書籍『歴史とは何か:G・M・トレヴェリアン講義』E・H・カー 1961年

歴史学

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日本語タイトル:『歴史とは何か:G・M・トレヴェリアン講義』E・H・カー 1961年

英語タイトル:『What is History?: The George Macaulay Trevelyan Lectures』E. H. Carr 1961年

目次

  • 第2版への序文 – Preface to the Second Edition
  • E・H・カーの文書から:『歴史とは何か』第2版への覚書 – From E. H. Carr’s Files: Notes Towards a Second Edition
  • リチャード・J・エヴァンズによる序論 – Introduction by Richard J. Evans
  • 序章 – Introductory Note
  • 第1章 歴史家と事実 – The Historian and His Facts
  • 第2章 社会と個人 – Society and the Individual
  • 第3章 歴史、科学と道徳 – History, Science and Morality
  • 第4章 歴史における因果関係 – Causation in History
  • 第5章 進歩としての歴史 – History as Progress
  • 第6章 拡大する地平 – The Widening Horizon

全体の要約

E・H・カーの『歴史とは何か』は、1961年にケンブリッジ大学で行われたトレヴェリアン講義を基にした歴史哲学の古典的名著である。カーは冒頭で「歴史とは何か」という根本的な問いを提起し、19世紀的な実証主義史学への批判から出発する。

第1章では、歴史家と事実の関係を分析する。カーは「事実それ自体が語る」という素朴な実証主義を批判し、歴史的事実は歴史家によって選択され、解釈されることで初めて歴史的事実となると主張する。歴史は「歴史家と事実の継続的な相互作用の過程」であり、現在と過去の間の「終わりなき対話」である。

第2章では個人と社会の関係を論じ、個人を社会から切り離して考える西欧近代の個人主義的発想を批判する。歴史家も社会的存在であり、その時代と社会の産物として歴史を書くのである。偉人史観への批判も展開され、歴史は個人の行動の結果ではなく、社会的諸力の相互作用の産物であると論じる。

第3章では歴史の科学性について検討する。カーは歴史を科学から排除する議論を退け、現代科学における仮説と事実の相互作用は歴史学の方法と本質的に同じであると主張する。また、歴史家は道徳的判断を下すべきだが、それは個人に対してではなく、制度や社会システムに対してであるべきだと論じる。

第4章では歴史における因果関係を分析する。歴史家は複数の原因を検討し、それらの間に階層を設定する必要がある。カーは決定論への批判と偶然の役割を論じつつ、歴史的に重要な原因とそうでない偶然的要因を区別する基準について考察する。

第5章では進歩概念について論じる。カーは進歩を人間の能力の発展として定義し、技術的・社会的知識の世代間継承を通じた発展として理解する。19世紀的な直線的進歩観は批判するが、進歩概念そのものは歴史学にとって不可欠であると主張する。

第6章では20世紀の歴史学の課題について述べる。理性の拡大と世界の構造変化という二つの革命的変化を指摘し、歴史学もこれに対応して視野を拡大すべきだと論じる。西欧中心史観を批判し、世界史的視点の必要性を強調する。

カーの議論は一貫して、歴史を客観的事実の集積ではなく、現在の問題意識に導かれた過去との対話として捉える。歴史の客観性は事実そのものにあるのではなく、歴史家と事実、過去・現在・未来の関係性にある。この視点は当時の英米史学界に大きな影響を与え、実証主義史学からより自省的で理論的な歴史学への転換を促した。

各章の要約

第1章 歴史家と事実

カーは19世紀の実証主義史学が前提とした「事実は神聖、解釈は自由」という二分法を批判する。歴史的事実は客観的に存在するものではなく、歴史家によって選択され、意味づけられることで初めて歴史的事実となる。例えば1850年のステイリブリッジでのジンジャーブレッド売りの死という出来事が歴史的事実になるかどうかは、歴史家がそれを取り上げるかどうかにかかっている。歴史は「歴史家と事実の継続的な相互作用の過程」であり、現在と過去の間の「終わりなき対話」である。歴史家は自分の解釈に合わせて事実を選び、同時にその事実によって解釈も修正される。この相互作用こそが歴史学の本質なのである。

第2章 社会と個人

個人と社会を対立するものとして捉える西欧近代の個人主義的発想を批判する。個人は社会から独立して存在するのではなく、社会的存在として形成される。歴史家もまた特定の時代と社会の産物であり、その観点から過去を解釈する。例えばグロートの『ギリシア史』は19世紀イギリス中産階級の理想を古代アテネに投影したものであり、ナミアーの保守主義的歴史観は20世紀の社会変化への反応である。偉人史観についても批判し、歴史上の偉人は既存の社会勢力の代表者であるか、新たな社会勢力の創造者として理解すべきだと論じる。歴史は個人の行動の結果ではなく、社会的諸力の相互作用の産物である。個人と社会の関係は相互依存的であり、どちらも他方なしには存在し得ない。

第3章 歴史、科学と道徳

歴史を科学から排除する議論に反対し、現代科学の方法と歴史学の方法の類似性を強調する。現代科学は絶対的法則の発見ではなく、仮説の提示と検証を通じて進歩する。歴史学も同様に、仮説と事実の相互作用を通じて理解を深めていく。例えばマックス・ウェーバーのプロテスタンティズムと資本主義の関係についての仮説は、その後の研究を促進する有益な理論である。歴史家の道徳的判断についても論じ、個人の私的行為ではなく、制度や社会システムに対して判断を下すべきだと主張する。個人の奴隷主を非難するより、奴隷制度そのものを道徳的に評価することが重要である。歴史における価値判断は避けられないが、それは歴史的文脈の中で理解されなければならない。

第4章 歴史における因果関係

歴史家は単一の原因ではなく複数の原因を考慮し、それらの間に重要性の階層を設定する必要がある。例えばロシア革命の原因として軍事的敗北、経済的破綻、ボルシェヴィキの宣伝、農業問題などが挙げられるが、歴史家はこれらの因果関係を整理し、最も重要な原因を特定しなければならない。決定論への批判も展開し、歴史的必然性という概念を拒否する。クレオパトラの鼻やレーニンの早死といった偶然的要因も歴史に影響を与えるが、歴史家が関心を持つのは合理的に説明可能で、他の歴史的状況にも適用できる原因である。偶然的原因は一般化できず、歴史的教訓を与えないため、歴史家の関心の外にある。歴史における因果関係の特定は、価値判断と密接に関連している。

第5章 進歩としての歴史

進歩概念を擁護し、これを人間の潜在能力の発展として定義する。生物学的進化と歴史的進歩を区別し、後者は獲得形質の伝達、すなわち技術的・社会的知識の世代間継承を基礎とする。19世紀的な直線的で必然的な進歩観は批判するが、進歩概念そのものは歴史学にとって不可欠であると主張する。進歩は常に連続的ではなく、後退や停滞の時期もある。また、すべての集団が同時に進歩するわけでもない。現在の西欧知識人の悲観主義は、彼らの特権的地位の衰退への反応であり、世界的視野で見れば進歩は続いている。歴史の客観性は固定した基準にではなく、未来に向けた発展的な基準に基づく。歴史家は過去を理解するために未来への展望を必要とし、この意味で歴史は進歩的科学である。

第6章 拡大する地平

20世紀の歴史的変革の二つの側面を論じる。第一は理性の拡大で、人間が自然法則への服従から、環境と自分自身を意識的に変革する主体への転換である。経済学における客観的法則から計画経済への移行、教育や社会政策の発展がその例である。第二は世界の構造変化で、西欧中心の世界からアジア・アフリカの台頭へのシフトである。これらの変化に対応して、歴史学も視野を拡大すべきだと論じる。従来の西欧史中心の歴史学から世界史的視点への転換が必要である。しかし英語圏の知識人は保守化し、変化を恐れ、過去への郷愁に耽っている。カーは最後に楽観主義を表明し、ガリレオの言葉「それでも地球は動く」を引用して講義を終える。理性の拡大と世界の変革という進歩的過程は続いており、歴史家はこの流れを理解し、参与すべきである。


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