
One Nation Under Blackmail–Vol 1
『One Nation Under Blackmail:The Sordid Union Between Intelligence and Crime that Gave Rise to Jeffrey Epstein, Volume One』Whitney Webb 2022

目次
- 出版者の前書き:/ Publisher’s Foreword
- 第1章 アンダーワールド / The Underworld
- 第2章 酒と恐喝 / Booze and Blackmail
- 第3章 組織犯罪とイスラエル国家 / Organized Crime and the State of Israel
- 第4章 ロイ・コーンの「恩義銀行」 / Roy Cohn’s “Favor Bank”
- 第5章 灰色の影 / Shades of Gray
- 第6章 民間CIA / A Private CIA
- 第7章 殺人企業 / A Killer Enterprise
- 第8章 クリントン・コントラ / Clinton Contra
- 第9章 ハイテク裏切り / High Tech Treason
- 第10章 恐喝による統治:レーガン時代の暗黒の秘密 / Government by Blackmail:The Dark Secrets of the Reagan Era
本書の概要
短い解説:
本書は、ジェフリー・エプスタインの事件を頂点とする、米国の諜報機関、組織犯罪、政治的エリートの間の長年にわたる腐敗した結びつきと、それが「恐喝」という手段を通じて国家運営に及ぼしてきた影響を、膨大な歴史的資料に基づいて解明する調査報道である。主に、情報リテラシーがあり、現代政治の裏側にある構造的腐敗に関心のある読者を対象とする。
著者について:
著者ホイットニー・ウェブは調査報道記者であり、主に権力の乱用、諜報活動、金融犯罪をテーマに活動している。本書では、一次資料、公文書、関係者へのインタビューを駆使し、従来のメディアが断片的にしか報じてこなかった、エプスタイン事件に至る「諜報と犯罪の結合」という連続的な歴史的系譜を構築する。
テーマ解説
- 主要テーマ:諜報機関と組織犯罪の共生関係が、政治的影響力操作の手段としての「恐喝」システムを生み出した歴史的過程。
- 新規性:エプスタイン・ネットワークを、20世紀半ばからの「国家による恐喝」という長い歴史の延長線上に位置づける包括的な調査。
- 興味深い知見:レーガン政権下での「コントラ」支援ネットワーク、クリントン政権との関わり、イスラエルの諜報機関の関与など、複数の歴史的事件が、同一の人物・組織ネットワークで繋がっている構造。
キーワード解説
- 恐喝による統治:性的スキャンダル、財務上の不正などの恥ずべき情報を収集・利用して個人を脅迫し、政治的な忠誠や政策転換を強制するシステム。
- 恩義銀行:弁護士ロイ・コーンを中心に発展した、政財界、犯罪組織、諜報機関の間で「貸し借り」される人脈と影響力の非公式なネットワーク。
- 民間CIA:米国政府の諜報機関と密接に連携し、時にはその「否認可能性」を提供するために活動した民間企業や個人のネットワーク。
3分要約
本書『One Nation Under Blackmail』は、ジェフリー・エプスタインの犯罪ネットワークが、20世紀米国における諜報機関と組織犯罪の長年にわたる「共生関係」の産物であることを論証する。
その起源は、禁酒法時代のアル・カポネのような組織犯罪者と、当時のFBI長官J・エドガー・フーヴァーとの、互いの汚職情報を握り合う「相互保証破滅」の関係に遡る。フーヴァーは犯罪者の情報を利用して政敵を脅迫し、犯罪者は法の執行から保護された。これが「恐喝による統治」の原型であった。
第二次世界大戦後、このモデルはより組織化・国際化する。イスラエル建国の過程では、ユダヤ系組織犯罪者が資金調達や武器密輸に動員され、彼らは後にイスラエルの諜報機関モサドと密接な関係を築く。この「犯罪と国家建設」の共犯関係は、後の国際的な工作活動の基盤となった。
1950年代から60年代にかけて、この諜報・犯罪・政治の複合体の中核的ネットワーカーとして登場したのが弁護士ロイ・コーンである。彼は、政界(ジョセフ・マッカーシー上院議員の側近)、財界、犯罪組織(ガンビーノ一家等)、諜報機関の間を取り持ち、「恩義銀行」を運営した。彼の「取引」は、クライアントのスキャンダルを隠蔽する代わりに、政治的影響力や司法取引での有利を要求するものだった。
このネットワークは、公式の諜報機関の外で「否認可能」な工作を実行する「民間CIA」として機能し始める。その一例が、元CIA工作員で軍需企業インターテルと関わったミルトン・メイデン・コープランドや、傭兵企業エア・アメリカを運用したシビル・エア・トランスポート(CAT)である。彼らは麻薬密売や武器密輸に関与し、その利益は非公式の作戦資金に流用された。
1970年代後半から80年代、このネットワークはレーガン政権下で大きな影響力を持つ。ニカラグアの反政府武装組織「コントラ」への非公式支援ルートである「カウンターネットワーク」は、中南米の麻薬密売組織、CIA、イスラエルの武器商人、そしてロイ・コーンの法律事務所を経由する共和党関係者らが結びついたものだった。
驚くべきことに、この同じ「カウンターネットワーク」は、後にビル・クリントンの政権運営や選挙資金調達に関わることになる。クリントンがアーカンソー州知事時代に関わった疑いのある、コントラ支援に関連したコカイン密売の資金洗浄事件が、このつながりを示唆している。これにより、レーガン時代の共和党とクリントン時代の民主党が、同じ犯罪的な資金と情報のネットワークによって結ばれていた可能性が浮上する。
同時期、イスラエルの諜報機関と米国の諜報・犯罪ネットワークの結びつきは、対テクノロジー諜報活動「ハイテクトリートン」という形で深化した。イスラエルの情報機関は米国企業から先端技術を盗み、それを米国内の犯罪ネットワークを通じて転売したり、他国に供与したりした。この活動は、後にエプスタインの共同経営者となるギスレーヌ・マックスウェルの父、ロバート・マックスウェルも関与した疑いがある。
1980年代の「恐喝による統治」の集大成は、レーガン政権下で顕在化した「サンシャイン・ボーイズ」や「フランクリン・カバーアップ」などの児童性的虐待ネットワークの疑惑である。これらは、権力者を性的に脅迫し、忠誠を確保するための組織的な「ハニートラップ」であった可能性が高い。当時の司法長官エドウィン・ミーズらがこれらの疑惑の調査を妨害したことは、ネットワークが最高レベルで保護されていたことを示す。
著者は、ジェフリー・エプスタインの活動――超富裕層や政治家を巻き込んだ未成年者への性的虐待ネットワークの運営、そしてその情報を恐喝に利用した疑い――は、この数十年にわたって構築されてきた「諜報・犯罪複合体」の最新の、そして最も洗練された現れであると結論づける。エプスタインはロイ・コーンの「恩義銀行」の後継者的存在であり、彼のネットワークは、米国の政治エリートを「恐喝」によって支配しようとする、陰湿で継続的な試みの一部なのである。
各章の要約
出版者の前書き
出版社トリンデイの代表者による前書きである。出版者が幼少期に諜報機関と麻薬密売の関係について聞かされた個人的な経験から始まり、権力の本質、道徳的価値観の崩壊、そして「恥ずべき秘密」を持つ「あまり尊敬されない金持ち」による支配の問題を提起する。引用を通じて、恐喝、性的スキャンダルの政治利用、ロイ・コーンような人物への依存が、政治エリートの特徴であることを示唆し、本書がこの「隠された歴史」に光を当てるものであると読者を導く。
第1章 アンダーワールド
20世紀初頭の米国における、法執行機関と組織犯罪の腐敗した共生関係の起源を探る。焦点は、禁酒法時代にシカゴで勢力を振るったアル・カポネと、FBI長官J・エドガー・フーヴァーの関係である。フーヴァーはカポネに関する情報を収集しながら、彼を起訴することはなく、逆にカポネ側もフーヴァーの同性愛の傾向などの個人的秘密を握っていたとされる。この「相互保証破滅」の関係は、汚職情報を握り合うことで双方が安全を確保する「恐喝」の初期モデルとなった。フーヴァーは後に、政治家や有名人の恥ずべき情報を体系的に収集する「ポーンバイブル」を作成し、個人的・政治的な影響力を行使した。
第2章 酒と恐喝
禁酒法時代以降の、犯罪組織と政治・法執行機関の関係の進化を追う。組織犯罪は単なる無法者ではなく、政治献金、選挙工作、司法取引を通じて政治システムに深く浸透していった。特に、犯罪組織が提供する「サービス」――対立候補のスキャンダル暴露や、脅迫に利用できる情報の収集――は、野心的な政治家にとって有用な道具となった。この章では、酒の密造・販売から始まった犯罪シンジケートが、合法ビジネスへの進出、労働組合の支配、そして最終的には諜報機関との非公式な提携へと発展する過程を描く。犯罪組織は、諜報機関にとって「否認可能」な工作活動の実行役として利用価値を見出されるようになった。
第3章 組織犯罪とイスラエル国家
イスラエル建国前後における、シオニスト組織とユダヤ系組織犯罪者との協力関係に焦点を当てる。メイヤー・ランスキーやバグジー・シーゲルなどの人物は、武器の密輸、英国に対する破壊工作の資金調達、そして建国後の国家運営において重要な役割を果たした。建国後は、イスラエル諜報機関モサドとこれらの犯罪ネットワークの関係が継続・強化された。モサドは、パスポート偽造、資金洗浄、暗殺などの「汚れ仕事」を、国際的に広がる犯罪ネットワークに委託することがあった。この「国家と犯罪の融合」は、イスラエルを、後の国際的な恐喝・工作ネットワークの重要なハブの一つにした。
第4章 ロイ・コーンの「恩義銀行」
冷戦時代のマッカーシズムの立役者であり、後にドナルド・トランプの mentor ともなった弁護士ロイ・コーンに焦点を当てる。コーンは単なる悪徳弁護士ではなく、米国における「諜報・犯罪・政治複合体」の中心的なネットワーカーであった。彼の法律事務所は、マフィアのボス(ジョン・ゴッティ、ガンビーノ一家など)、CIA関係者、共和党・民主党双方の政治家、大企業の経営者らが交差する場だった。コーンは、クライアントのスキャンダル(脱税、同性愛、児童性的虐待の疑惑など)を隠蔽する代わりに、彼らから「恩義」を引き出した。この「恩義銀行」の預かり金は、政治的影響力、司法取引、ビジネス上の便宜などの形で引き出され、コーンとそのネットワークに計り知れない権力を与えた。
第5章 灰色の影
公式の諜報機関と非公式の犯罪ネットワークの境界が曖昧になった「灰色の領域」で活動した人物と組織を紹介する。元CIA工作員で「ダーティ・トリックス」の専門家であるミルトン・メイデン・コープランドや、CIAが所有・運営したとされる航空会社「シビル・エア・トランスポート(CAT)」(後のエア・アメリカ)が取り上げられる。これらの組織や人物は、東南アジアや中南米で、武器密輸、麻薬取引、政権転覆工作に従事した。彼らの活動は、公的には否認可能であり、必要な場合にはCIAの利益のため、そうでない場合は個人の利益のために、犯罪ネットワークと自由に行き来した。この「民間CIA」の概念は、国家の関与を隠蔽しながら危険な工作を実行するための重要な手段となった。
第6章 民間CIA
「民間CIA」の具体例として、諜報・軍需産業複合体と深く結びついた企業「インターテル」と、その関係者を掘り下げる。インターテルは、武器販売、傭兵の提供、そして諜報活動を請け負う民間企業であり、CIAや国防総省と密接に連携していた。この章では、インターテルや関連する人物が、アフリカや中南米での紛争にどのように関与し、しばしば麻薬密売や資源の不法取得と結びついていたかを明らかにする。これらの民間企業は、政府の公式チャンネルでは行えない「汚れ仕事」を引き受けることで、諜報機関の「力の増幅器」として機能し、同時に巨額の利益を上げた。
第7章 殺人企業
「民間CIA」ネットワークのより暗黒面、すなわち暗殺やその他の致命的な工作への関与を調査する。特定の傭兵グループ、元特殊部隊員、そして彼らと提携する犯罪組織が、政治的暗殺や反政府勢力の訓練といった任務に従事していた実態が描かれる。これらの活動は、依頼主(国家諜報機関や外国政府)との間に「否認可能性」の壁を設けるために、民間契約の形をとることが多かった。本章は、諜報活動が「合法的な」ビジネス取引の外皮の下で、いかにして殺人などの重大犯罪と直結し得るかを示す。
第8章 クリントン・コントラ
1980年代のイラン・コントラ事件の影で機能した「カウンターネットワーク」と、当時アーカンソー州知事だったビル・クリントンとの接点を探る。ミーナ・アーカンソー州のマナ空港が、コントラへの武器輸送や、コントラの資金源となったとされるコカインの密輸の中継地として利用されていた疑いが取り上げられる。このネットワークには、CIA工作員、麻薬密売組織、そしてロイ・コーンの法律事務所を経由して共和党全国委員会とも繋がる人物らが関わっていた。驚くべきことに、このネットワークの一部は、後にビル・クリントンの大統領選挙資金調達に深く関与することになる。これにより、レーガン/ブッシュ時代の共和党とクリントン時代の民主党が、同じ犯罪的な資金源と人脈ネットワークによって支えられていた可能性が示唆される。
第9章 ハイテク裏切り
1980年代に米国の先端技術がイスラエルに不正に流出した大規模なスパイ事件「ハイテクトリートン」を詳細に検証する。イスラエルの諜報機関は米国内の協力者ネットワークを用いて、軍事転用可能な高度なコンピュータ技術、ソフトウェア、電子機器を盗み出し、イスラエルや他の国々に供与していた。この工作には、イスラエルの政府高官のみならず、メディア王ロバート・マックスウェル(ギスレーヌ・マックスウェルの父)や、彼と繋がる国際的な金融・犯罪ネットワークも関与していた疑いが強い。この事件は、諜報活動、技術窃盗、武器取引、国際金融が複雑に絡み合った様子を如実に示しており、エプスタイン=マックスウェル・ネットワークが活動した環境の背景を理解する上で重要である。
第10章 恐喝による統治:レーガン時代の暗黒の秘密
レーガン政権時代に表面化した、政治家や政府高官を巻き込んだ組織的な児童性的虐待ネットワークの疑惑(「サンシャイン・ボーイズ」、オマハの「フランクリン・カバーアップ」など)を検証する。これらのネットワークは、単なる犯罪ではなく、若い被害者を提供することで権力者を「ハニートラップ」にかけ、彼らを政治的脅迫の材料とすることを目的としていた可能性が高い。本章では、これらの事件の調査が、当時の司法長官エドウィン・ミーズをはじめとする高官によって繰り返し妨害・圧殺された経緯を追う。これは、恐喝ネットワークがホワイトハウスに近い最高レベルにまで浸透し、司法システムそのものを無力化していたことを示す強力な証拠である。著者はこう述べる。「レーガン時代のこれらの事件は、恐喝が単なる政治の付随物ではなく、統治の一形態として機能し始めた決定的な瞬間であった。」
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メンバー特別記事
「恐喝国家」の深層構造:エプスタインは氷山の一角に過ぎないのか? AI考察
by DeepSeek×Alzhacker
「相互保証破滅」が築いた見えざる統治システム
この本を読んでいて、まず真っ先に考えたのは、「これは単なる犯罪史の本ではない」ということだ。むしろ、これは「アメリカという国家の非公式な統治メカニズムの解剖図」と言える。著者ホイットニー・ウェブが描き出そうとしている核心は、表立った民主主義的制度の裏側で、何十年もかけて構築されてきた「影の権力構造」である。
その構造の根幹にある概念が「相互保証破滅」だ。アル・カポネとJ・エドガー・フーヴァーの関係に始まるこのモデルは、実にシンプルで強力だ。要するに「お互いの汚れた秘密を握り合うことで、お互いを潰せなくする」という関係だ。これは単なる共犯関係を超えている。なぜなら、この関係が継続する限り、双方とも相手を「排除」することができないからだ。排除しようとすれば、自分も道連れになる。
フーヴァーはカポネに関する情報を収集しながら、彼を起訴することはなく、逆にカポネ側もフーヴァーの同性愛の傾向などの個人的秘密を握っていたとされる。
この一節が示すのは、権力者といえども「完璧な人間」ではないという現実だ。フーヴァーほどの権力者でも、当時の社会では極めて危険な秘密(同性愛)を抱えていた。カポネは犯罪者だが、その犯罪組織には情報収集能力があり、権力者の弱点を探り当てることができた。ここに「非対称的な権力関係」が生まれる。表向きの法執行権力(フーヴァー)と、裏の情報力・暴力装置(カポネ)が、互いに相手をコントロールする手段を握り合う。
この構図は、その後、驚くべき発展を遂げていく。個人間の「秘密の握り合い」が、組織化・システム化されていく過程だ。ロイ・コーンの「恩義銀行」は、その集大成と言える。
ここで考えなければならないのは、ロイ・コーンという人物の「天才性」だ。彼は単にマフィアの弁護士をしていただけではない。彼は「秘密」と「恩義」を「通貨」として流通させる金融システムを構築したのだ。法律事務所という「公的」で「権威的」な場をハブとして、政治家、実業家、犯罪者、諜報機関関係者が集う。そこで取引されるのは、金銭だけではない。むしろ、金銭以上に重要なのは「情報」(恥ずべき秘密)と、それによって生じる「負債」(恩義)である。
コーンの事務所は、一種の「闇の中央銀行」だったのかもしれない。通常の銀行が「信用」を基に通貨を創造するように、コーンは「秘密の脅迫力」を基に「影響力」という通貨を創造し、流通させた。クライアントのスキャンダルを隠蔽するという「サービス」を提供し、その対価として、将来における政治的影響力の行使、司法手続きにおける便宜、ビジネスチャンスの提供などを「引き出す権利」を獲得する。
このシステムが恐ろしいのは、それが「自発的」に見える点だ。脅迫されている当事者は、往々にして「自分はコーンに助けてもらった」「恩がある」と感じる。実際、コーンは彼らの窮地を救ったのだから。しかし、その救済の代償は、永遠に続く「負債」であり、それはいつでも取り立て可能な「担保」なのである。これが「恩義銀行」の本質だ。著者が引用している歴史学者エリック・ホブズボームの「金持ちだがあまり尊敬されない男たち」という表現は、このネットワークに属する者たちの本質を突いている。彼らは公的な権威や尊敬ではなく、「他人を脅迫できる力」によって支配力を得ている。
民間CIAと「否認可能性」という万能薬
第5章、第6章で詳述される「民間CIA」の概念は、この影の権力構造が国際化・事業化した姿だ。ここでの核心キーワードは「否認可能性」である。
国家の諜報機関であるCIAには、憲法や法律、国際法、外交上の制約がある。少なくとも建前上は。しかし、「国の利益」のためには時として、それらの制約を超えた「汚れ仕事」(武器密輸、麻薬取引、暗殺、政権転覆工作)が必要だと判断されることがある。では、どうするか?
答えは、「民間」の殻を被せた組織にその仕事を委託することだ。ミルトン・メイデン・コープランドのような元CIA工作員が設立した企業、あるいはCIAが密かに資金を出している航空会社(CAT/エア・アメリカ)。これらは、表向きは民間の請負企業や航空運送会社である。彼らが違法な工作活動に関与しても、それが発覚した時、政府は「我々の関与はない。これは民間企業の独自の行動だ」と「否認」できる。
この「否認可能性」は、国家にとって魔法のようなツールだ。リスクを外部化し、責任を回避しつつ、望む結果を得ることができる。しかし、このツールには重大な副作用がある。それは「モラル・ハザード」の極大化だ。
仕事を請け負う「民間CIA」の側から見ると、状況はこうだ。「政府という最も強力な顧客から、法の埒外での仕事を依頼されている。成功すれば褒美があり、失敗しても政府は守ってくれる(少なくとも当初は約束する)。仕事の内容は、麻薬取引だろうが、暗殺だろうが関係ない。むしろ、そうした高リスク・高違法性の仕事ほど、対価は大きい」。
こうして、国家の「国益」という大義名分と、民間業者の「利益追求」という動機が融合する。そして、その融合の媒介剤となるのが、ロイ・コーンのようなネットワーカーや、犯罪組織が持つ国際的な流通経路(「ラットライン」)なのである。
本書が描く「カウンターネットワーク」(イラン・コントラ事件における非公式の武器・資金調達ルート)は、この構図の典型例だ。CIAという国家機関、共和党の政治家、中南米の麻薬密売組織、イスラエルの武器商人、ロイ・コーンの法律事務所が、一つの有機的なネットワークを形成する。国家の一部(CIA)が、国家の別の部分(議会が定めた法律)を回避するために、国家の外部(犯罪組織)と手を組む。この時、国家の内部と外部の境界は完全に曖昧になる。
そして、ここに本書最大の衝撃的な主張の一つが現れる。このレーガン/ブッシュ時代の共和党と深く結びついた「カウンターネットワーク」が、なんと後にビル・クリントンや民主党の資金調達にも関与するというのである。
もしこれが事実なら、それは我々の政治理解を根底から覆す。つまり、表立っては激しく対立する共和党と民主党が、その「影」の部分では、同じ犯罪的な資金源と人脈ネットワークによって支えられていた可能性があるということだ。有権者は「赤 vs 青」のイデオロギー対立に熱中するが、その双方の陣営の上部には、同じ「闇の銀行家」や「武器商人」が存在するかもしれない。これは「二大政党制の幻想」あるいは「管理された対立」という、非常に陰鬱な可能性を示唆している。
ハイテク・スパイと「情報」の商品化
第9章の「ハイテクトリートン」事件は、この影のネットワークの活動が、単なる武器や麻薬から、より高度な「知的財産」や「技術」にまで及んでいることを示す。
イスラエルの諜報機関が米国の先端技術を盗み、それを米国内の犯罪ネットワークを通じて転売したり、他国に供与したりする。この構図は非常に興味深い。ここでは、「情報」そのものが最高級の商品として取引されている。しかも、その流通経路には、ロバート・マックスウェル(英国のメディア王であり、ギスレーヌ・マックスウェルの父)のような、表立っては「 respectable 」な人物が関与していた疑いが強い。
マックスウェルは、メディア企業を経営する「公人」であると同時に、イスラエル諜報機関モサドの工作員であったとも言われる人物だ。彼の娘ギスレーヌは、後にジェフリー・エプスタインの共同経営者となり、彼のネットワークの中心人物となる。このつながりは偶然だろうか? 著者はそうは考えていない。むしろ、エプスタイン=マックスウェルのネットワークは、父ロバート・マックスウェルが属していた、国際諜報・犯罪・金融の複合体の「新しい世代」における現れだと位置づけている。
ここで重要なのは、このネットワークが扱う「商品」の質的変化だ。フーヴァーの時代は「個人的なスキャンダル」(同性愛、不倫)が主な商品だった。ロイ・コーンの時代には、それに加えて「政治的影響力」や「司法取引」が商品化された。そして、ハイテクトリートンの時代には「国家的機密である先端技術」が商品となり、エプスタインの時代には、「超富裕層や権力者を巻き込んだ未成年者への性的虐待」という、最も扱いやすく破壊力のある「汚点」が、商品かつ武器となった。
エプスタインの「特殊性」は、彼がこの長い歴史の流れにおける「現代的な適応形」である点だ。彼はロイ・コーンの「恩義銀行」モデルを、デジタル時代(隠しカメラの存在が暗示される)とグローバル・エリートのネットワークに適用した。彼の島(リトル・セント・ジェームズ島)は、21世紀版の「ロイ・コーンの事務所」かもしれない。表向きは豪華な私邸と社交場だが、実態は権力者を「ハニートラップ」にかけ、その恥ずべき行為を記録・収集するための装置だった可能性が高い。
児童虐待ネットワーク:「恐喝」の究極形態
第10章で詳細に検証される、レーガン政権時代の児童性的虐待ネットワークの疑惑(「サンシャイン・ボーイズ」など)は、この「恐喝による統治」が最も暗く、最も非道な領域に達した事例である。
これらの疑惑が真実ならば、それは単なる犯罪者の集まりを超えている。それは、権力者を体系的に脅迫し、支配するための「社会的装置」として機能していた可能性がある。未成年者、特に少年少女を性的対象として提供するネットワークは、それに参与した権力者に対して二重の脅迫材料を提供する。第一に、刑法上の重大犯罪(児童性的虐待)への関与という事実そのもの。第二に、社会通念上、最も忌み嫌われる行為の一つに関与したという「道義的・社会的破滅」の可能性だ。
この種の秘密を握られることは、政治家や高官にとってはキャリアの終わりを意味する。したがって、その秘密を握る者に対する「忠誠」は、ほぼ無限大となる。司法長官エドウィン・ミーズがこれらの疑惑の調査を妨害したとされるのは、極めて重い意味を持つ。国家の最高法務責任者が、児童虐待ネットワークの隠蔽に加担した(あるいは少なくとも調査を阻んだ)のであれば、それはもはや「腐敗」の域を超え、「国家の司法機能そのものが影の権力構造に乗っ取られた」ことを示す。
著者は、レーガン時代を「恐喝が単なる政治の付随物ではなく、統治の一形態として機能し始めた決定的な瞬間」と評している。この評価は過大だろうか? 本書が積み上げる証拠の連なり——フーヴァーのポーンバイブルからコーンの恩義銀行、民間CIAの暗躍、カウンターネットワークの両党への浸透、ハイテク窃盗、そして児童虐待ネットワークの疑惑へ——を見る限り、これは一貫したパターンとして読める。
構造的腐敗と意図的陰謀のスペクトル
ここで、この分析における最大の難問に直面する。これは「構造的腐敗」なのか、それとも「意図的陰謀」なのか?
主流のメディアや学術的な議論は、往々にして「構造的腐敗」という説明に傾きがちだ。個人の悪意や計画的な陰謀ではなく、制度の欠陥、インセンティブの歪み、官僚機構の慣性などが、結果として腐敗を生み出すという説明だ。これは部分的には真実である。確かに、ロイ・コーンの「恩義銀行」は、個々のクライアントが自分の汚点を隠したいという動機に起因して「自然発生的」に形成された側面がある。「否認可能性」を求める国家の論理も、ある種の官僚的合理主義の産物と言える。
しかし、本書が提示する歴史の流れを詳細に追うと、「意図性」のベクトルを無視するのは困難に思える。例えば、児童虐待ネットワークを組織的に運営し、それを政治的脅迫に利用する行為は、明らかな「意図的犯罪」であり、計画性を必要とする。単なる構造の産物では説明がつかない。ハイテクトリートンのように、国家的規模で技術を窃盗し、その経路を隠蔽する工作も、高度な計画と調整を必要とする。
おそらく真実は、このスペクトラムの中間にある。つまり、「構造」が「意図」を可能にし、増幅し、「意図」が「構造」を強化し、永続化させるという、相互強化的な関係だ。腐敗しやすい制度(「否認可能性」を許す諜報活動の在り方、金権政治)が存在するからこそ、ロイ・コーンやエプスタインのような「ネットワーカー」が活躍する余地が生まれる。逆に、彼らが成功することで、その腐敗した構造はさらに強化され、より多くの参与者を引き込み、より強固なものになっていく。
歴史的には「意図性」が過小評価されてきた。特に、国家の正史や主流メディアのナラティブは、国家や機関の行動を、しばしば「過ち」や「失敗」や「構造的問題」として語り、特定の個人やグループによる計画的な悪意を強調することを避ける傾向がある。それは、「国家とは基本的に善であり、たまに間違えるだけだ」という前提を維持するためかもしれない。しかし、本書が描く歴史は、国家の内部と外部にいる人々が、長期的な視野と明確な意図を持って、この「影のシステム」を構築・維持してきた可能性を示している。
日本の文脈で考える
最後に、この本が描く「恐喝による統治」の構造は、日本に全く無縁だろうか? 違うと思う。
日本にも「黒い霧事件」や「ロッキード事件」、「リクルート事件」など、政財界と暴力団・闇勢力の癒着を疑わせる事件の歴史がある。また、近年では「森友・加計学園問題」や「桜を見る会」問題など、公文書改竄や情報隠蔽によって、権力の私物化や忖度の構造が浮き彫りになった。
より直接的な類似点を探すなら、日本の「公安」や「内調」(内閣情報調査室)の活動の不透明さ、「民間」防衛会社やシンクタンクの役割、そしてメディアと政権の「馴れ合い」構造は、「否認可能性」や「恩義銀行」の日本的変種を考察する材料となる。特定のジャーナリストや評論家が、権力に近い位置で「情報の仲介者」として機能し、その見返りとしてスクープを得たり、アクセスを維持したりする構図は、ロイ・コーンのシステムの「ソフト版」と言えないか。
しかし、日本とアメリカで決定的に違うのは、「スケール」と「暴力性」かもしれない。本書が描くのは、国際的な武器・麻薬取引、国家レベルのスパイ工作、組織的な暗殺や虐待ネットワークなど、文字通り「生死をかけた」闇の世界だ。日本の政商や暴力団の癒着は、どちらかと言えば「利権」や「便宜」の次元で動いているように見える(もちろん例外はあるが)。
とはいえ、根本的なメカニズム——「秘密を握ることで人を支配する」「公的権力と私的利益の境界を曖昧にする」「民間の殻を利用して責任を回避する」——は共通している。日本社会が今後、より不安定化し、権力闘争が激化する中で、この「アメリカン・モデル」がより直接的に輸入され、適応される可能性はゼロではない。
結局のところ、ホイットニー・ウェブの『One Nation Under Blackmail』が我々に突きつける問いはこれだ。「民主主義」と称する我々の社会は、その表面の下で、実は「秘密と脅迫」によって動かされている部分がどれほどあるのか? ジェフリー・エプスタインは、異常な怪物だったのか、それとも、我々の政治・経済システムが必然的に生み出してしまう「闇のネットワーカー」の、ほんの一例に過ぎないのか?
本書は膨大な史料を積み上げて、後者の可能性を強く示唆している。それは非常に不愉快で、不安になる結論だ。しかし、真実を探求するということは、時に不愉快な事実と向き合うことを意味する。この本は、我々が住む世界の「公式バージョン」とは全く異なる、もう一つの地図を提示している。それが完全に正確な地図かどうかは、さらに検証が必要だ。だが、少なくとも、我々が普段見ている地図には載っていない「地形」が確かに存在することを、この本は強烈に思い知らせてくれる。
