
https://resolve.cambridge.org/core/journals/asia-pacific-journal/article/new-research-on-the-nanjing-incident/360A61B2D32315AA16B0FAAEFA259440
https://note.com/alzhacker/n/nb0592327724d
AIによるまとめ
『南京事件に関する新たな研究』(New Research on the Nanjing Incident)
David Askew
南京事件研究の現状と課題
南京事件(南京大虐殺、南京の暴行とも呼ばれる)は日中関係における極めて論争的な歴史問題である。この事件は1937年12月13日の南京陥落前後約6〜7週間にわたって日本軍が行った大規模な殺害、レイプ、略奪、放火を指す。現在、この事件は中国の現代的国家アイデンティティ構築の基礎となっており、歴史研究への関心すら現代中国のアイデンティティへの攻撃と解釈される可能性がある。
この問題を巡る議論は高度に政治化され、感情的になっている。研究者は「死体最小派」と「死体最大派」という両極端からの攻撃を受けるリスクを負う。あまりに懐疑的であれば日本の民族主義的修正主義者や否定論者として非難され、逆に南京への関心を示せば日本叩きや反日的人種主義と見なされる。
定義をめぐる意味論的問題
南京事件研究の主要な問題の一つは基本概念の定義に関する合意の欠如である。
「南京」の地理的定義には大きな幅がある。「死体最小派」は数平方キロメートルの安全区のみを「南京」と定義する一方、「死体最大派」は南京周辺6県、さらには320キロ離れた上海まで含める場合もある。このような定義の違いにより、同じ「南京」について議論していても全く異なる地域と時期を対象としている。
「虐殺」の定義についても合意がない。戦闘での死者を含めるか、「合法的」処刑と「違法」殺害をどう区別するかなど、何を虐殺に含めるかで犠牲者数は大きく変動する。さらに、各死者を文書で確認するという厳格な法医学的アプローチから、すべての証言を無批判に受け入れる立場まで、犠牲者数の算定方法も多様である。
言語別研究の特徴
学術研究は主に中国語、英語、日本語で行われているが、日本語による研究が最も発達している。
中国語研究では貴重な一次資料の収集が行われているが、批判的検証が不十分で、偽造と判明した写真が今でも使用されている。中国本土では言論の自由の制約により、多くの二次資料は政府の公式見解を繰り返すのみで、真の議論は成立していない。
英語研究では、アイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』(1997年)が大きな影響を与えたが、この著作は頻繁に捏造や虚構を含む問題作である。その後、ジョシュア・フォーゲル編『歴史と史学における南京大虐殺』(2000年)など、より学術的な作品が出版されている。
日本語研究では数十年にわたる真の議論が展開されており、大量の一次資料が出版されている。1985年以降の20年間で南京に関する書籍が100冊以上出版され、特に1980年代には「幻派」の正当性が崩壊した。
日本における三つの学派
日本の南京事件研究は犠牲者数の推定によって三つの学派に分類される。
- 幻派(まぼろし派):数千人程度の「虐殺」があったとする立場。保守的思想家や非専門家が多く、東中野修道の『「南京大虐殺」の徹底検証』(1998年)が重要な学術的支援を提供した。
- 中間派:板倉由明の1万3千人から秦郁彦の3万8千〜4万2千人の範囲。プロの歴史家が中心で、一次資料に基づく実証的研究を重視する。
- 大虐殺派:笠原十九司の「10万人以上、おそらく20万人近くまたはそれ以上」から、従来の20万人説まで。学者が多いが、最近は守勢に回っている。
新たな分類法の提案
著者は数字による分類より、研究手法による分類を提案する。
- 右翼神話製造者(死体最小派):日本の残虐行為を最小化または否定する政治的ナラティブを構築
- 左翼神話製造者(死体最大派):東京裁判資料や中国語資料を無批判に使用
- 歴史家:一次資料に基づく実証的研究を行い、新資料に応じて見解を修正する柔軟性を持つ
この分類により、各学派内の類似性が明確になり、英語圏の議論分析にも応用可能である。
研究方法論と資料
秦郁彦は南京事件の犠牲者数算定方法を四つに分類した。
口述史は重要な洞察を提供するが最も問題の多い方法でもある。中国側証言のみに依拠すれば他の方法では実証できない数字が出る一方、日本側証言のみでは虐殺否定論が生まれる。60年以上経過した現在、新たな口述史研究の機会は急速に失われている。
埋葬記録の検証は重要だが、同時代の完全な記録の欠如により推測に頼る部分が多い。
データサンプリングでは、ルイス・スマイス(Lewis Smythe)が1938年に実施した『南京地域における戦争被害』調査が唯一の事例である。この社会学者による包括的調査は市内全域と周辺農村部をカバーし、十分に活用されていない貴重な資料である。
日本軍戦闘報告の検証では、軍は弾薬使用量や日本軍死者数は正確に報告したが、中国軍死者数は誇張する傾向があった。使用弾薬量の分析により真の中国軍死者数に光を当てることが可能である。
その他の一次資料として、国際委員会メンバー、中国人被害者、日本軍加害者の日記、手紙、文書がある。特に国際委員会関係の文書は比較的客観的な情報を提供するが、英語圏では十分活用されていない。
最近の動向
1990年代後半以降、ジョン・ラーベの日記とアイリス・チャンの著作が議論に大きな影響を与えた。
ラーベ効果により、大虐殺派の極端な犠牲者推定の根拠は破綻したが、同時に日本軍による略奪、放火、レイプ、数千人の「元兵士」処刑があったことも明確になった。大虐殺派の一部は既に数字を下方修正しており、本多勝一は「10万人余り」、笠原十九司はラーベの推定5〜6万人(民間人と兵士、戦死者含む)に8万人の処刑兵士を加えて算出している。
国際化の進展では、日本語研究の英訳が進み、欧米の学者による日中両言語に精通した研究が増加している。ティモシー・ブルックやボブ・ワカバヤシなどの研究者が、従来軽視されてきた占領下南京の政治構造や協力政権に関する革新的研究を行っている。
新たな視点として、中国人を受動的被害者とする従来の枠組みを超え、中国軍の焦土作戦による放火の可能性や都市内レジスタンス活動の検証が求められている。また、便衣兵(平服兵士)使用が民間人処刑に与えた影響など、これまでタブー視されてきた複雑な問題への取り組みも必要である。
結論と今後の課題
南京事件研究は依然として論争的で、中国では30万人説が文字通り石に刻まれている一方、日本では誰もこの数字を妥当とは考えていない。各国で異なる正統的見解が並行して存在し、交わることのない状況は望ましくない。
歴史家には、現代の政治的・イデオロギー的対立の道具として南京を利用する傾向に対抗する義務がある。一次資料に基づく冷静な歴史再構築と、できるだけ多くの原資料の発見・公開が不可欠である。また、英語による国際的な議論の場を通じて、日中両国の研究者と第三国の研究者による対話促進が真実への接近に資するだろう。
