
英語タイトル:Genocide Convention / A Strategy for Economic Growth on the Threshold of the 21st Century
日本語タイトル:『ジェノサイド条約 / 21世紀の経済成長のための戦略』 セルゲイ・グラジエフ 1999年
目次:
- 第1部 ジェノサイド(1993年10月〜1998年8月) / Part I. Genocide (October 1993-August 1998)
- 第1章 定義 / 1. Definitions
- 第2章 事実 / 2. Facts
- 第3章 原因 / 3. Causes
- 第4章 イデオロギー / 4. Ideology
- 第5章 メカニズム / 5. Mechanisms
- 第6章 人質 / 6. Hostages
- 第2部 ロシアと新世界秩序 / Part II. Russia and the New World Order
- 第1章 国民経済システムと経済の国際化 / 1. National Economic Systems and the Internationalization of the Economy
- 第2章 新世界秩序 / 2. The New World Order
- 第3章 ロシアの植民地化 / 3. The Colonization of Russia
- 第4章 展望 / 4. Prospects
- 第5章 選択はなされたのか? / 5. Has the Choice Been Made?
- 第3部 21世紀の経済成長のための戦略 / Part III. A Strategy for Economic Growth on the Threshold of the 21st Century
- 第1章 世界経済成長の傾向 / 1. Global Economic Growth Tendencies
- 第2章 ロシアの経済状況 / 2. The Economic Situation in Russia
- 2.1 マクロ経済状況 /:2.1. The Macroeconomic Situation
- 2.2 構造変化 /:2.2. Structural Changes
- 2.3 ロシア経済の長期的発展傾向の確率:慣性シナリオ / 2.3. Probable Long-Term Development Tendencies of the Russian Economy:The Inertia Scenario
- 第3章 経済成長のための戦略 / 3. A Strategy for Economic Growth
- 3.1 危機対策 /:3.1. Anti-Crisis Measures
- 3.2:持続的社会経済発展のための必要なマクロ経済的条件の創造 / 3.2. Creation of Necessary Macroeconomic Conditions for Sustained Social and Economic Development
- 3.3 経済成長のための国家の奨励策 /:3.3. State Incentives for Economic Growth
本書の概要:
短い解説:
本書は、1990年代のロシアにおける「ショック療法」と呼ばれる市場改革政策の結果を分析し、それを「国民に対するジェノサイド」と断罪した政治的・経済的分析書である。著者のセルゲイ・グラジエフは、エリツィン政権下で外相を務めた経済学者であり、1993年の議会砲撃に抗議して辞任した経歴を持つ。彼は、1990年代の改革が意図的にロシアの生産力を破壊し、国民を貧困と絶望に追い込み、人口を減少させたと主張する。本書は、その政策の事実、原因、背後にあるイデオロギー、実行メカニズムを詳細に検証し、最終的に1998年8月17日の財政破綻をもってその破局的な結末を迎えたと結論づける。前半(投稿テキスト)では主にこの「破壊」の側面を、後半では新世界秩序におけるロシアの位置づけと、国家の再生のための経済成長戦略を提示している。対象読者は、ロシア現代史、転換期経済、政治経済学に関心を持つ研究者、学生、一般読者である。
各章の要約
第1部 ジェノサイド(1993年10月〜1998年8月)
第1章 定義
著者は、1992年から1998年にかけてロシアで実行された経済政策を、国連の「ジェノサイド条約」の定義に照らして「ジェノサイド」であると規定する。同条約は、特定の集団を「全体または一部として破壊する意図」を持って行われる行為、特に「集団の生活条件を意図的に破壊すること」や「集団内での出生を妨げる措置」などをジェノサイドと定義している。著者は、ロシアの改革が「市場改革」「民主化」という崇高な理念の下で行われながら、実際には大多数の国民の生活条件を破壊し、出生率の急落と死亡率の上昇をもたらしたと指摘する。この政策の実行主体は、自らを「選ばれた者」と見做し、国民を「劣った者」として扱うイデオロギーに基づいて行動したと主張する。
第2章 事実
ロシアで起きている「民族の退化」を統計データで示す。1992年以降、死亡数が出生数を恒常的に上回る人口減少が続き、予測では「半減期」が60-80年とされる。平均寿命は著しく低下し、アルコール消費、薬物中毒、HIV感染、結核、梅毒などの社会的疾病が急増している。実質所得は半減し、貧困層は人口の半分近くに達し、消費水準も栄養基準を下回る。子どもへの影響は特に深刻で、健康状態の悪化、家庭の崩壊、ストリートチルドレンの増加が見られる。犯罪件数は3倍に増加し、自殺も増えている。これらの傾向は、客観的な災害や戦争によるものではなく、実行された経済政策の直接的な結果であると著者は論じる。
第3章 原因
人口の退化と生活水準の悪化は、選択された経済政策のバージョンに直接起因すると分析する。著者は、1992年から1998年までの政策を5つの「貧困化サイクル」として説明する。(1) 1992年の価格自由化:独占企業や犯罪組織による価格つり上げ、預金の実質的目減りにより、国民の貯蓄と所得が再分配された。(2) 1992-1993年の大規模民営化:国富が「オリガルヒ」とその外国の「アドバイザー」に移転し、生産は混乱し、犯罪的な富の蓄積が行われた。(3) 1993-1994年の金融ピラミッド:政府の放任により国民の貯蓄が再び失われた。(4) 1995年以降のマクロ経済政策:インフレ抑制の名目での需要抑制政策が生産の崩壊と支払い危機を引き起こした。(5) 1995-1998年の国債ピラミッド(GKO-OFZ):予算を食いつぶす超利回りの国債が発行され、金融投機家に莫大な利益をもたらす一方で、社会支出は削減され、1998年8月17日の財政破綻へと至った。
第4章 イデオロギー
破壊的政策の背景には、「ワシントン・コンセンサス」、特にその過激版である「ショック療法」のイデオロギーがあった。これは、規制緩和、民営化、金融引き締めを柱とし、国家の経済的役割を最小限に抑えることを求めるIMF主導の概念である。著者は、この概念が発展途上国を国際資本に従属させるために設計されたものであり、ロシアのような複雑な経済には適用できないと批判する。しかし、新生ロシア・オリガルヒの富の収奪と、国際資本によるロシア市場の支配という利益が一致したため、このイデオロギーが採用されたと論じる。政策の欺瞞性は、1998年破綻後に提案された「新たな」革命家のプログラムにも見られ、それは銀行システムの外国資本への譲渡、通貨政策のドルへの完全従属、国家の自己清算、国民の排除を公然と目指すものであった。
第5章 メカニズム
少数のオリガルヒが大多数の国民の利益に反する政策を実行し続けられた政治的メカニズムを分析する。その支持基盤は、(1) 国営資産の違法な取得、(2) 国家財政の操作、「縁故」銀行による富の収奪、(3) マスメディア支配による世論操作と国民の脱 モラライゼーション(士気低下)、(4) 大統領への情報統制、(5) 私的武装組織の育成と正規軍の弱体化、(6) 国外からの政治的・財政的支持、(7) コントロールされた「野党」による社会抗議の封じ込め、(8) 政治テロの脅威、などから成る。特に、GKO-OFZ金融ピラミッドは、国家予算から投機家へ超利潤を移転する主要なメカニズムとして機能した。
第6章 人質
このジェノサイド政策の「人質」となったのは、地方政府の指導者、生産企業の経営者、軍の将校、知識人、聖職者など、大勢の人間の責任を負いながら状況を変える力を持たない人々である。中央政府は財政移転を武器に地方指導者を従属させ、企業は競争力を奪われ、軍は資金不足に苦しんだ。結局、国民の大多数が、権力を掌握したオリガルヒによる国家機能と国富の収奪の「厄介な障害物」として扱われる人質となった。著者は、この政策の結果として、生産領域から投機領域へ2兆ルーブル(当時約3000億ドル)が流出し、国民の貯蓄は繰り返し紙切れ同然となり、国家は破産したと総括する。
第II部 ロシアと新世界秩序
第1章 国民経済システムと経済の国際化
世界経済は二つの相反する傾向によって規定されている。一つは国際金融寡頭勢力と多国籍資本の利益への従属であり、もう一つは各国の国民経済システム間の競争である。国民の利益は、国家の独立、国民の福祉と生活の質の確保、民族文化と精神的価値の保全である。一方、「世界寡頭勢力」と呼ばれる多国籍資本の集合体は、国境を越えた市場支配を目指し、国家主権を弱体化させようとする。ロシアへの西側諸国の「二重基準」政策は、各国の国民的利益と世界寡頭勢力の利益の矛盾から生じている。著者はこう述べる。「世界寡頭勢力の利益と、いかなる国々の国民的利益も一致することはない。」
第2章 新世界秩序
著者は、アメリカの国家安全保障戦略を分析し、それが世界寡頭勢力の利益を軍事・外交的に担保するための「グローバルな憲兵」としての役割をアメリカに求めるものだと指摘する。この新世界秩序の下で、先進国(「黄金の十億人」)は自国の市場防衛や文化保護を許されるが、他の国々は自国の主権を放棄し、多国籍資本への市場開放と原材料特化を強いられる。世界寡頭勢力は、債務の罠、原材料特化、貿易・金融政策における主権の放棄といった不平等な交換システムを通じて、従属国を支配する。東南アジアの金融危機は、独立路線を採ろうとした国々への「制裁」の一例である。
第3章 ロシアの植民地化
ロシアは新世界秩序において、原材料供給地という植民地的役割を割り当てられている。著者は、Z・ブレジンスキーの著書『グランド・チェスボード』を引き、アメリカの地政学戦略がロシアの分解を視野に入れていると論じる。実際の政策においても、IMFへの約束を通じて、ロシア政府は国内市場の防衛や独立した金融政策を放棄し、多国籍資本の利益に沿った政策を強制されてきた。国内では、国益に反する政策が「改革」の名の下に進められ、経済は脱工業化と科学技術の衰退の道を辿った。著者はこう述べる。「我々は善意の『アンクル・サム』を信じたいという素朴な願望に負けた。」
第4章 展望
1998年8月17日の財政破綻以前に続けられてきた経済政策(慣性シナリオ)が継続されれば、ロシアの植民地化は決定的となる。その方向性は、国家債務の累増、主権の部分的放棄(パリクラブ、エネルギー憲章、WTO加盟)、買弁的政治体制の強化、重要企業の外国資本への移譲、国の分解である。著者は、地域間の極端な格差拡大と経済空間の分裂が、国家の崩壊をもたらす危険性を強調する。債務返済と金融投機への資本の集中が続く限り、生産の復活と持続的成長への移行は不可能だった。
第5章 選択はなされたのか?
1998年8月の国家財政破綻後、キリエンコ政権とチェルノムイルジン政権が示したシナリオは、いずれも更なる対外借款と主権の喪失(チェルノムイルジン・プランの「通貨委員会」制度導入はその極端な例)による経済の安定化を目指し、国家の植民地化を意味するものであった。著者は、代わりに「動員的選択肢」、すなわち内発的資源に基づく生産復興と成長への転換を提唱する。そのためには、中央銀行の商業主義の排除、外貨準備の集中と為替管理の強化、債務再編、国内市場防衛、産業・科学技術政策の活性化などの包括的かつ断固たる措置が必要である。権力が買弁的寡頭勢力の支配から解放されるかどうかが、ロシアの独立と生存をかけた政治的問題である。
第III部 21世紀の門出における経済成長のための戦略
第1章 世界経済成長の傾向
現代の経済成長は、科学技術の進歩と生産要素の知識集約化によって特徴づけられる。成長の源泉の70〜85%は知識に由来する。著者は、経済成長は「技術的段階」の周期的な交代によって不均等に進むと指摘する。現在支配的な第5の技術的段階(マイクロエレクトロニクス、情報技術など)に続き、第6の技術的段階(バイオテクノロジー、人工知能など)が形成されつつある。国際競争は国家間というより、北米、欧州、日本、中国といった巨大な「超国家的再生産システム」間で行われる。21世紀の競争優位は、人口の教育水準、科学の発展、情報環境、創造的労働の組織化によって決定される。
第2章 ロシアの経済状況
2.1 マクロ経済状況
ロシア経済は、生産と投資の未曾有の落ち込み、経済と貨幣流通の分裂という状態にある。著者は、実施されたマクロ経済政策が、投機部門への資本の集中と実体経済からの資金流出を生み、経済の「二重化」と自己破壊的なメカニズムを招いたと分析する。高い国債利回りと低い生産採算性の乖離、ルーブル高の人為的維持、原材料価格の急騰による「コスト・プッシュ型」インフレが、国内産業の競争力を奪った。1998年8月以前の「疑似均衡」は、国債ピラミッドの上に成り立つ、持続不可能なものであった。
2.2 構造変化
ソ連時代の経済は、新旧の技術的段階が併存する「多層的」構造であり、技術的歪みと成長減速の原因となっていた。市場移行期の混乱は、特に最先端の第5技術段階に属する産業を急激に破壊し、経済の技術的退化をもたらした。科学技術への支出は激減し、イノベーション活動は停滞した。これは、創造的破壊を伴う通常の不況とは異なる「病的な抑圧」状態である。人的資本の減価と「頭脳流出」は、成長の基盤そのものを損なっている。
2.3 ロシア経済の長期発展傾向の見通し:慣性シナリオ
従来の政策が継続されれば、経済の衰退と対外依存は決定的となる。投資の低迷は生産設備の老朽化を加速させ、経済構造は原材料輸出と輸入消費財への依存をさらに強める。国家債務と予算危機は深刻化し、最終的には天然資源を担保にした対外借款か、国家の主権喪失に行き着く。著者は、これを「インドネシア・シナリオ」への道、あるいは国家的惨事と評する。これに対抗する「動員的選択肢」は、非課税収入の動員、為替管理、価格統制、生産支援への金融政策の転換、積極的な産業・科学技術政策などを中核とする。
第3章 経済成長のための戦略
3.1 危機対策
金融システムの自己破壊を止め、債務・予算危機を解決するためには、中央銀行の商業主義の排除(利益の国庫納付)、天然ガス輸出やアルコール貿易への国家独占の復活による非課税収入の拡大が必要である。為替政策では、外貨準備の集中、資本流出規制の復活、ルーブルの安定化と経済の「ドル化」解消を図る。生産再生のためには、債務の再編と棚上げ、国家投資プログラムの実行、国内市場防衛措置の適用、戦略的重要企業の国有化などが求められる。
3.2 持続可能な社会経済発展のための必要なマクロ経済的条件の創出
経済成長のためには、経済評価の体系を生産と投資に有利なものに変える必要がある。金融政策は実体経済の資金需要に応じ、許容可能な金利を維持すべきである。為替政策はルーブル安誘導による輸出競争力の回復と「ドル化」解消を目指す。価格・独占禁止政策では、自然独占部門への統制を強化し、製造業に有利な相対価格を形成する。税制は投資とイノベーションを刺激する方向に、予算政策は借入依存から脱却する方向に改めるべきである。
3.3 国家による経済成長のためのインセンティブ
著者は、経済の分裂を克服し投資を活性化するための特別なメカニズムを提案する。「投資口座」制度により生産部門への資本の囲い込みを図り、国民貯蓄の回復プログラムにより需要と投資を同時に喚起する。また、企業統治の改善と財産権の保護、国家主導の積極的発展政策(科学技術、産業、構造政策)が不可欠である。優先分野(バイオテクノロジー、マイクロエレクトロニクス、航空機更新など)に資源を集中させ、国家的リーダー企業を育成する。著者はこう述べる。「現代の市場経済において国家は、生産発展と市民の福祉向上を促進する、内生的に重要な機能を果たす。」最後に、21世紀の経済は精神文化と一体となっており、ロシアの精神的伝統と価値観を復興させることが、人的資本の質を高め、競争優位を確立する礎であると結論づける。
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