書籍『ジャカルタ・メソッド:ワシントンの反共十字軍と世界を形作った大量殺戮プログラム』ヴィンセント・ベヴィンズ 2020年

CIA、NED、USAID、DS・情報機関/米国の犯罪ジェノサイド・大量虐殺パレスチナ(ガザ)、イスラエル、シオニズムマルクス・共産主義歴史学

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英語タイトル:『The Jakarta Method: Washington’s Anticommunist Crusade and the Mass Murder Program That Shaped Our World』Vincent Bevins, 2020

日本語タイトル:『ジャカルタ・メソッド:ワシントンの反共十字軍と世界を形作った大量殺戮プログラム』ヴィンセント・ベヴィンズ、2020年

目次

  • イントロダクション / Introduction
  • 第1章 新しいアメリカの時代 / A New American Age
  • 第2章 独立インドネシア / Independent Indonesia
  • 第3章 火中に足を、空に教皇を / Feet to the Fire, Pope in the Sky
  • 第4章 進歩のための同盟 / An Alliance for Progress
  • 第5章 ブラジルへ、そして戻る / To Brazil and Back
  • 第6章 9月30日運動 / The September 30th Movement
  • 第7章 絶滅 / Extermination
  • 第8章 世界中で / Around the World
  • 第9章 ジャカルタが来る / Jakarta Is Coming
  • 第10章 北へ戻る / Back Up North
  • 第11章 われらがチャンピオン / We Are the Champions
  • 第12章 彼らは今どこに? そしてわれわれは? / Where Are They Now? And Where Are We?

本書の概要

短い解説

本書は、冷戦期にアメリカが主導した反共産主義運動が、世界各地で大量殺戮を引き起こし、現代の国際秩序を形成した過程を描く。インドネシアとブラジルを中心に、22カ国にわたる虐殺プログラムの連鎖を追跡する。

著者について

著者ヴィンセント・ベヴィンズは、ロサンゼルス・タイムズのブラジル特派員、ワシントン・ポストの東南アジア特派員として13年間活動した国際ジャーナリスト。ブラジルとインドネシアで目撃した反共産主義の暴力的遺産に衝撃を受け、100人以上の生存者への取材と12カ国での調査を経て本書を執筆した。

主要キーワードと解説

  • 主要テーマ:反共産主義大量殺戮の連鎖 — 1965年インドネシアでの50万〜100万人虐殺を頂点とする、世界規模の組織的市民殺害プログラムの全貌。
  • 新規性:「ジャカルタ・メソッド」の概念 — インドネシアの首都名が、反共産主義者による組織的大量殺戮の代名詞として南米諸国で使用され、暴力の手法が国際的に共有された事実。
  • 興味深い知見:第三世界運動の挫折 — 1955年バンドン会議で団結した非同盟諸国が、組織的暴力により解体され、現在の不平等な国際秩序が固定化された過程。
  • 構造的視点:冷戦の再定義 — 米ソ対立としてではなく、旧植民地諸国が新たな国際システムへ移行する条件を決定した過程として冷戦を捉え直す。
  • 歴史的連続性:コンドル作戦 — インドネシアの虐殺手法が南米の軍事独裁政権に影響を与え、「ジャカルタ計画」として実行された国際的暴力ネットワーク。

3分要約

1962年、中国系インドネシア人少女イン・ギオク・タンの家族は、冷戦の暴力から逃れるためブラジルへ向かった。だが彼らは、より大きな暴力の渦中へと向かっていた。1964年のブラジルと1965年のインドネシアで起きた軍事クーデターは、冷戦における米国の最大の勝利となり、現代世界の基礎を築いた。

1965年10月1日未明、インドネシア軍の一部が6人の将軍を逮捕・殺害する事件が発生した。スハルト将軍は、共産党(PKI)による悪魔的陰謀という虚偽の物語を広め、組織的虐殺を開始した。米国は通信機器を提供し、殺害対象者リストを作成して軍に渡し、プロパガンダを支援した。50万人から100万人が殺され、100万人が強制収容所に送られた。PKIは世界第3位の共産党だったが、武装しておらず、スカルノ大統領を支持する合法政党だった。虐殺の犠牲者のほとんどは、何の罪も犯していない一般市民だった。

この「ジャカルタ・メソッド」は世界中に波及した。ブラジルでは1975年に「ジャカルタ作戦」が計画され、チリでは1973年のピノチェトによるクーデター前に「ジャカルタが来る」という脅迫が壁に書かれた。グアテマラ、アルゼンチン、ウルグアイなど少なくとも22カ国で、米国が支援する反共産主義虐殺プログラムが実行された。これらの国々では、共産主義者とされた者、労働組合員、学生活動家、先住民族が、裁判なしで「消された」。

1955年、スカルノはバンドン会議で第三世界の団結を呼びかけた。植民地支配から解放された国々が、平等な立場で世界に参加する夢だった。だが米国は、中立を許さなかった。ケネディ政権は軍事支援を通じて各国軍部との関係を深め、近代化理論の名の下に軍主導の開発を推進した。CIAは心理戦を展開し、イランやグアテマラでの成功を再現しようとした。だが「ジャカルタ・メソッド」はそれらを超える効率性を示した。米国の直接関与の痕跡を残さず、現地の反共勢力を動員して大量殺戮を実行させる手法は、その後の介入のモデルとなった。

ブラジルでは1964年、ジョアン・ゴラール大統領が土地改革と識字率向上を進めようとした際、軍部がクーデターを起こした。米国は「サム兄弟作戦」で支援し、メディアは恐怖キャンペーンを展開した。軍政は1935年の「共産主義反乱」伝説を利用し、反共産主義を国家イデオロギーとした。チリでは、民主的に選出されたアジェンデ政権を転覆させるため、CIAが経済破壊工作と右翼テロを支援した。1973年9月11日のクーデター後、ピノチェト政権は数千人を殺害し、ブラジル軍事顧問の指導下で拷問を実行した。

この暴力は、冷戦の勝者を決定した。ソ連圏は崩壊したが、その市民の多くは約束された民主主義も繁栄も得られなかった。第三世界は構造的に従属的地位に固定され、先進国との経済格差は縮まらなかった。インドネシアとブラジルは、腐敗した権威主義的資本主義体制の原型となり、その影響は周辺地域全体に及んだ。生存者たちは今も、共産主義者の烙印を押され、貧困と社会的排除に苦しんでいる。マグダレナは月14ドルで暮らし、サコノは国家の謝罪を待ち続けている。

著者は22カ国で100人以上の生存者に取材し、機密解除された米国政府文書を分析した。その結論は明確だ。米国主導の反共産主義虐殺プログラムは、現代の国際秩序を形成した。われわれは、大量殺戮によって構築された世界に生きている。インドネシアの首都の名前が大量殺戮の代名詞となったことは、この歴史が忘却されてきたことの象徴である。だが生存者たちは忘れていない。そして歴史は、今も彼らを、そしてわれわれを苦しめ続けている。


各章の要約

イントロダクション

1962年、中国系インドネシア人少女イン・ギオク・タンの家族は冷戦の暴力を逃れてブラジルへ向かったが、2年後そこでも軍事独裁が成立した。1964年のブラジルと1965年のインドネシアにおける反共クーデターは、冷戦における米国の最大の勝利となり、世界中に大量殺戮の連鎖を生んだ。著者は2016年にブラジルで極右ボルソナーロの台頭を、2017年にインドネシアで反共産主義暴徒による会議襲撃を目撃し、両国に共通する冷戦の傷跡を発見した。本書は12カ国で100人以上への取材と膨大な文書調査に基づき、米国が支援した反共産主義虐殺プログラムが現代世界をいかに形成したかを明らかにする。

第1章 新しいアメリカの時代

第二次大戦後、米国は世界最強国として出現した。建国から約100年の若い国だったが、戦争で荒廃したヨーロッパとソ連を圧倒する経済力と軍事力を持った。米国は人種差別的な入植者植民地国家として誕生し、1945年時点では依然としてアパルトヘイト社会だった。ソ連は戦争で2700万人を失い、はるかに弱体だった。第三世界は世界人口の3分の2を占めたが、ヨーロッパ植民地支配の遺産により極めて貧しかった。1947年、トルーマン・ドクトリンが反共産主義を米国外交の中心に据えた。マッカーシズムが国内で吹き荒れ、J・エドガー・フーバーは「共産主義者には弁護の余地がない」という論理的罠を構築した。

第2章 独立インドネシア

フランシスカ・パティピロイは1951年、夫ザインとともに独立したばかりのインドネシアに戻った。オランダ植民地下で差別を経験した彼女は、新国家建設に情熱を燃やした。スカルノ大統領は民族主義・宗教・共産主義の統合を掲げ、パンチャシラ五原則で多様性の統一を実現した。インドネシア共産党(PKI)は1955年選挙で躍進し、世界第3位の党となった。1955年バンドン会議で、スカルノは第三世界の団結を宣言した。29カ国の代表が集まり、人種差別と植民地主義への抵抗を誓った。だが米国国務省はこれを「ダークタウン・ストラッターズ・ボール」と嘲笑した。

第3章 火中に足を、空に教皇を

1956年、フルシチョフによるスターリン批判は共産主義世界を揺るがした。米国はイランでモサデク政権を転覆させ、グアテマラでアルベンス政権を打倒した。CIAは心理戦と偽情報を駆使し、「共産主義の脅威」を演出した。インドネシアでは1958年、CIA支援の地方反乱が起きた。CIA工作員アレン・ローレンス・ポープが撃墜され、米国の関与が露呈した。ハワード・ジョーンズ大使は対話を重視したが、フランク・ウィズナー率いるCIAは秘密工作を続けた。ケネディ政権は軍事支援を強化し、インドネシア軍内に「国家内国家」を構築した。スカルノは西パプア問題でケネディから譲歩を引き出したが、関係は悪化していった。

第4章 進歩のための同盟

ベニー・ウィディオノは1959年、カンザス大学で経済学を学ぶためインドネシアを離れた。フォート・レブンワースではインドネシア軍将校たちが反共産主義訓練を受けていた。ベニーは彼らと食事を共にし、ストリップクラブに通った。彼らはのちにインドネシアで虐殺を実行する。1961年、ケネディは「進歩のための同盟」を掲げたが、実態は軍事支援の拡大だった。CIAはルムンバを暗殺し、キューバのピッグス湾侵攻に失敗した。近代化理論の影響下、米国は第三世界の軍部を反共産主義と開発の担い手と位置づけた。カンボジアでは米国のクーデター工作が露見し、シアヌークとの関係が決裂した。

第5章 ブラジルへ、そして戻る

1959年の法律により、中国系インドネシア人への経済的権利が制限され、軍部主導の反中国人暴動が起きた。タン家はブラジルへ移住した。ブラジルは西欧入植者植民地で、明確な人種階層を持っていた。1964年、ジョアン・ゴラール大統領の土地改革と識字率向上政策に対し、軍部がクーデターを起こした。米国は「サム兄弟作戦」で支援し、CIAは数百万ドルを投じて反政府宣伝を展開した。1935年の「インテントナ・コムニスタ」伝説が動員され、共産主義者が将軍を寝込みに刺殺したという虚偽が信じられた。軍政は反共産主義を国是とし、拷問と失踪が始まった。リンカーン・ゴードン大使は「20世紀半ばにおける自由の最も決定的な勝利」と称賛した。

第6章 9月30日運動

1965年、スカルノは反帝国主義を強化し、マレーシア対決政策を進めた。経済危機が深まり、IMFは緊縮政策を要求した。米国との関係は悪化し、ジョンソン政権は援助を停止した。軍部への支援だけが継続された。10月1日未明、軍内部の「9月30日運動」が6人の将軍を拉致し、全員が死亡した。スハルト将軍は直ちに指揮を掌握し、PKIによる共産主義クーデター未遂という虚偽の物語を広めた。軍紙は、ゲルワニ女性活動家が将軍たちを拷問し性器を切断したと報じた。これは完全な嘘だった。米国は通信機器を提供し、大使館は共産主義者リストを作成して軍に渡した。「今こそやるか、決してやらないかだ」とグリーン大使は本国に打電した。

第7章 絶滅

虐殺は1965年10月から1966年3月まで続いた。アチェでは10月7日、軍司令官が「根絶やしにせよ」と命じた。マグダレナは逮捕され強姦された。サコノは友人たちが夜中に連れ去られるのを見た。バリでは人口の5%、8万人が殺された。遺体は川を塞ぎ、悪臭を放った。米国は殺害リストを提供し、「PKIの血で手が汚れても悪いことばかりではない」と政府職員は語った。50万人から100万人が殺され、100万人が強制収容所に送られた。これは「絶滅作戦」と呼ばれた。犠牲者の大多数は何の罪も犯していなかった。インドネシア軍は主犯だが、米国は全過程で支援し、「素晴らしい成果」と祝福した。ニューヨーク・タイムズは「アジアの光明」と報じた。

第8章 世界中で

インドネシアの虐殺は世界を震撼させた。マクナマラ国防長官は「インドネシアの敗北がベトナムでの勝利の必要性を大きく減じた」と認めた。ソ連は抗議したが介入しなかった。中国では紅衛兵がインドネシア大使館を襲撃し、虐殺の物語が文化大革命の燃料となった。カンボジアのポル・ポトは、非武装のPKIが殺されたことから、武装闘争の必要性を確信した。ガーナのンクルマは1966年に追放され、第三世界運動は事実上崩壊した。チリでは左派学生が「ジャカルタを見よ」と警告した。フィリピンのマルコスは1972年に戒厳令を敷き、タイも虐殺を開始した。キューバに亡命したスカルノの元大使ハナフィは、インドネシアを失った。

第9章 ジャカルタがやって来る

1970年、サルバドール・アジェンデがチリ大統領に当選した。CIAはクーデターを画策し、シュナイデル将軍を殺害したが失敗した。ブラジル軍政は1971年にボリビアとウルグアイで政権転覆を支援した。メディチ将軍はニクソンに、チリ軍部との連携を報告した。1972年、サンティアゴの壁に「ジャカルタがやって来る」という脅迫が書かれ始めた。パトリア・イ・リベルタが脅迫はがきを送った。カルメン・エルツと夫カルロス・ベルヘルは恐怖の中で暮らした。海軍では「ジャカルタ計画」—1万人殺害計画—が公然と語られた。1973年9月11日、ピノチェトがクーデターを起こし、アジェンデは自殺した。数千人が殺され、カルロスも処刑された。1975年、ブラジルで「ジャカルタ作戦」の存在が明らかになった。同年、コンドル作戦が発足し、南米全域が殺戮地帯となった。

第10章 北へ戻る

ベニーはチリでピノチェト独裁下の暴力を目撃した。壁に書かれた「ジャカルタ」の文字を見て、故郷の首都名が虐殺の代名詞になったことに衝撃を受けた。1979年、ベトナムがカンボジアに侵攻しクメール・ルージュを打倒したが、米国は殺人政権を国連で承認し続けた。中米では新たな虐殺が始まった。グアテマラでは1966年に始まった「失踪」が拡大し、1978年以降、マヤ先住民への集団虐殺が実行された。イロム村では住民の多くが虐殺された。エルサルバドールでは1980年にロメロ大司教が暗殺され、エル・モソテ村で900人以上が虐殺された。1978年から1983年にグアテマラで20万人、エルサルバドールで7万5000人が殺された。コンドル作戦の手法が中米に拡大された。

第11章 われらがチャンピオン

冷戦は米国の勝利に終わった。だが第三世界は先進国に追いつけなかった。1955年バンドン会議で掲げられた平等の夢は実現しなかった。経済格差は現在も巨大である。第二世界の市民の90%は約束された繁栄を得られなかった。インドネシアとブラジルは腐敗した権威主義的資本主義の原型となり、その影響は周辺地域全体に及んだ。少なくとも22カ国で反共産主義虐殺プログラムが実行され、それらは相互に連関していた。この大量殺戮は米国主導の世界秩序を可能にした。第三世界運動の破壊、代替的発展経路の消滅、腐敗した体制の確立、世界社会主義運動の変質、そして狂信的反共産主義の残存—これらが現代世界を形作った。

第12章 彼らは今どこに? そしてわれわれは?

生存者たちは今も苦しんでいる。バリではクー・デ・タという名の高級ビーチクラブが、虐殺現場の上に建っている。ベニーは2018年に心臓手術で亡くなった。イン・ギオクはボルソナーロ当選阻止のデモに参加したが敗北した。ボルソナーロは1975年の「ジャカルタ作戦」を支持した極右軍人ウストラを称賛する。パリのヌリは、インドネシアを失ったと感じている。ソロのマグダレナは月14ドルで暮らし、社会から排除されている。サコノは国家の謝罪を待つ。ジョコウィ大統領は謝罪を拒否した。ジャカルタの「神聖パンチャシラ記念碑」は軍の英雄を讃え、100万人の犠牲者には言及しない。カルメン・エルツはチリで国会議員となった。グアテマラのイロム村の若者は米国へ出稼ぎに行く。歴史の傷は癒えていない。


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