
英語タイトル:『EXTREME PREJUDICE: The Terrifying Story of the Patriot Act and the Cover Ups of 9/11 and Iraq』Susan Lindauer 2010
日本語タイトル:『極端な偏見:愛国者法の恐るべき真実と9/11・イラクの隠蔽工作』スーザン・リンダウアー 2010
目次
- 謝辞 / Deepest Thanks
- ブライアン・ショーネシーによる序文 / Prologue by Brian Shaughnessy
- 第1章 真実への戦争 / The War on Truth
- 第2章 9/11に関する事前警告 / Advance Warnings About 9/11
- 第3章 平和のエージェント / Peace Asset
- 第4章 エージェントの秘密の一日 / A Secret Day in the Life of an Asset
- 第5章 イラクのヨーロッパ・アメリカへの平和提案 / Iraq’s Peace Overtures to Europe and the United States
- 第6章 9/11:指揮怠慢のパターン / 9/11: A Pattern of Command Negligence with Michael Collins
- 第7章 2001年9月11日 / September 11, 2001
- 第8章 イラクの9/11調査への協力 / Iraq’s Cooperation with 9/11 Investigation
- 第9章 イラクの9/11調査への貢献 第2部 / Iraq’s Contribution to 9/11 Investigation Part 2
- 第10章 平和を作る者は幸いである / Blessed Are the Peacemakers
第2部:真実が反逆となるとき / When Truth Becomes Treason
- 第11章 古いポトマック・ツーステップ / The Old Potomac Two Step
- 第12章 平和のための戦い / The Battle For Peace
- 第13章 最後の日々 / The Last Days
- 第14章 さらば、サイゴン… / Good Night, Saigon…
- 第15章 警告:このメッセージには民主主義が含まれています / Warning. This Message Contains Democracy
- 第16章 クライング・ゲーム / The Crying Game
- 第17章 愛国者法 / The Patriot Act
- 第18章 行方不明の裁判事件 / The Case of the Missing Trial
- 第19章 秘密ブリーフィングと「新精神医学」/ Secret Debriefings and the “New Psychiatry”
- 第20章 裁判に耐えられない / Incompetent to Stand Trial
- 第21章 明るい秘密 / The Bright Secret
- 第22章 カースウェル刑務所 / Carswell Prison
- 第23章 最初に失敗したら人質を撃て / If at First You Don’t Succeed, Shoot the Hostage
- 第24章 カースウェルでの腐敗 / Corruption at Carswell
- 第25章 刑務所日記 / Prison Diary
- 第26章 コンエアーの親和的な空 / The Friendly Skies of Con Air
- 第27章 極限の偏見 / Extreme Prejudice
- 第28章 都市矯正センター / Metropolitan Correctional Center
- 第29章 最後の男 / The Last Man
- 第30章 悪党どもに負けるな / Illegitimus Non Carborundum Est
- 第31章 アメリカのカッサンドラ / American Cassandra
- 第32章 汚名返上 / Vindication
- 第33章 「首をはねろ」と赤の女王は言った / “Off with Her Head,” the Red Queen Said
- 第34章 対話!対話!そして民主主義! / Dialogue! Dialogue! And Democracy!
本書の概要
短い解説
本書は、9/11事件とイラク戦争の真実を暴露する告発書である。著者スーザン・リンダウアーは、CIAエージェントとして活動し、イラクと米国間の秘密交渉に関与した経験を持つ。彼女は愛国者法の下で逮捕され、5年間の法廷闘争を経験した。本書は、9/11の事前警告が無視された事実、イラクの平和提案が拒絶された経緯、そして政府による真実隠蔽工作を内部告発者の視点から描いている。
各章の要約
第1章 真実への戦争
リンダウアーは2004年3月11日、愛国者法の下でFBIに逮捕された経験から語り始める。彼女は「イラクの未登録エージェント」として起訴されたが、実際は約10年間CIAエージェントとして活動していた。起訴内容は最大25年の刑を伴うものだった。彼女は自身の逮捕が、9/11とイラク戦争に関する「不都合な真実」を隠蔽するための政治的な口封じであったと主張する。特に、ブッシュ政権の戦争政策に反対する情報機関内の異論を封じ込める目的があったとしている。
第2章 9/11に関する事前警告
リンダウアーは2001年夏、CIAハンドラーのリチャード・フイスツ博士から、航空機ハイジャックによる世界貿易センターへの攻撃について警告を受けていたと証言する。8月2日のロバート・ミューラーFBI長官指名公聴会の日、フイスツ博士は攻撃が「差し迫っている」と述べた。リンダウアーは司法長官ジョン・アシュクロフトの私設スタッフと対テロ局に緊急警告を発したが、適切な対応は取られなかった。彼女は政府高官が9/11攻撃を事前に知りながら、イラク戦争の口実として利用するため意図的に阻止しなかったと主張している。
第3章 平和のエージェント
リンダウアーの諜報員としてのキャリアの始まりが描かれる。1993年の世界貿易センター爆破事件を事前に警告した後、国防情報局のポール・ホーベンとCIAのリチャード・フイスツ博士によってリクルートされた。彼女は生涯にわたる平和活動家でありながら、反テロ活動のエージェントとして活動することになった。1995年にリビア、1996年にイラクとの接触を開始し、制裁解除と平和的解決を目指す秘密交渉に従事した。
第4章 エージェントの秘密の一日
エージェントとしての日常業務について詳述される。リンダウアーは約10年間で450回以上フイスツ博士と、650回以上ホーベンと会合を持った。毎週の報告会議、イラクとリビアの外交官との面談、そして米国政府への情報提供が主な任務だった。彼女の活動は完全に監視されており、FBIによる盗聴記録が28,000件の電話、8,000件のメール、数百件のファックスに及んだことが後に判明している。
第5章 イラクのヨーロッパ・アメリカへの平和提案
2000年10月からリンダウアーはイラクとの包括的和解交渉を開始した。イラクは武器査察の再開、テロ対策での協力、米国企業への石油・復興契約の保証、民主化改革などを提案していた。特に重要なのは、イラクが査察を「無条件で」受け入れる用意があると表明していたことである。これらの提案はアンディ・カード首席補佐官(著者の従兄)に定期的に報告されていたが、ブッシュ政権は戦争準備を優先し、平和的解決の機会を無視した。
第6章 9/11:指揮怠慢のパターン
マイケル・コリンズとの共著章で、9/11における「指揮怠慢」の3つの証拠を提示する。第一に、NORADは2年間にわたって航空機による建物攻撃の軍事演習を実施していたにも関わらず、実際の攻撃時に適切に展開されなかった。第二に、複数の情報機関が攻撃を予測していたにも関わらず、機関間の協力が実現されなかった。第三に、攻撃後の政府の対応が不適切で、調査委員会の設立も遅れ、予算も不十分だった。これらの事実から、意図的な「怠慢」の可能性を示唆している。
第7章 2001年9月11日
9/11当日の体験と、攻撃に関する追加の証拠について述べる。リンダウアーはフイスツ博士との電話で、最初の航空機衝突を撮影したビデオがイスラエル諜報員によって撮影されたものだと聞かされた。これは攻撃の事前知識を示唆するものだった。彼女はまた、8月23日から9月3日にかけて、世界貿易センターの駐車場に不審なトラックが夜間に出入りしていたという証言も紹介し、制御解体の準備が行われていた可能性を示唆している。
第8章 イラクの9/11調査への協力
9/11直後、リンダウアーはイラクの協力を取り付けるため積極的に活動した。イラクは公式に米国のテロ対策に協力する意思を表明し、1993年世界貿易センター爆破事件とオクラホマシティ爆破事件に関する文書の提供を申し出た。これらの文書はラムジ・ユセフとアルカイダの初期の資金ネットワークに関する貴重な情報を含んでいたが、米政府は受け取りを拒否した。イラクはまた、FBIのバグダッド派遣も受け入れる用意があったが、これも実現されなかった。
第9章 イラクの9/11調査への貢献 第2部
2001年11月28日、イラク代表団との最終的な合意が成立した。イラクは「無条件」での武器査察受け入れ、FBI捜査チームのバグダッド派遣受け入れ、米国石油企業への優先契約保証、米国企業への復興契約提供などに合意した。さらに民主化改革として、野党の政党設立、反政府新聞の発行、ジミー・カーター元大統領による選挙監視などを提案していた。これらの提案は2001年12月2日にアンディ・カードに報告されたが、政権は戦争準備を継続した。
第10章 平和を作る者は幸いである
9/11後の激務により、リンダウアーは慢性疲労とパニック発作に悩まされるようになった。それでも彼女は使命感から活動を続けた。しかし、CIAハンドラーのフイスツ博士は9/11調査予算として1,300万ドルを受け取ったにも関わらず、リンダウアーへの支払いを拒否し、その資金をバージニア州の豪邸建設に流用した。このような「ブラック予算」の濫用は、実際の対テロ活動従事者への支援を妨げ、効果的な対策を困難にしていた。
第2部:真実が反逆となるとき
第11章 古いポトマック・ツーステップ
イラク戦争開始後、議会は戦争の失敗を情報機関の「無能」に転嫁しようと試みた。しかしリンダウアーは2002年5月から議会議員らに平和的解決の選択肢について積極的に説明していた。民主・共和両党の議員スタッフが平和枠組みについて事前に把握していたにも関わらず、戦後は「情報の失敗」として責任を転嫁した。この欺瞞に対し、リンダウアーは「市民の公共性」組織を設立し、535人の下院議員と100人の上院議員全員に真実を暴露する大規模なファックス・メール攻勢を開始した。
第12章 平和のための戦い
イラク戦争承認に向けて議会が動く中、史上最大規模の反戦運動が展開された。2002年10月26日には世界各地で数百万人規模の抗議デモが行われた。2003年2月14-16日の抗議では60カ国700都市で1,200万人以上が参加し、人類史上最大の協調デモとなった。しかし議会は民意を無視し、上院77対23、下院296対133で戦争を承認した。リンダウアーは「市民の公共性」を通じて戦争の破滅的結果を正確に予測する20本の論文を配布していた。
第13章 最後の日々
2003年1月、最後の平和努力として、リンダウアーはアンディ・カードとコリン・パウエル国務長官に直接警告を発した。パウエルの国連演説前の1月27日、彼女はイラクに大量破壊兵器が存在しない可能性が高いことを詳細に警告した。また、侵攻が中東全体を不安定化させ、イランの影響力拡大とオサマ・ビン・ラディンの復活をもたらすと予測した。シリアとマレーシアも平和的解決に向けた最後の努力を行ったが、ブッシュ政権は「バグダッドで会おう」と一蹴した。
第14章 さらば、サイゴン…
2003年3月19日、「衝撃と畏怖」作戦によるバグダッド爆撃が開始された。リンダウアーは雨の夜、車で街を走りながらラジオでニュースを聞き、悲嘆に暮れた。彼女が2年間かけて構築した包括的平和枠組みが無視され、避けることのできた戦争が始まったことに憤りを感じた。この夜、アメリカは世界の目に善良な国としての地位を失い、専制国家として映るようになった。彼女は「アメリカは政治家のものではない。国民のものだ。我々は取り戻す」と決意を新たにした。
第15章 警告:このメッセージには民主主義が含まれています
占領政策への批判活動を開始したリンダウアーは、2003年6月にFBI工作員バッセム・ユーセフ(偽名「アダム」)に接触された。彼女はイラクでの人権侵害を国際刑事裁判所に訴える法的プロジェクトを計画していた。ユーセフとの会話は盗聴されており、後に「米国に対する抵抗組織化」の証拠とされた。しかし実際の会話内容は、イラク国民の民主的権利の擁護と国際法による保護について議論したものだった。愛国者法下での令状なし家宅捜索も経験し、憲法的権利の侵害を実体験した。
第16章 クライング・ゲーム
イラク占領の失敗が明らかになると、議会は責任逃れのため情報機関を「スケープゴート」にする戦略を採用した。共和・民主両党は「情報の失敗」を理由に戦争責任を転嫁しようとした。しかしリンダウアーは戦前から議会に平和的選択肢を説明しており、この欺瞞を許すことができなかった。2004年2月、新設された大統領委員会での証言を求めて上院議員トレント・ロットとジョン・マケインの事務所に接触した。この行動が最終的に彼女の逮捕につながることになった。FBIの盗聴記録が示すように、彼女は自らを米諜報エージェントと明確に特定し、戦前情報に関する第一次資料としての証言を申し出ていた。
第17章 愛国者法
著者は「極限の偏見」という諜報界の用語で処刑される運命を語る。9/11や対イラク政策について真実を知る諜報員として、共和党指導者らの政治的失敗を隠蔽するため攻撃対象となった。愛国者法により、憲法上の権利が剥奪され、秘密証拠や秘密起訴が可能となり、被告人の防御能力が著しく制限される。この法律はソ連の1926年刑法を模倣し、独裁制への道筋を作るものだった。
第18章 行方不明の裁判事件
司法省は著者を起訴したものの、実際には裁判を望んでいなかった。著者には優秀な証人と強力な証拠があり、裁判となれば9/11警告やイラク平和案の真実が暴露される。メディアの注目により、ホワイトハウスは著者を沈黙させる必要に迫られた。公選弁護人タルキンの無能さと、愛国者法の制約により、著者は適切な法的防御を受けられず、裁判の機会を奪われた。
第19章 秘密ブリーフィングと「新精神医学」
2005年2月10日、著者の弁護人タルキンが司法省で「秘密ブリーフィング」に参加した後、著者の防御戦略が劇的に変化した。精神科医ドロブ博士が著者を「裁判不適格」と診断し、著者の証人の質を中傷した。この診断は、著者が無実を主張し証拠提示を求めることを「精神的欠陥」と位置づける、ソ連時代の政治的精神医学を彷彿とさせるものだった。
第20章 裁判に耐えられない
2005年9月、著者はムカシー判事の法廷で「裁判不適格」との裁定を受けた。精神科医らは、著者が自分の知性と9/11警告を確信していることを「誇大妄想」とし、CIAエージェントとしての活動を「妄想障害」として扱った。著者は120日間の精神鑑定のためテキサス州カースウェル刑務所送りとなり、叔父テッド・リンダウアーが法的支援に乗り出した。
第21章 明るい秘密
著者は自身の深い精神性について語る。神、天使、預言への信仰が、精神科医らによって攻撃の対象とされた。逮捕の週末に体験した恩寵の状態を回想し、困難な時期を通じて信仰が支えとなったことを述べる。共和党の政治家らが選挙のためにキリスト教信仰を利用する一方で、著者の真の精神性を「精神障害」として攻撃する偽善を批判した。
第22章 カースウェル刑務所
テキサス州の軍事基地内にあるカースウェル刑務所での体験を描く。「敵性非戦闘員」に近い扱いを受け、劣悪な医療環境と精神科による濫用を目撃した。多くの女性収監者が不必要な薬物治療を強制され、人間としての尊厳を奪われていた。著者は証人のイアン・ファーガソンとパーク・ゴドフリーを通じて自分の正当性を証明しようとしたが、刑務所側は証人への接触を妨害した。
第23章 最初に失敗したら人質を撃て
2005年12月、著者の釈放予定日に刑務所側は「薬物聴聞会」を開催し、ハルドール等の強力な向精神薬の強制投与を要求した。著者は「妄想治療」の名目で化学的ロボトミー状態にされる危険に直面した。内部聴聞では薬物治療は承認されなかったものの、司法省は「無期限拘留」と強制薬物投与を求めて圧力をかけ続けた。著者の「極限の偏見」攻撃が本格化した。
第24章 カースウェルでの腐敗
カースウェル刑務所の組織的腐敗を詳述する。最高裁勝訴者さえ釈放を拒否され、女性収監者への性的暴行が常態化していた。特にM-1病棟では健康な女性が政治的理由で「精神病」と診断され、過剰な薬物投与により廃人同様にされていた。黒人女性が特に標的とされ、基本的な日常動作すらできなくなるまで薬漬けにされた。著者は同様の運命を辛うじて免れた。
第25章 刑務所日記
2006年2月3日の釈放予定日に、著者は「無期限拘留」と強制薬物投与の脅威に直面した。カースウェルの報告書は著者の正当性確認を隠蔽し、判事を欺いていた。著者は恐怖の中で生活し、夢の中で水に沈んだ部屋で呼吸チューブだけで生きる悪夢を見た。JBフィールズとジャネット・フェランがブログとラジオで著者の窮状を訴え、国際的な注目を集めた支援活動が著者を救った。
第26章 コンエアーの親和的な空
2006年4月24日、著者は「コンエア」でニューヨークの拘置所に移送された。強制薬物投与に関する聴聞のためだったが、7ヶ月半の「精神鑑定」は連邦法の120日上限を大幅に超えていた。オクラホマシティ経由の移送中、著者は9/11調査とオクラホマ爆破事件への貢献を振り返り、今や手錠をかけられた囚人として同じ都市を通過する皮肉を味わった。
第27章 極限の偏見
ニューヨーク連邦法廷での強制薬物投与聴聞で、カースウェルの精神科医ヴァス博士は著者にハルドール注射を要求した。しかし証言により、著者には幻覚も妄想も攻撃性もなく、「精神病」の症状は一切なかったことが明らかになった。起訴状自体が著者のイラク外交官との接触を前提としているのに、精神科医はその接触が妄想だと主張する矛盾が露呈した。ムカシー判事の鋭い質問がこの論理的欠陥を突いた。
第28章 都市矯正センター
マンハッタンの都市拘置所での生活を描く。著者は強制薬物投与への恐怖に怯え、髪が白髪になった。JBフィールズの献身的支援とブログでの情報発信により、国際的な支援の輪が広がった。2006年9月8日、ムカシー判事の退官最終日に強制薬物投与が拒否され、保釈で釈放された。判事は精神科の証言に疑問を呈し、著者の尊厳と権利を守る英雄的な判断を下した。
第29章 最後の男
ムカシー判事は4ヶ月の審議を経て、2006年9月8日の退官日に強制薬物投与を拒否する判決を下した。判事は精神科医の証言の矛盾を指摘し、参加型証人なしに著者の真偽を判断することの困難さを表明した。「無能力」認定は維持されたが、これは愛国者法下でのケースを終結させる手段だった。判事の卓越した法的洞察力により、著者は肉体的・精神的破壊から救われた。
第30章 悪党どもに負けるな
釈放後、著者は名誉を回復し反撃に転じた。ブライアン・ショーネシー弁護士が新たに弁護を担当し、本格的な法廷闘争が始まった。一方で共和党は著者の沈黙を維持しようと脅迫を続けた。マケイン大統領選キャンペーンが本格化する中、検察官オキャラハンがマケインの上級顧問に就任し、著者への政治的攻撃の動機が明確になった。ブログメディアが真実の発信基地となった。
第31章 アメリカのカッサンドラ
ブログジャーナリストのマイケル・コリンズが著者を「アメリカのカッサンドラ」と命名し、イラク戦争の結末を正確に予測した悲劇的預言者として描いた。オルタナティブメディアが企業メディアの沈黙を打破し、真実を伝える新たな監視機能を果たした。著者への攻撃は、ワシントンの権力者らが説明責任を回避し、虚偽の物語で権力を維持しようとする腐敗した体制の表れだった。
第32章 汚名返上
2008年6月、ついに証拠開示聴聞が開催された。ケリー・オメアラが証人として、ポール・ホーヴンとの20年来の友人関係と彼の諜報界とのつながりを証言した。パーク・ゴドフリーは著者の9/11警告を詳細に証言し、FBIへの報告も確認した。この聴聞により、著者の主張の真実性が法廷で初めて立証されたが、ニューヨークタイムズは重要な証言を無視し、代わりに虚偽の人格攻撃記事を掲載した。
第33章 「首をはねろ」と赤の女王は言った
聴聞での勝利にもかかわらず、プレスカ判事は2008年9月15日に再び著者を「裁判不適格」と判定した。判事はブッシュ大統領により控訴裁判所への昇進が決まった直後の判決だった。5人の独立した精神科医が著者に問題なしと診断していたにもかかわらず、政治的配慮が法的判断に優先された。録音テープにより精神科医クラインマンの偽証も暴かれたが、それでも判決は覆らなかった。
第34章 対話!対話!そして民主主義!
著者は自身の体験を振り返り、対話の力を強調する。イラクとの秘密交渉により、武器査察復帰、対テロ協力、経済復興契約、民主化改革など、戦争なしに全ての目標を達成できていたと主張する。リビアとの対話も同様の成功を収めた。現在の中東危機解決にも対話と関与が不可欠だとし、愛国者法の廃止と民主主義的価值の復活を訴える。真の愛国心とは憲法を守ることだと結論づけた。
