
英語タイトル:『The History Problem: The Politics of War Commemoration in East Asia』Hiro Saito 2017
日本語タイトル:『歴史問題:東アジアにおける戦争記念の政治学』ヒロ・サイトウ 2017
目次
- 序論 / Introduction
- 第1章 国家間の分断、1945-1964 / Cross-National Fragmentation, 1945-1964
- 第2章 国際的相互作用の成長、1965-1988 / The Growth of Transnational Interactions, 1965-1988
- 第3章 謝罪と非難、1989-1996 / Apologies and Denunciations, 1989-1996
- 第4章 ナショナリズムとコスモポリタニズムの共存、1997-2015 / The Coexistence of Nationalism and Cosmopolitanism, 1997-2015
- 第5章 東京裁判の遺産 / The Legacy of the Tokyo Trial
- 第6章 歴史問題における歴史家の役割 / The Role of Historians in the History Problem
- 結論 / Conclusion
本書の概要
短い解説
本書は、日本・韓国・中国における戦争記念をめぐる「歴史問題」の展開を、1945年から2015年までの70年間にわたり社会学的に分析する。政治的機会構造論とフィールド理論を用いて、各国政府・政党・NGO・歴史家がいかにナショナリズムとコスモポリタニズムという対立する記念の論理を動員してきたかを解明する。
著者について
著者ヒロ・サイトウは、シンガポール経営大学の社会学准教授。国際基督教大学で学士号、ミシガン大学で博士号を取得。以前はハワイ大学マノア校で教鞭を執り、東京大学社会科学研究所およびハーバード大学日米関係プログラムでポスドク研究員を務めた。集合的記憶、ナショナリズム、コスモポリタニズムに関する研究を主要学術誌に発表している。
テーマ解説
- 主要テーマ:東京裁判の遺産が歴史問題の焦点となり、日本のナショナリスト記念と韓国・中国のナショナリスト記念の双方を正当化する構造を生み出している
- 新規性:歴史問題を単に日本の問題とする正統的説明を超え、日本・韓国・中国の相互作用として分析する関係論的アプローチ
- 興味深い知見:共同歴史研究・教育プロジェクトが相互的コスモポリタン記念の萌芽を生み出しているが、歴史家の批判的省察が政府・市民の記念に効果的に影響する制度的メカニズムが欠如している
キーワード解説
- フィールド理論:政治的アクターが動員構造と政治的機会を活用しながら、正統な記念をめぐって競争する場として歴史問題を概念化する分析枠組み
- ナショナリズムとコスモポリタニズム:ナショナリズムは自国民の苦難に焦点を当て外国の他者を排除する記念の論理であり、コスモポリタニズムは国籍を問わず人類全体の苦難を認識し外国の他者を包摂する記念の論理である
- 相互的コスモポリタン記念:加害者と被害者が互いの人間性を認め合う記念の形態であり、東京裁判の問題ある歴史的判断から各国のナショナリスト記念を切り離すことを可能にする
3分要約
東アジアの歴史問題は、日本・韓国・中国における戦争記念をめぐる複雑に絡み合った論争群である。本書は1945年から2015年までの70年間、この問題がいかに展開してきたかを、フィールド理論と社会運動研究を組み合わせた独自の分析枠組みで解明する。
歴史問題の核心は、ナショナリズムとコスモポリタニズムという二つの記念の論理の対立にある。ナショナリズムは自国民の苦難に焦点を当て外国の他者を排除するが、コスモポリタニズムは国籍を問わず人類全体の苦難を認識し外国の他者を包摂する。戦後日本では、自民党と日本遺族会が強固な動員構造を構築し、政治的機会を独占してナショナリスト記念を推進した。彼らは東京裁判を「勝者の裁き」として拒絶し、日本の過去の侵略を自衛行為として正当化した。
対照的に、社会党や共産党などの野党は、日本の戦争犯罪を認め外国の犠牲者を記念するコスモポリタンな立場を採った。特に原爆被害者とその支援組織は、国籍を問わずすべての戦争犠牲者を記念する論理を発展させ、やがて日本の過去の加害行為による外国人犠牲者の記念へと拡大していった。
1965年の日韓国交正常化と1972年の日中国交正常化は、歴史問題の国際化をもたらした。韓国と中国の政府・市民が日本政府に圧力をかけ始め、日本のコスモポリタン記念を支持する超国家的ネットワークが形成された。しかし、韓国と中国自身もナショナリスト記念を強化し、愛国教育を通じて日本を最悪の侵略者として描いた。
冷戦終結後の1989年から1996年にかけて、歴史問題は本格的に発展した。昭和天皇の死去、従軍慰安婦問題の浮上、自民党の一時的な政権喪失などが重なり、細川護熙や村山富市などの非自民党首相が日本の過去の加害行為について決定的な謝罪を表明した。しかし自民党の優位は続き、コスモポリタニズムとナショナリズムの妥協が生まれた。この妥協は、日本の保守派と韓国・中国のナショナリストの双方を刺激し、相互に強化し合うナショナリスト記念の負のスパイラルを生み出した。
1997年から2015年にかけて、歴史問題はさらに複雑化した。「新しい歴史教科書をつくる会」が設立され、自民党と協力して歴史教育におけるナショナリズムを推進した。小泉純一郎首相の靖国神社参拝は韓国と中国から激しい批判を招いた。同時に、日本・韓国・中国の歴史家や教育者による共同歴史研究・教育プロジェクトが始まり、互いのナショナリスト記念を批判し合う動きも生まれた。政府主導の共同研究プロジェクトも立ち上げられたが、その影響力は限定的だった。
本書の最も重要な発見は、東京裁判が歴史問題の焦点であり続けているという事実である。日本の保守派は東京裁判を「勝者の裁き」として拒絶し、韓国と中国は東京裁判の判決と一致する形で日本を完全な加害者として非難する。裁判の三つの主要な問題が、歴史問題を長期化させている。第一に、裁判が日本のみを戦争責任者として裁いたことで、日本国民の間に怨恨と両義性を生み出した。第二に、裁判が連合国の戦争犯罪を裁かなかったことで、日本の被害者性が認識されず、日本国民が自らの苦難に執着する口実を与えた。第三に、裁判が政府中心的な戦争責任観を採用したことで、日本国民が自らの戦争責任を省察する機会を奪った。
歴史家は、共同研究プロジェクトを通じてナショナリスト記念を批判し、コスモポリタンな歴史研究を推進する潜在力を持つ。しかし、彼らの批判的省察が政府や市民の記念に効果的に影響する制度的メカニズムが欠如している。政府は歴史教科書検定を通じて教育内容を統制し、マスメディアは歴史家の議論を歪曲し、歴史と記念の曖昧な境界が歴史家の権威を弱めている。
本書は、相互的コスモポリタン記念こそが歴史問題解決の鍵であると結論づける。これは加害者と被害者が互いの人間性を認め合う記念の形態であり、既に共同歴史プロジェクトに体現されている。日本は韓国と中国の犠牲者の苦難をより全面的に記念する必要があるが、韓国と中国も日本の被害者性を認識し、日本国民の人間性を肯定する必要がある。このような相互的な認識は、プラグマティズムの原則に基づく:過去は未来のために記念されるべきであり、和解には互恵性が必要である。
各章の要約
序論
東アジアの歴史問題は、日本・韓国・中国における戦争記念をめぐる一連の複雑に絡み合った論争である。本質的には、ナショナリズムとコスモポリタニズムという対立する記念の論理の衝突である。ナショナリズムは自国民に焦点を当て外国の他者を排除するが、コスモポリタニズムは国籍を問わず人類全体を包摂する。本書はフィールド理論を用いて、関連する政治的アクターが動員構造と政治的機会を活用しながら日本の公式記念に影響を与えようと競争する過程を分析する。日本の公式記念は、首相の発言と行動、補償政策、歴史教育の三つの次元から構成される。
第1章 国家間の分断、1945-1964
戦後直後の時期、歴史問題は実質的に存在しなかった。日本は韓国や中国と外交関係を持たず、日本の過去の加害行為についての議論は各国政府によって意図的に抑圧された。占領期の東京裁判は日本の戦争犯罪を暴露したが、冷戦の激化により逆コースが始まり、戦犯釈放が進んだ。保守派政治家は東京裁判を拒絶し、自民党と日本遺族会が強固な動員構造を構築して政府を支配し、ナショナリスト記念を推進した。首相は靖国神社を参拝し、傷痍軍人と遺族は政府補償によって顕彰され、教科書検定は日本の過去の加害行為の記述を最小化した。対照的に、社会党と共産党はコスモポリタンな立場から外国の犠牲者を記念したが、弱い動員構造と限られた政治的機会のため、日本の公式記念に影響を与えることができなかった。
第2章 国際的相互作用の成長、1965-1988
1965年の日韓国交正常化と1972年の日中国交正常化は、歴史問題の出現をもたらした。正常化後、日本の原爆被害者と支援組織は韓国人原爆被害者の記念を開始し、コスモポリタニズムの論理を拡大した。韓国と中国の政府も、日本の歴史教科書の修正と靖国神社参拝の中止を求めて日本政府に圧力をかけ始めた。これらの国際的相互作用を受けて、日本政府は過去の侵略について遺憾の意を表明し、学習指導要領を改訂して日本の過去の加害行為の記述を増やし、韓国人原爆被害者に救済を提供した。これらの行動は日本の公式記念にコスモポリタニズムを注入したが、自民党は依然として強固な動員構造を保持し、政治的機会を独占してナショナリスト記念を擁護した。しかし、韓国と中国自身も高まるナショナリスト感情と結びついた要求を行い、三カ国のナショナリスト記念が衝突する軌道に乗った。
第3章 謝罪と非難、1989-1996
1989年から1996年にかけて、歴史問題は本格的に発展した。昭和天皇の死去は一部の政治家と原爆被害者に日本の過去の侵略について明確な謝罪を促した。同時期、日本と韓国のNGOが超国家的ネットワークを拡大し、元従軍慰安婦が日本政府に謝罪と補償を要求するのを支援し、中国人犠牲者も補償訴訟を起こした。1993年に自民党が一時的に政権を失うと、細川護熙や村山富市などの非自民党首相が日本の過去の加害行為についてより決定的に謝罪した。コスモポリタン記念を支持する政党とNGOは、ついに政治的機会を得て日本の公式記念にコスモポリタニズムを導入した。しかし自民党は国会で最大勢力のまま残り、動員構造の持続的優位が非自民党首相の政治的機会を損ない、コスモポリタニズムとナショナリズムの妥協を強いた。この妥協は、日本の保守派と韓国・中国のナショナリストの双方を刺激し、相互に強化し合うナショナリスト記念の負のスパイラルをもたらした。
第4章 ナショナリズムとコスモポリタニズムの共存、1997-2015
1997年から2015年にかけて、日本・韓国・中国の国内外の状況変化が歴史問題をさらに複雑化させた。自民党が政権に復帰したが連立政権を形成し、社会党は解散した。「新しい歴史教科書をつくる会」などの新しいアクターが参入し、動員構造と政治的機会の構図を複雑化させた。つくる会は自民党議員と協力して「健全なナショナリズム」を推進し、歴史教科書における日本の過去の加害行為の記述削減を求めた。同時に、三カ国の歴史家と教育者が共同歴史研究・教育プロジェクトを開始し、歴史叙述と教科書におけるナショナリストバイアスを批判的に省察した。自民党主導の連立政権も韓国・中国との二国間共同歴史研究プロジェクトを立ち上げた。小泉純一郎首相の靖国神社参拝は歴史問題を再燃させたが、やがて日本政府も国際的圧力に配慮して訪問を控えるようになった。ナショナリズムとコスモポリタニズムが複雑な形で共存する状況が定着した。
第5章 東京裁判の遺産
歴史問題の場における関連政治的アクターの大半は、東京裁判を参照点として自らの記念的立場を定義してきた。日本の保守派は一貫して東京裁判を「勝者の裁き」として拒絶し、日本の過去の侵略を自衛行為として正当化した。対照的に、コスモポリタン記念の支持者は東京判決を受け入れ、日本政府に外国の犠牲者の記念を求めた。韓国と中国の政府と市民も、東京裁判でA級戦犯として訴追された戦時指導者が祀られている靖国神社への日本の首相の参拝を批判した。東京裁判は三つの主要な問題を抱えていた。第一に、連合国のみが日本を裁いたため、勝者の裁きの要素があった。第二に、連合国の戦争犯罪が裁かれなかったため、日本の被害者性が認識されなかった。第三に、政府中心的な戦争責任観を採用したため、日本国民が自らの戦争責任を省察する機会が奪われた。これらの問題が、日本内外のナショナリスト記念を助長し、コスモポリタン記念の完全な実現を妨げてきた。東京裁判の批判的再評価こそが、歴史問題解決の鍵である。
第6章 歴史問題における歴史家の役割
歴史家は「認識論的に志向された根ざしたコスモポリタン」として、ナショナリスト記念を問題化しコスモポリタニズムを推進する潜在力を持つ。近年、日本・韓国・中国の歴史家による共同歴史研究・教育プロジェクトが増加し、互いのナショナリスト記念を批判し合う歴史家議論が発展してきた。非政府系プロジェクトは、外国の視点を効果的に取り入れ、国家から超国家的相互作用へと焦点を移すことに成功した。政府系プロジェクトは、外務省などの制約により互いの批判が困難だった。しかし、歴史家の批判的省察が政府や市民の記念に効果的に影響する制度的メカニズムが欠如しているため、歴史家の影響力は限定的である。マスメディアによる媒介、歴史と記念の曖昧な境界、暗記中心の歴史教育、政府による教科書検定などが、歴史家の介入を妨げている。歴史家議論をコスモポリタン記念へと効果的に結びつけるには、教育改革と制度的支援が不可欠である。
結論
東アジアの歴史問題は解決可能である。ただし、日本・韓国・中国の政府と市民が、歴史家議論の潜在力を解放してコスモポリタンな記念の論理を推進する方法を見出す必要がある。相互的コスモポリタン記念こそが解決の鍵であり、これは既に共同歴史研究・教育プロジェクトに体現されている。日本は韓国と中国の犠牲者の苦難をより全面的に記念する必要があるが、韓国と中国も日本の被害者性を認識し、日本国民の人間性を肯定する必要がある。政治的謝罪は困難だが、広範な舞台裏の準備と犠牲者の参加があれば成功しうる。若い世代の日本国民は、過去の加害行為そのものではなく、現在の歴史問題の持続という状況が記念的責任を課すという、プラグマティストの立場に基づいて責任を負う。具体的政策として、政府は共同歴史研究への支援を増やし、多国間の枠組みで実施し、歴史家が市民とより積極的に関わり、歴史教育を対話的で問題解決志向のものに改革すべきである。
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