書籍『メイキング・ザ・カット:医療と現代医学の危険性に関する回想録』アーロン・ケリアティ 2025年

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『Making the Cut: A Memoir on Healing and the Dangers of Modern Medicine』Aaron Kheriaty 2025

『メイキング・ザ・カット:医療と現代医学の危険性に関する回想録』アーロン・ケリアティ 2025年

目次

  • 序章 不本意なロマンチスト / The Reluctant Romantic
  • 第一部 医学部での研修
  • 第1章 突破口へ / Into the Breach
  • 第2章 患者としての遺体 / A Patient Corpse
  • 第3章 見て、やって、教える / See One, Do One, Teach One
  • 第4章 登場と退場 / Their Exits and Their Entrances
  • 第5章 鋼で癒す / Heal with Steel
  • 第6章 燃える心 / Minds on Fire
  • 第7章 挑戦のみ / Only the Trying
  • 第8章 受け手側に立って / The Receiving End
  • 第9章 静かな絶望 / Quiet Desperation
  • 第二部 医学の診断と治療
  • 第10章 病状の診断 / Diagnosing the Disease
  • 第11章 メイキング・ザ・カット / Making the Cut
  • 結論 驚嘆へ / To the Wonder

本書の概要:

短い解説:

本書は、医師であり生命倫理学者である著者が、自身の医学部での研修体験を回想しつつ、現代医療が抱える根本的な問題を診断し、その治療法を提案するものである。医療関係者だけでなく、医療の現状に疑問を抱く一般読者にも広く訴えかける内容である。

著者について:

著者アーロン・ケリアティは、ジョージタウン大学医学部を卒業後、カリフォルニア大学アーバイン校(UCI)医学部で16年間教授を務めた精神科医・生命倫理学者である。COVID-19危機において大学のワクチン義務化政策に異議を唱え解雇された経験を持ち、医師の言論の自由や医療の在り方を問う訴訟にも関与している。本書では、医療への深い愛と、その堕落に対する痛切な批判という、二つの視点から現代医学を考察する。

テーマ解説

  • 主要テーマ:医療の本質と現代医療の危機 [医療とは何か、そしてなぜ現代医療は病人を増やしているのか]
  • 新規性:医療におけるマネジリアリズム(管理主義)の批判 [効率化・画一化が患者と医師を苦しめている]
  • 興味深い知見:医原病(医療が引き起こす病気) [現代医療システムそのものが病気の原因となっている]

キーワード解説(1~3つ)

  • ヒポクラテスの誓い:医師の職業的倫理の基盤となる誓い。患者の利益のみを追求し、害を加えないことを約束する。
  • マネジリアリズム:すべてを上から管理・統制すべきだという思想。医療の画一化と非人間化を招いている。
  • パラレル・ポリス(並行社会):主流の制度から独立した代替的な医療システムを構築するという提案。

3分要約

本書は、著者アーロン・ケリアティの医学部での体験記であり、同時に現代医療に対する痛烈な批判と再生への提言である。著者は、医学部に入学した当初は半ば偶然にこの道を選んだ「外部者」であった。しかし、患者たちとの出会い、生死をかけた医療現場での体験を通じて、医師という職業の神髄に触れ、深く愛するようになる。

しかし、その愛ゆえに、現代医療が抱える病巣を見過ごすことはできない。著者は、医療が本来の目的である「患者の癒し」から逸脱し、効率化、画一化、利潤追求を優先する「マネジリアリズム」の罠に陥っていると診断する。この管理主義的なアプローチは、医師の臨床判断を縛り、患者を個々の人間ではなく「処理すべきケース」として見なすよう促す。その結果、医師は燃え尽き、患者は不信感を募らせ、医療そのものが「医原病」、すなわち病気を生み出す原因となっている。

著者が体験した数々の臨床例——破裂した大動脈瘤の緊急手術、重度の精神疾患に苦しむ患者たち、臓器移植の光と影、終末期医療の難しさ——は、医療の持つ可能性と限界、そして人間の尊厳の意味を読者に問いかける。

最終章で著者は、この病んだ医療システムに対する治療法を提案する。既存の制度内での改革には限界があるとし、むしろ主流のシステムから独立した「パラレル・ポリス(並行社会)」としての新しい医療モデル——例えば、保険会社を介さない直接契約に基づく診療——を構築することを呼びかける。それは、医師と患者の信頼関係を中心に据え、人間性を取り戻すための挑戦である。

著者のメッセージは明快である。医療を救うためには、その肥大化したシステムにメスを入れ、「切断」を行わなければならない。それは痛みを伴う作業だが、真の癒しをもたらすために必要なのである。

各章の要約

序章 不本意なロマンチスト

著者は医学部に「外部者」として入学し、当初は医師になることへの疑念を抱いていた。しかし、患者との関わりを通じて医療の本質に触れ、次第にその魅力に取りつかれていく。現代医療は確かに驚異的な進歩を遂げたが、同時に深刻な病にも冒されている。患者への信頼は失墜し、医師は燃え尽き、医療システムそのものが「医原病」を生み出している。本書は、著者の個人的な医学教育の回想であるとともに、この病んだ医療システムへの診断と治療の提案である。著者はこう述べる。「医師は、癒すために傷つける。『鋭い痛みを感じますよ!』と彼女は言い、切断を行う前に。」

第一部 医学部での研修

第1章 突破口へ

医学部生としての著者の体験は、予想とはかけ離れた現実から始まる。重度の便秘に苦しむ巨大な患者の manual disimpaction(手による便かき出し)という、汚くも過酷な業務に従事する。しかし、そんな中でも医療の劇的な側面——破裂した大動脈瘤による緊急手術——にも立ち会う。患者は瀕死の状態でヘリコプターで搬送され、執刀医とチームの迅速かつ巧みな処置によって奇跡的に一命を取り留める。この体験は、現代医療が急性期の危機的状況に対処する卓越した能力を示すと同時に、慢性疾患の予防や健康の促進には不得手であるという限界も露わにする。現代医学は機械のように壊れた身体を修理するのは得意だが、人間全体を育むことは苦手なのである。

第2章 患者としての遺体

著者の最初の「患者」は、解剖学実習で扱う献体であった。遺体解剖は医学教育の通過儀礼だが、そこで得られる知識は「死んだ」身体に基づいている。近代医学、とりわけ生理学の父クロード・ベルナールの考え方に代表されるように、生体を「動物機械」と見なす還元主義的・機械論的生命観が医学の根底に流れている。著者は、この死体を規範とする見方が、生命を動的で統合された全体として理解することを妨げ、現代医学の行き詰まりの一因となっていると考える。医学部の初期教育は、この機械論的パラダイムと、膨大な量の情報の暗記に特徴づけられる。

第3章 見て、やって、教える

臨床実習が始まり、著者は病院という「異文化」に足を踏み入れる。そこには独特の言語(専門用語と隠語)、厳格なヒエラルキー、そして「ピンピング」と呼ばれる容赦ない質問攻めが待ち受けていた。医療行為は「一つ見て、一つやり、一つ教える」という徒弟制度的方式で学ばれる。著者は初めての腰椎穿刺に挑戦し、失敗する。また、医療の非人間化的な側面——例えば、性を単なる生理プロセスとして語る「エロスの殺菌」——にも気づき始める。医療の言語と文化は、患者を神秘化し、医師を技術者へと変質させる危険性をはらんでいる。

第4章 登場と退場

この章では、人生の始まりと終わり——出生と死——が扱われる。著者は自然分娩に立ち会い、自らの手で新生児を取り上げるという感動的な体験をする。しかし、医療化された出産は必要以上の帝王切開を招きがちである。他方、死については、現代社会および医療システムが「死の否定」に陥っていると著者は論じる。医師でさえ「死亡」という言葉を避けて「expired(期限切れ)」などの婉曲表現を使う。この死の否定は、無益な延命治療(治療的頑迷)と安楽死や尊厳死という、相反するように見えて実は同根の二つの現象として現れる。真の「死の藝術」は、苦痛の除去だけでなく、和解と受容のための空間を作ることであり、医療はそのプロセスを邪魔すべきではない。

第5章 鋼で癒す

外科手術において、医師は文字通り「鋼(メス)で癒す」。著者は切断手術、生体腎移植、肝移植といった様々な手術を体験する。臓器移植は現代医学の驚異であるが、そこには「脳死」の概念的曖昧性や、身体を「部品の集合体」と見なす機械論的デュアリズム(二元論)の危険性が潜む。臓器提供は常に「贈与」の論理に基づくべきであり、「採取」や「取引」に堕してはならない。著者は、臓器移植がもたらす生命の恩恵を認めつつも、人体の商品化や、死の定義を歪めることへの倫理的懸念を表明する。

第6章 燃える心

精神科ローテーションでは、統合失調症や双極性障害など、重篤な精神疾患に苦しむ患者たちと出会う。彼らはしばしば社会の偏見と孤立に苦しみ、その苦悩は「静かな絶望」として表れる。著者は、幻觉や妄想に苛まれる患者、自傷行為を繰り返す患者の症例を紹介する。精神疾患に対する生物学的治療の進歩にもかかわらず、患者を支える共同体や社会的包摂こそが回復の鍵となることが多い。かつての脱施設化は多くの患者を路上や刑務所に追いやり、社会は彼らを見えない存在として扱い続けている。

第7章 挑戦のみ

この章では、双極性障害(躁うつ病)に苦しむ二人の若者——患者のリサと著者の親友マット——の物語が中心となる。著者はリサを入院させ、治療にあたる。一方、マットは病識を持たず、治療を拒否し、幾度も自殺を図る。著者は医学生として、そして友人間として、必死にマットを救おうと試みるが、ついにマットは自らの命を絶ってしまう。この体験は、著者に精神科医としての道を決意させるとともに、医師としての無力さも痛感させる。医療には限界がある。しかし、それでも「挑戦」することに意味がある。著者はこう述べる。「私たちにできるのは、挑戦することだけである。残りは私たちの関与するところではない。」

第8章 受け手側に立って

著者自身が、自動車事故、水泳中の頭部外傷、妻の妊娠・出産時の合併症、息子の骨折など、相次ぐ「医療的不運」により、患者側の立場を経験する。この「受け手」側の体験は、病院食のまずさ、ベッドの不快さ、看護師の重要性、そして医師のほんの少しの励ましの言葉の重みを実感させた。この経験は、医師として患者の苦しみを理解する上で貴重な教訓となった。医療の核心は、脆弱な患者と、信頼(フィデュシャリー)関係を結ぶ医師との個人的な関係にある。この信頼関係こそが、現代の契約モデルや消費者モデルといった歪んだ医療観から守らなければならないものなのである。

第9章 静かな絶望

病院には、計り知れない苦しみを抱えた患者たちがいる。喉頭を切除して声を失い、耐え難い頭痛に苦しむ老神父。脳梗塞により身体が硬直し、意思疎通がほとんど不可能になった男性(彼はある日、突然「神経学」と一言だけ発する)。精神科病棟と小児集中治療室で同時に入院する二人の息子を持つ母親。著者はこれらの患者の「静かな絶望」に触れ、医師として共に苦しむ(compassion)ことの意味を問いかける。医師は、冷笑主義、自然主義的運命論、虚無主義、そして傲慢という誘惑に常にさらされている。医療に携わる者は、これらの危険を乗り越え、謙遜の知恵を学ばなければならない。

第二部 医学の診断と治療

第10章 病状の診断

著者は、現代医療が深刻な危機に瀕していると診断する。患者の不満は高く、医師は大量に離職している。根本的な病因は「マネジリアリズム」——技術官僚主義、ユートピア的進歩主義、解放主義、均質化普遍主義——という意识形态である。これは、画一的な「ガイドライン」や「質指標」を通じて医師の臨床判断を縛り、効率と管理を最優先する。その結果、医療は「通過型」の産業となり、患者は画一的に処理される「製品」と化している。イヴァン・イリイチの『医療のネメシス』を引用しつつ、著者は医療システムそのものが「医原病」の最大の原因となっていると主張する。医療の肥大化を止め、個人と共同体が健康に対する責任を取り戻すこと——つまり、医療を「制限」することこそが、真の解決策なのである。

第11章 メイキング・ザ・カット

既存の医療制度の根本的な改革は困難である。そこで著者が提案するのは、主流の制度から独立した「パラレル・ポリス(並行社会)」——新しい医療モデル——を構築することである。例えば、保険に依存しない直接契約に基づく診療(Direct Primary Care)や、新しい医療倫理を追求するヒポクラテス協会のようなものである。これは、かつてのホームスクーリング運動のように、時間をかけて既存制度を変えていくことを目指す。医学教育においては、科学的知识だけでなく、人間性や謙遜といった美徳を育成することが必要である。著者は、医師という職業の特権と責任を改めて強調し、すべての努力の源は患者への奉仕であると結論づける。医療を救うためには、思い切った「切断」が必要なのである。

結論 驚嘆へ

医学部を卒業し、精神科医として、そして教授としての道を歩み始めた著者は、自身がもはや「生徒」ではなく、最終的な責任を負う「指導医」であることを自覚する。精神科病棟でドアを破壊して脱走しようとする患者に対処したエピソードは、その責任の重さを物語る。医師としての経験は著者を変え、患者たちは彼のアイデンティティの一部となった。医療の核心には、技術ではなく、信頼に基づく医師-患者関係という人間的な絆がある。本書で紹介された症例——自殺願望を持つ老人の心境の微妙な変化、病棟で突然のミニコンサートを始める患者たち——は、医療の現場が常に驚きと希望に満ちていることを示す。著者は最後に、不確実性とともにある医療という行為の本質を述べ、読者に医師という職業への招きを投げかける。


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