
『How Doctors Think』Jerome Groopman M.D. 2007
『医師の考え方:医療現場における判断と意思決定』ジェローム・グループマン 2007年
目次
- 序章
- 第1章 現場での意思決定 / Flesh-and-Blood Decision-Making
- 第2章 心臓からの教訓 / Lessons from the Heart
- 第3章 多忙な診療現場 / Spinning Plates
- 第4章 かかりつけ医の役割 / Gatekeepers
- 第5章 新米母親の挑戦 / A New Mother’s Challenge
- 第6章 専門家の不確実性 / The Uncertainty of the Expert
- 第7章 外科手術と満足度 / Surgery and Satisfaction
- 第8章 見る者の眼 / The Eye of the Beholder
- 第9章 マーケティング、金銭、医療判断 / Marketing, Money, and Medical Decisions
- 第10章 魂への奉仕 / In Service of the Soul
- エピローグ:患者の疑問 / Epilogue: A Patient’s Questions
本書の概要
短い解説:
本書は、医師が患者の診断と治療においてどのように考え、判断しているかを明らかにすることを目的としている。医療従事者だけでなく、患者やその家族にも、医師の思考プロセスを理解することでより良い医療を受ける方法を提示する。
著者について:
著者ジェローム・グループマンは、ハーバード大学医学部教授で、30年以上にわたり血液疾患とがん治療の臨床医として活躍。自身も患者としての経験を持ち、医療現場の意思決定プロセスに深い関心を寄せている。本書では豊富な臨床例を通じて、医師の思考のパターンとその落とし穴を分析する。
テーマ解説
- 主要テーマ:医師の臨床判断における認知プロセス [医療現場での意思決定の心理的メカニズム]
- 新規性:医療過誤の多くは技術的失敗ではなく認知的誤りにある [従来の医療安全議論とは異なる視点]
- 興味深い知見:医師の感情状態が診断精度に影響する [医師の客観性神話への挑戦]
キーワード解説
- 認知バイアス:医師の判断を歪める無意識の思考パターン
- パターン認識:経験に基づく瞬時の診断プロセス
- ヒューリスティックス:時間制約のある中での思考の近道
3分要約
本書は、医師がどのように考え、診断し、治療方針を決定するのかを探求した医療ノンフィクションである。著者は、医療過誤の多くは技術的な失敗ではなく、医師の思考プロセスにおける認知的な誤りに起因すると指摘する。
序章では、15年間にわたり摂食障害と診断されていた女性が、実はセリアック病であった症例を紹介。この症例では、医師たちが初期の診断に固執し、矛盾する症状を見落としていたことが明らかになる。
第1章から第3章では、救急医療現場での意思決定プロセスを分析。時間的制約のある中で医師が依存する「パターン認識」と「ヒューリスティックス」(思考の近道)の利点と危険性を論じる。特に、利用可能性ヒューリスティック(最近経験した症例に影響されやすい)や確認バイアス(最初の診断を支持する情報ばかり集める)などの認知バイアスが、誤診を引き起こすことを示す。
第4章ではかかりつけ医の役割に焦点を当て、現代医療システムにおける時間的制約や経済的圧力が、医師の思考の質に与える影響を考察する。
第5章と第6章では、専門家でさえ不確実性に直面することを示す。ベトナムから養子縁組した乳児の症例では、複数の専門医が重度の免疫不全症と誤診し、危険な骨髄移植を勧めようとしたが、母親の粘り強い調査と疑問提起によって、実際は栄養失調が原因であったことが判明する。
第7章と第8章では、外科医と放射線科医の思考プロセスを探る。外科医の「満足探索」(一つの異常を見つけると探索を止める)や放射線科医の「ゲシュタルト認識」(パターンによる瞬時の判断)の落とし穴を具体例で示す。
第9章では、製薬会社のマーケティングや経済的インセンティブが医師の判断に与える影響を批判的に検討する。
第10章とエピローグでは、患者と医師の協働の重要性を強調。患者や家族が適切な質問をすることで、医師の認知バイアスを防ぎ、より正確な診断に導けることを示す。
本書を通じて、著者は医療の不確実性を認め、医師と患者が対等なパートナーとして思考プロセスを共有することの重要性を訴えている。
各章の要約
序章
15年間にわたり摂食障害と診断されていたアン・ドッジの症例を紹介する。彼女は多くの医師にかかったが、体重減少と消化器症状が改善しなかった。消化器専門医のマイロン・ファルチュクは、オープンな質問と注意深い観察を通じて、彼女が実際にはセリアック病(グルテン不耐症)であることを見抜く。この症例は、医師が初期の診断に固執し、矛盾する証拠を無視する「認知の罠」の危険性を示している。著者はこう述べる。「医師がどのように考えるかを理解することは、患者がより良い医療を受けるための第一歩である。」
第1章 現場での意思決定
研修医初日の経験を通じて、医師の思考が教科書的な分析ではなく、パターン認識と直感に大きく依存していることを明らかにする。緊急時の意思決定では、イェルクス・ドドソンの法則に示されるように、適度な緊張状態が最高のパフォーマンスを生む。しかし、感情が強すぎると思考が麻痺し、重要な所見を見落とす危険性がある。医師の思考は認知と感情が不可分に結びついており、適切な感情的状態の維持が正確な判断につながる。
第2章 心臓からの教訓
救急部門で経験した2つの症例を通じて、認知バイアスの影響を考察する。森林監視員の症例では、患者の健康的な外見に影響され、不安定狭心症を見落とす「代表性ヒューリスティック」の誤りを犯す。一方、アルコール依存症が疑われる患者では、否定的なステレオタイプに影響され、実際にはウィルソン病という遺伝性疾患を見逃す「 attribution error」(帰属誤り)の危険性を示す。医師の感情状態が診断精度に影響を与えることを明確にしている。
第3章 多忙な診療現場
救急医療現場における認知エラーの具体例を分析する。アスピリン中毒の患者をウイルス性肺炎と誤診した症例では、「利用可能性ヒューリスティック」(最近よく見た症例に引きずられる)と「確認バイアス」(最初の診断を支持する証拠ばかり探す)の複合的な影響を示す。多忙な救急部門では、医師が「皿回し」のように複数の患者を同時に扱わなければならず、このような環境が認知エラーを引き起こしやすいことを指摘する。
第4章 かかりつけ医の役割
小児科医と内科医の診療現場を通じて、現代医療システムにおけるかかりつけ医の課題を考察する。過剰な業務量と時間的制約が、医師の思考の質を低下させている現実を描く。特に、発達障害の診断など、複雑な判断を要する症例では、十分な時間と注意深い観察が必要であることを強調する。著者はこう述べる。「良い医療とは、科学と芸術のバランスなのである。」
第5章 新米母親の挑戦
ベトナムから養子縁組した乳児シャイラの症例を詳細に追う。複数の専門医が重度の免疫不全症と診断し、骨髄移植を勧めるが、母親のレイチェルは独自に調査を続け、栄養失調の可能性を主張する。最終的には母親の直感が正しく、栄養補給によって乳児は回復する。この症例は、「診断の勢い」(一度下された診断が修正されにくい)と「ゼブラ退避」(稀な疾患を考慮しない傾向)という認知エラーの危険性を示している。
第6章 専門家の不確実性
小児心臓病専門医のジェームズ・ロックの症例を通じて、専門家でさえ不確実性に直面する現実を描く。先天性心疾患の治療では、前例のない症例に直面し、その場で創造的な解決策を考えなければならないことが多い。ロックは、論理的推論だけでは不十分で、経験に基づく直感と絶え間ない疑問の重要性を強調する。専門家の思考には常に不確実性が伴い、この現実を認めることがより良い医療につながる。
第7章 外科手術と満足度
著者自身の手首の疾患の診断経験を通じて、外科医の思考プロセスを分析する。6人の外科医から4つの異なる診断と治療法を提示された経験は、外科医の認知バイアスを浮き彫りにする。特に「満足探索」(一つの異常を見つけると探索を止める)と「コミッションバイアス」(行動しないよりも行動を選好する傾向)が、不必要な手術につながる危険性を指摘する。
第8章 見る者の眼
放射線科医の診断プロセスを探る。研究によれば、放射線科医の診断には20~30%の誤りがあり、同じ画像を異なる時期に見ると5~10%の確率で以前の診断と矛盾する。デニス・オーウィグは、体系的なチェックリストの使用と、ゆっくりと注意深い画像読影の重要性を強調する。経験豊富な医師であればあるほど、直感的な「ゲシュタルト認識」に依存する危険性が高まることを指摘する。
第9章 マーケティング、金銭、医療判断
製薬会社のマーケティングや経済的インセンティブが医師の判断に与える影響を批判的に検討する。テストステロン補充療法や脊椎固定術などの具体例を通じて、医学的必要性よりも商業的利益が治療方針に影響を与える現実を暴露する。医療における経済的利害関係の開示だけでは不十分であり、より厳格な規制が必要であることを示唆する。
第10章 魂への奉仕
がん治療における医師の思考と患者の価値観の調和を探る。血液腫瘍専門医のステファン・ナイマーとジェフリー・テプラーの症例を通じて、医療が科学であると同時に、患者の人生観や価値観を尊重する芸術であることを示す。最適な治療とは、医学的証拠と患者の個人的価値観の交差点にあると論じる。
エピローグ:患者の疑問
患者や家族が医師の思考プロセスを改善するための具体的な質問を提案する。「他にどのような可能性がありますか?」「何か矛盾する所見はありませんか?」「複数の問題がある可能性は?」などの質問が、医師の認知バイアスを防ぎ、より正確な診断につながることを示す。著者はこう述べる。「良い医療とは、医師と患者の共同作業なのである。」
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