクが低いと宣伝したが、実際には効果が限定的であることがFDAのデータで明らかだった。著者は、パーデューが利益を最優先し、依存症と死亡者数が増加する中でも経営方針を変えなかった実態を暴く。
第49章 制度の悪用
アメリカの医薬品価格が高騰する背景には、複雑な流通システムと Pharmacy Benefit Managers (PBMs) の存在がある。PBMsは保険会社と製薬会社の仲介役として処方箋集計や払い戻しを管理し、製薬会社から多額のリベートを受け取っている。この構造は透明性が低く、薬価引き上げのインセンティブとなっている。また、政府の医療保険プログラム(メディケア、メディケイド)が薬剤費用の大部分を負担するが、価格交渉が禁止されているため、薬価抑制が困難である。著者は、この制度の悪用が結果的にアメリカの医療費を押し上げ、患者の負担を増大させていると指摘する。
第50章 10億ドルのオーファンドラッグ
希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)法は、患者数が少ない疾病の治療薬開発を促進するために作られたが、製薬会社はこの制度を悪用している。既存のブロックバスター薬を細かな疾病区分に「仕分け」してオーファンドラッグ指定を得たり、小児疾病への適用で市場独占期間を延長したりすることで、莫大な利益を上げている。例えば、高コレステロール治療薬クリストルは小児の希少疾病への適用で特許延長を図った。著者は、オーファンドラッグ法の本来の目的が歪められ、薬価の高騰を招いている実態を明らかにする。
第51章 到来するパンデミック
抗菌薬耐性(AMR)の問題が深刻化している。既存の抗菌薬が効かない「スーパーバグ」による死亡者数は増加しており、2050年には年間1000万人が死亡すると予測される。しかし、製薬会社は抗菌薬の研究開発から撤退しつつある。なぜなら、抗菌薬は短期間の使用で完結するため、長期投与が必要な慢性疾患治療薬に比べて収益性が低いからである。著者は、このままでは将来、通常の感染症でも治療不能となる「ポスト抗菌薬時代」が訪れ、医療が大きな危機に瀕すると警告する。
第52章 「本質的には犯罪一家」
オピオイド危機に対する世論の怒りが高まり、パーデューとサックラー家は数千件の訴訟に直面した。マサチューセッツ州とニューヨーク州の検事は、サックラー家の董事が自ら危機を創出し、利益を搾取したとして個人を被告とする訴訟を初めて提起した。サックラー家は美術館などへの慈善活動で名声を築いてきたが、その評判は地に落ちた。パーデューは破産保護を申請し、数千億円規模の和解案を提示したが、サックラー家は数十億ドルの個人資産を温存すると見られ、被害者家族や多くの州検事から反発を買っている。著者は、サックラー家のビジネス慣行を「本質的には犯罪一家」と評し、その責任追及の難しさを描く。
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著者について
GERALD POSNER(ジェラルド・ポズナー)は、ピューリッツァー賞の最終選考に残った『Case Closed(ケース・クローズ)』をはじめとする12冊の書籍を執筆した受賞歴のあるジャーナリストで、複数の全米ベストセラーを生み出している。2015年に出版された『God’s Bankers』は、バチカンの財政に関する200年の歴史を綴ったもので、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとして高く評価された。ポズナーは、ニューヨーク・タイムズ、ニューヨーカー、ニューズ
