書籍要約『脚本化された感情、ブランド化された自己:1990年代日本のテレビ、主体性、そして資本主義』2010年

メディア・コングロマリット新自由主義日本社会

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『Scripted Affects, Branded Selves:Television, Subjectivity, and Capitalism in 1990s Japan』(Gabriella Lukács, 2010)

目次

  • 序章:世紀転換期の日本とテレビ / Japan and Television at the Century’s Turn
  • 第1章 親密なテレビ性:戦後日本のテレビドラマとタレント / Intimate Televisuality:Television Dramas and the Tarento in Postwar Japan
  • 第2章 イメージ化された現実:トレンディドラマの生産と受容における主体性とフェティシズム / Imaged Away:Agency and Fetishism in Trendy Drama Production and Reception
  • 第3章 夢工場における夢の労働:ドラマ制作における資本と著作権 / Dream Labor in the Dream Factory:Capital and Authorship in Drama Production
  • 第4章 恋愛には何の意味があるのか?:恋愛ドラマとブランディングされた自己 / What’s Love Got to Do with It? Love Dramas and Branded Selves
  • 第5章 不況下の日本の労働幻想:職場ドラマにおけるライフスタイルとしての就業 / Labor Fantasies in Recessionary Japan:Employment as Lifestyle in Workplace Dramas of the 1990s
  • 第6章 私的グローバリゼーション:海賊版制作者、ファンサブ製作者、J-ドラマの越境流通 / Private Globalization:Bootleggers, Fansubbers, and the Transnational Circulation of J-dorama
  • エピローグ:イメージ商品、価値、感情 / Epilogue:Image Commodity, Value, Affect

本書の概要

短い解説:

本書は、1990年代の日本におけるトレンディドラマ(トレンドドラマ)という新しいテレビジャンルを軸に、テレビ産業の構造変容、視聴者の主体性の再編、消費資本主義と感情(アフェクト)の商品化の関係を、メディア人類学の観点から詳細に分析する。

著者について:

著者ガブリエラ・ルカーチはピッツバーグ大学准教授(人類学)。ハンガリー出身で、日本のテレビ産業に関するフィールドワーク(2001-2003年)に基づき、テレビ制作者、脚本家、視聴者へのインタビューと参与観察、産業分析を組み合わせた独自のアプローチで研究を展開する。日本の大衆文化を、国家イデオロギーの装置としてではなく、資本と文化が交差する動的な場として捉え直す。

テーマ解説:

  • 主要テーマ:市場の細分化(ニッチ化)に対応するため、日本のテレビ産業が「物語」から「ライフスタイル」へ、つまり「意味作用」から「感情(アフェクト)」へと重心を移し、新しい形のイメージ商品(タレント)を中心とした経済を構築した過程。
  • 新規性:従来の人類学的テレビ研究(国家と国民形成の装置としての分析)を超え、テレビ産業の政治経済学的変容と視聴者の主体化の過程を、生産と受容の相互依存関係の中で捉えた点。
  • 興味深い知見:トレンディドラマは、1990年代の日本社会における「寄生する独身者(パラサイトシングル)」や「フリーター」といった新たな社会的主体(サブジェクト)の形成と、新自由主義的な労働・消費の倫理の普及に深く関与していた。

キーワード解説:

  • イメージ商品:使用価値よりも交換価値が前面に出た商品形態。特にタレントは、そのイメージ(外見、ライフスタイル、態度)そのものが流通・消費される商品である。
  • 親密なテレビ性:タレントが様々なメディアやジャンルで過剰に露出され、視聴者が彼らの公私の境界を知り尽くすことで生まれる、擬似的な親密感を基盤としたテレビ文化。
  • ブランディングされた自己:消費活動を通じて特定のライフスタイルや態度を選択し、それによって自己を定義し、他者との差異を演出する主体。トレンディドラマはこのような「消費者としての自己」の形成を促した。

3分要約

本書は、1990年代の日本で爆発的人気を博したテレビジャンル「トレンディドラマ」を事例に、テレビ産業がマスメディアとしての限界を超えて再生産され、社会の主体性そのものを変容させた過程を描き出す。

1980年代末、市場の細分化と視聴率の低下に直面した日本の民放テレビ局は、新しい戦略を模索した。それが、若い独身女性をターゲットに、ファッションや音楽、レジャースポットなどの最新トレンド情報を盛り込んだ「トレンディドラマ」である。このドラマの成功の鍵は、物語そのものではなく、出演する「タレント」というイメージ商品にあった。

タレントは、俳優や歌手という専門性よりも、その外見やライフスタイル、態度によって価値を生み出す商品である。彼らはドラマ、バラエティ、CMなど様々なメディアで繰り返し登場し、視聴者との擬似的な親密性(親密なテレビ性)を築く。このようなタレントを中心としたメディア経済は、産業のフォーディズム(大量生産)からポストフォーディズム(柔軟な蓄積)への移行を可能にした。

第4章で分析される恋愛ドラマは、若い女性たちに「消費を通じた自己実現」という夢を提供し、「パラサイトシングル」という新しい社会的主体を肯定・強化した。一方、第5章の職場ドラマは、不況と雇用不安の時代に、「楽しみとしての労働」という幻想を提示することで、新自由主義的な自己責任の倫理を浸透させた。

視聴者は、ドラマの物語そのものよりも、タレントのイメージやライフスタイルに感情的に没入し、消費を通じて自己をブランディングする主体へと誘導されていく。このプロセスでは、生産者による意味の「埋め込み」と視聴者による「解読」という従来の図式は機能せず、むしろ生産と受容が相互に依存し合う「記号論的ゲーム」が展開される。

最終的に、日本のテレビ産業は、タレントという「感情(アフェクト)」に価値を見出す新しいイメージ経済を確立した。これは、無形の商品が経済の中心となる現代資本主義の一つの典型例であり、エピローグで指摘されるように、テレビは「カジノ資本主義」的な価値生産の場へと変貌したのである。

各章の要約

序章:世紀転換期の日本とテレビ

1990年代の日本は「失われた10年」と呼ばれ、バブル崩壊、終身雇用制の揺らぎ、「一億総中流」意識の解体が進んだ。一方で、消費市場は細分化し、特に若い独身女性が重要な消費層として台頭した。

日本のテレビ産業は、この市場の変化と視聴者の多様化に対応するため、フォーディズム的な大量生産体制から脱却する必要に迫られた。その答えが「トレンディドラマ」であった。この新しいジャンルは、物語よりもライフスタイル情報を前面に押し出し、視聴者を「消費者としての自己」へと導く装置として機能した。本書は、トレンディドラマの生産・流通・消費の実践を詳細に追い、テレビがどのように社会的主体を形成し、資本主義の新しい局面を体現したかを明らかにする。

第1章 親密なテレビ性:戦後日本のテレビドラマとタレント

戦後日本のテレビ史を振り返り、トレンディドラマが登場するまでのドラマの変遷(ホームドラマから「反ホームドラマ」へ)を辿る。テレビ産業が自給自足体制を確立し、海外番組への依存を脱した背景を説明する。

1980年代後半、市場の細分化という課題に直面したテレビ局は、既存の「タレント」システムを大胆に活用することで対処した。タレントとは、特定の才能よりもそのイメージ(ルックス、ライフスタイル)で価値を生む「イメージ商品」である。彼らはドラマ、バラエティ、CMなどあらゆるメディアに同時出演し、視聴者との「親密な関係」を築く。この「親密なテレビ性」こそが、視聴者をテレビに引き留め、国内メディア産業への愛着を高める重要な装置となった。トレンディドラマは、このタレントシステムを中核に据えることで成立したジャンルである。

第2章 イメージ化された現実:トレンディドラマの生産と受容における主体性とフェティシズム

1999年にTBSで放送されたドラマ『独身生活』の失敗事例を詳細に分析する。このドラマは、当時大きな社会問題となった「東電OL殺人事件」(昼はエリート社員、夜は売春婦という二重生活を送った女性の事件)をモチーフに、職場の性差別を批判する社会的メッセージ性の高い作品として企画された。

しかし、視聴率は振るわなかった。視聴者は、ドラマが扱う深刻な社会テーマにはほとんど関心を示さず、むしろ主演タレントの江角マキコが演じる役柄が、彼女の既存のメディア・ペルソナ(『ショムニ』の明るいオフィスレディ像)と合っているかどうかに関心を集中させた。この事例は、トレンディドラマにおいては、タレントという「イメージ商品」が物語やメッセージを凌駕してしまうことを示している。視聴者の主体性(エイジェンシー)は、テキストの意味を「解読」する能力ではなく、タレントのイメージに没入し、消費することを通じて発揮されるようになった。

第3章 夢工場における夢の労働:ドラマ制作における資本と著作権

1990年代に急増した「若手女性脚本家ブーム」に焦点を当て、ドラマ制作現場の労働環境の変容を分析する。トレンディドラマのターゲットである若い女性視聴者の欲望やライフスタイルを理解するため、テレビ局(男性プロデューサーが中心)は、社会的に近い位置にいる若手女性脚本家を「翻訳者」として起用した。

しかし、フリーランスの脚本家と、テレビ局に正規雇用される男性プロデューサーとの間には、創造性、著作権、労働条件をめぐる激しい対立が生じた。プロデューサーは視聴率という資本の論理を優先するが、脚本家は自身の作家的視点を主張する。この緊張関係は、テレビ産業がフォーディズムからポストフォーディズムへ移行する中で、リスクの多くをフリーランスの労働者に転嫁している実態を反映している。ここでは、意味をめぐる闘争の場が、テキストと視聴者の間から、制作現場そのものへと移動している。

第4章 恋愛には何の意味があるのか?:恋愛ドラマとブランディングされた自己

トレンディドラマの中でも特に人気の高かったサブジャンル「恋愛ドラマ」(例:『ロングバケーション』、『ラブジェネレーション』)を分析する。これらのドラマは、恋愛を通じて自分らしさを見つける「自己中心的な個人」を理想像として描き、若い女性視聴者を「消費を通じて自己をブランディングする主体」へと誘導した。

主人公は、仕事よりも恋愛や消費活動に情熱を注ぐ「パラサイトシングル」的な存在である。ドラマは彼女たちに、「自分を磨くこと(消費すること)」こそが幸せへの鍵だと教える。しかし、視聴者がドラマから得る最大の楽しみは、物語そのものよりも、タレント(例:木村拓哉)のライフスタイルやファッションに没入し、彼らを社会的成功のロールモデルと見なすことにある。恋愛ドラマは、現実には不安定な雇用環境に置かれた若い女性たちに、消費による自己実現という幻想を提供することで、新たな消費者主体を形成した。

第5章 不況下の日本の労働幻想:職場ドラマにおけるライフスタイルとしての就業

1990年代後半、不況の深刻化とともに、恋愛一辺倒のドラマへの批判が高まる。そこで登場したのが「職場ドラマ」である。プロデューサーたちは、社会性のある現実的なテーマを取り上げることで、テレビの教育的役割を復権させようと標榜した。代表例が大ヒットした『ショムニ』である。

しかし、このドラマが描いたのは、現実の過酷な労働環境ではなく、「仕事を楽しむ」という労働幻想であった。総務部という会社の窓際に追いやられた女性社員たちが、権力者に反抗しつつも仕事をゲームのように楽しみ、自己実現する姿は、現実の「フリーター」や非正規雇用者の不安定な立場を楽観的に描き替えるものだった。職場ドラマは、終身雇用の崩壊と新自由主義的な自己責任の強調が進む中で、「楽しみとしての労働」というイデオロギーを普及させ、変化する労働環境への適応を促した。

第6章 私的グローバリゼーション:海賊版制作者、ファンサブ製作者、J-ドラマの越境流通

トレンディドラマは、日本のテレビ局の意図とは無関係に、アジアを中心に世界的な人気を博した(海外では「J-ドラマ」と呼ばれる)。このグローバルな流通を支えたのは、テレビ局などの正規の流通経路ではなく、海賊版業者やファンサブ(字幕を付けた動画を非営利で配布するファン)による「私的グローバリゼーション」であった。

特に東アジア・東南アジアでは、日本のトレンディドラマが東京の最新の消費トレンドを伝える「カタログ」として熱狂的に受け入れられた。これは、現地のテレビ産業が市場の細分化に対応できず、若年層向けのコンテンツを提供できなかったという空隙を埋める形で起きた現象である。J-ドラマのグローバルな流通は、文化の均質化(アメリカ化)でもなく、単なる地域間の流れでもなく、市場の細分化が生み出すニッチな需要を、非公式なネットワークが満たす新たな文化グローバリゼーションの形態を示している。

エピローグ:イメージ商品、価値、感情

タレントに代表される「イメージ商品」は、使用価値ではなく、そのイメージが喚起する「感情(アフェクト)」そのものが価値の源泉となる新しい商品形態である。1990年代の日本のテレビ産業は、このイメージ商品を中軸に据えることで、ポストフォーディズム的なメディア経済への移行を成し遂げた。

テレビ局は、視聴率という不確実な結果を賭ける「カジノ資本主義」的な空間へと変貌した。視聴者は、物語の意味を解釈する主体から、タレントのイメージに感情的に没入し、それを通じて自己をブランディングする消費者へと再編された。トレンディドラマの隆盛は、無形の商品と感情の操作が経済の中心を占める現代資本主義の到来を告げる一つの事例であった。著者はこう述べる。「感情は、工場と同じく、後期資本主義システムに内在する、インフラストラクチャー的な現実の条件なのである。」


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