
『On the Road to Armageddon:How Evangelicals Became Israel’s Best Friend』 Timothy P. Weber 2004
『アルマゲドンへの道:福音派はいかにしてイスラエルの最良の友となったか』 ティモシー・P・ウェーバー 2004
https://note.com/alzhacker/n/n79b23c140760
目次
- 序文 / Preface
- 序論 / Introduction
- 第1章 ディスペンセーション主義のアメリカ到来 / Dispensationalism Comes to America
- 第2章 ディスペンセーション主義の実践的論理 / The Practical Logic of Dispensationalism
- 第3章 ディスペンセーション主義者と歴史の流れ / Dispensationalists and the Flow of History
- 第4章 ディスペンセーション主義者とユダヤ人の複雑な関係 / The Complicated Relationship between Dispensationalists and Jews
- 第5章 ディスペンセーション主義の暗部 / Dispensationalism’s Dark Side
- 第6章 イスラエルの建国と拡大 / The Founding and Expansion of Israel
- 第7章 変化する世界に挑むディスペンセーション主義者 / Dispensationalists Engage a Changing World
- 第8章 イスラエル支援のために組織化するディスペンセーション主義者 / Dispensationalists Organize to Support Israel
- 第9章 ディスペンセーション主義者がいかに予言の実現を助けているか / How Dispensationalists May Be Helping Prophecy Happen
本書の概要
短い解説
本書は、アメリカの福音派キリスト教の一派であるディスペンセーション主義者が、いかにしてイスラエル国家の最強の支持者となり、中東政治に影響を与えるに至ったかを歴史的に解明することを目的としている。
著者について
著者ティモシー・P・ウェーバーは、アメリカ宗教史を専門とする歴史家であり、北部バプテスト神学校の学部長を経て、メンフィス神学校の学長を務めた。ディスペンセーション主義と福音派の歴史に関する深い専門知識を持つ。
テーマ解説
本書は、終末予言の単なる傍観者から、予言実現を促進する能動的な参加者へと変貌を遂げたディスペンセーション主義者の軌跡を描く。
キーワード解説
- ディスペンセーション主義:聖書の預言を文字通りに解釈し、歴史を七つの期間に区分する神学体系。ユダヤ人と教会を神の異なる二つの民として区別する。
- 携挙:終末の患難時代が始まる前に、真の信者が空中でキリストと出会うために引き上げられる出来事。ディスペンセーション主義の核心的教義。
- シオニズム:ユダヤ人がパレスチナに国家を再建することを目指す運動。ディスペンセーション主義者は、これを聖書預言の成就と見なした。
- 患難時代:携挙の後に到来する七年間の苦難の期間。この間に反キリストが現れ、イスラエルは大きな迫害を受けるとされる。
- ニュー・クリスチャン・ライト:1980年代に台頭した保守的福音派の政治運動。ディスペンセーション主義者はその重要な構成員であり、イスラエル支援を政治的主張の核の一つとした。
3分要約
本書は、アメリカの福音派キリスト教徒の中でも特異な終末観を持つディスペンセーション主義者が、20世紀を通じてどのようにイスラエルと関係を深め、ついにはその最も強力な支援者となったかを描く歴史的・政治的分析である。
ディスペンセーション主義は、19世紀のイギリスでジョン・ネルソン・ダービーによって創始され、後にアメリカで広まった。その核心は、神がユダヤ人と教会という二つの異なる民に対して別々の計画を持っているという点にある。彼らは聖書の預言を文字通り解釈し、終末にはユダヤ人がパレスチナに帰還し国家を再建すること、その後に反キリストが現れ、大患難時代を経て、キリストが再臨し千年王国を打ち立てると信じた。
長い間、ディスペンセーション主義者は、この終末ドラマの傍観者に過ぎなかった。しかし、1948年のイスラエル建国と1967年の第三次中東戦争(六日戦争)によるエルサレム占領は、彼らにとって聖書預言の文字通りの成就であった。この「歴史の検証」を機に、彼らは政治的な舞台に積極的に参加し始める。1970年代にハル・リンジーの『地球最後の日』がベストセラーとなり、1990年代には『レフト・ビハインド』シリーズが爆発的な人気を博し、ディスペンセーション主義の終末観は大衆文化に浸透した。
同時に、彼らは組織的な政治活動を開始する。メナヘム・ベギン元イスラエル首相のような右派リクード政権の指導者と関係を築き、イスラエルへの観光ツアーを組織し、米国内で強力なイスラエル・ロビー団体を形成した。彼らは「イスラエルを祝福する者は神に祝福される」という聖書の言葉に基づき、いかなる和平プロセスであっても、聖書の土地(ヨルダン川西岸地区などを含む)の返還を伴うものには断固として反対した。
しかし、この関係は複雑な矛盾を内包していた。ディスペンセーション主義者は一方で熱心にユダヤ人をキリスト教に改宗させようと試み(例えば「イエスのためのユダヤ人」運動)、他方でユダヤ人に対する深い両義性を示すこともあった。1930年代には『シオンの議定書』のような反ユダヤ主義的陰謀論に影響され、ホロコーストさえも神の予定の一部として解釈するという「暗部」を持っていた。彼らの支援の根底には、やがて大多数のユダヤ人が反キリストによって虐殺され、生き残った者がキリストを受け入れるという終末シナリオがあった。
さらに近年では、彼らの行動はより直接的に終末を準備するものとなっている。エルサレムの神殿再建を目指す極右の「神殿運動」を財政的・精神的に支援し、そのための「純粋な赤い雌牛」の生産まで試みている。こうした行動は、中東和平の努力を損ない、彼ら自身が予言する紛争を促進する可能性をはらんでおり、ウェーバーは、彼らが傍観者から積極的な参加者へと変貌した結果、自らの予言を自己実現的にしている危険性を指摘する。
各章の要約
第1章 ディスペンセーション主義のアメリカ到来
ディスペンセーション主義は、19世紀イギリスでジョン・ネルソン・ダービーが創始した聖書解釈体系であり、歴史を七つの期間(ディスペンセーション)に区分し、ユダヤ人と教会を神の二つの異なる民として峻別する。その最も特徴的な教義は、終末の患難時代の前に教会が天に引き上げられる「携挙」である。この新しい教えは、内戦後のアメリカにダービー自身によって伝えられたが、当初は主流の神学者たちからは懐疑的に迎えられた。しかし、聖書の権威を重視する保守的な福音派の間で、聖書予言会議やバイブル・インスティテュート(聖書学院)のネットワーク、そして『スクーフィールド注釈付き聖書』などを通じて急速に広まった。この運動の成功は、リベラリズムと聖書高等批評に対抗する武器として、また、進歩を謳う時代にあって悪化する世界情勢を説明する枠組みとして、その教えが多くの信徒に受け入れられたことによる。
第2章 ディスペンセーション主義の実践的論理
ディスペンセーション主義は、しばしば社会改革に無関心な「ペシミズム」と批判された。しかし著者は、その実践はより複雑であったと論じる。彼らは確かに世界が悪化することは避けられないと信じていたが、それが行動への消極性を意味するわけではなかった。「いつでもキリストが来られる」という切迫感は、伝道への熱意を掻き立て、個人的な聖潔の生活を促す力となった。社会問題に対しても、禁酒運動への参加や都市伝道など、「キリストが来られるまで、悪魔にできる限りの妨害をしよう」という論理のもと、限定的ながら活動を行った。また、世界のキリスト教化は否定したが、限られた時間の中で少しでも多くの魂を救うため、海外宣教への情熱はむしろ強まり、独自の「信仰伝道団」を次々と設立した。
第3章 ディスペンセーション主義者と歴史の流れ
ディスペンセーション主義者は、自分たちこそが聖書の「確かな預言の言葉」によって歴史の流れを解釈できると確信していた。第一次世界大戦は、彼らにとってロシアの北方連合やローマ帝国の復活という預言シナリオが見事に成就している証拠となり、その解釈の正しさを裏付けたかに見えた。しかし、戦間期の複雑な国際情勢の解釈は困難を極めた。ムッソリーニやヒトラーを反キリストと見なす憶測が飛び交い、解釈に失敗することもあった。それでも、彼らは歴史の傍観者であり続け、聖書預言と新聞記事を読み合わせながら、世界情勢が最終的に神の計画に沿って展開することを信じ、時には解釈を修正しながら、その立場を堅持した。
第4章 ディスペンセーション主義者とユダヤ人の複雑な関係
ディスペンセーション主義は、終末の中心にユダヤ人を据えた。彼らはシオニズム運動が本格化する以前から、ユダヤ人のパレスチナ帰還と国家再建を主張していた。ウィリアム・ブラックストンのような例外もいたが、彼らは通常、この帰還を神の計画の一部として傍観する立場をとった。その一方で、ディスペンセーション主義者は、ユダヤ人に対する宣教にも熱心であった。多くのユダヤ人伝道団を設立し、ユダヤ人がいずれキリストを受け入れるという終末預言の予兆として、一人でも多くのユダヤ人の回心を目指した。このように、ディスペンセーション主義者にとって、シオニズムという民族主義的願望への支持と、ユダヤ人のキリストへの改宗という宗教的目的は、矛盾するものではなかった。
第5章 ディスペンセーション主義の暗部
ディスペンセーション主義者のユダヤ人に対する態度は、両義的であり、深刻な「暗部」を内包していた。彼らは反ユダヤ主義を非難する一方で、ユダヤ人が世界に嫌われる理由について反ユダヤ主義者と同じような分析をすることがあった。1920年代から30年代には、反ユダヤ主義的な陰謀文書である『シオンの議定書』を、自分たちの終末預言を裏付けるものとして真剣に検討する者も現れた。ヒトラーとホロコーストの解釈においても、それを神によるユダヤ人への懲罰と見なしつつも、同時にその残虐性を非難するという立場をとった。彼らは、現在の迫害は将来の患難時代に起こるさらに大きな苦難の前触れに過ぎないと信じ、最終的には「すべてのイスラエルが救われる」が、それまでに大多数のユダヤ人は滅びると説いた。
第6章 イスラエルの建国と拡大
1948年のイスラエル建国は、ディスペンセーション主義者にとって最大の預言的出来事であった。しかし、その過程は彼らの想定とは異なるものであった。パレスチナ委任統治時代の複雑な情勢はしばしば解釈を困難にし、建国時の領土も聖書の約束の地よりもはるかに小さかった。それでも彼らは、1967年の第三次中東戦争(六日戦争)におけるイスラエルの圧勝と東エルサレム占領を、神の介入と見なして熱狂的に支持した。この戦争によって「異邦人の時」が終わり、本格的な終末時代が到来したと確信したのである。多くのディスペンセーション主義者は、イスラエルの領土拡大を聖書預言の成就として歓迎し、パレスチナ人の権利や国際的正義の問題にはほとんど関心を示さなかった。
第7章 変化する世界に挑むディスペンセーション主義者
六日戦争後、ディスペンセーション主義の終末論は大衆文化に浸透した。ハル・リンジーの『地球最後の日』(1970年)は3000万部を超える空前のベストセラーとなり、1990年代にはティム・ラヘイとジェリー・ジェンキンスによる『レフト・ビハインド』小説シリーズが5000万部以上を売り上げた。この時期、ディスペンセーション主義者は政治的な目覚めも遂げた。ソ連崩壊後は、その預言的役割を「新しい世界秩序」やイスラム過激派の脅威へと解釈を変えつつも、一貫してイスラエルを支持した。ジェリー・ファルウェルやパット・ロバートソンといった指導者たちは、ニュー・クリスチャン・ライトを形成し、共和党政権と結びつきながら、プロ・イスラエル政策を推進する強力な政治勢力となった。
第8章 イスラエル支援のために組織化するディスペンセーション主義者
1970年代以降、ディスペンセーション主義者は、組織的なイスラエル支援活動を本格化させた。彼らは大規模なイスラエル・ツアーを組織し、エルサレム国際キリスト教大使館のような組織を設立して、反イスラエル政策に対するロビー活動や、旧ソ連からのユダヤ人移民支援などの人道支援を行った。ジェリー・ファルウェルはイスラエルの右派リクード政権と強いパイプを築き、多くの福音派組織が米国内で「イスラエル連合全国連合」などの圧力団体を結成した。この協力関係には、ユダヤ人側からはキリスト教徒の改宗意図への懸念が、福音派側からは伝道活動の自粛という代償が伴ったが、双方にとって有益な「奇妙な同盟」として機能した。同時に、彼らは「イエスのためのユダヤ人」のような新しいユダヤ人伝道団体も支援していた。
第9章 ディスペンセーション主義者がいかに予言の実現を助けているか
ディスペンセーション主義者のイスラエル支援は、単なる政治的連携を超えて、自らの終末予言を実現しようとする能動的な関与へと変貌しつつある。彼らは聖書預言の成就に不可欠とされるエルサレムの第三神殿再建を目指す、イスラエル極右の「神殿運動」を積極的に支援している。神殿奉献に必要な「純粋な赤い雌牛」を生産するための資金提供や畜産技術の支援も行っている。こうした活動は、岩のドームやアル=アクサー・モスクといったイスラム教の聖地を脅かし、中東全域を巻き込む宗教戦争の火種となる危険性をはらむ。著者は、かつて歴史の傍観者だったディスペンセーション主義者が、終末を「見る」存在から、それを「創り出す」存在へと変わることで、自らの予言を自己実現的にしている危険性を指摘する。
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