
英語タイトル
『Japan and the Middle East:Foreign Policies and Interdependence』 Satoru Nakamura, Steven Wright (eds.) 2023
日本語タイトル
『日本と中東:外交政策と相互依存』 編者:中村覚、スティーブン・ライト 2023
目次
- 序文 / Preface
- 第1章 日本と中東関係の概念化 / A Conceptualisation of Japan’s Relations with the Middle East
- 第2章 日本とサウジアラビア関係:レンティア国家の開発シフトに応答するエネルギー外交の進化 / Japan’s Relations with Saudi Arabia:The Evolution of Energy Diplomacy in Response to the Developmental Shift in the Rentier State
- 第3章 日本・UAE関係:エネルギーに基づく多面的相互依存の確立 / Japan–UAE Relations:Establishment of Multifaceted Interdependence Based on Energy
- 第4章 イラン・日本関係における盛衰の三循環:エネルギー研究から政治的因果分析へ / The Three Cycles of Rise and Fall in Iran–Japan Relations:From Energy Studies to Political Causal Analysis
- 第5章 日本とトルコの関係:三次元外交—皇室、政府、市民の役割 / The Relations Between Japan and Turkey:Three-Dimensional Diplomacy—Roles of the Imperial Family, the Government, and Citizens
- 第6章 日本・エジプト二国間関係:日本の中東政策の主要な柱 / Japan–Egypt Bilateral Relations:A Main Pillar of Japanese Middle Eastern Policy
- 第7章 権力を超え、相互依存の前段階で:複合的シナジーと日本・イスラエル関係 / Beyond Power, Before Interdependence:Complex Synergy and Japan–Israel Relations
- 第8章 石油市場と供給:日本のエネルギー政策の視点から / Oil Market and Supply:From the Perspective of Japan’s Energy Policy
- 第9章 日本と中東関係におけるLNGセクター / The LNG Sector in Japan’s Relations with the Middle East
- 第10章 投資と貿易促進政策:湾岸諸国と日本の非エネルギー部門の相互依存 / Investment and Trade Promotion Policies:Gulf and Japan’s Non-energy Sector Interdependence
- 第11章 実践的国际主義による日本と中東諸国関係の起源 / Origin of Japan’s Relations with Middle Eastern Countries by Practical Internationalism
- 第12章 湾岸危機における日本の非軍事貢献(1990-1991年):資金提供、情報収集、人質解放、機雷除去 / Nonmilitary Contribution by Japan in the Gulf Crisis 1990–1991:Funding, Intelligence Gathering, Releasing Hostages, and Minesweeping
- 第13章 日本と中東の相互依存に関する実証的・概念的結論 / Empirical and Conceptual Conclusions on Japan’s Interdependence with the Middle East
本書の概要
短い解説
本書は、第二次世界大戦後から現代に至る日本と中東諸国の関係を、多角的・学際的な視点から分析する学術書である。特に「複合的相互依存」の概念を枠組みとして、エネルギー関係を超えて多層化・多面化する両者の関係性を解明することを目的としている。
著者について
編者の中村覚は神戸大学大学院教授で中東の国際関係・安全保障が専門。スティーブン・ライトはハマド・ビン・ハリーファ大学准教授で湾岸諸国の政治経済・エネルギー地政学が専門。両者とも中東と日本の関係研究における第一線の研究者である。
テーマ解説
日本の対中東政策は、エネルギー安全保障を基盤としながらも、各国との歴史的・文化的・政治的関係に応じて多様な形態の相互依存関係を構築してきた。
キーワード解説
- 複合的相互依存:国家間の関係が多様なチャネルを通じて発展し、軍事力に依存せず複数の議題が並立する状態
- エネルギー外交:エネルギー安全保障の確保を目的とし、資源輸入国と輸出国の双方の視点から進化する外交
- 多次元外交:皇室、政府、市民社会の三層が関与する日本の独自の外交様式
- 実践的国际主義:理想主義ではなく状況に応じた柔軟な対応を重視する日本の外交姿勢
3分要約
日本と中東の関係は、1971年のイギリスのスエズ以東撤収以降、主としてアメリカの中東政策との関連で論じられてきた。しかし本書は、日本の対中東関係を、単なるエネルギー依存や米国の影響という枠組みを超え、「複合的相互依存」という理論的枠組みから捉え直すことを試みる。編者らは、ロバート・キオヘインとジョセフ・ナイが提唱した複合的相互依存理論を批判的に援用し、日本と中東諸国の関係が、政府間ルートのみならず、皇室外交、市民レベルの交流、多国籍企業の活動など多様なチャネルを通じて発展してきたことを示す。
歴史的に見れば、日本と中東の交流は奈良時代にまで遡るが、本格的な関係構築は第二次世界大戦後、特に1973年の第一次石油危機を契機とする。石油危機は日本のエネルギー安全保障に対する認識を根本から変え、それまでの対米追随型外交から、独自の「資源外交」を模索する転換点となった。その後、日本はエネルギー源の多様化と省エネルギー技術の開発を進めつつ、産油国との安定的な関係構築に努めてきた。
本書の特筆すべき点は、国ごとに異なる日本との関係性を類型化していることにある。編者らは、日本の対中東関係を以下の五つの類型に分類する。第一に、パレスチナやアフガニスタンなど、ODAを通じて「自立促進」を支援する関係。第二に、イランなど不安定要素を抱えつつも「安定化への期待」が込められた関係。第三に、エジプトやトルコなど、地政学的重要性から「戦略的協力」を進める関係。第四に、サウジアラビアやUAEなど、中核的な「エネルギー安全保障協力」の関係。そして第五に、イスラエルとの間で近年急速に発展する「新興パートナー」としての関係である。
各国別の分析では、サウジアラビアとの関係がレンティア国家の経済多角化ニーズに応える形で進化してきた過程、UAEとの関係が石油権益獲得の複雑な交渉史を経て多面的相互依存へと発展した経緯、イランとの関係が外交・安全保障環境の変化に左右される三つの盛衰サイクルを経験したことなどが描かれる。また、トルコとの関係では皇室外交の重要な役割、エジプトとの関係ではODAを通じた戦略的パートナーシップの構築、イスラエルとの関係では安全保障と経済のシナジーが近年の関係緊密化をもたらしたことが論じられる。
テーマ別の章では、日本のエネルギー政策の変遷と中東依存の構造、LNG部門がもたらす相互依存の深化、湾岸諸国と日本の非エネルギー部門における経済関係の発展と課題が分析される。特にLNG分野では、カタールを中心に、日本の商社が単なる買い手を超えて生産段階にも関与し、文化・教育分野での協力にも発展している実態が明らかにされる。
日本の外交政策の背景には、「実践的国际主義」とも呼ぶべき独自の姿勢がある。これは、防衛的現実主義と多国間主義を組み合わせ、憲法第九条の制約の下で、民主主義や人権といった価値観を掲げつつも、状況に応じて柔軟に対応するというものである。1990-91年の湾岸危機における日本の対応—巨額の資金提供、人質解放交渉、イランでの情報収集、掃海活動—は、軍事的関与を避けつつも多面的な貢献を行った事例として詳細に分析される。
本書は全体として、日本と中東の関係をエネルギー交易という単純な図式で理解することを退け、複合的で多層的な相互依存関係として捉える新たな視座を提供する。それは同時に、国際関係論におけるネオリアリズムの限界を示し、非西洋的視点からの国際関係理論の可能性を示唆するものとなっている。
各章の要約
序文
日本は1968年に世界第二の経済大国となり、その後、国連やG7などの国際フォーラムを通じて、またアジア地域での経済・技術・ソフトパワー国家としての役割を拡大してきた。中東地域に対して日本は、欧米や中国とは異なる独自の役割を果たしており、本書はそうした日本の対中東関与を学際的・多角的視点から分析する。特に、エネルギー交易を基盤としながらも、それを超えて発展してきた複雑な関係性を「相互依存」概念で捉え直すことを目指す。
第1章 日本と中東関係の概念化
編者らは、キオヘインとナイの複合的相互依存理論を批判的に援用し、日本と中東の関係を分析する枠組みを提示する。この理論は、国家間関係が①多様なチャネル(政府間、超政府間、トランスナショナル)を通じ、②軍事力が主要な手段とはならず、③議題間に明確なヒエラルキーが存在しないことを特徴とする。日本の中東関係を分析するにあたり、編者らは皇室・政府・市民の三層からなるチャネルと、エネルギー・経済・安全保障・文化など多様な議題の拡大という視点を導入する。
第2章 日本とサウジアラビア関係
日本の対サウジアラビア関係は、同国のレンティア国家としての発展段階に応じて進化してきた。第一期は友好関係の維持が中心であったが、1970年代以降の第二期では、経済多角化のための投資促進が焦点となる。特に1975年の日・サウジアラビア経済技術協力協定以降、石油化学分野での共同事業が展開された。2000年代以降の第三期では、人材育成のための教育協力が新たな柱となり、サウジアラビアの「ビジョン2030」と連動した「サウジ日本ビジョン2030」が策定された。エネルギー外交は相手国の発展段階に応じて進化するのである。
第3章 日本・UAE関係
日本とUAEの関係は、1960年代後半の石油開発に始まり、50年間で多面的な相互依存関係へと発展してきた。日本の石油会社(ADOCやJODCO)によるアブダビでの利権獲得と維持の努力が関係の基盤を形成し、現在も日本の原油輸入の約30%をUAEに依存する。特筆すべきは、石油会社が非エネルギー分野でも積極的な役割を果たしてきたことである。環境保護活動、人材育成、文化協力などへの貢献を通じて、企業の社会的責任を超えた関係深化に寄与してきた。またUEA日本協会は、草の根交流のハブとして機能し、両国の相互理解を促進してきた。
第4章 イラン・日本関係
イランと日本の関係は、1929年から2019年にかけて三つの盛衰サイクルを経験してきた。第一期(1929-1953年)は外交関係樹立から第二次世界大戦による断絶まで。第二期(1953-1988年)は石油取引と日本の経済協力による黄金期から、イラン革命とイラン・イラク戦争による衰退まで。第三期(1989-2015年)は戦後復興とラフサンジャニ政権以降の関係回復から、核問題をめぐる国際的制裁による停滞まで。特筆すべきは、イラン・イラク戦争中も日本が和平仲介を試みるなど、国際的孤立の中でも関係維持に努めたことである。日本の対イラン外交は、常に国際政治環境に左右されてきた。
第5章 日本とトルコの関係
日本とトルコの関係は、経済関係以上に社会的・文化的絆に支えられてきた特異なものである。1890年のエルトゥールル号遭難事件に始まる両国の友好関係は、皇室・政府・市民の三次元外交によって発展してきた。特に皇室の役割は大きく、1929年の昭和天皇による遭難地訪問、戦後の三笠宮夫妻の度重なる訪問などが両国の絆を象徴してきた。また中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所の活動は、皇室・政府・市民が協力する三次元外交の具体例である。災害時の相互支援も両国関係を強化してきた。1985年のテヘラン在留邦人救出のためのトルコ航空機派遣と1999年のマルマラ地震での日本の支援は、困難な時期の連帯を示している。
第6章 日本・エジプト関係
エジプトは日本の中東政策の主要な柱としての役割を果たしてきた。両国の関係は1864年の幕府使節団のエジプト訪問に始まり、1922年のエジプト独立承認、1936年の在カイロ日本公使館開設へと発展した。戦後は、1952年のサンフランシスコ平和条約批准を経て関係が再開され、日本はエジプトを中東への橋頭保として位置づけた。現在も約100社の日本企業が進出し、ODAを通じたインフラ整備(カイロオペラハウス、スエズ運河平和橋、大エジプト博物館など)が進められている。また文化交流も活発で、カイロ大学日本語学科(1974年開設)をはじめとする日本語教育の拡充や、エジプト日本教育パートナーシップ(EJEP)を通じた教育協力が行われている。
第7章 権力を超え、相互依存の前段階で
日本とイスラエルの関係は、伝統的に「石油要因」と「ワシントン要因」の二つで説明されてきたが、本書はより複雑な「複合的シナジー」の観点から分析する。両国の関係は四期に区分される。第一期(1952-60年代半ば)は「冷淡だが外交的に正しい」関係。第二期(1967-80年代後半)は「冷たく時に公然と敵対的」な関係。第三期(1989-2000年代)は「友好的だがコミットしない」関係。そして第四期(2012年以降)は「熱い日の丸関係」とでも呼ぶべき緊密化の時期である。この近年の変化は、安全保障環境の共通性(北朝鮮・イランの核開発、ミサイル脅威、サイバー攻撃)と経済的シナジー(イスラエルのイノベーションと日本の技術ニーズの一致)が同時に高まったことによる。2017年に発表された「日・イノベーションパートナーシップ」は、この新たな関係を象徴する。
第8章 石油市場と供給
日本のエネルギー消費は2005年をピークに減少傾向にあり、省エネルギー技術が広く普及している。しかし化石燃料への依存度は依然として高く(2019年で87.5%)、特に石油の多くを中東(約90%)に依存している。この中東依存度は他のアジア主要国(中国44.5%、インド64%、韓国70%)と比較しても突出している。日本のエネルギー政策は「3E+S(エネルギー安全保障、環境、経済性+安全)」を基本方針とし、1970年代の石油危機以降、多様化と安定供給の追求を続けてきた。しかし石油業界の構造的問題(上流と下流の分断、過小規模な企業の多さ)により国際競争力は弱く、中国の圧倒的な資金力に対抗するには、中東諸国が求める技術提供や人材育成を通じた独自の協力関係構築が必要とされる。
第9章 日本と中東関係におけるLNGセクター
LNGは、日本の対中東関係、特にカタール、UAE、オマーンとの関係形成において重要な役割を果たしてきた。日本へのLNG輸入は1969年のアラスカからの第一船に始まり、1977年にはUAE(当時はアブダビ)から中東初のLNG輸入が実現した。カタールとの関係では、1992年に中部電力との最初の長期契約が締結され、その後、日本の商社(三井物産、丸紅、伊藤忠商事など)がカタールガスの株主として参加するなど、単なる買い手を超えた関与が進んだ。特筆すべきは、こうしたエネルギー取引が文化・教育分野での協力にも発展していることである。丸紅によるカタール大学への寄付は、日本語教育の開始や日本研究の拠点形成につながった。LNGは、複合的相互依存を促進する触媒として機能している。
第10章 投資と貿易促進政策
湾岸協力理事会(GCC)諸国と日本の経済関係は、貿易・直接投資・銀行融資・企業進出の各側面で変化してきた。貿易面では、GCC諸国の貿易相手国多角化により、日本のプレゼンスは1980年代と比較して低下している。しかし直接投資は、特に2000年代後半以降、サウジアラビアやUAEを中心に拡大した。例えば住友化学によるサウジアラムコとの巨大石油化学プラント事業や、三菱ケミカルなどによるSHARQ事業などが代表的である。また銀行融資では、1980年代末から90年代初頭にかけて日本の銀行がGCC向け融資の30%を占めるなど重要な役割を果たした。しかし二国間の投資保護協定の整備は遅れており、クウェート(2012年)、サウジアラビア(2013年)、オマーン(2015年)、UAE(2018年)と近年ようやく締結が進んでいる状況である。
第11章 実践的国际主義による日本と中東諸国関係の起源
日本の外交政策は、五つの競合する視点(重商主義、平和主義、ミドルパワー派、普通の国家派、新国家主義)の相互作用として理解される。1970年代以降、国際主義(ミドルパワー派と普通の国家派)が主流となり、中東政策においても積極的な関与が進められた。特筆すべきは、日本の国際主義が「実践的」であることだ。民主主義や人権といった価値観を掲げつつも、イデオロギーに固執せず、状況に応じて柔軟に対応する。また防衛的現実主義に立脚しつつ、多国間主義やODAなど非軍事的な手段を重視する。この実践的国际主義は、中東諸国の複雑な状況に適応しながら、西側諸国と中東諸国の双方とバランスのとれた関係を構築することを可能にしてきた。中曽根康弘首相(1982-87年)の外交は、この実践的国际主義の初期の具体化と評価できる。
第12章 湾岸危機における日本の非軍事貢献
1990-91年の湾岸危機において、日本は資金提供、情報収集、人質解放、掃海活動など多面的な非軍事貢献を行った。日本の貢献額は約114億ドルに上り、湾岸平和基金(GPF)を通じて米国、英国、エジプト、シリアなど16カ国に分配された。この資金提供は米国議会の予算手続きよりも迅速で、統合参謀本部議長のシュワルツコフ司令官からも高く評価された。情報収集では、イラク空軍機のイランへの逃亡という謎の行動について、イランと独自の外交チャネルを持つ日本が情報を収集し、連合軍の作戦遂行に貢献した。人質解放では、プロレスラーのアントニオ猪木がバグダッドで国際平和フェスティバルを開催し、最後まで残されていた米英日の人質解放に寄与した。また掃海活動では、海上自衛隊が他国部隊の撤退後も単独で危険海域の掃海を継続し、最多の機雷数を除去した。
第13章 日本と中東の相互依存に関する実証的・概念的結論
日本と中東の二国間関係は、五つの類型に分類できる。A「自立促進型」(パレスチナ、アフガニスタン、イエメンなど)は主としてODAを通じた関係。B「安定化期待型」(イラン、イラク、アルジェリアなど)は潜在力は高いが安全保障が不安定な国々との関係。C「戦略的協力型」(エジプト、トルコ、ヨルダンなど)は三角協力のパートナーとして機能。D「エネルギー安全保障型」(サウジアラビア、UAE、カタールなど)は技術協力を中心とした関係。E「新興パートナー型」(イスラエル)は近年急速に発展する関係である。これらの類型は、安全保障状況、ODAの種類、公式パートナーシップ、防衛交流MOUの有無などによって特徴づけられる。全体として日本と中東の関係は、非対称的ではあるが、多層的・多面的な複合的相互依存として理解することができる。
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