
『The Unknowers: How Strategic Ignorance Rules the World』Linsey McGoey 2019
目次
- 序章:無視する力 / The Power to Ignore
- 第1章:狭い歴史 / Narrow History
- 第2章:無知を異なる視点で見る / Seeing Ignorance Differently
- 第3章:エリート無知学者 / Elite Agnotologists
- 第4章:マードック戦略 / The Murdoch Strategy
- 第5章:疑わしい注目 / Suspicious Attention
- 第6章:知ったかぶりのエピストクラシー信奉者 / Know-It-All Epistocrats
- 第7章:対立の盲目性 / Conflict Blindness
- 第8章:産業の巨匠、無知の巨匠 / Masters of Industry, Masters of Ignorance
- 第9章:ダチョウ指令 / The Ostrich Instruction
- 第10章:善良な専門家 / Good Experts
- 第11章:無知のふり / The Pretence of Ignorance
- 結論:大いなる拡大 / The Great Enlargement
本書の概要
短い解説:
本書は、権力者が責任回避や利益追求のために無知を戦略的に利用する「戦略的無知」のメカニズムを解明する。民主主義の危機と格差拡大の背景にある認識論的不平等に光を当て、現代社会を理解する新たな枠組みを提供する。
著者について:
リンジー・マクゴイは英国の社会学者で、経済社会学と無知研究の専門家。製薬業界の規制問題から慈善活動の社会的影響まで、権力と知識の関係を実証的に研究してきた。本書では18世紀の啓蒙思想から現代の企業スキャンダルまでを横断的に分析する。
主要キーワードと解説
- 戦略的無知:権力者が責任回避や利益追求のために無知を意図的に利用・創出する行為
- 無知のアリバイ:加害関与を曖昧にするための無知利用メカニズム
- 神託的権力:何が知識で何が無知かの境界を決定する権力
- 微視的無知と巨視的無知:個人レベルの無視が構造的无知を生み、強化する循環
- エピストクラシー:知識人による支配を主張する反民主主義的思想
https://note.com/alzhacker/n/na7ca4f9258b0
3分要約
本書は「戦略的無知」という概念を中心に、権力者が如何に無知を利用して責任回避や利益追求を行うかを解明する。無知は単なる知識の欠如ではなく、積極的に利用される資源なのである。
序章では、英国政府がカレーの移民キャンプの子どもたちに申請拒否理由を開示しなかった事例を挙げ、情報非開示が如何に責任回避の戦略となるかを示す。戦略的無知は防御的にも攻撃的にも機能し、政治的右派・左派を問わず普遍的に見られる現象である。
歴史的視点からは、アダム・スミスが実際には政府規制の必要性を強く説いていたにも関わらず、後世の市場原理主義者によって自由放任の擁護者に歪められた経緯を追う。この「無知の経路」は、現代の経済格差を正当化する理論的土台となっている。
現代社会では、二つの反民主主義的グループが台頭している。一つは「スマーツ」—有識者支配(エピストクラシー)を主張する知識エリートたち。もう一つは「ストロングス」—神話とプロパガンダで権力を維持する強権的指導者たち。これに対抗するのが「グレーツ」—民主主義と経済的正義を求める社会運動である。
企業の世界では、経営者が部下の違法行為について「知らなかった」と主張する戦略的無知が蔓延している。ニューズ・コーポレーションの電話盗聴スキャンダルでは、ルパート・マードックが組織の違法行為に対する「意図的な盲目」を貫いた。製薬業界では、臨床試験の不利なデータを非公開にすることで医薬品の危険性が隠蔽されてきた。
法的領域では、「無知は言い訳にならない」という基本原則が、ホワイトカラー犯罪においては緩和される傾向がある。「故意の盲目」法理はあるが、その立証は困難であり、富裕層に有利に機能している。
結論として、無知の戦略的利用は権力維持の重要な手段だが、エリートの無知は不可避的であるため、被支配層にとっては解放の可能性となる。無知の普遍性は、人間の平等性の根拠となりうるのである。
各章の要約
序章:無視する力
戦略的無知とは、過去の行為に対する責任を回避するため、あるいは将来の政治的イニシアチブへの支持を生み出すために、未知を動員・製造・利用するあらゆる行為を指す。英国政府が移民の子どもたちに申請拒否理由を開示しなかった事例は、情報非開示が如何に責任回避の戦略となるかを示す。無知の戦略的利用は政治的左派・右派を問わず見られ、ジョン・D・ロックフェラーによる反独占法ロビイング工作のような歴史的例もある。重要なのは、最も成功した戦略的無知の事例は検知不可能であるという点である。
第1章:狭い歴史
グレンフェルタワー火災は、専門家による「意図的な無知」が悲劇を招く実例である。住民は以前から火災リスクを警告していたが、社会的地位の低さから「信頼性の欠如」に直面し、無視された。この「証言的不公正」は、先住民に対する歴史的不公正の認知においても見られる。カナダ先住民の飢餓政策は先住民自身の証言では長く認知されず、白人学者による立証を待たねばならなかった。無知の政治学(アグノトロジー)研究は重要だが、専門家自身が戦略的無知の実践者となりうる点を見落としてはならない。
第2章:無知を異なる視点で見る
「有用な未知」とは、特定の個人や集団に明確な利益をもたらす人間理解のギャップを指す。2008年金融危機では、銀行関係者が早期警告を無視した「社会的沈黙」が、後に刑事訴追を免れる防御策として機能した。「無知のアリバイ」は、他者への危害関与を曖昧にするあらゆるメカニズムである。「神託的権力」は、無知と知識の境界を形成する社会的合意を形成する能力を指す。現代社会では経済学者や金融アナリストが新たな神託として機能し、その権威が反民主主義的思想を支えている。
第3章:エリート無知学者
ヘンリー・フォードの反ユダヤ主義プロパガンダとその免責は、富が知性や道徳的価値の証と誤認される現象を示す。ブレグジットとトランプ当選では、貧困層の無知が過大に非難されたが、実際には富裕層の支持が結果を決定した。現代の「エピストクラシー」(知識人による支配)主張者は有権者の無知を問題視するが、彼らはエリートの無知というより深刻な問題を見落としている。フォードのような大物経営者は「知らないふり」をする古典的策略で法的責任を免れてきた。
第4章:マードック戦略
ニューズ・オブ・ザ・ワールドの電話盗聴スキャンダルは、CEOの「意図的な盲目」が如何に組織的違法行為を可能にするかを示す。ルパート・マードックは議会公聴会で組織の犯罪行為に対する無知を主張したが、これは経営陣が「知らなかったふり」をする典型的戦略である。情報コミッショナー事務局(ICO)とロンドン警視庁は、初期段階で違法行為の証拠を握りながら、報道機関の訴訟能力を恐れて調査を抑制した。この「反戦略」は、規制機関の自己保存メカニズムとして機能した。
第5章:疑わしい注目
アダム・スミスは現代の市場原理主義者によって歪曲されてきた。『国富論』では商人階級の利益が公共の利益と対立しうることを強調し、彼らの提案には「最も疑わしい注目」をもって臨むよう警告している。スミスは政府規制の必要性を強く説き、東インド会社の独占権乱用を批判していた。しかし新古典派経済学の台頭、特に限界生産性理論の普及は、レントシーキング( rent-seeking)の問題を覆い隠し、富の不平等を自然なものとして正当化する役割を果たした。
第6章:知ったかぶりのエピストクラシー信奉者
J.S.ミルとハリエット・テイラーの共同執筆関係の抹殺は、リベラルな検閲の実例である。ミルは自伝で妻と義理の娘の思想的影響を詳細に記したが、友人の圧力で該当箇所が削除された。ミルは東インド会社での経験を通じ、英国知識人のインド理解の限界を認識するに至った。このエリート無知の認識は、現代の「有権者無知」を理由とした民主主義制限の主張に対する強力な反論となる。カール・ポッパーはプラトンの「知ったかぶり」全体主義を批判し、民主主義の認識論的優位性を主張した。
第7章:対立の盲目性
エドマンド・バークの東インド会社批判とトマス・ペインの経済的正義論は、啓蒙思想における対立認識を示す。バークは会社のインド人虐待を「高い犯罪」として告発するも、貴族院に無罪とされる。ペインは世代間の富の継承が不平等を再生産することを批判し、共同富基金の設立を提案した。リカードの比較優位理論はエレガントだが、各国の出発点の不平等を無視する。フリードリヒ・リストは英国の保護貿易政策による経済的成功を指摘し、スミスがこの「都合の悪い事実」を意図的に無視したと批判する。
第8章:産業の巨匠、無知の巨匠
アンドリュー・カーネギーとジョン・D・ロックフェラーは、政府の保護関税と補助金に依存しながら「自力での成功」という神話を創り出した。カーネギーは労働組合弾圧における関与を隠すため、ストライキ発生時に国外に滞在する「無知のアリバイ」を利用した。ロックフェラーは鉄道会社と秘密のリベート契約を結び、競争相手を駆逐した。両者とも「協調」を賛美したが、それは労働者に対する搾取を隠蔽する修辞であった。現代の世界銀行は発展途上国に労働規制緩和を推奨し、多国籍企業の利益を擁護し続けている。
第9章:ダチョウ指令
「故意の盲目」法理は1860年代の英国法に遡り、意図的な無知が刑事責任を生みうるとする。しかしこの法理の適用は、特に企業犯罪において困難である。米国では「メンズ・レア(犯罪意図)改革法」の提案が進み、複雑な規制犯罪においては「違法性を知りえたべき」という立証要件を強化しようとしている。これはコーク兄弟などの企業グループが推進し、環境犯罪や労働者死亡事故における責任追及を困難にする可能性がある。無知の法的有用性は、富裕層に不均等に利益をもたらす傾向がある。
第10章:善良な専門家
製薬業界における臨床試験データの非開示は、戦略的無知の典型的例である。グラクソ・スミスクラインはパロキセチン(セロキサット)の未成年への効果不足と自傷行為リスクを示す試験データを開示せず、英国規制当局(MHRA)は刑事訴追を見送った。米国FDAのデビッド・グラハムはバイオックス(Vioxx)の心血管リスクを警告したが、組織内で孤立させられた。抗生物質ケテック(Ketek)の承認過程では、臨床試験における不正データが意図的に無視され、多数の死亡事例が発生した。専門家の無知が企業の責任回避に利用される構造が明らかになる。
第11章:無知のふり
SSRI抗うつ剤の安全性問題は、規制機関と製薬会社の緊密な関係が公衆衛生を損なう実例である。英国MHRAのリチャード・ブルックは、用量依存性のリスクデータの開示を要求したが、機密保持法違反で脅迫された。グラクソ・スミスクラインに対する英国の刑事訴追は、法的抜け穴を理由に断念された。製薬会社が違法行為を意図的に行わないという規制当局の前提そのものが、最も強力な「無知のアリバイ」として機能している。ジャン=ポール・サルトルの「悪意」概念のように、自己に対する嘘が最も危険なのである。
結論:大いなる拡大
戦略的無知は支配の手段だが、エリートの無知は不可避的であるため、被支配層にとって解放の可能性となる。アダム・スミスが求めた「疑わしい注目」は、あらゆる集団が自己利益を公共の利益と偽って主張する可能性に対する警戒である。オードレ・ロードの「ロードの原則」—人間の無知の力は限界がなく、最も強い抑圧さえも打ち破る—は、民主的拡大の希望を示す。無知の普遍性は、人間の平等性の根拠となり、すべての人に支配層の知恵を問う能力を与えるのである。
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